【第五章・攻勢】 第二八話 『善意と悪意の主観』
眼前にいるその男……まあ容姿は男だが、その言葉遣いは女性的。世間巷でいうところのオネエ系というヤツ。
「ミスター・ヤマダ……いえ、たぶんそれも偽名ですわね、JIAのエージェントさん……といったところかしら?」
「……」
世界最大の多国籍企業、パイドパイパー株式会社CEO兼会長のエドウィン・スタインベック。世界で知らぬものはいない有名人である。だがその知名度とは裏腹に、謎の多い人物でも知られている。
彼の素性を探ろうとするジャーナリズムは、すぐに消される……などという事はないのだが、必ず何らかの圧力がかかり、その取材活動を中止せざるを得ない状況に追い込まれる。
身に覚えのない罪で莫大な賠償金額の告訴をされたり、所属していた報道社が突然買収されたり。
この世には所謂『聖域』『アンタッチャブル』と呼ばれる組織や人物が、少なからず存在する。
過去には米国で有名なマフィアのボスであった『アル・カポネ』然り、なんせ『アンタッチャブル』の元祖が彼である。
そして近年ではロシアのグレヴィッチ前大統領にして、現首相。
今はもう亡き北のアレもそうであるし、現在も一党独裁を継続中の中国共産党『チャイナ・ナイン』と呼ばれる連中。
こんな物騒な輩ばかりを例にあげているが、現在の日本における『情報省・安保調査委員会』も一種の政治的アンタッチャブル組織であるし、ティ連の『聖地案件』も日本の連合加盟で解決させたが、政教分離の方針は、アンタッチャブルといえる。一時期は憲法9条もそんな扱いを受けていた時期もあるし、皇室の存在も、国民のやんごとなき権威の対象として見れば、肯定されるアンタッチャブルともいえる。まあ特に日本の情報省の場合、他と違ってコワイオッサンがたむろするロクでもない状況や組織ではないが、彼らの内情は、これ日本の特定機密の核でもあるわけで、あまりにひどいオイタをすると、やんわりと記憶を消されたりなんてのは……まあとりあえず現状ないが、そんな組織であるのはゴニョゴニョゴニョ……
このパイドパイパーのスタインベックも典型的なそれである。だが一般には『噂』『都市伝説』の範疇を出ない、ということになってはいるのだが……
月丘にセマルはそんな“男”スタインベックと対峙することになったのであった……
* *
シエに多川、そして大見達がグロウム帝国領・領有惑星『サージャル大公領』の人々と接触できた時より、少しだけ時間を遡る。
大見やシエに多川が、地球から約三〇〇〇〇光年先で現状それに関わった地球人以外はまだ知らない驚愕の世界を目の当たりにしている頃、ここ地球では、所謂地球人基準の『現代』と呼べる時間がまだ当てはまる日本国、大阪の夢洲で開催されている万国博覧会のパイドパイパー社ブースで、月丘和輝とセマル・ディート・ハルルが地球社会における、ある種言い方を考えれば、目に見える主権である『国家』とは違う異質の主権組織。その幹部ともいえる存在と対峙していた……
月丘は、礼儀正しい『イツツジ・ハスマイヤー保険』の社員である山田太郎さんから、元HDガードとして名を馳せた情報省のシャドウ・アルファへとその態度を変貌させる。
彼は今座っているソファーの椅子を、背筋を伸ばして深く座り直し、足を組む。そしてセマルの方を見て、ニヤリを笑う。
セマルも首を少し傾げて微笑む。
「はは……お見通しですか。何時お気づきに? 会長」
「ま、それなりにね。状況と条件は色々そろっていましたわね」
そう言うと、スタインベックは自分の椅子の肘掛に付いているスイッチをポチと押す。
月丘とセマルは一瞬警戒した。そういうガジェットにギミックは、大体床に穴が開いたり、天井が落ちて来たり、肘掛けから拘束具が飛び出て来たりと相場が決まっているからだが……流石に月丘達の映画の見すぎであった……空中に大きめのホログラフモニターがいくつか出現し、そこには……外で調査活動をする下村と長谷部が映っていた。シビアはいないようである。
スタインベックは右の掌をモニターに向けて、少し首を傾げる。即ち『もう分かっていますよ』という事だ。
「イツツジはヤルバーン州と縁のある企業ですからね。ミセス・レイコからお話があった時点で、こういう具合に勘付いたファクターの一つでもありました」
「なるほど。ですが、私は麗子専務にちゃんと仕事は取ってこいと言われているんですけどね。先程の話しは進めさせてもらってもいいんでしょう?」
月丘がそういうと、スタインベックは彼の不敵さが気に入ったのか、
「オホホホホ。はい、それはそれ、と言うことに致しましょうか」
「ありがとうございます」
と、月丘はニヤリと笑って礼を言う。
スタインベックは傍の部下にジェスチャーで指示し、高級酒を持って来させる……お一ついかがと月丘にセマルも誘われるが、平手をかざして遠慮したり。代わりにコーヒーを出してもらった。
毒を疑うのは仕方のないところだが、PVMCGも警告は無し。流石にそんな無粋な事はしないようである。
もう匂いだけで最高級豆を使ったコーヒーだとわかるそれをひと啜り口に付け、その香る旨さに驚いた表情をする月丘。セマルも同じく。で、一つ吐息をつくと、やおら月丘はスタインベックに問う。
「かつて、この地球世界に『ガーグ』などと呼ばれる組織……じゃないな……そう、『意思』のような存在がありました」
するとスタインベックが、月丘の話を折るように、
「貴方もその片棒を担いでいらっしゃったのでしょう? ウイグルで」
「はは、お調べになりましたか」
「意外と簡単に出てきましたわよ」
「あの時は、私もあなた方の一派に雇われてましたのでね……昔の話です」
「あら、私は直接関係ないですわよ。あの事案には手を出しませんでした。泥沼にはまってしまたら抜け出せませんからね、アレは」
「はは、確かに……で、話を元に戻しますが、米国が、ヤルバーンと金融為替関係の事業で彼らと関係を持てて、貴方がた『ガーグ』の活動は急速に鈍化しましたね……やはりアレはそちらの方が利があると見なしたからでしょうか?」
