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銀河連合日本 The Next Era  作者: 柗本保羽
本編
9/89

【第一章・GUJドクトリン】 第八話 『最後の一体』

 

 月丘が、国連本部総会議場ビルのロビーで見た異常な光景。


「(まさか! え!?)」


 月丘の人生、コレなんとも色々あった。

 平和国家日本国に生まれて、とりあえず良い大学行ったはいいが、何の因果かウイグルでPMCやってみたり、中東でSISのバカどもと戦ってみたり、挙句云千万年彼方からの物体Xみたいなのからゼル端子くらって自爆してみたりと、まあ指折り数えたら相当なトンデモ人生やってるような自覚がある月丘君であったのだが、これまたここで再び何の因果か、人生でまず来ることなんてないような、ニューヨークの国連本部ビルくんだりまでやってきて彼が見たものとは……


 ちょっとオバチャンではあれど、別嬪さんの類にはなるスペイン人のインテリ女性。一時期は世界的にも話題になった人物でもある、現国際連合の女性事務総長である人物。


 ……のはずなのだが……


『はれれれ? ア、あのフリュの人、ホネホネじゃないですよっ!』


 プリルもシェードグラス(サングラス)を上げ下げして二度見三度見の状態。


『モモモ……もしかしがががガーグデーモゴモゴモゴ』


 プリルを背後から抱きかかえて口を塞ぐ月丘。


『オマエタチ、何ヲソンナニ慌テテイル。チョットソレヲ貸シテミロ』と、プリルのシェードをヒョイと取り上げて、ポヨンと顔に装着した瞬間! 『ナッ!! アレハ! チィッ、アンナフリュニ化ケテイタカ! ココデアッタガ……!』


 一〇〇年目と片手に鉤爪を造成して飛びかからんとするシエ・エロ日本人モードの襟元を掴んで、突貫を阻止する月丘。襟を引っ張られて、胸部のボタンが外れそうになる。

 左手でプリルの口抑えて、右腕でシエを阻止して月丘も大変である。


『(ナ、何ヲスル、ツキオカ! 離セ!)』


 ともがくシエにプリルを引っ張って物陰に隠れる諸氏。ちなみにリアッサもいるが、彼女は冷静なもんだ。壁を背に、プリルとシエと月丘がモメているのを他所にしっかりと事務総長を見張っている。その一流モデルのような視線がカッコイイ。


『(ツキオカ、何故止メタ!)』

『(そうモゴよ、カズキモゴ。モゴモゴチャンスじゃないでモゴ! せっかく敵を見モゴたのにっ!)』

「(何を言ってるんですか二人ともっ、ちょっと冷静になってください! シエさんも、らしくないですよ)」

『(ウ……ウムゥ……ダガ、目ノ前ニ……)』


 いるのに、即刻斬り伏せてしまえばいいではないかと言いたげなシエ。だがナヨの話を聞けば、此度のヒトガタは今までの二体とは質が違うという話。いくらシエとて返り討ちを食らう可能性も大いにある。が、それ以上に……


「シエさん、今貴方がヒトガタに斬りかかっていったら、傍から見たらヴェルデオ知事を護衛している日本人女性が国連事務総長向かって斬りかかっていく映像になります。そんなのみんなが見てる前でやっちゃったら、そらとんでもない騒ぎになりますよ」

『アア……ソウカ、ソウダナ……スマナイ、私トシタコトガ。確カニソウダ』


 今自身の日本人姿を見て、迂闊だったと反省するシエ。


「プリちゃんも、わかった?」


 月丘に口を塞がれながら、コクコクと頷くプリル。彼女も理解したようなので、口を塞いだ手を離してやる。

 ……とはいえ、その当の月丘自身も焦った。まさか、かの有名な女性事務総長からドーラコアらしき映像が見えてしまうとはと。

 しばし目を瞑り、壁をトントン指で叩きながら考える彼。で、トンッ! と強く叩くと、


「(リアッサさん、どうですか?)」

『ウム、アヤツ、ナカカナノ演技派ダナ……目的ノ「リウ」トヤラト、談笑シハジメタゾ』

「やはり劉先石狙いか……」

『デ、ドウスルノダ? アマリ時間ハナサソウダゾ』

「ふーむ……」


 そういうと月丘はPVMCGの通信機能を立ち上げて、外で任務を遂行しているクロードに連絡をとる。あまり大っぴらにはできないので、さり気なく音声通信である。


「クロード、聞こえますか?」

『おう、なんだ? 何かあったか?』

「ええ、唐突なんですが……例のヒトガタ・ドーラを発見しました」


 月丘も遠慮ナシである。話の前置きも何もスっとばして、クロードに単刀直入で現状を伝える。

 普通ならここで『なにぃぃぃ!』となるところなのであろうが……クロードは、


『おまっ! ……はあ、相変わらず仕事が早いな……』


 この程度である。非合法スレスレのPMCなんぞやっていると、状況調査などもあるわけで、もう驚くものはとりあえず任務前に驚いておいて、作戦中は可能な限り感情の制御をしながらの仕事である。そこはプロというヤツだ……が、流石の月丘も、あのニセ事務総長見たときは、生まれてこの方久しぶりに『二度見』なんてのをしてしまったワケだが……


『で、どうやって見つけた?』

「その話はちょっと国家機密なのでね。お話できませんが、特殊な検知装置で見つけました……しかも敵は、かの有名な国連事務総長さんに化けてらっしゃるんですよ」

『なんだと!? ……マジかよ!』


 流石にこの情報には驚くクロード。彼も一応クライアントである情報省と、安保調査委員会から、ヒトガタの概要情報は得ているだけに、どんな奴かはおおよそ想像はつけていた。

 ハンティングドッグスタッフの脳内では、まあおそらく『処刑者』の名を関する一〇年前のSF映画に出てきた液体金属アンドロイドのような感覚の奴だろうと、そんなところである。一応そんな知識で脳内補完はできている。

 彼らもプロであるからして、そういった入手できる情報で状況を把握し、冷静に任務を遂行する感覚を維持している。

 だが、『それ』が国連事務総長に化けているなんてのは流石にクロード達の想像力の範疇外というやつで……


『おいおいおい、そりゃ想定外だぞ。奴は「リウなんとか」とかいう中国人を襲うんじゃなかったのかよ』

「ええ、どうにもその『手段』として、事務総長に擬態したのでしょう……今、監視していますが、なんともまあ器用に愛想を振りまいていますよ。あれもプログラムか何かされたものなのでしょうかね?」

