プラチナフェニックス
「さ、ここに座りなさいっ」
「失礼します」
指し示されたソファーに腰かけると、すでに向かい側に座っていた黒部オーナーは、お気に入りのブランド〈ガイエ-フロイライン〉のドレスの裾を跳ね上げて足を組み替えた。黒と金のオーガンジーが僕の目の前でフワリと揺れる。その様子に、脇に腰かけていた武井慎一と関口透が顔を見合わせてから嘆息した。
あれから二週間が経ち、日々は落ち着いている。或いは嵐の前の静けさかもしれないが、ひとまずは平穏に過ぎた。
拓巳は今までどおり決められた日にここへ来てモデルを務め、僕の定休日には下校後の夕方から泊まりに来た。平日はすべて泊まるように勧めたけれど、「父を刺激するのは怖い。芳弘に何かあったら困る」と拒まれてしまった。あの広い家の中で、ホストクラブの常連客がいつ鳴らすとも知れないチャイムの音に怯えながら、明かりもろくに点せずに一人寝るのかと思うとやり切れなくなる。けれども僕の身を案じてしまう以上、不安を増やしてもいけないので引き下がるしかなかった。
「こら、よっちゃん! 聞いてるのっ?」
「え? あ、すみません。なんでしょうか」
「だからっ、シルバーのことよっ」
「ああ、恍星君ですね」
いけない。僕は今、営業中にもかかわらず社長室に呼ばれているのだ。どういう関係かと問いただされていたんだっけ。
僕はなるべく簡潔に説明した。
「彼と同じ学校に通う友人が僕のモデルを引き受けてくれているんです。その紹介で訪ねてくれました」
「初対面にしては親密そうな話し振りだったじゃないの」
「その友人のことで相談を受けまして」
――あくまでも友人のことです。あなたのシルバーではありません。
心の声が届いたのか、黒部は目線をようやく和らげた。
「ふうん。友達の、ね」
「僕からもお聞きしたいことがあるんです」
すかさず切り出すと、彼は背もたれに体を預けながら首を傾げた。
「なに?」
僕が関口にちらっと目線を投げると、彼は頷いた。
『本人から直接聞くことは避けたいというのなら、敦サンとその恍星君とやらに聞いてみればいい。店の様子がわかれば拓巳がどんな風に過ごしているのか見当がつくだろう』
それが後日、拓巳のことを相談した際に関口からもらったアドバイスだ。僕は用意した質問をはじめた。
「オーナーの恍星君は確かNO.2とかおっしゃっていましたね」
「そうよ。人気があるからいい時間はなかなか予約が取れないのよ」
「予約制なのですか?」
「NO.1から7までは席が決まっていてね。予約して時間を取るの。一枠四十分ね。人気のある子はいつも一杯だから二枠以上は取れないわ。時間が終わると普通の席へ案内されるの」
「予約じゃない従業員さんもいるんですね?」
「そうね。給仕や補助の子を合わせて十四、五人くらいはいたかしらね。鳥の渾名がつくのは八人だし、定休日がないから交代制で休むって言ってたし」
なるほど。この本店とそう変わらない規模なわけだ。交代制というところも似てる。してみると拓巳は給仕の交代要員か。
「鳥の渾名ってなんですか? 敦サン」
関口が横合いから質問した。社長室は禁煙なので手には禁煙パイポが握られている。
「まあ。関内店にいたのに透くんは知らなかったの?」
興味なかったんだろう、多分。
目線を動かした先では関口が苦笑いしていた。
「〈バードヘヴン〉の由来は〈美しい鳥を愛でる館〉からきてるの」
「もしかして美少年だからですか?」
「あら、よっちゃんはなかなか鋭いわねぇ」
黒部が嬉しそうに顔をほころばせると、関口が疑問の眼差しを向けた。
「敦サン、どういう意味です?」
「ほら、鳥って雄のほうが姿も声も綺麗でしょ?」
「そうだったっけ?」
関口が横を向くと武井マネージャーが頷いた。