一応研修で習った教科書通りの知識をネタに、話を振る月丘。
今の質問、スタインベックが例の金融事業でどう動いたか、なんてのは正直どうでも良い内容。
あえてワザと『ガーグ』という言葉を出して、彼の腹を探ってみる月丘。
「フフフ、ガーグですか……なんでも日本政府は、ヤルバーンと日本の外交を阻害しようとする不穏分子のことをそんな名前で呼んでいたという話を私も聞いていますけど、あの呼び名は語呂のイメージも完全に悪役ネーミングじゃないですか。私の知り合いの間でも、あれは差別だとか、当時そんな話も出ていましたよ。懐かしい話ですけど」
「では、貴方はガーグ“であった”事をお認めになるので?」
「私が、そのガーグであったか、という事は私がどうこうとお話しする事ではないでしょう。それは貴方がた日本政府と、当時のヤルバーンの方々が勝手にお決めになった事ですからね……まあですが、その問いにどうしても答えが欲しいというのであれば、確かに私達は当時、ヤルバーンやイゼイラ、そしてティ連と私達のような、日本国関係者『以外』の人々の利になるような動きをしていたのは確かです。それは認めましょう」
すると隣で黙して月丘とスタインベックの話を聞いていたセマルが、
「ソの『利』になる動きデすが、その動きの中にテロ行為のようなものも含まれるですか? ケラー」
すると、セマルのえらい単刀直入な質問にスタインベックは不敵な笑みを浮かべて、
「“ケラー”ですか、フフフ……」と笑うスタインベック。もう隠しもせずにそんな言葉を放つセマルらの態度を彼は確認すると、「……私達は“利益”にしか興味がありません。ですから、私達に“不利益”なもの、そして“損”であるものは徹底的に排除します……それが営利組織というものでしょう?」
「……」
「貴方がたティ連人。特にヤルバーンで“事業”をしていらっしゃる方々も、少なからずそうなのではないのですか?」
スタインベックはそういうとっゆっくりと席から立ち上がり、外の景色、パイドパイパーパビリオン内全体を眺め、月丘達へ顔を向ける。
「私……いえ、私のお取引先も含めて、何やら世間は今、我々を『インベスター』なんて言葉で呼んでいらっしゃるようですけど……まあ私達英語を普段の言葉にしている者からすれば、『投資家』なんて言葉で呼ばれてるわけですから、まあ事実を指摘されたところで、だからソレがどうしたという話になるのですが……私も日本語を解しますから、『インベスター』なんて語呂、『インベーダー』か『イントルーダー』か、そんな代名詞的な言葉に聞こえるのも理解できますから、正直困っているところもありましてね……」
そういうと、スタインベックは窓にもたれかかり足を組んで話す。さながら彼のいつものプレゼンショーのようである。
「ま、それでも私の親しいお得意先の間では、そのインベスターなる言葉が気に入ってらっしゃる方々もいるようでしてね、そんな名前で私達の仲間を『我々が』、認識しているところもありますが……」
すると、月丘はスタインベックに、もうそこまで日本国情報省の自分達に話すのであれば……と見て、
「では……単刀直入にお尋ねしますが……あのタジキスタンの『イママリ・サマラン大統領』の一件、そして、あの“北”の独さ……あ、いえ、指導者の件。更には我が国の、二藤部大臣の件に、他諸々。これらも貴方がたの仕業と見て宜しいのですね? 」
「……貴方がた……という問いならば、そうなのでしょうね」
「『でしょう』?」
「少なくとも、私は話にしか知りません」
「報告しか受けていないと?」
「言葉通りの意味ですわ……ま、貴方がどう私の事を思ってここに“内偵”に来たかは存じませんが、私達も知らないことは知りませんし、知っている事も全てではありません」
要は、彼らも時のガーグと同じだと言いたいのだろう。互いの利益になる部分だけが一時的に重なり合う『連帯主権』であるがガーグ……だが、現在のインベスターが、当時のガーグと同じであるか? といえば、それはNOだろう。流石に彼らも月丘に自己紹介したとはいえ、そこまでのことを話すわけはない。
「なるほど……」
とそう思う月丘。確かに悪の大幹部相手に、某メイラの大ファン映画のごとく質問をぶつけても、すべからく世界征服計画なんてのをペラペラと話すわけもなし。かの映画のような場合だと、ここで全部話し終えたら、月丘が殺されかけて、そのピンチ寸前のところでプリ子が味方の軍勢連れて、パイドパイパーブースでドンパチやらかして……ってな感じなのだろうが、そんな事ここでした日にゃ、大阪府全部を敵に回す大迷惑極まりない話。せっかくの関西景気浮揚に水を差しかねないわけで、そこはそれ、フィクションと現実といったところ。
「……わかりました。では最後に一つ」
少し目尻を鋭くして……
「二藤部大臣に薬を盛ったのはどなたですか?」
これは大事な話である。サマラン大統領に、北の何某までなら、日本としてはまだ話は『裏の事情』という名分で聴き逃せる。だが、二藤部大臣という、日本の現職閣僚を狙えば話は別だ。これは完全なテロである。
「私は関係ないですわよ」
「これも、お知り合いの仕業と?」
「ええ。確か、毒物といっても非致死性の薬物でしたのではないですか?」
「確かに……その通りですが……」
その話にスタインベックはフッと笑い、
「ミスター・ニトベにまたお腹壊してもらって、御辞任というストーリーを狙ってた、って私は聞いていますけど?」
「はあ?」
呆れる月丘。要は野党向けの話題作りを狙って、あの事件を画策したのではないかという話。やはり流石のインベスターも、二藤部の暗殺までは考えなかったようである。そんな自殺行為はできないということか? それよりもスキャンダル捏造して引退を迫った方がやりやすいと見たか。
だが、どっちにしてもインベスター連中は、あきらかに国連UNMSCCが進める国際連邦化の障害となる連中を片っ端から硬軟併せ持って、手にかけている。それは純粋に世界が一つになることを望んでか? ……月丘は十中八九それはないと思うが……もしくは、彼らの『利益』の為か……
