【第七章・再生への道】第四〇話『既存の終焉と新たなる始まり(1)』
二〇二云年。
地球から約三〇〇〇〇光年離れた、天の川銀河系ベイルラ恒星系『聖ファヌマ・グロウム星間帝国』
この星間国家で、一つの災厄ともいえる大きな戦いが終わりを迎えた。
その敵とする相手は、所謂国家の領土や権益を狙って侵略を企んだ主権組織、つまり第三国というわけではない。むしろそういう手合の方がマシかも知れない。
ある種、理不尽とまでいえる災害……生物災害とでもいって良いか。そんな相手。
目的も、発祥の起源も不明。なにもかもが正体不明のその敵性体。所謂バケモノや怪獣と言っても良い類の巨大な敵に飲み込まれたこの国は、ある知的生命と邂逅することで、国の滅亡、種族民族の滅亡を逃れることができた。
その彼らを救った救世主とも言うべき知的生命体は、ティエルクマスカ銀河星間共和連合と、その構成国である同じ天の川銀河系に主権領域を持つ連合日本国に、その関係国であるLNIF諸国。即ち、地球人であった。
更に、彼らはグロウム帝国を襲ったそのバケモノ共の正体を知っていた。
現在はティ連構成国となり、一時期はガーグデーラと呼ばれた主権体である『ゼスタール合議体』と呼ばれる人々にとっては、特段宿敵とも言える存在であった。
そう、グロウム人が『バルター』と呼ぶそのバケモノの名は、ティ連が知る、次元空間をも超えてこの宇宙の何処かに蔓延り、突如として顕現する生体兵器群ともいえる存在、『ヂラール』であった。
そんな知的生命体にとっての脅威に対し、とにもかくにも緊急で応戦したティ連・地球・グロウム連合軍は、数ヶ月に及ぶ大激戦の末、グロウム帝国を守り切る事ができた。
この天の川銀河系で、互いに知的生命の存在が推測できる事象がわかっていた矢先の、偶然にも近い出会いが、また一つの知的生命文化に文明の邂逅を呼び、またその絆を繋げていく……
これもティ連人の言う因果か。はたまたグロウム人の崇拝するファヌマ神の導きか、地球に存在する数多の神々のそれなのか。
そんな運命という次元時間軸の中で、また一つの因果的事象の物語が生まれるのであった……
* *
『はい、んじゃわたちはエースふたつであがり~』
「うむ、では余はこの王のカード三枚で終わりだな」
『うぎゃー!』
『ははー、あかつきくんまたビンボー人だー』
「ははは! 此度の皇帝は、ヒメカであるな」
聖ファヌマ・グロウム帝国、惑星サージャル大公領臨時政府の置かれた、首都『ベルガザンド』
その領主公邸を間借りして体を養生させるは、本グロウム帝国の、まだ幼き皇帝である『ランドラ・デ・グロウム一四世』。実際の年齢を問うても各種族の生体新陳代謝の事もあるのであまり意味はないのだが、その容姿は地球人換算で一三~一四歳。地球人で言えば中学生ぐらいといったところである。
んでもってその養生なさっている皇帝陛下は何をしてらっしゃるかというと、臨時でお付きの『皇帝付きお話相手役』という大役を任された姫ちゃんに暁くんと、トランプゲーム、『大富豪』をやってらっしゃったり。
ってか、『お話相手役』と言いながら、この二人をお守りしてくれてるのが実はこのランドラ皇帝陛下であって、彼も病み上がりながら何かできることはないかと、この二人のお子さんの相手をしてくれているのであったりする。
ってか、こんな皇帝陛下ともあろう方が、と思うなかれ。現在亡国になりかけた国の皇帝である。そんな体裁も何もあったものではない。しかもまだろくに国交もなく、それどころか国交交渉さえしていないグロウム帝国から見れば未知の国家が、何の見返りも要求せずに自分たちと共闘して敵対勢力と戦ってくれているのだ。しかも国土の復旧まで手伝ってくれている。
グロウム皇帝、まだ幼き皇帝とはいえ、帝王学を身につけた一端の君主である。それが何を意味するかぐらいは精神年齢中学生ぐらいにもなれば解るであろう。
ということで、ランドラ皇帝のお側でせめてものお話し相手にと、二人の子供にそんな大役を任せたつもりのフェルさん大臣とサージャル大公だが、いつの間にやら逆に皇帝陛下直々に二人のお守りをしていただいていると、そんな状況。これまた恐れ多きことこの上なし……なのだが、ランドラはランドラで、姫迦と暁くんが持ってきたトランプの『大富豪』にハマってしまって、ま、良い感じでリハビリできているグロウム皇帝陛下。これは姫ちゃんに暁くんも、なかなかに殊勲賞であったり……ちなみにトランプのデザインは、姫ちゃんの大好きな『ゲットだぜ!』のアニメの絵。
ということで、そんなこんなの経緯もあって、この星にはティ連の復興援助部隊が続々と到着し、都市惑星機能を着々と回復させていた。
勿論、ティ連のハイクァーン工学技術に裏打ちされた、その神業的な復元復興能力に加え、元々グロウム帝国自体が基礎科学技術力の高い文明であるがゆえに、災害安全保障体制も相応にしっかりしているわけで、有事の復興復旧手段もマニュアル化されているわけであって、ティ連の工作部隊とも連携取れて、この場ではとりあえず順調に事は推移していた。
「陛下、サージャル大公殿下とファール首相、フェルフェリア外務大臣閣下がいらっしゃっております」
侍女の言葉で、トランプの手を止めるランドラ。
「うむ、お通ししてくれ」
まだ幼い声色ではあるが、威厳ある口調で侍女に指示するランドラ。でも手には可愛いモンスターの絵が描かれたカードが数枚。
「畏まりました」
するとランドラは姫迦と暁に、
「ヒメカ、アカツキ、今日のゲームはこれで終わりだ。余は叔父上らと、ヒメカの母上と大事な話がある」
『おうさま、お仕事か?』
「そうだ。すまぬなアカツキ、またあとであそぼうぞ」
