迷宮書館の司書見習い -25-
何か目がウェルの据わってたので一旦は口をつぐんで、薬局から離れたところで、年頃の女の子に対してこの仕打ち! と尚も抗議する。
抗議のウェルは口を開きかけ、何故か少し考えた。
ぶっちゃけ、この時点で何となくイヤな予感。
「……ウェル?」
なんか真っ正面から受け止めた感が。
「ひぎゃっ」
上げた声に、ウェルが物凄く微妙な顔をしたけどそんな事はどうでも良くて。
「ウェル、これは無い。つか、下ろして。はずい」
ひょいっと猫持ちから変えられた持ち方……抱え方が、両膝の裏と背中に腕を回して抱き上げる、いわゆる世間一般で言うところの『お姫様抱っこ』だった。
「ほらほら、他の人とか何だあれって目で見てるし、つかコレは私に似合わないと思うんだよね!」
似合わないお姫様抱っことか、公害レベルじゃないかな!
そんな思いを込めてそう訴えてみると、ウェルが物凄く苦い顔をした。
「お前……」
「見つけたぞ! ウェル!」
え? そんな表情をウェルと一緒に浮かべた直後。激震が走った。
「痛っ!」
つか、ウェルに放り投げられた!
受け身にしても無様にゴロゴロと道上で転がり、どうにか身体を起こしてウェルの方を見る。
「ウェル!」
何か黒いのに突撃されたらしいウェルが、そのまま顔面スライディングしたんじゃね? って感じで倒れていた。
石畳に広がる赤いものまで幻視できそう。
ピクッとウェルの指が動いたところを見ると、まだ生きてるようだ。
打ち付けた腕や脚の痛みをどうにか無視して、ウェルの所へ行こうとするのだが、なにせか弱い乙女なもので、中々上手くいかない。
その間にも、ウェルに突撃して私が放り投げられる原因となった黒いものは、ぐりぐりとウェルの背中に多分頭と思われるものを押し付けていた。
「全然帰って来ねーと思ったら、何だってこんなとこまで来てんだよー! 心配したんだぞ!」
「リュー……」
どうやら、顔見知り……というか話からすると……。
「ウェルの嫁? なるほどそっちの趣味が」
「違うっっっ!」
よほど冗談で聞き流せなかったのか、ウェルが絶叫と共に身体を起こす。
背中から転がり落ちた黒の尻尾髪が跳ねた。
良く見れば顔立ちはウェルよりも綺麗系だが、年はあまり変わらない少年のようだ。
背中くらいまでの黒髪を一つに括った尻尾髪に、金色のスッとした瞳、引き締まった体躯は黒いタートルネックと紺のジーンズパンツ、そして濃い茶の革サンダルに包まれている。
「成人の儀で出てったきり帰って来ないと思ったら! 何でこんなとこまで!」
「事情があるんだ! 事情が!」
「事情って何だよ! 事情って!」
うん。立派な痴話喧嘩だと思う。
「次期村長が泣くな!」
「うわあぁん! オレの補佐してくれるって言ったのにウェルのバカー!」
「村には他にもいるだろ!」
「ヤダヤダ! ウェルがいいー!」
すがられるウェルと、すがる尻尾髪少年。ウェルがどうにか引き剥がそうと足掻いている。
え。否定してたけどマジだった?
「メリーベル! 違うからな!」
「ウェル……そろそろサトリの化け物ぽいところをツッコむか、否定してたけど熱烈求愛されてるところをツッコミするか、迷うんだけど」
そこでようやく、黒い尻尾髪の少年はこちらを向いた。その顔に、今やっと存在に気付いたオマエダレ? 感が漂っている。
「えーと、初めまして。ウェル借りてます」
言った瞬間、何か尻尾髪少年の目が三角になった。
あ、これ威嚇されるわ。
「ウェルが帰ってこられないのはお前のせいか? お前、何なんだよ。どうしてウェルがお前みたいなちんちくりんと一緒にいるんだよ!」
ですよねー。そのウェル大好きぶりだとそんな反応予想してました。
「リューエスト」
唯一予想出来なかったのは、ウェルの底冷えするような声音だけ。
つか、どうしたウェル。怖い。
思わず「ひっ」とか声を上げた尻尾髪少年(リューエストって名前っぽい)と両手を取り合ってぷるぷるしたくなるも、残念互いに親密度が足りなかった。
……冗談めかしてみても、やっぱり怖い。ウェル眼光鋭い。
「な、なに」
「謝れ」
「へ?」
「メリーベルに、謝れ」
「は? あ、あ」
思わずこっちも尻尾髪少年と顔を見合わせたんだけど、何、この怖い事態そこなのっ? それがウェルの逆鱗に触れたの? 何で。
「……」
じっ……と。ウェルは尻尾髪少年から眼を逸らさず見つめている。物凄く冷たい眼で。
「メリーベルは、俺の恩人だ。謝れ」
いや、むしろ宿直とかお世話になってるのこっち。
などと言い出せる雰囲気じゃないっぽい。
尻尾髪少年の喉がゴクリと鳴って、恐る恐るこちらを見る。
わかる。めっちゃ怖いよね。わかる。
視線交差で一瞬にして尻尾髪少年と通じあった。
尻尾髪少年が今にも泣きそうな顔でぷるぷるしつつ、声を絞り出す。
「ご、ごめん」
「……」
「ひっ……ごめんなさい!」
ウェル、厳しすぎ。
マジで涙目になった尻尾髪少年が叫ぶ勢いでそう言って頭を下げると、ようやく溜め息をついて、いつものウェルに戻る。
「あー。別に良いよ。最初から気にしてないし。それよりウェル……」
「?」
「とりあえずここ離れない? めっちゃ周囲の視線痛い」
大通りじゃないとは言え、往来の真ん中でそんな事を繰り広げた私達は、当たり前だけど凄く目立っていた。逃げよう。可及的速やかに。
ウェルも状況を把握したらしく、みるみるうちに顔が赤くなる。
そして私達は一目散にそこから逃げ出した。
「で。……何でまた増えてる」
既に師匠の氷蒼の瞳は諦めに染まっている。それでも問わずにはいられないらしい。
「いや、ウェルと一緒じゃないと帰らないって言ってるので」
「すみません……リヒターさん」
あはー、と笑っても師匠の眉間のシワが取れない。ウェルも心底申し訳なさそうに師匠に頭を下げた。
「……確かに、今ウェル君に抜けられるのは色々と困るな。わかった」
良し。話は終わり!