『そんなのこっちゃ知らねーよ。って、俺たちゃ雇われ何でも屋だからな。まあ事務総長がどうなろうが本来知ったこっちゃねーところだが、ボスにも恩がある。仕事は完璧にさせてもらいますよ。で、俺たちゃ何すりゃいいんだ?』


 月丘は、このヒトガタ・ドーラという存在は、容姿を擬態した相手は、どこかに隠匿して放置し、殺害してしまうという事をクロードに話す。


『そりゃ……ひでぇ話だぜ……』

「はい。で思うところがありまして、今プリちゃんにネットで調べてもらっていますが、事務総長さんは、昨日外遊先のクウェートから今日、直接ニューヨークに来ています……で、ちょっと楽観的な推理ですけど、まさかヒトガタはクウェートなんてところにまで行くことはないでしょうし……なので、事務総長がクウェートから出て、国連本部に来るまでの間に、ヒトガタもいろんな擬態した人物を経由して、彼女を拉致し、入れ替わったと考えています……ですので、もしかしたら奴が化けたのは……近々の時間で、空港内ではないかという可能性も考えたのですけどね」

『んじゃ、まだ空港内のどこかで生きてるかもしれないってことだな? で、とりあえずそこを洗ってくれってか』

「はい。まあでも、これもまったくの勘なので、全然根拠はないのですが……しないよりはマシな行動ってところですか」

『了解した。どうなるかわからんがその件はコッチに任せろ。で、他には? それだけじゃないんだろ?』

「はは、流石ですねクロード。私の事をよくわかってらっしゃる」

『お前を鍛えたのは俺だからな。カズキの性格はよくわかってるよ。ふはは、コッチもボーナス狙いだ。気にすんな、で、何すればいい?』

「はい……ちょっと危険な仕事ですが……HDのスタッフ何人かで、国連本部前でテロの真似事をしてもらえますか?」

『はあ!?』


 何を言い出すんだと、そんな声を出すクロード。それでなくともハンティングドッグはイツツジ・ハスマイヤーに買収されるまでは違法性スレスレのところでやってきたのであって、こんなところでテロってしまえば、本物の仲間入りではないかと……


「だぁいじょうぶですって。米国政府や日本政府にも後で話は付けておきます」

『後でって……オマエなぁ~……そん時撃たれてあの世いっちまったら何にもなんねーじゃねーかい!』

「そちらも大丈夫です。テロ騒ぎを起こして、すぐに逃げてくれさえすれば、即転送で回収できるよう手配しますので。PVMCGは皆付けてるでしょう?」

『はあ……つまり、コッチで騒ぎ起こして、パニックになったドサクサに紛れて、そのヒトガタとかいうのをどうにかしようってことだな? 察・す・る・に』

「正解です。今の状況、それしかありませんから……」

『ハイハイ了解だ。んじゃそのヒトガタをしっかり見張っとけ。そうだな……三〇分後に騒ぎを起こす。いいな』


 そう言うと通信を切るクロード。横で目をパチクリさせながらその様子を見るプリ子にシエママ。


『ツキオカ……手筈ガイイナ……関心シタゾ』

「ええ、まあPMCで現役の頃は、こんな事ばっかりやってましたからね」

『カズキサン、ケラー・クロードと息ピッタリですね』

「彼は私の……一応お師匠さんですから。一応ですけど、はは。で、プリちゃんもご苦労さん。ネットの検索能力は流石ですね」

『この程度の事はおまかせですっ!』

「で、リアッサさん。どうですか?」


 リアッサはPVMCGで集音装置も造成させて、先程から月丘にシエとプリルのドタバタ劇にも意に介さず、壁から半分顔出して、事務総長モドキをずっと見張っていた。


『ツキオカ、ヤハリ奴ハ「リウ」狙いのヨウダナ。ドウヤラコレカラ個別会談ノヨウダ……テーマハ、“ゆにせふ”トカイウ団体ヘノ寄付ニツイテ話シアイタイトイウコトダソウダ』


 するとシエもリアッサの顔の下あたりから、ニョっと半顔出して……


『アノ、“ヒトガタ”ノ野郎ハ、“ゆにせふ”ノ意味ヲワカッテルノカ?』


 この地球に一〇年も住んでいるシエは、ユニセフの意味は理解している。従って、過去の日本のユニセフを名乗る組織の親善大使がなんで中国人であるのかという不思議さを柏木に訪ねたこともあった。

 で、プリルが更にその下へ顔をニョっと出し、


『どうも想像ですけど、あのヒトガタが、他のヒトガタと違うところは……』


 もしかすると、相手の記憶や経験等の、脳の記憶を読み取る能力があるのかもしれないと。

 仮にそうなら、とんでもないヒトガタである、確かにこれまでの二体より、格段にやりにくい存在になることは間違いない。

 ただどちらにしても今ヤバイのは劉先石だ。月丘がざっと想像するに、やはりヒトガタ・ドーラが奴らなりに調べた知識を持って、中国という社会に浸透したいのだろうということは容易に推測できた。

 事務総長の次に劉を殺して成りすまし、中国へ向かい、中国の兵器製造インフラを使って、ドーラシステムを作り放題。で、ある程度の戦力を隠密に整えて、ヤルバーンへ攻め込んで……と、幼稚で単純ではあるが、ザ~っと考えれば、恐らく目的の基本はそういうところにあるのではないかと予想はできる。でなければ、彼らがこの地球で活動する意味がない。

 実際地球征服というのも現実的ではないしこれまた意味はない。連合日本やヤルバーンは別にして、それ以外の文化国家の遅れた科学を参考にしても、ガーグデーラには何の得にもならないからだ。ガーグデーラは、地球の発達過程文明などどうでもいいのであるからして。

 それより今は、劉を保護しないわけにはいくまい。奴としては『奉天中央工業集団経理』の劉に興味があるわけであり、『劉先石』という人物そのものには何ら興味がないのであるからして、このまま放っておけばそれこそ『機械的に』劉の命運が尽きるのも時間の問題である。


「まだいけますか? リアッサさん」

『ドウダカナ……ソロソロ立チ話モ、トイッタ感ジダ』


 リアッサが耳に手を当て、聴音機に集中する。


「あと五分持たせてくれよぉ、劉のオヤジさん……」


 にこやかに、ニセ事務総長と語らう劉。彼の主観としては、民間企業……実際は軍閥企業であるが……のトップが国連の事務総長とロビー活動できて、いい感じといったところだろう。さしずめ日本の悪口の一つでも吹き込んでおこうってなところかも。

 事務総長もにこやかにウンウン頷いている。そして話も弾んできたのか、場所でも変えようとか、そういう雰囲気になりつつあった……

 月丘は思う。


(あのアホオヤジ、国連の事務総長がイチ企業の部長クラスとタイマンで話なんか普通するかよ……おかしいって気づけよ……)


 とは思うが、劉も流石に相手がヤバイ奴とは微塵も思ってもいない。そこは仕方のない所。


(早く早く早く……クロード!)


