迷宮書館の司書見習い -22-
灰かぶりはいつか王子様が自分を迎えに来ると信じて何もしない。ただ待っているだけ。
世間で広く言われるそれだけど……。
「最後しか見ていないからじゃないかな?」
想像した事はあるだろうか?
殺されない為に、役立つのだと証明する日々の辛さを。
「灰かぶりは、役に立たなきゃ殺されてたと思うよ」
使用人の代わりに毎日休みなく働く灰かぶり。使用人は役に立たなきゃクビになるけど、クビに出来ない『邪魔者』は存在自体を許されない。
「だから頑張って頑張って、寝床が台所の灰の上だろうが笑い者にされようが、命を繋ぐために耐えていた」
耐えるだけだと、言うのは簡単。
「耐える事が容易いなら、何で拷問なんてものがあるんだろうね」
戦で捕らえた敵兵士。情報を吐かせる為に、とても耐えられないという仕打ちをする。吐くのが先か。死が先か。
「ただのほほんと、蝶よ花よと育てられ、何故か会ったこともない王子様が迎えに来るなら、確かに何もしていないと言えるけど、彼女はそうじゃない」
足掻いてもがいて、みっともないくらい泥にまみれて。
「他人から見れば只の幸運な少女でも、その純白の花嫁姿になるまでに、死の呼び声に耐えてきた。そんな仕打ちの中でさえ、人間らしさと諦めない強さを持った、強かな人」
そんな彼女を、何もしない幸運少女なんて思わない。
「どんな時でも生きる事を諦めない強かさと、泣く事はしても絶望に溺れない強さを、私は尊敬するけどね」
「御主人様……」
驚いた顔で、パロマはこちらを見ている。
ほら、本当の意味で、何も聞かなくてもわかるなんて事はない。
私の願いから生まれたのだと言うパロマ達にだって、自分自身に私が抱いた想いを知らないように。
「……そういう風に、私個人は思ってるよ」
それをじっと聴いていた子供が、何を思ったのかイスから降りて近付いてくる。
カウンターを挟んで向かい合うと、子供は静かに口を開いた。
「変わってる」
「まあ、そうみたいだね」
「…………」
じっと、心の底まで覗き込むように、子供はこちらの瞳を見詰めてくる。
「ねえ、お願い、聞いてくれる?」
何か明らかに人じゃないっぽいし、でも敵意も悪意も感じない。どうすっかな? と思いつつ、聞くだけ聞いてから決めても遅くない。
「何かな?」
「頑張る、から……」
あ。これ、聞かない方が良かったかも。
「私を、見つけて」
だって、そう言う子供の顔に書いてある。
助けて、って。
そんなもの見て、笑顔で拒否れるほどまだ堕ちてない。
「……どこに行けば見つけられる?」
まぁ、ここで恐怖物語よろしく襲い掛かられたら、話は別だけど。
けれど、案の定。子供は襲い掛かって来ない。
代わりに、その顔には今にも泣きそうな瞳と、拒否されなかった事への喜びが浮かんでいる。
「待ってる……」
子供は、地下。迷宮の入り口へと続く階段のある、カウンター横の扉を指差し、そちらに視線を向けて戻した時にはもう居なかった。
蝋燭の火が揺らぎ、燃える時に微かな音を立てる。
「パロマ」
「はい」
「あの子、幻想化身?」
「いえ。違うと思います。……気配が私達とも、御主人様とも違いましたし、姿は見えましたがそこに居るようにも思えない、不思議な感じでした」
「念のため聞くけど、紙魚じゃないよね?」
「違う……かと」
ふむ。歯切れが悪い。
「申し訳ありません」
首を傾げる仕草を見たパロマが少ししょんぼりした。いかん。気を付けねば。
「いや、大丈夫。ただ、断言できない理由は?」
「あの方は、本当にそこに『居る』と思えなかったから、でしょうか。少なくとも紙魚の気配と同一ではないのですが、そもそも紙魚も迷宮と似通った気配なので、判別し難いのです」
「なるほど」
つまり、紙魚と同じように図書館と迷宮に溶け込むような判別し難い感じだけど、紙魚のような取り込んで連れ去ってやる感はないので微妙、と。
「御主人様、どうなさいますか?」
「んー、ちょっと確認してから、とりあえず師匠には報告と連絡、相談かな。ほう、れん、そう、って大事」
「畏まりました」
「――って事があったんですが」
「おい」
「てへっ」
朝、午前中の様子見に来た師匠に報告連絡相談した所、師匠の額に青筋が浮かんだ。
「まず、泊まるなと言った筈だ」
「え。夜道を乙女に独りで帰れと?」
「真面目に聞け」
駄目だ。わりとマジ切れかも。
「すみません。ところで師匠、妹さんの髪とか瞳って師匠と同じです?」
「真面目にと言った」
「真面目ですって。その幽霊っ子、もしかしたら妹さんかもー? とか思ってるんですが」
そう言うと、師匠の顔から表情が抜け落ちる。
「……死んでると言いたいのか?」
あ。言い方間違った。
「じゃなく、幽体離脱とか。死んでるとは微塵も思ってません。それならあの幻想化身が自分の創り手を探しに行ったのが間違いになりますけど、多分それも無いです」
ちらりとメーラ達に目を向けると、揃って首を縦に振ってくれた。
「俺達が主人の生死を間違えるなんてあり得ない」
「幽体離脱なら、生きてても幽霊みたいなものだと思うんですよ。だから、とりあえず特徴とか照らし合わせてみたいな、って」
氷蒼の瞳が揺れる。やがて師匠は溜め息を一つ吐いて、痛みと懐かしさの入り交じった表情を浮かべた。
「妹は、父似だったから私とは少し違う。髪は白金で、瞳の色は蒼だが、もっと濃い」
「そうですか」
一致すると言えなくもないかな?
「妹なのか……?」
「わかりません。けど、可能性は無くもないかなって。それに、そうであってもなくても、見つけて欲しがってるのは、同じですし」
誰であろうと、あそこにおいてはおけないのも、同じだし。
「メーラ、パロマ、セレーヤ」
見つけてと。助けてと。届いた声は無視できない。
「お願い。見つける為に、力を貸して」
「もっちろん!最初から主人の願いは全部叶えるつもりだし!」
尻尾を振った犬のようにメーラが抱きついてくる。
「御主人様の心のままに」
「任せて……」
パロマとセレーヤも、微笑み頷いてくれた。
「ありがとう」
絶対に、見つける。
それが私の、願いだから――。




