【第五章・攻勢】 第二九話 『史上最大の殴り込み』
情報省・総諜対……かのインベスター幹部と思われるエドウィン・スタインベックとの対話から数日後。
月丘和樹と、プリル・リズ・シャーは情報省外事局との合同会議の最中にあった。
警視庁から回ってきた書類に目を通す白木崇雄 内務局局長にして、総諜対班長と、山本竜也外事局局長にして総諜対副班長。
「木元明美……民生党衆議院議員にして、国会対策委員長。深堀登……日本共産連盟中央員会書記局長。福原健太……民生党幹事長か……」
さもありなんな顔で、白木の速読術をもって、ものの数秒で書類を読んでしまう。
『え? もう読んだんですか? シラキサン』
プリルはまだ日本語文字を勉強中なので、PVMCGでの翻訳文字を読んでいる。白木の件の能力に驚いたり。
「ん? こんなの三〇秒もあればすぐ読めるぜ。なんなら暗唱してやろうか?」
と、ちょっと得意げ。この能力はあまり歳は関係ないらしく、四七歳になった今でも健在である。
「毎度のことながらスゴイですね局長……っと、私も読み終わりました」
此度の仕事は外事局主導なので、山本が話を進める。
「んじゃま、この事件の整理だが……まあ今回襲われたのは、揃いも揃ってリベラルで左巻きの連中ときているわけだが……」
と、そんなもの言いで、思わず月丘が掌をピラピラさせて、
「山本さん、そのリベラルはいいですけど、左巻きっていうのは……」
「はは、事実そうじゃないか。ネットじゃパヨクって言われてるのか? よく知らないが。なんだよその“パ”ヨクって」
元公安警察の山本。ぶっちゃけこの手の連中は、国家の安全のために、治安を守る正義の警察官として、しょっちゅう張っていたという経験もあるが、彼も今やオッサンもいいところなので昨今のネットトレンドなんてモノまではちょっと知識の範疇外。『ぱよぱよ……』とか、そんな理由を説明すれば、多分「大丈夫かお前」と返ってくるだろう。まあしょーもないことだ。
すると横から白木が、
「この連中ちゃあ。死んだ木元も含めてだが、一〇年前の二藤部政権時代には、まあ色々政局で当時の二藤部総理とも因縁があった連中でね……当時は俺も外務省の調査官だったけど、なんかヒヤリングとかなんとかワケのわからんパワハラ吊るし上げ会議で、ゴチャゴチャ言われたのを覚えてるよ」
で、当時の柏木が国会出席免除特権を有していたので、柏木の代わりに答弁へ立つ二藤部や三島の代弁として、国会の参考人で呼ばれたこともあったとか。実は白木さん、結構テレビに顔出てたりして。
今となっては思い出話だが、そんなご時世の有名野党政治家達でもあった。そして二〇二云年現在でも、相応にそっち方面には影響力もあり、黒い噂も絶えない人物なのは世間も知るところだ。いや、一人はもう過去形の人物になってしまったが。
「で山本さん。福原議員の容態はどうなのですか?」と月丘。
「うん、峠は越えたみたいだが、傷がかなり深いみたいでな。今後の政治活動ができるかどうか……」と山本。
「なるほど……」
すると山本と月丘の会話を見ていてプリルが、
『あの〜……ヤマモトサンや、シラキサンと、カズキサンは、今回の事件、どういう因果関係か、もう知っているような口ぶりですけど……』
すると白木が、
「ん? プリ子はこのあたりのことはわかんねーのか?」
『ア、はい。ワタシは技術支援チームですし、ハルマに来て、まだ何ネンかの話ですから一〇周期前のハルマの事は、研修で学んだ事程度しか知らないです』
「ああそうか、なるほどな。んじゃま、かいつまんで説明するとだな……」
* *
ということで、『かいつまんで』プリ子に、この木元や福原に深堀、他、民生党や日共連他野党と二藤部政権との仁義なき闘いの話をしてやる。
かの時、ヤルバーンーティ連関係の諸々は、当時のヴェルデオ大使や二藤部に三島らの手腕で、与野党関係なく案件を進められたのだが、その部分でおとなしくするという見返りではないが、国内問題関係では、二藤部政権と野党はコレ、ひっじょうにスッタモンダとやっていたのである。その時の反二藤部で反自保党勢力の筆頭クラスの政治家が、この手の連中だったのだと。で、他にも有象無象が沢山いて、意外に当時はそっち方面の国内問題でも政局になってしまうので大変だったと、そんな事を白木はプリルに説明してやる。
『へえ〜、ではこういう言い方も失礼を承知で発言しますけど、んじゃその亡くなったキモトとかいう議員さんの事件とか、フクハラという議員さんの事件にぃ、フカボリと言う人の突然の裁判沙汰とか……スタインベック達インベスターの手口にやられてるって事じゃないですか』
「お、流石プリちゃん。察しかいいね」と白木は言うが、多分スタインベックのような連中は関係ないだろうと話すは山本。あ、いや、間接的に関係しているかといえば『YES』なのだろうが、此度の件はスタインベックという個人からは遠いだろうと。
「どういうことですか? 山本局長」
と、問うは月丘。
「んなの、あんな野党の連中を消してしまったところで、政権の方針が、何かそうそう変わるってモノでもないだろう。まあ確かに鬱陶しいのがくたばれば、議会は多数派へ有利になって、円滑に進むと思う奴らもいるのはわかるが、実際はそんな簡単なもんじゃない。そういう奴らが一番わかってないのが、この手の連中が死にゃ死んだで、ちゃんと捜査しているのかしていないのかとか、捜査の結果が出るまで審議中止だとか、そんなのでどうせもめるんだ。結局状況は大してか変わらんよ。むしろエサやってるようなもんだぜ。死んだら死体までも利用しようとするのが、この手の政治家って奴だ」
「そこまで言いますか、はは……よっぽど前職時代に鬱憤溜まってたんですね……って、それよりも、そこは確かにそうですが……それじゃこの手の連中を狙ったのって、理由は……」
