【第六章・ティ連日本国】 第三三話 『皇帝ランドラ一四世』
「パウル提督! 惑星サージャル大公領宙域、本要塞より二十五万キロメートル地点、グロウム帝国の国籍識別信号を発する艦艇の空間跳躍反応を確認!」
惑星サージャル大公領から、約二十五万キロメートル。距離を喩えるなら、月と地球より少し短いぐらいの場所、その宙域に、かなりの大規模なグロウム帝国艦隊……いや、艦隊と言うよりは『船団』を伴ってワープアウトしてきた。
『これは……』
グロウム艦隊が顕現してきた場所へ、即座に偵察用ヴァルメを飛ばしたパウル。その艦隊の映像を、目を凝らして見る。
『ファーダ・カシワギ……これって……』
「ええ、かなり満身創痍ですね。もう見た感じでわかります。まるでゼルドア提督が初めてネリナ司令達と邂逅した時のような……って、私が見てきたみたいに言うのも何ですが」
もちろんゼルドアの詳細なレポートを読んだ上での話。
『一般宇宙船型は置いといて、グロウム帝国の軍用艦艇って、空を飛ぶ生き物の飛翔している姿を模したようなデザインが多いのが特徴なんだけど……』
「ええ、それがどうかしましたか? パウルさん」
パウルがVMCモニターを引き寄せると、そこに映る画像の、小さく映る艦艇群のとある一角を拡大させて柏木に見せる。
『これよ、これ、ファーダ。この一隻のみ、他の艦艇と違って物凄く個性的じゃないかしら?』
「どれ? ははぁ、なるほど。ええ、確かに……」
言われてみればその船のみ、かなりデザインが煌びやかで、黒と赤をベースに金色で装飾を施した、と言っていいような、そしてグロウム艦にしては、全長一五〇〇メートルという今まで見てきたグロウム艦における戦艦クラスの大きさと比較して、三倍ぐらいの大型艦をパウルは柏木に見せる。デザイン的にはその船も飛翔動物が飛んでいるような形状をしている。
「……もう見た感じVIP系の臭いがする船ですな、パウルさん」
『そうね〜。ってか、普段の私なら、必ず臨検かけるよう命令するんでしょうが……』
すると、現在地上の司令部となっている城塞都市ゲンダールより緊急通信が入る。ネリナ大佐だ。
『カシワギ長官閣下』
「ネリナ大佐、お疲れ様でございます」
『恐縮です、閣下』
「っと、このタイミングで貴方から緊急通信となりますと……」
『は、お察しの通りであります閣下。幾度となく連絡を試みておりました、帝国本星の艦隊であります』
「なるほど。ではご同胞と、この宙域でやっと意思の疎通ができたと」
『はい……』
普通なら歓喜するところだが、ネリナも今ひとつ納得がいかない表情。つまり、この状況で誰でも疑問に思うのは、
「ふむ……ですが……」
と、柏木が話そうとする前にネリナが、
『カシワギ閣下の仰っしゃりたいことはわかります。あれだけの艦隊を擁しながら、今の今までなぜに連絡がつかなかったのかという疑問ですね』
「え、ええ。その通りですが」
ネリナはおそらくその点も、もうすぐ分かるだろうと話す。
「と、いいますと?」
『はい。今、サージャル大公殿下が艦隊の責任者と話をしております。で、話をしておられる人物は恐らく……』
と、その次の言葉を何かとても恐縮そうな言葉と態度で、
『わがグロウム帝国皇帝、ランドラ一四世陛下か、もしくはその側近の方かと』
「!!?」
どういうことだと訝しがる柏木。するとパウルがVMCモニターに映る、一五〇〇メートル級のグロウム艦を指さしてチョイチョイと柏木を突付く。
彼はそのパウルの行為に(ハイハイ)と納得してコクと頷いてみたり。
確かにあの船の意匠を見れば、所謂『偉いサン』の専用艦であることは、まあ想像に難くないわけだが、その船にグロウムの皇帝陛下が御座乗あそばされているとは、と思うと……まあ普通に考えれば、ポジティブになれる状況では無いのではないか? というのは普通に想像つくわけであるからして……
すると、VMCモニターの向こうのネリナがふと隣を向き敬礼をすると、サッと画面から身を引いて、変わってVMCモニターに映ってくるは、フェルとサージャル大公であった。
これには柏木とパウルも身を正して敬礼する。パウルは平手を耳の横に掲げるディスカール式。柏木は、挙手敬礼だ。って、柏木先生、実はこの挙手敬礼が堂々とできる今の立場を結構気に入ってたりする。
『カシワギ長官閣下……』
とフェルが畏まって柏木をそんな風に呼ぶと、隣にいるサージャルに、
『ははは、フェルフェリア大臣、お話ではカシワギ長官閣下とはご夫婦だという話。そんなに畏まらなくても』
と、突っ込まれてしまう。
『ウフフ、はい、そうですネ。ということでマサトサン』
「はは、はいはい、なんでしょうか?」
『エット、マサトサンはお初になると思いますので、まずは……こちらがセイファヌマ・グロウム帝国、惑星サージャル大公領のご領主サマであらせられます、シャーダ・サージャル大公デス』
実はよくよく今までの経緯を思い返すと、サージャル大公と柏木が顔を合わすのはこれが初めてである。
会談やミーティングの映像記録で、柏木の方は、大公の顔はもう既知であはったが、大公は初めてとなる。とはいえ、先の会話の通り、フェルと柏木が夫婦であるぐらいの情報はサージャルも得ているようだ。ここんところはネリナが報告したのだろう。
