【第一章・GUJドクトリン】 第七話 『主導権』
月丘和輝という連合日本国・情報省の諜報員……ま、諜報員とはいっても、日本国の情報省というお役所の役人さんでもあり、警察員資格持って自衛官並みの武器を扱う資格持ってーのといったような、確かに普通の役人さんではないのはその通りなのだが……
それでも基本は国家公務員である。週休二日で土日はお休みというワケだ。といっても、日本中に世界中を飛び回る月丘達にはそんなの関係ないわけであって、残業代も一定時間超えたら出ないだのと、人事院の決めた規則に従ってのお給金が支給されているわけであるからして、そこんところは世界を股にかけて活躍する月丘といえど、基本しがないお役人である。ま、それでも三等諜報正ともなれば、手当なんぞもついて諸々結構いいお給金もらえてるわけなのではあるが……
さて、そんなところで本日は土曜日である。
『ブンデス社事件』での仕事が終わり、次の国連安保理事会がらみの仕事もまだ少し日があるため、彼は久々に休みを取った。
今や麗子の会社である『イツツジ・ハンティングドッグ警備』でのクロード達が、次の任務での下調べをやってくれるという事なので、今回ばかりは感謝感謝の月丘であった。
そりゃそうだ。旧HDガードのような、国際的な裏社会にも通じたPMCの情報ともなれば、典型的な『蛇の道は蛇』というヤツである。こういった人脈を持つ組織が身内に加わるのは強みであるし、またPMCという民間企業なので、いざ不具合が出れば最悪切ってしまえばいい、という事もできるために情報省にとっても有り難い組織なのはその通りなのである。そこはそんなもんだ。
……ということで、東京都ヤルバーン区の自宅で、徳利から盃に酒注いでチビチビやりながら事前資料をPVMCGのタブレットで読んで予習なんぞしている月丘……彼ははっきりいってイケメンなのだが、シェイクしたウォッカ・マティーニなんてのを飲む柄ではなく、実は日本酒が大好きという、なんとなくオッサン風味なところがある男であったりする。
ツマミにはプリルが作ってくれた、ディスカール料理のお惣菜セット。ちょっと和風な味付けがされてたり。タッパに入って、チンして箸をつつく。
(奉天中央工業集団の劉先石経理……この男のデータがあったとはな……)
『奉天中央工業集団』とは、この世界における中国最大の兵器メーカーである。
小さいものでは拳銃にライフルから。大きいものでは戦車に移動式弾道弾発射トレーラーと、そんな物騒なものを主に作っている民間企業だ……と、民間企業というのは資本的にそうというだけの話であって、中国に純粋な民間企業なんてものはない。ま所謂軍閥企業である。
そこの劉先石という人物。
元中国人民解放軍海軍少将であり、現在は退役し、この軍閥企業である奉天中央工業集団の『経理』という役職をやっている。
中国語で『経理』という役職は日本で言う『部長』の事を意味する。ちなみに社長は『総経理』という。
つまり、シエ大天使様が屠ったドーラコアには、この中国人『劉部長』さんのデータがあったという話だ。
月丘は徳利から盃に酒を注いでグイとやる……
以前の香港での任務を実行した時、事前調査でこの奉天中央工業集団の件も少し調べた事があった。その時にこの『劉先石』なる人物の名前は出てきたので、実はデータだけで言えば月丘は知っていたのである。
この人物、奉天某で、先進兵器関係の研究を任されている技術部門のトップである。
その研究範囲は、所謂西側諸国で言うところの『将来歩兵システム』等々も入っている。この『将来歩兵システム』とは、ヤルバーンが来る以前から各国で研究されている歩兵を強化する装備一式の事である。
わかりやすく言えば、現在この将来歩兵システムはもう現実として存在するわけで、米国戦略軍宇宙戦術コマンド(USSTC)が使用する戦闘用ロボットスーツシステムや、特危自衛隊のコマンドローダーシリーズなどもそれにあたる……月丘の所有する、あの恥ずかしい白銀色コマンドローダーの一種もそうである……
実際、世界各国でヤルバーン州や、特危の所有する兵器システムにならって、そんなような兵器を諸国躍起になって開発している。機動戦車開発もそのような兵器開発競争の一つであって、そういった時の流れが先のブンデス社事件を引き起こした。
米国USSTCの使用するロボットスーツも、実は米国が以前から研究開発していた物を、特危のコマンドローダーを見て、急遽実用化させたという、そんな代物なのであったりする。
実際地球科学でもやろうと思えばそのぐらいの事はできるわけで、特危や、ヤルバーン州軍の活躍が、世界各国のこういった兵器開発に拍車をかけたという次第であった。
と、そんな背景もあっての話で、この劉なる人物。実は中国先進兵器開発におけるキーマンであったりする人物なわけである。
(ヒトガタという奴が、このオッサンを狙って何をしようとしてるんだろう……ま、確かに中国の兵器メーカーで相応の役職についてる奴となったら、案外好きなことできる立場ではあるわけだし……でも、あのヒトガタドーラが、そんなところまで頭まわるのかな?)
またブンデス副社長の時にみたいにすり替わって何か大それた事をやらかすのか、それとも別の予想だにしない方策でやらかしてくるのか。正直、今どう考えたところで何もわかりゃしない。ただ言えるのは、先のシエが屠ったドーラコアに記録されていたこの人物が……
(今度の安保理と同時に行われる、各国安全保障関係者会合に来る訳だから、当然何がしかの形で、この御仁が関わってくる可能性はあるよな……いや……まさかもうすり替わられてるとか?)
と、そう考えても合点がいく感じの現状なので始末が悪い。
(チッ……どっちにしてもこりゃ一悶着あるなまた……国連本部でそんなの勘弁して欲しいねぇ……)
そう、国連本部で銃構えてドンパチなんざまったくもって御免蒙りたい月丘。渋い顔して徳利持って盃に酒を注ぐ……と、酒が出てこない。お約束の徳利を覗くポーズ。もう無いようだ……
ここでまた次の酒を、とはいかないのが月丘和輝。徳利二本分で今日のお酒タイムは終わりである。そこは諜報員としての自制だ。盃に徳利を台所の流しに放り込んで、ちょっとした洗い物。残りのつまみ代わりの食事も適当にがっつき、タッパも流しに放り込んで今日の食事は終わりである。プリルの作った惣菜セットは、これはっきりいってウマかった。『ティ連軍人は総じて料理がウマイ』という話は本当だったようだ。以前、多川に誘われて、彼の、かの山奥の家へ誘われた事があったが、その時シエに振る舞ってもらった家庭料理もメチャクチャうまかったのを覚えている。
……ということで、ま、徳利二本分の日本酒程度、ほろ酔いにもならないが、とりあえず予習タイムは終わり。明日の日曜は月丘にしては珍しく自宅に大切な人が来るというわけで、少々部屋を片付ける。
特に、奥のちょっとした物置になっている、まるまる空いている部屋を集中的に片付ける。
一体どんな人物がやってくるのだろうか?
