【最終章】第八三話 『 地平の果て』
二〇二云年のとある日。
地球の上空には、以前ティ連の情報バンクで見た、宇宙の驚異ともいうべき風景が、世界のどこの場所からでも確認できた。
それはかの惑星サルカスのヂラール戦争にて、地球人類が初めて仮説上の宇宙構造現象である『別宇宙』つまり多元宇宙を目の当たりにしたあの出来事で、さらなる宇宙構造の仮説、『ワームホール』というものを目撃したあの日。
それを実体験として地球人類は今、目の当たりにしている。
今、地球上のどの国家からも、少なからず見える巨大な天空に開く大穴、ワームホール。
青白く、また漏斗の如く、その渦状の穴の中から何かを吐き出すように、宇宙の星間物質が光り輝きながらその穴の輪郭をくっきりと浮かび上がらせている。
地球から見えるその視覚的な大きさは、ざっと月の五倍はあろうか。おそらく太陽もある一定の場所で日食のように隠すだろうその大きさである。
惑星サルカスでは、まだこれより大きな天穴が開いたのだが、サルカスのワームホールは穴が成長した最終の大きさで天を覆う巨大な穴となったわけで、今地球で開いているこの大穴も今後どれだけ大きくなるのか、またはこのままの大きさで留まるのか、それは未知数であるのだが、人類の歴史が始まって以来の異常な天文現象であるのは間違いがない。
さて、惑星地球のアフリカ大陸、そのボツワナ共和国の夜。
かのパイドパイパー社が権利を得て、遺跡発掘を行っていたあの場所である。
今はボツワナ共和国政府にその管理権限が戻り、発掘機材も時のボツワナ軍と、件のインベスターの今は亡きシャオ派の傭兵が戦闘行為を行った当時のままで放置され、かの遺跡発掘用の二〇〇〇メートル地下に赴く手段もスタインベックの命令で破壊された状態で、結局シャオ派もボツワナ政府も、そして政治介入した米国やブラジル政府も、何もできない状態で放置され続けているこの場所……
そんな廃墟と化している『マクガディクガディー・パンズ国立公園』近郊の場所の、放置された高所作業用クレーンの操作室に座り、足を組んでバドワイザーの缶ビールを飲みながら、ポッカリと明るい漆黒の穴が空いた空を見上げるのは、そのパイド・パイパー社CEO兼会長の、エドウィン・スタインベックであった。
暫くアフリカ大陸黄昏の風景と妙に似合うその異様な天空の穴を眺めるスタインベック。彼は何かを待っているような、そんな情景。
すると彼の安保委員会非常任理事委員の証でもあるPVMCGに連絡が入る。VMCモニターに映るは、パイド社研究員の顔。つまり彼の部下だ。
『会長、あなたの仰られた通りです。再生が開始されたようですね』
「ウフフ、でしょ?」
『しかしなぜ再生するとおわかりに?』
「それもあとでわかるわよ。で、ヤルケンさんの、ミスターサワタリはそこにいらっしゃるのかしら?」
『はい、いましがた到着なさいました』
「わかったわ。では私もそちらに降りますわね」
パイド・パイパー社のこの施設自体は、先のボツワナ軍・シャオ派の軍勢に攻め込まれた時、彼自身が遺跡へ降りる昇降システムを破壊。地球の技術では、ここ10年以上は再起できないほどに遺跡へ降りる工程を破壊し尽くしたのだが、トーラルの遺跡がある大空洞自体は無事であり、そこは日本の安保調査委員会の力で、ティ連の転送技術で空洞へ行き来できるように極秘で施設を構築し、ティ連関係者と安保調査員会関係者、そしてパイド・パイパー社関係者のみ、この化石化したトーラル遺跡の場所へ転送移動できるようにしていた、のだが……
外から見たら再起不能なこの発掘施設だが、転送装置で地下二〇〇〇メートルのこの場所へやってくれば、これまで通りかそれ以上の機材に設備、施設をもって、この地球で初めて発掘されたトーラル遺跡の研究が可能となる。
そしてこのトーラル遺跡だが、当初、もう完全に化石化した、それこそ遺物と化しているトーラル遺跡だと思われていたのだが……
「これは……!」
と目を見張り驚きの声を上げるのは、今やヤル研のえらいさんである沢渡耕平部長。
ヤルバーンからの転送で、この場所に到着早々、えらいもんを見せられている。
沢渡は同じくこの遺跡でパイド・パイパーの研究員等とともに調査しているヤル研研究員の肩を取って、
「おい、俺も初めてこの現物を見るが、資料ではこの遺跡って、完全に化石化した、それこそナントカジョーンズにでも出てきそうな古代遺跡じゃなかったのか? 俺はそう聞いていたが?」
と驚きの表情でその遺跡を見上げながら話すが、当のヤル研研究員Aも、どうにも混乱して驚いた表情で、
「いや、どうなればあの状態からここまで再生ができるのか……まったく見当がつかないのですが……」と少し小声になり、「(どうも、パイド社の研究員は、何か知ってるみたいですね)」
と沢渡の耳元で話す。すると沢渡も、
「(ということは、スタインベック氏の、例の話の関係で、って事になるんか?)」
「(いやそれはなんとも……ですが……っと……)」
と、コソコソ話を切り上げた。当のスタインベック御大が転送装置で地上から降りてきたようだ。
「いらっしゃい、ミスター・サワタリ」
「これはどうも、安保調査員会の会合の時以来ですか」
と二人は握手をする。
「ですわね。といっても、こちらは色々と貴方がたのお仕事を注視させていただいていましたけど」
「それはインベスターの立場でのお話ですかな? はは。そこのところは『なんで情報がこんなにもポンポン漏れるんだ!』って、月丘さんがボヤいてましたが」
「アハハ、そうですか。それはカズキには毎度申し訳ないことしてますけど……」
と、そんな話の枕もそこそこに、
「ところでスタインベックさん、今見せてもらって私も驚いているのですが、なんなのですか、この現象は……化石化したトーラルシステムがここまで再生されるなんて」
「ミスター・サワタリは、もう私が、ペルロード人の末裔になる存在だということはご存知ですわね?」
