【最終章】第八〇話 『地球圏侵攻』
日本国国会。
とある予算委員会の真っ最中。
野党の質問に、担当閣僚やフェル副総理に柏木内閣総理大臣が答弁する、特段何も無い毎度普通の日本の国会の光景。
閣僚席や委員席には、チラホラとティ連人容姿の議員も見える。主に与党側だ。
本日の予算委員会は、連合日本領としての軌道都市を、日本国直上の静止軌道に作ろうかという都市計画の委員会である。担当閣僚はダストール系日本人の国土交通大臣。なかなかのキレ者で、元は現ヤルバーン自治国の環境局主任だった人物だ。
粛々と委員会が進む最中、突如柏木の部下とおぼしき官僚が、議場のドアを慌てて開けて一礼し、柏木の下に駆けより、隣にいるフェルや、その他側にいる閣僚の前で、汗を拭きつつ何か真剣に説明しているよう……
委員会質疑真っ最中でそんなイレギュラーな話をしているものだから、国会を中継しているNHKのカメラも、その部下さんに柏木やフェルの顔をズームで追う。
柏木の口元をみると、どうにも『マジですか』といっているような口パクが映し出される。
フェルも柏木の表情に呼応して、PVMCGで何処かに連絡をとり始めた。
その様子に訝しがる委員長が、
「柏木総理大臣、今は委員の質問中です。静粛に願います」
と注意を促すが、柏木は「委員長!」と挙手して委員長席に駆け寄りつつ、野党の質問者や、ダストール人の国土交通大臣に「いやすんません」と顔の前で掌を縦にして上下させ、手もみしながら委員長に何か話しているようだ。総理大臣自らこういう行動をするのも、こんな委員会では珍しい。まあ議決時に乱闘なんてのはよくある話だが。
フェルも柏木の横につく。井ノ崎や、ダストール人の国土交通大臣に、野党の質問していた委員も委員長席に寄って、柏木から何か説明を受けているようだ……なんかゾロゾロとみんな集まってきて、やんややんやと委員長席で会話をしている。埋もれてしまったフェルさんが壇上から顔だけポヨンと出して何か喋ってるのがかわいい。
しばし柏木の説明の後、諸氏驚きの表情のあとに頷いて自分達の席に戻り、着席している他の同僚議員になにやら説明している。
NHKのアナウンサーは、
「現在、『人工大陸都市開発に関する委員会』を中継中ですが、柏木内閣総理大臣が委員長に委員会の中止を要請しているという事です。現在、予算委員会は中断しております」
そんなアナウンスの中、映像にはあちこち行き交う議員の様子が見てとれる。
するとしばし後、委員長がマイクに向かって……
「えー、委員各位に申し上げます。現在、『我が国の領空における衛星軌道上の人工大陸領土設置及び都市開発の委員会』討議の最中ではありますが、只今、可及的な緊急事態の情報が入りました。従って本委員会は現時点をもって中断することにし、本会の続きは日程を改めて行いたいと思います。よって本委員会はこれにて終了とし、散会といたします」
そんな言葉を委員長が発するものだから、NHKのアナウンサーも何事かといったところで、
「只今、人工大陸都市開発に関する予算委員会が急遽中止されました。柏木内閣総理大臣の提言で中止が決定されたようです。繰り返します……」
とあまり前例のない委員会の中断に、NHKも委員会内の様子を議員が解散したあともしばらく追ったあと、局の映像に戻して解説委員と、一体何が起こったのかとか、そんな話を場繋ぎにしている。
* *
日本国東京都、渋谷交差点。この日も普段と変わらないこの国の日常がある。
かの時より一〇年は経過した今、この街もティエルクマスカの技術を民間転用されたことによる恩恵が数々見て取れる。
三桁ナンバーのビルディングの周りや、再開発された駅周辺の空中には、VMC技術が転用された空中投影型モニターが地上を見下ろすような角度に画面を傾けて上空を移動し、いつぞやに公開された人造人間が夢を見るか見ないかといった近未来SF映画の如く、グルメの宣伝やら強壮剤の宣伝やら、そんな広告映像が街の上空を行き来したり、静止していたりで高解像度の空中映像が美しく映し出され、さらにこれまたVMC技術で作られた立体映像が投影される。
交通標識なども一部はVMC技術で提供され、空中に一方通行や速度制限表示。駐車違反の自動車の上に立体的な警告マークが点灯されるなど、そんな風景が街を賑わす。
人々もここ最近高度に発展した既存の日本技術の最新型携帯端末や、高額ではあるが、VMC技術を使った最新端末などを携え交差点を行き交うといった普段通りの街の風景が在る。
それは柏木がかつて精神を飛ばして見た事のある、あの並行世界と同じような時代である。だがその時代よりは因果のめぐり合わせでちょっと進んだ科学技術の日本ではあるが、まあ普段通りの人々の生活がある。
そんな日常の時、街の空中投影型宣伝用VMCモニターや、渋谷の皆が持つ携帯端末が、『Jアラート』で知られた、あの不協和音な警戒の音を轟かせて、一斉にこのような文字を表示させた。
【連合国民保護に関する情報:太陽系国際連邦管理領域・及びティエルクマスカ連合ガニメデ自治区領域で戦闘状態。今後の政府発表に注意してください】
黒いバックに白の日本語明朝体文字が映し出され、数秒後に英語、イゼイラ語と切り替わる。イゼイラ語はティ連公用語だ。
ランドマークのVMCモニターに携帯端末もみんなそんな状態であるからして、市民諸氏何事かと思う。しかも『戦闘状態』などという言葉にガニメデ自治区なんていう宇宙の話だ。
こんなJアラートは初めて見る日本国民の皆であるので、流石に困惑は否めない。
さらにしばし後、ランドマークのVMCモニターは、NHKの放送に切り替わる。
街を行き交う人々は一斉にVMCモニターを注視する。
ニュース映像に切り替わる時、かの震災試験放送で流れるモールス信号のような音を奏で、更に緊急放送時の『ソレソシレ』の音階が流れている。
映像にはいつも見るお昼のニュースでお馴染みのアナウンサーの顔だ。
映像登場後、一礼すると、
『番組の途中ですが、総理官邸で井ノ崎官房長官の緊急記者会見が行われています。中継です』
と言うと、画像はティ連旗と日本国旗に一礼して壇上に立つ井ノ崎が映し出される。生中継ではあるが、少しタイムラグがある。放送事故防止で生放送でもこのように少し時間を遅らせた録画を放送するのだ。