* *
ということで次の日。所謂、日曜日。
月丘はいつものとおり、朝六時前後に起床。PMC時代に染み付いた軍人並みの生活パターンである。これはこれで健康的である。悪くはない。
んでもって朝食……なのだが、なぜか彼は二人分用意していた。で、約束の時間は午前八時ということで、少々時間があるので、しばし待つ。テレビでもつけて情報番組なんぞを視聴……
やはり世はガーグ・デーラの話題でもちきりである……正確に情報を世に流すのであれば問題ないのだが、いかんせんある種マンガのようなリアルな状況なので、マスメディアはあることないこと話すものだからどうにもこうにも……
ま、情報を政府が徐々に開示していけば、そんな妄想レベルの話も淘汰されていき、喉元すぎればなんとやらというヤツで状況も落ち着いていくのではあろうが……
……と、そんな感じで待っていると、ピロリンとインターフォンの音がなる。約束の時間よりちょっと早い到着のようだ。
月丘はもう誰が来たのかわかっているので、インターフォンのモニターも見ずに玄関へ。
カチャリと開けると……
『カズキサン! お早うございますっ!』
ニコニコで挨拶するプリルであった。シュタっとディスカール式敬礼なんぞしてみたり。
だが、その両手には大きなスーツケースを抱えている。そのままどこか旅行にでも行きそうな勢いだ。
「やあ、おはようプリちゃん。ささ、どうぞ入って入って」
『お邪魔します〜』
っとプリ子さん。月丘の家へあがる。とはいえ、今日が初めてというわけではない。実は何回も来ていたりする。
そんなプリルが大きなスーツケース担いでやってきたというわけであるから……
「そんなプリちゃん、初めてってわけじゃないんだからさ、いつも通りにやってよ」
『ニハハ、でも、これからは……』
とちょっと頬染めて話すプリル。そう、即ち所謂そういうわけであって……
「今日からここもプリちゃんの家なんだからさ。ね」
そう月丘がいうと、「うん」とプリルは頷いて、モジモジと。
そう、今日からプリルは月丘の家へ住むことになったのであった! 即ち『同棲』というやつである『同棲』。大事なことなので二回言いました。
「……で、プリちゃん、ここの部屋をプライベートで使ってよ。ま、書斎ってやつかな? 書き物したり、量子通信機置いたりするところで」
『あ、ありがとうカズキサン。あ、それとコレを置かせてくださいねっ』
プリルが一つ大きめのスーツケースを開けると、それはスーツケースではなく、野外用ハイクァーン装置であった……装置を作動させ、それで一つ造るのは、簡易転送装置である。シエの家や、官邸でフェルの執務室に設置してあるのと同じタイプだ。それを与えられた部屋にポンと置く。
つまり、秋葉原にあるプリルの家とこの部屋を直結させる作戦だ。
プリルは秋葉原めぐりが趣味なので、この月丘の部屋とプリルの部屋を合体させようという魂胆。
月丘も、プリルの家には何回か行った事があるので、『はいわかりました』という感じ。
ま、これでプリルの家と月丘の家が事実上一つになるわけで、実質の敷地面積は相当なものになる。
と、そんな感じでもう知った場所ということで、指定された部屋に荷物を置くと、ハイクァーン使って自分色の部屋にしていく彼女である。
で、その作業が済むと、現在の月丘の家の間取りを色々拝見するプリル。
すると、なんとダブルベッドが置いてあった……以前来た時は無かった代物だ。
意外に大胆な月丘の配慮へ、更にモジモジするプリル。向こうで月丘が笑っていた。
「ま、プリちゃん……私も色々手伝うからさ。とりあえず来たばっかりだし、朝御飯も作ったから、それを食べようよ」
『ア、はい! いただきます〜』
っと、ままそんな感じで、プリルと月丘。ブンデス社での約束通り、こんな感じの仲になったりしたわけで、周りから見ていると、『やっとこさかよ……』『おせーよ……』と。
どっかの突撃バカは、相手の方から突貫してきて、三日で形ができたというにのに、お前らはどんだけかかってるんじゃいと外野は言ってたりするのだが。
ということで、月丘ん家の朝珈琲がうまいプリルであった……
さて、という事で二人して一緒に生活する事になったプリルと月丘だが、お互い一緒に住むことで仕事上の話も常にできるため、実はその点も考慮していたりするわけだ。
プリルはこれで結構忙しい身で、情報省の仕事だけではなく、防衛総省の仕事もやらにゃいかん時があるので、月丘はプリル用に彼女がいろんな作業ができるようプライベートな部屋を作ってやったという次第。有り難い話である。さすがカズキサンと、後で何か企む目で月丘を見るプリル。彼はキッチンでコーヒーのおかわりを注いでいたり。
さて、そんなノロケ話もそこそこに、次の仕事の話題なんぞを話す月丘。無粋というなかれ、こういう話をするためという事も含め、実用性も兼ねて同棲すると決めた二人であるからして……理由としてはそういうことにしておいたという感じ。
『で、カズキサン。またアメリカ国に出張ですねぇ』
「うん……まあ事件が起こった場所が場所だからねぇ。あの件もあって、米国も色々何かと世界各国に対してイニシアティブを取りたいんだと思うよ、うん」
日本と米国が同盟国で、サマルカ国というファクターのおかげで何とか日本以外初のティ連外交対象国家となった米国であるが、それでも此度のガーグ・デーラ事件で米国が一番危惧しているのは、実の所このガーグ・デーラの地球襲撃とか、世界的安全保障とか、そんなものではないのである。
いや、そりゃ確かに全然まったく関心ナシ男君というわけではない。つまりその事がファーストではないという訳だ……米国とはとかくこういうところがある。
米国が危惧するのは、そのガーグ某の技術なのである。つまり、彼の国は現在日本ほどではないにしても、サマルカ国を介して相応のティ連技術を有しており、各国とは一線を画す機動機械、いってみれば兵器を所有している。星間宇宙船しかり、その技術を転用した航宙軍用艦然り、ロボットスーツ技術やそれに伴う武装技術然り……だが、他の世界はそうではない。
確かに他国も、間者がもたらした情報や企業間取引にヘッドハンティング、それこそ単純な観察などで、ティ連技術を地球の技術や各国の蓄積した将来研究の成果などを駆使して、機動戦車のようなものもつくってはみる。ティ連ほどのモノではないにしてもだ。
そこにガーグ・デーラの流出トラップ技術という形でも、オーバーテクノロジーを入手できる可能性。
ブンデスの『レーヴェⅡ』で見られたように、『自爆覚悟』でもその技術が片鱗なりとも入手できるのであれば、リスクを冒す価値は充分あると判断するところも当然出て来る可能性があるわけだ。
その他国が、そのドーラ技術の一部でも転用に成功した場合、地球世界に誇示できる米国ティ連技術プレゼンスに価値の低下という現象が起こる事。つまり米国はそういったケースを恐れているのである。
「今回は、恐らく国連本部でそういう立場になってしまう米国や日本だから、そりゃこっちも相当覚悟しておかないと、世界各国必死でくるかもよ?」
『ナルホド、そうなるのですか……ティ連が一局集中主義外交をやっているのが理解できますネ』
「うん。日本や米国以外の他国からすれば、その技術レベルをティ連技術並に近づけられるのであれば、どこのどんなものだって極論良いワケだからね……冗談抜きの話で、案外ガーグ・デーラと交渉を持てないかとか、そんな事を考えてるところもあるかもしれないな」
プリルはウンと頷く。彼女も優秀な技官である。月丘の言うところは当然理解できる。
実際、『技術』というものは面白いもので、自国より優秀な技術を模倣するという行為は、何もその技術の蘊蓄云々や理論にデータをすべて入手しなければできないというものではない。
極端な話、その形状を見ただけでも、予想し、想像し、幾ばくかの解析はできるものなのである。
実際、この日本でも、第二次世界大戦中に開発したジェット戦闘機『橘花』などは、入手した不十分な資料を基に、とりあえず飛行させることには成功した機体である。
このジェット機、所謂かのドイツ・メッサーシュミットMe262のデッドコピーのような機体なのであるが、そういった不十分な資料でも手元にあれば、不明なところは『予測』で補完され、デッドコピーという形ではあれど、モノにはなるのである。即ち、最新のモノには達せずとも、それに近づくことはできるわけで、よくどっかの某国に日本製品をデッドコピーされて、日本もしょっちゅう頭を悩ませてるわけだが、『デッドコピー』とは本来そういうものであって、十分に警戒しなければならない対象であり、バカにはできないのである。
実際、日本はデッドコピーを昇華してオリジナルよりも優秀なものを造り、世界へ輸出してきた。かつて一九八〇年代の日米貿易摩擦などは、そこが問題視されたのであって、日本人も同じことをやってきているのである。実際現在でも、『ヤル研』が、ティ連技術でしょちゅうやらかしているわけであって、それと同じ現象が世界に拡散する……しかもガーグ・デーラ技術を経由してとなれば、こういうイレギュラーは、あまり日本や、ヤルバーン州としても好ましいものではないのは事実なのである。
……とそんな話をしながらのお昼前。今日は日曜日だ。プリルが秋葉原に行きたいのでつきあってくれという約束をしていたので、本日はプリルのペースに合わせてデートである。
月丘はそういう秋葉原ジャンルの事は、人並み程度しか理解できないタイプなので、プリルがどんなところへいつも行っているかというのも興味あるところ。それと以前白木から教えてもらった、所謂『玄人装備品ショップ』が秋葉原にあるので、そこも覗いてみようかと。これは本職の性である。ちなみに言わずもで、そのショップは所謂『サバゲーショップ』……も兼ねた、軍事関連用品の卸売店という奴であったりする。白木も柏木に連れて行ってもらった店だったりするわけで、即ち相当に濃い内容のショップなのは間違いない。
プロの月丘氏から見て、そのショップの品ぞろえをどう見るのだろうか?
