【最終章】第八七話 『収束する調和』
「私は……ネルドアと繋がってるのか?」
日本上空に姿を現した『レストーラル(創造機)・ザンドア』。
その接近に呼応して、月丘が『高次元知的生命体シグマ』からもらった未知のPVMCG機能が発動し、ヤル研に移設されたザンドアと同等の機能を持つ、もう一つの『レストーラル・ネルドア』に反応した。
その創造機は姿形を変え、抽象芸術の美術品の如き女性意匠の翼を持った、全高四〇メートルの機械巨人に形態変化した。さらにそこへ取り込まれる月丘和輝。
月丘は、おおよそ地球人が創造し、デザインするような意匠のコクピットとは違ったデザインの場所に座っていた。というか、まあいうなればそこはコクピットなのだろう。どちらかといえばティ連意匠に近いコクピットで、更に操縦システム自体が根本的に違う。
月丘はシートに座ると、レバーのようなものを握っている。が、そのレバーは稼働するようなものではなく、単に握っているだけのものである。だが月丘はそのレバー状のものを握っているだけで、何か全身に出入りするエネルギーの流動と、この機械巨人の能力を感じていた。
フットペダルのようなものにも単に足を置いているだけである。これも同じくな感覚が足を伝って全身を駆け巡る。
頭部にはクリスタル状で薄い厚みのヘルメットのようなものを深く被っているが、特に配線のようなものはない。だがそのヘルメットの影響なのか、月丘の瞳は常に何かを捉えるように、また周囲を見回すように動き、彼の目にはコクピットの風景とは違った、また別の景色が映っているようである。
そのデバイスを通じて、月丘に視点を移す指示のような感覚が流れ込んできた。言うなればネルドアのセンサーが何かをサーチしたのだ。
その感覚の方向に視点を移すと、小さい人型物体が見えた。まだ遠くにいる降下中のザンドアだ。
彼女はゆっくりと降下し、こちらへ近づいてくる。
だが、それ以上進ませまいとする意思も働き、抵抗する力がザンドアを襲う。
在日米軍の、横須賀を母港とする駆逐艦に巡洋艦、即ちアーレイ・バーグ級やタイコンデロガ級の同型艦艇複数が、有無を言わさず艦対空ミサイルに艦砲をザンドアに向けて一斉射する。
それに呼応して、海上自衛隊の各イージス護衛艦に通常護衛艦もミサイルと艦砲を発射。これらミサイルには、先の北海道モンスターフラワー戦で活躍したシールド減衰弾も含み発射されていた。
更には航空自衛隊のパトリオットミサイルもザンドアへ向かって複数の白煙を伸ばし追跡する。
スクランブルで上がった戦闘機隊も攻撃を開始した。
それら攻撃は、無論、当たるには当たる。
各ミサイルは爆発の花が爆炎とともにザンドアを包み、満開の着弾煙となる。
本土自衛隊の機密兵器であるシールド減衰弾も一応効果がでている。だがザンドアに傷はつけるものの……全く致命傷を与えられない。ザンドアに与えたかすり傷のようなダメージも、一瞬に回復されてしまう。これでは減衰弾があってもなくても同じである。
というか、宇宙でこの減衰弾を使わなかったのか? という話だが、宇宙での戦力は、この手の補助兵器など使わなくても十分威力のある兵器という前提があったため使わなかったのと、この武装はまだ数が少なく、あのモンスターフラワー戦でかなりの数を使ってしまったので在庫がないというところで、宇宙で使えなかった。
だが、そこはあまり関係なさそうで、あれだけの攻撃をシールド減衰して食らっても、まったくといって効果がない。
それどころか反撃を食らって、ザンドアの視殺ビームが、撫でるように海上へ曲線の着弾線を描くと、アーレイ・バーグ級の艦艇が、命中したビームのラインに従って、艦体をバターのように切り取られ、爆炎を上げている。そのビームラインの最終到達ラインに護衛艦『こんごう』がいたようで、こんごうの後部に光線がヒットして操舵機能をやられたようだ。
更にはザンドアの五指からマシンガンのように小刻みな光弾が放たれ、戦闘機が回避運動を巧みに行うが、少なからず撃墜された機体も幾ばくか出た。
空中に落下傘がいくつか開花しているのが見える。
* *
「なんてこった。海上と航空戦力がまったく役に立たないじゃないか!」
と危機管理センターの柏木総理大臣が叫ぶと、
「宇宙の戦力も歯が立たなかった。ここはやむなしか……」
と白木が苦い顔をする。
『デスけど、なんとかするしかないでスよ。いざとなれば、私も機動兵器で出ます』
とフェルは、いつのまにか服を着替えたのか、ティ連のパイロットスーツで仕事をしていた……その嫁の覚悟に柏木も頷く。
「……長官、陛下や皇室の御方々の避難状況は?」
柏木はPVMCGで現在の宮内庁長官につなげて、確認を取ると、関西の京都御所方へ避難されたようだ。
他、各省庁の担当大臣に関東圏国民の避難状況を確認する……だがこればかりは順調とはいえず、まだこの危機にピンときていない国民も多いようで、むしろ相模湾を望む沿岸へエンタメ気分で見学に来ている連中もいるそうだ。
頭を抱える柏木。
「かまいません、ヤルバーン自治国に頼んで、強制的に転送させてもいいので、沿岸部にいる野次馬を追っ払ってください。私の責任でいいですよ」
と担当大臣に指示をする。
『カシワギ総理閣下。意見具申をしたい。許可せよ』
危機管理センターで、スタッフをそのトーラルシステム能力で手伝っていた、美しいアバター素体のカイア10986型が現在の状況を思って自発的に意見を具申してきた。
「あ、はいカイアさん。何でしょう」
『あのもう一つのレストーラル猊下に乗っているツキオカと話がしたい。許可せよ』
「ん? え、ええ、どうぞ」
頷き、VMCモニターを立ち上げるカイア。
『ツキオカ・カズキ。応答せよ』
すると、その声と顔に笑顔になる月丘は、
『ああ、カイアさん! ご無事でしたか』
『うむ、なんとかあの時、コアとの接続を切ってチキュウへ戻ってこれた』
「それは良かった」
『ツキオカ、単刀直入に話すが、ザンドア猊下はお前と、ニホンへ移設したもう一つの猊下を目標にしているのは理解しているな?』
「ええ……って、なぜそれがわかるのです?」
『その今のお前の搭乗する人型機械巨人の姿だ……もしやその猊下は、レストーラル・ネルドア猊下ではあるまいな』
「あ、はいその通りです」
『やはりか……』
カイアはザンドアの存在を知っていたのは当然として、ネルドアの事も知っていた。当然、カイアぐらいの高等クラスのトーラルシステムになれば、かつてのペルロード人の内戦の話ぐらいも知っていて当然なわけである。
『ツキオカよ、お前は現在、ネルドア猊下の中央処理システムとお前の有機神経が繋がっている状態と思うが、どうか?』