記者席には、毎度の日本のマスコミと、ヤルバーン自治国の広域報道官が撮影デバイスを携えていた。
彼ら広域報道官は、ヤルバーン自治国筋の情報をすでに得ているようで、どんな内容かはもう知っているようだ。
本来ならヤルバーン自治国のヴェルデオから先に一声を上げてもらっても良かったのだが、ここは日本政府と歩調を合わせようということだろう。
「マスコミ各社の記者の皆さんに、ヤルバーン自治国の報道官のみなさん、この緊急の会見にお集まりいただきましてありがとうございます……えー、ただ今より、国民の皆様には、今から緊急事態ともいえるような情報をお話しなければなりません。もちろんこの放送は現在地球世界各国にもリアルタイムで配信されております……さて、本日、我が国の時間で午前七時頃に、ティエルクマスカ連合本部管轄の太陽系内領有星であります、木星の衛星ガニメデ自治区に対し、正体不明の勢力から、大規模な攻撃を受けたという一報が入りました……繰り返します、本日、我が国の時間で午前七時頃に、ティエルクマスカ連合本部管轄の太陽系内領有星であります、木星の衛星ガニメデ自治区に対し、正体不明の勢力から、大規模な攻撃を受けたという一報が入りました……」
井ノ崎は用意された原稿を噛むことなく、整然と読み、此度の緊急事態の第一報を世界の国民に知らせた。
記者会見場はこの言葉に騒然となる。
確かに場所としては、遥か628,300,000キロメートルの彼方に在る衛星での出来事だが、今の日本人ならティ連の技術でそんな距離は数秒数分で行ける距離だという事はみな知っている。世界の国民も知っている。
なので、太陽系の庭先の出来事であるがゆえに、今の、この時代の地球人の宇宙感では、まるで自分の国のそこに在る国境での出来事のように捉えることができた。
井ノ崎は概要を話したあと、
『現在、ガニメデ駐留のティ連防衛総省軍駐留艦隊と、航行訓練中で立ち寄っていた、我が特危自衛隊人型機動航宙護衛艦「まつ」及び、同訓練航海中に滞在していた米国の航宙駆逐艦「レナード・ニモイ」や、欧州、ロシアの国連軍所属艦が対応に当たっていますが、奇襲という形態の攻撃を受けたため、米国の航宙駆逐艦、レナード・ニモイが損傷を受け、現在月面のゼスタール基地まで緊急の空間跳躍航法で退避、損傷した艦体の緊急修理を行っていると聞き及んでおります』
この言葉には、欧米の記者達が「Oh……」と声を上げる。
「現在、判明している事は以上です。逐次、情報が入り次第、今後もこのような緊急会見を行います」
井ノ崎が司会者に目配せすると、毎度のごとく記者からの質疑応答へ。
「産業新聞です。ガニメデ自治区を攻撃した正体不明の存在ということですが、今現在考えられる敵対勢力として、昨年からとみに方方のティ連関係事件から話題に登る“ヂラール”と呼ばれる存在とは関係があるのでしょうか?」
と問われると、井ノ崎はまあ素っ気なく、
「現在、その点はまだ判明しておりません。次どうぞ」
「毎朝新聞です。ガニメデ自治区には、多くの地球人や、連合国民としての日本人も観光やビジネスで滞在していると思いますが、そういった人々の避難状況を教えて下さい」
「えー、ガニメデ自治区は、衛星上や、衛星の……ややこしいですね……衛星の、衛星軌道上にヤルバーン自治国に見られる、所謂『人工大陸区画』で構成される人工機械化都市であるのが現状です。従いまして民間人が存在する区画はですね、既にガニメデ領域から退避状態にあると聞き及んでいます」
「わくわく動画です、動画のアンケートでは、現状の戦況の優劣を教えてほしいという意見が多いですが、お答えできますか?」
「現在はまだ情報不足です。追ってすぐに状況は判明すると思いますので、その際はすぐに会見を行います」
というと、まだ挙手が上がる中、「人的被害の方はどうなっていますか!?」「柏木総理の会見はいつになりますか!?」とかルールを無視した質問を無視して、井ノ崎は一礼して壇上を去る。
NHKのスタジオに切り代わり、アナウンサーは、まだ詳細がわかっていないことをつけ添えて、部の記者と、今の会見の解説を話していたり……
* *
『私は今、福島県の特危自衛隊中核基地であります、双葉基地にいます。御覧ください、双葉基地の港に停留していた、宇宙空母かぐやに、宇宙護衛艦ふそう、宇宙護衛艦やましろが続々と出港していきます。こんなことは今までになかった光景です』
NHKの中継記者は、やましろが飛び立っていく姿をバックに、一番その様子が大きく映る場所を見つけ出して、特危自衛隊双葉基地の港湾からほぼ垂直離陸に近い緊急出港で、カグヤ、ふそう、やましろが飛び立っていく姿を中継していた。NHKの記者は、正式名称『航宙〜艦』と言う呼称を、カグヤから始まったあの呼称に続いて『宇宙護衛艦』などというなんとも俗な呼称を使っている。まあそこは軍事用語の詳細など知らない人々のそういったところであろうか。
そして中継は変わり、
『ここは大島星間国際交流センタービルの展望室です。ここからはヤルバーン自治国となった、かのヤルバーンタワーが良く見えますが……』とカメラをヤルバーンタワーへズームさせて、『……あれは特危自衛隊が誇る人型特重護衛艦、巷では人型宇宙戦艦と呼ばれたりもしています、我が国の「やまと」でしょうか、他同型艦と見て取れる人型宇宙戦艦と、宇宙空母艦が、ヤルバーンタワーから離床して、出港していきます。ここでもこのような光景は初めて見ます!』
この大島星間国際交流センターは、米国の財界が大島町に寄付という形で建設した、実質的に米国とサマルカ国との交流センターである。なんと高さ二五〇メートルの超大型ビルで、中は交流センターはもとより、タワーマンションにショッピングモール、ビジネス・オフィスが満室状態の満員盛況御礼なビルディングだ。
このビルのおかげで、大島町も観光で大儲けである。
米国から大島町に寄付された都合上、大島町が管理運営している形であるため、とりあえずは公共施設なので、町が運営する最上階展望室からヤルバーンタワーよく見えると評判がいい。