* *
『うむ! 大変に美味ですね、このオサカナは!』
「はは、そうだろ。今日はこれでも結構奮発したんだぞ。久しぶりに二人で外食できたんだから」
『ウフフ、そうですね。楽しゅうございます……ですが……食事するのはよいのですけど……このオサカナですが、妾達イゼイラの民はなんともないですが、ヤルマルティアの民は、よくもまぁこのような危険なオサカナを食そうと思ったものですね』
「え? でも確か……ナヨが地球に初めて来た時にはもう食べられていたはずだったけど……ナヨは食べた事ないのか?」
『ハイ。妾の記憶にはないですね……』
ということで、このお二人はナヨさんと情報省次官の新見貴一であった。
この二人、なんとまあイゼイラで婚姻届出して、実はイゼイラではこのお二人、夫婦だったりするわけである。バツイチ新見の方が惚れて、色々積極的にナヨの世話をする内に、ナヨも新見に情が移り、目出度く籍を『イゼイラ』で入れたという次第。
だが、残念な事に日本では法でこのお二人サン、籍を入れられないという事になってしまっている。
というのも、いかんせんナヨは日本の法解釈ではアンドロイドのようなものとなっている。生命の定義がティエルクマスカ世界と日本では全く異なるため、法の整備が全然できていないのである。
だが一方でサマルカ人の場合、元は人工の生体でも婚姻の権利が認められている。といってもサマルカ人に婚姻の概念がないのであまり意味は無いのであるが、その理由は『少なくとも生物だから』であるらしい。
つまり、現在の日本人には、最低限生物である場合の人格であれば理解できるが、トーラルシステムのニューロンデータが意思と人格を持った場合の『人権定義』をどう解釈したらいいか全然理解できないので、現在スッタモンダと法務省が政治家のみなさんと思案中だという話。
それまで日本での入籍はおあずけ状態な新見夫妻。
で、このお二人は何をしているのかというと、久々に二人して時間を取れたので、外食なんぞ。
んでもってナヨがテレビで見た『フグ』なる魚類を食してみたいと所望なさるので、新見次官サンは奮発してフグ料理のお店になんぞやってきていた。
関西でフグ料理といえば、有名なチェーン店もあってので、所謂名物料理でもあるワケで、非常に一般的かつ安価に食べられ、普通のスーパーマーケットでも一匹まるごと販売されていて、スーパーでフグ調理免許のある人が、ササっとさばいてくれるようなポピュラーな魚料理だが、関東では所謂高級料理に属するものとなっている。関西と比較してその扱いは天と地ほど違うのだ。
この差、産地からの距離も関係しているのはモチロンの事、実はふぐ調理師免許の資格試験が、東京都のほうが群を抜いて難しいからである。
フグ調理師免許の発行基準は、各都道府県自治体によってマチマチで、資格取得基準が全然異なる。そして、ふぐ調理師資格は各自治体内で有効となる資格なので、大阪の有資格者が、東京でフグ調理するためには、東京でも免許を取らなければならないのである。
従って、フグをさばく職人の絶対数が大阪と比較して東京のほうが全くもって少ないために、東京ではフグ料理が高級料理になってしまっているという理由もある。
というわけで、フグ料理に舌鼓を打つ新見夫妻。とはいえ、ナヨさんの方は、今でも『ヤルバーン州議会・議会進行長』の旧皇終生議員閣下であり、新見貴一の方は、情報省の官僚トップである次官様である。そんな二人の食事中の話題も、自然とやっぱりソッチ方面にいってしまうのは仕方ないところで……
新見が銚子を持って、ナヨの盃に注ぐ。ナヨも両手で恭しく盃持って、クイと一献。
で、ナヨも返盃なんぞしてながら恙無く鍋や『てっさ』をつついたり。
「ところでナヨ。ヴェルデオ知事から聞いてると思うんだが……」
『はいキイチ。ヴェルデオが国際連合なる寄り合いに出席するので妾に同行してほしいという、あの件ですね?』
「ああ。ナヨが調べてくれたあのドーラ・コアの件だが、あの最後の一体という奴の性能データが残ってたんだろ?」
『はい……』と言いつつナヨはてっさを一口食べると、『どうも調べるに、ポルに化けた最初の一体目は、この地球へ潜入して、ドーラどもの生産インフラを構築するような役目をもっておったようです』
ナヨの説明を聞きつつ、チビリと盃を口につけながら頷いて、真剣な眼差しで聞く新見。
『で、シエの屠った二体目は、このハルマへ、彼奴らのデータを拡散させるのが役目のようで……』
「……最後の一体は?」
『ハイ、断片的なデータであったので、詳しくは読み取れなかったのですが、妾達、知性のある者と交渉する能力があるのではないかと見ております』
「なんだって?」
新見は杯を卓におき、しばし腕組んで考える。やおら……
「じゃあ、この間のシエ一佐が葬ったブンデス社副社長に化けてたヒトガタは……どんな感じでブンデス社社長と交渉したんだろうな……」
『人の挙動を模倣する程度の能力はあるのかもしれませぬね。それは知性とは違うものデス。知性あるように振る舞うのであれば、ニューロンデータエミュレーションも同じものですし』
「でも、それを言うならナヨにだって人格や意思があるじゃないか。私はそんなナヨは素敵だと思うよ。要するにそれって『命』ってのじゃないのかな?」
そう言われてナヨさんポっと頬染めてニッコリと。
『キイチがそういうてくれるは嬉しいのですが、妾も今の意識ある自身が、何故こうなったのかは正直まだよくわからぬところもあります。トーラルシステム一基分の処理能力故なのか、はたまた何か別の要因あっての事なのか……それを問うても意味のない事なのでしょうが』
「【我思う、故に我あり】か……なるほどね。となると今回の仕事は益々ナヨの力が必要になってくるというワケだな……さて、最後のヒトガタがどんな奴なのか……」
と、考える目をしながらナヨの盃に清酒を注ぐ新見。ナヨも両手でいただき、クイと一献……『ホ』、と美味しい日本の酒……
で、ナヨが行ったブンデスのドーラコア解析を鑑みるに、どうにも最後になるであろう敵が、そんなような奴だということが予想されるので、相手の存在の上を行く対応がどうしても必要となる。故にナヨを此度現場へ送り込もうと、そう考えた新見。ま、こういう関係であるからこそお願いできるわけである。無論ナヨは快諾している。実際の話、彼女としても興味のある所なのは確かである。
「……ところでナヨ。話は変わるが……あの件、今更だけどさ、本気なのか? まあ、ティ連の科学力だからというのもあるけど……大丈夫なのか?」
『キイチ、妾とて遺志ではあれど、今となってはそれも過去のこと。妾も、ナヨクァラグヤではありますが、もう独立した一個人です……そのナヨという妾が主を想うてしまいました……となれば、この先末永く共に過ごすのであれば、仮初めの命では、ナニかと不都合もあろうことでしょう』
「だが……ふぅむ……私は今のままでも構わないんだぞ。まあ理論的には大丈夫だとセルカッツ氏からは聞いてはいるが……」
『ウフフ、心配性よな、キイチは。妾の本体はトーラルにあります。仮にうまくいかなくても、妾が滅してしまうわけではありませぬ』