もし利益の為なら、それは莫大で巨大な、それこそこれまでにない、何らかの『金』とは違った形の利益でなければ、彼らのようなイチ私的組織集団が、犯罪まがいの事件を起こしながら、しかも一国の元首を暗殺しまくって暗躍する意味がない。
スタインベックは、月丘達に一言忠告する。
「ヤマダさん。貴方がたの追うインベスターも、基本ガーグとやらと、何ら変わりがありません。違うところといえば、数が少なくなって、組織化したように『見える』という点でしょうかね」
もう堂々と自分がそのインベスターであることを隠さないスタインベック。つまり、ここからの話が重要だということだ。
「ま、確かに私達は、ガーグを鍋で煮込みすぎて、お出汁が蒸発してしまった後に残る塩分の如き存在なのですけど、現在は『企業間共産主義体』とでも言えばいいのでしょうか? 利益を求める我々が、互いに共同して、利益の分配を行なっているような感じになっています」
スタインベックの話を、もうかれこれ大分経つが、まだ聞いてやる月丘にセマル。
そのインベスターなる組織は、そのような巨大な権力を持った企業組織が寄り集まった存在なのだろう。
スタインベックが語るには、今自分の体に銃弾が撃ち込まれて、仮に死んだとしても、次のトップになる奴なんぞいくらでもいて、その中での優秀な人間にトップの頭が自動的にすげ替えられるだけの話しなのだという。
「ふむ……なるほどよくわかりました会長……ですが貴方、そんなにペラペラ話して大丈夫ですか?」
恐らくインベスターの幹部だろう彼が、ここまで喋って、秘密を明かしてはいけない掟に触れて消されるのでは? なんて考えも持つが、
『ウフフ、考えすぎです。というか? 今私は貴方がた日本政府とヤルバーン自治州の方々、そしてティエルクマスカ連合にセールスを行なっているのですわよ。このCEO兼会長が直々に』
パイドパイパーのトップが直々に営業活動をしている。ということは、彼らは日本とヤルバーン州に、取引きを提示しているのである。
「なるほど……ですが私はただの宮使いです。ですので、お話をお聞きして、上に報告する程度の、使いっ走りみたいなことしかできないですが、それでよろしいですか?」
「上等でしょう。ただの宮使いの方が、ティ連人さんを従えて、任務などしないでしょう。それに……」
そういうと、スタインベックは彼らが入ってきた入口の方を見ろと、視線で合図する。
「?」とセマルと二人でその方向を見る月丘……なにやら外が騒々しく、会話が漏れ聞こえてくる。
もちろん英語なので、PVMCG翻訳機能を介して聞き取ると……
『お前なにも……うわっ!』『止まれ! ぐわっ!』
その騒々しさに思わず席を立つ月丘にセマル。だが、スタインベックが何事かは把握しているようで、まぁまぁと掌を上下に降って、落ち着けと促す。
室内、入口の前に立つボディガードのような男も、懐に手をやって、扉から数歩下がって何かに対処する挙動。月丘はそのボディーガードを見て、やはりプロだと判断する。あからさまにその挙動は軍人のそれだ。何処かのPMCか何かか?
ってか、お前はこの日本国内で、懐に何を隠しているんだと思う月丘。まあそこは見なかった事にしてやった。話がややこしくなるのも遠慮したかったからだ。
ガチャリとドアノブが回る……すると姿を現したのは……
「え? シビアさん?」「ケラー・シビア!」
『ツキオカ生体。セマル生体。合議時間の超過が認められる為、迎えにきた。だが、我々がこの場所に移動する間、若干の抵抗を受けたが、排除した……』
すると、シビアはスタインベックの方を首だけ向けて、
『これが例の対象か。映像データと合致を確認。早期に拘束して任務を……』
とシビアが勝手な事言ってると、セマルが、まぁまぁとシビアを宥めて、月丘が、
「シ、シビアさん。とりあえず落ち着いて……」
『我々は常に平常値である』
「あいや、今ちょっとその……話し合いの最中ですので、あ、そうだ、シビアさんも聞いていて貰えます?」
月丘の目を見て、またスタインベックの顔を見てシビアは、
『肯定、待機する』
そのやりとりにスタインベックも、
「あ、あの……そちらの椅子にこしかけ、」『このままで良い。続行せよ』「あ、そうですか……」
さしもCEOもぜスタール基準の行動には、思わず狼狽してしまうようである……さすがシビアさんと思う月丘。
「あ、あ〜、すみません会長。では、お話をお聞きいたしましょうか……」
* *
その後、月丘にセマル、そして彼らの話に付き合うことになったシビアは、スタインベックの『商談』をとりあえず聞くわけであるが……
基本、現在の『インベスター』は、国連における『国際連合相互主権連携理事会』つまりUNMSCCの方針である、ゼスタール技術の更なる取得のための、UNMSCCが主導する国際連邦化の方針には賛成であるという。
だが、此度のタジキスタンでの作戦にもあった通り、あの作戦を発動するまでの経緯、即ち、UNMSCC方針に批准しない国家への説得懐柔工作に、それが成らなかった場合の軍事作戦行動。その作戦でそれら国々の国家代表を拘束しての国際裁判。
そういった、所謂、日本やヤルバーンも含めた、国連参加・関係国が承認する国際法のもとでの国際連邦化がまどろっこしく、可能な限り早期の実現を目指して、まあ色々工作活動を行なっていたという話。それは現在進行形の事由でもある。
スタインベックが話した通り、彼らは『企業間共産主義体』ともいえる、利益のためには時のガーグ以上に結束している、言ってみれば『秘密結社化』組織なわけなので、目的と利益のためには彼らのコネクション……各国軍に、政治家、特定法人に企業はもちろんの事、いろんんな世界に食い込んでいる個人や団体に金銭的援助をしては、非合法の手段を使ってでも完遂する、もしくはさせるというそんな組織なのだという。
月丘はスタインベックのその話を聞いて、頭が痛くなってきた。それはセマルも然り。だがセマルの方は、少々呆れ顔。
お二方の今、頭の中で思っている感想は……