「孔雀の雌はウズラのような茶色ですよ。尾羽もないし」
「えっ! 孔雀ってあのキレーな羽してんの雄だけなのか」
「孔雀に限らないわよ。鳥の世界ではね。美しさを競うのは雄だけ」
驚く関口に黒部の説明が続く。
「〈バードヘヴン〉ではね。新人の子たちはダック(家鴨)よ。制服の色で解るの。二年目からはピジョン(鳩)で、NO.7から単独の鳥。下から順にウェルブラー(鶯)グリーダー(鶴)スワン(白鳥)パーフォール(孔雀)ってね」
「じゃあ、シルバーというのは?」
「フェニックス(不死鳥)の名がつくトップスリーのことよ。下からブロンズ、シルバー、そしてゴールド」
「あれ? でも敦サン、さっき、鳥の渾名は八人って言わなかったですか?」
一人足りないですよ? と関口が指摘すると、黒部は、ハァ、と切なげなため息を漏らした。
「ああ、鳥たちとは別にねぇ。〈特別〉がいるのよ」
「特別?」
「普通には指名ができない、超が三つつくようなスゴい子がいるの。それが〈プラチナフェニックス〉」
「プラチナ? なんですかその、指名ができないってのは」
指名できなきゃ商売にならないじゃないか、と関口が言うのに武井も頷いた。
「プラチナはオーナーの高橋サンが用意した、言わばお得意様へのプレゼントなの。だから普通のホストじゃないわ。一ヶ月間であのお店に落とした額の上位七名までのお客さんに、次の月の予約権が与えられるの」
それはまたエラい絞り込みようだなぁ、と思っていたら、同じことを思ったらしい関口が質問した。
「ずいぶん高い価値の設定があったもんだ……じゃ、そいつを予約したかったら、他の子を指名して店に貢献してからじゃないとダメってことですか?」
「そういうこと。まあ、ブロンズやシルバー、ゴールドまでいっちゃうと、プラチナのために落とす人はいないけど、それでも権利を得たら拒む人はいないわね」
「どうしてです? 自分の指名が別の子なら、いらないじゃないですか」
「そりゃ、予約をするかしないかは自由だけど……透くんも一目見ちゃったら納得するわよ。専用のVIP席に通されて、アレを間近に三時間も貸し切りで独占できるなら、何を捨ててもいいって思うから」
「シルバーを置いても?」
僕がつい口を挟むと、黒部は「それはまた別の話なのっ」と開き直った。
「そんなに凄いホストが、あの恍星君の上にまだ二人もいるんだ……」
彼だって十分NO.1になれそうなホストぶりだったけどなあ、とつぶやくと、黒部オーナーは首を横に振った。
「ホストとしては、シルバーの上にはゴールドがいるだけよ。彼はスゴすぎて私は気後れしちゃうわ。でも、プラチナはそういうのとは違うの。はっきり言えばホストではないのよ」
「ホストではない?」
意味がわからない。なんだか聞けば聞くほど〈バードヘヴン〉という店がつかめなくなってきた。ホストクラブなのに、ホストじゃない人がありがたがられる店とは一体……?
「つまり、普通のホストのような接客はしない、ということよ」
「じゃあ、彼を貸し切って何をするんですか?」
「うーん、憧れのアイドルとのお茶会みたいな。一緒にお食事したりお酒をいただきながら、ちょこっとお話しするだけで満腹しちゃうの。私もそうだったし、他のお客さんも大抵そんな感じ。けど、中には外に連れていっちゃう豪のヒトもいるわねぇ」
「連れてくって、どこへ」
関口の眉根が僅かに寄り、黒部オーナーがちょっと身を小さくした。
「なにしろ一ヶ月間、頑張るわけでしょ? そのご褒美だから」
「ああ、つまりデートですか。関内の繁華街で」
「場所は制限されてないわ。高橋オーナーからは、三時間の貸し切りで、どこでナニするもご自由に、って説明されるの」
思わず耳を疑った。どこで何するも自由?