 ニセ事務総長が、劉を誘って、何処かに行こうとしていたその瞬間!


 ドガァァァァンン!


 と、外でバカデカイ爆音が轟いた! ガラス窓が吹っ飛び、黒煙がもうもうと周囲を覆い尽くす。

 その事象は正面玄関から少し離れた場所のようだ。


「うわ! クロード! そりゃぁ……やりすぎですよっ!」


 一瞬焦る月丘。彼としては、テロっぽいIHDのスタッフが、ゼルエミュレーションの銃でも乱射してちょっぴり暴れてくれればいいと思っていたが、まさか爆発物でドカンの設定でくるとは予想外だった。

 だが……

 ジリリと警報がなり、場所によっては炎を拭き上げガラス片が散乱しているという状況的には悲惨な光景ではあるが……なんとこんな状況で、血を流している人が一人もいない。

 びっくらこいて腰ぬかしたり、物陰に隠れたりと、そんなのは大勢いるが、けが人が一人もいない。

 ということは……


(ありゃ? クロード……まさかゼルエミュレーション使いましたか?)


 そう、クロード達はイツツジ・ハスマイヤー経由でIHDに備品として支給されていたゼルエミュレーションユニットを使って、一九九三年世界貿易センタービル爆破事件……まではいかないものの、あんな感じの爆破テロをゼルエミュレーションしましたという話。

 少々ヤリスギかとも思うが、爆発に巻き込まれた人達も、何か状況が変なのに段々と気づき始めるが、劉やニセ事務総長は屋内にいるので、まだ現状を本物のテロと思っているようだ。

 今がチャンス! と思う月丘。


「(シエさん! リアッサさん!)」


 今だとばかりに合図する月丘。委細了解と二人は飛び出す。

 

 外の爆発騒動に何事かと焦っている劉先石。国連本部のロビーは今パニックである……やっぱりはっきりいえば、クロード達やりすぎだったり。

 すると その間隙をついて国連事務総長の視線が刹那、鋭くなる! ……が、その瞬間。


「事務総長閣下、ここは危険ダ……デス。アチラヘ退避サレタイ」


 シエ日本人モードである。彼女はそういうと、問答無用でニセ事務総長の腕を取り、引っ張っていく。

 鋭い視線を即座に通常状態に変化させ、シエの顔を見るニセ事務総長。

 シエも音声擬態装置をかけて和音っぽい声を単音発音にして対応。でも言葉がイマイチ淡白なので、彼女も気を使う。

 リアッサは劉の背後から近づき、背中にプシュンと何やら薬品を打ち込む。すると劉は腰が砕けるように倒れ込み、彼女はそれを支えると、月丘にプリルを呼んで、劉の退避を任せ、シエの後を追った。

 月丘は大きな声で助けを求めると、国連の警備員と……なんと麗子がすっ飛んできた。


「月丘さん! プリ子さん!」

「麗子専務! 退避してなかったんですか!」


 すると麗子は小声で、


「(クロードさんから連絡は受けています。フェイクでございましょ?)」

「(あ、はい)」

「(向こうで見ていましたが、シエさんとリアッサさん、事務総長さんを連れて退避したようですが……)」

「(あ、いや、実は……)」


 月丘は麗子の耳元で、あの事務総長が目標であることを告げると……


「!!」と驚愕の表情を見せる麗子。コクコクと頷く月丘にプリル。


「わかりました。彼……劉部長さんでしたか? この方の事は、私に任せなさい。貴女達は、シエさん達を追って」

「わかりました。後はお願いします……プリちゃんは……」

『モチロン私も行きますよっ!』


 互いに頷いて後は麗子に任せ、シエ達を追う月丘であった。


    *    *


『こちらHDベータ。騒動は成功だ。総会ビル正面をフェイクで爆破。寸劇はまだ維持するか?』

「みんなどんな表情してる?」

『はは、大慌てだな。窓ガラスが割れて破片が飛び散ってもけが人なし。状況を把握できずに、別の意味でパニクってるよ』

「おし、ま、ちょ~っとやりすぎたかもな……まあいいや、お前たちは打ち合わせ通りの場所で転送回収してもらってくれ」

『おいアルファ、よく知らんが、その転送回収って、あのナントカトレックみたいなのだろ? 大丈夫なのか?』

「ニホンの役人やカズキはしょっちゅう使ってるから大丈夫なんだろうよ。ほら、とっととズラかれ」

『了解』


 しばし後、IHDの仕掛けたゼルシミュレーターによるテロ爆破の映像は霧散して消えてしまう。

 周囲の人々は「はれれ?」というような顔をして、先程の凄惨な風景がウソのように消えてなくなってしまった状況に狼狽しつつ、半笑いで「どうなってるんだ?」と呆然として立ち尽くす。

 すると、アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁―FEMAスタッフに扮したCIAが、『ティ連のホログラフ装置による抜き打ちのテロ対策訓練だ』と拡声器持って触れて回っている。

 IHDのこの作戦は、クロードがCIAへ予め連絡していた。なんせ目標のヒトガタが国連事務総長に化けてるってな話なわけであるからして、月丘達ティ連組への援護のために、とにかく騒ぎを起こすから、フォローしてくれという感じである。此度の作戦は、情報省と、米国各諜報機関との連携作戦であるので、IHDもその中に組み込まれている。それにクロードはCIAにも知り合いや友人が多いので、話は通りやすい。まあPMCなので、そういうところはそういうもんである。

 だが、まさかゼルシミュレーターで爆破テロを演じるなんてのはCIAも予想の範疇外だったものだから、即興でFEMAの服を用意して、拡声器で触れ回っていたり。それでもかなり無理がある設定だ。逆に言えば、CIA連中の即興芝居もなかなかのものであるという話。