「多分、そんなところなのでしょうね。感覚的にネルドアさんの機能から色々指示を受けているようなところも理解できますし、ただ、お互いまだ器用に動けないようで私の動きたいという意思がたがいに繋がっていないと言うか、そんなところです」
『了解した。なるほど、やはり太古の時代に一度このシステムを破棄した影響はでているか……』
そういと柏木が頭を掻きながら
「それって、あのボツワナに化石化して埋まっていた影響ってことですか? カイアさん」
『そのとおりだ。恐らく中央処理システムの各情報伝達ファクターに回復できない箇所が色々とあるのだろう……このままザンドア猊下と戦闘し、攻撃を受けるのは危険だ』
それはそうだ。カイアは小難しい用語で説明するが、早い話が今のネルドアは、通常のトーラルシステムモードではなんとか稼働できるが、この機械巨人モードでは機能不全で、ただのウドの大木状態なのである。
『カイア様、それでは今の状態では……』
と不安視する白木の副官となったマルセア副班長だが、
『私が今のネルドア猊下に欠けている部分を補完するしかないようだ……柏木総理大臣閣下』
「はい」
『ツキオカ・カズキの行動を補助したい。離席する許可を求める』
「あなたが、その、ネルドアさんの機能の肩代わりをするということですね?」
『肯定』
「わかりました。ではあのネルドアさんに送る手段は……」
『もう解析済みだ。問題ない』
頷く柏木。一応カイアはヤル研の管轄なので、VMCモニターの沢渡の方に視線を送るが、彼も頷いて親指を上げていた。そして柏木はカイアに向かって頷く。
『ケラー・カイア、ケラー・ツキオカをお願いしますネ』
フェルも手のひらを組んで、カイアに話すと、カイアは頷いて、霧散し、危機管理室から消えた。
* *
「??」
ネルドア操縦席の月丘。感覚的に、なにかフっと軽くなったように感じる。
『聞こえるか? ツキオカ』
「カイアさんですか!」
『今、私のコアを、ネルドア猊下の中央システムと融合させた……なるほど、機能不全の原因がわかった』
「どういう事です?」
『自律可動システムと、それに伴う行動伝達プロトコルが容易には修復不可能なほど破損している。今の状態では、受動的に反応するシステムでしかない。ネルドア猊下自身の自律機能は最低限のものしか稼働していない』
「よくわかりませんが、トーラルシステム的にはハイクァーンで造られた複製型と大してかわらない状態だと?」
『肯定。現行状況では修復している暇などない。私がネルドア猊下のシステムと融合する』
「え!? 大丈夫なんですかそんなことして。カイアさんのその存在がネルドアさんに吸収されるとかそんなことに」
『問題ない。普通なら不可能だが、今の猊下の機能不全なシステム状態であれば可能だ……ツキオカ、リンクするぞ。準備せよ』
「あ、はい、了解です!」
カイアはそういうと、瞬時にネルドアのメインシステムとリンクして、ネルドアの壊れた機能を補完し始める。
と同時に、ツキオカも体中になにか血流の良くなる治療でも受けたかのように、ネルドアと更に一体化するような感覚にとらわれる。
そして、
「(……? おお? い、いけるか? よし、飛べ!)」
と月丘は飛翔するようなイメージで自分の身体を動かすように思考すると、ネルドアは背中の翼状の飛翔ユニットに斥力波動のようなものを送り込んで、浮かび上がった。
『ツキオカ、今はザンドア猊下の攻撃をこちらへ向けさせることが肝要である』
ネルドアと一体化したカイアの音声も、何か別の女性の声と融合し、和音化したような、そんな感じで月丘に聞こえてくる。
「わかってます。何か武器は…… ? ……わかりました。では」
と月丘は上空のザンドアを凝視すると、力を込めて実際には存在しないトリガーがそこにあるかのように、レバーの頂点を親指で押さえつける挙動をとると!
ネルドアの目のような箇所に当たる部分から、青い可視光が一閃、ザンドアへむかって発射された。
それに気づいたザンドア。いや、日米連合軍のミサイル攻撃や、艦砲攻撃に気を取られた一瞬、回避が遅れたザンドアは、ネルドアの攻撃を左肩に受けて仰け反るように爆破命中した。
その映像を見た危機管理室の柏木達は、
「やった! 攻撃が通ったぞ!」
と歓声を上げる。
ひるんだザンドアの体勢はチャンスとなり、上空から同格の大きさの機体がザンドアに襲いかかる!
『スキアリダ、ザンドア!』「いい加減にしろこのイカレトーラルめ!」
シンシエコンビの鳳桜機だ! 落下の降下速度にまかせて蹴りの一撃をザンドアに食らわせる。
ネルドアの一撃が効いたザンドアは、連撃で来る鳳桜機の攻撃に防御体勢を整えるまもなく一寸降下するが、即座に体勢を整える。だが、
『まだまだっ!』
次に背後からジーヴェルが両腕を縦に交差して降ると、刃状の光刃がザンドアに飛ぶが、ザンドアは流石に攻撃を受けっぱなしにはならず、ジーヴェルの光波を腕を振って帯状のシールドで弾き返した……なかなかに機敏な機動を見せるザンドア。
ジーヴェルはそのまま海上に着水し、上空のザンドアに睨みをきかせ、戦闘の構えを崩さない。
ザンドアを更に襲うは、その戦場からかなり後方より援護射撃を行う、人型機動戦艦やまとの斥力弾攻撃だ。
『てーっ!』
やまとの大口径砲弾を近接爆発で食らうザンドア。
ネルドアの攻撃が通ったあとの立て続けの攻撃にさしものザンドアも、相模湾の海上へ叩き落された!
普通なら見ることのない、山のような水柱をたてて海上に落ちる。同時に沿岸では高波警報が鳴り響き、刹那の瞬間に、大きな高波が湾岸の施設を飲み込んでさらっていく。
柏木が沿岸に観光気分でこの戦闘を見に来たアホを転送で追い出したのは大正解だった。
「チッ!」と月丘は舌打ちすると、空中に浮かび上がったばかりのネルドアを沿岸部に着水させて、ハイクァーンを起動する。するとネルドアはヴァルメと同等のドローンマシンを数機創り、展開させてシールドの壁を沿岸地帯に展開する。これで押しては返す波を防ぐ事ができる消波シールドができあがる。
「すげーなシエ、あれだけの数のヴァル式みたいなのを瞬時に展開したぞ、あの月丘の乗ってる女型兵器」
『アア、ソンジョソコラノトーラルシステムトハ、格ガチガウトイウコトカ』
鳳桜機にジーヴェル、やまとと攻撃をかけ、最後に降りてきたのはプリルの栄鷲だ。
『よっしゃぁ~ これでもくらえ~!』
このメンツの中では一番量産型兵器な栄鷲に大量のディスラプター誘導ポッド、つまり分子分解ミサイル兵器を積んで一斉射するプリル。
『これで分子のチリになれやぁ~』
と、なんか関西弁調の怒声でポッドを一斉射するプリル栄鷲!