「ちょっと待ってください。そうは言っても夜ですよね。そのプラチナさんだって少年でしょう? いったい幾つなんです?」
「うーん、十六、七、ってところかな……」
「高校生が、夜に三時間……」
富裕層の男で占められるクラブの常連客が、高い金を払って獲得した美男子とどんな外出をするのか。
「ただのデートじゃ収まらなさそうですね……」
僕の思考を読み取ったか、関口が咳払いした。
「まあ、世の中には色々な嗜好の輩がいるし、働く本人が納得済みならとやかく言うつもりはありませんがね。でもそのプラチナとかいうやつはどうなんです?」
「ああ、彼は特別手当で対応してるみたいよ」
「特別?」
「破格の衣食住を提供しているのだとか高橋サンが話しているのを聞いたことがあるわ」
「………」
――どうもうさんくさい。
これなら、恍星に渡りをつけてもらって本人から話を訊ければ、内容によっては店そのものの違法性を問えるかもしれない。もし営業停止処分を食らうような可能性が出てくれば、一気に拓巳を解放できるのでは……?
そんな考えが頭に浮かんだので、その後も続いた黒部オーナーの〈バードヘヴン〉物語は心楽しく聞けた。しかし、そう簡単にはいかないのが世の中というもの。事態をほんの少し楽観視した僕に、現実は容赦なくのしかかったのだった。
さらに二週間ほど経った日曜日。
混雑の一日を終えた午後の八時半過ぎ、練習予定のないスタッフがちらほらと帰宅しだした最中に、階段を上がってくる人影がガラスドア越しに見えた。見馴れた人物が誰かを背負っている。迎え入れようとドアを開いた僕は思わず声を上げてしまった。
「関口店……拓巳⁉」
慌ててずり落ちそうな拓巳を受け止める。見ると、彼は気を失っていた。
僕はひとまず待合の長いソファーに拓巳を横たわらせ、フェイシャルエステ専用の部屋からタオルケットを持ち出して顔まで覆い隠すと、スタッフルームに向かった関口のあとを追った。
丸椅子に着いて煙草に火を点ける関口の姿はどことなく脱力して見えた。
「店長はどちらで拓巳を? 用事で外出なさってたんですよね?」
「ああ。桜木町店に行ったあと、横浜駅で本買ってから戻ろうとしたら、あいつがフラフラしながらうちの店の方向に向かって歩いてて」
後ろから声をかけたらひどく驚いて、俺を見たあとに気を失ってしまった、と関口はバツが悪そうに頬を掻いた。その様子を黙って見つめる僕の表情に何を見たのか、彼は目線を逸らすとなんとなく早口になった。
「べ、別に、脅かすつもりはなかったんだが」
おまえに会いに行こうとしてたんじゃないのか? と逆に訊かれ、ええ多分、と頷く。今日は日曜日、彼のバイトの日だ。それが横浜駅にいたのなら何かあったのだろう。
「フラフラしていたと言いましたね」
「ああ。なんだか手足が思うように動かせてないような、不自然な感じがした」
「不自然……」
どうしたんだろう。また頭でもぶつけたのだろうか。すると関口がこう聞いてきた。
「なあ真嶋。……拓巳は普段、ちゃんとモノ食べてるのか?」
俯き加減でいた僕が目を向けると、関口の目が困惑に揺れていた。
「そこそこ背もあるし、一応、男のはずなのに、見た目よりも華奢で背負った感触がこう……」
ナニを思い出しているのか、関口の魂があらぬ方へさ迷い出ている気がする。
僕は目力を込めて関口を見た。――理性よ、戻るんだ!
「しっかりしてください、店長。何度でもお伝えしますが、どんなに大人びて見えても彼はまだ成長途中の子どもです。見た目より体重がなくても不思議じゃありません」
「これでもガンバッて自制してるんだぞ。それにしたって軽すぎる。栄養失調で倒れたんじゃないのか?」
「そうですね……」
言われてみれば、僕は拓巳の食事量までは把握していない。平日は、お手伝いさんが用意してくれた夕食を食べてからここへ来る。泊まりに来た時の食事量は、そう言われてみれば多くないよう気がする。
「ちょっと確認する必要があるかも知れませんね……」
考え込んでいるとフロアから声がかかった。
「真嶋さん、お電話です。そちらでどうぞ」
「あ、はい」
僕はテーブルの隅にある子機に手を伸ばした。
『芳弘』
叔母の陽子からの電話だ。
『よかった、店を出る前で。用事が長引いてまだ横浜駅近くにいるのよ。もう終わる頃でしょ? 祐司を拾うついでにそこにも寄るから、あと二十分ばかり待ってんのよ』
「えっ? ああそうか」
今日は日曜日、叔母の家へ行く日だ。
「陽子さん、実はね」
僕が拓巳のことを説明しようとしたその時。
ドン! ガッシャ―――ンッ!