そんな場所から、これまた別のNHK記者が、こんどはヤルバーンタワーを望遠ズームで映し、中継している。
ここからもヤルバーン自治国軍が保有する地球に降りてきていた艦艇が緊急で地球の引力圏を脱出していく。その中にはヤルバーン自治国に訓練航行でやってきていた、特危自衛隊の誇る『人型特重護衛艦 やまと』も、ヤルバーン自治国の同型艦で、かの月丘達と活躍した『コウズシマ』と共に飛び立っていく。
『やはり今回の緊急事態はただごとではないようです。まだ政府からは確定的な発表はありませんが、この今までにない特危自衛隊や、ヤルバーン軍の動きが、大きな事件であることを如実に物語っているように見えます!』
なかなかに核心をついた中継をする記者である。
さて、次はヤルバーン広域情報バンクのライブ映像データだ。
ヤルバーン自治国最先端部にある宇宙港の、管制室に設置している外部カメラからの映像をつなげて、何の音声や字幕解説もなく、無言で淡々と映像を流し続けている。
そしてこの映像を眺めつつ、それを見る人々はPVMCGのタスク機能で、別の位置にもう一つモニターを小さく立ち上げて、この映像を解説するボランティア情報員の話を聞いている。
ライブカメラは、まるで何処かの観光地のライブカメラのように、衛星軌道上の定点を映している。
間隔を空けて、別方向から映像を映したり、別の場所を映したり。まあカメラ自体の性能が異常に良いティ連製のものなので、解像度も映像に映るものが全て手に取るようにわかる映像が流れる。
しばし後……なんと、ディルフィルドアウト現象が映像にいくつも現れ、歪んだ空間から、閃光とともにいくつもの人工物が顕現した。
それはなんと! ガニメデ自治区軌道上に展開していた軌道都市の区画や、人工大陸区画群だ。
軌道都市区画も言ってみれば宇宙ステーションのようなものなので、一種の宇宙船であるからして、ディルフィルドジャンプぐらいはできる。人工大陸区画も、ヤルバーン都市型探査艦のベース
でもあるわけで、これも同様だ。
ガニメデ自治区で相応に生活環境が整った施設群が一斉に地球から月軌道上にまで退避してきたのである。こんなことは早々ないことで、この映像を解説する情報バンクに登録しているユーザーも、少し緊迫の口調で解説をしていた……
* *
木星圏・衛星ガニメデ・ティ連本部領、ガニメデ自治区……少し時間は遡る状況。
特危自衛隊 人型機動護衛艦『まつ』艤装部司令ブリッジ。
『ガニメデ司令部運用艦より報告! USSTC「レナード・ニモイ」空間跳躍成功、本宙域を離脱! ゼスタール月面基地に退避完了!』
人型攻撃艦、特危自衛隊では人型機動護衛艦の呼称で、かの銘艦フリンゼ・サーミッサの同型艦である『まつ』が殿を務め、軌道都市部の構造物や、人工大陸区画の退避を援護している。
もちろん『まつ』だけではない。このガニメデ自治区はティ連本部直轄領故に、最新鋭の艦船がかなりの数で待機している……が、それはヂラールのどの程度の戦力と対峙できるかというのとは、また別問題だ。
『イゼイラ航宙機動母艦フォステム、及びダストール機動戦艦バハタール退避準備完了!』
「国際連邦フランス軍、航宙巡洋艦ジャンヌ・ダルク及びロシア連邦軍航宙巡洋艦エカテリーナⅡ世、応戦しつつ退避開始。我が艦にも退避を勧告しています!」
『まつ』と同様に殿をかって出てくれたティ連艦と国連艦は、ガニメデ自治区の移動可能な人工物に、人員の退避完了を見届けると、彼らも緊急撤退しようとするわけだが、連合日本特危自衛隊『まつ』の艦長は、
「ティ連艦と国連艦へ、早々に本宙域から退避せよと伝えろ。本艦は敵の規模を偵察確認後に退避する」
そう他艦艇に伝達すると、考え直すようにと、やいのやいのと通信が入るが、まつの艦長も、何も考え無しで言っているわけではない。
この『まつ』はまがりなりにも、日本のヤル研が開発した、ティ連国内でも評価が高い、現在新鋭の人型艦艇だ。この艦の特徴の一つに、その機動力の凄まじさがある。なんせディルフィルドジャンプが、転移パワー蓄積装置のおかげで待ち時間なしに即座に行え、更に探知艤装も最新型が搭載されている。即ち、敵の規模を見計らうには現在うってつけの艦が『まつ』なのである。
その点を僚艦に説明すると、無茶だけはするなと、各艦の積んでいるヴァルメ型自立戦闘ドローンや、国連軍の艦載戦闘ドローンを最大数まつのために放出して、ジャンプ退避していった。
『ティ連艦、国連艦退避完了。のこるは我が艦のみです』
ティ連人自衛官の副長がそう言うと、日本人の艦長は頷き、「探知艤装最大機能で展開。次元溝へ潜航後、艤装部次元潜望鏡放出」
なんと、この『まつ』は、ゼスタールの技術である『次元溝潜航能力』を持っているのである。
この、所謂『フリンゼ・サーミッサ級』の人型攻撃艦や、人型機動護衛艦というものは、任務の特性に応じて独自の機能をカスタマイズされている艦が多く、この『まつ』型は、所謂『人型次元潜航艦』的な能力を持たされているのである。なのでこの艦長も落ち着いて最後まで残ると、余裕を持って言えるわけだ。それはそうだ、地球でも潜水艦の本分はこういう任務であるからして。
『まつ』は、光学迷彩のようなものをかけながら、脚部のつま先から、まるで水に入水するがごとくの次元波動をほとばしらせながら、次元溝へ潜航していく。かつてはコレにティ連軍が、散々煮え湯を飲まされたわけだが、かつてのガーグデーラ、今のゼスタールは同志だ。そうなればこの技術も心強い技術なのは間違いない。
だが、ヂラールも様々な『存在の波動』を感知して、盲滅法に襲いかかってくる習性があるので油断はできない。あの化け物は個体によってどんな攻撃方法を持っているか、確定できないのが怖いところだからだ。
次元偵察センサー、所謂通称、次元潜望鏡を放出して、ブリッジの皆が宙域を現認する。
ヂラールの攻撃型に続いて、戦闘型、母艦型と知ったクラスがバンバンとワープアウト。上陸型や、かの牢獣型がガニメデへスピード全開で降下していく。