単純に連合日本の案件で、議会を無理からに進めさせようという魂胆からだろうと山本は言う。
スタインベックが話したことを素直に信じるなら、彼らは方法はどうあれ世界の国際連邦化を推進している。となれば、その国際連邦に恐らく加盟することはないのだろうが、現在の連合日本と、現行のUNMSCCとの連携は安定したものにしておきたい。そして現在進行中の火星の騒動、つまりグロウム帝国案件。
恐らくインベスターも、連中のネットワークで大なり小なり事の状況は把握しているだろう。となれば、UNMSCCが現在喫緊の目標とする、ゼスタールとの安全保障協力。これへ対応できるようにするためには、連合日本の力添えが必ず必要になるのは容易に想像がつくわけで……
そこで改正されたとはいえ、憲法9条の精神がどうのこうのとか言う連中に、日本の議会進行を妨害されたらたまらんわけである。
そういった『反対のための反対』『政権運営妨害のための別件動議』を連発してやらかす連中を消してしまえば、円滑に議会が動くだろうと、どこのどいつかかが考えたのだろう。
「で、此度の事件ですか」
「そういうことだろうな。ま、安直単細胞なんだよ、考えが。なのでインベスターが絡んでるとも思えんのだが……」
「なるほどそういう話なら、多分スタインベッククラスのトップは絡んでないでしょうね。彼らならそんなことをしなくても、あの政党ごと謀略で合法的に潰そうと思えば潰せます。なので、普通に考えたら……あの一時期出てきたUEFとかなんとかいう連中、いたじゃないですか?」
「だな……そのあたりの、多分下っ端というところか。ってUEFって懐かしいな。あの連中まだいるのか?」
するとプリルがいたって優等生な質問をする。
『でもでもケラー。結局色々言ってみたところで、この件はニホンの治安維持組織の管轄でしょ? 私達関係ないじゃないですか』
すると白木が話を代わって、
「ま、プリ子の言う通りそうなんだけどな……ということで、山本さんの元公安のツテ使って、色々推移や情報をもらってくれるらしいから、それを見守るしかねーな」
「ということだ。なので、しばらくは現状維持だな」
と山本が話を締める。
「そうですね……」
ということで、確かに管轄も違うので、そこは警察に真相究明をおまかせするしかない。白木達が諜報員の立場で色々言ったところで、警察から某かの依頼が省に来ないことにはどうしようもないという話なワケなのである。
木元明美の件は、それがテロであったとしても事件としてはあくまで殺人事件であり、福原の場合は殺人未遂で、深堀の場合は脅迫・恐喝事件だ。その捜査は警察が行うのが法治国家である。
月丘達は諜報員であって、国家の必要とする情報を蓄積して上に上げるのが仕事である。まあ色々超法規の仕事もやるにはやるが、あくまでそれは国家の必要とする要件を達成するための手段であり、安保調査委員会の決定と命令の範疇での話。此度の政治家の一件は、司直のテリトリーであって、刑事事件である限りは、別命あるまでは月丘達の仕事ではない。
……ということで、現状この件で総諜対は何にもすることがないので、月丘達を次の任務へ従事させることにする。
「でだ、月丘、んでプリ子」
「はい」『ハイ?』
「次の任務なんだが……ちょっと二人には遠出してもらう事になる」
「遠出ですか?」『海外出張というモノですか? ケラー』
「まあ海外は海外だが、宇宙な。しかも、例のグロウム帝国」
「は?」『ほえ!?』
驚く二人……でもまあ海外どころか、地球外出張なんざ二人にとって別段たいしたことではない。
プリ子はいいとして、月丘も一時期はディスカール本星で長いこと生活していた経験もあるし、ついぞ先日は、ゼスタールさんの『時空間接続帯』というティ連人でもお初の珍しい場所にまで行っているわけで、その命令自体は違和感なく受け入れられる慣れた話の二人なのだが、腑に落ちないのは何故この時期にグロウム帝国領内に行けというのか? というトコロである。
「今回は、まあちょっとした出向だな」
「はあ……出向ですか。もしかして、特危へですか?」
「察しがいいな。そういうことだ」
実のところ、この時代の日本政府は、連合に加盟して以降もう縦割り行政なんていうのはやってられないということで、各官庁の横のつながりが非常に強くなっていた。そうしなければ連合の行政に対応できないからである……なんとも異星人国家連合に加盟しないと、手前らの行政の問題を身をもって知ることができないわけであるからして、それはそれで問題なところなのだが、まあ今はもうその縦割り行政という言葉自体が過去の言葉になりつつある……
ということで月丘もそういうお役人の中にあって、特危自衛隊情報科はもとより、日本国国防衛省情報本部などへも何回か短期出向で行き来はしたことがるのだ。つまり、元有名PMCエージェントである月丘の、正規兵ではない、ゲリラ屋としての能力を買われて、案外そっち方面には引っ張りだこの彼なのである。
「なるほど、了解しました。で、仕事の内容は?」
「名目上は、フェルフェリア外務大臣の護衛だ」
「“名目”ですか。なるほど。では名目でない方は?」
「うん、八千矛隊への協力だ」
特危自衛隊陸上科八千矛隊。大見健特危自衛隊陸上科一等特佐直轄の特殊部隊で、現部隊長は、リアッサの旦那さんでもある樫本昭典二等特佐。
「八千矛隊ですか! 特危の超“S”部隊じゃないですか!」
「だからだよ。まあ手前ミソだが、俺達情報省の、この総諜対だってティ連関係事項で最も影響力のある安保調査委員会直轄組織だ。で、その安保調査委員会は内閣府直轄、つまり俺達は総理直属の組織だ。ということは政府行政機関的に言えば、この総諜対も『特S』の組織になる。ま、そんなSさん同士で、共同して任務こなしてくれってわけでな」