道具の入ったワゴンがぶつかって倒れたような音がしたかと思うと、複数の人の声とこちらに駆けてくる足音がした。
「真嶋さん、大変です! あの待合の人が!」
後輩スタッフの叫びを聞くやいなや僕は受話器を放り出し、反射的にスタッフルームを飛び出した。
「拓巳!」
狭い廊下を出て待合のソファーを見ると、タオルケットが床に落ちていて拓巳の姿はない。
「真嶋君、こっちよ!」
十六台のセット椅子が展開する広いフロアの奥から、コンクールの練習に励む若手技術者の一人、紺野由梨花の声が響いた。慌ててメインフロアに駆け込んだ僕の目の前に、言い争う二人の若手技術者――クラブ系イケイケファッションの赤堀夏希と、理性のタガが緩そうな銀座ホスト系ファッションの深澤瞭の姿が飛び込んできた。
「あんたは引っ込んでなさいよ!」
「うるせえ」
赤堀夏希が立ちはだかって止めるのを、深澤瞭が無視して奥に行こうと揉み合っている。それを横からゴシックロリータ系の紺野が押さえ、そしてその背後、倒れたワゴンとセット椅子の奥に拓巳の姿が見えた。
「拓巳!」
揉み合う技術者三人の横をすり抜けようとすると、横合いから腕をグイッとつかまれた。
「待てよ。横取りすんな」
――ナンですって?
咄嗟に顔を向けると、僕をつかんだ深澤瞭と目が合った。
「あいつ、ゲーセンの美形だろ? 俺が先に声かけるんだから邪魔すんなよな」
あっ、イッちゃってるかも……。
彼はすっかりフェロモンバリバリ放出中になっていた。
深澤瞭は、二十代半ばの気さくで明るい楽天家、ノリの良さと軽快な手さばきでお客さんを楽しませるタイプの中堅技術者だ。
技術的にもハイレベルな彼がナゼ、未だに役職に就いてないかといえば、少々オトコの色気がありすぎて、スタッフ管理者としての資質にいまいち信用がないからだ。今日も銀座で複数の女性をタラシ込めそうなオシャレなイケメンスタイルで決めている彼の問題は、なにしろ男女の別なく〈美人〉に目がないこと。僕はひとまず深澤を撃退せねばならなくなった。
フロアの一番奥にある鏡と壁の隙間に身を隠すようにして立っている拓巳に「そこを動かないんだよ」と声をかけ、頷くのを確認してから僕は深澤に対峙した。
「お気持ちはわかりますがひとまずはおやめください。彼は僕が保護者からお預かりすることになった未成年です」
一応、嘘じゃない。
しかし獲物を捕らえる寸前の鷹のような深澤瞭は据わった目つきで言った。
「カンケーないね」
ううっ。だからヤなんだよ深澤サンは。普段はとっても楽しい人なのに……。
「大ありです。十二歳の少年に手を出したら深澤さんの歴史に汚点がつきますよ。あなたはもっと格の高い美女に挑戦してください」
瞬間、深澤、そしてお姉さま二人の声がフロア中に響いた。
「じゅうにさい⁉」
やっぱり。若手の皆さんはゲームセンターの美少年がお客さんだったことは知らないんだな。
おそらく二年前は配属先が違ったのだろう。
「はい。そして僕のモデルさんです。今日は具合が悪いところを関口店長に助けていただいたんです」
だからどうぞお帰りください、と言おうとする端から先輩方は拓巳に声をかけていた。
「まああ。それはいけないワ。おねーさんが介抱してあげる。さあ、いらっしゃい」
「あ、看病なら由梨花より私のほうがうまいわよ。兄弟が多かったからね」
あんたにゃ無理でしょ、と紺野を押し退ける勢いの赤堀を、今度は深澤が遮った。
「まて。おまえらは手を出すな」
嫌よ、ふざけんな、と声が続き、僕の限界が来た。
「いい加減にしてください!」
深澤につかまれたままの腕を振り払って押しのけ、バリケードの如く横倒しになった椅子の前に立ちはだかって三人と対峙する。
「なんですかっ、いい大人の方々が情けない! それでも技術者ですか!」