「ええ、それはまあ……」
そう話すと、スタインベックは一つ頷き、ちょっと待てと言うと、研究室の重要資料保管庫に入っていって、なにかゴソゴソしたかと思うと、厳重に封印された金属箱のようなものを持ってきて、遺跡が順調に再生している研究スペースに置かれたテーブルに、その箱を置く。
沢渡は、
「これは?」
「まあ、こういうものですが……」
とその箱の封印を開封する……のだが、その開封の仕方が少々変わっており、スタインベックの着用している指輪を近づけると、それに呼応するかのように、その金属箱は、急に薄い切れ込みが入って、組木細工のように勝手に各所が動き出し、最終的にその箱は、球状の金属ボールのようになって、空中に浮かび、スタインベックの手に収まる。
「はあ? な、なんですかそのギミックは!」
するとスタインベックは不敵な笑みを浮かべ、箱の中から吐き出されたように出てきた、紙ともなんともつかないような素材でできた、よく羊皮紙でできた分厚い魔術書のような雰囲気の書物を、沢渡に見せる。
そして、見せられた沢渡も、その書物の構成される素材を見て、流石はヤル研部長という反応を見せ、
「この紙は……! ティ連でも特別な公文書でよく使われているものだ」
「さすがミスター」
で、沢渡も見せられるこの資料に何が書いてあるか、好奇心が即座にこみ上げて、
「これ、触ってもいいのですか?」
「ええ、どうぞ。そのためにお持ちしましたから。まあ、お察しの通り構成素材はティ連式のペーパーみたいな素材で、非常に耐久性があるのもですし、別段歴史的資料として私も持ってるわけではないので、素手で扱って頂いてもいいですわよ」
そう言われると、ドウモスミマセンと、頭下げて、沢渡はページを捲らせてもらう。そしてそれを同じく覗く他のヤル研研究員達。
「あ、そうそうミスター・サワタリ、その書物は貴方がた日本政府にご進呈いたしますわ」
その言葉を聞いて沢渡は貪るようにページをめくっていた手を止めて、
「え!? い、いや、それは一体どういう……」
「もう、私には必要がなくなったもの。で、ここにいるスタッフもすべてその書物の出どころを知っています。ま、何か聞きたいことがあったらあとはこのスタッフに聞いてくださいな」
と、スタインベックはおかしな事をいうので、沢渡も、
「スタインベックさん、あなた一体何を知っている、あいや、何をするつもりなのですか!」
という沢渡の問を遮るように、パイド社の責任者的研究員が、
「会長、再生度、ほぼ一〇〇%に達します。もうよろしいかと」
「ありがとう主任」
その言葉に沢渡も驚き、
「え? 再生度一〇〇パーセント?」
沢渡はその言葉で視線を化石化されたトーラルシステムに向ける。が、その化石化システムは、あいも変わらずまだ七割ほど見た目は化石状態であったが、何かおかしい。
化石化トーラルシステムの前に沢山組まれたセンサーシステムを縫って、小型のパワーショベルが数台集まり、先端を何か掘削機のような機材に改造されたユンボでガンゴン! と叩く。
沢渡は思わず「オイオイ」と手を伸ばすが、刹那に「ええっ!?」と驚きの声を上げる。
なんと、その化石化トーラルシステムがシールドを展開して、ユンボの掘削機を軽く受け止めたのだ。更にその衝撃がシステム本体に伝わり、化石、いや石化した皮が剥げ落ちるように、真新しいトーラルシステムの構成素材が剥げ落ちた部分からくっきりと見えるのだった。
そしてユンボはガンガンとトーラルシステムに振動を与え続けると、ガラガラと音を立てて、古い化石化したガワが剥がれ落ちていき、真新しい構成素材の立派なトーラルシステムが顕現した!
「な、なんてこった……え? でも完全に化石化してたって資料では……確かにトーラルシステムのハイクァーンやゼル技術を使えば可能な再生技術だけど、完全な化石化からここまで再生なんていくらハイクァーンでもできない……あ、いや、まさか! 時空間遡上再生技術か!」
だが、あのタリア・ファウンド・サリーネ博士が開発したとされる時空間遡上再生技術でも、こんな万年単位の年代物なトーラルシステムを再生できるのか? それ以上になぜスタインベックやパイド・パイパー社がそんな技術を知っているのだ? まさかまたパクったか!? とか、そんな事を思うが、スタインベックは、
「ウフフ、その時空間なんちゃら技術も、インベスターの情報網で知っていますけど、まあ、よくは似ていますが、そんな技術じゃありませんことよ……まあそのへんは今差し上げたご本を解析していただいたり、残していく我が社の科学者とお話ししていただくとして……」
とスタインベックが話すと彼の部下が、
「では会長、やはりあの通りに?」
「ええ。あとの事は社長に任せてあります。社の事も、社員の事も、私達のことも」
なんだその会話は? と思う沢渡。何が起こるのだと。
「では行きますわね、主任」
「はい、会長、またお会いできれば」
「ええ」
と勝手に話を進めるスタインベックに沢渡は、
「ちょ、待ったまった! スタインベックさん、あなた一体何を」
「ですから、後のことはスタッフにと……」
「いやそれはそうお聞きしましたが、こっちはいきなり来いと言われて、なにがなんやらわけのわからない状態に!」
「来てもらったのは、貴方方に見届けてもらいたかったからですわよ。今この地球で、ティ連の科学を最も享受している地球人である、貴方がた日本人に」
「え?」
と沢渡が言葉を止めると、スタインベックは、
「さあ、急ぎませんと……これでカズキや、プリ子さん達の手助けになればいいのですが……」
更に「え?」とその言葉に訝しがる沢渡。
「スタインベックさん、一体何を」
「大丈夫、悪いようにはしません。ミスター・サワタリ、後のことはそこにいる主任と、弊社社長にまかせていますので、よろしくね」
