69:コボルド昔話
【今回の主な登場人物】
ガイウス=ベルダラス…コボルド王になった凶相巨躯の元騎士団長。足が臭い。
サーシャリア=デナン…元ガイウス部下の眼鏡半エルフ。先の戦いで左脚不随に。
ドワエモン…嫁探しの旅に出て来たドワーフ族の少年。
ダーク…飄々とした、ガイウスの元部下で元居候。豊満だが幽鬼のような容姿。
長老…ヒューマン嫌いの長老。村のシャーマン。
レイングラス…青年コボルド。フォグの幼馴染だった。少し血の気が多い。
レッドアイ…村の畑仕事のリーダーでフィッシュボーンの父親。
69:コボルド昔話
『ワシらの先祖はゴブリンだったという話は何度もしたな? 覚えとるかお前達』
長老の言葉に、コボルド達はざわめく。
『え!? そうなの!?』
『聞いたような聞かなかったような』
老コボルドは溜息をついて。
『そんなことじゃろうと思ったわ……まあ、ええわい』
と嘆き、話を始めた。
『大昔。あるゴブリンが、【大森林】の中で神獣と恋に落ちた』
おお、と一同からどよめきが起こる。
『その神は銀色に輝く美しい毛並みを持つ、まるで狼のような神であったという。大恋愛の末に二人は駆け落ちして結ばれ、そして子が生まれた。それがワシらのご先祖様じゃ。じゃからコボルドはこのような姿をしとる訳なんじゃな』
「狼とナニしたのか。特殊な性癖のご先祖様だなオイ」
「いやいや? 小僧が思っているよりは、割りと一般的な性癖でありますよ」
「え!? それってマジかよ姐御!?」
「ちょっと貴方達! 静かにしなさい!」
『……それでじゃな』
「質問!」
『なんじゃい、顔色の悪いの』
挙手して尋ねるダークの方へ、長老が顔を向ける。
「どっちが男でどっちが女だったのでありますか?」
『えー? どーでも良かろ、そんなの』
「いや! 組み合わせによって興奮度が変わってくるので、結構重要だと思うのであります」
「確かに。俺もグレートアンヴィルに帰ったら、戯画絵師達からその辺を聞かれると思うわ」
「貴方達ホント黙ってなさいよ」
『……話、続けてもいいんかのう?』
サーシャリアが二人の鼻を摘んで制裁した後。
『妖精属ゴブリンと神獣の子孫であるコボルド祖は、生まれつき精霊の助けを借りやすく、神秘的な力も備えておった。ご先祖様達はその恩恵を受けて【大森林】の片隅で愉快に暮らしていたそうじゃ。ほれ、精霊は今でもワシらと随分仲良くしてくれとるじゃろ? 野蛮なヒューマンや森を捨てたエルフどもでは、なかなかこうはいかん』
一息置いて老人は続ける。
『その血筋のため、ワシらは肉体半分、魂半分で常に語っておる。のう王よ、声量と滑舌の割に、ワシらの声はヒューマンの耳にもよく届き、聞こえるじゃろう? それは魂自体にも語りかけておるからなのじゃよ』
「そういえば、フォグもそのようなことを言っておりました。あと、魂の匂いがどうとかも、よく」
『左様。ワシらは話すのと同様に魂の匂いも半分嗅げる。じゃから、その者の人となりや感情は大体掴めるんじゃ』
コボルド達がヒューマンや動物達と違ってガイウスを恐れなかった理由も、その辺りにあるのだろう。
『で、ご先祖の方に話を戻すが。何処かの馬鹿が【大森林】の地脈をイビって、森がえらく溢れた時期があったらしくてのう。その余波で住処も魔獣と森に飲み込まれて、皆、散り散りになってしまったそうじゃ。そして時と共にワシらコボルドも神秘の力が薄れ、だんだん身体も小さくなり、今に至るという訳じゃよ』
『『『『『へー』』』』』
『ご先祖からの名残が、今でも一部の者が受け継いでおるシャーマンの素養じゃ。そして、その片鱗たる霊話こそが、神獣が備えておった精霊へ強く呼びかける力。魂の遠吠えなのじゃよ。ご先祖は霊話自体で話すことも出来たそうじゃが、今のワシらにはそこまでの力は残っておらん。せいぜいツーツー五月蝿いくらいじゃなぁ』
コボルド達は口々に『そうだったのか』『なるほどなあ』などと言い合い、しきりに頷いている。
長老は息を吐きながら『何度も話したんじゃがなあ』とぼやいていた。
『で、ご先祖様の話は分かったよ。でもそれが、今とどう繋がるんだい』
腕を組みながらサーシャリアに尋ねたのは、話を神妙に聞いていたレッドアイだ。
「はい。本来は精霊に語りかける為のこの霊話を、戦闘に転用しようと思っています」
『アレを? 長老も言ってたように、変な音を鳴らせるだけの体質なんだよ、これは。シャーマンの素養がある奴には耳障りだから、覚えたら使わないように、すぐ親から厳しく教えられる。俺も覚えたての頃ふざけて鳴らして、村じゅうの大人やオフクロからがっつり叱られたもんさ。まあ、食べ物を粗末にするなとか、子供がオネショしないように寝る前に小便に行かされるのと同じ、基本的な躾けだよ』
「ええ、そうです。恐らくそれなんですよ。慣習って怖いですね。【役に立たない】【邪魔】【迷惑】【禁忌】。何世代にも渡ってそう思い込んでいたせいで、そう教え込まれていたせいで、このものすごい能力から目を背けていたんですから。それで霊話に対する研究や考察が全く行われていなかったんでしょうね」
サーシャリアの目が輝いている。
つい先日までの、彼女のひどく落胆した様子をレッドアイも知らぬ訳ではない。
その変化についての驚きと興味、そして喜びを含んだ表情を浮かべ。彼は半エルフの顔を見返し、次の言葉を待つ。
だが、サーシャリアが次に声を掛けたのは、レッドアイではなく、その更に向こう側。集会所の入り口の方向であった。
「奥様達! お願いします!」
『『『『『はいはーい』』』』』
呼びかけに応じ、コボルド王国最強派閥たる主婦連合の皆さんが集会所へドカドカと進入して来る。
皆、手に木の棒や石の入った籠を持っており、中には丸めた獣皮紙を抱えた者もいた。
『ほらほら場所開けて開けて!』
『その尻をどかしな!』
『いてて、突っつくな突っつくな!』
『何だよカーチャン! ヤメテケラナイデ!』
彼女達は不満の声を上げる男衆をぞんざいに追い払うと、サーシャリアの前に獣皮紙を繋ぎ合わせた大きめの地図を広げ。その上に色違いの小石を、てきぱきと置いていく。
そして支度を終えたところで撤収し、地図の周囲には数名の主婦が木の棒を持って待機する構図となった。
「奥様方、ありがとうございます」
『『『がんばって、サーシャリアちゃん!』』』
サーシャリアははにかんだ笑みを浮かべると、男衆へと向き直り。
そして地図へ注意を引くように手を差し出しながら、言った。
「それでは皆さん、霊話の運用についてご説明致します」