んじゃしかたないねー、という感じで、姫迦と暁は侍女に連れられてバイバイしつつ、部屋を出る。
ランドラ皇帝、なかなかに人当たりが良さそうな陛下であるようだ。
「陛下、お体の方はもうよろしいようで」とサージャル。
「安心いたしました」と、ファール。
『ご壮健そうで何よりでございまス』と、フェル。
「うむ、叔父上には色々ご心配をかけた。そして……フェルフェリア大臣閣下、此度の件、聞けば偶然の出会いが始まりであったと聞く。余の事といい、かのバルターの件といい、我が臣民に代わり、礼を申し上げる」
まだまだ見た目は幼いながらも、しっかりした皇帝である。フェルが感心したのは、そのとおり病み上がりだが、どうやら既に現状に至る状況の時間的経緯はすでに把握しているところである。
これはお付きの侍従が優秀なのか、ランドラ自身が賢いのか、そこはわからないが、それでも老い若き関係なく現状を把握する能力に長けているこの皇帝はなかなかに優秀だとフリンゼでもあるフェルはそう感じた……フェル本人はホエホエだが。
でもそんな聡明な若き皇帝なら、サージャルが摂政やる必要などないではないかという話になるが、そこは『体裁』という奴である。あくまで皇帝の対面を保つ表向きの話。ランドラは……
「では叔父上、そしてファール首相、あとは任せる。よしなに頼むぞ」
「は、畏まりました陛下」「御意に」
敬礼する一同。ランドラはまだ少ししっかりとした足取りでは歩けないらしく、皇帝用の移動椅子に座ってその場を去ろうとする……が、椅子を押す侍女を制止して、
「そうだ、フェルフェリア閣下」
『? ハイ、何でござましょう』
「余は近いうちにあの大きな宇宙要塞にいる……何と申したか……」
『あ、我が夫のカシワギ・マサトの事でしょうか?』
「おお、そうだ。そのカシワギ閣下にも一度お会いしたい。よろしいか?」
『ハイ、私の方からそのようにお伝えいたしておきますデス』
ランドラは頷いて、また侍女に椅子を押されつつその場を去る。
『……あのような目にお遭いになったのに……まだ病み上がりでしょう。お若いながら素晴らしい皇帝陛下サマでスね、大公殿下』
「昔から陛下は……あ、いや、あの子はああでしてな。気丈な子です……私の兄。つまり先代皇帝が崩御し、あの子は父のことを良く知らずに育ちました。で、皇后もその後早くに病で亡くなった。まあそうでなければあの歳で皇帝になんぞならんわけだが……それだけでも相当つらい思いをしているというのに、此度のヂラール戦争だ。やつらの放った病で自らが死の縁を彷徨い、今のような状態です……今の陛下は、子供なりに彼の学んだ処世術で、今の皇帝を『役』として演じている……それを不憫と思えばいいのか、それとも流石皇帝の血を引く者と言えばいいのか……ただ、あのままでは陛下は良い方向に行かなかったのは確かです。なので今の我が国の国体がなんとか維持できているのも、やはりあなた方と出会えたからというのは間違いの無いことだ。重ね重ねあなた方ティ連の方々には感謝せねばならない」
改めて頭を垂れるサージャルにファール。その礼にフェルも頭を下げて返す。
サージャルの話を聞くに、ランドラのその身の上は自分によく似ていると思った。でもフェルの場合は、結果的に両親はトンデモ状態で生きていたわけではあるが、ランドラ皇帝の場合はフェルももしかしたらそうなってしまっていたかもしれない身の上。彼女としても他人のように思えないところもあったりする。
それでもまだ彼にはサージャル大公という良き親族がおり、さらにはまだ他に領主をやっている、日本でいうところの『宮家』に相当する親族が多々いるという話なので。まだ彼は大いに救われている。
だがそんな彼も、今後の事を考えるとなれば少々試練となるところもあるわけで、今彼と本星から脱出してきた艦隊の人達は、またグロウム本星に帰還しなければならない。
そうなると、まあこの国の法律で正式に決まっていた事とはいえ、本星を捨てて脱出したのが彼らである。
そこに皇帝であるランドラもいるとなれば、本星へ帰還した際の彼ら皇族達は、どういう話で本星に残った人々に接するのだろう……フェルはそんな事を思うが、流石にそれを口に出して問う勇気は今の彼女にはない。これは、言ってみれば外野である彼女が問うべき質問ではないからであるからして。
でも外務大臣として、可能な限り脱出民とグロウム本国に残された民がうまくいくよう手助けしてやろうとフェルは思った。ま、実務的なことを言えばそうしなければ、まだ国交交渉のコの字も政治としてやっていない国家関係であるからして、実の所を言えば、この国との今後は今からなのだ。
いやはや、大変な話で御座ると言ったところだろうか……
ということで、とりあえず簡易的ではあるが、皇帝との謁見もできたフェルさん大臣。
サージャルとファールに席へ誘われ、彼ら付きの官僚に政治家も続々と入室してきた。
フェルの方も、待たせてあった日本政府と、ヤルバーン州にティ連本部の関係者を入室させる。
これらの人員は、かのゼルドア提督の艦隊とともにやってきて、惑星サージャル大公領の方へ分遣した輸送艦に乗ってやってきたスタッフ達だ。
つまり、これから諸々の『正式な』国交交渉を行うわけである。
ま……なんとも変わった経緯での交渉だが、それも仕方がない……が、悪いコトではないわけであるからして……
* *
と、さて……このグロウム本星域にやってきて、恒星ベイルラに寄生したヂラールコロニーとドンパチこいて、本星攻略のためにくたばりぞこないのヂラールコロニーとこれまたドンパチやって……と皆が奮起奮闘していた頃、よくよく考えるとかのネコサングッズ大好きな、賢人教授大先生のニーラ御大は何をやってなさったかというと、勿論かの惑星サージャル大公領で暴れまわり、大激戦の末鹵獲に成功したヂラールコロニーを調査研究しているのであった。