月丘は、腕くんでちょっと考え、吐息を一つつくと、「了解です」と何事もないように承諾した。ここが月丘がプロである所以である。白木や山本も、月丘のこういう仕事に対する姿勢を買っているということだ。だが今の月丘さん。プロとはいえ、現在の相棒、というよりか、伴侶の処遇も気になるわけで……
「プリちゃんには、その出向命令は出ていないのですか? 彼女は私の直属サポーターでもありますし」
「はは、わかってるよ月丘。もちろん嫁さんにも一緒に行ってもらう」
その『嫁さん』という言葉に月丘は少々苦笑いだが、プリルは少しテレテレ。
「プリ子は、フェルフェリア大臣と一緒に行くヤル研メンバーに協力してくれ」
その言葉を聞いて、プリルは
『はりゃっ! ヤル研の人も行くんですかっ!?』と腕を頭の上で交差させて、驚く彼女。
「そうだぜ。って、どうせまたロクでもない連中の発明や開発にでも付き合わされると思ってんだろ」
コクコク頷くプリル。
「ぶはは、そのとおりだ。諦めろプリ子。残念だったな」
『ふぁあ? 諦めろって、なんですかソリはっ! シラキサン!?』
「まあまあ落ち着けプリ子。実は、今回の総諜対としての任務はそこなんだがな。月丘、プリ子……お前達には今回、ティ連防衛総省のオヤビン。つまり柏木真人という世紀のバカが考えた、とある大作戦を実行する要員として参加してもらう。ちょっとそんじょそこらの作戦とはワケが違うぞ……」
と、作戦内容の話になると、流石の白木も、深刻な目つきに変わる。横で白木の言葉を見守る山本も同じくだ。
「これから話す特危の……というよりはティ連防衛総省の今回の作戦のために、月丘やプリ子のような特殊作戦に長けた連中を今回かき集めているという次第でな。ま、精鋭集結って奴だ」
「精鋭集結……ですか……」
「ああ。なので、今回の作戦には、今ヤルバーンにいらっしゃるナヨ閣下や、ヤルバーンの特務部隊メルヴェン。そして俺のヨメんとこで、お前のツレのIHDガードのクロード達に、USSTCの連中にも参加を要請している。で……最後に我が総諜対の虎の子、シビアさんも参加する」
そのメンツを聞いて、思わず「エ?」となる月丘。一体何をおっぱじめる気なのだと。
「シビアさんですか……はあ……あ、そういえば今日のこの会議、シビアさんが参加していませんけど、彼女は今ドコに?」
「シビアさんは今、月のゼスタール基地に帰っているよ。彼女“達”にも此度は重大な任務が与えられる事になっているからな。その件で最も適したスールの『合議体構成』へ、変更処理しなけりゃダメだってんで、月で調整中だって話だ。合流は作戦開始時にって感じだな」
その言葉を聞いて「ああ、ソレですが……」と話す月丘。
「……白木さん。で、なんか作戦の要員とかの話ばっかり聞いていますけど、肝心の作戦内容についてはまだ聞いてないんですが」
「ん? あ! そうだったか。スマンスマン……フゥ……んじゃグロウムに行っての作戦内容だが、聞いて驚け。クックック……いやー、柏木は一体何考えてるだって思うぞ、ぜってー」
「いやもったいぶらずに、ね、局長」
……ということでその内容を聞く月丘にプリ子……
聞いた後、一拍間をあけて……
「はああああああああ?」『どえええええええ?』
という声が、総諜対の部屋がある階層に反響したとかしないとか……
* *
……場所は変わってグロウム星間帝国惑星サージャル大公領。
今、山岳城塞都市ゲンダールは緊張に包まれていた……都市一帯に響く不協和音。即ち警報。
「どうしたっ!」
ハイクァーン造成装置で都市部の生活インフラ整備を進めていた大見が警報に反応し、警戒担当の特危隊員へ状況を問う。
すると、大見と共に現場で視察していたサージャル大公が大見の肩をとり、
『オオミ大佐、慌てるな』
「は、殿下。ですが……」
『この警報は、恐らく偵察のバルターを発見したのだろう。たいした事ではない』
だが、対空ブラスター砲の砲声が響いている。つまり戦闘状態にあるわけだ。
「殿下、偵察にしては少々物々しいですが」
『うむ……もう我々にとってはお決まりの日課みたいなものなのだが、バルターの、この偵察行動は少々事後処理が厄介でな。毎度のことだが、捕縛型のバルターと、兵隊型のバルターを撒いていくのだよ……これが問題でね。開戦当初はこの連中に同胞が拉致され、救出するのに難儀したが、何が目的かは知らんが、奴らは戦線が停滞した後、偵察に来る度にかならずあのタイプを撒いていく。これを掃討するのが一苦労でな……』
なので、この捕縛型から領民を守るために、このゲンダールに民を集めたのだと言う。ここなら山岳地下城塞都市なので、敵の空挺部隊の侵入を防ぐ事が出来る。
「捕縛型? 兵隊型? ……もしかして、こういうタイプですか?」
大見はPVMCGにサルカスで遭遇した、サルカス人が『牢獣』と、同じく『兵隊型』と言っていたタイプの画像を見せる。
『うむ、少々形は違うが、コレだ……なるほど、貴官らはこの連中との戦闘経験があるわけだから、知っていて当然か。ではなぜこの連中が民を拉致などしているのか、おわかりか?』
「え? ご存知ないのですか?」
頷くサージャル。近隣国家が、一〇基あるコロニー七基を自爆攻撃上等で墜としたはいいが、このヂラール連中がどういうものかまでの研究などは、まだほとんど行なっていないのだという話。
確かに圧倒的な負け戦やってる時にそこまでの研究まで手が及んでいないのは仕方ないところ。
その質問には答えるが、正直好んで思い出したくはないアレを話す大見。
『なんと……そのような……では囚われた者達は……』
無言で頷く大見。目を瞑り渋い顔をするサージャル。
この惑星を今襲っているヂラールと、惑星サルカスのヂラールは、恐らく生態的に完全一致はしないと思われるが、まあヂラールであれば恐らく間違いはないだろう。
「ということは太閤殿下、その捕縛型のヂラ、あいえ、バルターは地上に放逐された後、どのような行動を?」