『初めてお目にかかる、カシワギ長官閣下。色々とティエルクマスカの方々からお聞きしていますが、貴殿におかれては、当該国家では知らぬ者はおらぬ古今無双の英雄であるとか』
「あ、あ、あ、いや、古今無双の英雄かどうかは知りませんが……」
これが昔の柏木先生なら恐縮して「いやいやいやいやいやそんな」とでも言うところだが、最近はもう彼も年季が入ってきた実年齢四七歳で、見た目もうちょい若めな人物であるからして、
「ははは、もう慣れましたが、まあ確かに世間ではそんな風に言われているみたいですけど、はは」
と余裕ぶっこく言動も言えるようになった。というか、実はこういう世界では、このようなお褒めの言葉をあまり大げさに『いやいやいや』と否定して謙遜しすぎるのも、『事実なのに何言ってんだこのオッサンは』とかえってへりくだった野郎と思われるので、ほどほどで肯定し、ほどほどに謙遜する態度が要求される。そこはかつて『ビジネスネゴシエイター』を自称した彼であるから、まあそこんところの会話術もお手の物である。
と、そんな自己紹介も程々に、サージャルは、ネリナが先に話した、あの特殊な艦に乗っている『お偉いさん』と会談をしていたという話。
で、その後にフェルと会談を持って、『ティ連安全保障部門のトップとも話をしなきゃいかんだろ』という事になって、今このVMCに映っているという次第。
ということで柏木は、現在の状況、即ちグロウム帝国本星からやってきたであろう艦隊とこのように接触できている。即ち、『通信』が可能であるのに、なぜに今まで惑星サージャル大公領からの星間通信に帝国本星側は返答できなかったのか? というところを問うわけであるが、
『うむ。勿論私もその点を陛下の側近に問いただした』
ここで柏木は、サージャルの会話に引っかかるところを感じる。
(側近? さっきから、皇帝本人と会話したような雰囲気ではないような……)
と思うが、まあそれは今の話の流れで問う疑問ではないので、スルーした。
で、サージャルは話を続ける。
『……やはり我々も感じていた通りの能力が、あのバルター……いや、今はヂラールと呼んだほうが良いかな? そのヂラールに備わっていたようでな。そのせいで、こちらとの連絡を絶っていたそうだ』
その言葉で柏木も諸所調査資料を読んだ知識で、
「それは、ヂラールが通信を傍受して、行動を変化させている……というアレですか?」
と問うとサージャルも、
『その通りだ』
と返答する……この事実に柏木は渋い顔。
そりゃそうだ。ただのバケモノで、知性の低い猛獣か怪獣か、その類と思っていたヂラールが、知的生命体の通信を傍受し、把握し、行動、即ち作戦を変化させているというのである。
実際、グロウム帝国軍もそれに気づくまで、メルフェリア曰く『バカ』のヂラールに裏をかかれるような攻撃を相当食らっていたという事実を明かした。
実際彼らグロウム帝国と、今は壊滅してしまった近隣諸国の、ここに至るまでの痛恨の敗北は、この能力に基づくところが大きいのだろうということ。
だが、ここでまた疑問に思うのは……
「でも、私達が作戦を遂行している時には、そういった感覚は無かったですけど……」
と、柏木が疑問を呈すると、そこは科学者でもあるフェルがすかさず、
『マサトサン。オソラクですけど、それは我々ティエルクマスカ連合の基幹通信技術が、「量子間テレポーテーションシステム」を利用した技術を使っているからだと思いますヨ』
流石フェルさん。柏木もその一言で指を鳴らし、軽く頷く。
横でサージャルが、「なんですと! そのような技術であなた方は通信をしているのですか!」と驚いていたり。でも一〇年前の『かの時』はこれのせいで難儀したのであるからして。でも難儀した理由が、ヂラールもティ連に対して、奴らの能力を生かせられなかった理由でもあった。
「なるほど。確かにね」
量子間テレポート通信は、それはもう通信技術でいえば、究極かつこれ以上のものはない通信方法である。
地球で使用されている電波に光、更にグロウムで使用されている亜空間跳躍技術といった『波動』を利用した通信方法ならば、ヂラールは物理的にその通信を何らかの形で傍受でき、その波動パターンを捉えることで、言語を解さなくとも相手がどういう動きを行うかを動物的かつ生体兵器的な超感覚で経験則に基づく行動予測を行うことができるだろうと思われるが、量子間テレポート通信の場合は、波動で通信を行わないので、傍受することができない。なのでヂラールの主観で言えば……
『なんだこの生命体は。コミニュケーションを取らないのか?』なんてこんなことは思わないだろうが、感覚的にそう感じるのは間違いないだろう。なので現状ティ連は個々の能力に関してヂラールに対し、優位性を維持できているともいえる。
……と、そんなところを説明するフェルさん大臣。流石は本業科学者サンである。
『なるほど、そういうことですか……しかし御見逸れ致しました。すごいですなフェルフェリア大臣閣下は』
「はは、いや大公殿下、彼女の本業は、本来科学者なんですよ」
『なるほどそうでしたか』
と、感心するサージャル……ということで、本星との通信が途絶えていた理由はわかったが、となれば、彼らが一体なぜにこの宙域に姿を現したのか?