すると、その主任という人物も、
「会長、本当によろしいので?」
「フフ、これは我がスタインベック家の悲願ともいえますが、このような事態になれば、誰かが戦わないといけないでしょ?」
そうスタインベックが言うと、彼はその再生したトーラルシステムに、腕輪状のようなものをかざす。
それは明らかに安保委員会から支給されているPVMCGではない。
スタインベックがその腕輪をかざした刹那、彼の前に半円状のディルフィルドゲートのようなものが生成される。
「これで私達が何者かがわかる……」
そうつぶやくスタインベック。その言葉が聞こえた沢渡。
眩く輝くそのゲート。直視できないぐらいの光を放っている。
沢渡は目を手で覆いながらスタインベックを見守るが、彼は沢渡達の方を向くと、手をピラと振って、ゲートの中へ入っていく。
沢渡はPVMCGのセンサーを起動させて、その瞬間をデータに取る。VMCモニターに表示されるスタインベックのバイタルデータ。
だがそのデータを見た瞬間、沢渡は、
「スタインベックさん、待って! あんた、それは転送じゃない! 分子分解じゃ!!」
と彼が進むのを反射的に止めようと前へ進むが、ヤル研の部下や、パイド社のスタッフに、「危険です!」と肩を抑えられ、止められる。
「だけど!」と叫ぶ沢渡だが、既にスタインベックの左肩がゲートの中に入ったように見え、彼の姿は消えた……
「ど、どういうことなんだ……」と唖然とする沢渡だが、ハっと気づき、先程の分厚い書物を見る。
比較的大きなその書物を抱きかかえてヤル研用研究室に飛び込み、ページを捲って読み耽る沢渡。
それを見るパイド社の科学者もみなして目線で頷き、沢渡のサポート人員を割り当てるのであった……
* *
さて、場所は変わって地球近海の宇宙。
真空の宇宙空間で、ティ連―国連軍合同の大規模破壊兵器の一斉攻撃を受け、炎上するヂラール要塞級『ダークスター』。
宇宙空間で炎上する状況を確認できるほどの物体であるからして、相当な質量と、何らかの大気が滞留する存在なのであろうことは理解できる。
そして要塞級の背後、かなりの距離ではあろうと思うが、その距離を感じさせないぐらいクソでかい空間にポッカリあいた緩い渦巻きのようにうごめく巨大な穴、ワームホール。
その中からは、何らかの粒子がキラキラと煌めきながら吐き出され、消える。
それが何らかの現象で循環しているように大きく、ゆっくりと渦を巻きながら存在している。
ただ、そんな色で渦巻くワームホールではあるが、その中心部は漆黒だ。
向こう側が見えるわけではない。
「こちらスペクターワン、栄鷲の月丘です。カグヤCP、敵の動きが沈静化したようですが、状況を教えて下さい」
『こちらカグヤCP。状況はスペクターワンの言うとおりだ。かなりの敵を核とティ連型広域破壊兵器で殲滅した。だが、全滅には至っていないと思われる』
「では敵は引いたということですか?」
『そう見ている。それにあのワームホールだ。サルカスの前例から言えば、あの天穴から敵の増援の可能性も考えられる。現在各艦艇部隊のCP及びやまとHQで状況を分析中だ。そのままの状態で待機せよ』
かのワームホール顕現後、急に敵ヂラール群体の攻勢が止まった。
まあ確かに、国連・ティ連連合軍の広域破壊兵器パーティな攻撃は、さしもの巨大な要塞級マスターヂラールも往生こいたような感じではあったが、叩きのめした後の展開が、現在のような状況になるとはゆめゆめ誰も思わなかっただろう。
しばし状況を現状維持の態勢で静観する各部隊。
ティ連型兵器は、栄鷲も含めて、機関的に無補給型のエンジンで動いているわけだが、国連軍の多くの機動兵器はそういうわけではないので、この待機状態を利用して、各機母艦に戻り、エネルギーの供給や兵員の交代を行っていた。
月丘やプリルも今の時間を利用して、宇宙食のような、バー型携帯食や、チューブ飯で栄養を取る。
余談だが、ティ連型機動兵器内でトイレを催した場合、どうするのか? という話だが、実はスイッチ一つで、体内の排泄物を判別して転送し、原子分解し、必用な素材変換を行って、機体の稼働に利用するという手法をとっている。
なので最初は月丘もかなり違和感があったのだが、もう今は慣れた。
『ケラー・ジーヴェルは、何か栄養をとらなくてもいいのですか? 今のうちですよん』
とプリ子。彼女は大好きなストロベリーバーを食べている。ちょっと半生のチーズケーキ風味だ。
<<僕は大丈夫です。お気になさらずに>>
プリルとの会話を聞いて、まあ、ある意味ティ連人より人知を超えてるような種族のタウラセン人なので、あの特撮番組みたいに色々とエネルギー供給の方法はあるんかな? と思う月丘。
そんな一時の休息をとっていると、やまとから全部隊に連絡通信が入る。
『こちら、やまとHQ、パウルよ。全軍そのままで聞いてちょうだい……今、ティ連防衛総省本部から現状の戦況報告がはいったのだけど、今現在、宇宙規模で奇妙な事が起きているわ……』
パウルは、今しがたティ連防衛総省本部から、ヤルバーン自治国と日本政府を通して、戦況の報告があったという。無論、この二国を通しての話なので、政治的なものを含んでの話だ。当然柏木達日本政府のトップも既に知っている。
『現在、ティ連領域にも出現した要塞級マスターヂラールだけど、向こうでもマスターヂラ―ルの機能停止にとりあえず成功したそうよ。まあティ連本部の大軍と、タウラセンエージェントを相手にしてるわけだから、比較的こちらよりは簡単に制圧できたみたいなんだけど……』
だが、問題なのは、ティ連領域にもあれから更に数カ所で同規模の要塞型マスターヂラール、こっちでいう『ダークスター』クラスのものが出現したため、ティ連の辺境地域ではかなりのダメージを出した部隊もあったらしい。
だが問題はそれよりも、各ダークスタークラス出現地点で、ダークスターを鎮圧後に、この地球圏同様の経緯を経て、各戦域に……