『うむ、交戦した者の話では、擬態して待ち伏せ、我々の同胞を拉致した後、そのまま飛行して何処かへ飛んでいくそうだ。その後に輸送型のバルターが確認されているから、恐らくそれと合流するのだろう』
その言葉を聞いて、(間違いないな)と思う大見……更にサージャルから話を聞く所によると、もちろん現在この惑星全ての領民が、このゲンダール市に集まっている訳ではない。そりゃ他の場所でも戦っている市民にサージャル旗下のグロウム軍はいるだろう。従ってこの捕縛型のトラップ攻撃は、意外に犠牲者を生んでいるところ大なのである。
(となると……一気に攻めてこないのも、あの牢獣型を限定的に投入しているのも、やはり次の大攻勢への威力偵察のようなものなのかもしれんな)
と思う大見。つまり、連中にも知恵なのか本能なのかはわからないが、相応に頭の回る個体がいるのだろうと考える。恐らくそれがコロニー型中枢にでもいるヂラールの群れを統括する何者なのかだろうと大見は思う。
* *
対空砲火の音も止み、状況が落ち着くが、恐らく相当数の捕縛型と兵隊型が待ち伏せヂラールとして放置されているのだろう。そして恐らく輸送型も放逐した連中を乗せて帰る為に、何処かで身を潜めているに違いない。
そんな状況で、メルがトテトテと大見の下へやってきた。
『オーミ師匠。話は聞いたけど、さっきの対空射撃って、相手はヂラールなんでしょ?』
「ああ。斥候偵察型ってな感じのな」
『んじゃ、私達ハイラ騎士団が連中の着地地点目指して討伐にいってきてあげようか?』
「いや、それはもういいんだ。メル君には、他にやって貰いたい事がある」
『ふみゅ。何をすればいいの? 師匠』
「うん……」というと、大見は少々小声になり、「(これはまだサージャル大公殿下にも話していないんだが、実は……)」
大見は先に多川から通達のあった、柏木の考えた策を耳打ちでゴニョゴニョとメルに話す……するとメルは、
『どしぇ~! そ、そりは無茶だよ師しyモゴモゴモゴ』
「(お、おい! 声がでかいって。俺だって柏木からこの話を聞かされたときは、一回絞め技食らわしたほうがいいかと思ったよっ!)」
メルの口をでかい手で塞ぐ大見。ハタから見たら襲っているようにしか見えない。大見にしては滅多にしないリアクションである。
彼に口をふさがれたメルさんは、うんうんと頷いて、大見も口から手を離す。
『(じゃァ師匠、いつ大公殿下に話すのサ)』
「(多川さんは、もうぶっちゃけ作戦が始まってからでもいいという話だ。俺もそっちに賛成だな。前もって話して、グロウム側からゴチャゴチャと反対意見が出たり、功を狙い、焦った輩が出て、結果的に作戦を妨害されるのもたまらん。皆が皆、ネリナ大佐のような軍人ばかりじゃないだろう)」
『(シエ師匠にネメア師匠とかには?)』
「(シエさんはもう知っている。俺と同じ意見だ。ネメアさんも知っている。ってあの人は合議体ってのだからな。地球でシビアさんが知れば、あの人も同時に知る事になるわけだし)」
ということで、大見から謎の作戦内容を聞いたメル。うっしとはりきって声のトーンを元に戻す。
『んじゃそのナントカ人工亜惑星要塞に行くのは私と、シャルリ師匠だね?』
「ああ。リアッサさんと、ネメアさんにシエさんと俺は、こっちの戦闘要員として残る。騎士団の力も借りるよ」
『わかったっす。師匠』
「柏木の策の骨子は、とにかく精鋭で相手の出鼻をくじくのが重要な点だ。なのでその接近戦の腕前と大剣を見込んでの選出だ。よろしく頼むよメル君」
自慢の長ロングな斬馬刀を褒められたもんだから、メルも鼻息が荒くなって、『まかせなさ〜い』と胸を張り、叩く。だが、実際地球時間で云十年とヂラール相手に戦ってきたその経験は伊達ではない。しかも装備を考えると、現在の方がずっと強力だ。確かに心強くはある。それは間違いない……
* *
さて、物事というものは、一旦事が決まると着々と進行していく。
ここは地球から約一光年離れた、ティ連が定義する『太陽系・地球文明境界線』所謂ティ連視点での地球圏文明の国境と暫定的に定めるとある宙域である。もちろん現在の地球は、まだまだ国際連邦化などしていないので、どこの主権というわけでもないが、現在の国連も、ティ連がそういう地球圏の認識であることは承知している。
そこに堂々と鎮座ましますは、太陽系への交通の要所となる、かの『人工亜惑星要塞レグノス』である。
それはもうクソバカでかい宇宙船が当たり前のティ連にあって、そのティ連人基準でもアホみたいにデカイ宇宙建造物であるからして、その威容たるやすさまじい。なんせ『亜惑星』を名乗るぐらいなのだから、相当なモノである。
ケルビン正14面体の形状。つまり、六角形の面を立体に合わせた形状を持つこの宇宙建造物。特徴として、所々に正方形の隙間が規則正しく数カ所空いている。そこがディルフルドゲートとなるわけで、この建造物が、時に『要塞』時に『交通の要所』と言われる所以でもある。
球形に例えれば、なんとその直径は、五〇〇キロメートルにも達する。それはもう立派な天体ともいえるものだ。規模としては、かのセルゼント州型人工亜惑星要塞と同等級のものになるわけで、ティ連でも、現在飛び地となった加盟国、日本国と、地球社会の一員となったヤルバーン特別自治州と一体化している存在といっても良い施設である。
その意味もある一つの施設として、この亜惑星には構成される六角形面の一つのエリアを、『日本国レグノス県』としてティ連から提供され、自治体化している。これがその証でもある。
と、そんな場所に、一隻の航宙船舶がゲートからディルフィルドアウトしてくる……いや、船舶は船舶なのだが、その容姿はデカイ人型で女性型。そう、もうお馴染みの人型機動艦艇の一つ、『機動攻撃艦・フリンゼ・サーミッサ』であった。