「が。お前はまだだ」
「痛い痛い痛い! 師匠ー! 指! 指が頭に食い込んでますっ!」
師匠のアイアンクローが頭を鷲掴みにしてくる。
「昨日の帰りだと言ってたな。何故その日の内に連絡して来ない?」
「すみませんすみません!」
グググッと掴んでいた手を離し、師匠は腕を組んだ。
「うう……」
「次は連絡しろ」
「はひ……」
「まあ、今回は帰り道の事で、翌朝報告でも早い方だから良いのだが」
「え。それ、今アイアンクローした後で言います?」
こちらの抗議など聴こえないようで、師匠はウェルにリューエスト用の日用品を整える資金を渡している。
「おい」
「ん? 何」
そして噂をすれば影だ。
くいくいと袖を引っ張られて振り向くと、リューエストが白いシャツと黒いズボンに紺色のエプロン姿でそこに居た。
「いつウェルはオレと帰れるんだ?」
「あー。ごめん。当分先」
「…………」
じっとり睨まれても人手不足何だから仕方無い。
ふと、師匠と話終わったウェルが此方を見て、頭が痛そうに溜め息をついて額に手を当てた。
「リュー」
名前を呼ばれたリューエストはパッと顔を輝かせた。が。
「仕事しろ。掃除!」
うっわ可哀想と思わず思うくらい、眼に見えてリューエストがしおれる。
「どんまい」
じろっと睨まれたけど、すごすご掃除用具入れに向かう姿には同情を禁じ得ない。
「てか、ウェル。リューエストに厳しくない?」
「良いんだ。働かざる者、食うべからず。それに、あいつは次期村長だ。甘やかすと為にならないだろ」
既に遅い気もするが。溜め息混じりにウェルはそう呟く。
「むしろ次期村長にその扱いで良いの?」
「良い。自分が迷惑掛けてるってわからないなら尚更だ」
「いや、宿直要員増えて助かってるけど」
「……あいつは必ず帰るし、欲しいのは長期的に継続して働ける奴だろ」
「んー。でも、交代出来るからウェル少し休めるでしょ」
そこが一番大事なんだけど。
「ん?」
何か視線が刺さると思ってそっちを見る。何故かリューエストがギリギリと歯ぎしりしそうな感じでこっち見てた。
「へちゃむくれのクセに……」
いや、何故。どうしてそんな、と。思った瞬間。
「リューエスト」
大魔王再びの気配にリューエストは蜘蛛の子を散らすように素早く逃げ出した。
「すまない」
「お? 良いよ。別に気にしてないし。それにしても、ウェル好かれてるね」
あれジェラシーとかそういうものだ。
「はぁ……。元々幼なじみで、小さい頃はあいつ一番チビだったんだ」
身体は弱いし泣き虫だしで、当然の如くいじめられていたらしい。
「次期村長になる金狼がそれじゃどうしようもないって事で、一番なつかれてた俺に面倒見る役目が回ってきた」
「金狼?」
「何世代かに一人の割合で生まれる、先祖の血が濃い奴。あいつの眼、金色だろ?」
「あー。確かに金色だったね」
「眼とは限らないけど、生まれつき金色の髪や眼で完全な狼姿になれる奴をそう呼ぶんだ。血が濃く出てるし、大体は群れを率いるのに相応しい器だからな」
「ウェル、遠い目になってるよ」
「俺も含めて、周りが甘やかし過ぎたんだな……」
現実に戻ってきたウェルの目が据わった。
「あんまり締め付け過ぎても可哀想だよ?」
「……ここに居る以上、リヒターさんとメリーベルが自分より上だって事だけは叩き込む必要があるだろ」
「いやいやいや、師匠に関しては今のところまともだし、私は気にしないから良いよ!」
叩き込むまでウェルに大魔王になられる方が怖いし。
「俺が良くない」
「んー。でも、それなら私がやる」
「は?」
「それってウェルが言っても変わらないと思うし」
むしろジェラシー煽るだけっていうか。
「その理屈なら、私が言わなきゃ駄目でしょ」
「それは……」
「一応、まだまだ新米で見習いレベルでも私がここの司書で館長なんだし」
「……できるのか? 手加減したら絶対舐められるぞ」
「あはは。まぁ、頑張る」
そう言った時はまさか夢にも思わなかった。
月祭の当日、その時が来ようとは。