「えっ! ワームホールが!? この規模と同じ程の!?」
月丘はパウルに通信回線を開くと、意見具申。パウルの言葉に驚く。
全部隊にパウルと月丘の会話が流される。
『ええ、ティ連本部側ではすでに無人アウルド型(偵察型)のヴァズラーをワームホールに送り込んで状況確認を開始したわ。まったく、どこに繋げてるんだかわかんないこんな得体のしれない代物を造られて……たまったもんじゃないわね』
「では我々も」
『うん、現在準備中よ』
以前、柏木達が活躍したサルカス戦争では、このアウルド型を送り込んで得た情報とは、当時、惑星『イルナット』と呼称された惑星エルミナスの発見とこのヂラール要塞であったが、今思えばあの時の騒動がゼスタールとの関係に繋がり、現在がある。思えばもう一〇年以上前の出来事がきっかけであったわけである。
その時は月丘も自分がこんなふうになるとは思いもよらなかったことであろう。
と、そんな事を考えながら、HQの次の動きがあるまで一段落と構えていると……
<<カズキ、プリ子さん、あの中へ行きなさい>>
「!?」『!???』
となる月丘とプリル。
「プリちゃん、今なにか言った?」
『え? 今何か言ったの、カズキサンも聞こえたの?』
「ええ……んん? ジーヴェルさん、今何か言いました?」
<<いえ、何も。どうかしましたか?>>
「ああ、いえ、それならいいんです」
首をかしげる月丘とプリル。だが、
<<どうしたのです? 二人共。日本国情報省のお役人でしょ?>>
「え??」『ほえ??』
となる月丘にプリル。今の囁きは聞いたことがある! と。
若干頭が痛くなる人物だが、
「ス、スタインベックさん!?」『へ? ケラースタインベック?』
<<声が大きいわ。 とにかく、早くあのワームホールへその機体で突っ込んで>>
「(一体どこから!)」『(そそそ、そうデス!)』
<<そんな事あとでいいから。私と一緒にあのヂラールの正体を……>>
とそんなスタインベックらしき声がいづこともなく聞こえてくる状況を打ち消すように、
『カグヤCPよりスペクターワン。どうした。何かあったか?』
「あ、いえいえ、特に異常なし」
すると更に横から通信が入り、
『やまとHQよりスペクターワン、カズキ、プリル、応答して』
「はい、こちら月丘です」
とVMCモニターが立ち上がる。
『これはプライベート通信よ。他の兵は聞いていないわ。情報省のあなたの耳に入れておきたい情報が今入ったのだけど……』
「はあ」
『あの“ぼつわな”とかいう地域国家で発見されたトーラル遺跡の事、あなた達もしってるわよね?』
「ええ、まあ当事者ですから」
『……あの遺跡のトーラルシステムが、完全再生したそうよ』
一瞬の間を置く月丘にプリル。前部座席に座るプリルは後ろを向いて、呆け顔で月丘を見る。何いってんだこの人、みたいな感じで、
「はあああ!?」『って、どういうことなのおねーちゃん、それ!』
『いや、私も詳しくはまだ知らないんだけど、あの遺跡にいるケラー・サワタリから情報提供があったのよ。で、それだけじゃないわ』
「まだなにかあるんですか?」
『あのケラー・スタインベックが自分から再生したトーラルシステムに接触して、消えちゃったって……』
「え゛……」
再度顔を見合わせる月丘とプリ子。で、「いや、実は今ですね……」とパウルに先程の状況を説明する。それを聞いたパウルは、二人と同じ反応で、
『え゛……』となって『どうなってんのよそれ……』と言うが、横で聞いていたのであろうパウルの旦那の高雄副長が、旦那モードの口調で横から出てきて、
『パウル、それってあの、ナヨ閣下と同じような、レミ・セルメニアとかいうやつにスタインベック氏はなったんじゃないのか?』
と疑問を呈するわけだが、このプリカズの駆る栄鷲には忘れてはいけない存在が同乗しているわけで……
「あ、そうだこんな時にうってつけの方が」
『そうそう、カイアちゃん、今の話聞いてたでしょ?』
『肯定。さきほどプリ子とツキオカが何か精神疾患的会話をしていた時は、一体何かと見守っていたが、パウルの今の報告で合点がいく』
「いや、カイアさん、精神疾患って……」
いちいちツッコミがきついカイアであるが、
「で、どうです? カイアさん」
『現状のような戦闘状況下で長い説明は不適当だが、簡潔に言えばレミ・セルメニア化のようでもあるし、そうではない可能性もある』
「というと?」
『レミ・セルメニア化は、ニューロンデータからの復活が常態であるが、聞けば、トーラルと接触し、消滅後に先のお前たちの反応だ。同一現象とはいえない』
すると、
<<だからカズキ、突っ込んでいけば、説明するから……>>
プリルが『あ、また……』と声を上げそうになるが、月丘はプリルに「シー」のポーズをする。話がややこしくなるからだ。
するとジーヴェルが、
<<すみません、月丘さん。悪いとは思いましたが、僕の能力で貴方がたの会話を傍聴させていただきました>>
「あいえ、かまいませんよ。で、どう思います? ジーヴェルさん。あなたのような存在の意見も聞きたい」
<<なんともいえませんね……我々タウラセンも、トーラルシステムのことはよくわかっていません。それ故に警戒をしていたわけなのですが>>
するとまた、
<<だからカズキ、あのワームホールへ>>
と言うと流石の月丘も大きな声で、
「あーもう! スタインベックさん! あなたいまどこにいるのです!?」
<<ウフフ、ようやく応えてくれたわね。 まあとにかくあの穴の向こうで会いましょうよ>>
『うわー、オカルトだー、ボーレイだー』とか喚きながら、リアル幽霊状態に口元に手を当ててワクワク顔のプリルだが、月丘は、シーと歯で息をして、今の状況をVMCで見ているパウルと高雄に報告すると、
「大丈夫ですか、月丘さん」と高雄。やっぱりちょっと信じられないのか不安顔だが、パウルは月丘の表情を見て、