『はい到着〜。ケラー……じゃなかった、ファーダもこの狭い艦での船旅お疲れ様ね』
もちろん、このサーミッサ艦の艦長といえば、我らがパウル・ラズ・シャー艦長にして提督閣下。現在の階級はサディ・ジェルダー。即ち若き少将さん。昨今彼女が凝っている日本海軍グッズの一つ、帝国海軍略帽冠ってやれやれな表情。
彼女の愛艦サーミッサ級は、ゲートを出た後、今日も偉そうに腕組んで巨大なレグノス要塞を遠目に見る事ができる場所まで距離を開ける。
「はは、パウル艦長。そんなファーダなんてのはやめてくださいよ」
『実際偉いんだからいーじゃない。それに部下も見てるしさ』
「まあそうですね。わかりました。そういう手前ということで」
柏木真人連合防衛総省長官閣下もご乗艦あそばされていたりする。
『でもさー、あの長官専用艦使って来たら良かったのに。サーミッサ級って、基本ロボット兵器だから、狭いでしょ。寝室も“かぷせるほてる”みたいで』
「いえいえ、楽しい船旅でしたよ。私も、こういうのが好きでしてね。って、それよりパウル艦長、次のあなたの指揮する船……といっていいかどうかわかりませんが、その、モノはアレですからね。宜しくお願いしますよ」
そう言って柏木が指差すは、今前方スクリーン一杯に映る、『人工亜惑星要塞レグノス』
『いやぁ〜……私もまさか自分が、こんな亜惑星要塞を指揮するまでにご出世するとは思ってみなかったから、むはは……ま、用意しているネタはあるから、任しといてよ』
「あの作戦ですかぁ? まあ元工作艦隊のパウル艦長ならではとは思いますけど……」
『何いってんのよぅ、あなたのあの発想もちょっとオカシイわよ。もう慣れたけど……』
「でも、アルド・レムラー統制合議体閣下は『肯定、良い作戦である。我々もその作戦成功後の調査活動に興味がある』」って言ってくれてますよ」
『そんなゼスタールサン基準で言われてもねぇ……』
柏木がアルドのモノマネなんぞをして、三日程のゲート旅の疲れをほぐす会話に興じていたり。
作戦の話もしているが、まだどんな内容なのかは解らない。
『でさ、フェル奥様も来るんですって?』
「ええ。急遽来る事になりましてね。初めは『今すぐじゃないかも?』とか言ってたんですけど、なんか考えが変わったみたいで」
『理由は知ってるの? ファーダ』
「まあ……私は反対したのですが、フェルが『これがティ連の教育方針だ』とか、なんかそんな話でして。どうしてもって言うものですから、押し切られたというかなんというか……」
『あはは、ファーダもフェルには頭上がらないみたいね。でも私もフェルの気持ちはわかるわ。それがティ連ですもの。みんな事の大小はあるけど、そうやってきたからね』
「そうなんですか……ふぅむ」
これも何の話であろうか? という感じ。フェルが当初後からの話でグロウム帝国に行くつもりだったのが、急遽一緒に作戦に参加するという話になった。
なんでも二藤部や春日には了承をもらっているということで、扱いは『長期外遊』ということになっている。つまりそれだけの外遊が認められるということは、国もフェルの行動を相当に重要視しているということでもある……それもそうだろう、間違いなく国同士の距離を考慮しても、ティ連としてグロウムの復興協力とその後の外交を担うのは、太陽系のティ連国家、日本国とヤルバーン州しかないわけなので、両国とも実のところティ連加盟国として重大な責任を負っているワケだったりするのである。
しかも、更に非常に近い未来の事を考えるならば、今後米国を中心としたUNMSCCもグロウムとの外交を模索するだろうから、先にグロウムとの外交イニシアティブを日本が確実に確保しておいたほうがいいというのは、自明の理というものである。
『で、今回ファーダの、あのイカれた作戦に付き合わされるのは……私がレグノスの要塞長で、妹のプリルが、ヤルケン技術支援部隊に回って、義弟のカズキが、前線部隊でしょ? ……』
此度パウル曰く、柏木の『イカれた作戦』と称される案件に付き合わされる連中をまとめると……
○戦闘実働要員
*樫本・月丘・シビア隊(特危八千矛隊+ゼスタールドーラ部隊)
*シャルリ・メルフェリア・ナヨ隊(メルヴェン部隊)
*モーガン隊(USSTC部隊)
○後方支援要員
*プリル・沢渡ヤル研試験調査部隊(支援攻撃)
*クロードIHD―PMC部隊(補給・警護)
*フェル(ティ連―日本国外務省派遣政治折衝担当)
○指揮官
*総司令官・柏木
*要塞長・パウル
他、機動兵器運用部隊・偵察哨戒部隊等々と続く。
現行での艦隊戦力というものは、レグノスがサージャル領圏内に到着した際の、多川達艦隊と、小規模なレグノス駐留艦隊しか艦隊戦力はない。それはいわずもがなで、そもそもレグノスは人工亜惑星要塞としての機能で稼働している状況ではなかったので、その程度の防衛艦隊戦力しかないわけである。
だがそこは心配無用。本来のレグノスは『要塞』というわけであるからして、レグノス単体だけでもフル稼働すれば、そりゃもうティ連標準艦隊数十個艦隊分の火力を保有している。そして、此度の状況を憂慮して、ティ連各国艦隊も、レグノス要塞目指して合流する予定なので、時間の経過を計算に入れれば、おいおい戦力はレグノスを中心に強化されていくことになっている。
そもそも、この亜惑星要塞自体が常識を逸脱しているような兵器なのだ。
諸元を示すと……
対角長(直径)約500キロメートル……ちなみに、かの大作スペースオペラ映画に登場する第二の死の星ですら直径160キロメートル。かの銀河の英雄物語に出てくる要塞ですら、たったの直径60キロメートルであるから、人工亜惑星要塞の大きさが窺い知れよう。そしてこれが『亜惑星』と言われる所以なのである。