「はは、まあ確かにそれはそうだが……いや、まだ私達地球人には想像もできない域の話なのでね。いやはや、ははは」
はてさて、この会話。何かあるよなこの二人。またエライこと考えてそうな雰囲気だが……ナヨさんの方が……
「……っと、ナヨ、ほら早くあげないと。もう出来てるよこのあたり」
『ア、そうでしタ。キイチもこのあたりがよう煮えていますよ』
と、急にとてつもなく庶民モードになるお二人さん。鍋つつきながら、忙しい中での少しばかりの楽しい一時。
ちょっとダンディなオヤジと、べらぼうに別嬪なイゼイラ人のカップル。一見すると、どっかのセレブキャバクラのナンバーワンを同伴しているような構図に、この店の店員も「何者だこの二人は」みたいな顔して覗いてたり……
特にナヨさん。全くもって、元女帝とは思えない庶民モード。日本在住経験が長ければそうもなるかと。
なんだかんだでこの二人も仲の良い夫婦である……
* *
さて、そんなこんなでその日はすぐにやってくるわけで、昨今海外出張が多くなった月丘三等諜報正。
香港にワシントンに、ニューヨークである。
特に此度の紐育訪問。国連本部で行われる最も権限のある会合『国連安全保障理事会』で、かのガーグ・デーラについて話し合われるという、非常に重要な会議となるのである。
その安全保障理事会と並行して行われる各国個別の関係会合に出席する『鈴木正一防衛大臣』の秘書、という『名目』で、この国連本部にやってきた月丘。無論鈴木は此度の件について承知している。そこは問題ない。
ではなぜに国連本部なんてところに月丘なのかという話もあるが、そこで出てくるのが、劉先石という人物である。どうも情報では、その個別会合に中国の国防部部長に同伴して劉もこの場所に来ているという事で、当然今回最大のテーマである『ガーグ・デーラ』の話をするわけであるから、中国も鈴木との接触を希望するはずであり、月丘らはそこでドーラ・コアに記録されていた劉との関係性を、とりあえずは調査しようという話なのだ。もちろんそのシナリオ通りにいくとは限らないのだが……
いかんせんデータ的には最後のヒトガタとなるであろう強敵と予想される個体である。既にこの『劉』という男とすり替わっているか、もしくはこの日を狙って劉に仕掛けてくるか。それとも全く何か違うことをやらかしてくるか……実のところ意外と地味な状況なのではあるが、此度は月丘達情報省だけではなく、先の白木達の話にもあったとおり、特危にIHDガード。更にはCIAにDIA、FBIも非公認ではあるが、とりあえず連携協力しての大規模な警戒調査作戦を展開しているのであった。
……ちなみに『鈴木正一』。かつては海外派遣でも活躍した元自だけあって、ここまでの専門家防衛関係議員もなかなかいないということで、二藤部政権後半から春日政権になっても、ずっと防衛大臣留任状態だったりする……
さて、この『国連安全保障理事会』なる会合。所謂第二次世界大戦戦勝国が常任理事国で、その他六カ国がオマケの非常任理事国となって、世界の安全保障関連の議題について話し合われ、時には実力行使を伴う法的拘束力のある事由も決議される会合である。
んで、この安全保障理事会でいつも問題となるのが『常任理事国』の『拒否権』というやつで、いかんせんこの常任理事国とやらは、第二次世界大戦の戦勝国(一部除く)なので、この戦勝国のワガママ権利がこの『拒否権』というやつなのである。
……ちなみに『(一部除く)』としたが、その一部は『中華人民共和国』である。この国は常任理事国中、唯一『戦勝国』ではない。正確に言えば中華民国(現台湾)が戦勝国といっても良いのであるが、『アルバニア決議』というメンドクサイ決議によって、中華民国は常任理事国権を中華人民共和国に横取りされた形になり、中華民国は国連を脱退するきっかけとなった事件が背景にある……
と、とりあえずそんな事はさておき、此度の安保理議題は地球世界の国家間問題がテーマではないので、どういう方向性に話がもっていかれるかまったく見当がつかない。
いかんせん『宇宙からやってきた敵対勢力』の話であるからして、各国の利害は一致するはずなのだが、これがそう簡単にいかないところが地球世界の情けない話になるところなのである。
現在、各国の思惑や要請もあって、日本は『非常任理事国』として安保理に参画している。
実のところ本音を言えば、国連とは少し距離を置きたい日本なのだが、そこはなんだかんだで現在地球世界一の領土面積を擁する日本であり、また核兵器こそ持っていないが、重力子兵器に『カグヤ』や『ふそう』に『やましろ』のような強力な兵器を運用するこの国であるからして、世界各国も日本を蚊帳の外にするというわけにもいかず、半ばデキレースで非常任理事国に当選させられてしまって、安保理の席に座っているというのが現在の状況……早速国連大使が安保理で丁々発止やっているわけで、此度はヤルバーン州もガーグ・デーラの説明という理由でオブザーバー参加が日本枠として認められ、要請を受けては色々と説明をしているようであった。
ちなみにこの安保理にヤルバーン州から代表として出席しているのは、パーミラ人のジェルデアであった。立場としては、連合日本枠のスタッフではあるが、ヤルバーン州国連特命全権大使と同格として扱われている。
……さて、
「……なぜ、日本政府は、このような地球世界で起こった『ガーグ・デーラ関連事件』などという重大な事件を隠していたのか?」
各国が第一声に日本へ浴びせかけるクレームである。ヤルバーンが地球に飛来して一〇年も経った今に、ドーラの脅威を知らしめたところで、結局疑義疑問の嵐になるだけでどうしようもない今日一日という事になるのは解っているわけであるからして……
安保理の円卓を囲む各国代表。この第一声を発してくれたのは米国であった。
もし中国やロシアが第一声をかませば、イヤミ百連発になるので、米国から問うてくれたのはかえってありがたいという話。
「米国代表のご質問にお答えいたします。まず第一に本件ガーグ・デーラと呼称される敵性体を認知いたしました時、これはかれこれ一〇年前の、現ティ連防衛総省長官、柏木真人閣下の報告で我々日本国もその存在を把握したのでありますが……当時は我々日本人、いや、地球人という単位で考えても、到底その存在を理解するのは容易いものではなく、遠く理解が及ばない存在であった事と、いかんせんその事象の発生箇所が五〇〇〇万光年彼方ともなれば、現実問題として我々日本政府としてもどうしようもないわけでありまして、このような情報を公に公開すれば、いらぬ憶測や噂に不安を煽る事に当然なるわけで、そのような世界的パニックを回避するために、当時のヤルバーン自治体ヴェルデオ大使らと協議し、人類が相応にそれらガーグ・デーラの存在を冷静に認知できる日がくるまで伏せておくということで、現在まで我が政府は機密情報としてあつかっておりました……」