グロウム皇帝の御召艦みたいなのが随伴している状況であれば、あんまり良い理由があっての現状であるとは考えにくいわけで……
それに彼らがワープアウトしてきた場所に、得体の知れない巨大人工亜惑星と、ジラールコロニーと、大艦隊が軌道上に存在する状況を確認すれば、向こうさんの主観として、これ尋常ではない状況ではないですかとなっているのは容易に想像できる。
なのでサージャル達と容易にコンタクトが取れ、彼から概要ではあるが、説明をもらえた皇帝艦隊側は、まだ幸いであったともいえる。
ということで、フェルと柏木にサージャル大公は、皇帝艦隊側の代表と会談を持つことになるのであった……ってか、パウル艦長は要塞でお留守番。彼女も行きたかったみたいで、ちょっとブーたれてほっぺが『 )3( 』であったりしたが。ってか、要塞ほっぽってトップが二人も抜けるわけにはいかんだろと……
* *
さて、現状宇宙の方はと言うと、ヂラールコロニーをハイ端子により地球勢力連合軍側制御の支配下へ置くことに成功した。
勿論、この成果は今作戦に関わった連合日本国、ヤルバーン州、グロウム・サージャル大公軍、米国USSTC共同の誇るべき成果であるのは間違いないが、その他小さいところで言えばティ連とゼスタールにとっても大きな共同成果となってる部分もあるのである。
それは、『ハイ端子技術』だ……本来、ゼスタールが恒常的に使っている『仮想生命体技術』から派生した、彼らが調査任務や兵器として使うゼル端子技術。この技術を応用して生物や機械の永続的な強制制御を可能とする技術となったのが、ティ連の所有する、実体を造成するハイクァーン工学技術を利用した『ハイ端子技術』である。
本来はティ連でも開発が可能な技術であり、その技術を兵器転用した際、大きな危険を予測できる技術であるために製造開発が禁止されていた技術であったのだが、ことヂラールの驚異が現実となった今、そんなこともいってられないわけであるからして、ティ連憲章における『仮想生命兵器技術の開発製造禁止条約』を一部緩和して、ゼル端子応用技術の開発を可能とした。
とはいっても、もう既にゼスタールの基幹技術としてあった仮想生命体技術の延長で開発できたハイ端子技術であるわけで、ここはヂラールからこの宇宙を守ってきた防人としてのゼスタール人との和解が、今回のヂラールコロニー鹵獲作戦での大きな成果を得ることができたということで、ティ連軍関係者内では注目されていたりする。
で、そのハイ端子によって、現状完全に連合軍側の制御に置かれているヂラールコロニー。制御はゼスタールの特別合議体、つまり、今作戦で特別に編成されたゼスタール・スールさんの特殊チームと、ゼスタールの本拠地であるナーシャ・エンデにあるレ・セズタシステムで制御している。
レ・ゼスタシステムも、今やティ連技術者合同の修復作業のおかげで、所謂ティ連で言うトーラル・システムの一つとして完全に機能を回復しており、ゼスタールもティ連に感謝してたり。その本来の高性能ぶりを、ヂラールコロニー制御でいかんなく発揮していた。
ということで、現状ヂラールコロニーはレグノス要塞に曳航されて、現状もっとも遠い衛星軌道を周回している。これで落ちることもなく安全な状態となっているわけで、連合軍合同の調査チームが編成され、内部調査の真っ最中という次第。調査チームの隊長サンは、賢人ニーラ教授大先生。『機動重戦闘護衛母艦やましろ』から、ヂラール・コロニーへ乗り移る。ニーラ大先生は当面このコロニーの調査で忙しくなるだろう。
さて、状況としては決して落ち着いているわけではないが、ヂラール・コロニーを落とした直後に発生した現在の状況。
サージャル大公の話では、やはりこの宙域に到着したグロウム帝国本星艦隊は、現状の大公領宙域の状況を見て、狼狽しているという話である。いや、狼狽どころか警戒しているという次第。そりゃそうだろう、本星艦隊の視点で見れば全てがカオスである。
今やもう何の反応も示さない、巨大なドリルみたいなのがブッ刺さったヂラール・コロニーに、準惑星にも匹敵する大きさの宇宙ステーション。で、見たこともない大艦隊。更にはそんな正体不明の軍勢を味方につけて、なんかヂラール連中に勝ってしまってる大公軍。
……そりゃ状況整理をしたほうが良いに決まっている。
ということで、本星艦隊の代表と会談をする事になる地球連合軍勢。会談場所は、例の本星艦隊の旗艦であり、皇帝陛下の御召艦内で行うこととが決定する。
つまり……グロウム帝国皇帝が話をしたい、ということなのだろうか? ただ、柏木が疑問に思うのは、サージャルから皇帝が何か動きを見せているという話を聞いていないところ。全てが皇帝の『側近』や、『関係者』という言葉で括られているところが引っかかるが……と。
* *
ということで、地上からサージャル大公領軍側が用意した宇宙連絡船に乗り、グロウム帝国皇帝御召艦『ファヌマガウド』へ向かう代表。
地上から上がったのは、フェルにサージャル、そしてネリナ大佐。
レグノス要塞からは、柏木が連絡船に乗って、ファヌマガウドへ向かった……
「改めて、初めてお目にかかります、サージャル大公殿下」
『こちらこそ直接お会いできて光栄です閣下。貴殿には我が領民、いや、グロウム帝国臣民を代表して、現状に対する最大級の御礼を申し上げたい』
ファヌマガウドのハンガーで、サージャルと面等向かって対峙する我らが柏木長官閣下。固く握手して、サージャルと信義を確認する。
「フェル大臣閣下もご苦労様でございました」
『ハイです、マサトサン。ウフフ』
よくよくかんがえたら、フェルと柏木が互いに同じ仕事をするのも、二人が日本の『ティ連統括担当』の特命大臣と副大臣でタッグを組んでいた時、もしくはゼスタールのシビアとサイバー空間で対峙した時以来かもしれないわけで、久々に二人のコンビネーションを見せられるかもしれないと、両者張り切っていたりする。
『はは、しかし種の違う知的生命体同士が夫婦になれるなど、我々グロウムの者から見れば、まだまだ常識の範疇外、神話世界の話での出来事のようだ。そういう点で見れば我々は、ニホンの方や、ハイラの方よりも文化が遅れているのかもしれませんな』
これはサージャルの率直な感想だろう。科学的にグロウム人よりも遅れていたであろう種族である日本人、いや地球人にハイラ人ではあるが、種族の関わりを見れば、フェルと柏木が結婚して、子もいる状況。これが遅れた科学力格差などものともせずに、超科学の文明であるティ連と同レベルで種族の付き合いがある。確かにこれは傍からみれば脅威であり奇跡だ。