だが、そんなにデカイというなら、質量もものすごいのではないかという話になるのだが、この人工亜惑星要塞は、基本ヤルバーンのような六角形状の頑強な宇宙構造物が多面体として完成されているものなので、中はディルフィルドゲート運用の都合上、ほぼほぼがらんどうの空間と言っても良い。なので、密度としては死の星要塞や、60キロ要塞の方が高いかもしれない。
『……というところね……って、メンツは早々たる顔ぶれね』
「今回の作戦は、言ってみればこれぐらいの顔を揃えないと……というところはありますけどね」
『でもみんな、あんな作戦によく付き合ってくれるわね。やっぱり貴方だからかしら?』
* *
ということで柏木着任早々、レグノス要塞に選ばれた顔ぶれが集う。
地球から一光年などという距離は、ティ連基準で言えば近所のコンビニ程度の距離なので、日本―地球組が来るにもそんなに大層なものでもない。
「いや、久しぶりですね。レグノスに来るのも」
特危自衛隊輸送宇宙船C-3Sから降機するは、部隊長クラスとなる月丘、プリル、シビア、樫本、ナヨ、モーガン、クロード、沢渡と、その部隊兵員。
此度、C-3Sは数機でやってきており、他にも今作戦で使用する装備等々もワンサと積んできていたりする。
『人工亜惑星要塞を軍事兵器として本格的に運用するなんて、もう何百周期ぐらいブリだったと思いますよ、カズキサン』と解説するはプリル。以前日本着任時に経由した時とくらべて、流石に此度は雰囲気が違うと話す。
『極めて興味深い施設である。ナーシャ・エンデの技術と融合させれば、更にこの要塞兵器の運用効率は向上するだろう』と興味深くレグノスの超大型ハンガーを見渡すシビア。アルドからも良く調査しとけと言われているのだろう。
『ですが、できることなら、やはりこの施設は交通の要所と、観光施設としてずっと稼働させたかったものですが……』と考える目をするナヨ閣下。
『確かにコマンダー・カシワギの作戦でなければ、対応は難しいのでしょうな』と、ベテラン兵士の視点で話すのは、これまたヂラールに関しては専門家となってしまったモーガン先任上級曹長。
『レイコボスも「一度は経験しとけ」なんて言うから、来たはいいものも、こりゃ……はは、光る剣がいるんじゃないのか? あの不思議なチカラの修行でもするか』とおどけて話すはクロード。
『ウチの部下には、実のとこ、この要塞に来るのがはじめての奴も多くてね。ほら、あれ……』とヤル研トコロの自分の部下を指差す沢渡……なんか目の色が血走っていたり。H型の戦闘機がいるとか、ドーラコアを利用して無人化とか、ゼダンの……とか、そんな言葉がそれとなく聞こえてくる。
で……少々遅れて、日本政府専用機のデロニカが月丘達の目前に着陸する。
真っ白に塗られた機体に、日本国の文字と日の丸国旗に連合日本旗が並んで描かれる機体。
流石に機首から飛び出るギミックの国旗は掲げていないが、この機体が到着するということは、政府の閣僚が乗っているというわけであるからして、それは一体だれかといえば……
『はい、到着ですネ~、みんな降りるですよ~』
フェルさん外務大臣兼副総理であった。が……フェルだけではないようで……
「まるま~、ここがれぐのすっていうとこなの?」
ななななんと! 姫迦ちゃんが一緒であったり。更には、
「ふぇるまま~、かーちゃんはここにはいないのか?」
シエと多川の子、暁君が一緒であった!
更に降りてくるは、
『ほら、ヒメカサマにアカツキサマ。ここからはマルマサマはお仕事ですから、ここでお待ちいたしましょうね』
これまたお久しぶりの登場、フェルの城の侍従長兼、現在は在イゼイラ日本国第二大使館の事務部長を退任し、大使館特別顧問として活躍している『サンサ・レノ・トゥマカ』であった。
「あ、ヒメカ、樫本のおじちゃんだ!」
「え? どこどこ あ、かしもとのおじちゃ~ん!」
暁に姫迦が叫ぶと、部隊と共に待機していた樫本が二人に手を降って応えてたり。
樫本とリアッサの子とも二人は友達なので、互いによく知っている。ちなみに樫本とリアッサの子は、姫迦よりも年下の女の子だ。今は樫本の実家で元気にしているという話。
そして日本―地球勢が皆揃うと、御大お二方が姿を見せる……柏木連合防衛総省長官と、パウル提督だ。
「きを~つけっ!」
ビシと皆、柏木にパウルの方向き、背筋伸ばして直立。その後、敬礼! と相成る。
柏木も挙手敬礼。パウルは手のひらを頭の横にかざす、ディスカール敬礼で答礼。
ちょっと離れたところでは、姫迦に暁もポヨンと敬礼の格好をしていたり。それを見て笑顔になる皆の衆。
そんな二人の可愛らしい仕草に緊張も解け、まあまあと掌を振り、気楽にと話す柏木。で、フェルの元へ……
「ヒメちゃん~、暁クン~! 元気してたか!?」
飛びついてくる二人を、腰屈めて抱く柏木。
「カシワギのおっちゃん、ぐろーむてーこくに、とーちゃんとかーちゃんいるの?」
「おう、カッコよく頑張ってるって話だぞ。待ってるってさ」
嬉しそうに笑う暁クン。姫迦は柏木パパにべったりで、強制おんぶ状態である。
『ささ、お二人とも、ファルンサマとマルマサマは大事なお話がありますから、お部屋に行きましょうね』
「姫ちゃんに、暁クン、ここには面白いゲームコーナーもあるから、遊んでおいで」
と、いたって一般的かつ平均的な子供のあやしかたを体得している柏木長官。
「サンサさん、すみません。手前の勝手で呼びつけてしまいまして」
『何をオっしゃいますやら、ファーダ。このようなご用事でしたら、喜んでいつでも駆けつけてまいります。将来のフリンゼに、ファーダ・シエのお子のお世話。この上ない光栄なことございます』
「ありがとうございます」
『ハイ。では後ほど……』
そう言って、サンサは暁と姫迦を連れて部屋へ。バイバイしていたり。
「……フゥ……いいのか? フェル。あの二人をこんなとこに連れてきてしまって」
『ウフフ。これはね、マサトサン。ティ連人の教育方針の一つなのですよ』