『で、どうするの? カズキ、ニホン国の諜報員として』とニヤリ。
フンと一つ息をする月丘。
「まあ、元々あのペルロード人の本星を探れという任務もありますしね……今はこんな特危まがいなことやってますけど、私の本分はそちらですから」
『で?』とさらにニヤるパウル。
「パウル提督。放出予定のアウルド型をすべて私に貸してください。それらすべてをカイアさんに制御してもらいます……できますか? カイアさん」
『了解した』
「うん、で、私はあのワームホールに入って、向こうの世界を見てきます。なに、量子テレポート通信があるんですから、状況は正確に送れるでしょう……生きて抜ければの話ですが」
というと、なんとジーヴェルが、
<<なら僕もお付き合いしましょう。僕の放出する次元フィールド内で行動すれば、あのぐらいのワームホールであれば、安全に航行できるでしょう>>
「いいのですか? 何が起きるかわかりませんよ」
<<構いません。そもそも僕も“共同体”から、貴方同様こういう状況を調査するよう、上から命じられています>>
「なるほど、わかりました……と、そういうことです。事後承諾になりますが、日本の白木班長にもそういうことだと連絡お願いできますか? パウル提督」
『おっけー、わかったわ。そうこなくちゃねカズキ。それでこそ我が義弟』
「あ、いや、それとこれとは……」
すると、善は急げと各ティ連艦から一個飛行隊分の無人ヴァズラーとヴァズラーアウルド型を用意してくれた。これを制御してくれるのは、かのカイア10986型であるからして、並みのパイロットよりも優秀な運用をしてくれるだろう。
で、そこにジーヴェルという心強いバディが付く。
* *
月丘の決断から僅か三〇分以内。
「では提督、なんかワチャワチャした感じですか、行ってきます」
『お願い。各部隊にはあなた達が突入してから通達するわ。でないと、応援団みたいなのがこそらじゅうで発生して、ややこしいことになりかねないでしょ? ウフフ』
「はは、確かに。そんな時に敵に襲われたらたまったものじゃありませんしね……で、プリちゃん、今更だけど、プリちゃんはこっちにいても……」
『ナニをいってるんですかっカズキサン! この機体は私の機体ですよっ! それに後方要員のスペクターチームがついていかなかったら、シャドウ・アルファはナニもできないでしょ!』
「はは、そうでしたね、それは失礼しました。ということで、提督……」
『うむ、流石我が妹。がんばってこい!』
『はっ!』とか言ってビシとおねーちゃんに敬礼するプリル。まあほんとはパウルも心配してるんだろうが、そう言って送り出すのが妹の名誉のため。
そして……
『無人機動兵器二〇機はすべて私の制御下に入った。あとはまかせよ』
「ありがとうございますカイアさん。プリちゃんは?」
『空間振動派エンジン良好。兵装もハイクァーン造成稼働八〇パーセント以上で、全装備完了。さっきの戦闘でも特に破損箇所はないから、このままいけるよっ!』
「わかりました……ジーヴェルさんの方は?」
<<問題ありません。突入時には次元シールドを展開しますから、今の編隊を維持してください>>
「了解です……スペクター・ワンよりやまとHQ、パウル提督、ワームホール突入準備完了です」
『了解。ではやまとHQより、スペクター・ワンへ。ワームホールへの強行偵察を開始せよ』
「スペクター・ワン、コピー」
その言葉と同時に、ジーヴェルが栄鷲以下各機体に次元障壁を球状に展開した。
その様子を「ん?」という感じで気づいてしまう鳳桜機の多川にシエ。
「おい、月丘達なにやってるんだ? やまとHQ、こちら多川だ。栄鷲と……ありゃタウラセンさんか? の動きが妙だ。なにやらせてるんだ? 送レ」
多川が栄鷲の行動が何かと広域作戦通信で話す。まあ当たり前だ。
『こちらやまとHQパウルよ。 いまこちらでも情報が混乱しててね。詳しくは後でまとめてみんなに報告するけど、色々新しい情報が入ってね。カズキ達には総諜対の任務に戻ってもらうわ』
つまりあの『穴』に突入してもらうと。
するとシエがパウルの言葉に驚いて、
『ナニ! オイパウル、ソレハ無茶ダ! アウルドヨリ先ニ、ツキオカ達に偵察ヘ行カスノカ!?』
「そうだぞパウル提督。あんたらしくもない! 状況をもっと整理してからだな!」
同じくこの状況を見ていたナヨやシビアにネメアも態勢を変えて、
『そうであれば妾もいこう。ジーヴェルと月丘とプリルにカイアだけでは……』
『肯定。我々のようなスール的存在がいたほうが有利だ』
『シビアに肯定。このヤシャがいたほうが戦闘ポテンシャルは格段にあがる』
と機体、というか艦体をひるがえす。
『私もご一緒しましょう。味方は多いほうがいい!』
とジェルダムも合流しようとするが、パウルは厳に声を大きくして、
『ダメよ! これは命令! あのワームホールの偵察任務は、あの四人に任せます!』
『なぜじゃ!』とナヨが食い下がるがパウルは、
『説明はあとでします。というかナヨ閣下、今地上でちょっと大きな事が起こっています。その事も関連しているので……それとあのダークスターには大きなダメージを与えましたが、まだ中にいるであろうマスターヂラールが姿を現していません。もしアレが出てきたら対抗できるのは我々大型機動兵器を持っている部隊のみです……責任は私がとりますから、今は抑えてください』
『むぅ……』
そりゃ仲間なら、いきなりあんなワケのわからないところに突っ込んで行こうとする味方を見てりゃ、ついても行きたくなるだろう。がパウルは多川達の部隊を抑えた。
「パウル提督……」
『大丈夫よジェルダー・タガワ。大丈夫』
見送るパウルに多川達。
丁度二二個の光、ジーヴェルの能力で次元障壁の光に包まれた光が、不気味な明るさを輪郭に渦巻くワームホールへ、亜光速で突入していった……