人工亜惑星要塞レグノスの周回軌道を親子惑星の如く回る鹵獲ヂラールコロニー。
その直径二六〇キロクラスの算盤の珠のようなデザインのそれには、ゼスタールデザインの、通称『シールドドリル艦』という、この巨大な宇宙要塞級の生物兵器を鹵獲するためだけに建艦されたゼスタール軍の特注兵器が五隻ぶっ刺さっている状態。しかもそのドリル部分からは、根を生やすように、ゼスタール十八番のゼル端子ならぬ、ハイ端子が周囲を覆う。
そしてこの艦を起点にして、ヂラールコロニーの見た目七割以上がハイ端子に侵食されている状態。
そらもう今の状態のヂラールコロニーは、彼女の格好の研究材料であるからしまして、彼女はこっちにきてからもうほぼほぼこのヂラールコロニー内で寝泊まりしている状態であった……って、そりゃ確かにハイ端子で拘束してはいるし、まあ安全っちゃー安全なんだろうけど、そんなワケのわからん、妙な卵もポコポコ産み落とされているっちうのもあるこの空間に、PVMCGで仮想住宅作って、キャンプセット持ち込んで煮炊き焼き物しながら調査研究してんだから、ニーラさんってそこまでアウトドアな研究者なんだと。
まるでソフトハット被ってムチ持ってる考古学者ではないが、今のニーラさんもなんとなくイゼイラ的な、野外活動服に身を包み、ライトポッド従えて内部を調査へ行ったり来たり。
最近はコマンドトルーパーの操縦も覚えて、研究者仕様に改造した19式に乗って、スタッフ引き連れてコロニー内部のゼル端子で拘束されたマスターヂラールのいる区画まで行ったり来たりと、忙しい先生であったりする。
「みなさん、ご苦労サマです~」
改装19式のコクピットから降りるニーラ。コクピットにはネコサンマスコットがたくさん飾られ、天井には、靖国神社で買ってきた交通安全のお守りがぶら下げてあったり。
靖国の御霊、件のイメージが強いワケだが実は交通安全にも貢献されている事、これあまり知られていない。
「ニーラ教授、お疲れ様です」
と、生け捕りにした中枢部マスターヂラールを調査するスタッフに挨拶を返される。
「で、どうですかニーラ先生、恒星方面と本星方面の戦闘の様子は」とイゼイラ人スタッフA。
「そうです。私達もこっちに来てから全然戦闘任務に従事する事なく、コイツの調査にかかりっきりですからね。正直こっち来てそうそう世間のことなにもわかりゃしないってもんですから」とイゼイラ人スタッフB。
ま、このヂラールコロニー研究の要とも言えるモノ。このマスターヂラールの研究にかかりっきりのスタッフは、正直世間一般の『今』をよくしらない。まあ皆研究に没頭しているワケであるからして。
「え? ああ、戦闘ですか。えっとえっと、恒星方面も本星方面も、戦闘状況、終わっちゃったみたいですよ。まー、ちゃちゃーっと勝ったみたいですけど」
しれっと言うニーラ教授。まるで勝つのが既定路線であるかのよう。実際はかなりの激戦激闘だったのだが……
ってか、ニーラさん、あまりそちら方面には関心がない御様子。なんでもニーラさんの統計学的には、『勝つ事がわかっている仕事』だそうで、特段驚くことでもないだろと。あの時の戦闘状況自体には、あんま興味はない様子。
普通ならここで講談師の如く、擬音も含めて関西人みたいに、その連合軍の成果を少々ストーリー盛って解説していただけるものと訪ねた方は期待するものであるが、まあこの大賢人先生がこんな調子なので、ニーラの下で仕事してるスタッフさんも同僚と肩をすくめて苦笑いみたいな。
「で、みなさん、このマスターヂラールの脳ニューロンデータの取得作業ですけど、どうですか? うまい具合にいってます?」
なんと、ニーラ達はこのマスターヂラールのニューロンデータを取得しようとしているという次第。
「はい、それなんですけど、やっぱり一筋縄にはいかないようで……」
「無理なんですかぁ?」
「いや、無理ではありません。できます。実際この通り……」と、データバンクシステムを指さして、「とりあえずテストも兼ねて一部を取得してみたんですが、いかんせんコイツの脳にあたる中枢部が異常にデカくて、特別な解析装置がいるのですよ」
確かにそれもそうである。かのマスターヂラールの本体がいる区画の天井部から上に、このマスターヂラールの中枢、所謂脳のようなものにあたる部分がある。ここが弱点であるわけで、月丘もこの鹵獲コロニーから解析できたこの場所を目指して、先の作戦でも活動していたわけである。
ただ、ティ連医学が想定する、脳ニューロンデータの解析システム。言ってみれば地球のCTやMRIみたいなシステムだが、それらが想定する検査対象の大きさは、ヒューマノイドクラスの生命体からプラスアルファな大きさ程度。獣医が使うシステムでも、大型異星生物の頭部ぐらいが想定されている大きさであるからして、このヂラールコロニーの中枢の大きさは、所謂『施設』レベルの大きさであったので、これを全部データで取得しようとすると、相当でかい専用の機材が必要だという結論に達していたのである。
「なるほど~……科学調査艦の外部スキャニングを利用できないのですかぁ?」
「それも考えましたけど、この区画がかなり奥まっている中心部であるのと、データの正確さを考えた場合、直接走査にかけないと意味がありませんね」
「でも、その機材を特注してこっちにもってくるにもちょっと日数かかるですねぇ?」
「はい……おそらくタイムリミットには間に合わないかと」