月丘の方は、某有名諜報員映画さながらの謀略組織の親玉を見ているようで、マンガかこいつはとか思ったり。そもそも、『企業間共産主義体』やら、『秘密結社化』やら、ホンマにそんな組織があるのなら、ペラペラとこんな場所で喋るか? 普通、と思う。もしその話を今ここで聞いている月丘にセマルとシビア、当たり前で考えたら冥土の土産の話で、そのまま帰すかよ、と思うところである。
セマルはセマルで、ティ連にかつて存在した巨大な科学技術犯罪組織の事を思ってたり。連中もこのインベスターの如き恐れと分別を知らぬ傲慢な組織だったのを思い出す。但し現在はもう壊滅してそのような組織はもうないのだが……
シビアさんは、ジッとスタインベックを観察していた……
どっちにしろ異常なのは異常である。だが、恐るべきは、かつてのガーグとよばれたインベスターが、やはりその実態なき主権を確固たるものにするため、その依り代を表の世界の国家に政党、政治家、省庁に企業、諸団体といろんな方面へ根を伸ばし、それらの何パーセントかでも傀儡にしているとわかったことだけでも大きい成果である。
「では会長。今回あなたが一介の諜報員に過ぎない私達をここに誘って、あなた方の正体を晒したのも、私達をメッセンジャーにするためですか? 日本政府とヤルバーン自治州への」
「察しが早いわね。でもメッセンジャーにするには、あなた方は少々高尚すぎて失礼にあたるかと思いますが……まあそういう理解でよろしいでしょう。ですので、此度はあなた方にはこのまま普通にお帰りいただきます。ああ、そうそう。この場で逮捕拘束なんて考えない方がよろしいですわよ。我が母国ブラジルに強制送還されても『すぐに』出てこれるようになっていますし、マスコミにリークしても、恐らくマスコミさんは『放送しない権利』を行使せざるを得なくなるはずですから、ウフフフフ。まあ? 私達もあなた方を拘束できるなんてハナから思ってませんので、そこのところもありますけど」
と、スタインベックはチラとシビアの方を見る……そりゃそうだろう。今現在戦いを挑んでも、月丘とセマルはまだ勝てる可能性がないわけではないが、シビアにはかなわないだろう。シビアはそれぐらい強力なのはスタインベックもわかっているので、ここは大人しくお引き取り願うといった意味もある。そうしなければ、何か嫌な事件がどこかで起きるぞという脅しでもあるわけだ。
「ふむ……」と月丘は腕を組んで、スタインベックの提案……というか取引を考えてみる。実のところそれぐらいのことは彼自身が考えて、『良かれと思ったことは現場の判断でお前がやれ』という権限ぐらいは、白木から貰っている月丘。なんだったら今ここでインフィニティを造成して構え、『そんな貴様の能書きなんざ知ったことか!』と大見得切って暴れても良いところなのではあるが……彼はこれでも元PMCで、HDガードの仕事を交渉してきた事もある人物である。主観、即ち『立場』がが違う視点で、物事を考える事もできる。つまり『善意と悪意の主観』を併せ持って見る事が出来るのが彼である。
「わかりました会長……フフッ……ホント、マンガみたいな展開ですが、ま、これが現実なのですから仕方ありません。とりあえずこの件は、持ち帰って上に話して見ましょう。それに、この万博会場で、一悶着起こすのも大阪府民のみなさんに申し訳ないですしね。それに私は警察官ではありませんし」
「賢明なご判断ですわ、ミスター」
と、“とりあえず”ではあるが、話がまとまったところで、月丘はスタインベックへ一つ問いたださなければならないものがある。それは、
「会長、一つお伺いしたいのですが……その腕につけていらっしゃるもの。それって、PVMCGですよね?」
と、問うと、スタインベックは『やっと気づいたか』と言わんばかりに自分の腕を見せて、
『ウフフ、ええ、そうですわよ。なかなかに綺麗でしょう? デザインは我が社のデザイナーにさせましたの』
まあそのデザインはどうでもいいのだがと。
「……芸のない質問で申し訳ないのですが、私の知る限り、現在PVMCGを日本人以外の外国人で身につけているのは数える人しかいないはずです……その中に貴方は入っていないはずだ」
「入手した方法は何か? ですか? フフフ、簡単な話です。ロシアの転送阻害装置と言えば、お分かりでしょう?」
なるほどな、と思う月丘。チッと思わず舌打ちをしてしまう。隣ではセマルが渋い顔。
つまり何処かの誰かから莫大な金額で入手したのだろう。普通なら売買できないこのPVMCG。不法取得が発覚すればすぐに転送回収されるのだが、ロシアの転送阻害装置となると……ということである。
「あの装置には、我々も相当な投資をさせていただきました。ティ連以外の地球国家の独自の、対異星人技術ですからね。ま、誰から文句言われる筋合いのものではありませんでしょ?」
こう言われるとつらいところ。
「それに、米国の私立研究機関や、ロシア、中国の研究機関も、ティ連がゼスタールさんと和解するまでの間、独自に交流をもっていたわけですから、当然そのような方法で入手したPVMCGについて、彼らに解析をお願いしたりもしていたわけです」
フゥと、ため息をつく月丘。セマルも同じく。
「シビアさん……」
『何か』
「知ってたんですか? 今の話」
『肯定。だが、我々ゼスタールが、まだティエルクマスカ連合政体に属する前の話である。従って、当時の我々の主権の自由である。問題はない』
「あ、いやまあそうですけど……一言連合に言っておいた方が良かったのではないのですか? って、あそうか、インベスターが直々にあなた方に接触してきたわけじゃないから……」
そう、ゼスさんを責められないのがつらいとろ。接触してきたのは全く別の第三者であって、インベスター構成員直々という話ではない。
だが、シビアが言うには、結局PVMCGの機能は一部のみしか解析できなかったという事で、利用できたのは小型化の技術のみ。なので、スタインベックが身につけているのは、ゼスタールのレ・ゼスタシステム仕様の仮想造成装置であって、正確にはPVMCG、つまりゼルクォートではないという話。