 「びっくりさせるなよオイ」「あらかじめ言ってからやってくれ!」「いや、言ったら抜き打ちにならないだろ」「すごい立体映像技術だな」そんな声も漏れ、何かのショーの如くパチパチと拍手さえしている人もいた。そりゃそうだ。ゼルシミュレーターを見た人はみんなそう感じる。


 距離をおいた場所で、そんな風景を見るクロード。日本製の三〇倍望遠が可能な一眼レフデジタルカメラを望遠鏡代わりに覗いてニヤついている。さしずめ「うまくいった」と即興ながらのフェイクテロ作戦に満足げな表情。すると、彼のPVMCG通信に連絡が入る。


『こちらHDチャーリー、アルファどうぞ』

「アルファだ。どうした?」

『カズキの勘が当たったみたいだ。事務総長の本物を発見した。ヤルバーンさんから借りた検知器が役に立ったな』

「チッ……ハァ、じゃあそのスペイン人の事務総長さん。お亡くなりに……」

『いや、生きてるぞ。発見が早かったのが良かったみたいだ。今、JIAの連中が飛んできて、応急処置をしてくれてるみたいだ』

「マジか! フゥ、良かった……よし、んじゃそこはJIAのスタッフに任せて、俺達は待機だ」

『了解』

 

 月丘の勘がするどいのは。PMC時代からよく知っているクロードだが、今回もその勘に助けられたと思う彼。

 『勘』というものは、何もオカルト的なものではなく、極めて論理的な思考である。要するに色々と頭のなかで計算し、論理的に考えて結果を出そうと思考する上で、どうしても腑に落ちない点を、とりあえずのアイディアで無意識に補完し、状況の解決を仮定する思考が『勘』である。つまりこの能力が優れている者は、臨機応変に物事を考える事に長けている人物ということもできる。即ち月丘はそれに当たる。彼のこれまでの人生見てればそんな感じだ。

 そして、本物の事務総長が助かった事で判明するのは、ヒトガタは何らかの方法で米国入りし、第三者四者に化けて、結果のニセ事務総長であるということ。即ち、事務総長は運良く助かったものの、やはり犠牲になっている人物はいるかもしれないわけだ。やはりこのヒトガタ、放置しておく訳にはいかない。でなければ、奴が目的の変更を行わない限り、いつまでも機械的に劉先石を追い続けるだろう。


    *    *


「本当ですかクロード! それは良かった!」

『ああ、今はお前んところのスタッフに預けたそうだ。俺達はとりあえず契約の仕事は片付けた。会社からの指示も特にない。撤収するが問題ないか?』

「はい、御苦労さまでした。あとはコッチでなんとか処理します。シエさんにリアッサさん。あと、ナヨ閣下もいるので、何とかなるでしょう」

『了解だ。んじゃ頑張れよ、あとで色々話聞かせろ』


 シエ達を追って駆け足の月丘とプリル。クロードから事務総長保護の連絡を受けてしばし足を止める。


『カズキサン。今のはケラー・クロードですカ?』

「うん。事務総長さん見つかったって。生きてたそうだ」

『ホントですか! それは良かったですッ!』

「ああ。あとはあの偽物を、今のうちに始末するだけだけど……シエさん達がどこに行ったかだ。プリちゃん追える?」

『はい、簡単ですっ!』


 そうプリルは言うと、ピコっと空中にVMCモニター浮かばせて、レーダーのようなグラフィックを表示させる。


『これがジェルダー・シエで、この点がカーシェル・リアッサ。で、この離れたところで光ってるのが、ファーダ・ナヨですねっ!』


 プリルは光点を一つ一つ指差して、月丘に説明する……すると、月丘のPVMCGに音声着信が入る。


『ツキオカや、妾です』

「ナヨ閣下!」

『状況は把握しています。これまた大胆な方法をとりましたね、ウフフ。で、ヴェルデオは?』

「はは、まあおかげでこの混乱に乗じてってところです。 ヴェルデオ知事は退避なさったようですね。ま、今米国のスタッフが訓練だって触れ回っていますので、間もなく混乱も収まるでしょうから、なんとか今のうちに……」

『承知しました。では妾もシエ達の助太刀に参りましょう』

「ありがとうございます。宜しくお願いいたします!」


    *    *

 

 場面は目まぐるしく変わる……

 シエは実際のところ、国連本部ビルの内部など全然知らないわけで、はっきりいえば避難を称して、ニセ事務総長を適当に連れ回していた。

 すると知らない者がテキトーに何かすれば、これまた偶然にえらい状況になるのは世の理というやつで、シエは知らぬ間に国際連合総会議場にニセ事務総長を引っ張ってきてしまった……国際連合総会議場は、テレビニュースなどでも有名な、国連旗のシンボルマークをバックに、扇状に各国の座席をあつらえたかの有名な会議場だ。


(ン? コノ場所ハ……)


 シエもテレビで見たことある風景に周囲を見回す。

 今、この会議場は、例のフェイクテロの影響で、全員避難し、誰もいない状況である。

 だが、シエさんは国連の総会議場かどういう場所かなんて全然興味ないので、何か広い場所にでてきたなぁ……という程度の認識しかない。


(フム、障害物モ適度にアルシ……ココナライケルカ?)


 周囲に一人でも地球人がいれば、絶対止めたほうが良い某を図るシエ様。少なくともこの場所に旦那の多川がいれば、一言ここがどういう場所かというのは忠告しているはずである。

 だが、そんなことハナから眼中にないシエは、ニセ事務総長に向き直って……


「サア、ソロソロ正体ヲミセタラドウダ?」


 するとそのニセ事務総長は、


「な、何の事ですか? 日本人の方、ここは総会議場ですよ。こんな場所に連れてくるなんて……貴方は一体……」


 まるで状況が飲み込めないような態度をとるスペイン人中年女性容姿のニセ事務総長。

 それをみて、ポっと口を開け、その後、「クックックック」と笑い出すシエ。


「ハハハハ……オモシロイゾ貴様。私ガニホン人ト理解デキルカ? コノ場所ガドウイウ施設カ知ッテイルノカ。フフフ。ナルホド、ドウイウ仕組カハシランガ、姿ヲ奪う相手ノニューロンヲ読ミ取ル能力モアルノカ。流石ダナ。確カニオマエハ他ノ二体トハチガウヨウダ」


 思わずその芝居? に笑ってしまうシエ。それでもまだニセ事務総長はシエの態度に怯えているようだ。


「な、何を……」

「デハ……コレヲ見テモラッテ、オマエノ感想ヲ再度キカセテモラオウカ」


 そう言うとシエは、PVMCGをスっと撫でると、お馴染みの一瞬マッパの後、シャランラとばかりに、妖艶な縦割れ瞳のシエ・カモル・タガワに変化した! 三十路入ってもそこはダストール人。まだ容姿は二〇代後半の美しさを保つのがシエ夫人。久々のダストール軍女性用ピチピチ戦闘服に身を包み、鉤爪を二つ造成させる。

 するとその姿を見たニセ事務総長は、それまでの怯えるような『演技』から、ギンッと視線の種類を変化させ、それまでの人間らしい雰囲気から一転、女性らしさのカケラもない挙動に変化する。

 シエもその姿を見て、目尻を鋭くし、構えのポーズに入ると、先手必勝を期してニセ事務総長……いや、第三のヒトガタ・ドーラへ飛びかかった!