まあご存知の通り、ガニメデには地下にある海に、極めて原始的な生物が存在することが予測されていたのであるが、此度の自治区開発でそれらが実際に発見されて地球でも大ニュースになった……のだが、まあそれでも異星人が普通にいるこの時代。このニュースもよくよく考えてみれば今更な話で、過去の科学を懐かしむ回顧ネタで終わったような、そんな衛星なわけで、この星にヂラールを投入しても捕縛する生命もなしで意味ないと思うのだが……まあ自治区成立で賑やかだったガニメデなので、ヂラール連中もこの衛星にティ連人か地球人の逃げ遅れでもいると思ったか、そんなところだろう。
と左様な事を考えながら潜望鏡に映る映像を見る『まつ』の艦長。
幸いなことにヂラールは次元溝に潜る能力がない。ワープ中に、亜空間回廊を逸れて次元溝に迷い込んだりする個体もいるが、そもそも特殊なシールド機能がないヂラールは、次元溝、即ち時空間接続帯で生きていくことができないのである。従って今の『まつ』はその特殊なシールドを展開する能力があるだけに、完全に無敵状態だ。そして現在の映像データをディルフィルド魚雷に乗せて、地球へどんどんと送っている。
「……数が多い割には、大型のヂラールが少ないな」
と思う艦長。だが彼には大体の敵の動きが見えている。
先ほどガニメデに降下したヂラール連中も、何も無い地上を見て、早々にまた宇宙へ上がってきたようだ。
「まあそりゃそうだろうな」と思う艦長だが、次の瞬間! ……「!!」と目を見張ってモニターを見る『まつ』のブリッジ諸氏。
「きたか!」と思わず叫ぶ艦長。
かのヂラールコロニー、即ちマスターヂラールクラスが、ガニメデ宙域に顕現したのだ! 太陽系に初めて敵性の宇宙生物群本隊が姿を現した瞬間であった。
「通信魚雷を新たに装填。この映像を確実に送れ!」
と命令する、まつの艦長。
なぜわざわざディルフィルド魚雷を通常空間に向けて打ち出し、通信をしなければならないのか、それは簡単な話、今ここで通信を行えないからである。ヂラールの卓越した感覚器官に捉えられ、見つかって攻撃を受けるかもしれない。確かに次元溝に引きこもっていれば大丈夫そうなもんだが、奴らが苦手とする水中に、魚雷の如く体型を変化させて特攻自爆してきたヂラールも、先のゼスタール大戦にはいた。なので次元溝にも対応できる個体が今現在いるかもしれないわけで、居場所を悟られないように魚雷に乗せて、長距離走らせ、通常空間に浮上させディルフィルドジャンプを行って地球近海にこの魚雷は姿を現すため、地球の本隊は今この場所の情報をかなりの短い時間差で知ることができる。
もう『まつ』は完全な潜水ならぬ人型機動次元潜航艦であった。
* *
情報省ヤルバーン区、情報省実動部隊用格納庫。
ここには情報省で実動部隊として稼働する要員用の機動兵器などが格納されている。
情報省特殊部隊要員の装備がほとんどだが、個人で特殊部隊のような任務もこなさなければならない部署、つまり『総諜対』用の装備もここで整備されている。
その格納庫に、ティ連空間軍様式の特危自衛隊機動兵器用パイロットスーツを着込み、試製24型多目的機動兵器『栄鷲』の下へ小走りに向かうのは、月丘とプリルであった。
この試製24型多目的機動兵器『栄鷲』は、現在機体を設計も含めて、さらにブラッシュアップされて、Type-24(24式)多目的機動兵器『栄鷲』として航空自衛隊、特危自衛隊に正式採用される見込みで現在量産調達中なのだが、この試作段階で数機造られた内の一機の栄鷲は、そのまま総諜対の装備として配備されている。
搭乗エレベータを使って、胸部コクピットから乗り込む月丘とプリル。もちろん前部座席メインパイロットはプリルで、後部座席の機長兼コパイが月丘である。
ハンガーから逆関節の鳥のような足で歩行し、発進口に向かう栄鷲。
ランディングポイントで停止すると、発進用スタッフがジェスチャーで空母の発艦スタッフのように手信号で合図し、発進GOのサインを出す。
刹那、少し浮上した栄鷲は、加速用斥力波動エンジンの出力を上げ、唸りを上げるエンジン音とともに栄鷲はヤルバーン区から飛び立っていった。
脚部を鳥のように後ろへ反らし、腕部も後ろへ揃えて、巡航モードへ。
あらかじめ兵装をパイロンにも満載した機体。かのF-35戦闘機で言う『ビーストモード』の如き一見鈍重そうにみえる容姿だが、このぐらいの兵装なら栄鷲のパワーをもってすればなんてことはない。
「プリちゃん、このまま垂直上昇して、大気圏を抜けますよ。そしてカグヤと合流します」
『了解ですっ! 加速開始!』
「カイアさん、栄鷲の制御、慣れてくださいね」
『了解した。既に全機能は把握している。この機体のメインシステムを私の素体用コアと連結できるようにしたのは良い判断だ』
「ありがとうございます、まあこうすることで栄鷲を事実上の三人乗りにできますから、はは……で、悠永さん、私達のあとについてきてくださいね!」
《わかりました!》
月丘達が加速したあとに続く光の球体は、ジーヴェルこと悠永だ。彼も高速で飛ぶ栄鷲の後をピッタリとつけてくる。
総諜対の実動部隊用汎用機動兵器は、かつてはヤル研のお下がりでポンコツだった試作型『蒼星』をプリルがティ連技術を導入しまくって第一線で使えるように改造した機体を使用していたワケだが、今は二藤部が力技で調達してくれたこの『栄鷲』が主力機体となった。プリルも最新鋭機体をもらえてご機嫌である。しかもカイアが現在メインシステムと合体して、機体制御を行ってくれているわけであるから、最高級トーラルシステムを一基メインシステムで組み込んでいるようなものであるからして、そんじょそこらの機動兵器とはワケが違うモノになってたり。
ということで、加速した栄鷲と悠永ことジーヴェルは大気圏を抜けて、カグヤと合流を目指す。
……わけだが、ここで少し時間を巻き戻す。
月丘とプリル。ちょうど非番で、二人はデートも兼ねたショッピングでもしようという話になって、渋谷まで出かけていた。
ちょうどその時、あの『Jアラート』の大合奏に出くわしてしまったのだ。それはカフェのテラスでお茶でもしている時だった。
『カズキサン! な、なにこれっ!』
「Jアラートですね、そこらじゅうで鳴ってますね。また毎度の大規模訓練でしょうか」
カフェにいる周囲の客も、何事かと自分の端末で、他のSNSや掲示板を検索して、この状況を検証している。