この弁を振るうのは、十年前、自衛隊統合幕僚監部統合幕僚長であった戸村浩一である。当時天戸作戦に従事した自衛隊トップであった。現在は退官してその実績を買われ、国連常任代表。即ち国連常任特命大使を任されている。いかんせん国連の常任代表に元自衛官のトップが就任するなど普通は考えられない事なのだが、日本がティ連に加盟して以降、安全保障環境も激変している訳で、日本にとってややこしい国と丁々発止やるにはこのぐらいの人材でないといかんだろいうとう話で、戸村に白羽の矢が立った。
戸村はかつてヤルバーンが飛来した特に、当時の加藤や多川達を従える立場にあった身である。国際的な防衛関係者会合でも、歯に衣着せぬ物言いで、中国ロシア相手に色々ヤッテシマッタりと、関係者の間では『猛将』としても知られていた。
とはいえ、彼も退官してもう相応に月日が経つ訳であり、国連代表になってからは彼独特の余裕が良い方向に働いて、国連内でも名の知れた人物となっていた。
戸村は続ける……
「……と、これが現在までの推移であります。まあこの案件が我が国の特定機密情報になっていたのも、米国が一九四七年に発生し、つい数年前まで最高機密としていた所謂『ロズウェル事件』で知られる、連合サマルカ国の案件を鑑みれば、貴国にはご理解頂けると我が国は考えますが、如何か?」
この戸村の問いに国連米国代表も苦笑いで、右手を軽く挙げる。
ま、この件米国はもうその概要を知っているわけであるからして、先の通り中露に変な質問をさせないための牽制でもある。そこのところは暗黙の連携がうまくいったというところか。
次に……
「まず、我が国が声を大にして言いたいのは、そのような情報を隠匿し、日本及びヤルバーン州は世界各国を無用な危機に晒したという事です。その情報を早期に公開し、ヤルバーン州もその……ガーグ・デーラという組織に対抗する技術情報を日本以外の国へ公開することで、今日のような混乱は充分に避けられたはずだ。だが、今でも日本とヤルバーン州は、安全保障に関する技術情報を世界へ分配しようとしない。これが今の混乱の元になっている事は明白である。結果、そのガーグ某による最悪の事態に陥った時、どう連合日本は世界に対して責任を負うかという、そういう話にならざるをえないが、連合日本にヤルバーン州はどう考えているか、お尋ねしたい」
と、こうのたまうは中国国連代表。机をトントンと叩いて、日本とヤルバーン州に詰め寄る。
だが、この話の中には先の香港での一件に関する非難は含まれていない。普通なら『主権の侵害だ』『犯罪行為だ』などと言い出すところなのだろうが、中国にしては自制が効いている。
つまり、フェルと柏木そして、張の会合が功を奏しているのだ。
張には、かのデータが、ガーグ・デーラの放ったトラップデータであったことは既に話している。つまりこの情報が、現国家主席である盧の元まで届いたということだろう。もしここで香港の一件を戸村に向かって非難でもしようものなら、戸村はすかさず、中国の一企業が軍部と結託して、ガーグ・デーラの危険な技術を中国政府の与り知らぬところで使おうとしていた事実を、この場で公表したであろう。
中国はこの時代、それでなくてもやはり『パクリ国家』の名前が専売特許状態なので、ここで『ガーグ・デーラの技術までパクるのかよ!』とか言われて、そこでまた月丘の世話になった日には目も当てられないので……結果、中国もほどほどに自制はしているということである。
だが、今の中国の弁は、普通に聞けば真っ当な話にも聞こえるが、戸村が話せばこんな感じ。
「中国代表のご質問にお答えしたい……まず、我が国がティ連技術を独占し、世界に対して無責任であるという弁は大変遺憾であります。そもそも、この技術は我が国が独占してどうこうできるものではない。これらティ連技術は、ティ連の共有財産であって、我が国もティ連から当該技術を使用するに足る資格を与えられての現在があります。米国もそうです。米国はティ連に属していないが、サマルカ国に対する貢献により、サマルカ国の好意で、ティ連技術は実際の話として供与されています。決して独占状態などではありません。まずはここを認識していただきたい。そして、我が連合日本……いや、ティエルクマスカ連合として中国代表にお尋ねしたい。ティ連が技術譲渡を行う数々ある……そう、それは相当な量の条件ですが、その一つとして、現行の中国共産党による一党政治支配の解体。及び法と民主主権が最上位に来る政治体制の確率。更に、言論の自由の保証。これらを今後三年……いや、五年でもいいでしょう。五カ年計画というものですかな? まあそれを実行できると明言できるのであれば、恐らくティ連本部も貴国に対する技術譲渡へ前向きになると思いますが、貴国の今後の政策でそれをご検討いただけますかな? もしそれを実行していただけるのであれば、我が連合日本からも貴国に対する技術譲渡を連合本部へ推薦いたしましょう」
そういうと戸村はジェルデアに視線を送り、アイコンタクトをすると、ジェルデアも大きくウンと頷き、微笑する。
中国代表は戸村の質問に答える事ができずに、苦虫を噛み潰したような表情になる。そして手を顔の前で振り、戸村の質問に対する回答を拒否した。
そりゃそうだ。戸村も少々ヤリスギである。こんな質問中国の政治に携わる人間が答えられるわけがない。
かつて、三島が中国の政治家と会談する際、台湾が発行した『尖閣諸島が日本領になっている地図』を持っていって、事あるごとに牽制して『これ〜、お宅の国が発行している地図だけど、どう思う?』と言って相手をおちょくって遊んでいたという逸話がある。当然中国の政治家は何も言わず、だまーっていたそうだが……
この話の真偽は実際のところ不明で、柏木も問うたことはなかったが、現在の戸村が言ったのはこれと同じ事である。こういうことを戸村は国際会議でやらかすので、今のこの仕事、彼にうってつけだったりするのだ。
ヤルバーンが来る前ならこうもいかなかっただろうが、現在の『連合日本』なら、これぐらいのことはもう言える。時代は変わったものである……
そして戸村に変わり、ジェルデアが話を交代する。
『……ファーダ・トムラの仰った回答は、チャイナ国代表だけに向けての回答というわけではありませン。特にこの会合において「ジョウニンリジコク」と呼ばれる地域国家の皆さん。ジョウニンリジコクが、このチキュウ世界における過去の大きな紛争後、コクレンが発足してほぼ恒久的にこの状態で、更にはこの会合で『拒否権』をお持ちになられているといった、その決議権に極めてバランスを欠くこの構造に、我がティエルクマスカ連合本部は以前より疑問を抱いておりまス。つまり、当該大規模紛争時の戦勝国家が常時会合の決済決定権を有しているような状況を、我が連合は正常な会合とは理解できないのです。従ってこのような公平性を欠く場で、ティエルクマスカ連合に対し、何か要求をなされたとしても、我々はそれに応じかねるというのが正直なところです……此度は我がヤルバーン州は、連合ニホン国の扱いとして出席させていただいている身ですので、何か決定権があるわけではゴザイマせんが、恐らく本部も此度のこの会合については、私と全く同じ見解をもっているであろうと考えますので、ご参考としていただきたイ』
