迷宮書館の司書見習い -30-
「…………なあ」
隣に並んでそれを見たリューエストが、そう声を掛けてくる。
うんわかる。わかるけどね。
「人命の為には致し方ない損壊ってあると思う。てか、ここは分館の一部だしなら館長の私が問題ないって言えば問題ないと思うんだよね! 出たらどうせ中身変わるんだし! 証拠なけりゃ問題皆無!」
「最後、それで良いのか?」
「じゃないと入口の結界石の破損、リューエストが弁償だけど」
「問題無いな」
リューエストと共にそう結論を出して、メーラの開けた穴をくぐって階段を降りる。
「近い。あっちだ」
「お待ち下さい」
「どうしたの? パロマ」
制止をかけるパロマを見ると、メーラも両手を腰に当ててその横に立つ。
「ここからは、俺達が先に立つから。駄犬は主人の前。パロマ、駄犬のおもりよろしく。セレーヤ、主人の側についててね」
「少々、紙魚の気配も増しているようですので、念の為です」
メーラとパロマの言葉にセレーヤも頷く。
「なあ。その紙魚ってあの化け物の事なんだよな?」
「違ーう! あれは紙魚にとりつかれただけ。紙魚っていうのは」
スッとセレーヤがリューエストの横へ進み出る。
そして上がるのは、
「ひっ」
リューエストの悲鳴。
ガツッ! と。踏み出されたピンヒールが良い音を立てた。
「そーいうやつ」
「あ。何か今……」
「見えた? マスター」
セレーヤが叩き潰す勢いで踏み込んだ辺りから、黒い霞のようなものが漂って消える。
「これが紙魚。今のは小さいけど、いっぱいになると厄介」
「ほんと、最初パロマとこの迷宮降りたらこんなのがうじゃうじゃいて、凄いキモかったよねー」
「ふふ、そうですね。……特に小さいものは今見たように煤のような見た目と、迷宮に似た気配が相まってとても見つけにくいので、リューエストさんも注意して下さいね」
いきなりセレーヤに真横を踏み抜かれたリューエストはよほどビックリしたらしく、胸を手で押さえている。
「わかった……」
ほんと良くこのビビり具合でここまでついてきてくれてるよね。
「では行きましょう」
パロマの声に歩き始め、少し進むと少しずつ今までと違った変化が見えてくる。
天井が少し高くなって、まっ平らだったものがアーチを描く。通路の幅もさらに広くなっている気がする。
(あ。またいた……)
先ほどセレーヤが退けたような一番雑魚っぽい紙魚もちらほら見える。何となくだけど、こちらの様子を伺っているような気配だ。
「駄犬、次どっち?」
「いい加減その呼び方やめろよ! ……う。何かあの化け物系の匂いが強くなってるぞ」
まあ、雑魚いのうようよしてるからね。仕方なし。
「……うぅ」
目の前に現れた三叉路を、リューエストは忙しなく見比べる。
(あれ……?)
不意に視界の端に過ったのは、迷宮とは違う白。
通路の奥。ヒラリと白い何か、服の端のようなものが見えた気がする。
「リューエスト」
「なんだよ。今真剣なんだぞ」
「こっちに行こうと思う」
「は?」
私の指差す方向を、リューエストは怪訝な眼差しで見た。
「何で」
「主人が行くって言ってるんだから行くのー。はい、つべこべ言わない、駄犬」
「お、おい!」
半ば強引にメーラがリューエストを引きずって進み始める。
「そこの所、横路ない?」
「ある、……な」
「じゃ、そこ入って」
「…………」
うん。まあ、正気か? って目になるのもわかる。
それでも拒否しないのはメーラ達が聞かないと思っているのか、それとも別段危険じゃなさそうだからか。
「今のとこ、大丈夫そうだな」
後者らしい。
そのまま路が分かれることもなく、ひたすら進むとさらに変化が顕著になった。
「あ……」
「何だコレ」
リューエストは訳がわからないという感じで声をこぼす。
大きく開けたそこは図書館大広間のように高い天井と、神殿のような内部を支える柱が等間隔に並んでいる。
(雪の夜みたい)
白闇も大規模に見ると雪の夜の光景に似ている。夜なのに、雪は白くて光を弾き、空の雪雲も白いから光が乱反射して明るく見えるから、まさにこれとそっくりだ。
違うのは、気温は真冬のものより温いという事と屋内であるという事くらい。
「主人! あれ」
メーラの緊張を孕んだ声にそちらを見る。全員、見る前から何があるかはわかっていたけど。
「アァァ……ヴァ…………」
広間の奥。紙魚にとり憑かれた幻想化身が追い付いた私達を、敵と見なして排除しようとしている姿がそこにあった。