(マズハッ!)


 シエもこれまでの状況から、この第三のヒトガタが今までのモノとは違うということを容易に察していた。

 従って、とりあえずの牽制で、ヒトガタへ突きや蹴りを放ってみる。

 だが、その技が一発も当たらない。牽制とはいえ、相当な手数を繰り出すが、ヒョイヒョイとシエの技が躱される。まるで彼女の技が全て見えているような、そんな感じだ。

 何回か牽制技を繰り出し、効果なしとわかると、飛び上がって後方へ下がるシエ。

 無表情で彼女の技を躱すと、ヒトガタはスペイン人の容姿で、首をカクっと右に折りまた元に戻すような仕草を見せる……何の意味があるのかわからないが、まるでマネキン人形が動いているかのよう。


(フゥム……牽制トハイエ、一発モ当テラレントハナ)


 シエは此奴をとりあえず強敵設定で考えいたので、焦ることはなかったが、ここはシエお得意の格闘戦だけでは切り抜けられないと察したようで……

 彼女はスーツのパワーをオンにして、毎度の得意技、ハイジャンプをすると、ヒトガタの真上から踵落としを食らわせようとする。が、シエの火が入った攻撃に呼応して、ヒトガタもその動きに激しさを見せて、事務総長容姿の中年女性不相応なバク転でシエの攻撃を躱す。


(チッ!)


 だが彼女はその時、右腕の鉤爪を消していた。着地した刹那、その腕に89式小銃折りたたみストック型を瞬時造成させて、ドカカカッとヒトガタめがけて浴びせかける!

 流石にこの至近距離での5.56ミリ弾は躱せなかったようで、今放ったほぼすべての鉛弾が、ヒトガタの体へシールドを歪めてめり込んだ。そう、このヒトガタも、他のドーラ同様にやはり物理攻撃に対する耐性を持っていないのだ。

 ヒトガタは弾が命中する振動に揺さぶられて、体を痙攣させるが、やはり血飛沫なんかは飛ばない。ワンマガジン弾丸分の威力に翻弄されて大きく後退しながら、議場の机に打ち付けられた!


(コレデドウダ!?)


 確かにダメージを与えられたようには見えたが……のっそり起き上がるヒトガタ・ドーラ。左に右に首をコキコキ折りながら、シエを睨みつける。

 体じゅう弾痕だらけにしながらも、即座にその弾痕は元にもどり、どうやら敵は完全な戦闘態勢に入ったようだ。

 シエが再度攻撃を加えようと構える。今度はコアのある場所を集中攻撃だ……と思ったその時!


『グウァッ!』


 シエの背後から、触手状の配線のようなものが彼女の首に巻き付いた!


『カハァッ!』


 そう、このヒトガタ。シエが攻撃している間に、彼女に知られないように、周囲へこの配線状の物体を、粘菌の如く張り巡らせていたのである。

 首を締め上げられまいと89式小銃を手から放してかばうシエ。

 だが、ヒトガタも容赦ない。今度は別の触手が左手と右手に巻き付き、彼女を張付け状にしようと試みる。次に来るは、何やら細い配線を彼女の耳元に這わして、そこに入り込もうとするヒトガタ。これが取り付いた人物からニューロンデータを取得する手段なのだろうか?


 流石にマズイと思うシエ。さらにこの後、ゼル奴隷にされるか、それともポルのように配線グルグル巻きにされるか……

 靴のつま先から隠しナイフを出して、触手を切断するが、それでも即座にまた別の触手が体に巻き付いてくる。絶体絶命のピンチなシエ。無敵のシエ危うしといったところだ。

 だが、彼女はなんとか耐えている。なぜなら、こうなることもある程度折込済みではあったのだ。

 そこで現れるのは!


 ドガガガガッ! と、マシンガンのような音が大会議場に反響する。その銃声の先を見ると、そこにはリアッサがいつもの『9ミリ拳銃リアッサカスタム』を二挺拳銃でヒトガタめがけてぶっ放す。

 ロングマガジンを即座に使い果たすと、更に弾倉を造成し、再びバカスカとぶっ放す。

 無論その照準は、シエを捕らえる触手にも集中し、彼女の拘束を解いた。


『シエ、テコズッテイルヨウダナ!』とリアッサにも迫る配線状の鋭利な触手の攻撃や、ゼル端子を躱しながら会議場を上へ下へと駆けるリアッサ。

『油断シタワケデハナイ。今迄ノヤツトハ質ガ違ウゾ、リアッサ! 気ヲツケロ!』


 即座にヒトガタから距離を置き、締められた首を撫でつつ柏木にもらったFG-42Iのデータを造成し、ヒトガタに叩き込むシエ。

 だが、これなかなかに相手はしぶとく、何発食らわしてもへこたれる気配が無い。これがブラスターのようなエネルギー兵器なら納得もするが、現状彼女達が使用しているのはガーグが苦手とする物理兵器だ。

 確かに命中し、そのゼル造成物を破壊はしているが、コアに当たっていないようである。まさかそんなに重装甲のコアなのかと訝しがるシエとリアッサ。


 すると、更にバンバンバンと異質の銃声が響く。月丘がインフィニティM1911月丘スペシャルを構え、援護に入った。


「プリちゃんはリアッサさんの援護を!」

『了解ですっ!』


 プリルも愛用の日本製拳銃、『九四式自動拳銃プリル仕様』を構えて、リアッサの元へ。

 ……ちなみに、一般ではあまり評価のよろしくないこの拳銃だが、プリルはこのデザインが非常に気にって、改造して使用しているそうである。威力諸々PVMCG銃なので、そこはオリジナルとは諸所ちがうところはそういうことで。でも基本は護身用である。