ジェルデアもなかなかに言うものである。流石ヤルバーン法務局のリーダーだ。ジェルデアも戸村に視線を合わせ微笑すると、戸村も微笑し、首を横に少し振る……『あなたもやるねぇ』といったところだろうか。
次に質問する予定のロシアが今のジェルデアの言葉で、何も言えなくなってしまった……英国やフランスも、なんとなくしてやったりな顔をしてはいるが、この国々も常任理事国ではあるので、そこは内心穏やかではない。
だがジェルデアも相当に曲者である。つまり、この安全保障理事会なるところのパワーバランスとは、拒否権を有する国の、『拒否権』という名の『思惑』で動いているにすぎない会合であって、ティ連の考えるような『完全相互理解に基づく会合』などではないという事なのである。もう当たり前のように続いてきたこの安保理のちゃぶ台をひっくり返すような戸村とジェルデアの言葉。各国にとって相当考えさせられる言葉であった。
会議は踊る……ガーグ・デーラという未知の存在の登場、そして『連合日本』という、かつての『日本国』とは全くベクトルが違う存在となった国家を改めて認識する世界。
拒否権のないただの非常任理事国『連合日本』が拒否権を持つ常任理事国を凌駕せんとするこの状況は、後に『日本ドクトリン』もしくは『GUJドクトリン』と呼ばれる現象として語られていくことになる……
* *
さて、此度の安保理事会。その外交活動は安保理だけではなく、関連会議に会談、そしてロビー活動と様々な外交状況が展開されている。
当然ガーグ・デーラと呼ばれる未知の敵性体関連の話題にその内容は集中するのだが、それに伴って、ティ連技術の公開に関する話題に議題も当然出て来る訳である。
防衛大臣の鈴木は、安保理会議が進行する中、日露二国間でのガーグ・デーラ対応協議を行おうとしているところであった。
「ズドルァーストヴィーチェ……」
と笑顔で握手する鈴木とロシア国防相。今話題の連合日本としての防衛大臣鈴木には、世界各国のマスコミが付き従い、フラッシュを浴びせかける……この時代でも、まだデジタル一眼のようなカメラ機材は現役のようである。
ま、今の鈴木や、露国防相の笑顔も、マスコミ向けである……そのバックに控えるは、現在鈴木の秘書兼ボディガード設定の月丘であった。伊達メガネかけて毎度の変装である。さりげなく鈴木に付き従う。
(!?)
月丘の頭がピクリと動き、耳を抑える。耳の中へPVMCGで造成した、超小型のイヤホンに通信が入った……周囲をキョロと見て、少し下がり、さり気なく左腕のそれを口元へ当てる。
「こちらシャドウ・アルファ」
『カズキ、俺だ』
「クロード……コードで呼べっていってるでしょう……」
『ん? このPVMCGっての使えば、盗聴の危険はナシってんだろ? んじゃいいじゃねーか、固いこと言うな』
「はあ……で、何ですか?」
今回、情報省と特危はイツツジ・ハンティングドッグと契約を結び、とある人物の監視を共同作戦で行っていた。いかんせんここはニューヨークである。所謂白人に黒人、プエルトリコといったアジア人以外のスタッフを多数擁するハンティングドックは、米国という地で何か活動するには大変に都合がいい組織である。
……国連本部外。
「今、お探しの『リウ某』って御仁が乗った、中国大使館の車がそっちへ入ったみたいだ」
『! そうですか、わかりました。で、どんな感じですか?』
「とりあえず空港からずっと付けて見たが……これといって何か問題のあるような挙動はなかったな。普通に他の中国人とも話していたぞ」
『で、プリちゃんから渡されたと思いますが……』
「ああ、このPVMCGって奴で作られる検査機だな? って、このPVMCGってすげーな。息子のクリスマスプレゼントに欲しいぜ」
ちなみに、クロード・イザリは既婚者である。
『ハハ、そこは同意しますよ。で、どうでした?』
「ああ、特に検査機の反応はなかったな……って、こんな遠距離から正確な反応するのか? これ」
『そこは大丈夫です。なんせティ連製のドーラ探知機ですからね。でもヒトガタとの遭遇自体がティ連でも初めてのケースになりますから……正確にヒトガタ・ドーラを検知できるかは……』
「らしいな。ま、俺たちしがないPMCはここが限界だ。あとはそちらで頼むぜ」
『了解です』
「あ、それと……」
『ん?』
「ウチのエンジェル・ボスや、他の関係者も、もうすぐそっちに入るんで、そちらも宜しくな」
『あ、白木「専務」の方ですね?』
この会合、麗子も鈴木と共に、企業関係者会合で米国政府関係者との会議である。他、此度は大森に田中さん。君島重工関係者もやってきている……安保理だけでは済まない、かなり大掛かりな国際会議となっているのである。
『では、再度確認ですが、劉経理、あ、いえ劉部長は、特に変わったところはなかったとうことでいいのですね?』
「ああ。俺もこの仕事前に記録映像で見せてもらった、その“ドーラ”とかいう、おっかねーアンドロイドみたいな不気味さはなかったな。さっきも言ったが検査機にも特に反応はなかったし、普通に他の中国人連中ともバカ話の一つもして、なんてことはなさそうだったが?」
……国連本部内。
「わかりました……ふむ、私自身の目でも一応確かめておく必要があるかな?」
『そうしてくれ。こっちゃいかんせん遠目に見張ってるだけだからな。中に入られたらお前達におまかせだ』
「了解です」
PVMCG無線を切る月丘。彼はロシア国防相と話し込んでいる鈴木に近寄り、軽く耳打ち。鈴木は眉を少し上げると、月丘のコソコソ話を少々聞き入る。で、軽く頷くと目で了承。
月丘は鈴木の身辺を、他のスタッフに託すと、一人その場を離れ、正面玄関へ。
今度は通常インカムで他の情報省スタッフと連絡を取り、劉の所在を確認してその場所へ小走りで向かう。
……と、ほどなくして劉を見つけるが、なんと彼は中国国防部長と一緒にヴェルデオと話し込んでいるのであった。恐らくたまたまどこかに移動する最中のヴェルデオと鉢合わせし、ここぞとばかりにロビー活動に出たのだろう。ヴェルデオも中国とは言え、こういう公の場所で大人げない真似はしない。ニコニコ顔で建前の話でもして、場を演出しているようである。
ただ……隣にいる日本人スタッフだと思うのだが、ベラボウにえげつない別嬪さんがさり気なくサポートしているようなので、誰だろうと思ったり。
日本の女性役人にしては、その場を読まない超一流のスーツに装飾品。だけど、どっかで見たことあるような面影……誰か思い出せなかったり。
……で、まあその別嬪お姉さんは取り敢えず良しとして『劉先石』の方である。
月丘もさりげなくPVMCGのセンサーを起動させて、劉を調べてみる……
すると、ヴェルデオに付き添う別嬪お姉さんが、彼に目を留めたようで、ツカツカと近づいてきた。それに気づく月丘……その別嬪女性はニコニコしながらやってくる。月丘は対象的に、訝しげな表情でその女性を見るが……
「ツキオカや、久しいの」
「え? ……その言葉遣い……もしかしてナヨ閣下ですか!?」
ウムと頷くナヨ閣下。実は月丘、ナヨさんの日本人モードを見るのは初めてだった。だが、ナヨは彼の上司でもある新見のヨメであるのは知っているので、お初の姿にびっくらこく彼。