だが流石にこの攻撃にはザンドアも機敏に反応し、やっと回復した全方位シールドを多角形のガラスの如く展開して、ポッドを花火のごとく霧散させた。
『あー惜しいプリル!』
とやまとで叫ぶパウルだが、その次がまずかった。
栄鷲は、ザンドアの至近で機体を翻したスキをつかれ、ザンドアが放った五指から放たれる扇状の破壊光線の致命的な命中弾を数発食らってしまった。
ヴァズラーを一撃で仕留めるビームを数発喰らえば、さすがの栄鷲ももたない。
頭部の翼状に伸びる飛行機関ユニットを真っ二つに切断された栄鷲
『きゃぁぁああああああ~やられた!』
脱出装置が作動するよりも先にコクピットに火花が走る!
『うわぁああっ!』と顔を手で覆うプリル。絶体絶命の危機!
『プリル! 脱出しなさい!』
パウルが叫ぶが、コクピットが炎に包まれる刹那、プリルの体が光りに包まれる!
次の瞬間、栄鷲は爆発を起こして、そのまま相模湾海上に突っ込んでいった。
『プリル! マサカ!』「シエ、栄鷲にプリ子ちゃんの生体反応がない!」
計器のミスかと何度もプリルの反応を探す多川とシエ。
「大丈夫です、多川さん、シエさん」
と落ち着いた声で通信を入れてくるは、月丘であった。
『ほへ??』
プリルは顔を覆った手を外すと、見たこともないコクピットに転送されて座らされている状況に気づく。
『どういうことだ、月丘!』『プリルハ無事ナノカ!?』
と通信してくるシエと多川。パウルやジーヴェルも同じような感じで、確認の通信を無造作に割り込ませてくる。
『カ、カズキサン?』
「はは、ただいま、プリちゃん」
『え? どど、どうして!?』
「今はそれよりも無事の通信を入れてください。みんな心配してますから」
『え? あ、うん……こちらスペクター・ワン。プリルです、な、ななんとか無事です。今、カズキサンの機体の中にいます。なんか転送されちゃったみたいです』
とプリルは広域周波で無事を伝えると、そこらじゅうから「よかったよかった」と無線が入る。
『あ、カズキサン、ありがとう』
「私よりもカイアさんにお礼を言ってください。彼女の正確なオペレートがあればこその転送救出でしたよ」
『あ、うん。カイアちゃん、ありがとう』
『問題ない。重畳である』
とそう答えると、この女性型機械巨人は、月丘のコマンドと、プリルの操縦技術、そしてカイアのオペレートが可能になり、月丘とプリルの操作系統を介して融合し、人格制御を得た完全自律レストーラルシステムと化した創造機ネルドア……さしずめ今のシステム名でいえば、『レストーラル・ネルドアカイア』とでも言うべき、かつてのペルロード人の反主流派を指揮した、時のネルドアよりも強力な個体が今、完成した……ちなみにネルドアカイアちゃんという名前を即興で考えたのはプリ子。
「ははは、ネルドアカイアさんですか。カイアさん、それでいいですか?」
『極めて恐縮する呼称だが、現状では妥当である。認可』
「全機、ということです。いまから本機はネルドアカイアに呼称を変更……ということでプリちゃん、いかんせん私は機動兵器の操縦経験が浅いので、いつもの通りおまかせしますよ、いけますか?」
『うん! 今、カイア、ううん、ネルドアカイアちゃんから操縦イメージを頭の中に受け取ったよ。栄鷲や蒼星を操る感覚をイメージして、このスティックとペダルを集中して握ればいいんだよね?』
「そういうことです。ではシエさん、多川さん、ジーヴェルさん、パウル提督、高雄副長、攻撃開始です。いきますよっ!」
プリルをパイロットに加えたネルドアカイア。今までのモッサリした動きが嘘のように生気みなぎる挙動になる。
ネルドアが失った自律システムの各部をカイアが補い、月丘とプリルが接合することで、事実上の『人格を持ったレストーラル』と化す。
状況の認識機能を、かつての反主流派に破壊されたザンドアは、本来以上の機能を復活させたネルドアに、それまでの余裕とも思える状況計算を切り替えて、今までに見せない警戒の構えをとる。
相模湾の海上で荒れる波を足に受けるザンドアとネルドアカイア。そしてジーヴェルに鳳桜機。
やまとは沿岸部に援護攻撃を着弾させないように位置を変更しつつ、砲口をザンドアに向ける。
さぁ、決戦である。
* *
『ただいま、相模湾一帯に緊急避難警報が発令されました。未確認敵性体の襲来により、現在、三浦市沿岸一帯に、敵性体により発生した高波が大きな被害をもたらしています。沿岸には絶対に近づかないでください……』
『現在、当社報道部所有の取材用大型ドローンにて、上空より敵性体と、特危自衛隊防衛兵器との戦闘を撮影しております。報道法の取材規制によりこれ以上の接近は特危自衛隊の作戦を妨害する可能性があるため禁止されております……今、このドローンから確認できるのは、内閣府発表の資料によりますと、カメラから見て敵性体に対峙するこのカーソルの位置にある人型物体が、今作戦に協力しているタウラセンという異星人の方。何年か前にも、違法入国異星人の撃退に協力してくれた種族の方ですね。そしてこの位置にいるのが、特危自衛隊の所有する特殊大型機動兵器の『鳳桜機』と呼ばれるロボット兵器、さらに、この遠方で援護体制をとっているのが、おなじみの人型特殊護衛艦やまとですね。で、最後にこの白い……なんといいましょうか、美術館の抽象芸術の女性型彫像のような物体は、現在味方で、情報省の管轄にあるということしかわかっておりません……』
『あ、今、白い女性型兵器が攻撃に入りました! 繰り返します、白い人型が攻撃に入りました! 立石公園にいる安藤さーん、そちらからはどうですかぁ!?』
『はい、こちらは立石公園の自衛隊合同支援本部の安藤です! 現在、先程の敵性体が落下した高波被害からは、ここ、立石公園は難を逃れておりまして、自衛隊が支援本部を急遽設営しました。私は許可をもらって、この場所から、あの巨大兵器の戦闘を中継しておりますが、あの巨大な人型同士ですから、遠縁ながらもその様子はここからでもよく見て取れます。って、あ! 今、白い女性型が発砲した模様です! 大きな爆炎が敵性体にあがりました!』
昨今は技術の進歩で、ヴァルメの機能を模倣した、地球技術の大型ドローンも民間で開発されており、かつてはヘリコプターや航空機が任されていた航空中継を、今やこの大型ドローンが担っていた。
そのドローンが映すザンドアとの対戦は、一対四の日本側が圧倒的有利な体勢にも思える。
先陣を放ったのは、ネルドアカイアの視殺ブラスターに、翼状の飛行モジュールから放たれるミサイル系兵器の攻撃だ。
