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迷宮書館の司書見習い -23-

8.昔話とおとぎ話




 この国では一通りの読み書きなど、一般教養を六才から十五才までに施す中等学院と、更に十六才から二十歳までの高等教育を受けることが出来る大学府(アカデミア)がある。

「妹が司書になった」

 そんないつもの大学図書室。昼下がりも通りすぎ、西陽もそろそろ赤く燃え尽きる頃。

 ぽつりと言葉をこぼしたのは、輝くような金髪と澄んだ蒼い眼の十七才くらいの少年。

 いつもなら育ちの良さと賢さが漂い実年齢よりも大人びて見える彼はしかし、今日に限って言うなら年相応の子供らしさが見え隠れしていた。

 図書室の奥まった場所にある大きな閲覧机のいつもの席で、いつの間にかいつも一緒に本を読むようになった、斜め向かいの席に座る名も知らぬ友人は、少々不貞腐れているようだ。

「気に入らないの?」

「……わからない」

 自分の気持ちなのに?

 そう言ってしまいそうな唇を噛み締める。多分、苦笑になっただろう。

 それは友人にも伝わったらしい。ぷくっと頬を膨らませ、拗ねるように机に突っ伏す。

(あいつ)は天才なんだ」

「……?」

 もぞもぞと突っ伏したまま腕に顔を埋めて、友人は言う。

「兄なのに、僕は何一つ敵わない」

 そうなんだ? とは言えない。こういう時は黙るに限る。

「司書は司書でも、特別なんだ。『だから今年の月祭(ルナリア)は兄様自力で切り抜けて下さいね』って」

「特別?」

 特別な司書とは何だろうか?

 自分の中で、好奇心が蛇のように鎌首をもたげるのを感じた。

 友人は顔を上げると、周囲に自分達以外がいない事を確かめ、口許に手を添え身を乗り出す。

「知りたい?」

「うん」

 友人も誰かに話したかったのだろう。

 にんまりと笑って、声をひそめつつも話始める。

「図書館の地下に、迷宮があるんだって」

「迷宮……?」

「そう。特別な司書は、そこに入る事が出来るらしいよ」

 何とも子供の冒険心をくすぐる話だ。

「わくわくするね」

「でしょ?」

 クスクスと笑い、少し気を取り直したのか、友人は身を乗り出すのを止めて席につく。

 こちらの視線も、ようやく本来の目的である手元の本に戻る。

「あ、でも本当に月祭(ルナリア)どうしよ……」

 月祭は親しい相手に、相手の瞳や髪と同じ色の装飾品を贈って、収穫と感謝を捧げる秋の風物詩的な大祭だ。

 全国各地の街で行われるが、国の首都であるこの街ではその規模も段違い。

 煌々と光り揺れるランプが街を彩り、装飾品の露店が通りを埋め尽くす。好機と集まる商人と、その品々を求める人で街はうるさいくらい活気づく。

 当然、楽しいお祭りは親しい相手と出掛けるに決まってる。

 常に独りでいる自分には縁の無いものだ。当日は大人しくここで引きこもろう。

「……あのさ、一緒に祭り、いかない?」

 思わず本を捲る手を止めた。

「誰と?」

「……ごめん。嫌なら」

「あ、違う。違うんだけど……君と、ボクが?」

 自慢じゃないけど取ってる講義のどれにも友人のいない自分と、何回か他の友人らしき人物がここに探しに来た彼が一緒に祭とか。

 明日は槍が降るのかも知れない。

「逆にそれ以外ある?」

 キョトンとしたその顔に思った。

 凄い物好き。

「ちなみに、どうしてボク?」

「ここ以外で遊びに行った事ないし。それに、いつも妹と一緒に行ってたから回避出来てたけど……下手に独りでいると親が将来の嫁候補宛がおうとする」

 なるほど。つまり、虫除けか。

「他の人でも良さそうだね」

「違うって! 本当に一緒に遊びに行きたいんだよ」

「……いや、意味わからないよ。他にも友人くらい君はいるでしょ」

「同じ友人でも、ただでさえ疲れるから気の合うやつの方が良いと思わない?」

「気の合う……」

「借りる本も読書の場所の趣味も、ここまで合う相手、いないと思うんだけど」

 そう言えば、きっかけは彼が読みたかった本をことごとく根こそぎ本棚から引き抜いて、ここで読み耽っていた事だった。

 初めて顔を合わせた時の第一声が「何の嫌がらせ」って言われたから覚えてる。

「お願い。助けると思って」

 両手を合わせて拝まれると、流石に断れない気がした。

「うん。……いいよ。ボクで良ければ」

 明日は槍が降るのかもと思うくらい、嬉しかったんだ。

 けど……。

(結局、月祭……一緒に行けなかったんだよね)

 祭当日。妹と喧嘩した彼は……。


主人(マスター)


 メーラの言葉に、意識が現実へと引き戻される。

「あ。……寝ちゃってた。起こしてくれてありがと。メーラ」

 軽く口許に触れてみる。どうやらヨダレ垂らして爆睡ではなかったようだ。一安心。

「主人、大丈夫?」

「平気平気。所で時間……」

 カウンターの上にある置き時計は、午後三時を指していた。

「ウェルと訓練の時間だね」

 時計から目を移す時に、木製カレンダーが視界に入る。

 年月日と曜日のわかるもので、数字と曜日のマークが描かれた木のチップを組み合わせて使うものだ。

「これのせいかな」

「なぁに? 主人」

「ん。もうすぐ月祭だなって」

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