 粘菌状に、張りめぐらされたヒトガタのゼル配線は、いつのまにかその範囲が総会議場全体にも及び、シエ達四人の弾丸を喰らいに食らったヒトガタも、もうそのスペイン人女性の事務総長姿を維持できずに、完全な配線ゾンビ状の化物姿に成り果てていた。


「Oh shit!! What's happened!?」


 会議場内での騒ぎを聞きつけた白人警備員四人が、その異様な状況に驚き、彼らも銃を腰から抜いて構え、シエ達や、ヒトガタめがけて『ホールドアップ!』を叫ぶが、


『オマエタチ! 来ルナ!』


 リアッサが大声でその警備員に退避を促す。警備員も、自分達に向かって叫ぶ女性がダストール人なので、更に驚く。

 月丘も「私はJIAだ! 逃げろ! 出て行け!」と警備員に叫ぶが、時既に遅し。四人の内、二人が触手に食われ、ゼル端子を打ち込まれた。

 みるみるうちにゼル奴隷化していく警備員。


『チッ! マズイナ!』


 舌打ちするシエ。

 先に退避した警備員は、当然援軍を呼びに行くだろう。が、恐らくこのヒトガタ相手に知識のない警備員が数でよってたかってかかっても恐らく歯が立たないのは目に見えている。歯が立たないどころが全員ゼル奴隷化されては敵を増やすだけになってしまう。


『カズキサン! ゼル奴隷化された二人は、例のゼル化阻害剤を打っておきましたッ!』

「え? プリちゃんが!? やりますね……柔道訓練の成果がでましたか?」

『違いますよっ。カーシェル・リアッサが抑えてくれました』

「あ、なるほど」


 ゼル奴隷化している途中の警備員に、ゼル化阻害剤を打ち込み、無力化するが、どっちにしても時間はあまりない。


『アレダケ撃チ込ンデイルノニ、コアニ影響ガナイトハ……ドウイウコトダ……!』


 全方位から飛んでくるヒトガタの触手攻撃にゼル端子攻撃、更にはブラスターの火線を躱しながら物陰に隠れてヒトガタ本体を攻撃するシエ。だが、いくら弾丸を当てても、まったく状況が好転する気配なし。

 彼女は考える……もしヒトガタのコアが装甲化されていたとしても、これだけの攻撃を浴びせれば、少しは状況が好転するのが普通である。これでまだピンピンしているコアであれば、あの大きさでどんな材質使っているんだと。


『…………』


 周囲を見回し、考えるシエ……するとやおら、ピコンと何か思い出したように、対面で銃を構える月丘に、


『ツキオカ、サッキノ“しぇーどぐらす”ヲモッテイルカ?』

「え? あ、これですか?」

『アア、ソレヲカシテクレ』


 頷いて、ピュッとシェードグラスをシエに投げる。すぐさまシエはそれをかけて、再び周りを見ると……


『ナニッ! ヒトガタニコアガナイ!?』という感じで、『エ?』といった顔をすると、シエは粘菌状に張られた配線の塊、そのとある一箇所にコアを発見した!


『クソッ! ソウイウコトカッ!』


 即座にその場所へ銃をぶっぱなすシエ。するとなんと、コアは危険を察知したのか、配線状物体の中を、高速で彼らの攻撃を躱すように動き回った!


「シエさん、どうしたんですか! あんなところを打ちまくって!?」

『イイカラ、私ノ射線ヘムケテ発砲シロ! ドーラノコアハ、アノ中を動キ回ッテイルゾ!』

「なんですって!」


 そのシエの言葉に、リアッサもプリルの胸ポケットに刺してあったシェードを取り上げて、自分の顔にかけると、周囲を一瞥。


『ナルホド、フザケタ奴ダ!』


 リアッサもそうとわかれば遠慮なしに二挺拳銃でソレめがけてぶっ放し、プリルもパンパンと勢い良く銃声を轟かす。

 だが、ドーラも自分の正体がバレたと理解すると、更に激しい反撃を開始。


「うわっ! しまったっ」

『ツキオカ!』


 月丘がゼル触手に捕まった! シエが手を伸ばすが間に合わない。

 彼を巻き取った瞬間、触手はだんだんと太くなり、月丘を掴み上げるように、空中高く持ち上げると、張り巡らされた粘菌状配線が、一気に月丘を掴んだ一本の触手に集中し、まるで手足の長く伸びた配線まみれの巨大なデッサン人形のような姿に変化していく……が、月丘も負けてはいない。というか、どっちかというとヤル研が負けていないと言ったほうがよいのかもしれないが……

 絡まれた触手状の腕の中で、カッ! と輝く光。すると、配線がブチ斬れ吹き飛び、ギラと輝く人影がそこから脱出し、華麗に地上へ……ドテっと落ちてきた……


『ナ……ツキオカ! ソ、レ、ハ……』


 シエにリアッサが、月丘の姿見みてこれまた一瞬二度見してしまう。

 そう、白銀色のコマンドローダー姿で、胸のエンジンに火をつけた。

 早い話が、月丘のPVMCGが、彼の身の危険を感知し、危機回避モードを起動させたわけだ。


「うわ、あぶなっ! って、またこの姿ですか!」


 どうにもこの格好に縁がある月丘君。だが、冷静になって考えるとこの格好が使える事をついぞ忘れていた。『そんないいものがあるなら、早く出せ!』とダストール姉御二人にプンスカと怒られる彼。

 ゼル造成させていたインフィニティを霧散させると、すぐさま大腿部ガンケースからリパルションガンを取り出して構え、数発その巨人化したヒトガタめがけてぶっぱなす。

 だが、リパルションガンの威力絶大なれど、いかんせんコアはそれでも巨人化した体の中を動き回るので、命中させる事ができない。

 月丘の身体能力も、コマンドローダー装着で相当強化されているはずだが、それでもヒトガタコアの機動力に追いつけない。

 ヒトガタドーラコアの大きさは、大体人の脳の大きさ前後の球体状物体である。そんなに大きいものではないので、そのような物体が高速に動けば、これなかなか処理できるものではない……