それらの先制は、月丘とプリルとカイアの名刺代わりとばかりに、瞬時にザンドアへ刺さった。
爆炎がザンドアの体に花咲くが、ザンドアが油断した先の空中で食らった一撃とは違い、今回の攻撃はザンドアも防御能力、即ち強力なシールドで防ぐ。
回避の行動もとらないザンドアは、爆炎を受けながらも海上を一歩ずつ波しぶきをあげながらゆっくりとネルドアカイアへ近づいてくる。
ジーヴェルも自らの腕から光線を発射し、鳳桜機も上腕部のブラスター砲と胸部の熱線砲を浴びせるが、これらの攻撃は、ザンドアが両腕を広げて掌に空間の歪みを生じさせると、平塚市側で援護体勢をとるやまと近くに、超小型のワームホールが開いて、やまとに至近弾として攻撃されるような構図となる。
いきなり眼前に着弾の水しぶきがあがる状況に焦ったのがパウルと高雄だ。
『うわわっ! な、なにすんのよあのフリュはっ!』とキレるパウル。
「あの女性型単独でも小さいながらワームホールが開けるのか!」と驚く高雄。
「こりゃ下手な攻撃は逆効果になるぞパウル」
『といっても、援護もせずにボーっと見てるわけにもいかないでしょジュンヤ……この三〇〇メートルの巨体で近づいてパンチでもお見舞いしたいけど、機動力が全然違うから……チッ、どうするかね……』
状況は一対四で月丘達に有利ではあるが、実質攻撃が有効に通るのは、ネルドアカイアのアタックしかないので、他の三体は牽制援護するしかない。
だがザンドアはこの状況を由としなかったのか、両腕を横に広げると、なんと転送光を立ち昇らせた。
するとそこにはなんと、四〇メートル級のヂラール、リバイタ型が四体も転送されてきたではないか。
「なんですかこれは! リバイタを四体転送させてきたですって!?」
『うわわ、四対五になっちゃったよ、カズキサン!』
すると多川が各機にザンドアと四体のリバイタをTA(Target)1からTA5のナンバーを割りあてて、通信を送ってきた。
「各機、今俺が勝手に敵にナンバーを振り分けた。TA1はザンドア、ほかはリバイタだ。月丘、お前の機体にこっちのコマンド映像画面は表示できているか? なんかバイオっぽいシステムだからデジタル対応してるかどうか、こっちゃわからんぞ」
『問題ありません多川さん。カイアさんが変換して視覚処理してくれています』
『スペクター・ワンも大丈夫だよ、ジェルダー』
「ジーヴェル君は?」
『大丈夫です、タガワ将軍』
「よし。ではTA1のザンドアは月丘チームだ。アレはお前がやってくれ。で、他のTA2以降は、こっちが勝手に割り振った目標を叩いてくれ。撃破できた者から月丘を援護だ……パウルさん! 高雄!」
『なに、ジェルダー!』「なんでしょう!」
「お宅らは、可能なら本体部を艤装部から分離させて、マーキングした二体を相手してくれ。どうもこの二体はそっちをねらってそうだ」
『わかったわ! ジュンヤ、私は人型本体の戦闘ブリッジに移動するわ。ジュンヤは艤装部から援護お願い』
「了解だパウル。気をつけろよ。本体でも全高二〇〇メートルはあるとはいえ、この状況の機動性はリバイタには全然劣る。俺との連携を保てっくれよ」
高雄に頷いて敬礼するパウル。艦内転送機で人型本体部の頭部戦闘ブリッジへ移動する。
『でもでもカズキさん、ヂラールってハルマの海の中に入れないんじゃなかったっけ?』
「ですよね、新しい個体……というわけでもないみたいですが」
と視界に映るデータ照合画面に、既知のリバイタ型以外のデータが表示されない。
だが、その理由はすぐにわかる。簡単な話だった。
やまとが人型本体を背面艤装部から切り離すと、全高二〇〇メートルの巨体を水しぶきをあげて、浮遊前進させる。
こんな巨体が歩いたら、また高波で近所がえらい目に合うからだ。海底から三メートルほど浮かんでゆっくり目標めがけて前進する。と同時に、まずは両腕上腕部に仕込まれているブラスター副砲をターゲットに速射。
『ターゲット下腹部に命中! 敵は事象可変シールドを展開。損傷は軽微です!』
と戦闘担当員が報告。パウルは、
『事象可変シールド? なるほど、可変シールドで防水してるのね。でもヂラールが可変シールドを展開できるなんて聞いた事がないわ』
とVMC映像を見てそう分析する。事象可変シールドは対象の防御演算が必要なティ連機動兵器のゼルクォート系シールドであって、ヂラールのような生体型兵器が展開できるような代物ではない。
高雄のVMCモニターが立ち上がり、
「パウル、これを見てみろ」
リバイタ型背面に、見慣れない形状の器官がついている。
『これは? ……分析して』
ブリッジの観測員に指示すると、ゼルクォート式のシールド発生機だとわかった。
『なるほど、ザンドア特製のリバイタ型ってわけね』
「厄介な器官だが、これをみてくれパウル」
と、先ほど砲が命中した下腹部の映像をアップすると、
「……全然効いていないわけではないな」
ヂラールの皮膚が、海水に反応しているのか、若干表皮の形状が歪になっている箇所がみられた。その通信を横から聞いていたシエが、
『ダーリン、アノ海自ガ使ッテイタ、シールド減衰弾ガマダコノ一帯デ効イテルンジャナイカ?』
「なるほど! それアリだなシエ……こちら特危自衛隊、鳳桜機の多川だ、海自艦艇聞こえるか、聞こえたら返事はいい。お宅らのシールド減衰弾がまだ余ってたら、各リバイタ型にブチ込んでくれ。我々が戦いやすくなる」
すると、先の自衛隊合同支援本部が傍受してくれていたようで、海上自衛隊各艦艇にシールド減衰弾発射の指示が入ったようだ。
やられっぱなしの海上戦力は即座に反応し、VLSランチャーから減衰弾を各ターゲットに打ち込んでくれる。
『艦艇の誘導兵器、こちらも命中確認! ヂラールの動きに変化があります!』
ジーヴェルが報告。
シールドの効果が弱くなった各ヂラール。あきらかに何かやりにくそうな動きを見せて、ヂラールの構えに陰りが見えた。
『よし、これでこっちはなんとか押さえられる! 月丘、そのマッチョ姐さんは頼んだ!』
「了解。よし、プリちゃん、前進です。飛び道具の打ち合いは、この距離じゃあまり意味ありません。接近して格闘兵器でいきますよ!」
『りょうかい! んじゃソウセイのコクピットをイメージして……』
ここはBGMに、フレデリック・タルゴーン作、ロボットエリート軍団の称号を題名にした映画のBGMでもほしいところ。
ネルドアカイアも至近に迫るザンドアめがけて歩行前進を開始する。
海上に波しぶきをあげて、ネルドアカイアの美しい御御足が一歩一歩と歩みを進める。