「その話はね……確かにヤルバーンも同じだってのはわかるけどさ」
『ニホンでも、「カワイイワガコニハタビヲサセロ」っていう格言がアルのではないですか? それと同じです』
なぜにフェルはこんな場所、しかも戦場になるかもしれないところに我が子に、シエの子を連れてきたか、それはティ連の親が我が子の幼少期に必ず体験させる冒険教育の一貫だそうで、今回の騒動を利用して連れてきたという話だそうだ。
ティ連では、そうやって自分の親がどんな仕事をしているのか、親の背中を見せて、子供の情操教育を行うのだという。
そもそも一〇年前、当時のヤルバーンに乗務員の家族が乗っていたのも、そういったものだということ。
グロウム帝国に向かっていたゼルドア艦隊の後方にあった『拠点艦』に、軍務につく家族らが乗っていたのも、そういった教育の観点からという意味もあるのだ。
フェルも幼少の頃、親代わりのサンサに連れられて星々を巡った体験を継承して、今日、その教育を我が子と、親友の子に行うと決めた次第。無論シエにも伝えているわけで、彼女も賛成してくれている。
だが、そこまで壮大な教育の習慣がない日本人の柏木に、多川パパだったのだが、そこは両人のかーちゃんに押し切られる形で納得せざるをえない事となってしまったという感じだった。
で、ちなみに今回リアッサと樫本の子も連れてこようかという話だったのだが、まだ樫本の子は小さいということで、お流れになったという話。
「でもさフェル、俺の考えた作戦で、子供がここにいるのは……」
『何を言ってるですか、マサトサン。ここにはレグノス『州』の州民、即ち、ヤルバーン州軍と、ティ連防衛総省軍人の家族も住んでいるのですよ。一緒じゃないですカ』
「あ、そうか……」
『それに、この人工亜惑星要塞が、ヂラールコロニーごときに遅れを取る事なんてアリマセン。仮に万が一の事態が起きたとしても、脱出体制は完璧ですから、心配ないです』
まあ確かにフェルの言うことも、もっともである。
現在の情報では、ヂラールコロニーの大きさは、巨大な算盤の珠のような形状で直径にして約二〇〇キロメートル。大きさで言えば、じつのところレグノスの方が遥かに大きい。
だが、生体兵器でその大きさというのが異常なのであって、そこが単純に大きさ=戦力として考えられないところなのである。
で、実は今回の柏木が考えた作戦の骨子も、実はここにあるわけで……
* *
……で……
柏木真人連合防衛総省長官が考えた此度の作戦。それを聞かされた各方面の、いっちゃん最初の反応という奴だが……
「またアイツは……まあ確かに今状況ならこの星を守るにゃ一番有効だが……」と大見。
「これは、もう結果を見ての事後報告でいいいです。こんなこと国会で今すぐにはですね、はは……」と春日内閣総理大臣。
「おっちゃんって、たまーに何考えてるのか、わかんないところがあるよね~。おねーちゃんも苦労するよ」とメルフェリア団長。
「ま、バカだから、うん」と白木崇雄。
『極めて効果的な作戦である。我々の技術が大いに有効に働く。我々は全面的に協力する』と、ゼスタール・アルド・レムラー統制合議体閣下。
「ま。私達はもう慣れてますけどね。今回もお手並み拝見というところですか」と二藤部新蔵、情報省大臣。
「ま、先生のこった。なんとかうまい具合にやるだろ」とこれまた余裕の三島太郎理事長。
「もうこの件は全てミスター・カシワギに任せろ。彼ならやってくれる。USSTCに最新の装備を持たせろ。妥協するな。グロウム帝国と、ゼスタールの件は、私が直接やる」と大統領令にサインした、ルイス・スチュアート大統領。
そして、
「ホホホホ、な~るほど、そういう事でしたか……これは面白くなりそうですわね。ならば、私達も少しはお手伝い致しませんと……例の予算も倍増以上を考えないといけませんわね」と不敵な笑みを放つ、エドウィン・スタインベック。
んで……
『ねえねえカズキサン。カシワギ長官って……実はアタマ……』「だーっ! 思っても言うな、な、プリちゃん」迂闊な発言をレグノスの会議でしそうになって、思わずプリ子の口を手で塞ぐ月丘……
* *
……聖ファヌマ・グロウム星間帝国・レダ恒星系、惑星サージャル大公領から五〇万キロメートルの位置で待機する、多川艦隊司令率いる威力偵察艦隊。
本恒星系に到達して、はや数日が経とうとしていた頃、俄に敵ヂラールコロニーに動きがあり、軌道上の敵生体兵器艦隊の数が日に日に増えて行っている状況が確認できた。
「もうすぐですな、ニヨッタ艦長」
『ええ、ジェルダー・タガワ。明らかにですね……ジェルダー・シエの方も、迎撃体制を整えているそうですが……』
「大丈夫、間に合いますよ。そこは間違いなくね。ただ、どのタイミングで飛び込んでくるか……」
と、そんな会話をしていた刹那、通信担当員が、大きな声で、
「ニヨッタ艦長! 多川将補! 連絡が入りました! あと三〇分でこの宙域に到達するそうです」
「そうか! で、その後は!?」
「そのまま計画どおりにと!」
「ハッハッハー、柏木さん何考えてんだか。でもいいね! よし、全艦隊作戦通りに散開しろ! その後レグノス要塞を護衛しつつ、敵の陣取る軌道上に接近! ニヨッタさん?」
『了解! 全艦隊に通達! …………』
多川・ニヨッタ乗艦の、機動重戦闘護衛母艦やましろ旗下、ネリナ艦隊に、ガーグデーラ母艦艦隊は探知偽装を解除し、各艦大きく大きく離れて、散開。その間隔は五〇〇キロメートルを大きく超える。五〇〇キロといえば、身近な距離で例えるなら、東京―大阪間ぐらいである。
しばし後……
「ディルフィルドアウト現象確認! 空間歪曲による巨大な重力波動、来る!」
刹那、周囲の空間が、今まで見た事がないような捻じ曲げ現象が起き、刹那、それはもう天体クラスの巨大な閃光を伴って、大きく“それ”が顕現した!