「なんですって?」と少々怪訝な顔をする月丘。
「デハ、あのPVMVGモドキにはまさか……」
そう、つまるところ、このPVMCGモドキは、リソースはかなり制限され、予め設定された仮装物質しか造成できないが、考え方を変えればドーラの機能そのものがVMCデバイスになったようなモノであるというわけなので……
「まさか……ゼル端子なんかを飛ばす事が出来るなんて話は……」
『肯定』
「はあ!?」
そのやりとりをニコニコ顔で聞くスタインベック。だが、シビアは、
『だが心配は無用だ。あのような小型装置では、使用できるゼル端子は、四人ぐらいを制御するのが限界だ。カルバレータ兵器のようにはいかない」
「いや、それでも……」
と月丘は渋い顔をするが、スタインベックは、
「護身用ならいいでしょ? ミスターヤマダ……いえ、本当のお名前を教えていただけるかしら? 私だってインベスターの諸々を、本来なら敵同士になるやもしれない貴方に、ここまで話して差し上げたのですよ? 本当のお名前ぐらい伺ったところで、何ほどのこともないでしょうに」
現状、仕方ないかと目で確認し合う月丘とセマル。こればっかりはゼスタール人さんに罪はない。裏で手を回していたインベスターの方が一枚上手。彼らも交渉上手だったということだ。
で、月丘はスタインベックに自分の名を教える。本来機密を守らなければならない部署ならば、ありえない事である。まさに自衛隊の“S”が名前を晒したようなものであり、普通なら諜報実働部門から速攻で配置換えもやむなしという感じなのだが、月丘も思うところあっての判断である。こういう第六感的なセンス関しては省内でも定評がある彼であり、事実かなりの裁量権も持っている。
「私の名前は、月丘。月丘和輝です」
メイラがこの場にいれば絶対言ってみたい台詞其の一つであったりする。
* *
ということで、月丘達とスタインベックーインベスターとの対話は、とりあえず水入りという形になった訳だが、月丘も白木に新見、それに春日へと報告をして、今後の対応をという話になるだろうと思われるので、まだまだこれで一区切りというわけではない。
『カズキサン!』
裏方で月丘達の動きをトレースしてくれていたプリ子。少々心配顔で、大好きな月丘の腕にピトとしがみつく。ま、それも当然だろう。スタインベックと対峙していた時もずっとその会話をモニターしていたわけであるからして、かの部屋に閉じ込められたその瞬間は、さぞや月丘が心配であったに違いない。勿論セマルもではあるが、若干彼の優先度は低くなってしまうのは詮無き事である……
何かあったら蒼星で殴り込みとか考えていなかったわけではないとかあるとか。
……大阪万博のパイドパイパー社パビリオンからひとまず離れようということになる月丘達。下村と長谷部も合流し、大阪市内某所、情報省大阪分室へ皆して移動。
『……そうか、そんな事がな……』
大型VMCモニターを展開して、情報省外務局の長、山本と話す大阪派遣組の諸氏。横には白木の顔も見える。
『ということは、向こうも俺達との接触上等って事だったってわけか?』
白木が驚くのは、てっきり闇に隠れ、暗躍して陰湿な犯罪を起こすような組織なのかと思っていたら、随分と歪ながらはっきりとした社会的目的を持った、だが、やはり普通ではない連中であるというところである。
これが単なる犯罪者集団とかなら、まだその方がよほどわかりやすいのだが、明確な組織としての目指す目的を持っているだけに、このインベスターなる存在は、極めて高度な『秘密結社的組織』『マフィア的結社』といったところが実情なのだろう。しかもある種国家主権に匹敵する規模の組織である。
「はい……彼らは自らを『企業間共産主義体』などと喩えていましたから」
と月丘。彼としても今までPMCとしていろんな種類の人間と接してきた自負があるが、あそこまで堂々と振る舞える人間も初めて見るタイプだと所感を漏らす。
『シかも、彼らの大義は、営利組織としての「利益」であって、それ以上の興味がないというのですから、私モどう判断していいやら、少し戸惑いますが……』
とセマル。彼もそれまでの治安機関に従事してきた経験を元に話す。
やはりスタインベックのような種類の人物は初めてだと……そして彼らにとっての『利益』とは、単純にお金の事といった稚拙なことではないのだろうと。つまり、もっと別の所にある大きなテーマを持った『利益』と見るべきだろうと彼は話す。
『あと、あのPVMCGモドキだな。確かにゼスさんがティ連に加盟する前なら俺達も口は出しにくい』
と山本。月丘達からそのPVMCGモドキの存在を知らされた時、山本と白木がまず真っ先に考えたのは、ソレを量産して闇ルートで売りさばくという物。
インベスターが、全てにおいて利益が至上と考えるのであれば、ありえない話ではない。
もちろんソレを行うのは、パイドパイパー社のようなインベスターの主幹ではなく、その下部組織だろう。なので余計に地下に潜りやすく、調査もしにくいわけで、厄介な話である。
『……結果論だが、その点は我々も留意する必要があった。今、アルド・レムラー統制合議体が、遺憾に思うとの意思を示した』
シビアがそんな事を話す。ゼスタール人は、全てのスールが共生リンクしている存在なので、シビアの見たこと聞いたことは、すべてゼスタール全体の共有となる。つまり今グロウム帝国にいるネメアにも量子的に伝わっているということでもある。
要するに、ゼスタール人がもうちょっと考えて地球人の社会へ浸透すればよかったと仰るわけだが、それは詮無きことである。彼らとて最初は地球社会と友好を結ぶために地球人と接触したわけではないのであるからして、いうなればティ連という存在を、彼らの概念で言う『調査』を行うために、当初は地球人を利用しようと思っていたのであるから、彼らとて、そんな一〇年前から今に至る地球の事情なんて知ったこっちゃなかったわけなのであるからして……
白木は手を横に降ってピラピラさせながら、
