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迷宮書館の司書見習い  -10-

「妹が失踪して、私はすぐさま駆け付けた。迷宮に、入ろうとしたんだ。けれど、その時にはもう……人間は、迷宮に入れなくなっていた」

「当時、私はまだ存在して居らず、マスターは中央の方に頼みました。ミモザ様を探して欲しいと」

 優秀な人材だから、中央図書館もできうる限りで捜索隊を迷宮へ差し向けた。けれど、成果はなく。

「三日、そして一週間、一ヶ月」

「ミモザ様は、見つかりませんでした」

 人の誘拐事件でも四十八時間を過ぎれば生存率は絶望的になると聞いたことがある。『普通』の誘拐ですらそうなのに、場所は迷宮。

「迷宮には紙魚が居ます。深くなればなるほど、あれらは強くなる。だから、捜索隊も危険になる領域まで辿り着いた時」

「捜索は、打ち切られた」

 師匠の瞳に影が落ちる。

「キャロルが顕現した時、中央がもう動いてくれないなら僕だけでもと思った」

「幻想化身は生みの親たるマスターの願いなら、喜んで動きます。だから、私も、そうしたかった。でも……許されなかった」

 しゃらりと、キャロルがスカートを少しだけ捲り片足を見せる。

 白く、消えそうなくらい細い足首には、不釣り合いな鉄の枷。

「生じた時から、私はこれに縛られ、迷宮には入れず」

「幻想化身は、図書館の秘術であり、宝だ。それを失うような事は、許さない。中央図書館からは、そう言われた」

 もう生存の可能性がほぼない天才を探す為に、さらに犠牲者を出すわけにはいかない。そういう事だろう。

 いくら有能だとしても、代わりは居る。

「それでも、師匠は諦めないんですね。……諦めてないんでしょう?」

「そうだ」

 確固たる意志の宿る声。それだけは、どんなに心身を罪悪感に焦がしても、揺るがない。そんな声音に、背筋がゾクゾクする。

「迷宮に、人の住めるような要素、あるのか?」

 黙って聴いていたウェルが初めて口を開く。

「わからない。だが、生きている」

「マーシュが、迷宮に向かったのがその証。私達はマスターがもし居なくなっても存在する事はできるの。でも、居なくなる……死んだなら、必ずわかる」

「それは、俺も保証する。人間で言うところの、虫の知らせだよ。俺達は、主人の幻想化身。深い場所で主人の心と繋がってる」

 メーラがこちらを見て、微笑む。葡萄酒色の瞳は、優しく細まった。

「それがないから、マーシュはミモザ様を探しに行こうとしていたの」

「どうやってかはわからない。でも、妹は生きている。今も、あの迷宮の中で」

「それなら、助けない訳がない。俺だってやるよ。可愛い妹の為ならね」

「ユート!」

「ユート兄さん」

 ウェルを置いてから、一度局に戻ると言って出ていったユート兄さんは、今戻ったのか窓を開けそこから侵入しつつ、ニコニコと手を振った。

「予想通り、中央から電報届きまくりだったよ。とりあえず、こっちに都合悪そうなのは後回しの書類の山に隠しておいたから」

「おい」

「流石兄さん」

「そう。俺は頼れるメリーのお兄ちゃん」

 スタスタと歩き、ユート兄さんは師匠の腰掛けたソファーの背もたれに軽く寄り掛かる。

「そしてリヒターの友人。ね?」

 にっこり笑ったユート兄さんが、表情を一変させて物凄く悲しそうな顔をする。

「なのに酷いよ、リヒター。俺に助けを求めてくれないの?」

「それは」

「うちの可愛い妹に何かあったら、リヒターでも許さないよ?」

「わかってる。……ぼ……私だって」

「ほう。じゃ、他に隠し事もう無い?」

「お前、いつから聴いてた」

「個人的な事情になる、って所くらいから。それ以前はわかんないよ」

「ほぼ全てだろう、それ」

「ほぼは全てじゃないよ。リヒター」

 どこかで聴いたような台詞を口にしながら、ユート兄さんはこちらに片目を瞑って見せた。

「ま、いいけどね。でも冗談じゃなく、メリーに何かあったら、怒るよ」

 表情はいつものまま、声音だけ少し低く。ユート兄さんは師匠にそう言う。

「目が笑ってないぞ」

「そりゃ、笑ってないからね」

「……わかってる」

「うん。よろしく」

 何となくユート兄さんと師匠が通じあった所で、話をもとに戻す。

「で、師匠。他には?」

「中央図書館は、この分館を危険区域として閉鎖を決めた。幻想化身を連れた司書に空きもなかったからな」

「マスターは志願したけど、聞き入れられなかったわ」

 そりゃ、探しにいく気満々な人材を据えるほど中央も馬鹿じゃない。

 わざわざ幻想化身に鎖つけて取り上げるような真似までして引き留めた人材なら尚更だ。かと言って、幻想化身がいない司書を犠牲にして良いかと言ったら間違いなくそれも無い。

 閉鎖は妥当。たとえそれがただの『臭いものにフタ』であっても。

「迷宮がある以上、完全封鎖や取り壊しは出来ない。だから中央図書館では一つの決定を下した」

「新たに幻想化身を生み出す司書が現れ、その方がこの街の勤務を希望した場合、マスターが監督をし分館を復活させる。そうお約束しましたの」

「分館の司書および迷宮の探索は、その人物に一任し、私は本館業務に専念する事も条件の一つだが」

 あくまでその人物に一任し、師匠には行かせない。

 まぁ、そうなるだろう。新たに現れた適任が、よほど中央にとって利益をもたらす人物でない限りは。

「なるほど。じゃあ私が妹さんを探せば良いわけですね」

「違うよ主人。主人は迷宮に入っちゃダメ。俺達が探すから、任せて!」

「リヒター。聴く限り、メリーには害ないのかな?」

「直接は無い。……はずだった」

 こちら、ウェル、辺りの順に師匠は視線を向ける。

「ま。仕方ないですよー。ウェルもメーラ達も無事だったし、次は気を付けます」

「そういう問題じゃない」

「まあまあ、良いじゃないですか。それより、気になってる事があるんですが」

 さっきの『虫の知らせ』について。

「ねえ、メーラ」

「なぁに? 主人」

「メーラ達は、自分達を作った人間のいる場所とかわかったりするの?」

「んー。うん。範囲によるけど、大体の方向とかわかるよ。この図書館内なら確実かな」

「迷宮は?」

「多分、階層が近くなればわかるよ」

 という事は、だ。

「今なら、あの幻想化身の後を追えば、師匠の妹さんの所に辿り着けるかも?」

「かも。主人がそれを望むなら、頑張るよ! それにあいつには、お返ししなきゃいけないし」

 にっこりと笑ったメーラの笑顔が若干黒かった。

「ふむ。それならお願いしようかな。でも、なるべく穏便に」

「まっかせてー。必ず生け捕りにしてみせるから!」

 はーい! と素直に手を上げるメーラ。良い子だ。

「生け捕り……」

「何、文句あるのワンコ」

「誰が犬だ!」

 そんな和やかなやり取りが始まった所で、終業を告げる鐘の音が響いてくる。

「よし。とりあえず、可愛い妹に害なさそうなら良いや。メリー、一緒に帰ろう」

「あー。うん。良いけど、ちょっと待っててくれる? ユート兄さん」

 まだやるべき事が残っているのだ。

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