* *
「まさか……そんな事が……」
最新の情報に、流石の柏木総理もかなり訝しがる顔だ。
日本国首相官邸危機管理センター内。沢渡の至急電ということで、VMCモニターをボツワナの地下空洞研究施設と繋げて、話をする柏木真人内閣総理大臣。側にはフェル副総理に他、二藤部に白木、新見に加藤と現在の事態に対応している連合日本の重鎮の姿が大型VMCモニターを囲む。
「では、その書物に地球の歴史に関わることも書かれているというのですか? 沢渡さん」
『はい』
とVMCカメラの前に掲げるは、何か見たこともない文字でタイトルが書かれている例の書物。パイド社研究員の話では、その文字は日本語に訳すと『地平の向こう側』と書かれているそうだ。つまり……
「その文字は、ペルロード語ということですか?」
『その通りです、柏木総理』
顎に手を当てて、考える柏木。そこにフェルが、
『マサトサ、あ、ソーリ』
「ああフェル、普段通りでいいよ」
『ウン、で、ケラー・サワタリの仰ることから想像できるのハ、いまあの場所にいる研究者のほとんどが、ケラー・スタインベックの今回の行動を知っているということですよね?』
「そうだね、つまり……みんな身内ということだ」
VMCモニターの向こうの沢渡も、
『ですな、なんでも社長もそういう感じですから、この企業の中核にいる人員は……』
と、いうと横から白木が、
「ペルロード人の末裔みたいな感じ、ってやつか?」
「そう考えるのが自然だよな」
と柏木。二藤部も、
「柏木さん、私の第一次内閣の時でも、この企業は色々と奇妙な話が公安から出ていたんですよ」
「そうなのですか」
「ええ。まあ、この騒動が顕著化した時は、そのインベスターという組織の話が、ガーグの絡みから出てきましたから、そういうものなのかなと思っていましたが、なるほど今回の一連の騒動で私の過去の疑問も合点がいくところはあります」
頷く柏木。で、VMCモニターの沢渡に視線を変え、
「で沢渡さん、今はそちらのパイド社のスタッフさんも、協力的なのですよね?」
『はい、というか、今パイド社の本社からも、あとは安保調査委員会の指示に従えと、この遺跡発掘調査チームをパイド社から切り離したそうです。で、私達ヤル研関係や、安保調査委員会関係の研究機関で面倒見てくれとか、無茶な要求をしてこられてますが、どうしますか?』
柏木は、「ほう」という顔をした。てっきりこの後は遺跡ごとアメリカ政府に現在までの経緯や研究成果を秘密裏に渡すものだと想像していたからだ。
「……と思ったのですが、どういうことでしょう」と柏木は委員の皆に意見を聞くと、二藤部が、
「そこはやはりトーラルシステムの繋がりで、我が国についたのかもしれませんね」
するとフェルが、
『デは、そこまパイド社サンは、米国政府や、ブラジリア政府に義理を感じていないと? ファーダ・ニトベ』
「まあ、国際資本なんてのはそんなものですよフェルフェリアさん、そもそもブラジルに本社機能を置いて、主な活動は米国。で、社の沿革として、その発祥はオーストリア・ハンガリー帝国というのも、スタインベック氏にとって“国”なんていうのは二の次三の次ということなのですよ」
『ナルホド』
すると二藤部は席を立って、
「では柏木さん、私の方で、米国政府の知り合いから色々と今回のパイド社や、あの遺跡の件でどの程度の事を現在までで把握しているか、ちょっと尋ねてみましょうか」
「お願いします二藤部先生」
と頭を下げる柏木。二藤部は総理になった柏木先生でも、まだまだ自分より偉い人なのである。
二藤部が退出すると、柏木はVMCモニターの方に目を向け、
「沢渡さん、ではその遺跡は事実上我が国の管轄に入ったと見てよろしいのですね?」
「はい、この書物の解読など、色々と手間がかかりますからね。できればニーラ教授に来ていただければ助かります」
「わかりました」
「で、あとこの書物はペルロード語で書かれているので、できればカイア10986型を使いたいのですが」
あちゃー、という顔をする柏木。その理由は先の通り。もう行ってしまったわけで、
『あー、そうですか……なら、ジェルダムさんか、アルカーネさんに協力していただければ……』
「あの二人も今宇宙だしなぁ。翻訳機能を使えないのですか? カイア10986さんは、持っているデータを全部データバンクに転送してくれたはずですが」
「この書物がデータで構成されているのであればそれでもいのですが、こういう書物特有の言葉の微妙なニュアンスや、手書きの但し書きやポンチ絵みたいなのも書き殴られてましてね、それにドイツ語の地方言語だと思うのですが、それらがアレマン語で書き殴られてまして。まあこれでこの書物の発生がオーストリアとわかるのですが……とまぁ恐らくトーラルシステムでもコレを全部完璧に日本語化、もしくは英語化するのは大変なので、やはりネイティブな人の手も借りたいのですが」
すると白木が、「それならいい手がある」と。
「聞きましょうかね」
「ウチの新しいスタッフで、俺の副官がいるじゃござんせんか総理」
「あ、そうか! マルセアさん、というか、ミニャールさんか!」
「おう……トモちゃん、メイラちゃん、ちょい!」と作業をしている二人を呼ぶと、斯々然々説明して、「で、トモちゃんはすぐにマルセアさんに連絡して、こっちの情報省のトーラルシステムを介して、転送移動できないか、聞いてみて。で、メイラちゃんは、ヤルバーンの科学局に頼んで、ナヨ閣下と同じ規格の仮想生命コアをこしらえてくれるよう至急お願いしてちょうだい。多分、同じレミ・セルメニアさんなら、ナヨ閣下の規格で、こちらで顕現維持できると思うから」
わかりましたと張り切って部屋を出ていく二人。流石の白木班長である。
* *
ワームホール、所謂アインシュタインローゼン橋と呼ばれる現象は、総じて時空間構造における位相幾何学として考える構造の事で、総じて時空のある一点から別の離れた一点へと直結する空間トンネルのような現象をいう。