と、そんな互いの自己紹介をゆっくりする間もなく、彼らの迎えが来たようである。
見た目に高官であることがわかる服装。サージャルが現在着用しているような服装を着用した女性、その人物に付き従う警護官のような兵士。見た目はヘルメットに飾りをつけたような、恐らくインペリアルガードのような部隊の兵士なのだろう。そんな感じの兵士に、落ち着いた服装の女性に男性が数人。多分これは高官らしき人物の部下になる官僚だろうということが大体想像できた。
柏木にフェルは、PVMCGの翻訳機能を立ち上げる。
「ファール首相……」
サージャルはその女性高官の名を呼ぶと、肩を叩き同胞の無事を喜んでいるようだ。自ら率先して握手を求めている。
「殿下もご無事であらされて……」
とその女性高官もサージャルの姿を見て、安堵の表情を浮かべている。だが、視線が柏木とフェルの方をチラホラと……他の官僚や衛士も同じような感じである。
サージャルもファールという女性の視線や、他の者の訝しがる視線に気づいたのか、すかさず柏木達をフォローする。
「首相、紹介しよう。この方々は、この宙域から約三〇〇〇〇光年ほど離れた『タイヨウケイ』なる恒星系から、我々の危機に手を貸してくれた『ティエルクマスカ星間共和連合』という連合国家の中の、ニホン国という加盟国と、イゼイラ共和国という異種族国家の方々だ」
その言葉を聞いて、やはりネリナやサージャルが初めてティ連人と邂逅した時と同じような反応、いや、それ以上の様相を見せる。
相当に驚いているようである。
「……この宙域へ到達した時、まず目に飛び込んできたバルター要塞。その隣にそれ以上の大きさを持つ小型惑星のような人工物。そして見た目に強力そうな艦隊……まさかサージャル大公がここまでの軍備を隠し持っていたのかと最初は疑いもしましたが……」
するとサージャルは、
「ははは、何をいうか首相。私は陛下に謀反を起こす気などないぞ」
「ふふ、わかっております殿下……異星の方々、私は聖ファヌマ・グロウム帝国総院議会首相、そして国家摂政を努めております、『ファール・マズ・メルディル』と申します」
深く会釈するその人物。官僚もそれに倣っている。衛視は敬礼の姿勢。
『恐縮でゴザイマスです。私はティエルクマスカ星間共和連合加盟国の本件事案担当国であるニホン国、外務大臣を務めさせていただいておりまス、フェルフェリア・ヤーマ・カシワギ・ナァカァラと申しますデス』
ティ連敬礼で頭を軽く垂れるフェル。日本では柏木迦具夜外務大臣と名乗るところだが、いかんせん巷では『フェルさん』でもう通っており、国会内で呼び出し以外の答弁でも、もうフェルフェリアさんで通っているので、此度はイゼイラ名でご挨拶。
『私はティエルクマスカ星間共和連合本部、連合防衛総省長官を務めさせていただいております、柏木真人と申します、閣下』
柏木もお辞儀敬礼で自己紹介。此度の作戦における総司令官も努めていると話す。
だが、柏木はファール首相の自己紹介にちょっと引っかかるところを感じる。ま、彼特有の偏った知識故のトコロもあったりするわけだが、
(国家摂政? 摂政ってか……ということは、言ってみれば皇帝代行ってことだよな。以前日本でもそんな政治的主張があったような記憶があるけど……)
摂政、つまり国家元首は皇帝であるが、その皇帝が何らかの理由で政治的権能の執行権を、別の者に委託している状態の政治体制とみて間違いない。普通地球の常識では、摂政の身分は貴族階級の人物が責うものであるが、以前、日本における政治改革の一つの案として、『国民摂政』という天皇を国家元首と憲法で制定し、国民主権の政治的権能を司る国家元首代行職として、選挙で選ばれる大統領に近い役職である『国民摂政』というアイディアを提唱した政党もあった。
(グロウム帝国は立憲君主制という話だから、ああいったものなのかな?)
と、そんな風に思ってみたり。
で、各々自己紹介も済むと、サージャルやネリナの時と同じように柏木達日本人の服装及び、文化基準の疑義が発生するわけだが……それをまた話し始めるとキリがないので、『そういう文化だ』とサージャルがフォローしてくれた。
まあ確かにそうだ。日本やハイラ王国は確かにティ連では科学技術の遅れて『いた』国ではあったが、今では普通にティ連技術を使用している国である。あとは普及率の問題であるが、それはティ連内での内輪の話であって、グロウムには関係の無い事である。
そこのところをサージャルは以心伝心で汲んでくれたようで、会釈して片目瞑って礼をする柏木。サージャルも頷いている。有り難い話である。
……ということで、諸氏早々に会談へということで、御召艦、いや、等級としてはグロウム基準の超大型戦艦となる『ファヌマガウド』の会議室へ案内される。
すぐに会談か? と思うが、何やら少々準備が必要ということで、しばし待たされる。
柏木はこの艦の会議室内装を見回すが、立派なものである。調度品をみても、やはり宗教国家であり、立憲とはいえ君主国家である国の艦らしく、なんとなくバロック的というかなんというか。勿論異星人文明の意匠なので、そんな一言で喩えられるようなものではないが、それでも美しいものであると、芸大卒の柏木は思う。
『サージャル殿下』
「ん? 何でしょう柏木閣下」
『あいえ、一つお尋ねしたいのですが、グロウム帝国は、摂政政治を行っている国なのですか? もしくは、元首代行職として、事実上の大統領職としての摂政を国民から選んでいるとか?』
その柏木の話を聞いて、少し口を尖らせて頷くサージャル。
「あなた方は『摂政』の意味が理解できますか」
『ええ、勿論です。では翻訳機の翻訳は間違っていないということですね』
「そのようですな……いや実は私も先のファール首相の話で、彼女が『国家摂政』などという役職についているとはおもわなかったのですよ」
『通常、君主国家の摂政というものは……そうですね、皇帝が幼少にして帝位につき、政治的権能の履行能力に問題を抱える場合、同じ貴族階級の某な方が一時的に皇帝の権能を行使したり、または皇帝が病気で倒れたりとか……』
「その通りです。我が国においては緊急時に制定されている皇帝陛下の権能があるのですが、それを履行できない事由が発生した場合、通常は皇帝が予め指定した政治家が国家摂政の役職を発動させて、皇帝の正常な権能遂行能力が回復するときまで、一般的には首相が摂政として皇帝の権能を代行する事になっているのですが、我が国では現在……」