「あ、いや、これは! お久しぶりです。以前次官と一緒にお食事へ誘っていただいた時以来ですか」
月丘は情報省に入省したての頃。プリルと共に、新人歓迎で新見と白木に麗子とナヨで食事に誘ってもらった事があったのだ。
「そうよな。あの時以来ですか。で、主はここで何をやっておるのですか?」
「ええ、実は……」
月丘は、ナヨへ劉先石が、実はヒトガタではないかという疑いを持っていて、調べていたと話す。
というか、その劉の情報自体が、先に倒した『ブンデス副社長型ヒトガタドーラ』のコアから得られたデータであり、それをハッキングしたのはナヨさんであるからして、そんなのは先刻承知という感じで……
「あ! そうか、そうですよね。うっかり失念しておりました」
「フフフ、もしあのリウなるものが、ヒトガタであれば、早々に妾が探知しておる。心配せずとも良い」
「確かに。それはそうですよね。はは……」
そりゃそうだ。もし、今ヴェルデオと話し込んでいる劉がヒトガタの化けた姿なら、ナヨが即刻斬り伏せているところである。ということは、劉はとりあえず人間という事になる。
「では……ナヨ閣下がハックした時に、あの劉先石の人物データが出たという事実は……これから狙われる対象という事が考えられるワケですよね」
「そうなりますね。となれば……とりあえず今、あそこの『リウ』なるものは、モドキではないと証明できたという事になりますね」
「ええ……ということは、今この国連本部内にヒトガタがいるかどうかもわからない状況になりました。まあ、ナヨ閣下が、あのドーラ・コアをお調べになった時でも、劉部長のイメージデータが出てきたという話だけであって、アイツがすり替わられていたとか、そんな情報はなかったわけですしね」
「はい。早トチリとは思いたくありませぬが……確かにリウが現状シロとなれば、そういうことになりますか」
ウンウン頷く月丘。ホッとするのと、めんどくさいのが一緒になったような感覚である。いかんせん劉がヒトガタドーラだと最初に疑ってかかってたので、その件がハズレとなれば、一からやりなおしだからである。そしてドーラのデータとして劉が記録されていたとなれば、次に劉は狙われる対象ということでもあるわけなので、今度は彼を警戒する対象から、護衛する対象に変えなければならないという事にもなる。
今度はいつ襲ってくるかわからない賊から、この中国人のオッサンを守らなければならないわけであるからして、面倒なのは確かである。
情報省では、今回の件でなぜこの男が狙われる対象になっているか、大体予想は付けていた。
即ち、中国の最大手兵器メーカーの幹部であるわけで、ヒトガタなりにこの地球のお家事情を調査し、この劉を利用して、奉天中央工業集団の研究開発・生産設備を利用し、何か良からぬことを企んでいたのかもしれないということだ。
なんでも『交渉能力』があるかもしれないヒトガタという話だ。となれば今まので対人ドーラみたいな完全な兵器や、同じヒトガタでもニセポルタイプに、ニセブンデス副社長タイプとは相当に勝手が違うタイプになる。もし劉とすり替わって、奉天中央工業集団に紛れこまれてしまえば、うまい具合に人類とコミュニケーション取りながら、水面下でとんでもないドーラ型兵器をこしらえたりと、そんなところになってしまうのだろう。
だが、とりあえず劉がシロで、件のヒトガタはまだ作戦を遂行していないとわかれば、何とか彼奴の企みも防げそうではあるのだが……困るのは『いつの話ですか?』という事である。
「とにかく、そうとわかれば、せめて此度の安保理会議や、他の関連会議期間中だけでも大人しくしていて欲しいものですが……他の場所でならいくらでも勝負してやれるのですけど」
「フフフ、大きく出るよなツキオカは」
と手を口に当ててコロコロ笑うナヨさん。どっかの突撃バカと比較してたりして。
すると、ヴェルデオと劉のロビー会談が終わったようで、二人に近づいてきた。
『これはケラー・ツキオカ。お久しぶりですな、お仕事ご苦労サマです』
「は、ヴェルデオ知事。その節は」
無論月丘はヴェルデオとも顔見知りである。そもそもパウル・プリル姉妹が知り合いなので、当然月丘ともプリル経由で知り合った。
「ヴェルデオ、どうもあのチャイナ国人はシロのようですね」
『でしょうな。私も一目見て、大体わかりましたよ』
すると月丘は意外な顔して、
「え? ヴェルデオ閣下もあの最後かもしれないヒトガタドーラの件はご存知で?」
『勿論。私も日本国情報省の安保チョウサ委員会委員ですからネ。そのぐらいの情報は共有しておりますよ』
「あ、なるほどです」
と納得する月丘。
「まあ、では劉部長さんもシロだとわかりましたし、これで今日はこれから色々と監視地獄となりそうですので、私はこれで。知事閣下も今日一日は身辺色々お気をつけ下さい。なんせヴェルデオ知事閣下という、ある意味格好のエサがこの場にいるわけですから、ヒトガタもターゲットを変更してくる可能性も充分ありえます。私がヒトガタなら、多分そうします」
『ははは、ですが、私もこれはこれでPVMCGも使えれば、相応の身辺警護機能も発動できます。それにナヨ閣下以外にも、優秀な身辺警護はたくさんいますので……』
ヴェルデオは指をさすと、レギンスパンツ履いた、ナヨの日本人モードに負けてないエロ別嬪と、サングラスかけたスタイリッシュな短髪美乳美人な日本人女性二人がこちらを見て手を上げている。
IDを首からかけているので、恐らく関係者なのだろうとは思うが、初めて見る顔である。どこの部署の人だろうと思う……ナヨ同様に、あんな格好の役人普通いねーぞと。
「ウフフ、あれは右のお色気フリュがシエで、左の“もでる”のようなフリュがリアッサですよ、ツキオカ」
と解説する同類ナヨ様。
「えええええ! ホントですか!」
思わず仰け反る月丘。実は彼、シエとリアッサのキグルミ日本人モードの姿を知らなかったりする。
ちなみにシャルリのも知らない。フェルの日本人モードは知っている。
「は、はは……確かにシエ将補とリアッサ一佐が護衛についていれば、間違いはないですね」
『ははは、そうです。なので、ナヨ閣下にも貴方の仕事に協力していただきます。宜しいですねナヨ閣下』
「もとよりそのつもりです。妾もとりあえずこの建物を一通り見回り、安全を確認いたしておきましょう。妾が確認できれば、とりあえず一安心はできるでしょう」
なるほど、確かにと月丘は思う。そりゃナヨは今や敵と同じドーラ技術を更に改良進化させてできた究極の仮想生命体である。そしてトーラル一基分の知性であるからして、そういう点、言葉通り『人間離れ』しているので、彼女の知覚装置に引っかからないなら、まあほぼ間違いなく状況に安心はできるという次第。
「わかりました。ではナヨ閣下、とりあえず劉先石とその周辺を引き続き監視しますので」
「あいわかった。では行くとしましょうか」
そんな感じでナヨと月丘という変わったコンビで劉と周辺を監視する二人。
月丘はこれでなかなかにイケメンな男であり、ナヨ閣下は言わずと知れたセレブ美人である。この二人が連れ立って歩く様は相当絵になったりするわけだが、そんな絵になるお二人であるからして、このお二人さん自覚ないのかもしれないが、ハタから見て異様に目立っているのである。