そりゃもう『ドーン』どころの騒ぎではない。
『きゃあああああああ! 大変ですねジェルダー! うはは!』
「ぬおああああああああ! 本当ですなニヨッタさん! マジで強烈なご登場だなこりゃ!」
薄ら笑いを浮かべ、手すりにしがみつく多川にニヨッタ。多分ネリナ艦隊のクルーもそんなところだろう。で、
「レグノス人工亜惑星要塞、ディフィルドアウト完了! ……って、でけえ!!」
と思わずそんな声をだす通信担当員。だがそんな驚くヒマもなく、即座にやましろブリッジに展開するVMC通信。
『ジェルダー・タガワ! ニヨッタ! おひさ!』
「パウル提督!」と多川が応じると、『話はあと! 予定通り突っ込むから!』「了解! センサー担当! 敵の様子はっ!」
「はっ! 敵軌道上部隊、こちらに反応しました!」
「よっしゃ、重畳だぜ、完璧だな……シエ、応答してくれ!」
その言葉で、サージャル大公領のシエに繋がると、
『ダーリン。コチラデモ確認シタ! イイタイミングダ。ムコウデ、サージャル大公ガ、VMCモニターヘクギ付ケニナッテイルゾ』
「そりゃあんなデカブツがいきなり現れりゃあな。とにかくソッチへ侵攻しようとしていた連中を腰砕けににすることには成功した。惑星降下作戦はもう不可能だろうが、メルちゃん曰く、バカのヂラールのことだ、すっとんきょうなのが降りていくかもしれんが、その手のは頼むぞ」
『了解ダ。デ、グロウムガ最接近シタ時ニ、メルト、シャルリヲ転送デ上ゲルト柏木ニ伝エテクレ』
「わかった!」
この突然の状況に敵ヂラールも相当狼狽したのか、これからサージャル大公領へ全面攻撃をかけようとしていた部隊は、攻撃対象の変更をやむなくされる。
勢い余って、幾ばくかの部隊は惑星へ降下してしまったが、規模としては地上のシエ達と大公軍で十分対応できる数だ。
敵はほぼ、強襲降下を狙った編成であり、現状レグノスのような巨大要塞に対峙できるような戦力ではない。だが、そんな事はお構いなしに、その強襲降下型も、狙いをレグノスに変更する。
護衛の戦闘艦艇型に、機動兵器型も全てがそのターゲットを変えた。
レグノス要塞も、惑星サージャル大公領の静止軌道に着け、その武装を全て展開し、総力戦でもするのかと思いきや、レグノス要塞ブリッジ区画で指揮を執る柏木とパウルは……
『よっし、じゃあこのままの進路でいいわけね、ファーダ・カシワギ!』
「はい、そのまま突っ込んでヂラールコロニーに最接近させて下さい! ぶつける勢いで構いません!」
『了解! へっへっへ、進路そのまま。向かってくる敵は叩き落としてっ! 敵艦船はジェルダー・タガワに任せていいわ! ディルフィルドゲート制御区画、例のモノの準備はっ!』
『いつでもアウトできる状態で、火星圏に待機中。ゲート進入後、一時間で到達できます!』
『流石ゲート使えば早いわね。イチジカンで到達できるか……よぉし、タイミング合わせて、コロニーに着けなきゃ……』
全長二〇〇キロクラスの物体と、五〇〇キロの物体が、惑星衛星軌道上で、最接近状態になる図。それはもう壮大である。NHKの映像で、直径五〇〇キロの隕石が地球に衝突する映像がかつてあったが、あんなのが二基あって、それが近接状態、要するにぶつかり合おうとうする状況。
サージャル大公領の地上から天を見上げて、月の如き衛星にも見える物体と物体が接触しようとする図。それはカオスな天体ショーである。
シエや大見達もその画にポカンと口あけて呆然と視線を送るだけ……確かにこんなのは見たこともないだろう。ティ連人ですらお目にかかった事のない状況である。
向かってくるヂラール機動兵器に機動艦艇。
自分達の作戦を潰されて、更にはヂラールどもでさえ体験したことのない状況に叩き落とされ、完全に調子が狂ったのか、まるっきりてんでバラバラでレグノスや多川艦隊を襲う怪物共。
それでなくても統率性のない連中がそんな状況に陥ったモノだから、かえって作戦は進行しやすいの図である。
『よし、んじゃシビアちゃんの艦隊を全面に出して! そろそろやるわよ! シビアちゃんいい!?』
『肯定。パウル生体の命令を受領。我々の艦隊を前衛へ展開。レグノス要塞より発進させる』
『よし、あと二〇フンで最適距離に達するわ。んじゃファーダ、命令をお願い!』
その言葉に柏木の目つきが変わり、彼の考えた惑星サージャル大公領を敵の攻撃から最低限の被害で抑え、ヂラールの謎を探求する最大の状況を作り上げる作戦。それは……
「わかりました……では、全軍に命令します……【ヂラールコロニー鹵獲作戦】を開始して下さい!」