とその先をサージャルが言おうとした時に、ファールが会議室に入室してきた。
話を少しばかり聞いていたのだろうか、
「大公殿下、そのお話は私の方から。お二人のお話が少々外に漏れ聞こえておりましたので」
「ファール首相、フェルフェリア閣下とカシワギ閣下の、皇帝陛下への謁見の準備は……」
「殿下、そのあたりのお話も含めて……という事で……」
ファールのすました表情を凝視するサージャル。何事もないように振る舞う彼女の言葉に、一抹の不安を感じる。
フェルと柏木も同じく。異星の人物とはいえ、フェルやシエと長いこと付き合っていれば、ヒューマノイド型異星人の表情変化など、同じようなものだ……早速会談か? と思うが、
「ふぅ……そのようなお話をされていたのであれば……そうですね。諸々の前置きを会談でお話するより、現実をご覧になられたほうが良いかもしれません、大公殿下」
「ふむ……」
「異星の方々には、あまり関係のない話であるかもしれませんが、今後のこともありますので、現状の我が国を把握していただくためにもお付き合いいただければ」
何を見せてくれるのか解らないが、今の話の流れだとグロウム皇帝に関する事は間違いないだろう。そしてファールの口ぶりからして、ほぼほぼネガティブな情報に間違いはない。となれば、確かに現状を把握しておく必要はあると感じるフェルと柏木。
ということで、委細了解と、少々の覚悟をしながらファールに付いていく三人。
すると、何やら物々しい医療区画に案内される。
『これは……フェル?』
『ハイです、この様式の医療設備は……』
そう、隔離室と即座に判断するフェル。専門ではないが、科学者フェルさんとして少々医療分野の心得はある。
柏木もやはりそうかと思う。偏った知識にこの手のデータも頭の中にあった……するとそれを証明するかのように、白衣を着たグロウム人の医療関係者だろうか、そんな人物が、ガスマスクのような物々しい装備で、フェル達が見る分厚いクリア材質の向こうで忙しそうに作業をしている。
しばし足を止めてしまう諸氏。タイミングを見てファールが先に進むことを促す。
更に少し歩くと、今度は同じように物々しいマスクを被った姿の……白衣ではなく、綺羅びやかで、少々封建的な軍服に身を包んだ衛士のような人物に、皆が静止される。
衛士は敬礼すると、見たこともない種族の柏木やフェルの姿に驚きつつ、
「ファール首相閣下、ここからは例のものを着用お願いいたします」
「ふむ……まだ改善できませんか?」
「は、医師達は、全くどうすれば良いかと……我が帝国の医学をもってしてもと頭を抱えております」
「そうですか」
そういうと、ファールは三人に、
「ここから皆さん防護服を着用した上で入室していただきます」
まあ今までのグロウム人クルーの様子を見て、この言葉を言われれば大体どんな状況のところに行くかは分かろうもので……
「ファール首相閣下、もしかしてここからは、何か特殊な毒性被爆か、病原性生物の感染の恐れがある場所なのですか?」
すると、ファールも、もう防護服を着用したようで、声をこもらせて
『はい。その通りです。皆様も着用を……』
というと、フェル、柏木、サージャルは互いに顔を見合わせ、頷いて、PVMCGを設定する。
サージャルはお初のモードなので、フェルが設定してやったようで……
三人は、イゼイラ型の宇宙環境スーツ姿に光を伴って変身した……ちなみに今着ている服の上からの着用なので、マッパにはならずに済んだようである。
イゼイラの宇宙環境スーツは、ツナギ型の着やすく、動きやすい服装で、ヘルメットもかさばらないスマートな装備である。
ってか、ファールはそのPVMCGの、魔法の如き機能に呆気にとられ、ポカンとして驚いていたり……他のグロウム人クルーも同じく。
サージャルは得意げに、
『はは、これが彼等の科学力のようだ。分子や原子、素粒子を自在に操る技術を持っているそうだ。我々も色々と研究させてもらわんとな』
と大見にもらった左腕のPVMCGを見せておどける。ファールはコクコクと口を半開きにして頷くだけ。
本来なら、パーソナルシールドを環境隔離モードに設定すれば、こんなスーツを着なくてもよいのだが、それをやってしまうと、見た目生身で毒性環境に突っ込んでいくように見えるため、宇宙服を着ることにした次第。ま、これを着とけばどんな悪性環境でも、とりあえずは問題なかろうと。
で、そんな格好で、皆して衛士から身体検査を受けて、物々しく、分厚いハッチを開けてもらい、二段階入室の方法で、部屋の中へ入る。
するとすぐに特別な個人専用のように見える集中治療室に入った。
更に、医療カプセルののようなものも見えて、そこに何か人が入っているようである。そのカプセルを随時見守る医師団のような人々。
ファールの姿を医師団が確認すると、皆して礼をしているよう。その中の一人がファールに近づき、何か説明をした後、ファールから指示を受けていた。
『では皆様、こちらへどうぞ』
ファールが平手で皆を誘い、その医療カプセルと思われる物体に近づく……ティ連にもある医療カプセルに類似したものだが、こちらのほうが何か色々と物々しい。酸素マスクの様なものを装着されて、液体の中を半裸で漂う人物が見えた。
『この方は……少年?』
柏木は思わず漏らす。カプセル中に年の頃は……といっても、見かけの年齢でいえば、一三~一四歳ぐらいの、男性の姿を見る。もちろんあくまで見た目の話である。異星人相手に地球人基準の年齢感覚は意味がない。
だが、サージャルが、
「私もこのPVMCGで、チキュウ人の事を調べさせてもらったが、我々グロウム人の平均寿命はチキュウの周期に換算して、一五〇。歴史上の最高齢者は一九〇だ。あなたがたとそんなに大きく違わない」
つまり、そのカプセルの男性もそんなあたりの年齢だということである。そう話したあと、サージャルは恭順の態度を取り、最高級の敬礼をする。無論ファールも。ネリナに至っては、今、カプセルにいるその男性の状況にガクガクと震えているようであった。
その姿を見て、この少年が何者かを大体察した柏木。フェルに耳打ちして何かを話すと、フェルも驚いた顔になり、最大級のティエルクマスカ敬礼をその少年に送る。無論柏木も、ここは日本人として姿勢正しくお辞儀敬礼。
しばしの礼の後、ファールが、