ザンドアの目が一瞬光ったかと思うと、他の三機と戦っているリバイタ型の背中から、毎度の榴弾型光弾が発射され、それが全弾ネルドアカイアに向かって飛んできた。
『うわっ! さっきみんなでよってたかって攻撃した意趣返し?』
「他のみなさん相手にこちらへ飛び道具ですか。そんな操り方もできるとは、ザンドアさん恐るべしですね!」
まともに光弾をくらったが、ザンドア同様、ガラスの板を組み合わせたようなシールドが自動展開してなんとかそれを防いだ。
「プリちゃん、もう飛び道具をザンドアに使っても同じようなものです。直接攻撃ですよ。格闘戦の兵器、何かイメージしてください!」
『っていっても、格闘兵器使える機動兵器って、最近じゃソウセイぐらいしか乗ったことないから……これで行くよっ!』
プリルはレバーをぎゅっと握って目を瞑り、何かを考え目を見開いてアクションを頭に走らせる。
すると、ネルドアカイアの右腕下部からヒュンヒュンと鞭状の物体が光って姿を現し、近距離よりは遠い距離まで届く武器として、プリルは海上にバンバンと弧を描きそれを打ち付け、ザンドアを威嚇する。
『オオ、プリルハ、アンナ趣味ヲモッテタノカ!』
「いや、ちがうだろカーチャン」
『アレデ夜ナ夜ナ、ツキオカヲダナ……ヤルナプリ子モ』
というと、聞こえてたのか、月丘が、
「なにワケわかんないこといってんですかシエさん! ほら、右からテイルアタックきますよ!」
『オ! コッチモコンナ攻撃ガ!』
なんでシンシエコンビともあろうもののオペレートまでせないかんねんと思う月丘だが、当のパイロットプリ子さんは、
『へっへっへ! どうだぁ~ザンドア~ かわしてみろぉ~』
とS状態だった……だがこの最初の格闘攻撃は結構ザンドアも狼狽しているようで、音速を超える鞭の速度に反応できず、余裕の前進も、腕を前に組んで防御状態になっていた。ザンドアのシールドも鞭のブラスターエネルギーに随時干渉し消滅させられ、消滅した後、即座に音速の鞭の一撃が、四〇メートル級の体躯が操る速度で飛んでくるのでシールドもあまり効果がない。
「よし! さすがプリちゃん! 蒼星のロッド攻撃をイメージするとは……効いてますよ!」
このプリルのソウセイ型ロッド攻撃の効果は、ザンドアのシールド展開を阻害するという効果を生み出した。そのスキを逃さない米軍と海自の艦艇は、対艦ミサイル、ハープーンを今だとザンドアにぶち込んできた。
ザンドアの腰部に命中するハープーン。六発はぶち込めた。
防御姿勢のまま、足を崩すザンドア。
「よし、体勢を崩せた! カイアさん、このまま前進して破砕を試みますが、いけますか!?」
『肯定。攻撃続行は可能。だが、ザンドア猊下がこのまま終わるとは思えない。分析を続行する。状況によっては作戦の変更を提案する』
「作戦の変更? ……よくわかりませんが、まあいいです。とにかくザンドアを弱らせます。少しでも状況を前進させます」
腰に命中したハープーンと、ネルドアカイアのロッド攻撃が効いたのか、動きを止めたザンドア。このスキにと接近を試みる。
プリルは、ロッドをスルスルと腕に収納すると、今度は西洋のロングソードのような剣を造成して、刀身にエネルギーを帯びさせる。
『よし、これでザンドアに一太刀浴びせて破壊すれば、ヂラールとの戦いも終わるっ!』
プリルは動かないザンドアめがけて、ソードを振り下ろすイメージを頭に描くと、ネルドアカイアもそれに呼応して高く剣を振り上げる!
「!!」
だが、月丘は視界に映るザンドアの刹那の挙動を見逃さなかった。目を見開いて、上目遣いにネルドアカイアを凝視する表情のザンドア。
「クッ!」と、月丘はプリルの操縦を瞬間奪って、攻撃を中止させ、後退させる挙動を割り込ませた!
『うわっ! カズキサン何を! って、え!?』
ザンドアの腕にエネルギー刃をまとったトンファーのような武器が生成されて、ネルドアカイアの胸部を薄く切り裂き、その刃の軌道はネルドアカイアの翼のようなパーツを深く引き裂いた!
「あぶなかったぞ、プリちゃん!」
『ザンドアのやろー、狙ってたの!』
『肯定。あの攻撃パターンは、明らかに負傷を擬態しての反撃である』
「ラッシュが来る! 躱せますかプリちゃん!」
『なんとかっ!』
プリルはザンドアの繰り出す両腕のトンファー型斬撃武器の攻撃を剣で受けながら、後退りするが、ザンドアは間合いを詰めると、至近距離で視殺ビームをネルドアカイアの剣に浴びせてへし折り、剣を腕から飛ばした!
『しまった!』
焦るプリル。だがそのスキにザンドアは掌を手刀状にして、ネルドアカイアの両肩部に突き刺してきた。
『! ……まずいぞツキオカ。ザンドアはこちらを侵食しようとしている!』
「なんですって!」
その通信を傍受したのか、ジーヴェルが戦闘中のリバイタを光線攻撃で後退させ、そのスキにザンドアへ刃状の光線攻撃を放った。つまり月丘達への援護だ。
ジーヴェルの攻撃がザンドアにヒットする。ザンドアはジーヴェルにビームを浴びせるが、ジーヴェルはなんとかそれを躱す。
「カイアさん! 侵食を止められますか!」
『対応中だ。ザンドアはどうも破損したシステムを、私やお前達を乗っ取ることで補おうとしているようだ』
「うーむ……それはマズイですね……どうするか……」
その間も月丘達の会話を傍受した米軍や、海上自衛隊に航空自衛隊がザンドアを攻撃するが、ザンドアはそんな兵士達を相手に、禁断の手法に出た。
ザンドアから海自や米軍の艦艇めがけて、どこかでみたことがある波動が照射されたのである!
「これは!」
『危険! これは私も以前使用した、ヂラール化の変異波動だ』
『そ、そんな、それじゃあのオフネの兵隊さんは!』
突如、海自艦艇や、米軍艦艇からエマージェンシーコールが発せられる。
外に近い場所で任務についていた兵士達の体調に異常事態が起きているという通信が飛び交う。
「パウルさん!」
『聞いてた! とんでもないことやらかすわね、ザンドア!』
「月丘君、高雄だ! ヂラール化波動の対処法はわかっている。こっちにまかせろ! 君たちはザンドアに集中してくれ!」
『でもやまとが対応してた二体のヂラールは!』
『あんなの今、ボコりおわったところよ。やまとのパンチをなめんなって話よ!』
ヂラール化波動を受けた人々はパウル達に任せるとして……
「ザンドア! あなた、やっていいことと悪いことがありますよ! こうなったら!」
キレた月丘はネルドアカイアに刺さる腕を掴み、とある挙動を想像する。
すると、取っ組み合う二機の背部にディルフィルドゲートのようなものが大きく開いた!