 ……のだが……ここでそれを処理できる人物が一人いるのを忘れてはならないわけで……


 ヒトガタは抽象的なデザインの巨人になり、月丘が吹き飛ばした触手状の腕を再生させて、国連総会議場で暴れ倒す。

 ムチのようにしなる腕は、周囲の座席を吹き飛ばし、壇上の役員席を木っ端微塵にする。


『こりゃぁ……国連会議場がこんな形でぶっ壊されるなんて……』


 腕で顔を覆いつつ、やりたい放題のそやつを凝視する月丘、

 シエにリアッサ、プリルも流石にタマランと、出入口付近まで下がった、月丘はコマンドローダーのおかげで、辺りに飛び散る破片の影響は受けていない。今の月丘にしても、このヤル研謹製コマンドローダーの能力をイマイチ活かしきれず、今までのドーラの定説を凌駕する此奴の傍若無人ぶりを眺め観るしかなかった。なんせ『当たらなければどうということはない』を地でいってるようなコアであるからして、その動きに追いつけないのだ、


『チッ! どうする? って、あ、そうか!』


 もう一人心強い仲間がいると思ったその刹那。

 大会議場の空中に、ビカっと転送の閃光が光ったかと思うと、電光石火のスピードで巨人ドーラの腹部へ突っ込む高速の人影!

 ドーラの胴体に、鋭利な直線の軌跡を瞬かせると、瞬間その巨大なヒトガタは散華して消え去り、突っ込んだ人影は稲妻となって、総会議場の国連マークオブジェに激突する!

 激突煙が大きく吹き出すように立ち昇り、しばしその映像を凝視する月丘にシエ達。

 会議場外では、中から聞こえてくる尋常ならざる戦闘状況の音に危機を感じた軍の小隊がいくつか突入してきたが、呆然として国連マークの方を眺める銀ピカ月丘に、シエ、リアッサ、プリ子の様子を見て、軍部隊も国連シンボルマークに視線を送り小銃を構える……


 着弾煙の如き煙が晴れると、なんとそこに浮かぶ容姿は、国連マークに腕をめり込ませて残心を決めている『ナヨ閣下』であった。ちなみにネイティブモードのイゼイラ人容姿状態である。

 

 めり込ませた腕を引き抜くナヨ。するとナヨの掌に、まるでソフトボールのように掴むは……ヒトガタ・ドーラのコアであった……

 だがそのコアは、ビシビシと電光まとい、配線状の物体によって、まるで毛糸玉のようにぐるぐる巻きにされている。

 ナヨは今、空中にフヨフヨと浮かんでいる状態な訳だが、月丘らを眼下に見つけると、フっと重力の法則を無視するように、ストッと着地する。


「ナヨ閣下!」


 白銀スーツを霧散させてナヨに駆け寄る月丘。シエ達も同じく。

 突入してきた米軍小隊の責任者もナヨの元に駆け寄ってきた。 


「ツキオカ、ご苦労でした。待たせましたね」

「いえ、助かりました。ま、ある意味良いタイミングだと言いましょうか」


 息をきらせ、ハアハア言いながら喋る月丘。


『ナヨ、デキレバモウ少シ早クテモ良カッタノダガナ』


 もっと早よ来いと言いたげなシエ。ちょっとお口が『 3 』


『マアソウイウナシエ。ぐっどたいみんぐダッタノハ確カダ。アノコアヲ一瞬デ抑エルトハ、流石ダナ』

『そうですねっ! あんな動きのコア、たしかに常人じゃ対処できませんよぅ。流石はファーダですっ!』


 プリルの褒める言葉に、ちょっと胸張ってウンウン頷くナヨ閣下。なんとなくドヤ顔。


「で、そのナヨ閣下が今持ってるそれが……」

『はい。あの巨人状の物体から引き剥がした、ドーラコアです。妾のゼル端子を打ち込んで、機能不全状態にしています。つまり「生け捕り」にしたという事ですね』


 その言葉に皆「えええええええ!!」となって、一気にナヨから引く……てっきりそのお持ちになるドーラコアは、破壊したものだとばかり思っていた。

 唯一引かないのは、米軍関係者達。わかんないものだから、なんのこっちゃと。


『ウフフフ、大丈夫です皆の者。妾の監視下にある限り、このコアは無力ですよ』


 そんな話をしていると、米軍関係者が横から、


「お、おいアンタ達、ここで一体何があったのか教えてくれ。見た感じヤルバーンの異星人さんと、JIA関係者のようだが……」


 そう訝しがるその米軍人に、慌てて説明に入るは月丘であった。ま、他のみんなもここは彼にまかせようと……


 だが、改めて周囲を見ると……派手にやらかしてしまったわけであるからして……

 大会議場の誇る国連マークにはナヨとドーラコアが開けてしまった大きな大きな穴。

 各国代表が座る座席は吹き飛ばされ、辺りは弾痕だらけ……ちょーーっち確かにヤリスギ感があったりなかったり。

 そもそもこの場所へ敵を連れ込んだのはシエ夫人であるからして。

 だがシエはテメーが原因なんてのはどうでもいい感じで、なんとなく哲学的な事をポツリと言う。


『……マルデ、国連トイウ組織の今後ガ、コノ場所ナノカモシレンナ……』


 「エエカッコ言うな」とシエにビシと蹴りを入れるリアッサ。腰砕けておどけるシエ。プリルはシエの言葉に頭抱えてたり。

 だが、シエの言葉は決して的外れではない。そもそもここまで暴れたのはやはりヒトガタであるからして、被害を最小限に止めようとこの場所でヒトガタの始末を決めたのはシエである。そしてそのヒトガタはあまつさえ、国連事務総長にその姿を化けるというわけで。

 当然、ここまでの事態になった状況について、ヤルバーン州と日本国は世界から説明を求められるのは必須である……月丘やシエ達は、この国連総会をも開かれる総会議場を、奇しくも今後の世界秩序を表現する『作品』に変えてしまった……たしかに言われれば、シエの言うこともなるほどであると、そう思うプリルにリアッサであった……


    *    *


 後の話。

 当然此度月丘やシエ達が、あろうことか国連本部で暴れまわったこの事件は当然大きく報道されることになる。

 先日のスチュアート演説以降、ティ連の敵性体である『ドーラ』関係のニュースにはマスコミも必死になって飛びついてくるわけで、当然今回の事件は『国際連合本部』の、しかも『内部』で発生した、まあ言ってみればテロ事件という認識で捉えられているわけで、更に国連の事務総長が拉致監禁になりすましされていたという話だから、それまでのガーグデーラ・ドーラ関連の事件よりも更に大きく報道されることになるわけである。