タイムリミット……つまり現状、この鹵獲ヂラールコロニーを維持管理する事に一つ問題があって、現在ヂラールコロニーを拘束している、かのハイ端子に対して、このコロニーが耐性を持ち始めているという報告があがってきている。
実際、ハイ端子が腐食し、排斥されている箇所が徐々に広がってきているということである。
現在は応急処置として構成素材の違うハイ端子を排斥された箇所に再度打ち込んで維持しているのだが、これもその場しのぎの対応で、そんなに長い時間使えないのはもうわかっている。
「ニューロンデータの全取得が難しいのはもう仕方ないので、できる限りで頑張ってくださいネ」
「了解です、教授」
そうイゼイラ人スタッフが頷くと、向こうの方で別のイゼイラ人スタッフと共同作業をしているゼスタール人スタッフに声を掛ける。
「ゼスタールサン、ご苦労さまですぅ」
ニコリと笑顔で声を掛けるニーラ。するとそのゼスタール人は一時期のシビアのように、視線だけニーラに合わせ、頭部を視線に合わせ、体を頭部に合わせるように、ニーラの方を向いて、コクと頷く。
「で、えっとえっと、ゼスタールサンって地獄耳ってお聞きしたんですけどぉ、さっきのアッチで話していた内容、聞いてました?」
『肯定。内容は理解している』
「あ、そうですか。でね、でね……もしかして、ゼスサンの技術で、このヂラールコロニーのシステムを、『スール化』するって……できますぅ?」
その質問を聞いて。イゼさんスタッフが「あ、そうか! その手があったかぁ!!」とさすが賢人ニーラと平手を打つ。
そう、かのゼスタール十八番の生きた物を人工的に『魂化』する、ゼスタール人にもイマイチどういう理屈でそうなるかわかっていない、偶然取得した技術、スール化現象。
たしかにコレをやれば、ある種のデータ化として、現状即座にこのマスターヂラールの人格……があるのかないのかわからないが、そんなデータを取得できて、ゼスタールで解析できるではないかと。
だが……
『……ニーラ生体のその提案は、合議体により却下された』
「ええええ~! どうぢてですかぁ~?」
いい考えとおもったのにー! とおねだり顔で残念声をあげるニーラ大先生。すると、そのゼスタール人は、「ふむ」と一呼吸おいて腕を組み、
『ニーラ生体の考えは、確かに現状の時間制限のある状況を考えれば、我々のスール化技術を利用して、このヂラールの中枢部をとりあえず生きた状態と同等の形で確保するというアイディアはあってしかるべきとは思う。だが、その行為は我々もすでにかつて考え、実行しているのだ』
「へ? あ、そうなのですか」
ゼスタール人が言うには、ニーラ先生のアイディアは、彼らのヂラール闘争の歴史の中で、既にやっていたと言うことであった。
その目的も、今のニーラ達が行っている事と同様の事で、すなわちスール化させたヂラールから、強制的に合議体化させて共有し、こやつらの情報を引き出そうという考えだったそうなのだが……
『……合議体に人格精神汚染が発生し、同化が不可能であった』
「精神汚染……ですかぁ?」
合議体化しようとしていたスール人格に異常が発生し、そのスールとヂラールのナーシャ・エンデにおける専有区画が接続不能状態に陥ったという事だそうだ。
即座にゼスタール合議体は、ヂラール・スールを強制的に抹消し、精神汚染されたゼスタール・スールの人格修正を試みたそうだが……結果を言えばそのスール人格体の修正、わかりやすく言えば精神治療には成功したそうだが、かなりの長期にわたる分析と解析時間を要したという話。
つまり、そんなリスクはもう冒せないという事。
「なるほどぉ。確かにそんな事になるなら、お願いしますとはいえないですね~……」
『その時の精神汚染関連のデータは供与できる。必要であれば参照せよ』
「ありがとうございますです……ということは、時間の許す限り、ニューロンデータの取得を行わないと」
すると、イゼイラ人スタッフが、
「教授、可能な限りやってみますので。まあ全て取得できなくても、何もわからないコイツらのことを少しでも暴き出せるなら、意味のあることですよ」
「確かにそれもそうですね、それにコイツがハイ端子の耐性を完全に持ってしまうリスクを冒してまでやることではありませんし……んじゃ、できるだけやってみましょうか」
了解と皆して頷く研究員達。そんな折、また一つニーラのもとに何やら仕事の話が入る。
「教授、すみませんが、ラボの方へ戻ってこれますか?」
ニーラのラボで作業する日本人のスタッフからの連絡だ。
「あ、はい。そろそろ戻ろうかと思ってましたので。で、どうしましたかぁ?」
『はい、情報省から特危情報科に出向されてる月丘三佐、ご存知ですよね?』
「あ、はいです~。私のお友達ですよ」
『その月丘三佐から教授に至急で調べてほしいものがあるということで、色々と映像データやサンプル……これはヂラール関係のものだと思うのですけど、預かっておりますので』
「ケラー・ツキオカからあらたまってヂラールのサンプルって、何でしょうかね~? あの方が普通のヂラールネタなんて持ってこないと思いますけどぉ」
『おっしゃる通りです。私も少し先んじてそのサンプルと映像データを拝見しましたが……ちょっとかなりショッキングな映像ですよ。もう教授がみたら垂涎ものの』
「ふむふむ、ケラー・ツキオカでその貴方の言葉となると、ほってはおけませんね。すぐに戻るですね」
『お待ちしております』
月丘がもってきたニーラに調べて欲しいというブツ。恐らくそれは、かの作戦時にナヨが斬り取ったゾンビ型ヂラールの腕の一部の事だろうが、それを月丘が調べてほしいと言う。
一体何を調べろというのか、もちろんそれはスタッフに言付けている彼ではあるが……