「プリちゃん! 全力で私達もろとも、あのゲートへザンドアを押し込んで!」
『りょーかい! うらぁぁあああ!』
ネルドアカイアは、ザンドアもろともゲートに押し込み、相模湾から姿を消した。
「月丘! チッ、どこへすっ飛ぼうってんだあいつは!」
『ヤルバーン管制! トレースデキナイカ!』
『やってみます!』
* *
「ぬぁぁぁあああっ!」
『うりゃあああああっ!』
月丘とプリルの気合と意志の力に呼応して、ディルフィルドアウトしたのは、月軌道上の宇宙空間だった。
「カイアさん! どうですかっ!?」
『ザンドア猊下の放った腕部は、ゼル端子によく似た構造の物質で固着状態だ。私も含めたデータを侵食されている』
「クソっ! こちらから侵食し返す事は無理ですか!?」
『残念ながら私の制御機能では、レストーラルクラスのハッキングを阻止するのは難しい……このままではお前達二人の生体組織も取り込まれる可能性がある。直ちにこの機体から脱出せよ』
「じゃあ、カイアさんもリンク切ってこの機体を放棄してください」
『それは不可能だ』
「え?」
『ネルドアとザンドア両猊下が融合してしまえば、レストーラルシステムとしての演算能力は驚異的なものとなる。それ自体でセルメニアの高次元能力が三次元世界で展開されるようなものだ。まず考えられる可能性として、この全宇宙に存在するセルメニア教徒が宇宙に撒いた、オリジナルのトーラルシステム全てに干渉できる可能性がある』
すると技術屋プリルの想像力が巧みに働いて、戦慄する。
『そんなことになったら、ディルフィルドゲートの制御や、オリジナルから量産されたトーラルシステムの制御も……』
『その通りだ、私も例外ではない。もしそのような事態になれば、トーラルシステムに依存する、三次元世界の文明圏はすべて崩壊する』
『そんな! そんなことになったらティ連との行き来もできなくなっちゃう!』
「それはザンドアさんが壊れているからそうなるんですか? カイアさん」
『肯定だ。それ以上に最悪の想定として、状況判断能力の欠損が影響し、ザンドア猊下は予測不能の狂気に走る可能性もある。それは、トーラルシステムを掌握した後、その機能で全トーラルシステムに知的生命体のヂラール化処置を命令する可能性だ』
その言葉に月丘とプリルは驚愕した! いや、確かにペルロード人の例を考えれば、十分に予測できる可能性ではあった!
「そ、そんな!」『ええっ!』
『従って最悪の場合も考え、私が取り込まれることでザンドア猊下の状況判断能力の修復、もしくは緩和処置も試みてみる』
「でも、失敗したときは!? いくらカイアさんでも、システムレベルがちがいすぎるんじゃないですか!? ネルドアさんが今のように制御できてるのは、その機能が現在働いてないからでしょうし……ザンドアさんの機能が欠損しているとはいっても、バグってる状態で動くには動いているわけですから、状態的に全然状況が違うでしょう」
『最悪その場合は、ネルドア猊下を自爆させ、ザンドア猊下もろとも爆破する。それが妥当だが、この場合他にどういう影響が出るか、まったく予測不能だ』
「いやでも、自爆するのは結構ですが、カイアさんは元のシステムにまたもどれるの……」
『否定』
「え?」
『今回、私はネルドア猊下を完全に制御するため、猊下のこの本体にすべてのリソースを移植した。今、私はプリ子がつけた呼称、“ネルドアカイア”そのものである』
なんですって! となる月丘とプリル。二人からすれば、カイアはまたこのネルドアが破壊されたりすれば、またヤル研の本体に転移されて……と思ってただけに、何してるんだと。
『それじゃぁ、今は本当にカイアちゃんがネルドアになってるわけ?』
「肯定」
『ま・た・そ・ん・な……無茶なことを……』
「どうする、カズキサン!?」
ちょっとまってと考える月丘。そうしている間にも、ジワジワとザンドアの器官が
ネルドアを侵食していく。
「カイアさんが、ザンドアの状況判断能力を回復させる行為のお手伝いをしましょう……カイアさん、私も残ります」
『やっぱりカズキサンもそうきたか。私も残るっ!』
この言葉に、初めての感覚が情報として走り、狼狽するカイア。
『理解不能。想定外である。なぜそういう結論になる?』
「このザンドアさんの状況判断能力を正常に戻すんだったら、私達も侵食してもらって、直にザンドアさんを説得します。こういっちゃなんですが、カイアさんは素晴らしい自律トーラルシステムですが、残念ながら人格、情緒がない。そこを私で補います」
『私じゃなくて、私達でしょ、カズキサン!』
「いや、でもプリちゃんは脱出してこの状況を報告……」
『やーだよん。もうわかってるでしょ? カズキさん。こんな状況で一人脱出しても……一人助かっても……色々ろくなことにならないって……』
まあそういうことだ。そこを理解するかしないかで、この二人の将来も変わるわけだが、まあそこは今までいろんな修羅場をくぐり抜けてきた二人である。今更心配いらないようで、
「……ふぅ、わかりました。でも、自決覚悟ではないですからね。カイアさんも!」
『…………了解した。全員生還を目標に処理する』
よし、といったところで、ザンドアの侵食を受けつつ、万が一の被害を想定して、なるべく月軌道から遠ざかるように操縦する月丘とプリルである。
* *
月丘のネルドアカイアとザンドアが、腕の部分がゼル端子状のものでくっついた状態で顕現したのを確認したのは、ちょうど月軌道でワームホールから出てきたヂラールをあらかた掃除し終わった宇宙空母カグヤであった。
「こちらカグヤCP、シャドウ・アルファ、スペクター・ワン応答せよ。こちら特危双葉基地司令の大見だ」
カグヤに搭乗し、双葉基地の司令として各部隊を指揮する大見。カグヤの艦長は、変わらずティラスである。
繰り返し呼び出すが、応答しない月丘達。
「……やはり地上からの報告は本当だったみたいですね、ティラス艦長」
『みたいデすな。ケラー・ツキオカとケラー・プリル、そしてヤル研管轄のトーラル
システムが、あの謎のトーラルシステムと一体化してザンドアを押し返したとか……彼らはあのワームホールの向こうで一体何を見たのでしょうな』
とそんな話をしているとカグヤの分析員がデータを大見に見せると、
「ゼル端子に似たもの? どういうことだ?」
『は、どうも今あのネルドアという存在と、ザンドアがくっついているように見えるのは、ゼル端子に似たデバイスで、ザンドア側がネルドアという、あの白い個体の方へ侵食をかけているという話だそうで』
と観測員が説明すると、ティラスは、
『抵抗はシていないのか?』
『はい、そのままわざと侵食をうけているとしか思えないと、科学者も言っています』
「どういうことだ?」
頭を捻る大見だが、このCPの中の会話は、上級の将官にはフリーで聞こえているわけで、そこに割り込むは、
『オオミや』
と、アーマード・ナヨとなってる、ナヨが、VMCモニターを立ち上げてくる。モニターの中のお顔の方は、イゼイラ人顔である。
「ナヨさん、どうしましたか?」
『話は聞いていました。では、あの二機に特に動きはないのですね?』
大見は観測員の方へ確認を取ると観測員は頷いて、
「そのようですね」
『ふむ、ならば妾と……そうじゃの、ゼル端子のようなものといえば、ゼスタールの二人組をちと借りて、様子を見てきましょう』
「シビア君に、ネメア2佐をですか?」
『うむ、ゼル端子のようなものとなれば、所謂「抵抗は無意味じゃ」みたいな映画のようなことにもなりかねませんからね。まあカイアがおるから、何か企んでいるとは思うのですが、様子を見に行ってもよかろうて』