『え? あれあれ』
とプリルは空中に浮かぶ巨大VMC広告モニターを指差すと、例の【連合国民保護に関する情報】の不気味な表記と、井ノ崎の会見。
「こ、これは……」
ただならぬ状況に、PVMCGを作動させて、白木と連絡を取ろうとすると、同じタイミングで向こうから通信を入れてきた。
小さめのモニターを起ち上げると、白木のでかいアップの顔がいきなり、
『月丘ぁ! デート中止だ!』
「でしょうね! なんですかこれは!」とPVMCGのVMCカメラで周囲の騒然とした状況を撮影すると、
『連中が太陽系にやってきやがった。すぐに戻ってこい!』
月丘が見せた周囲の状況。そこにモニター立ち上げての会話ということは、今スピーカーモードだろうと察した白木は周囲に聞こえるのを恐れて、その敵を『ヂラール』とは言わずに『連中』と表現した。
幸い、その音声を聞いていたのはプリルだけだったので、プリルは『連中』の言葉に青ざめていた。
「了解です。車からまたかけます」といって通信を一旦切ると、「プリちゃん、デートの続きはまた今度ですね!」
『う、うん! とにかく本部にはやくもどろっ!』
駐車場に止めた月丘の個人所有の車であるトヨハラのハイブリッド車に乗って、今の時代、普通に公道に設置してあるティ連型浮遊トランスポーター車両用の『浮上可能ポイント』で、月丘の車は総諜対装備のエスパーダのようにタイヤから仮想路面を発生させ、空中を浮いて、一路ヤルバーン区まで空中トランスポーター仮想道路の規格に乗って走っていく。
もちろんこんな車まだ市販されていないので、これもプリ子が趣味で月丘の車を、かの香港のエスパーダのように改造した結果である。もちろん日本の車検とティ連の検査を通してあるのは言うまでもない。
東京上空の、ティ連型トランスポーター向け仮想空中道路網では、緊急時以外無人制御で飛行するのが法規の決まりなので、そこは月丘も楽なものだ。自動制御機能をオンにしてハンドルから手を離すと、再度白木にPVMCG通信をつなげ連絡を取る。
「お待たせしました月丘です……で班長、これからどうするんです?」
『詳しい状況はまだ説明できない。今、ガニメデ宙域に特危の人型艦が次元潜航して、偵察で踏ん張ってくれているが、その情報だけで現状を言えば、マスターヂラールクラスの化け物と、その子分どもがガニメデを襲ったそうだ』
するとプリルが、
『デモデモ、ガニメデ自治区の戦力を使ったら、マスターヂラールの一つぐらいはなんとか撃退できそうとおもうんですがハンチョー』
『と、俺も思ったんだが、これを見ろ』
ガニメデ宙域で偵察活動中の『まつ』が撮影したマスターヂラールの要塞級ヂラールを見せられる月丘。
『これは……! あのゼスタールで見た!?』
「ああ、その特大クラスの奴だ。まあ一基だけなのがまだ救いだがな」
なるほどこのクラスの奴が相手となると、ガニメデから皆が撤退したのも頷ける。そして渋谷で鳴り響いた『Jアラート』の意味も察した。
『つまり、連中を地球近海までおびき寄せて、火星のティ連軍に国連軍と、グロウムの軍も集めて迎撃する。間に合えばレグノス亜惑星要塞も回してもらうそうだ。そっちの方が確実でリスクが少ない』
なるほど、確かにそのとおりだ。あの特大要塞型のマスターヂラールが内包する戦力をガニメデ軍だけで強襲するのは、いささか相打ち覚悟でやらなきゃいけないということになる。それはあまりに無謀だ。ならばガニメデの星自体はまだ未開発の何も無い星。あるのは人工都市だけだったが故に一時的に放棄撤退してもなんら問題はない。
『それに月丘、まだ悪い話はある』
「と、いいますと?」
『ティ連のイゼイラ共和国の辺境領域、まあイナカ宙域にも同じ規模のものが現出したそうだ』
「え!?」
とはいえ、こちらは最低限でも防衛総省軍とイゼイラ国軍を相手にするわけだから、まあぶっちゃけこのマスターヂラールが殲滅されるのは目に見えてはいるのだが、
「……それでもここに来てティ連からこの太陽系まで、ヂラールは活発ですね」
『こういった二面作戦みたいな動きをするということは、何かますます目的を持った動きと思わざるをえないところもあるが……ただの偶然とも考えられるから、いまはまだよくわからんよ』
「なるほど、わかりました。とにかく、もうすぐ到着しますので、すぐに本部に……」
『いや、お前達二人はそのまま格納庫に行って、アレに乗ってカグヤと合流しろ。今は少しでも戦力がほしいと大見が言っててな。手伝ってやってくれ……』
つまり、最新鋭機『栄鷲』を参加させてくれということだ。
『……で、格納庫に悠永とカイアがいる。その二人も一緒に連れて行ってくれ。戦力になるってよ』
「え? でも栄鷲は二人乗りですよ」
『悠永はジーヴェルになって飛ぶんだとさ。カイアはコアを栄鷲に組み込んでいる。えげつない機体になってるぞ、栄鷲は。がはは』
『え゛……』と言うはプリ子。大型トーラルシステム並みの制御システムを持った機動兵器って、なんじゃそりゃと少しビビる。
「シビアさんは?」
『ネメアと一緒に例のゼスタールの人型機動巡洋艦ヤシャで既にあがってるよ』
「なるほどヤシャですか、それは心強いですね。了解です」
* *
とそんな経緯で栄鷲と悠永は一気に加速をかけて大気圏を脱出。
するとそこには今までの地球の軌道上では見たこともない光景が広がる。
ガニメデから退避してきた軌道都市構造物群に、人工大陸パーツとなる、ヤルバーンクラスのような艦艇型構造物。
これらすべては隕石との接触などを回避するために、こういった緊急脱出時ができるディルフィルド機関を搭載している。これら構造物は、そのディルフィルド機関を使用して、太陽系で最大の戦力を集中できるこの地球圏に退避してきたのだ。
なので今の地球軌道は、一〇年前に展開された、日本国がティ連に加盟するために飛来したかの調印艦隊の如き賑やかさになっている。
日本領空域の軌道だけでは流石に手狭なので、国連各国も手分けして協力し、自国の領空軌道を開放してくれていた。
「こちら総諜対の月丘和輝2等諜報正、カグヤCP、我一機と飛翔可能な人物一名の着艦許可を求む」
