迷宮書館の司書見習い -26-
9.幕間ノ章 罪を知るもの知らぬもの
ずっと一緒だった。
あの日、あの時、目を離したりしなければ。
「兄様」
感情が乏しいと言われる二つ下の妹だが、兄である僕がそう感じた事は一度もない。
細く白に近い金の髪、現にこちらを見つめる青い瞳にはっきりと不満が見てとれる。
若干十二才で大学府の課程を終えて、正式な中央図書館司書の資格を得た天才。だけど、妹だ。
「月祭の事ですけど」
「ミモザが心配することない。もう一緒に行く相手を見つけたから」
「…………」
毎年一緒に行っていた祭だが、今年はミモザが大事な仕事……地下深くに広がる迷宮の調査で行けない。
だから両親から見合い相手をつけられたくなかったら自分で相手を見つけるようにと、そう言ったのは妹だ。
「兄様の馬鹿!」
「なのに何でそんな事いわれなきゃならないんだ? わけわかんないよな!」
いつもの大学の図書室、いつもの時間、いつもの居場所で、僕は妹から言われた理不尽な言葉への憤りを友人に訴えた。
「はは。それは……君が悪いかも?」
「何でっ」
時間は黄昏。窓際の席に座る友人の顔は、いつも定かではない。友人がローブのフードを被っているのも一因だろう。
それでも、ニヤニヤと笑って頬杖をつくのは、はっきり見えた。
「だって君は、お兄ちゃんなんだから」
思わず言葉に詰まると、黄昏時の友人はさらに笑みを深める。
「そういう妹心、わかってあげなよ」
「…………」
「三年頑張った成果が、大好きなお兄ちゃんとお祭りに行けないばかりか、どこの馬の骨とも知らない奴が一緒なんて……そりゃ罵りたくもなるって」
「自分で自分を馬の骨って言う?」
「仕方ないよ。妹さんからしたら、確実にそうだもん」
笑う友人の髪が、黄昏の光に透けた。黄色と赤の混じり合う琥珀色。友人そのもののような、色だと思った。
取っている課程が異なるらしく、この友人と授業で一緒になった事がない。ただ唯一、夕暮れのこの時間だけ空き時間と居場所が重なるようだ。
そのせいだろうけど、この名も知らぬ友人はいつも黄昏色、琥珀色に染まっている印象になる。
そう言えば、一度だけ大学の廊下で大学受付の職員に呼び止められ、小包を受け取っていたのを見掛けた事があった。
声を掛けようと思ったけど、次の講義時間が迫っていたから叶わず、踵を返したが、その時に友人の名前らしいものを聴いた。
『ユート君』
重なる時間と姿、本の趣味、そしてその名前だけが、この友人について僕が知る全てだ。
「……ミモザがそんな事思うかな。いつも『兄様は私がいないと駄目な仕方ない人』って言ってるのに」
「うん。それでどうして君がそう思わないのかが不思議なんだけど」
友人はクスクス笑った。
「とりあえず、妹さんと仲直りしなよ。何だったら仲直りに月祭も妹さんと過ごしてさ」
「それはダメだ。僕は君と約束したじゃないか」
「良いよ。ボクは」
「ダ・メ・だ。紳士のする事じゃない」
「頑固だね」
肩を軽くすくめて友人は首を横に振る。
「でも真面目な話、ちゃんと仲直りしなよ? 君達は兄妹なんだから」
「……わかってるよ」
わかってたんだ。本当に。
だから、あの日。
「リー君、リヒター」
ユートの声に、意識が引き戻される。
大学の図書室でも分館でもなく、本館の執務室。
その執務机の上には署名を終えた書類がある。顔を上げれば、今はしっかり見えるようになった友人の顔があった。
「ユート……」
仕方なさそうに笑うその顔に、少し懐かしくなるのは今日があの月祭だからだろうか。
「大丈夫? 疲れてるみたいだけど」
「ああ。少し。けど大丈夫だ。分館に行こう」
時計は午後三時。今から分館に行くと着くのは四時くらいだろう。
「王都だと馬の要らない車が出来て、流行ってるらしいね」
「こちらまで入ってきて、尚且つ僕達が使えるようになるのはまだまだ先だろう」
「だね。それに、分館までは道が整備されないと使えない」
さっさと出なければ。
ふとユートの後ろ姿を見て、その黄昏の光に染まる姿を見て、口を開く。
「ユート」
「ん?」
ごめん、と。言おうとして。
「何だ?」
明らかに慌てているとわかる騒々しい足音が、近づいてきていた。
「リヒターさん!」
「ウェル君?」
血相を変えてドアを開け放ち、駆け込んできた様子に、ただ事ではない雰囲気と嫌な予感を覚える。
「人が迷宮に連れ去られました!」