 この地球世界では、かの横田基地の事件、ブンデス社の事件、そして此度の国連本部事件を合わせて、『三大異星敵性体事件』とか『三大ガーグ・デーラ事件』と呼ばれることになるが、今回の国連本部事件によって、開催中であった安全保障理事会に各種安全保障会合は時期を改めて再度『続き』ということで開催される事になった。

 幸か不幸か此度の事件、その全容は当然知らされることになる。ガーグ・デーラの某がよくわからない人々が異文明の科学技術取得を目的にスッタモンダとやっていたところはなきにしも非ずな会合だが、此度の件で各国は思い知ったところもあっただろう。日本政府やヤルバーン州政府としても、次に安保理が行われる際は、そういうところ理解して挑んで欲しいと思うのであった。


 で、それとは別の話で……当然月丘達はやむを得ぬこととはいえ、国連本部の象徴である総会議場で暴れ回して、もうドチャマカでぶっ壊してしまったもんだから、この修理をどうするのという話になる。

 各国代表の座る座席は、ヒトガタの武器になって吹っ飛ばされーの、国連の象徴であるシンボルマークは、ナヨさんの突貫で大穴開けられぶち壊されーの、当然『どうすんだよお前』という話は日本政府とヤルバーン州に行くわけで、弁償修繕を求められるわけである。これも仕方ない話だ。

 だがそこはヤルバーンのヴェルデオが『ウチに任せなさい』という話になって、パウル艦長と『メルヴェン隊パウル組』がニューヨークまでヘイシュミッシュ級工作艦でご出張。五日で完璧に修繕してしまったという次第。

 だが『五日ってえらい遅いな』とみんな思う。ハイクァーンつかっての修繕なら、あの程度の会議場、一日二日あれば充分ではないかと。

 だがそこはパウル艦長の男気、あ、いやフリュ気。

 空中投影モニターを各国代表席で使えるようにしたり、総会議場で超大画面の空中投影モニターを使えるようにしたりと色々と便利機能満載にして、大サービス。更にはナヨさんがぶっ壊した国連シンボルも純金メッキにして修繕してやったと、そんな感じ。所謂、ビフォー・アフターである。まあなんということでしょうというといったところ。

 ここまでして、しかもそれが米国で大人気のパウルかんちょがしてくれたという話であるからして、ヤルバーン州や日本への非難も、程なくして収まっていく。ま、今の連合日本やヤルバーン州からすれば、お安い御用の話であるわけであるが。


 さて、そんな事後処理の中でも今回最も重要な一件が、ナヨの行った行為。

 そう、こういう表現が妥当かどうかは別にして……『ヒトガタ・ドーラコア』を生け捕りにしたという件である……


 この事実は米国も把握していた。それは当然だ、あの時、突入してきた米軍小隊の全員が目撃しているのだから。

 当然米国で起こった事件であるから、このコアの引き渡しを米国政府は連合日本に迫ったのだが、流石の日本政府もこればかりは断固拒否した。当たり前である。ティ連でも処理に細心の注意がいるこのブツを、米国に引き渡してお前ら扱えるのか? という話である。

 米国は『もちろん日本政府やヤルバーン州の助力を得て調査したい』という殊勝な話をしてくるのだが、それでもちと論外。ここは春日と、情報大臣の二藤部、ヤルバーン州のジェグリ副知事が米国へ渡り、相当な説得と『脅迫』に近い言葉で、日本政府の取扱にするという事でとりあえずは収まる。

 勿論相応の対価支払いを別途米国政府も求めてくるのだが、そこは今後の交渉ということだ。

 で、メンドクサイことに中国やロシアもこの一件の情報を入手しており、特に中国は『香港の一件で我が国は被害者だ』と言い出し、日本政府に仕掛けてくるが、そこはもう無視である。適当にあしらうしかない。

 LNIF陣営国家も相応に情報を入手し、中国やロシア同様冷静に交渉を持ってほしいと詰め寄ってくるのだが、これも現段階で丁重に拒否さざるをえない。

 ただ、日・ヤ、そしてティ連本部が今後調査するこの件で、結果が出た場合は即座に関連各国に通達するということは確約しておいた。それでとりあえず堪忍してくださいという事である。


 そしてなんとか一命を取り留めた、件のスペイン人国連事務総長からの事情聴取はFBIが行っていた。そこでヒトガタが行った行為の情報を被害者から直接入手することができるわけなので、米国主権優先でそれは行われている。日本への情報開示も、ドーラコアの取扱も含めて、そこは政治カードという事なのだろう。

 だが、日本政府にヤルバーン州やティ連本部もそこまでこの事務総長からの情報収集に拘ってはいなかった。なぜなら、別の方法でそれ以上の成果を出そうと、ある試みをもっての話が進んでいたからである。

 それは……


    *    *


「え!? わ、私がですか!」

「はい。お願い致します」


 ここは総理官邸。

 頭を垂れて懇願するは、春日総理大臣にお久しぶりの二藤部情報大臣。


『私からも、外務大臣としてお願いするデスよ』


 フェルさん大臣も、ペコリと頭下げて旦那にお願いする。

 更には……


『確かに、貴方が最も適任者であると私も思います。それにこの件は、ティ連防衛総省としても、ある意味大きな課題でもあるでしょうし……お願いできませんカ?』


 同席するヴェルデオ知事も頭下げてお願いする。そのお願いされている人物は勿論この方。


『マサトサン……ね……?』


 と、フェルのウルウル瞳にお願いされる柏木真人防衛総省長官。愛妻のお願いには弱い彼。いやはやと。で、何をお願いされているのかというと……


「あの~、一つお尋ねしたいのですけど……根本的な事なのですけどね? 本気ですか? みなさん……『ドーラコア』を『尋問』しろって……」



 なんと、柏木に皆がお願いするのは、ナヨが生け捕りにしたドーラコアを尋問しろという、なんとも無茶な依頼であった。

 ちょっと待てとはいうが、どうにもシエの報告や、ナヨの報告を見る限り、此度に関しては全く無理無謀というわけでもないのではと関係者は考えたようだ。

 では、こんなワケのわからんものを相手するのは誰が一番適任者かといえば、皆諸氏頭のなかに

ポヨンと浮かぶのは……


(いやまあ突撃バカって言われてるけど……こんなのどーすんだよ、ええ?)



 頭かいて困惑する柏木真人長官閣下であった……





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