大見は、ワームホールから出てくるヂラールも落ち着いてきたみたいだし、カイアは別として、人間である月丘とプリルが、ザンドアから精神汚染のようなものを受けて、下手なヒーロー物みたいに敵対でもされたら厄介だと思い、救助行為もかねてということで、
「……わかりました。お願いできますか?」
『うむ、では……シビア、ネメア、聞いていたな。ついて参れ』
『シビア了解』『ネメア了解』
カグヤ護衛のために他の国連艦艇と艦体を組んでいた、『人型機動攻撃艦ヤシャ』
は、艦隊を離れて、前線で待機するアーマード・ナヨサンに合流。すると他にも通信が入り、
『オオミの旦那、シャルリだ。あたしもついていったほうがよかないかい?』
「オオミ司令、ジェルダムです。私もセルメニア教徒として何かお役にたてるかも」
その言葉に、大見とティラスはクククと笑いながら、
「いや、シャルリさんは、ヤシャの代わりに、艦隊護衛につてください。ジェルダム2尉も同じくだ。気持ちはわかるが、今はあの三人に任せよう」
要するに、月丘もプリルも、そしてカイアもみんなに愛され好かれてるんだなと。なんだかんだいって、手助けしたいわけである。
* *
ザンドアの放つ浸食デバイスの侵食速度は速く、既にネルドアカイアの表層七割ぐらいを覆うような状態になっていた。
『なるほど、このような事になっておったか』
ナヨは急ぎヤシャを引き連れてこの状況を確認するために飛んできた。
来る途中、特にザンドアから迎撃のなにがしらのような行為も受けることもなかった。即ち、ザンドアの目的はネルドアを捕縛する事ということがこれでわかったということだ。
『ナヨ・カルバレータ。ここは損傷してもリスクの少ない私が、あの機体に接近して接触を試みてみる』
とシビアが言うと、彼女は人型攻撃艦ヤシャのオペレートをネメアに任せると、コアを分離させて宇宙空間でゼスタール人姿の、いつものシビアにモーフィングした。
シビアは仮想生命体なので、宇宙空間でも素の姿で活動できる。
『ナヨ・カルバレータ、すまないがあの機体に接近してくれ』
『承知』
アーマード姿のナヨは掌にシビアを乗せて、結合している二体のネルドア、ザンドアへ接近する。
『シビア、一人で問題ないか?』
ヤシャと一体化しているネメアが柄にもなく心配しているのか、淡々とシビアに問うが、
『ナヨ・カルバレータとお前が後ろにいる。問題ない』
と仲間を信頼する。
一時は無感情で無表情と不思議がられたスールさんとはえらい違いのシビアにネメア。
それに彼女ら三人は、まだ月丘達から聞かされていないので知らないだろうが、偶然ではあるが、このザンドアに対応するにはうってつけの人材であるのも状況が味方をしていた。
それは、シグマが語ったあの言葉だ。
【スール・ゼスタール人は、三次元世界における高次元人のエミュレーションな存在】
【ナヨは、レミ・セルメニア】
この2つの要素は今の状況を打開するには必要であり、今、偶然そこにいるわけである。
ナヨはシビアをザンドアの肩あたりに下ろす。特に抵抗もない。
シビアは両機体の体表を覆うゼル端子状の物体を見て訝しがる。それはゼル端子と同様のものなのだが、自分達の使うものとは何かが違うと……それはまあ、言ってみれば本物か、似たものかの違いであろうか。
シビアは自分の腕を壁のように大きいザンドアの首筋に当てて、内部を探ろうと、スール・ゼスタールのゼル端子を放射させた。
シビアの端子も比較的侵食は問題なく進む……
『どうです、シビア。パワーが足らぬのなら手を貸しますよ』
『現状問題ない…………ふむ、やはりプリ子生体の言っていたように、かなり高度なシステムであることは理解できる。もしこういった状況下でなければ、普通にゼル侵食を行うと私の方が隷属化されているのは間違いない』
とそんな事をいうが、おいおいとネメアが、
『まてシビア。それなら迂闊にそれ以上の探査を試みることは危険ではないか?』
『おそらくカイアと、ツキオカ・プリ子両生体が何らかの形でザンドアの意思を抑え込んでいるのだろう。実際ここまで接近してもザンドアが迎撃行動を行わないことからそれは明白だ』
なるほどと納得するナヨにネメア…………すると、
(!? だ、誰ですか? 今この状況に割り込んでくるのは)
と、シビアの意識にそのような言葉が流れ込んできた。
(? ……もしかして、シビアさん?)
(肯定だ。今、お前達の行動を援護するために、ナヨ・カルバレータとネメアと三人で、この状況を調査している)
すると、次にシビアの意識に入り込んで来るのは、
(シビアちゃん!? もしかしてゼル端子で侵食しているの!?)
(肯定。プリ子生体も無事だったか、重畳だ。カイアシステムは?)
(健在である、シビア)
(了解した。で、今のお前達の状況を我々はどう理解すればよいか答えよ。ツキオカ生体?)
(え、あはい……まあ、いうなれば、このザンドアさんが負った、大昔の心の傷を修復中……あ、これは喩え話ですが、システムを修復して差し上げているところです)
(? それはどういうことだ?)
するとシビアの意識にも、彼女が見たこともない世界の状況が、雪崩を打つように頭の中へ入ってきた!
それは、セルメニア教団の主流派と反主流派の戦いの歴史。
ザンドアが今のように欠損した創造機になってしまった原因。
太古の因縁で、損傷させられた機能のせいで、反主流派を率いていた事実上の司令官であるネルドアを追い回すことのみを目的とさせられてしまった狂った自分。
それは行動を総じて見るに、教団反主流派の駆逐を延々と行うような行動ではないかと高次元生命体の連中も思ってたわけだが、結論はネルドアを吸収し、本来の最上位システム『創造機レストーラル』の本分を果たそうとしていたのだろう。
(これは……?)
(シビアさんにはいきなりのことでわからないかもしれませんが、それが今のザンドアさんの目的。即ち、まあ人間で言うところの“心”ですね)
するとなんと、次に話に割って入ってくるは、
(なるほど、詳細はよくわからぬが、自分の意思に反して、復讐をさせられておる……みたいな感じなのかの?)
(え!? な、ナヨ閣下!?)
(ふむ、それはそれでこのザンドアなるトーラルシステムも虚しく悲しい業を無理やり背負わされているわけか)
(ネ、ネメアちゃん!)
(うむ、無事か、プリ子生体)
なんとも、ナヨとネメアも待ちきれずに、ゼル侵食かましてシビアを追ってきたという次第……ヤシャは重力アンカーかけて、駐車状態。
(まあ……言って聞く者たちではないので、良しとするしかない、ふぅ)
まあしゃーねーわな、とシビア。でも、その間にも、カイア、月丘、プリル、シビア、ネメア、ナヨの意識に、ザンドアの辿ってきたシステムとしてのヒストリーが流れ込んで来る。
……ペルロード人主流派が起こした恒星の暴走。
セルメニア教高位者のザンドアを利用する高次元生命体化の様子。
それは信仰心などではなく、セルメニア教という、思想組織を利用した、不老長寿を求める人間のエゴであること……
(それが、あの衛星でみた、ザンドアの端末に群れていた高位のペルロード人……)
月丘はなるほど理解する。そしてザンドアが判断したのは、このような存在を高次元世界に入れるわけにはいかないという正当な判断とヂラール化。
だがそのヂラール化の判断を良しとしない、ペルロード人の反主流派と、反主流派が味方につけたネルドアとの戦い。
プリルの思うことは、
(これは……どっちが良いとか悪いとか、そんな話じゃないよ……)
そこで壊されたザンドアの判断能力。即ち心。
機械が故に、壊された心は壊れた状態で、延々働き続ける。しかも高次元世界製の最上位トーラルシステムだ。その稼働時間は悠久である。
その様子を同じように感じるシビアにナヨにネメア。
で、ナヨが思うに、
(このザンドアなる者の物語を見て、主達はその内容が理解できているのですね?)