さて、この大規模なハイ端子でがんじんがらめにしたヂラールコロニーだが、こやつの対ハイ端子耐性のせいで、そろそろこいつを捕縛しているのも難しくなってきた。
で、最終的にこのヂラールはどうなるのかというと……
恒星ベイルラへ投棄される事になっている。
さしもの化物要塞ヂラールコロニーといえど、恒星の灼熱には耐えられるはずもないだろうということで、中枢部を破壊後、そのような手順で廃棄処分される。順当な処置だ。
ニーラ先生も、それまでに可能な限りヂラールコロニーの情報を収集する事に集中するわけである……
* *
さて、またまた場所は変わって、次は惑星グロウム帝国本星。
現在のグロウム本星軌道上は、これまた賑やかな状況になってるわけで、太陽系方面軍管区司令部所属の、かの旗艦『ジュンヨウ』を擁するゼルドア艦隊が、ティ連本部艦隊からかき集めて呼び寄せた惑星開拓艦隊を総動員してグロウム本星復興を行おうという次第。
おいおいはグロウム帝国近隣国家の復興に、グロウム帝国が保護種族として観察していた知的生命体ではあるが、まだ相当に遅れた文明の惑星で、ヂラールの影響を受けた種族の援助も、その復興再生プログラムの中に入っている。
……と、そんな進捗で進んでいくワケだが……
「……でよ、ま、そんな科学が遅れた種族にだね。いきなり天から御大層なジーザスっぽい異星人の方々が降臨なさって、人々をお助けあそばされて、天へ帰ってゆかれるわけで御座いますよムッシュ……俺はどうかと思うんだが……」
と、グロウム本星復興司令部でんなことをのたまうIHDのクロード部長。
椅子に足組んで何やら意見具申している様子。
「んじゃなんですか? クロード。あなたはその未開の知的生命体への復興援助は反対だと仰るので?」
と尋ねるは月丘和輝さん。
『意外ですネー、ケラー・クロードは冷たいですネー、オクサンかわいそーですネー』
とイヤミ言うはプリ子さん
「おいおいおいプリルチャン。そんな目でみるなよぉ……ってか、現実にそうなるだろう。それっていいのかぁ?」
クロードは、そんな未開の人々におせっかいで復興手助けして、その種族の歴史に『神』『救世主』の伝説をつくっちまうのもどうよ、と言いたいらしい。
確かに、一〇年前、ヤルバーン飛来事件真っ只中の当時、日本以外の外国から見れば、日本だけ依怙贔屓する異星人の到来に、そんな感じの脅威も抱いた外国人の言葉とするなら……まぁそれもわからないではないがと思うところは月丘にもある……が、そこで意見するのは、
『じゃーさ、くろーど師匠。私達ハイラの国民はどうなんのさ』
「え゛!? あ……まーそれは……」
現在、ティ連においてブッチギリで科学力の低さを誇るハイラ王国の王女様が意見具申。
まあメルは種族としてはイゼイラ人だが、ハイラ生まれのハイラ育ちだ。なのでティ連との接触がなかったら、未だに科学も知らない文明で、さらに言えば今頃は滅びていた文明だったかもしれない。
……と、そんな会話をする月丘にクロード、プリルにメルフェリア。所謂休憩中というやつである。
現在、地上のヂラールコロニーの生き残りにとどめを刺し、なんとか平穏を取り戻せたグロウム帝国本星。だが平穏とはいっても、単純に戦闘行為が無くなったというだけの話であり、この星は現在、数々の問題を抱えている。
まず、この惑星に侵攻してきたヂラールコロニーを迎撃するために、決死で挑んだ大規模熱核兵器攻撃。
本星を放射能まみれにしてまで挑んだこの攻撃の影響で、現在本星ではかなりの広範囲に渡って放射能汚染区域が指定されており、残った数少ない安全地域へ住民は疎開していたわけであるが、残存住民の全てが疎開できるわけではなく、疎開できなかった都市部の国民は、大規模地下都市へ避難していた。
地上は高濃度の放射能で汚染されてはいるが、地下都市はきれいなもので、放射能対策は流石といったところではある。
だが、このグロウム帝国もヤルバーンが飛来する以前の地球に比べれば、SF作品並の科学力を誇っていた国ではあったが、放射能除去に除染技術がティ連ほど発達しておらず、現状の本星の状況をどうするかという点においては、かなりの困難を要するところではあったのだが……
と、そんな危険な場所となっているこの星ではあるが、そこはティ連の恐るべき科学力。
本星首都にある市街地区を間借りして、その場所を工作艦でアノ時のパウルの如く徹底的に除染し、さらには事象可変シールドを張り巡らせて完璧な安全地帯を造り出し、その区画の開けた場所に仮設の司令部をハイクァーンでおっ建てて、生身の状態で普通に生活できる空間を造成していた。
その技術にグロウム人関係者は腰を抜かして驚く……まるで放射能をゴミかホコリの如くチャチャっと取り除いてしまうとはと……ってか、福島原発抹消作戦の時、時の日本人全てが、同じ感想を持ったわけであるからして、グロウム人もビックリなんだがら、やっぱりティ連のこういった次元空間制御の技術は、やはりスゴイ。
そんな場所で行われるは、このグロウム本星に残された帝国国民の代表と呼ばれる人物と臨時政府の使節も兼ねたネリナ達と、ティ連、日本政府関係者との会談であった。
ちなみにこの日本政府関係者の中には、白人系の人物の姿も見える。これはLNIFから派遣されたオブザーバースタッフで、要は見学者だ。今後は恐らくこのグロウム帝国の案件に、ヂラール関連の案件は、地球世界において日本とヤルバーン州だけの対応というわけにはいかないだろう。
で、こういう星間外交ははじめての話になる地球世界の、日本以外の国家、即ちLNIF諸国へ先んじてそれらがどんなものか体験してもらうために、此度は同席してもらっているのである。