「カシワギ閣下、フェルフェリア閣下、この医療カプセルでお眠りになられているお方は、我がグロウム帝国皇帝『ランドラ・デ・グロウム一四世』陛下であらせられます」
ファールの紹介に大きく頷く柏木とフェル。予想通りではあったので、その紹介に恐縮して再度一礼する。
ファール達も、柏木とフェルのとった礼を見て、察してくれていると理解してくれたようだ。
『お目にかかれて光栄至極でございます、ランドラ皇帝陛下』
「ありがとうござます、カシワギ閣下。フェルフェリア閣下」
カプセルに満たされた液体の中で眠るランドラ皇帝。その彼に聞こえずとも声をかける二人。
柏木達の礼を尽くした対応に感謝するファール。ここは日本、イゼイラ、グロウムと、皇室王室経験がある国同士、共通の通じるものがある。
そしてファールが何故に『国家摂政』をやっているのかも、これで理解できた。その理由は、まさしく現状この状態だからだろう。だが、サージャルは先にファールが国家摂政をやってるのを意外な感じで問いただしていた。つまりそれ以前はそうではなかったわけであるのだろうから、皇帝の年齢からくるものではないのだろう。ということは、平時の皇帝には、そんなに政治的権能はないのかもしれないとも推察できた。
グロウム帝国の現状は、その若き皇帝の今の姿で、決して肯定できる状況ではないことを理解した二人。
ファールは話す……
「本来なら、我が国の最も神聖な皇帝陛下のこのようなお姿を、恩ある方々とはいえ、異星種族の方にお見せするなどということはありえない事なのですが、これからの詳しい会談を行う前に、帝国本星の現状を理解していただく意味も含めて、国の恥をも忍び、この場へお連れ致しました……」
そのファールの鎮痛な言葉に、黙して聞く柏木とフェル。サージャルやネリナも言うに及ばず。
「……そしてサージャル大公殿下、殿下にはお覚悟を頂くお話もなる……ということを……」
そのファールの言葉を聞いてサージャルは吐息を一つつく。つまりは場合によっては現状の血統や、家の権威から見ても、もしかしたら次の皇帝は……ということだ。
「陛下はそんなにお悪いのか?」
「はい……正直、治療の方法が……」
「うむぅ……だが一体なぜこのような事に?」
「それも、この後の会談で……色々と状況の積み重ねで現状のようになっております故」
今は納得するしかな無い現状。互いに顔を見合わせる。
* *
なかなかに大変なものを見せていただいた柏木達。やはりグロウム本星艦隊がこの宙域にやってきたのは、あまりポジティブな状況をもっての話ではないと考える柏木長官。当然フェル大臣も同様であった。
医療室から先の会議室へ戻ってきた諸氏。対面でテーブルに座る。サージャルとネリナは勿論グロウム側。
「……本来なら、このような初めてお会いする未知の文明の方々との会談という状況を、私達は考えてもみませんでしたので、何の儀礼的なものもなくお恥ずかし限りですが、どうかご容赦のほどを……」
そりゃそうだろう。確かに彼らも超光速技術を持ち、その種を宇宙に放っていろんな政治体制をもった国家群として繁栄してきた種族とはいえ、種としての異星知的生命種との邂逅は初めてとなる。この感覚は十年前の日本と、そうたいして変わらない。
しかも彼らは、更に得体の知れない化け物と交戦中だ。むしろ初めて会ったティ連種族が自分達と良く似たアイデンティティーであったのが不幸中の幸いといってもいいわけであるからして。
『その点はお気になさらずにファール首相閣下、あなた方がバルターと呼ぶ敵性体を知るもの同士、そして同じ銀河に国を持つ者同士、今後は色々と交流を図っていかなければならない訳ですから……』
と、そのような言葉を枕に、柏木は会談を進めて行く。勿論サージャル大公らと知り合う経緯についてまずは語った。でなければネリナ大佐がこの場にいる理由がない。
「……そのような経緯があったのですか大佐」
「はい、首相閣下。彼らチキュウ人と言われる方々は、閣下もご存知かと思いますが、何十周期か前に、かの宙域に知的生命体がいるのではないかという科学者達が調べていた恒星域の方々だったのです……まったくもってファヌマの神々のお導きとでも申しましょうか、天佑としか思えない邂逅でありました」
背筋を伸ばし、ファールに経緯を説明するネリナ。その表情は、緊張と誇りをもっての物。そして彼女の言葉に頷くファール。
「これが平時の邂逅であれば良かったのですが」
『全くその通りです、首相閣下』
『ハイです。ワタクシも同意いたしまス』
柏木とフェルも同意する……と、このような感じで、グロウム側中央政府との交流が……まあ正直なところポジティブな状況でではないが、結べたといったところ。
柏木達が十年前に『天戸作戦』を成功させた時も、そりゃ混乱が大いにあったのではあるが、此度の件はその程度の話ではないし、比ではない。
ファール達もアホではないので、現在の戦況を効果的に打破できるのであれば、多少のイレギュラーは『驚く』より前に『受け入れる』という覚悟で状況を打破していこうと、改めて自分に言い聞かせる彼女達であった……
* *
会談は進む……とりあえずティ連とサージャル達の現在の関係を説明し、納得を得られた柏木達。
略式ではあるが、友好関係構築の『覚書』に互いがサインをする。
今後、このグロウム帝国域の政治状況が安定した場合、互いの国の閣僚を訪問させ合おうという文章も見える。
流石に国家代表が互いの国を行き来して、普通の交流を行うのはまだまだ先の事だろう。そこは楽しみとはできるが、現状グロウムは存続の危機でもあるわけで、なにはともあれソレを何とかしない事には話が始まらない。
議題にしたい内容は山ほどあるが、今はとにかくグロウム帝国の現状を把握する事が大事である。
『……首相閣下。現実問題として、我々ティエルクマスカ連合に、惑星地球に存在する各国政府は、バルター……我々はヂラールと呼称していますが、その敵性体が、我々の星系から三〇〇〇〇光年という、我々の超光速技術から見てさほど遠くない場所に現われているという事実を最も重要視しています。そのあたりの情報は何かお持ちなのでしょうか?』
「いえ、全く……私達としてもあの忌まわしい時は、突然の出来事であったので……逆にお尋ねしたいのですが、あなた方がバルターと初めて会敵したのはどこで?」
『はい、ま、どこで……と問われれば、少々説明に困るのですが、あなた方の宇宙科学の概念に、「別宇宙」というものがあれば、そこですと……』