『あーいやいやシビアさん。もうそれは今言ったところで始まりません。ま、逆に言えば、貴方がたと比較的早期にこうやって国交を持てて、ティ連に加盟していただいたこともあって、現在の技術的秩序ができたともいえます……まあその点は、柏木の野郎の功績になりますけどな、ははは』
白木の言うとおりである。柏木とシビアの接触があって、この程度で済んでいるという側面もあるのは、大いに間違いない。
もしあの時、ナヨが国連ビルでシビアのコア確保し、邂逅しなかったら、この地球社会でティ連が築いてきた一極集中外交による技術拡散統制は、ゼスタールの技術で一気に崩壊していた可能性も大いにあったわけだ……いや、大いにどころか確実にあっただろう……
今はパイドパイパー株式会社の最高実力者、エドウィン・スタインベックとだけの初対談であったが、当然この組織はパイドパイパー社だけで成り立っているわけではない。それは多くの同じような組織から成り立っているのだろう。やはり彼らは旧『ガーグ』である。掴みどころのないアンタッチャブルだ。今の日本政府にヤルバーン州でも迂闊に単純な『犯罪者』と切り捨てられないだけにもどかしい。
確かにスタインベックの言う通り、彼らは現状UNMSCCの方針に賛同しているように見える。つまり世界の国際連邦化、ティ連やゼスタールとの交流に積極的ではある。が、それを推進する方法が……である。
彼らには、そのバックやパトロンに国家や政治家も多く絡んでいるため、彼らへ迂闊に手を出せば、それが国家の意志として返って来る場合もある。なので、月丘達情報省も、今後の動きをいろいろと考えなければと思うところ、大なのである……
……で、「少し話題を替えて」と白木が切り出す。
『みんなも、もう知っていると思うが、あの火星の件の事だがな……』
「ええ、グロウム帝国とかいう、天の川銀河にある異星国家の件ですね」
実はこの日より数日前、政府は火星に天の川銀河由来の知的生命体との接触を、ヤルバーン州と米国政府共同声明という形で公表したのであった。
なぜ米国が出てくるかといえば、勿論火星に行政区を持っている関係上、ネリナの艦隊を保護した際も、米国行政区が民間人の収容に一部協力してくれた関係上というのもあって、当然此度の騒動も知ってて当たり前である。
その時の世界の反応は……そんなに大騒ぎにはならなかった。そりゃ当たり前である。今や五〇〇〇万光年の異星人が、地球に天を衝く人工の領土を持って、地球社会の一員になっているご時世である。たかだか三〇〇〇〇光年先に異星人がいたところで、一応驚きはするものの、一〇年前以前にあった映画のごとき世をひっくり返すような騒ぎにはもうならないのが今の時代である。まあ確かに同じ銀河系に知的生命体が同居していた感動はあったのだが、せいぜいその程度の驚愕といったところだ。
そんな感じなので、世はこのグロウム帝国との今後の外交や交流に、貨幣経済国家であることが公表されているので、経済の話とか、そんな話題でメディアを賑わせていた。
だが一つ……ヂラールの存在と、グロウムがそれらと交戦状態であることはまだ知らされていなかった。
そして当然、火星に動きがあり、柏木真人連合防衛総省長官が大きな動きを見せたので、この事は必然的に世に知られることになるわけなのだが……
* *
「……従いまして、今回の特危自衛隊のグロウム帝国派遣に関しては、ティエルクマスカ連合防衛総省からの直接裁定によるものであって、ご存知のように我々がティエルクマスカ連合に加盟し、連合憲章という法と秩序の中で連携する国家である以上は、今回の連合防衛総省の判断と要求に対して、確実に履行する義務があるわけであるから、従来の改定された憲法9条とは全く切り離して考えないといけない。その点はご承知いただきたいと思います」
特危自衛隊の航宙重戦闘護衛母艦『やましろ』が急遽三〇〇〇〇光年彼方のグロウム帝国へ、艦隊率いて派遣された事、それに呼応して動く月の裏側のゼスタール基地。この状況が公表されたのは、多川達が動き出した事後、数日の事であった。
その数日後の緊急国会。現日本国内閣総理大臣『春日功』は、事後になってしまった特危の出動に対して、国会での報告と、説明を行なっていた。
「なら春日総理! あなたはその間、何も事態を把握していなかったってことですか? 確かに特危自衛隊は連合の命令に指令が優先される組織だって事はわかりますけど、一応我が国の自衛隊が母体なんですから、出動させる前に一言国会に報告があるのが筋でしょう。国民が思っているのは、特危が全く知らない他国に、しかも、あのヂラールが、すぐそこに来ているという有事に何ら国民に報告もなく物事が動いている状況って異常だって事ですよ。 どうですか? それと迦具夜大臣、外務省の方では何ら事の次第を把握できていなかったのですか? お答えください」
基本、此度の特危自衛隊出動は全くの問題のない合法の防衛出動である。ティ連の認識では、かつての惑星サルカス・ヂラール事件は、フェルの両親の一件での救出作戦と、ヂラールという敵性体を殲滅させる軍事作戦だったのだが、日本の認識では、体裁上、生物災害への対処という事になっている。だが、サルカス戦時の時でもそうなのだが、特危といえど日本所属の部隊を動かすとなったら、国民主権の日本国において、必ず国会への報告を義務のように要請される。で、そこでリベラル政党が『戦争』の言葉を主張して、やいのやいのと政府を責めるという、毎度の光景が展開されるのだが……
今、顔を真っ赤にして、剣幕表情でヤジ飛ばし、先程追求していらっしゃったのは、日本共産連盟と民生党の議員。一方は日共連書記局長で、一方は、中国人から帰化したことがわかった日本人議員。
今は質問を交代して、元中国籍の議員が質問にヤジをとばす。
「でね、迦具夜大臣、今回、連合本部の柏木長官がぁ、何ですか? あのレグノスステーションを、そのグロウムなる国に持って行って、ヂラールの戦力と対峙させるなんて言ってますけどぉ、あのレグノスステーションには、日本の施政区、レグノス県もあるんですよ? そこのところ、あなたの旦那さんでもある柏木長官、どう思ってらっしゃるんです? まさか県民も一緒に引き連れてヂラールと戦わせるんですか?」