即ち、LNIF陣営も、かなり優秀なスタッフを送り込んできているという次第であった。
と、そんな色んな思惑もあっての話でこのグロウム本星も、言ってみればサージャル大公領での邂逅を同じく、接触の仕方が逆さまの状態にあり、色々と状況整理からやらねばならんので少々骨が折れる作業になる。
ということで、そんな『外交案件』といったところの状況に入ったグロウム帝国本星と、ティ連から特に『外交優先権国家』に指定された連合日本国。
次の作業は、所謂事務方の仕事となるわけで、月丘達実働部隊の方々にゃ当分出番がない。更にはクロードのような、いうなれば『外注業者』の方にはなおさら仕事がない。とりあえず契約案件は済ませてしまったわけで、これが地球ならとりあえず『撤収~』となるのだが、異星人国家ど真ん中じゃ、撤収するにも簡単にいかないわけで、この間は待機期間ということで契約にも入っており、お金も出る……実は一番おいしい時間だったり……
まあそういうわけで、月丘以下これらの方々は、仮設司令部施設のサロンでしばしくつろいでいたわけである。クロードも愛用の煙草をぷかりとふかして仲間のPMCスタッフと一息。
すると、グロウム人の男性が仲間を伴って月丘達がダベっているところへやってくる。
その面々の顔を見て、咄嗟に月丘は顔を彼らに見せないよう、そっぽを向く。
その挙動を見るクロード。プリルも気づくが、彼女は少し訝しがる視線。
『やあ、突然ですまないが、アンタタチはチキュウジンか?』
クロードは月丘の挙動を見て、何かを察したようで、
「ああそうだが、お宅は?」
『俺はベルゼという。グロウム軍で大尉をやっている。先日のバルターの親玉を倒す手助けをさせてもらった』
「ああ、んじゃアンタがあのレジスタンスの」
『れじすたんす? 言葉がよくわからんな。ふむ、この借りた翻訳機もまだうまく作動できてないのかな?』
「はは、いいよいいよ。で、地球人は俺とそこにいる男だが、なにか用かい?」
『ツキオカ少佐って人物、しらないかな? 確かチキュウジンだって話を聞いたんだが』
プリルが何かを言おうとしたが、クロードが片目瞑ってプリルを抑える。
「いや、知らないな。どんな奴だ?」
『えらい銀ピカの派手な機動服着た奴でな。素顔は知らないんだが……』
つまり、放射能影響下での作戦だったので、みんなマスク被ってお仕事してたわけで、ベルゼらはキャノピー型の防護ロボットスーツだったので顔見せできたが、当時の月丘は件の宇宙諜報員のスーツで、プリ子はむせてる機体に乗ってたし、降機した時も多機能ゴーグル付けて、気密ヘルメット着けてたので、この二人は覆面状態だったワケである。その点を話の内容から察したクロード。
『もし会うことがあったら、俺の隊全員が感謝してたって伝えてくれないか』
「わかったよ。コードネームは“シャドウ・アルファ”って呼ばれてたんだな」
『ああ、確かそんな言葉だった』
「なら、所属も特定できると思う。伝えておくよ」
そういうと礼を言い、その場を去っていくベルゼ。
「…………ふぅ、いいのか? カズキ、名乗らなくても」
「ええ、これでいいんです。私はなんだかんだで間諜のはしくれですから。そんな人物が有名人ってのも、あんまりね」
するとプリルも、
『確かにそうですよね。もし名乗っちゃったら、ワイワイ大騒ぎされて、受勲だ名誉市民だ、とか、そんな騒ぎになったら、それはそれで諜報員としちゃ、あんまりよろしくないですもんネ』
「ゴメンね、プリちゃん。なんか日陰者みたいでさ」
『ううん、それがお仕事ですもん。別に気にしてないですよ……って、ハルマじゃスタインベックのやろーにバレバレですけど』
「ははは、まぁね」
まぁ確かに月丘のような職の人物は、あまり有名人でないほうが良いのは確かである。
これでグロウム帝国名誉国民にでもなった日にゃ、地球に帰ったらマスコミの大攻勢で諜報員どころじゃなくなる。それはそれでちょっとマズイ。
『間諜はつらいね、カズキ師匠』
「(って、メル団長、声でかいって! まだあそこにいるし!)」
『(あ、ゴメン!)』
口に手を当て狼狽するメルさん。ま、バレたらバレたで別に構わないけどとも思う彼。
その時は素直に名乗ってやろうかとも思う。
「で、カズキ。この司令部にグロウム人もやってきてるってことは、こっちはこっちで何か話し合いでもすんのか?」
「そうですね。ネリナ提督がサージャル大公領グロウム帝国臨時政府の使節も兼任してらっしゃいますから。でも恐らく……若干もめるのはもめるでしょうねクロード」
「ふむ、まあ俺もそうなんじゃないなとは思うがな……今の地球じゃ、もうあまりみないパターンだが、俺も昔はアフリカの方でこんな感じの政変なんかを見たことあるし」
「ええ……まあヂラールみたいなにのに襲われたっていう致し方のない経緯があるとはいっても、臨時政府の方は、言ってみれば帝国の、この本星での主権を一旦放棄した形にならざるをえない状況がありますからね。
現在のこの星の、都市自治政府の首魁となっている人々がどう考えているか……さっきのベルゼ大尉も恐らくはそんな何処かの都市自治体の幹部か何かでしょうから」
『ンじゃカズキサンは、そういうのもあってサッキは自分を名乗らなかったというのもあるの?』
「そうですね。穿った見方ですが、グロウムさんから見れば、我々とお知り合いになっとけば、色々と自分達の勢力に有利だとか、そんな事も考えてってのは普通でしょうから」
するとクロードも月丘の考え方に賛同して、
「そうだな。っていうか、そうあって普通だと思うわな。このグロウムさんも、アイデンティティー的には俺達地球人や、ティ連人に近いところもある。聖人君子みたいな感じにはいかないだろうよ」