「えっ!! 別……宇宙……ですか?」
どうやら『別宇宙』の概念を理解できるようだ。だが、彼らにとってはまだ理論上存在するというもので、現実にその世界を把握しているわけではない概念らしい。
更に柏木は、ティ連の本部が地球から五〇〇〇万光年先にあり、ゼスタールという、ヂラールを不倶戴天の敵としている存在もティ連の仲間として存在する事も告げると、ファールは緊張を解いた、今までにない安心したような表情になり、
『やはりこの出会いは、ファヌマ神のお導きです』
と言い出す。これがイゼイラなら『因果デス』といったところだろうか。だが、運命という因子の延長線上に関わるファクターとしてグロウム帝国が存在したのであれば、彼らと柏木達は、出会う宿命にあったということなのだろう。
……と、まあそういう運命論は取り敢えずおいといて、柏木達の話を聞いたファールは、このヂラールが宇宙規模の災厄であるという事を察してくれたようで、今後は全面的にティ連と共同で事にあたってくれるという確約を得る。
で、互いの協調体制の確認がとれたところで次の議題は現在の戦況の確認。
だが、ここで朗報でもあり、また最悪の状況一歩手前の情報をファールから聞く事になる。
『えっ!!? それは本当ですか!』と意外な話に驚く柏木。
『間違いないのですネ? ファール首相閣下サマ』と、フェルも同じく。
「だが……そのような状況だと、今後の作戦に重大な影響を及ぼすぞ……」その話を聞いて、想像以上だと唸るサージャル。
「はい……はあ……ちょっと複雑な……」と困惑のネリナ大佐。
一体全体どんな話なのかというと、ファールが言うには、
『ヂラールコロニー最後の二基のうち、一基は本星の軍が総攻撃で破壊した』
という事なのだそうである。
一見聞くと、『それは素晴らしい』と聞こえる話なのだが、事はそう簡単な話ではなく、なんとそのヂラールコロニーは、グロウム帝国本星に降下して着床してしまったのだという話。
従って、状況は総力戦になり、数に勝り、増え続けるヂラールに対して帝国は最終手段を取らざるを得なかったという事で、
「国民緊急避難令を出し、すべての残った本星国民を、あらゆる宇宙船舶、艦船に乗せて、惑星を脱出し、軌道上から数千発クラスの熱核攻撃を行いました」
ヂラールに核兵器が効果あるという事はティ連でも知られていたのだが、数千発もの核兵器を食らわさないと息の根を止められない。
ティ連であれば此度の作戦のように、その優れた科学力で色々と手段はあるのだろうが、確かにグロウム帝国の科学力ではこれが最善の策であるということは理解できる。
ただ、それでも柏木が少し疑問に思うのは……
『確かにそこまでの攻撃を行えば、放射能汚染などで惑星環境がひどくなるのを覚悟で……というお話は理解できますが、全国民従えて星を脱出しなければならないほどのものでは……』
すると、ファールが話すに、星を脱出しなければならない理由が二つあったのだという話。
その一つは、
「敵が着床して基地化した直後から、そのコロニー周辺の植生が急に変化をし始め、今まで経験した事のない病気が流行し始めて、その患者数は日をおうごとに乗数的に増え、対処ができなくなった……という事もあっての話なのです……」
その話を聞いた瞬間、柏木とフェルは『なに!!??』という表情を見せる。
『フェル、今の話……!』
『ハイです、これってシビアチャンの!』
『ああ、ナーシャ・エンデの話そっくりじゃないか!』
今のファールの話に狼狽する柏木達を見て、訝しがる彼女。また、病気の話の反応に思わず彼女が尋ねるのは……
「あの、皆様方はあの『病気』の事をご存知なのですか!?」
『いや、ちょっと待ってください。まず確認しておきたいことが……もしかして先ほどの皇帝陛下のご病気ですが……まさかそのヂラール由来の病気なのですか?』
そう柏木が問うと、大きく「はい」と頷くファール。パン! と手を叩き、そういうことかと呟く柏木。
フェルも柏木の態度に同意する表情を見せる。
「……お話を遮るようで申し訳ない首相閣下。で、確認なのですが、その脱出した船団はどこに? まさか今いるこの艦隊だけではないですよね?」
そりゃそうだろう。一つの惑星から国民が総出で脱出するのだ。戦時中で相当数の死者が出てるのだろうとはいえ、それでもまだ相当数の国民がいるはずである。
その問いにファールは、もちろんもっと多くの船団がいたが、各船団で協議して、皆グロウム帝国の植民惑星や、開拓中の惑星に散りじりで向かったという事だそうだ。
その中で、政府の中央艦隊となるこの船団は、現状臨時政府が開設できる可能性のあるこのサージャル大公領へやってきたのだ、という事なのだそう。
「では、本星でその疾患に感染した方々は……」
とりあえず皇帝と同じく病気の進行を防ぐために、コールドスリープ処置を施して、各病院船に隔離収容しているのだという話。
「なるほど、よくわかりました……で、あと一基のコロニーは……」
これもあんまり良い話ではなかった……つまりこれが、彼らが惑星を脱出した二つ目の話。
なんと残りの一基は、帝国宙域から後退して、帝国恒星系の、恒星がある方向に向かったという話。そこで……
「我が帝国は、その恒星『ベイルラ』のエネルギーを全方位利用しているのですが……」
即ち、ティ連が観測した『恒星エネルギーの全方位利用』即ち『ダイソンスフィア』の反応。おそらくそのシステムの事だろう。
火星の観測機器は、恐らくこの反応を捉えていたわけである。
「その基幹となるスペースコロニー型制御基地を、そのバルター要塞が取り込んでしまったのです」
『な、なんですって?』
その影響で本星のエネルギー供給が完全に絶たれてしまい、更には何やらヂラールコロニーが不穏な動きも見せているということで、これも本星を放棄する判断の一つになったそうなのである。
確かに、今柏木達はサージャル大公領に侵攻してきたヂラールコロニーの一つを鹵獲して落としはしたが、これも言ってみればここで終わりなのではなく、今後の展開のための橋頭堡としての意味もあっての話である。当然、今後の展開をティ連軍全体で考え、この宙域付近に前線基地を構築し、火星基地から太陽系方面軍の部隊を呼び寄せたり、本国からもっと強力な艦隊を呼び寄せたりと、そんな状況を構築していく方針でいたわけであるが、現状その今後を決める状況が向こうからやってきてくれているワケであるので、ある意味『ありがたい』のではあるが……
