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迷宮書館の司書見習い -18-

(結局、飯の恩もすぐ増えたけどな……)

 人狼少年ことウェルは、何となく物悲し気に遠くを見て笑った。

(一宿一飯の恩と……)

 本人は多分そう思って無いだろうが、当面の衣食住、さらに何故か成人儀礼のための知識、と。恩を返すどころか雪だるま式に恩が増えているのは何故だ。

 あれから数日。あれよあれよと言う間に図書館の宿直になり、幻想化身という不思議な存在と、それを創り出す不思議な司書と共に図書館業務に明け暮れている。

(いや、迷宮広がってるし、その探索が業務に入ってるのもおかしいが)

 とは言え、ウェル自身は地下に降りていく訳ではない。

 ちらりと、黄昏を抜けた夕闇の小路、今さっき送り届けた恩人の家を振り返る。

 短い間だが、ここまで過ごしてわかったことがあった。

(ほんと人を(たよ)んねぇんだよな)

 頼れば良いと思うものでも、独りでどうにかしようとする。

(……要らん事は言うのに)

 見た目と言動は飄々としているが、本心が見えない。

 十中八九、人をからかって楽しむタイプにしか思えないし、本来ならば、

(はっきり言って、苦手なタイプなんだよな)

 が、放っておくのも何か怖い。

 怖いと言っても、危なっかしくて怖い方だ。

 飄々としているのに危なっかしい。何だか奇妙な、真逆のような印象。

(だから気になる、んだ。多分)

 (きびす)を返して図書館への帰路を行く。何となくそれ以上考えていると、取り返しがつかない結論に至りそうで、ウェルは無意識に思考を止めた。

 家々の灯りが路に落ちて、街灯がまばらでも足元の心配はない。

 ついこの前、ウェルを追い立てた犬達も今はどこに消えたのかと思うくらいだ。

(派手に騒いでたからな)

 野犬として狩られたのは彼らの方だったのかも知れない。もしくは。

(あの魔女を怒らせるのだけは避けよう)

 あの日。妹に狼藉を働いていたら銃をお見舞いする気だったと言われ、そもそも何故夜中に不法侵入したのかをウェルが話した後、彼女の顔に浮かんだ笑みは、犬に追い立てられるよりも怖かった。

 何が怖いのかと聞かれてもはっきり言えないが、とにかく血も凍るという表現しか浮かばない程度には本能が危険を訴えていたのだ。

 何気なく周囲を見たウェルは、前方に見えた人物に一瞬「げ……」と声をこぼしそうになった。

「あら」

 美少女、天使と。メリーベルは言うが、確かに一般的に言っても容姿は良いのをウェルも否定はしないけれど、メルシー、メルと呼ばれるその少女からウェルは何故か天使と真逆の気配を感じていた。

「まだメリーをつけ回しているの? ストーカーさん」

 笑顔だ。天使と評される笑顔で、この台詞。

「家まで送り届けただけだ」

「まあ……。メリーを襲う機会は多い方が良いと言うのね。流石真性の」

「おい」

 心底怯えたような口調と、敵意満載の視線。何故こんなに嫌われたのかわからないが、とにかく嫌いオーラのみが向けられている。

「……なあ、聞きたいんだが。俺が何した?」

「あらやだ。存在してるじゃない」

「…………」

(ほう。存在している事が害だと言いたいわけか?)

 ひくっとウェルの頬がひきつる。

「せめて目の前からは消えてくれないかしら?」

「何であいつはお前が天使なんだ。幻覚見てるのか」

 秋、のはずである。

 しかしながら、二人の周囲に渦巻き吹き荒ぶ風は極寒の体をなしていた。

 不意にメルが笑う。それは今しがた浮かべていたウェル用のものではなく、苦笑混じりの、僅かに彼女自身が見えるものだった。

「天使なんて。そんな風に呼ぶのは、メリーだけよ」

 苦笑。苦笑い、であるのに。

 どこか満ち足りて嬉しそうな、そんな微笑。

 けれど柔らかな表情は束の間で、メルは再びウェルに表面上は音がしそうな、裏は牙を隠す笑顔を向けた。

「あの子に何かしたり、危ない目に合わせたり、あまつさえ邪な目や考えを持ったら消すわよ?」

 うふふ、と笑いながら言う内容じゃない。

「誰がそんなもん」

「節穴。あの子の価値がわからないのに側に居ないで欲しいわ。邪魔」

「それ、結局どれでも同じって言ってないか」

「そう聴こえるなら……いえ、そうね。同じ」

 にっこりと笑って、メルはウェルを見る。

(こいつも……)

 金髪の間から覗く空色の瞳は、何を考えているのかわからない。

 それでも、違う。

「違う」

(女ってわかんねぇ)

 難解過ぎる。

「あいつには恩がある。それを返すまで、俺はあいつから離れる気はない。……お前の思う価値はわからないけど」

「……いいわ。恩を感じるなら、その恩の価値があなたのメリーへの価値。それがわかっているなら、泣かしたりしない限りは多目にみてあげる」

 物騒な天使は、そう言って初めて敵意のない笑みをウェルに向けた。

 何でそこまで、とか。

 裏表激しいけどあいつそれ知っててあれなのか? なんて、疑問は湧いてくるものの、ウェルはそれを口に出さない。

 誰にだって踏み込んで良い境界線は決まっていて、少なくとも自分にこの少女が引く線は、本来の線より更に手前だと容易に想像できるから。

(そう。同じわかんねぇでも、こいつは想像できるんだけどな……)

 我らが分館の館長にして恩人のあの少女(メリーベル)だけは、何故かわからない。

 開けっ広げなようだが、踏み込めば最後、迷宮に直行しそうな気がするのは何故だろう。

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