そんな感じで、月丘やクロード達実働系の連中からすれば、そんな交渉話は若干蚊帳の外だが、そこに今ここにはいない面子の声色が割って入ってくる。
「ま、そこを良い方向へもっていくために、俺が降りてきたんだけどねぇ」
「え?」と思う月丘。その声色の方向へ視線を移動させると……
『こここ、これはっ!!』と、シュタっとディスカール敬礼して背筋伸ばすプリル。んでもって、
『あ、おっちゃーん!』とニコニコ顔で抱きつくは、メルさん。ということでこの場に姿を見せるは……
なんと、『柏木真人 防衛総省長官』閣下様であった。
「これは、柏木長官。お久しぶりです」
「や、月丘君」
で、クロードも流石にこれには驚いて、咥えていたタバコを即座にねじり消すと、現役フランス軍時代の
頃のようにピシッと敬礼する。
「お初にお目にかかれて光栄ですSon Excellence」
「ええ、存じていますよクロードさん。月丘君から以前いろいろとね」
ブンデス社事件での諸々で、月丘からはクロードの事を色々と聞かされていたりする。
「……では、長官は都市自治体と臨時政府との間を取り持つために?」
「まあね。昔取った杵柄ってヤツでね。通信でウチの女房に『行ってキナサ~イ』って言われて……ま、紛糾した時に色々仲裁もせにゃならんかなって感じでさ」
「はは、では長官の一番得意とする状況じゃないですか」
「は~、どうかなぁ……色々心配するところもあるけど、杞憂で終わって欲しいんだけどねぇ……」
すると、月丘達に挨拶したのもつかの間、柏木の部下が彼を呼びに来る。これからその会合だ。とりあえずは色々互いの話を見て聞いて、というところだろうか。
まあでも柏木が言うに、先程、同じく会合に出席する大見から入った情報では、一様に都市自治体の市民に指導者全員がランドラ皇帝の容態を心配しており、その点がわかっただけでも話がしやすくなるというワケだが、そうなるとかなり広大なこの惑星サージャル大公領に散る都市自治体の人々に顔見世せにゃならん柏木であるからして……
ということで、その場を離れる柏木。少し離れた場所で、大見や多川にシエ、ナヨにシャルリ、USSTCに同道してきたセルカッツも合流して、この星の現在の代表団と会合を持つ事になる。この面々は言って見ればティ連と連合日本と、ヤルバーン州の重鎮だ。この面子が揃えば国家間条約や協定の締結も可能になる。
そしてもう一点重要な人物。ゼスタール人代表の、合議体の姿も一人確認できた。彼らもヂラールについての知見が買われて呼ばれたのだろう。
* *
そんなこんなでサロンを離れ、この仮設基地を見て回る月丘にクロード、そしてプリルにメル。
仮設司令部とはいえ、かなり大規模な敷地面積を持っている。これも先の通り、この星の放射能汚染除去のテストを兼ねた施設であるために、グロウムの街であるイチ区画をそのまま除染テストした場所に造られた施設だからという理由もある。
その区画の河川に近い場所。その上空に例の話題の航宙巡洋艦である『ニール・アームストロング』が滞空停泊していた。
その直下では、USSTCの隊員が整列し、海兵隊のような号令をかけて、何やら準備していたり。
『あ! あれは、すみす師匠だ! ししょぉ~』
何やら訓示を垂れているモーガン・スミス最先任上級曹長を見つけたメル。手を振って叫ぶ。
するとそれに気づいたスミス上級曹長も、部下に休めの姿勢で待機させ、こちらに近づいてきた。
スミスが部下に背を向けると、部下もキリっとした姿勢を少し崩して、メルにチラチラと手を降っている……いかんせんメルもこのUSSTC内ではファンも多く、『イゼイランサムライガール』の別名をもってるぐらいであるからして。
「やあメル団長……あ、いや殿下ってお呼びしたほうがいいかな。ははは」
で、月丘はタジキスタンの作戦で、もうスミスとは顔見知りということで、プリルとクロードを紹介する。
月丘達が来たので、スミスも部隊を適当に解散させ、彼らをニール・アームストロングへ招待した。現在のUSSTCの基地も兼ねている船が、このニール・アームストロングだ。
ティ連から貸与設備として可動している転送機をくぐり、艦内へ。この転送機の体験も、ヤルバーン州観光や、レグノス県観光で普通に使用されている技術でもあるので、現在の地球世界における外国人らにも、もうそんなに珍しいものでもなくなった技術だ。
で、転送機をくぐり艦内の格納庫で待ち構えていたのは……
「あれ? 香坂さん!?」
「はは、やあ月丘君」
月丘がいつも双葉基地での定期防衛技術教練で世話になっている顔見知りの香坂。プリルも顔見知りなので、こんなLNIFの船に乗っている彼を意外に思う。
「って香坂さん、こんなLNIFの艦で何やってるんですか?」
『ですです。ケラーは確かフソーの艦長サンじゃなかったですか?』
プリルも月丘の質問に同意して、そんなことを尋ねる。
「うん、まあそうなだけど、LNIFのこの新鋭艦のね、運用サポートも兼ねて、今だけ副長みたいなことやってるんだよ」
と、そんな回答。で……
「でもその副長みたいな仕事も今日まででね」
「と言いますと?」
するとその先はスミスが、
「我々は、本日地球へ帰還、撤収します」
「え! そうなのですか」
すると、クロードが少々訝しがる口調で、
「なるほど、ということは、とりあえずこの艦のデータと、成果を早急に持ち帰って、UNMSCCでの影響力を誇示したいと……ま、さしずめそんなところか? コウサカ大佐」
「はは、私も特危だがらそこんところはよく知らんが、ま、さしずめそんなところなんじゃないかな? どうですか? スミス上級曹長」