(はい)と答える月丘とプリル。そして(御三方は、この映像を見てどう思われますか?)
という問いに、シビアは、
(詳しいことはわからないが……我々ゼスタールの悲劇の始まりが、このような者たちのエゴからというのも途方に暮れる虚しさがある)
と言い、ネメアは、
(それでも、ティ連との騒動もあったが、お前達と出会えた事は重畳でもあった)
そしてナヨは、
(そやつらが撒いたトーラルシステムの結果、妾も今がある。それは悠久の因果よな)
と言う。そして月丘は、
(この事柄に関係するすべての人達は、このストーリーを知り、理解する必要があるのかもしれません。すべては繋がっています。そして一つにまとまっていく……どう言えば良いのかな……)
と月丘が言葉を探すと、カイア10986が、適切な表現を抽出する。
(それは、『収束する調和』である)
と。なるほどね、と納得する皆。
(ところで、ネルドアの“心”というか、判断機能は反映されなかったが、そこのところはどうなのじゃ?)
とナヨが問うと、月丘は、
(残念ながら、反主流派がボツワナのあの地で機能停止処分にした時、もう長い年月の風化で、レストーラル独自の機能で再生できなかったものもあったようで、その中の一つとして判断機能も結局修復できなかったみたいです)
(というと、どっちにしてもザンドアにはもう、本来の宿敵はおらなんだわけか)
(ということになりますね。ですから私達が変わりにお相手したわけですが)
と、ザンドアの侵食をなんとか中和し、ザンドアのシステムの中を可視化して、そのヒストリーをなぞる彼らであったが、
(!? うっ! やっぱりザンドアさんの同化能力は強力ですね! これ以上抑えるのはきついですか!)
と月丘が自分の神経接合にもザンドアの侵食が及んできたのを感覚で察知する。
(ほ、ホントだ……どうする? カズキサン。このままじゃ私達一体化しちゃうよ……)
ナヨも流石にマズイと思ったのか、
(妾もザンドアの認識能力修復の手伝いをさせよ! 妾ならどうにかできる!)と叫ぶナヨに、
(我々も同意である)と強制介入を試みるシビアにネメアだが、
(その必要はない)と言うはカイア。
(え?)(うぉっ!)
プリルと月丘の体に、宇宙服がハイクァーン造成され、そのまま転送光に包まれると……
「うわっ、ここは!?」
『う、宇宙空間!?』
重力アンカーで駐車状態の、ヤシャの近くに強制転送させられた。
『ツキオカ!』とその場所に気づくナヨ閣下に、
『カイア10986、何をする気だ!』とシビア
『このままではお前も同化されるぞ!』とネメア。
「カイアさん、どういうつっもりですか!?」
と、月丘とプリルは、なんとか宇宙服のスラスターを吹かせて、ネルドア・ザンドアに近づこうとするが、飛んできたアーマード・ナヨに抑えられる。
シビアとネメアもナヨに捕まっていた。
『まさか、自爆しちゃうのカイアちゃん!? だめだよそんなの!』
とプリルは涙ながらに叫ぶが、カイアの返答が意外なものであった。
『フフ、プリ子よ、大丈夫だ。そんなマネはしない。心配するな』
え? とそのカイアの口調に驚く月丘達。
「まさか、カイアさん! 人格……いえ、感情が!」
『そう、ついぞ前からそういう感覚はあった。だが、このネルドア猊下と接触し、ザンドア猊下の心を知り、お前達二人の精神と繋がり、ナヨ様に、シビアとネメアのセルメニア・エミュレーションと繋がりを持てば、心も理解できた……』
カイアのその言葉に、シビアが、
『我々がセルメニア・エミュレーション? どういうことだそれは』
『それは事が落ち着いた時、月丘に聞けばよい。悪い話ではない』
『……』
そしてカイアは落ち着いた声で、皆に語る。
『今、ネルドア猊下はもう私のシステムと一体化されている。私をもって、ネルドア猊下は補完された。そしてザンドア猊下の心も、互いに反発することなく、同化されようとしている』
「それって、カイアちゃんが、カイアちゃんでなくなるんじゃ……」
『プリ子の心配には及ばない。私はトーラルシステムだ。システムが融合することは、新たなシステムの誕生となる。しかもお前達の影響で、心も理解できた』
外から見るネルドアとザンドアは、もうすでにゼル端子状物体で覆い尽くされているが、その容姿は不気味でも、嫌なイメージを持つ意匠ではない。
そんな姿のネルドアカイア・ザンドアに月丘が話す。
「カイアさん、では、貴方はどうするのですか?」
『このままワームホールを抜けて、正殿ザンドアへ戻り、すべてを収束させる』
「では……セルメニアの門番へと?」
『そうだな。そして全てのトーラルシステムを見守るとしよう』
すると納得したようにナヨが、
『そうか、それがお主の本分と見たか』
「はい、ナヨ様」
『それもよかろう。妾やマルセアがセルメニア化でもする時、その際はよろしく頼むぞ』
「その時を楽しみにしております、ナヨ様」
『しかし、ヤル研連中が残念がるな。せっかく自前のトーラルシステムができたと喜んでおったのに……あのヤル研のメインフレームをどうするつもりじゃ?』
「フフ、状況が落ち着きましたら、いつでもリンクできるようにいたします」
『わかった。では連中にそう言うておきます』
アーマードナヨの大きな掌の上で、月丘とプリル、シビアにネメア、ナヨが顔を見合わせて、微笑み、頷く。
『では、みなさん。私はこの猊下お二方をつれて、行きます』
そこに無線で声を割り込ませるのは、
『カイア猊下!』
『ジェルダムか。そういうことだ。お前もこれからはチキュウ、いや、ニホン国で暮らす身となる。達者でな』
『はい……』
『今は、これで事を収束させる。だが、これで終わりではない。また状況が改善すれば、私も……』
そういうと、ネルドアカイア・ザンドアは、粒子のようなものをまとって加速し、あのワームホールへと、向かっていき……消えた。
月丘達の会話は、いつの間にかオープンチャンネルで全部隊、そして各国家対策本部に流されておりネルドアカイアの姿をモニターで追う軍人は敬礼し、柏木達のような政治家に官僚は起立して見送った。
マスコミも状況を見守り、ヤルバーンタワーの最突端からの中継をずっと流すが、
二四時間後、ワームホールは収縮して、消えた……
~ 次回、最終話 ~