SNSで昨今、色々言われているこの議員だが、まあだがこの質問に関していえば、その通りである。
まるで国民の意思を総括して代弁するような意気揚々と質問したのはいいが、そんなこと今の国民、誰でも思う当たり前の疑問であって、別段的を射たようなものではない。
「柏木迦具夜君……」
「ハイです。議員の質問にお答えしますデス……えっと、マサ……ゴホン、カシワギ長官から、本件に関する事案をお聞きしたのは、実のところ三日前の話でして、私も突然の事でチョット困惑している次第でございますです。ですが、カシワギ長官のお話をよく聞かせていただきますと、先方、グロウム帝国サン側の戦況がカナリ逼迫している状況にありまして、現状の特危自衛隊、ツマリ、太陽系軍管区司令部の戦力で最大の戦力として派遣できるのは、元々軍事要塞を転用している当該レグノス人工亜惑星要塞のみでございます。ですので……」
って、本来外務大臣で副総理のフェルさんに、この議員は何を聞いているんだと。それを聞くなら防衛大臣か、ティ連総括担当大臣だろと……ちなみに、現在のティ連統括担当大臣は、田辺守先生である。で、副大臣は滝本綾子。
……でもまあそれでもフェルは、民生党議員の質問にはしっかりと答える。そりゃ柏木が旦那さんなので、彼から色々聞かされているのは自明の理なわけで、この点で言えば、田辺大臣等々関係閣僚に情報が行くよりは遥かに早くフェルさん大臣の耳に入る。なんせ一緒に毎日ゼルルームで飯食ってるワケだし。
で、話をもとに戻すと、このレグノス要塞における日本施政権区、これ相当広い場所である。
レグノス要塞は、ケルビン正一四面体という形状をしている。詳しく書くとややこしいので、どういう形状かは、検索すればすぐにわかる形状なのだが、基本ティ連の人工大陸に見られる正六角形構造物を組み合わせた立体構造物と思えば良い。で、その正六角形の部分一面を、日本が自治体として運営しているワケで、そこが日本国レグノス県と言われる場所である。
だが、この自治体。ご多聞に漏れず、この場所に居住できるのは、許可された国民のみで、基本ティ連事業関係者しか現在居住が許可されていない。主に政府所属の役人か、安全保障調査委員会関係の企業関係者、あと、観光事業関係者のみである。
観光地としては、地球から身近にいける本格的宇宙旅行ということで、人気のある場所であり、現在は外国人の観光客も受け入れている、世界でも人気のある観光スポットだ。
そんな感じもあって、住民の入れ替わりも激しく、多川の兄、一雄夫妻も君島重工関連の仕事で、一時期ここに住んでいた事もある。
事実上永住している住民のいる自治体ではない、連合が暫定で定める地球圏の国境としての場所にある、体裁上の領土として存在するのが本来のレグノス県なのだが、民生党のイヤラシイ点は、それをあたかも生活感のある、まるで兵庫県か三重県か、そんな普通の自治体が戦場に行くかのように煽り、政府を糾弾する点である……住民投票はやったのか? とか、柏木長官と住民との交渉は? とか、……そんな定住者なんかいないのに、住民投票なんかやってどうするんデスかと思うフェルさん大臣だが、どこかの懲罰動議食らった議員ではないが、アホボケカスドゥスと言えないところが政府閣僚のツライところ。今日も帰宅すれば、一〇年後の今でも続く、フェルさん大好きなモンスターハントゲームで、モンスターを攻撃する手に力がこもる……昨今は姫ちゃんも参戦して、親子で狩ってるという話。モチロンちゃんと宿題をやってから……
結局、現状の危機感というものは、国民の方がよくわかっているようで、世論調査でも七割はレグノス要塞のグロウム派遣に賛成で、地球圏の防衛力拡張に賛成という結果が出た。まあ当たり前である。
野党も流石に現状では地球圏の防衛力増強に反対とはいえない。現状のグロウム帝国を見れば、これで反対なんて言ってたら、本気で頭が悪いか、国賊である……一〇年前は、その『本気』が国賊であったような時期もあったから昔話と笑えないところもあるわけだが……
それに、此度野党もレグノスの派遣に反対というわけではない。要するに手続き論の問題で、自分たちの思う手続きになっていないから反対という、要は賛成なのである。なので、出したレグノス派遣反対決議案も、否決された。ってか、仮に決議案が通ったとしても、レグノスの運用権限は防衛総省にあるわけなので、意見を表明しただけでなんら強制権はない。なので、否決されたらされたで、今度はレグノス派遣で日本の自治体を危険に晒す柏木を証人喚問しろとか、そんな事も吠えてはみるが、言ってみるだけ。ま、そんな感じ。
だが、実際のところ今回の派遣でこのレグノス県は重要な役割を果たす事になる。それは、もし万が一の場合が起こった際の、サージャル大公領の領民の収容である。
そもそも、レグノスは軍事要塞なので、現状、民間的な居住区というのはレグノス県しか存在しない。
事実、レグノスはティ連軍が運用していたので、レグノス県の日本人よりも、要塞のティ連人の方が遥かに人口としては多く、事実レグノスの軍人がレグノス県に休暇で遊びに行くような感じであるから、そんな場所なのである。
『モー、毎度毎度の宴会芸じゃないんデスから、もっと緊迫感をもった質問をしてほしいですよネっ。プンプン』
VMCモニターの前で、眉間にシワ寄せて『 3 』こんな口でブーたれるフェル大臣。最近、ブーたれ回数が多くなって、老けてきたと憂鬱顔。
『はは、ごめんなフェル。でも、多川さんの送ってきたあの映像は、正直尋常じゃないものだったから、こりゃ急ぎ何か対策を講じないとと思ってね、ちょっとフェルにも強引にやってもらったけど』
『ウン、そこはいいのデス。実際野党サンの中デモ、ちゃんとわかっている人はわかっていますから、内内にそこはお話をさせてもらっていまス……まあ問題なのは、コレをいいことにカスガ総理や、テラカワ官房長官サマのネガティブキャンペーンに使おうという~、なんというのですか? リベラルですか? そんな議員サンがいるわけですから……正直困ったところがあるデスよ。それと……』
