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迷宮書館の司書見習い -19-

 メルと別れて再び帰路につく道すがら、ウェルはその方向へ突き進むと何だか怖いことになりそうで、半ば強制的に片付けた。曰く『女ってわからん』だった。

「ただいま」

 帰りついた当面の住処、その扉を開けてウェルはそれぞれ過ごす幻想化身達に声を掛ける。

 薄闇の中、きらりと光る一対の葡萄酒色(ワインレッド)の瞳に若干引きそうになったのは、あの館長(メリーベル)の話が頭を過ったからか。

「あ。ワンコ、ちゃんと主人(マスター)送った?」

 閲覧用のソファに腹這いで寝そべって本を読んでいたメーラが顔を上げ、

「お帰りなさい」

 空の本棚をせっせと掃除していたパロマが手を止めて顔を出す。

「おかえり……」

 ぼぅっと。奥からわざわざウェルの為にだろう、ランプを持って姿を現したセレーヤに、ちょっと悲鳴が零れる寸前になったりもしたわけだが。

「お帰りなさい。ウェルさん」

 最後にキャロルがいつの間にか背後に立って声を掛けてきたのは本気で心臓止まるかと。

 そんな諸々はあれど、帰宅の言葉に返事があるというのはそれだけで少なからず安心出来る。

「リヒターさんは?」

「マイマスターも今日はお帰りになりました。本館の準備もあるとの事で」

 いつもはメリーベルを送って帰ってくるまで居てくれる人なのだが、そもそもあの人は街の本館で館長をしている。多忙な筈だ。

「了解」

「あ。ウェルさんに、マイマスターから鍵を預かっています」

「え」

 無造作にポケットから取りだし差し出された一本の鍵に、ウェルは驚いて声を零した。

 キャロルは不思議そうに首を傾げる。

「どうかなさいました?」

「いや、俺が持ってて良いのかな、と」

「問題ありません。マイマスターのご意志ですし、宿直の方が鍵を持たないのは逆に不便ではありませんか?」

 鈍色の鍵を渡し、キャロルはにっこりと笑う。

「無くさないで下さいね」

「はい」

 手の中に収まった小さな鍵に、何故か安心感と緊張感がない交ぜになる。

(何か紐あったかな)

 後で紐に通して首にでも掛けておこう。

 ウェルは自室となっている宿直部屋に戻って、メリーベルから出された課題を手に戻ってくる事にした。ところ。

「……何で居る」

「てへ。来ちゃった」

 先程送り届けた筈の館長(メリーベル)が、何故か貸し出しカウンターに陣取っている光景に遭遇したわけで。

「お前……」

 俺が送り届けた意味は? ぷるぷる震えて叫びたいのを抑えるウェルに、流石にメリーベルも気まずいのか慌て来た訳をアピールする。

「ちょ、待って待って! 大丈夫。ちゃんと理由あるし、今日は泊まってくからもう一度送る必要無いし!」

「泊まっ……!」

 それ問題だろう! と喉までせり上がった言葉はしかし、カウンターの上にデンと置かれたバスケットで封じ込まれた。

「てな訳で! ウェルの歓迎会始めます!」

「はあ?」

 どういう訳だ。

「ほら、一応私ってここの館長なわけなのだよ!」

「知ってる」

「だから! ここの宿直要員であるウェルを歓迎するのは館長である私の役目!」

「……お、おう?」

「まぁ、ちょっと遅くなったけど」

 本当は就任初日か次の日だよねー、と言いつつメリーベルはバスケットの中身を取り出していく。

「ミートローフにハーブ入りの麦パン、ミネストローネ、ホクホクのポテトサラダ、シナモンたっぷりのアップルパイ」

 取り出される品々と、いつの間にかそれを取り分ける幻想化身達。

 取り分けられたミートローフの皿をウェルに差し出しつつ、メリーベルは笑顔で言う。

「ようこそ、ウェル。歓迎するよ」

「あ、ああ」

 その、笑顔が。

 自分(ウェル)を歓迎すると言う、その笑顔から、何故か目が離せなくて。

 ウェルはぎこちなく返事をする。

「あらあら。マイマスターになんて言えば良いかしら」

 くすくす笑ってキャロルが二人分のココアをカウンターに置き、対するメリーベルはいつものように、おどけるような笑みを浮かべ言う。

「ヒ・ミ・ツ、でお願い」

「まあ」

「まじめに言うと、調べものする時間が欲しいんだよね」

「家でもできるだろ?」

 先程の笑みを頭から振り払おうと、ウェルはミートローフを頬張りながら、首を傾げた。

「うん。でも、ほぼ空棚でも図書館(ここ)には敵わないんだよね。資料と辞書」

 あと待遇、と茶化すためか一言付け加えられると、笑みをみてから続いていた動悸が若干減った気がする。

「それに、メーラやパロマ、セレーヤの本も、この際しっかりウェルに読んであげようかと」

「俺は幼児か!」

「いやいや、誤解だよウェル。ちゃんと『原作の方』を聴かせるから」

「何が違うんだ?」

「それは聴いてからのお楽しみ」

 あ、何か嫌な予感がする。そう思うものの、企むように不敵な笑みを浮かべているメリーベルを見ると何故か安心する自分がいる事に、ウェルは薄々ながら気付いていた。

 苦笑と共に若干視線を逸らし、ふと一つの疑問が頭を過る。

(でも、そう言えば何で……)

 ここに来てから短期間で劇的に上がった読解力の成せる業か。

 それは、聞いた時から引っ掛かっていた小さな他愛ないトゲ。

『あの時までは自分でどうにかできないかって思ってたんだ』

 襲撃者の正体から事情までを聞いたのは、『あの後』だ。

 ―――― 何でリヒターさんの妹の事、知ってたんだ? と。


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