『こちらカグヤCP、オオミ司令より通達。栄鷲とタウラセン・エージェント一名は、そのまま指定された位置で待機。迎撃態勢をとれ』
「迎撃態勢? カグヤCPに質問。迎撃態勢とはどういうことか」
『こちらカグヤCP、ガニメデのヂラールが多数空間跳躍を行っている。おそらく目標は……』
カグヤ司令所(CP)の説明の途中で、プリルが大声で、
『ツキ軌道外二十万きろめーとるで、ディルフィルドアウト反応多数! みんな! ヂラールだよっ!』
「きましたかっ!」
カグヤCPの管制官の声は、マイクを代わった大見の音声になり、
『月丘君、プリル君、カイアさん、そして悠永君といったか? そのまま戦闘態勢に移行してくれ、で、現時刻でまた君達を特危に一時編入する。白木には了承済みだ』
「了解しました。このまま迎撃態勢へ移行します……カイアさん! 味方の状況を把握してください!」
『了解した。全艦艇のトーラルシステム、及び二進法演算システムに接続……』
現在の味方の艦艇戦力は……
特危自衛隊・中型航宙機動護衛母艦かぐや(宇宙空母カグヤ)
特危自衛隊・中型航宙機動護衛母艦ひりゅう(かぐや級2番艦・宇宙空母ヒリュウ)
特危自衛隊・航宙機動重護衛艦ふそう
特危自衛隊・航宙機動重護衛母艦やましろ
特危自衛隊・人型特重機動護衛艦やまと
特危自衛隊・人型機動攻撃艦(機動護衛艦)さくら
ゼスタール(月面基地)人型機動巡洋艦ヤシャ
ゼスタール(月面基地)・ガーグデーラ級母艦多数
ヤルバーン・機動母艦オオシマ
ヤルバーン・人型機動戦艦コウズシマ
ヤルバーン・人型攻撃艦フリンゼ・サーミッサ
ヤルバーン・イゼイラ型標準形式機動巡洋艦=五隻
ヤルバーン・イゼイラ型標準形式機動駆逐艦=一〇隻
米国USSTC・航宙巡洋艦ニール・アームストロング
米国USSTC・航宙駆逐艦レナード・ニモイ
フランス宇宙軍・航宙巡洋艦・ジャンヌ・ダルク
ロシア宇宙軍・航宙巡洋艦・エカテリーナ二世
グロウム帝国・ネリナ提督旗下、月面駐留大使館艦隊
と現状の地球軌道上には、このぐらいの戦力が上がってきている。特にゼスタール軍の、かの二〇〇〇メートル級量産型ガーグデーラ母艦の数が、なんと三〇隻もストックがあるようで、コレは心強かった。
そして中国や他ヨーロッパの艦艇も地球から軌道上へ上がる準備の真っ最中。火星駐留艦隊にも援軍を要請していた。
これでも足りるかどうかだが……といったところで、なんせあのマスターヂラールのヂラール・コロニークラス(特大型)が相手だ。ここはどうなるかというところだが……
遠方にピカピカと光るディルフィルドアウト光、即ちワープアウトの光だ。
その点滅の数、ざっと数えて一〇〇〇は確認できた。
「憂鬱になってきますね……大……中……小……特大がいませんね。ということは真打ちはまだガニメデ宙域から動いていませんか」
『一〇〇〇ぐらいなら、この戦力でも対処できるとおもうよっ』
プリルが妙に鼻息が荒い。以前、かのサルカス戦時に馳せ参じられなかった事があるだけに、今日のプリルは何かちょっと違うようで、機長の月丘もきちんと手綱を持っていないとと思う。
『やまとHQより各部隊へ、敵確認。各艦砲雷戦用意。機動兵器部隊は命あるまで待機せよ』
現在特危自衛隊の特将補で提督閣下であらせられるパウルが座乗する『人型特重機動護衛艦やまと』はこの緊急で組んだ国際連合艦隊の旗艦である。その横にはパウルの旦那予定者、高雄準也副長が完全サポート。
戦闘前にパウルは栄鷲にプライベート通信を入れてくる。
『プリル』
『え? お姉ちゃ……じゃなかった、ジェルダーパウル』
『別にいいわよ、そんな呼び方じゃなくても。で、あんまり力んじゃダメよ、わかった?』
『え? なんで?』
『コチラから見てたら操縦が荒いわ。丸わかりよ』
『え……あ、うん』
『カズキ、プリルをよろしく頼むわよ。あとカイアも』
その声を聞いて、まあやっぱり姉妹かなとも思ってニヤとしながら、
「大丈夫です、提督」
そしてカイアも、
『現状のプリルの各コンディションは標準値を維持している。問題はない』
『了解、じゃ』
と通信を切るパウル。そして……
『全艦一斉攻撃開始!』
この掛け声とともに、各艦では『発動!』『ファイア!』『アゴーニ!』『フー!』『発砲!』と声がかかり、
ブラスター砲に斥力砲、レールガン、火砲、ミサイル、粒子攻撃ポッドが飛び交い、云十万キロメートルの彼方に吸い込まれ、また誘導されていく。
しばし後、酸化反応や、真空でも熱源が発生する素材で作られた兵器達は球状の爆炎をともない、センサーが瞬く間に数百の敵反応を消滅させる。が、さすがに艦隊火力で高機動型ヂラールを減殺するのは難しく、最初に葬ったのは、敵の艦船級ヂラールだ。
『こちら、やまとHQ。全部隊機動戦闘に入れ、敵ヂラールを迎撃せよ。但し、まだ敵のHQが登場していない。あまり突出するな!』
現状はなんとか減殺して、出鼻を挫いた最前列の機動兵器型ヂラールを迎撃することだ。
まだ敵の出方がわからないだけに、のらりくらりと戦うしかない。どっちにしろ今の即席連合艦隊では決戦行為をする事はままならない。
『こちら退避中のガニメデ軌道都市群。我々の迎撃兵装でも、ハルマに接近する敵を撃ち落とすぐらいはできる。こちらの護衛は不要だ。前に出てくれ』
『やまとHQ了解』
そんな部隊無線を聞きながら、月丘達も前へ出ようとする。
悠永は球体状の物体から、全長四〇メートルの光る巨人に変身した。これからの呼称は『ジーヴェル』だ。
さて加速しようとした時、後方から……
『マテ、ツキオカ。私達モ一緒ダ』
「そうそう、味方は多い方がいいってね。それにMナントカ星雲から来たみたいなお客人もいるし」
と声かけるは、シエと多川だ。
『ソウダナ。ソノデカサナラ、我々モ一緒ノ方ガ、背中モ預ケヤスイダロウ』
と話すはリアッサ。
『リアッサ生体に同意。我々もこの兵器で後方援護を行えば、効果は絶大だ』『肯定。ネメア、我々の合議体は兵装管制に集中する。軌道戦闘は任せた』
と言うは、ネメアにシビアが現在の合体アバターである、かの人型艦のヤシャ級である。
『妾も忘れてもらっては困るぞ。カイアよ、主と轡を並べて戦うとは、これも一興よな』
と仰るは、なんと、あのアーマードナヨさんである!