これはヤルバーンが地球にやってきて、トーラル文明・ハイクァーン工学的科学の考え方が地球人に伝搬されるまでは、一般的にブラックホールと対になる要素として考えられがちであった。
つまり、超重量で超引力の空間の穴であるブラックホールの抜け穴、もしくは出口のようにワームホールは表現される事があった。
実際、ヤルバーンが日本に来る以前でも、地球の宇宙科学の理解において、ワームホールではないかと思われる天体の候補はいくつかはあったのである。
ティ連が時空間移動手段として、タクシーに乗るがごとく普通に使っている『ディルフィルドゲート』も、まあいうなればこれも一種のワームホールとも言うべきもので、トーラル文明の超科学が遺したトンデモ科学技術の一つだ。
あのグロウム帝国でも、かつての宗教壁画から推測されるペルロード人との接触においてもたらされた科学で、やっとこさ光速の何十倍かのワープ技術を手に入れたわけであるから、一般にトーラル遺跡やトーラル文明といわれている……つまり『ペルロード人が配布しまくったこの構造物』と思われているものがもたらしたティ連の科学技術というヤツがいかにスゴイものかが理解できるわけで、つまり、言ってみればこの三次元空間の“常識”を超越している科学であるところがすごいのである。
別に魔法や妖術を使っているわけではない。その全ては、地球人でも発見し、理解できる科学現象の理論理屈や疑似科学と揶揄されていたような事象に現象をこの三次元世界に普通に顕現させているわけであるからして、そういうところを地球人は驚いているのである。
と、そんな理屈が背景にあって、今、月丘達『総諜対』チームは、ダークスター=要塞級マスターヂラールが作り出した巨大なワームホールへ亜光速に近い速度で突っ込んでいく。
タウラセン人のジーヴェルが生成する次元シールドに守られて一直線にワームホールへ突っ込む彼ら。
というか、このタウラセン人も、最近地球人が認知した異星種族だが、不思議な種族だ。ティ連のトーラル文明技術並みに不思議な科学体系を持つ種族である。
まるでかの光の国の…………
と、そんな彼らが警戒するほどであるから、逆にティ連のトーラル系技術もスゴイものであることが改めて認識できる。
「プリちゃん、操縦大丈夫?」
『大丈夫ですっ! カイアちゃんと、ケラー・ジーヴェルのサポがありますから問題ナシですっ!』
「おっけ。カイアさん、無人機の調子はどうですか?」
『全機問題ない。リンク状態も完全である』
「了解、ジーヴェルさん、どうもお世話かけます、大丈夫ですか?」
<<まったく問題ないですよ。っと、センサーの方になにか反応ないですか?>>
ジーヴェルは、所謂、人と機械と自然科学的なものが一体化したような人工進化を遂げた知的生命体である。彼らもティ連人のように、科学文明のあるべき姿の究極を、トーラル技術のような、万能オブジェクトという形とは別の形で進化した人々であるが、それでもトーラル技術には畏怖の念を抱いている。
そう聞かされた月丘は、この時でも『トーラルって何なんだ?』と思うわけである。更に今回の件で言えば、スタインベックの御大も、何かワケのわからん事になっているわけであるからして……
「フゥ」と一つため息をいれる月丘。で、センサーを確認すると、どうやらワームホールに突入してからそんなに時間もかからずに、間もなく出口へ到着するようだ。
入る時と違って、急に加速がかかり、空間シフト機能で飛翔する彼らでも、重力を感じるほどの何か、引っ張られるような感覚とともに、吐き出されるような感覚も同時に味わう月丘達。
「こんなもんですか? ジーヴェルさん」
『まあ、こんな感じですね。自然なワームホール自体が、この宇宙じゃなかなかお目にかかれない現象ですからね。僕もワームホールで移動するのは何回も経験はありませんけど』
と、とりあえず問題なく、ワームホールから向こうへ飛び出た月丘。で、プリ子がすかさず、
『カズキサン、ほら、クォル通信のチェックしないと。HQと連絡とってとって』
「そうですね……こちらスペクターワンの月丘和輝。やまとHQ、只今ワームホールから放出されました。通信状況確認。送レ」
すると、さすがクォル通信、即ち量子テレポート通信である。すぐに通信が回復する。なんせ異界からでも通信が可能なのがティ連の量子テレポート通信である。
こんなところでよくある「チッ!通信機が使えない!」とかいうのは、流石に彼らの通信にはない……ということで、VMCモニターがコクピットに小さく起ちあがり、
『こちらやまとHQ、パウルよ。スペクターワン、通信状態良好。大丈夫?』
「こちらスペクターワン、月丘です。感度良好、問題ありません」
『でカズキ、早速だけどどんな状況かわかるかしら?』
「現在全周囲にセンサー展開中です。プリちゃん、なにか見える」
『VMC全方位モニター補正完了……って、こりわっ!』
「ジーヴェルさん、これって……」
<<うわ、って、いや、僕もこんな光景は初めて見ます! ってありえるんですかこんな光景って!>>
「カイアさん!?」
『私もこのような天体の状況は初めて体験する。現在データを解析中だ』
ジーヴェルの次元シールドを解いて、全方位360度モニターの映像に切り替える。肉眼で周囲がどんな場所か確認しないことには、まずがどうしようもないわけだが、漆黒の恒星の光も届かないような、ヴォイド空間とかになったら、栄鷲の映像化センサーを駆使した超リアルな3D映像で周囲を確認することになるのだろうが、幸いにして、どうもこの空間は恒星の輝くスターシステム、つまり何処かの星系にあるということで、周囲は比較的鮮明に肉眼で確認することができた……のだが……彼らの観た光景は、想像だにしないものであった!
