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迷宮書館の司書見習い -13-

5.白い闇




「じゃあ、主人(マスター)、行ってくるよ!」

「セレ、御主人様(マスター)の補佐をお願いします」

 朝陽の射し込む図書館で、メーラとパロマはそう言ってこちらにそれぞれ安心させるような笑顔を向けた。

「端末は持たせたな?」

 何故かいつもの数倍疲労が滲む師匠の言葉に、メーラが端末を取り出して見せる。

「俺が持ってるよー」

「良し」

 メーラが地下へと続く階段へ踏み出す。

「いってらっしゃい」

「うん!」

「はい」

 二人の姿が階段の先に消え、少し。

「あ。起動した」

 飴色の貸し出しカウンター上に置かれた端末から、弧を描くようにして光景が映し出される。

「ちゃんと映ってるな」

「これが迷宮の中……」

 ぼんやりとメーラの持つ吊灯(カンテラ)に照らされた地面や壁は、白い石で出来ているように見えた。

『主人見えてるー? 声届いてる?』

「見えてるし、聞こえてるよ。メーラ」

 まるでそこにいるかの様な鮮明さでそれは映し出されている。

「わぁ、凄いねぇ。これが噂の魔法道具?」

「どこから湧いた。ユート」

 ひょっこりとさも当然のように顔を出したユート兄さんに、そろそろ何事にも動じなくなってきたある意味哀れな師匠が、それでも若干呆れ気味に言う。

「お前、仕事は」

「俺の仕事はメリーのそばにいる事だから」

「仕事しろ!」

 師匠はもう体質的にツッコミしてるんじゃないかと思いつつ、映し出された画面のすみに目が止まる。

「この緑の透き通ったゲージみたいなの、何ですかね?」

「ああ。それは幻想化身の反応波(バイタル)……体力みたいなものを読み取っているんだ。科学部門の最新技術を使用しているらしい」

「科学部門?」

 師匠の言葉にユート兄さんの顔にうっすら冷笑が浮かぶ。

「へえ。あの石頭の冷血動物、本当にこういうのは得意だよね」

(あー……。そう言えばユート兄さん、カルヴァ兄さんと仲悪かったっけ。エリザ姉さんともそうだし……ん? あれ? ユート兄さんと仲良いのって……)

「ユート?」

 師匠がユート兄さんの様子に若干恐る恐る声を掛ける。

「ん? なぁに、リヒター」

「科学部門に何かされたのか?」

「科学部門てより、そこの一部が物凄く嫌いなだけだよ」

 うん。ユート兄さんと仲良いの、家族で私とアウラ姉さんだけだった。

 冷笑からうって変わった清々しい程の笑顔で言うユート兄さんを見て、改めて認識を再確認しつつ、画面へ視線を戻す。

「体力……」

「端末に登録されて、かつ起動範囲にいる幻想化身の体力合算値だそうだ」

「うん。人間すら数字の塊と思ってそうな彼らの言いそうな表現だよね」

「ユート、少し抑えろ」

「はーい」

 テヘペロといった感のユート兄さんは素直に黙ると、こちらに微笑んでから同じく映像に眼を向けた。

「最終的には登録外の紙魚なんかの反応波も読み取れるように、現在試行錯誤中らしい」

「えっと、そもそも何で」

「紙魚は幻想化身や司書を拐おうとして襲ってくるだろ。その時に進退を見極める材料とでも思えば良い」

『ねぇ主人。そのゲージこっちからは見えないよー』

 不思議そうにメーラが画面の中で小首を傾げる。

「あ。そうなの?」

「こちらから指示を出す為のものだからな」

「へぇ……。あれ? メーラが映ってる……けど、パロマも?」

 二人がそれぞれ映ってる。しかも二人とも手ぶら。

『地下に降りてすぐ、端末がひとりでに浮き上がりました。移動するとついてきますし、凄いですね』

 いや、もう魔法だよね。

「端末の核と外装の一部に特殊な加工を施した迷宮の一部を使用しているからだな。加工により、幻想化身の反応波と場所……この場合は迷宮だが、条件が揃う事で斥力(せきりょく)を発生させるんだ」

 と、そこで師匠は若干様子を窺うような顔でこちらを見てくる。

 師匠、そんな顔しなくても斥力くらい知ってますよ?