そして、
『久しぶりです月丘殿』と、なんと! 六本もの腕部を持った旭光Ⅱ、しかも可変機能をオミットしたカスタム機に乗っているは、あの『ジェルダム・ヌタ・ガークラ』だ。
「ジェルダムさん!?」『ほへ? その機体は?』
『カイア猊下のデータを参考に、我がペルロードで使用していた機動兵器の規格に合わせて、ここのヤル研という研究機関の方々がこの「キョッコウⅡカイ・ムワン(旭光Ⅱ改・六腕)という機体を仕上げてくれました』
なんでもジェルダムは、かつては機動兵器の運用もやってたそうで、丁度その訓練も特危でやっていたそうだ。その時に、通常の旭光Ⅱでは、やはりペルロード人特有の六本腕能力を活かしきれないという事で、カイアからかつてのペルドリア国で使っていた機動兵器のデータを参考に、彼用のカスタムを施したこの機体を使って訓練をしていた最中に、今回の出来事が起こったという次第だそうである。
ちなみに、アルカーネはヤルバーン自治国の医療センターで、軍医として負傷者の対応にあたるそうだ。
そんなメンツに、「みなさん!」『みんな!』と明るい顔になる月丘にプリル。
これはベテランさんが来てくれたと喜ぶ。
ジェルダム以外で、駆けつけてくれた皆の機体を見ると……
シンシエコンビの駆る機体は、ゼスタール戦で活躍した、あの合体大型機動兵器、『鳳桜機』である。今回は合体シークエンスをすっとばして、ハナから組まれた状態で出撃。垂井、尾崎、小川は、此度はかの多川がスッタモンダで持ってきて、結局ヤル研がウヒャヒャと手を加えて、なんだかんだで正式採用になり、一部LNIF諸国にも『不定期無償貸与』ということでレンタルしている、かの!『F-15HMSCトランス・イーグル』で出撃している。この三人、この機体がメッチャ気に入っているらしい。
でもって、もちろん、リアッサもかの時の大鉄人でサイコな『旭光刃』である。
向こうでは、なんかジーヴェルが、鳳桜機と旭光刃にペコペコと四〇メートル級の戦闘体同士、挨拶してたり。ジーヴェル悠永さんは、結構腰が低い。
『カグヤCPより栄鷲へ、進捗に遅れが出ている。何か支障をきたしたか?』
シエ達と久々の部隊編成でダベってたら、はよいけとカグヤ指揮所から怒られた。
頭をかきつつ、
「この編成なら、まあ負けはありませんね!」
『ですですっ! いざまいりませんっ!』
* *
月から約二十万キロメートル一帯に出現したヂラール攻撃陣第一波。
今、こいつらを統括するマスターヂラールがまだ現れていないので、ヂラール特有の、統率が全くなされていない状態で、まず会敵したのは、月面ゼスタール無人艦隊であった。
ガーグデーラというかつてのティ連の呼称を、ゼスタール側が効率主義という事でそのまま引き継いだ母艦である、『ガーグデーラ級無人母艦』が、ヂラールの行く手を阻む。
ヂラールは月面に感知した生体活動……というよりも、工業活動という知的存在がいる反応を感知したのか、月面ゼスタール基地に襲撃をかけた。もちろん統率などとれていない。いるから攻めているだけだ。正に地球の害獣で言う蝗害、即ちイナゴやバッタの群れだ。
ガーグデーラ母艦は、即座に対艦ドーラを射出。その中にはヤル研が設計したクロウ型も含まれ、仮想生命機能を全開にしてヂラールに襲いかかる。
元々スール・ゼスタールはヂラールから宇宙を守っていた防人達だ。この手の戦闘には慣れているのか、迎撃行為自体には問題はないものの……
『カグヤCPより鳳桜機、月面ゼスタール部隊が増援を要請中。前へ出られるか?』
戦闘宙域に向かう即席で今作った多川を隊長とする鳳桜機小隊。
多川はその会戦方向へモニターを向ける。
「あのドーラさんでも間に合わないのか?」
『確カニ、数ガ多イナ。ダガ、質デイエバ、十分対抗ハデキル。ドウスル、ダーリン?』
「よし、足の早い栄鷲と、ジーヴェル君で先行して撹乱してくれ」
「栄鷲コピー」『こぴーですっ!』
《ジーヴェル、了解です!》
するとジェルダムが、
『多川隊長殿、私もツキオカ殿達と一緒に行きましょう。ヂラールとは母星を脱出するまでに幾度かやりあった事はあります。それと、このキョッコウⅡなる機体には援護できる兵器を多数搭載している。後方を守る者もいるでしょう』
彼も僧兵であり、軍事組織の一員だ。戦闘経験は素人ではない。それに彼用にカスタムされた旭光Ⅱは、腕部が六本もあり、各腕にアサルトブラスター二対にシールド二対、スナイパーロングライフル、近接トーチと、チート級の装備を持っている。しかも元がヴァズラー型なので、機動力も高い。
「わかった。とはいえ、お宅もまだコッチの部隊に慣れたばかりだ。無理はするな。その武装で援護に徹してくれ」
『了解、あいや、こぴー』
二機と一人は、最大加速をかけて、鳳桜機、旭光刃、アーマードナヨ、ヤシャより先行する。
* *
栄鷲の、頭部戦闘機機首形状の先端に装備する三連装斥力機関砲が、電磁気の唸りをあげて、敵のヂラール揚陸型を蜂の巣に貫き、とどめの右腕部に装備するブラスターライフルを貫通させて、揚陸型を爆散させる。
即座に栄鷲の背後から、ヌワっと巨大な姿を見せるは、ジーヴェル。伸ばした腕、掌の先端から、構成エネルギーが不明で、照射時間が長い強力な光線兵器を照射し、左右へ振り回してヂラールの群体を多数、一気に殲滅した。
「流石ですね、ジーヴェルさん」『ホントホント!』
とそんな話をしている間にも、左右から栄鷲とジーヴェルは挟撃されるが、その左右ヂラールもアサルトブラスターの直撃を同時に受けて、挟撃を無に帰す。
『お二人共、気を抜いてはだめだ!』
これはいかん、スンマセンとジェルダムに言うと、ものすごい数に少々右往左往する様子を見せる対艦ドーラを援護する三人。
『カズキサン! やっぱり多いよこいつら!』
「ですね。目に付く奴らを片っ端から落としていきましょう!」
プリルは腕部の武装と固定兵装と操縦に集中し、月丘は状況判断と、ミサイル系兵器に旋回式固定兵装を制御する。栄鷲の航空機に似た頭部の上部には、小型の収納型旋回式対重兵器用斥力砲を装備している。
《ジェルダムさん! 危ない!》
ジェルダムの旭光Ⅱカスタムに突撃をしてきた戦闘機型ヂラールを手裏剣のような光弾を投げて撃ち落とすジーヴェル。
『かたじけない、ジーヴェル殿!』
と言いつつ、六本の腕部を器用に動かし、アサルトブラスターと盾を絶妙に併せて接敵してくるジラールに応戦するジェルダム。近接兵器の溶断粒子トーチで真っ二つだ。
攻撃機型ヂラールが、ガーグデーラ母艦の一隻に狙いを定めて特攻を慣行する。
急加速をかけて、数機の攻撃型が一直線に突っ込んでいく。
『だめだぁ! 間に合わない、ゴメン!』
プリルが照準した斥力機関砲の曳航軌跡がヂラールを追いきれずに虚しく弧を描く。
《クソっ! 追いきれない!》
ジーヴェルが光線を放ち、撃ち落とそうと試みるが、ギリで外した。
だが、その攻撃型三体は、ガーグデーラ母艦に着弾寸前で、一機は真っ二つになり、一機は何かがぶっ刺さって、吹っ飛び、一機は蜂の巣になって爆散した。
「間に合ったか!」『ツギハドイツダ!?』
シンシエコンビの鳳桜機だ。自慢の刀のような近接サーベルをぶん投げて射出、無線誘導でヂラールにぶっ刺して吹っ飛ばし、それを引き抜いて機体の腕部に誘導して再装備。
『少々勢いあまったが、次にいきますよ』
真っ二つにしたヂラールの残骸を更に手裏剣を投げるように粒子爆弾を投げて破壊するアーマードナヨさん。愛刀小烏丸のでかい版をヒュンヒュンと振り回し、刀に付いたヂラールの肉片を振り払うと、ものすごい機動、というか、超短距離ディルフィルドジャンプを繰り返して、更に接近するヂラールを打ち砕く。
「す、すごいですね、ナヨ閣下は……」
『あれだったら、私達と一緒に先行してくれてもよかったんじゃ……』
と苦笑いの月丘とプリル。まあ何か理由があったんだろうと……真打ちは最後に登場とか。
そしてリアッサの旭光刃。今回は新装備で、背部に何やら大きな矢じり状のようなものを背負っている。それを射出すると同時に、無線誘導でヂラールを全方位から滅多打ちにして蜂の巣にする。
「ありゃ……あの攻撃どっかで見たことあるぞ」
とか、某白いチート機動兵器シリーズによく登場する、脳波で操る誘導兵器か、量子通信で操る誘導兵器か、そんなのによく似た攻撃兵器だ。
『コレハナカナカ良イ誘導兵器ダナ。簡易ノ無人戦闘ドローントイッタトコロカ』
この旭光刃についているその兵器は、『シングルファンクションヴァルメ(SFV)』という新兵器だそうだ。つまり単機能特化型で、小型ヴァルメの一種らしい。
だが、その三機だけだと思っていたのが油断の元。彼らの眼前に、突如揚陸艦型のヂラールがワープアウトしてきた!