「いや、自分に聞かれましても……」
でもこの状況下でニール・アームストロングだけ先んじて撤収というのは、そういうことだろう。
まあ彼らもLNIFにUSSTC初の宇宙艦隊戦体験学習みたいなところもあっての参加であるからして、そこのところは連合日本が政治的案件も抱えて本作戦に参加しているのとは少々趣が違うというところはある。
で、月丘達は、ニール・アームストロングのブリッジへ案内されるのだが、そこで彼らを待っていたのは、更に意外な方々。
「え? シビアさん?」『はり? シビアチャン!?』と、月丘とプリル。
『あ、ネメア師匠~』と、ネメアに抱きつくメルフェリア。
更にはもう一人男性型の姿が……
「あれは……ムッシュ・ゲルナーじゃねぇかい?」
とクロードがつぶやくと、月丘も、
「あ、本当ですね……これは意外な方が……」
月丘とクロードは、ゼスタール月面基地司令ゲルナー・バントとは以前月基地調査団の一員として参加していたので顔見知りだ。
「これはお久しぶりですゲルナー司令」
と、月丘にクロードが握手。ゲルナーもゼスタールらしい淡々とした表情ながらしっかりと握手に応じる。
更に月丘達は、このニール・アームストロングの艦長ジェフリー・マーカスも紹介される。
「で、どうしてシビアさん達が、この艦に?」
『我々は、あの恒星エネルギー分配システムと同化したヂラール敵性体との戦闘時に、我々が操る「ヤシャ級」カルバレータ兵器がかなりの損傷を負ったのだが、その際にこの艦と、ゲルナー合議体の支援にて、作戦を成功させることができた』
とシビアが毎度の調子で答えると、
『そのような諸々の経緯もあり、我々は現在この艦で調査活動を行っている』
とネメア……実のところネメアとは初対面の月丘。勿論クロードとプリルも。
月丘とクロードはデルンとしてそのナイスバディなネメアの肢体に思わず目がいってしまうが、
「いでっ!」「あいたっ!」
と声をあげる月丘にクロード。プリ子が二人の腕をつねり倒していたり。
そのサマに少し微笑するゲルナー司令。するとゲルナーは、タイミングも良いかという吐息を一つついて、
『シビア・ルーラカルバレータ、及びネメア・ハモルカルバレータ』
ゲルナーが二人を呼ぶと、
『シビア・カルバレータは当初の通り、ニホン政体、情報省での活動へ復帰せよ』
『シビア・ルーラ了解』
『ネメア・カルバレータは、このままトッキ・ジエイタイでの調査活動を命じる』
『ネメア・ハモル了解』
その言葉に月丘が意見。
「ちょっと待ってください。このネメアさんの件は、お話には一応伺っていますが、特危さんの方へお話は通してあるので?」
するとそこは香坂が、
「ああ、月丘君。そのネメアさんと、合議体さんがそれを希望しているということだそうで、私の方から藤堂さんへ頼んでおきましたよ。なんでもあのガーグデーラ母艦とドーラも一緒に持ってきてくれるそうで、藤堂さんも海上宙間科の戦力と、陸上科、航空宙間科の戦力が一気に充実するって喜んでましたよ。ははは」
シビアの話によれば、ネメアは戦闘合議体としてカルバレータ兵器の使役が得意という話だそうなので、そんな感じ。
でも、事実上の出向とはいえ、特危の戦力をガーグデーラ系の兵器で補完するのってどうよと思う月丘だが……プリ子がしっかりそんな月丘の杞憂を見透かしたかのように、
『んじゃさ、ケラー・ネメアの兵器ってマックロクロスケでちょっと不気味ですよねっ!? 白く塗っちゃう? 赤いの入れちゃう? 黄色い線入れちゃう?』
と、目が輝くプリちゃん。って、それは特危さんが考える事であってプリ子さんが心配する事じゃないでしょと思うが……
(あ、ヤル研も絶対関わってくるな……)
遠い目をする月丘であった……
* *
そんなこんなでLNIFにUSSTCの方々、ゲルナー司令達と親睦を温めていると、月丘のPVMCGが音を鳴らす。通信のようだ……相手は大見からだった。
「はい、月丘です」
『ああ月丘君、すまない、今関係者全員に集合をかけているんだ。すぐに会議室へ来てくれ』
「え? でも今はグロウム帝国の、こちら側の方々と会合中じゃないのですか? 私が行っても……」
『いや、君は情報省関係者だ。今は特危に出向してもらってるが、情報省の立場で出てもらいたい……というか、ちょっと大変な事態になっていてな。はは、もうどうしていいやらで……』
「は、はぁ……わ、わかりました。今すぐ行きます。でも今クロードやシビアさんにネメアさんも一緒ですが……」
『はは、この際誰でもいい。いろんな意見を聞きたいから、来たいヤツはみんな来てくれ』
「はぁ!? ……はぁ……」
一体何なのだろうと。特危陸上科司令の大見ともあろう人物が相当狼狽したような口調で、関係者全員、ってか誰でもいい感じで皆を呼ぶのであるからして、これは相当なことだとは思うが、と。
もしかして、調停が失敗に終わったとか……まさか柏木長官まで出席している会議で、なにか大事が起こるとは考えにくいのだが……と思いつつ、会議室へ急ぐ月丘達。
……ということで、会議場に到着すると……
「えっ!??」
という表情で、その異様な空間を目の当たりにする彼ら。
大見やシャルリ、多川にシエ、ナヨまでも、入室してきた月丘達に視線を向けて、少し首を傾げている。
その光景、なんと……グロウム人出席者全員が、ある人物を前にして、膝を付き、胸を手に当てて頭を垂れ、畏まっているような風景。
なんともそのグロウム人の中には、ネリナも混ざっている。
んじゃ一体彼らは何にそんなに畏まっているのか、誰に頭を垂れているのか。それは……
LNIFについてやってきていた御方。
セルカッツ・1070……“かっちー”にであった……