迷宮書館の司書見習い -27-
10.一途と執念は紙一重
手が、届かなかった。
「主人!」
「おい!」
メーラの叫ぶような声と、ウェルの咎めるような驚きの声。
聴こえてはいたけど、止まれない。
「メルっ……!」
地下へ。迷宮へ、続く階段。
生暖かい風が頬を撫でる。
薄白い闇が両手を広げて待つそこへ、飛び込むように足を踏み入れた。来るはずの拒絶反応は、欠片もない。
当然。だって、拒む為の装置をリューエストが壊したのだから。
「ワンコ! 連絡!」
「なるべく奥に行かせるなよ! 引き留めろ!」
私が言うのも何だけど、ウェル、無茶言うね?
メーラとウェルのやり取りを置き去りにする勢いで、固い音を響かせ、階段を駆け降りる。
「お、おい、待てよ!」
おろおろとしたリューエストの声がついてきた。待てと言われて待つのかとか、何より……。
「何? てか来なくて良いよ」
「悪かった……」
謝って済むならメルシーは連れてかれなかったよね? そんな言葉を口にする暇も惜しい。
薄白い迷宮の通路をひたすら奥へ。
どこにいる。
「御主人様、待って下さい!」
「パロマ、ごめん。無理。急がないと」
それこそ奥へ、深く、連れ去られてしまう。
(まだ。まだ間に合う!)
だから急ぐ。あの禍々しい気配が足跡のように漂い残るうちに。
(ふふ。イイ度胸してるよね……)
二度目だ。これで。
一度目は師匠の妹。今度は友人。
(どっちも、絶対取り戻す)
「マスター」
分かれ道で立ち止まった一瞬を待っていたのか、セレーヤが上着の袖を指先で掴む。
「お手伝い、させて」
「セレーヤ」
「ずるいよセレーヤ。それ、俺が言いたかったのに」
ぷりぷり怒ってメーラが合流する。
「主人。俺達が止めると思った?」
うっすらと微笑んでメーラが葡萄酒の髪を揺らす。
「止めないの?」
「何で止めるの? だって、主人の為に、主人の助けになるのが俺達の存在意義なのに」
それでね? とメーラがにっこり笑っていつの間にか、リューエストの首根っこをがっちり掴んでいる。
「せめてこういう時くらい、この駄犬が働くべきだと思うんだよね!」
てい! と軽くそのまま分かれ道にべシャッと放り出されたリューエストは、若干涙目でメーラを見た。
「な、何させる気だ……」
「駄犬でも一応臭い辿るくらい出来るでしょ」
いいから働け。笑顔の背後にそんな文字が浮かんでいる幻視ができそうな、見事な女王様だ。
メーラ、立派になって……。などと流石にふざけている暇はない。
けど確かに、使えるものは何でも使うべきである。
リューエストが助けを求めるようにこちらを見てくるのが、今言った心構えのわけで。
「ん。頑張って。やれば出来るよ。出来るよね?」
「!」
いや、君一応元凶だからね? 元凶に「鬼!」みたいな顔されるのは心外だよ。
「や、やってみる……」
うん。完全に私達がいじめっ子みたいになったね。
何はともあれ。リューエストが不安げに辺りを見回し、片方の路を指差す。
「じゃ、行こうか」
「行くよー。駄犬」
「オレも行くのっ?」
メーラがリューエストに声を掛けると、驚いたようなビビってるような、情けない声と言葉が返ってきた。
その事に、メーラが心底呆れたような顔になる。
「ねえ、駄犬。本当にしでかした事、わかってる?」
「っ!」
リューエストが唇を噛み締めた。
「駄犬が主人に嫉妬して、迷宮の入り口にある結界壊して、主人のお友達が拐われたんだよ?」
「わかってる……」
俯くその姿はいっそ哀れなのだが。
「メーラ、もう良いよ。行こう」
「主人?」
メーラが不思議そうにこちらを見る。
リューエストも、チラリと窺うような目を向けてきた。
「怖いんだし、仕方ないよ。それに……彼はウェルじゃない」
「え……」
あれ……?
「ウェルだったらそもそもこんな事態起こさないだろうけど、起こしたとしたらつべこべ言わずにさっさと協力して、力を貸してくれるだろうけど、彼は違う」
おかしいな。私、もしかして……。
「あ、う……」
「でも主人」
「私の『怖い』と、彼の『怖い』は違う。『この場所』の方が、『誰かを失う』より怖いなら、仕方ない」
なんてこった。自分が思っていた以上に、どうやら怒ってたみたいだ。
向けた言葉に傷ついたのか、リューエストの肩が震える。
「……連れてかれたの、ウェルじゃないし」
ポツリと最後に呟いた言葉に、今度こそリューエストが固まった。
「……そだね。主人。急ごう」
興味を失ったように、メーラもあっさりとリューエストを視界から外して路に向き直る。
(項垂れるリューエストをそのまま放置もまずそうだよね)
「リューエスト」
「っ!」
「ありがと。戻って良いよ」




