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迷宮書館の司書見習い -29-

 ツッコミ気味にリューエストが声を上げる。が。

「あれ?」

「何だよ」

「いや、拒否のタイミングが遅いな、って」

「お前……人を何だと思って…………」

 じとりとした目は向けられるのだが、ついさっき(具体的にはメルが拐われる前)までとは何かが違う。

 これは、もしかして。

「何か拾って食べた?」

「ほ、ん、と、に、人を何だと思ってんだっ?」

 いや、だって心配になるくらいの変わりようだし。

 リューエストは溜め息をついて、金色の瞳を(すが)める。

「オレは、お前より年上だ」

「うん」

 どうした。頭でも打ったのか。なんて思うくらいやっぱおかしいと思うのだけど。

 さっきまで涙目で震えていたリューエストは、フンと鼻を鳴らす。

「ウェルと同い年なんだ」

「えーと、リューエストさん?」

「だから、ウェルがいない今は、オレがウェルの代わりだ」

「ほう。無理じゃね?」

「お前!」

 しまった。つい本音が。

「いやいやいや。だって無理」

「無理って言うな笑うな!生暖かい目で見るなー!」

 半泣きで良く言う。

「ともかく! オレが手伝ってやるんだから、大丈夫だ!」

「わー。頼もしーい」

「棒読みやめろ!」

「こら、駄犬! 主人に遊んでもらってないで、真面目に探しなよ。主人の邪魔するな」

「どう見たらそう見えるんだ!」

 そんな心温まるやり取りは良いとして。

「やっぱり変わってる」

「駄犬の頭が?」

「てめぇ!」

「いや、リューエストの頭じゃなく、この迷宮。この前、メーラ達が入った時はさっきの分かれ道とかなかったし」

 こちらの言葉にパロマも頷く。

「そうですね。確かに、御主人様(マスター)のおっしゃる通りです」

「前に見た資料にそんなような事が書いてあったけど、本当ぽいね」

「資料……ですか?」

「うん。この迷宮についての調査資料。て言っても、成り立ちの伝説とかが主で、あんま詳細じゃなかったけど」

 いくら探しても詳細な資料がなくて若干引いたのは良い思い出だ。

「この様子なら資料のなさも納得かなぁ……。入る度に変わるんじゃ、詳細資料なんて作れないよね」

 変わり方にパターンがあるかも知れないから、本当の意味で作れないわけじゃないだろうけど。

「なあ、それ、オレ達が」

「中に人がいれば変わらないみたいだよ。通った階層(フロア)と今いる階層はね」

 巻き込まれて大惨事、は今のところなさそうだ。資料的にも、伝聞的にも。

「前に見た資料と噂話からだと……」

 第一に、迷宮は入る度に形が変わる。

 第二に、迷宮内に人がいる間はその人が通った階層とその時点でいる階層は変化しない。

 そして第三。

「迷宮は、ある地点から全て繋がっている」

「繋がる……?」

「リューエストには言ってなかったかな? うちみたいな分館は他にもあるって」

「ウェルから聞いた」

「うん。じゃあ話は簡単。各地にある迷宮書館は入口とある程度まではそれぞれだけど、ある地点……階層かな。そこからは合流して一緒になるって事」

 そんな馬鹿なと思ってたけど、どうやら中の構造が変わるなんてトンデモ現象の起こる場所、あり得ないってのは無いかも。

「ある地点てどこだよ」

「さあ? 詳細資料じゃなかったからね。とは言え、もうちょい先じゃないかな。そんなすぐならもっと資料に記載あっても良いはずだし」

 資料に中々残らない程度には人の到達が少ない階層だろう。

 そして人の到達が少ない、と言うことは……。

「急ごう。あんまり深く行くと厄介そうだから」

 人が中々調査出来ない理由の最大原因は、多分紙魚。それもそのある地点からは、きっと手強くなる。

(幻想化身(メーラたち)も危険を感じるほどに)

 前々から奥に行けば行くほどヤバいって言われてたもんね。

「リューエスト、次どっち」

「ひだ……ちが、右」

 言い直したリューエストに、メーラが疑わしそうな目を向ける。

「駄犬……」

「仕方ないだろ! 女神の匂いより、ここの中に漂ってるのと似たあの化け物と似た匂いの方が強いんだ!」

「そういえば、迷宮の気配と紙魚の気配が似てるから判別し辛いって、前言ってたよね?」

 思い返し言った事に、パロマが頷く。

「はい。紙魚とこの迷宮の気配はとても近いものですから」

「なるほど。じゃ、やっぱり急いだ方が良いね。右、行こう」

 幾つもの通路を通って、何回か階段を降りた。

 けど……。

「むぅ。全然追い付いてる気がしない」

 メーラが半眼で呟く。

「確かに……。少しまずいかも知れませんね」

 パロマも再び現れた分かれ道で立ち止まり、眉根を寄せた。

(メーラの言う通り……追い付いてる手応え皆無だ)

 それに、気になっているのはまだある。

「何か、どんどん広くなってねえか?」

「あー。リューエストとやっぱりそう思った?」

 明らかに最初の階層(フロア)と今は倍くらい広さが違う。

 どんどん通路が増えて、分岐点も増えている。下にいく度に、ちょっとずつその階層は広くなってる。

「距離も段々離されてる気がする」

「うーん……。まさに迷宮」

 迷うから迷宮なので正しいんだろうけど、はっきり言って迷惑。

 リューエストも難しい顔をして、腕を組んでいる。

「……」

「リューエスト?」

「ちょっと黙ってろ。お前達も」

 そう言うとリューエストは眼を閉じて息を殺すように押し黙った。

 真剣なその様子に、私は勿論、メーラ達も言われた通りに沈黙する。そうしていた時間は数秒程度だったと思うけど、次にリューエストは眼を開けると疲れたように深く息を吐いた。

「この壁の向こう。そう遠くない距離に、多分いる」

「この向こう……」

「けど、これは蹴って穴が開くようなもんじゃないよな……」

 コンコンと軽く通路の壁をノックして、リューエストは呟く。

「穴開ければ良いの?」

「メーラ……?」

 ぽつりとメーラが言って、パロマとセレーヤに目配せする。

「では、リューエストさん。両手を顔の両側に上げて下さい。あ、位置は私のなるべく影に入る感じで。……そうです。良いですね。そうしたらそこで屈んで」

「え? お。おう」

「マスター、しゃがんで。これを」

 言われた通りにしゃがむとセレーヤが自分の被っていたレースで縁取りされたベールを、こちらにふわりと被せてくれる。

「いっくよ~」

「はい、両手で耳をふさいで下さい」

「お耳、失礼します。マスター」

 すっとセレーヤの手がベールの上から優しくしっかり両耳を塞ぐと同時に、辺りが揺れた。

 あ。これ、耳塞いでないとヤバいやつ。

 床と周囲の壁が壊れそうなくらい激しく揺れ、辺りに粉塵(ふんじん)が舞う。

 もうもうと立ち込めるそれが晴れる。

「あ。ちょっと残った?」

 メーラが不満そうに唇を尖らせ、通路に開けた穴の中に入っていく。

「んーと、これなら、ちょいっと! えーい」

 軽い掛け声と共に、何かが瓦解(がかい)する音がした。

「良さそうですね」

「うん」

主人(マースター)!」

 メーラの呼び声に立ち上がって大穴を覗く。

「主人ー! これで良いー?」

 下への階段を背後に満面の笑みで手を振るメーラと、ぶち抜かれた二枚分の通路の壁の残骸がそこにあった。

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