『フェル、こりゃ色々しんどい展開になるぞ……』
『デスね。まさかあのナーシャ・エンデで見た状況が再現されてしまっているなんて……』
『確か……ゼスタール人さんは、あのヂラール由来の疾患、治療できるって言ってたよな』
『ハイですね。ただゼスタールさんは治療方法が解る前にみんなスールサンになってしまいましたから』
『うん。なら、シビアさんとネメアさんにこっちへ来てもらって、まずはランドラ陛下を診てもらおう。それでまずあの疾患の治療ができれば、状況を一つ改善できるし、ゼスさんにもいい結果がもたらされるかもしれない』
『ウン。わかりましたでス。ではシビアチャンと、ケラー・ネメアに連絡入れますね』
『頼むよ』
フェルと柏木が話す言葉をファールも勿論聞いていた。で、驚いて二人に尋ねる。
『カシワギ閣下、フェルフェリア閣下、も、もしかしてあなた方は、陛下のご病気を治療する方法をご存知なのですか!?』
フェルには取り急ぎ特危本隊との連絡をさせて、その問いには柏木が答える。
『正確に言えば、私達が知っているというよりは、我々連合の構成国家の一つに、ヂラールに関する知識に長けた種族がいまして、その種族が「自分達に」有効な治療法を確立しています。ですので、この治療法が他の種族に有効なのかどうかはまた別の話なので……』
と、控えめに話すが、とりあえず期待を持てる情報ではある。
『マサトサン、シビアチャンと、ケラー・ネメアがすぐにでもこちらへ来ると、お返事をもらえましたデスよ』
『わかった……ではファール首相閣下、この会談でのお話で、グロウム帝国の現状の概要は把握できました。あとは頂いた資料を精査しつつ、今後も協力関係を維持するということで進めさせていただいてよろしいですね?』
「はい、もちろんです。宜しくお願い申し上げたい」
そう言葉を交わし、席を立って互いに握手を交わす。とはいえ、まだ防衛総省長官と、交渉担当国『日本』の外務省での『事前折衝』にあたる会合なので、正式な条約や協定の発効は、とりあえず日本の議会承認を待たねばならない。フェルはこの会合が終わってから忙しくなるだろう。書類を整理して、安保調査委員会に送り、更には春日総理大臣の判断を仰がなければならない。更にその先は緊急国会を招集して議論だ。
だが、これも民主主義国家が経なければならない必要な手続きである。なので、それが通れば確固たる同盟として堂々と日本も行動を起こせる訳なので、その面倒くさい手続きが終わるまでは、柏木防衛総省長官閣下様の権限で、この状況への介入を継続させるという判断になるだろう。
「ありがとうございますカシワギ閣下……ハァ。これで今後の希望が持てる情報が一つでもできれば、帝国臣民の士気も上がりましょう」
頷く柏木にフェル。そしてサージャルにネリナ。
「で、サージャル殿下」
「なんだファール首相」
「今後のグロウム帝国再建を踏まえた上でのお話になりますが、殿下にも一つご協力していただきたい儀があります」
「ふむ、何かな?」
「はい。現状我が国はかような状況にあります故、法に則って私が国家摂政の地位につき、皇帝陛下の権限を代行させていただいておりますが、あくまでこれは行政上の決定権のお話であって、我が国が国教とするファヌマ教の主神ファヌマガウドの巫女巫覡となる存在が、今はおらぬ状態となっております。これは我が国の国体を思えば、あまり良いこととは申せませぬ」
「確かにな……だが、ランドラ陛下もティエルクマスカの方々の医療技術で回復の見込みが……」
「いえ、それも一〇〇%保証されるものでは現状ありませぬ。それに……不遜を承知で申し上げますが、私としてはランドラ皇帝があの御年で皇帝の御座にお就かれになったのも、聖教府のあまりよろしくない……」
「首相、滅多なことを言うものではない。他の者に聞かれたら、不敬罪の対象になってしまうぞ」
「はい……ですが、どちらにしろ今の陛下の御年で、この危急の事態に与えられた皇帝の権限を諸々行使するのはどちらにしても無理がありすぎるのも事実。ですので私は帝国法の国家安全保証法に定められている緊急事態法に則って、議会の権限で、ランドラ陛下を上皇位にして、殿下に皇帝として……」
フェルと柏木は、この二人の話に関しては、まったくの外野なので、参考程度にお話を聞かせて頂くという感じで黙して聞いていたのであるが、特に二人に聞かれても構わない話ではあったらしい。
で、後にサージャルやネリナに聞くところでは、グロウム帝国では一度皇帝を退位して、上皇になり、また再び、皇帝になるということは可能なのだそうで、そういう例は普通に何度もあったそうなのである。
特に現状のような、皇帝が年端も行かぬ若い皇帝の場合、平時であればその若さもあって、国民の象徴としても、まあ、言って見ればアイドル的に見栄えもよく、民衆の意思を一つにするシンボルにもでなれるのだが、これが現状のような緊急事態であればそうも言っていられない。なので、現皇帝を一旦退位させて、ベテランの皇帝継承賢者に議会が依願して、臨時に皇帝をやってもらうということは普通にあるそうなのだ。
だが、ここで問題なのは、グロウムの皇帝は、聖教府というファヌマ教の関係者が認可しないと皇帝になれない仕組みになっており、現在のランドラ皇帝も、そのあたりで各貴族間での賄賂が云々という、そんなあまり良くない噂もあってのという、そんな話もあるのだそうだ。
「わかった、ファール首相。とりあえず話だけは聞いておく。だが、首相がそこまで言うのであれば、私が国家摂政の地位に就くという方法もあるぞ」
「はい、承知しております。聖教府の出方を見て、そちらの方法も手段としては考えております故」
頷くサージャル。ネリナ大佐は呆然としてほうけている。グロウムとしては相当高度な政治のお話なのだろうか、自分がこんな席にいていいのだろうかという表情だ。
「私が皇帝な……フゥ、この惑星の領民を引っ張るだけでも精一杯だったのに、そんな私に皇帝なんざつとまるのかね」
その話を聞いてアウアウになるネリナ。フォローのしようがない。
だが、結局この話はグロウム総院議会にかけられて議論されることになる。
そう、総院議会が再建されるわけだが、勿論それは臨時の場所で、という事である。
つまり、惑星サージャル大公領に、グロウム帝国の臨時政府が樹立されることとなったわけである。
そして今ここから、ティ連と共同した、グロウム帝国の反攻が始まるのだ。