「引き離す力ですよね。磁石みたいに同じ磁力みたいなのを帯びてる同士は互いに離れようとする」

 引き離すってよりは、互いに離れようとするなら反発するに近いかな。

「まあ、そうだな」

「あの、師匠。意外そうな顔しないでくれますか」

 一応公の機関に勤める試験突破してるんですが!

「……とにかく、その斥力で迷宮内では浮遊するんだ。追尾は登録された反応波と引き合うような仕組みだと聞いた」

「誤魔化せてませんよ。良いですけどね」

 そ知らぬ顔をする師匠の横顔をややじと目になって見てみたが、まあ仕方ない。

「メーラ、パロマ。とりあえず、あの人見つけても無理しないで戻ってね」

『了解だよ。主人』

『はい』

 画面の中でメーラとパロマは笑顔で頷く。

『それにしても……何か陰気だよねー』

 今の所、映像に映し出されているのはどこまでも続く白い石の壁と床。それが吊灯(カンテラ)の光りに照らされ、陰影を作り出している様子は、確かに少し不気味かもしれない。

 そんな周囲を見て、メーラとパロマが互いに頷き合う。

『確実に何かいるんだけど……』

『姿は見えませんね。もう少し進んでみましょうか』

『そだねー』

 メーラ達は吊灯の灯りを揺らしながら、奥へ奥へと進んで行く。

(ああ。ヤダな、私)

 見つけて欲しいと、メーラ達を送り出したのに。

 遭遇しないで欲しいと、願ってる。

「マスター?」

「ん? どうかした? セレーヤ」

 気遣わしげに懸けられた声に隣を見ると、いつの間にかセレーヤがそこにいた。

「マスターが……不安そうに、思えて」

「……ありがと」

 ベールをぐしゃぐしゃにしないように、軽くセレーヤの頭を撫でる。

「マスター。メーもパロも、強いよ」

「うん。そうだね。だからこそ……」

「うお! 何だこれ!」

 驚く声の主は掃除をお願いしていたウェルで、その瞳は目の前の光景が信じられないと言うように大きく見開かれていた。

「ウェル。掃除お疲れー」

「ああ。ってこれ何だよ」

「えーとね、科学という名の新しい魔法」

「おい。間違った知識を植え付けるな」

 いやー、ここまで来るとあながち間違ってない気がするんですけどね。

「中央文部省の科学部門最新作」

「意味がわからないだろうが!」

「とりあえず、メーラ達の様子が見られて交信出来る凄いアイテム」

「投げやりになるな」

「あー……何となくわかった」

 理解されたようで。

「凄いな。これが迷宮の中か」

 うむ。それ私も言った。

「ちなみに、そこの緑色のはメーラ達の体力みたいなものらしいよ」

「……体力が目に見えるのか?」

 片眉を上げ、さっきよりも若干疑わしげな感じでウェルが言う。

「らしいよ」

「へぇ……」

 ウェルのゲージを見る目は言葉より雄弁に気持ちを表していた。

「ウェル、あんま好きじゃなさそうだね」

「う……。だって何か気持ち悪くないか? こんなので自分の体力やら何やらわかるって」

「ふむ。まぁ、わからなくも無いけど」

『主人、何か居たよ』

 メーラの声に迷宮へと視線を戻す。はっきりと何がいるとわかるものではないが、通路の先に灯りのようなものが見える。

 そこに、影のような黒い霞が揺らいでいるようだ。

「そうだね……。ちょっと様子見て」

『畏まりました』

 パロマに伝えた指示に、隣で聞いていたウェルが怪訝そうな顔になる。

「なあ、大丈夫か?」

「え。何が?」

 意味がわからず聞き返すと、ウェルは眉根を寄せ答える。

「……らしくないと思っただけだ」

「ちなみに、ウェルが私らしいと思う対応は何かな?」

「とりあえず追って捕まえる」

 うん。どう思ってるのかはっきりわかった。

「ウェル……当分掃除当番よろしく」

「おい!」

 人を猪突猛進みたいに思ってるウェルには当然の対応だよね。と思いつつ、迷宮の映像へ目を向ける。

 白い壁や床は仄かに光っているのに、明るいとは感じない。

 全く正反対の感想だけが浮かんだ。

(どこまでも続く、闇)

 終わりの無い夢のように思えて、ぞくりと首の後ろに悪寒が走った。

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