背後から飛び出てきた出口のワームホールだが……なんと、彼らの眼前には、全周囲そこいらじゅうにワームホールの穴が開いている。
まるで空間が虫食い状態になっているかのようだ。その各ワームホールの距離は、近くのワームホールでは、それこそ数十万キロメートルから、数百万キロメートル。
その範囲でも、数えて五つのワームホールが漆黒の中心からきらびやかに粒子を放出する花弁を伴って渦を巻く。
遠くでは、星系の外殻宙域ぐらいまでの距離から、恐らく半光年先ぐらいまでに、カイアが数えるだけで数百のワームホールが星の輝きの代わりに、開いたり閉じたりを繰り返している。
だかその開いたり閉じたりの光景が、ここまで空間に穴が空いていると見方によっては不気味以外の何物でもない。
『カズキサン、これをみて。この位置にあるワームホールから、ヴァズラーのアウルドタイプが多数放出されたよっ』
「え!? ということは……」
<<恐らくあのワームホールはティエルクマスカ連合の何処かの場所につながっているということですね>>
この不気味な、まるで事象の地平の果てを芸術絵画にしたような光景を、やまとに流す月丘。もちろん多川やシエにナヨ達もこの映像を見ている。
みなして感想が一様にでるなら、
「なんじゃこりゃ」
という言葉でしか無いだろう。
『カズキ、それはそうと、その場所は私達の宇宙なの? それともどこか別宇宙なのかしら?』
「空間座標と、星間物質の組成をカイアさんに調べてもらっていますが、まだ確実な回答はないそうです。ただ……私みたいな素人でも、この光景はありえませんよ。どこかのSF作品でも見たことがないですね」
すると、カイアが何かこの宇宙空間を分析中に何か発見したのか、
『……ツキオカ、この位置に我々が目指す敵の本体がいるようだ』
「え? 敵の本体? って、いきなりですね。どうしてそんな事がわかるのですか?」
『映像を拡大する』
ピッピッと立体的なVMCモニターに位置座標の表示を示すカイア。
すると、特徴的な青紫色をした、大きさ的には月より少しばかり大きい天体が浮かんでいるのが見えた……だが、この星系のスターシステムの概略図から、その星が軌道的におかしな位置にあるのは月丘でも理解できたので、何か違和感のある星であった。
だが、その拡大した星の映像を観たジェルダムが叫ぶ。
『こ、これは……! 聖殿ザンドアだ!』
その言葉に、各員、各機体で訝しがる表情。
『カイア猊下! これはザンドアですよね!?』
『肯定。これは我らが母星、惑星ペルロードの第一衛星、衛星ザンドア。またの名を聖殿ザンドアという。つまり、セルメニア教の総本山である』
「ええっ!」と驚く諸氏。
「カイアさん、では、あの星に、その……なんですか? 今回のヂラール騒動の元凶である、マスタートーラルシステムさんが鎮座なされていると?」
『肯定である』
月丘は改めてカイアが拡大した、その星、衛星ザンドア、いや、聖殿ザンドアを凝視する。
聖殿ザンドアに対するカイアの分析の確度が増すにつれてその概要も徐々に判明し、それらが付属の精密なCG画像処理のように映像処理されて、衛星の概要が明らかになる。
当然予想されたことであるが、その衛星ザンドアは、軌道上に所謂『軌道巣窟』化された要塞級ヂラールが大挙して連なって、土星の輪のようにヂラールコロニーがへばりつくような構造になっていた。
もう観てるだけで憂鬱になってくるような規模だ。しかも衛星本体自体が、青紫色のクラデーションで輝いているものだから、不気味さ倍増である。
「……それよりも、さっきあの星は『衛星』って言いましたよね、カイアさん」
『肯定だ』
「その『衛星』が、こんなところをうろついているということは……」
『あの聖殿ザンドアはセルメニア教の総本山である。万が一の場合には、マスタートーラルシステムのパワーによって、衛星自体を自律的に動かす事が可能だ』
なるほどと……こりゃラスボス来ましたか、みたいな。
「わかりました。では早速偵察行動に移りま……」
と、その時、また月丘達の頭の中に、
<<カズキ、だから、あの星に行ってって。偵察なんていいから>>
「スタインベックさん!?」
『ケラー・スタインベック? また?』
月丘は、ポリポリと頭をかくと、
「あのですね、スタインベックさん、貴方が今どんな状況かわかりませんけど、あんな……ね……あんな化け物という言葉でも足りないような……恐らくこのワームホールの穴だらけな空間も、あのザンドアの中の親玉さんが関与してるのだと思いますけど、そんなところにホイホイとですね、行けるわけが……」
<<いいから、私がうまくいくって保証するから>>
この状況で、不思議オヤジとなったスタインベックの精神感応。
どうしたもんかいなと思う月丘。
「ハァー……行ってみますか? プリちゃん」
『ふーー……そこまで言うのなら、いくっきゃないですよねぇ』
「カイアさん、今の聞こえてました?」
『私はシステムである。だか、理由は不明だが、そのスタインベックの感応波は傍受できた』
「ジーヴェルさんは?」
『ええ、僕も聞こえました』
月丘は唇を歪ませて、しばらく考えた後……
「スペクターワンよりやまとHQ」
『こちらやまとHQ』
「送った宙域空間画像と、敵の総本山みたいなの、見ましたよね?」
『ええ、今でも「ナニコレ」って驚いているけど」
「……パウル提督。これより、本隊は、衛星ザンドアに対し、強行偵察を行います」
『え? 強行偵察って……まさか! ナニ考えてるのよ。あなた突っ込む気!? まだなんにもわかってないじゃないの。こちらでも分析するから……』
「また、あの御大のお言葉が聞こえましてね。突っ込めって」
『え? いや、ちょっと待ちなさいカズキ!』
「ということです。状況はリアルタイムで送ります。以上、通信オワリ」
『ちょっとまち! ……』
ということで、ここは何にしても今は状況を知っていると思われるスタインベック御大のお言葉に従うしかないかと。
諸氏頷いて、その青紫色に染まる不気味な聖殿に向かって、各機エンジンの出力を上げるのであった。