この状況をプリ子あたりにでもみられたら、『キーー!』となるのはほぼ確実であろう。
『カズキサン! 誰ですかっ! そのフリュはっ!』となるのはまず間違いない。
* *
『カズキさぁ〜ん! あ、いたいた。おーい、って!! カズキサン! 誰ですかっ! そのフリュはっ!』
言ってる側からコレであった。いやはや世の中面白いものである。
「だーーっ! しーーっ! プリちゃん、こっち来て!」
『うぇ〜ん、カズキサンが浮気したぁ! ドウセイしたばっかりなのにぃ〜』
泣き出すプリ子の腕を引っ張って物陰に隠れる月丘とナヨ。ナヨの方はなんとなく面白がってたり。
『うぇ〜~~ん……お姉ちゃんにいいつけますからねぇ〜。カズキサンのばかーー』
「だからプリちゃん違うって。って、ナヨ閣下も何か言ってくださいよっ」
『え? ナヨ閣下?』
腕組んでコクコク頷くナヨサン。で、一言、
『妾です』
ヒョエー! となるプリ子。涙目拭いてビシリと敬礼。
『ななななんでそれならそうと言ってくれないんですかっ!』
「何を言ってるんですか。プリちゃんが勝手に誤解して嫉妬してただけでしょう……」
少々呆れ顔の月丘。ちと苦笑い。
プシューっとなるプリル。ごめんなちゃいと……と、そんな典型的なお約束やりとりもデフォルトとして、特に待ち合わせしていたわけではないが、プリルは月丘を探していたのだそう。ちょっと見てほしいものがあるという話。
「……んーでも、今私達も仕事中ですよ。あの男……劉先石の尾行をしている真っ最中ですが」
『それなんですけどぉ……ハイコレ。カズキサンと私の装備』
「?」な顔で渡されたものは、サングラス状のモノ。ちなみに英語圏で、サングラスと言うのはもうダサイそうで、昨今は『シェード』と言うらしい。
で、このシェード状の装備。物体透過視ゴーグルだそうで、所謂X線のように、物体の輪郭と、その物体の密度が高い物質。すなわち生物で言えば『骨格』を可視化する装置なのだという。
この装備はティ連で普通に存在するのだが、その大きさはヘルメット状のものが通常装備だそうで、このシェード状まで小型化したものはないのだという話。
「へー、すごいね。誰が作ったんだ?」
『ヤル研』
……顔面へ付ける前に、嫌そうな顔をする月丘。ヤル研提供と聞いた瞬間に、『骨格が見える』=『消費しろ』『考えるな』『国連に従え』とかいうデカイ隠し文字が隠されている看板が出て来るSF映画を思い出す……で、恐る恐る付ける月丘。プリルも装着……
「うぉっ!……うわ、すご……ってえげつな……」
そのシェードを装着した途端、世界がホネホネになった。シェードを上下に上げ下げして世の中を見る月丘。プリルを見ると、骸骨プリちゃんになっていたり……骨格のデザインは、地球人とよく似ている。
ナヨを見ると……なんと、体の輪郭は見えるが、骨格が見えない。だが、頭部に脳の形状を模した機械が見える。なるほどこれがドーラ・コアと同等の役目を果たす、ナヨの体を支えるコアユニットかと。
「これはいいですね! って、ホントにあの映画みたいですけど」
ナヨもプリルから借りて、かけてみたり。というか、ナヨもこのメガネまんまではないが、似たような機能でヒトガタかどうかを判別しているという話。
「ナヨ閣下をこんな具合に可視できるというのであれば、理屈ではヒトガタもコアのみで可視化できるという寸法ですね」
「そうよな。でかしたぞプリルや……ではこの装備が使えるのであれば、二手に分かれてヒトガタを監視できますね……では、妾はしばしこの周辺を見回ってきましょう。主ら二人は、リウなるものの監視を続行するというのはどうですか?」
「了解です、そうしましょう」
互いにコクと頷いてツキオカガールはナヨ閣下からプリルへバトンタッチ。
ナヨ閣下はそのまま国連本部内の他の場所へ移動していった。
……しばし劉を尾行する月丘とプリル。
特に変わった様子もなく、時間は経過していく……安保理事会は久方ぶりに紛糾し、予定時間をかなりオーバーしていた。
時折ナヨと定時交信しつつ、周囲を見回す月丘にプリル。そのシェード型透過ゴーグルを、まるで老眼鏡のように上げ下げさせて、周囲を監視する……
「ふう……ここまでは何とも無いか。このまま終わってくれたらありがたいんですけど」
『そうですね~。こんな国際会議の場で大騒動……ってのは正直カンベンしてほしいですもんね~』
とそんな話をしつつ、劉を追う二人だが、劉もロビー活動だけをするために、国連本部に来ているわけではない。相応の仕事があってこの場に来ているわけで、今、彼は中国国防部部長と合流し、国連スタッフに案内されて個別会合の会議場へ入っていくようだ……その会議場へはその後、参加各国国防関係者に防衛関連企業関係者が続々入室していく……鈴木や麗子に大森達、君島関係者もやって来たようだ。彼らと視線が合い、目で互いに会釈をする……すると、二人のせなかを叩く誰か。
「ツキオカ、プリル、ゴクロウダナ」と、シエ・エロ日本人モードであった。
「ナニカ、カワッタ事ハアッタカ?」とリアッサ・パリコレ日本人モードも一緒である。
「シエ将補にリアッサ一佐。ども……リアッサ一佐はお久しぶりです」
二人と握手。月丘もどこかの突撃バカ同様に、こんな異星人美人と付き合いが多い。
「ヴェルデオ知事の護衛はいいのですか? お二人とも」
「今、ヴェルデオハ、イーユーノ関係者ト、個別会談ヲヤッテイル。私達ハシバラク待チダ。護衛トハイエ、我々モ、ヒトガタ探索ノ任ガアル」
とシエ。コクコク頷く月丘。ヴェルデオが会議室から出てくるまで、しばし月丘達に付き合うということで、共に周囲を警戒する。とはいえ、劉が現在シロなので、もうこの場は大丈夫なのではと思いつつ、シェードを上げ下げして周囲を警戒。
シエやリアッサも、そのメガネを見て驚いていたようである。彼女たちもこの透過センサーは知っているが、よくここまで小型化できたものだとヤル研連中に感心していた……だが、基本連中は褒めてはいけないので、この件はココロの中に仕舞っておく……
* *
と、そんな感じでしばし会議場外で警戒していると、劉達の会合が終わったようである。
彼に中国関係者が扉から出てきて、ロシア関係者にサウジアラビア関係者、米国、英国、ドイツにフランスと続々である……
その人の流れを、目で追う月丘。シェードを下に下げて、上目遣いの老眼な人のように裸眼で視線を流す……
最後に出てきたのは、国連事務総長だ。今季の事務総長はスペイン選出の女性事務総長であった。
みんなと握手しつつ、笑顔を振りまく……
(ふぅ、終わったか?)
と、下に下げたシェードを上にあげて周囲を眺めようと……………
「…………!!!!!! なっ!!!!」
月丘は一瞬目を疑った!
シェードの上げ下げを数回。所謂二度見三度見という奴だ。
顔から外してメガネを叩いてもみた、壊れているんではないかと。
だが、どう見ても!
月丘は戦慄する。
彼が見たモノ……それは……
その女性事務総長の骨格が見えなかった! 見えたのは、体の中心部に一つ。球状の物体だけであった……