一瞬にしてフロアが静まった。僕がさらにもう一声、張り上げようとしたその時。
「なによ、あんたたち。騒がしいわねえ」
いつの間に来ていたのか、サーモンピンクのツーピースでキメた黒部オーナーが、武井マネージャーを伴ってフロアに姿を現した。
「ホラ、用がない子は帰るのよ。明日も忙しいんだから」
彼が促すと、三人の技術者は気を削がれたように大人しくなった。でも誰も動かない。僕が椅子をまたいで拓巳のそばに移動すると、手前で様子を窺っていたらしい関口に武井が声をかけるのが聞こえた。
「何事です?」
関口が我に返ったように説明した。
「技術者たちが、真嶋のモデルを驚かせて、怯えさせてしまったようで。――いやあ、真嶋の怒鳴り声なんて初めて聞いたな」
すると赤堀がグロスで照り輝く口を開いた。
「具合が悪そうだったので、真嶋君がいない時に様子を見たんです」
ウチの待合のソファーは幅が狭いから落ちそうな気がして、と説明する彼女に紺野が続けた。
「そうしたら、よせばいいのに瞭がかけてあったタオルケットをめくってしまって」
「だって、動いたから気がついたのかと思って。顔まで被ってたから息苦しいかもって思ったし」
「でもあんた、めくったあとで目が合った途端、いきなり腕をつかんだじゃないの! だから彼、驚いて逃げたのよ」
「だって……あんまりキレイだったからよ~」
ぼやく深澤に対して「その挙げ句に追いかけて」と付け加える赤堀は容赦がない。そんな赤堀を武井が「まあまあ」と宥め、三人の説明でほぼ状況を把握した黒部が深澤に向かって眉をひそめた。
「んもう。困るわ瞭ちゃん。あなたは美容師でしょ? 美を作るヒトがちょっとキレイなコを見たくらいでそんな風じゃダメよ」
早くオトナになって役職に就いてちょうだい、と戒める黒部に「うぃーッス」と深澤が頭を下げる。
さすがヘアスタイリスト〈アツシ〉。深澤瞭の理性を一発で戻したか。
「さあ、じゃ、瞭ちゃんはもう帰んなさい。そっちのワゴンは由梨花と夏希で片付けてやってね」
黒部オーナーはてきぱきと指図すると、倒れた椅子を起こしている僕のそばに来た。
「あなたのモデルって、この前話してたシルバーのお友達の子よね?」
「はい。少々美形なので、深澤さんの目に留まってしまったようです」
「とんだ災難だったわねえ。瞭ちゃんも悪い子じゃないんだけど」
「ええ。わかってます」
美人を見てしまうと、理性のタガが他のヒトより早く飛ぶだけです……。
ワゴンが片付き、フロアが落ち着いたところで黒部は赤堀たちにも声をかけた。
「あんたたちも、もういいわ。ご苦労様」
「はい。お疲れ様でした……」
まだ心残りな素振り見せつつも、二人は促されて動き出した。僕は頭を下げながらフロア内に目線を走らせた。ちょうど真ん中のあたりで武井と関口が話している他はフロアを去るお姉さま方だけになり、深澤の姿は見当たらない。そこまで確認してから僕は拓巳を振り返った。
「さ、ごめんよ拓巳。もう大丈夫だからね」
鏡と壁の間に縮こまっている姿に手を差しのべると、拓巳はようやく顔を出した。長い睫毛に縁取られた薄い色の瞳がよほど驚いたのか、凍りついたままでいるのが痛々しい。振り乱して顔に落ちかかるサラサラの髪を横になで付けると、鏡にでもぶつけたのか、額の右横が縦の線をかいて腫れていた。
このぶつかり跡って……。
それは、はじめて頭を触った時に見つけたあの傷跡によく似ていた。
他にはないのか、と頭を探っていると、黒部が振り向きながら声をかけてきた。
「ごめんなさいねぇ、具合が悪いのにウチの子が迷惑かけて。これに懲りずにモデルをしてあげ……」
そして拓巳の顔を見上げ――。
「えええ―――⁉ ナンでウチの店に〈プラチナ〉がいるのぉぉ――っっ!」
つんざくような声を上げた!