「うおっ! そうくるか!」と寸前で正面衝突を避けた鳳桜機。
各機一斉射で進攻を阻むが、艦艇型のヂラールはそうそう止められるものではない。
このままガーグデーラ母艦に接触かとおもったところに、味方方向からディルフィルドアウト現象が発生し、刹那、飛び出してきたのはディルフィルド魚雷数発だ。
無論、その数発は見事ヂラール艦に命中。敵を轟沈せしめる。
『思ったより、やはり敵の勢力は大きいか、ネメア』
『肯定。やはり各方面からの戦力集中を行わないと危うい』
この攻撃を行ったのは、まあ一番この中でデカイ兵器、人形機動巡洋艦ヤシャであった。
後方で強力な援護攻撃を担ってくれている。
「みなさん、追いついてくれて助かりました」
『ホントホント、まあ毎度のことだけど、数が多い多い』
と、貴重なガーグデーラ母艦を守れたことにホッとする月丘とプリル。
『ダガ、数ガドンドン増エテルナ、ダーリン』とシエ。
「ああ、やっぱここだけじゃなくて、もっと広範囲にこいつらジャンプアウトしてるんだぜ多分」と多川。
『そうよな。ということはガニメデとやらで、かなりの部隊をマスターヂラールは既に展開しおるということか』とナヨ
『ナヨノ言ウトオリダ。コノママデハ押サレルゾ』とリアッサ。
現在、暫定連合艦隊は他の展開するヂラール迎撃になんとか成功してはいるが、やはり各部隊の無線を聞くと、総じて『敵が多い』と悲鳴をあげている。
『気を抜くな、ディルフィルド反応多数感知』
とネメアが落ち着いた声で、だが緊張感のあるトーンで全員に警告。
すると、ネメアの言う通り、さらなる時空境界面が宇宙空間に浮かび上がり、その中から何らかの物体が姿を現す。その数二〇〇!
「あれは!?」
時空境界面から出てきたのは、なにやら細長い物体。直径二〇メートルぐらいだろうか、だが長さは一〇〇メートルはあろうかという細長い……そう、あえて例えるなら、かつて地球付近に飛来した『オウムアムア』という隕石状のような物体だ。
『なな、なんですかこれはっ!?』
異常に速度が速いソレは、即座に月丘達の側をすり抜ける。
その時、目の色が変わったのは、シビアとネメアだった。
『シビア、あれは!』とネメアが叫ぶ。スールな彼女にしてはらしくない反応だ。
『肯定! あれはマズイ! 各機、手段は問わない! それを最優先で破壊しろ!』とシビアが今までにない大声で叫ぶ。
無論シビアのそんな感情むき出しなシャウトに皆はまずは言う通り火力をその物体に集中し、破壊を試みるが、これなかなか頑丈で、六機がかりで、数十秒かけて、やっと一つ棒状の物体をへし折るように破壊することができた。
だがその破壊した中からは、何か石ころのような物体が数十個詰まっており、そんな感じのものが宇宙空間にばらまかれる。
『なんだこの物体は、シビアや、なにか主らは知っておるのかえ?』
とナヨが少し気味悪がると、その正体をシビアはまた叫ぶように、
『これは、ヂラールフラワーの種子だ! 恐らくマスターヂラールが地球に向けて打ち込もうとしているのは間違いない! とにかく撃ち落とせ! 地球に着弾すれば、我々の母星の、あの光景が再現されることになるぞ!』
その言葉を聞いて、ジーヴェル以外は、皆顔が青ざめる。
ジーヴェルは、
『ど、どういうことですか!?』
と少しうろたえているが、あとで詳しく話すと、ジェルダムに言われている。だが危険なモノに間違いないとは念を押していたようだ。無論、ジェルダムもヂラールフラワーが何なのか、知っている。
シビアの全域無線に、各勢力艦隊は必死の迎撃を試みる……が、いかんせん頑丈かつ、シールド機能ももつ、その種子をつめた巨大な殻は、破壊を可能にしても中身が分散し、散弾のごとく拡散し、更に加速を付けて、地球の引力圏に惹かれて降下していく。
残念ながら、何十個かは撃ち漏らして地球への侵入を許してしまった!
「しまった! クソっ!」
月丘がマズったというような顔をするが、ネメアが、
『いや、ツキオカ生体。あの程度ならまだなんとかなる。あとはチキュウの地上戦力に任せるしかない!』
* *
地球に落ちたヂラールフラワー、即ち植物型ヂラールの種子は、一二〇個。
一個の大きさは、約一五メートルの球状だ。
普通はこんな大きさの隕石が一二〇個も原形のまま落ちたら、その時点で地球は終了だが、いかんせん軽いうえに、大気圏を突破した時点で、何か羽のようなものを生やして滑空状態になっている。だが速度は音速を超えているから、地球滅亡のようなことにはならないまでも、落ちたら大型爆弾を絨毯爆撃するぐらいの被害発生は必至だ。
だが。この種子はレーダーの観測では、意思があるように飛行航路を変えているフシがあるというが、そんな事を言っている場合ではない。
コイツが侵入してきた該当各国は、空襲警報を鳴らし、国民避難の警告をメディアで発している。
無論、防衛用の地対空ミサイルが各国唸りを上げて発射されている……が、極超音速ミサイル並みの速度で滑空し、そこそこ頑丈なその種子にはなかなかうまい具合にミサイルが命中してくれない。
ヤルバーン自治国も迎撃に対応したが、一〇個ほど撃ち漏らしてしまった。
ヤルバーンが高速計算した種子の落下地点は……
◯太平洋の何処かに二つ。
◯大西洋の何処かに二つ。
◯イラン近郊に一つ。
◯南米大陸の何処かに二つ。
◯ロシア領ウラル山脈近郊の何処かに一つ。
そして……
◯北海道に二つ。