先日起こった二藤部の毒入り食事騒動なんかも影響して、春日政権の支持率は、昨今下がり気味だという話。で……
『ははは、んで、あの話か? フェルを総理大臣にって』
『ハイでしゅ……私はゼッタイゼッタイでお断りしてるんですケドね。周りが冗談で振ってくるデショ? で、様子見て本当に出馬しろとか言うんですよっ、どうせ~』
『本当にその気はないの?』
『なーいーでーすぅ~。ニホン国最初のフリュ総理大臣がウチュー人さんでどうするんですか。ってか、ソーリ大臣っていうのなら、マサトサンの方が先でしょ? ということで、とっとと戻ってきてクダサイですよん~』
『あー、その事だけどな……俺、今回レグノスで直接指揮する事になったんだわ』
フェル、一瞬の沈黙。
『ホエ!? ななな、なんでデスか?』
『いや、レグノスって、あれ防衛総省軍が運用しているのはしてるんだけど、現状扱いとしてはセルゼント州と同じで、州自治体なんだよね。なので、特定の司令官がいない状態で、州知事は暫定でヴェルデオ知事が兼務している状態なんだよ。で、今回の件で運用が一時的に完全に軍へ移行されるから、レグノス「要塞」としての司令官と、運用する『艦長』が必要になるんだけど……』
適当な人員がすぐに用意できないという話。
ゼルドア提督は、火星艦隊の司令官という大役があるし、他、ティ連でもグロウム帝国と、ゼスタールのヂラール案件はかなり大きく受け止められており、現在ティ連軍の組織改正の真っ最中で、裂ける提督職がすぐに見つからないという状況が発生していた。もちろん派遣は近々に可能なのだが、柏木が『コロニーにぶつけんだよ!』などどぬかしたものだから、要するに……
『フム、自分で責任とれと』
『ハイです、フェルさん』
『モ~、いい歳なんでスから、いい加減突撃ナントカも落ち着いてですねぇ~……で、マサトさんは、長官っていっても政治家なんですカラ、軍隊の指揮なんてできないじゃないですかぁ。まあファルンの国での実戦経験があるんでしょうけどぉ~』
『はは、そこは分かってるよ。で、レグノスの艦長というか、要塞指揮官として、パウル提督が志願してくれてね。パウル提督と一緒に行くから』
『あ、そなのですか、なら安心できますか』
なんと、柏木防衛総省長官が、直々に部隊司令としてレグノスに乗り込み、パウルが要塞指揮官として辣腕を振るう。
レグノス要塞は、対角長五〇〇キロメートルを誇る。
かの有名スペースオペラ大作に登場した『死の星』でも、対角長は一二〇キロメートルというから、伊達に『人工亜惑星』は名乗っていない。そんなブツの指揮官になれるというのであるから、パウルも興奮して眠れない状態という次第。張り切っているそうである。勿論愛機ならぬ愛艦サーミッサ級も搭載して行くという話。
『フム……では、此度はワタクシもレグノスに赴いて、グロウムにマサトサンと一緒に行きますカ』
『は? フェル、何言ってんだよ……日本の閣僚で副総理のフェルが、三〇〇〇〇光年先の戦場に俺と一緒に来てどうするんだ?』
『ワタクシは外務大臣サンでもあるのですよ。となれば、そのシャーダ・サージャル大公とお話するのが筋というものでしょう。まあ今すぐというわけではありませんから』
『ああ、そういう意味ね……わかりました』
と、そんな感じで話がつく柏木夫妻。互いに日本とティ連の重鎮閣僚やってるんであるから、家庭内で重要な話は解決するので、ある意味ありがたいっちゃーありがたいワケである。
ま、これも夫婦の会話が豊富にあるわけでもあるので、夫婦円満の秘訣であったりなかったり。
『というワケで、今日は各方面の調整もあって、ゼルルームで一緒に飯食えないんで……ゴメンな』
『ハイ。そのかわり、今度帰ってきたら、姫ちゃんと私に、ちゃんとサービスするですよ。特に「私にも」』
そのサービスの意図するトコロは何なのだろうか……
……と、そんな話をしていると、フェルのスマートフォンが鳴る。VMC通信ではい。
『ハイハイ……はい。フェルです……あ、テラカワセンセイ。こんばんは。ハイ? え? テレビですか? ハイハイ、ちょっと待ってクダサイね~』
するとまだ点いている柏木が映るVMCモニターから、
『どうしたの? フェル』
『あ、今テラカワセンセイから電話で、なんか急いでテレビのニュース見ろって』
『あ、そ。あ、俺も見えるようにお願いできる?』
『うん、ちょっとまってネ』
と、フェルはスマホを耳に当てながら、NHKのニュースを柏木と共に見る……
すると、その内容を聞いて、フェルの表情が変わった……眉間にシワを寄せて……柏木も然り……
* *
東京都ヤルバーン区のとある分譲集合住宅区。
同じNHKのニュースを見ているプリル・リズ・シャーと月丘和輝。
プリ子は大好きなマンゴーアイスを口に入れる寸前で停止し、月丘は風呂上がりで、頭ガシガシやりながら、バスタオル腰に巻いて、ニュースを見て、一瞬静止する。
『本日午後*時**分頃、民生党の木元明美国会対策委員長が、支持者の報告会会場から帰宅中、乗っていた車に大型ダンプが衝突。午後**時**分に死亡が確認されました……』
『次のニュースです。本日、日本共産連盟の深堀登中央委員会書紀局長は、産業新聞が入手した音声データに基づくパワハラ問題で、被害を受けた同党職員より告訴状が提出され……』
『次のニュースです。民生党の福原健太議員が帰宅中、暴漢に襲われ、腹部を刺され意識不明の重体で……』
『いやぁ……今日は本当にどうしたのでしょうか? 立て続けに政治家の不祥事発覚に、死亡事故や殺人未遂事件と……』
プリ子はもう完全に溶けてるスプーンの上のマンゴーアイスを口に入れると、後ろで半裸の月丘に視線を合わす……
月丘もプリ子に視線を合わすと、首を少しかしげたり……そして少し歯を見せて渋い顔。
無論その瞬間、月丘の家にかかってきた電話は、白木からだった……




