【第四章・天の川銀河】 第二二話 『国際連合相互主権連携理事会 』
ヂラールという生体兵器……
ティ連や日本は、かのサルカス世界における防衛戦が最初の会敵であった。
現在、惑星イルナットと呼ばれるとある別宇宙の、相応に進歩していた、かの文明惑星が作った最終兵器が暴走したもの……当初はそう思われていた忌まわしき生体兵器群。
実際サルカス世界で戦った相手だけでいえば、その認識は間違いではなかった。だが、ヂラールを制御できずに自ら滅んだそのイルナット文明を調査して解ったある事実。
それは、イルナットのヂラールは、イルナットの文明によって開発されたものではなく、何処かから持ってきたヂラールの、とあるオリジナルを改造したものではないかという事実。つまり、大元はイルナット文明が自ら作り出したものではないという事がわかったのであった。
この結果が判明したのは、かつてのガーグデーラ。即ちゼスタール人との接触と和解があったからである。
ヂラールを不倶戴天の敵とするゼスタール人。平和な知的生命体であった彼らを亜空間の狭間に追いやり、彼らが『知的人格体』とでもいうべき人工的な霊魂とでもいえるような存在にならなければ対抗できなかった脅威。それ故に、情緒を犠牲にし、使命のみがエートスとなった彼らは、自らの自覚がないままに宇宙の防人としてヂラールに対する防波堤となり、何の支援もなしに無人兵器を駆使して戦い続けて来たのであった。
それ故、『護るために手段を選ばない』という倫理観を優先させたために起こったティ連との不幸な邂逅。そして一〇〇年の齟齬。
更に……ヤルバーンが日本に到来し、柏木真人というファクターがゼスタールに与えた圧倒的な敗北と、そこから始まった因果。
結果、紆余曲折の後、ゼスタールは彼らを敗北させたファクターを調査するため、地球社会へも深く食い込み、その結果今、地球社会にも大きな変革が求められる事態が起きているのであった……
さて、ヤルバーンが地球に飛来して一〇年後の世界。
普通なら、一〇年程度で世の中そんなに大きく変わりはしないものである。事実、今でもJRの山手線には普通に電車が走り、それに乗って通勤するサラリーマン。高速道路には車輪の付いた車が走り、工事現場には重機の音が鳴り響く。
街の風景も、渋谷に秋葉原、新宿に銀座、梅田に難波、阿倍野なんてのも、今でもあんなのだし、立ち呑み屋で仕事帰りのリーマンが酒飲む風景や、ゲームコーナーで最新のゲームにプライズゲームやってる風景。世の中見た目はそんなに大きく代わり栄えはしていない。
ただ、一〇年後相応の変化もあるにはある。その『相応』とは、勿論『連合日本国』としての変化である。
街のランドマークには液晶モニターに並んで空中投影型の映像が溢れ、最近ではまだ試験段階ではあるが、信号機も空中にポッカリ三色の円形を浮かべている。
更には、ヤルバーン製のトランスポーターが宙を浮いて町中を走る姿も普通になり、今年中には自動車メーカー「トヨハラ」「本間開発」「日興自動車」「君島自動車」製のトランスポーター型自動車も、コンセプトカーとしてショーでお披露目されることになっており、世界が注目している。
そして、やはりその変化の象徴が、相模湾に聳え立つ、連合日本である証とも言って良い『ヤルバーン自治州タワー』である。
これが日本世界、そしてこの地球世界における変化の象徴とも言える産物であり、他の何者でもない。
そしてゼスタール人の来訪である。
月の巨大なクレーター一つを基地化し、鎮座してしまった彼ら。
まあ幸い月に施政権を持つ国なんて地球にはないので、文句のつけようもなかったのだが、とりあえず常識的に考えて地球の衛星『月』はどうみても地球人様のものであるのは明白なワケであって、とりあえずザルではあるが、国際法としての宇宙条約もある都合上、現在国連主導で月は『地球国家全ての主権が及ぶ場所』としてはいるのだが、現状なんとなく惰性でゼスタールが月に居座る構図になっている状況。
即ち……現在地球世界には、地球人以外にティ連人にゼスタール人という宇宙の主権が同居しているという、よくよく考えたら空前絶後の状況に本来なっているのであるからして……本来ならもっと世間的にドチャマカになっていいようなものであるが、そうはならないのが、結局ティ連にしてもゼスタールにしても、最初に地球社会に接触を持って、その起点としたのが『日本』であったのが現在に至る、『この異常事態が妙に馴染んでしまっている世界』の実情……
そう、日本が触媒になる異星社会と融合した地球世界。
日本人のエートスが、世の安定を司どるこの世界の中で、ようやく世界が現状に追いつこうとしている今、ヂラールという大きな宇宙規模の懸案が、地球社会に何かの加速を求める事態になっているのであった……
* *
ある日の国際連合総会。
この日は国連においても、おそらく特別な日になった事だろう。それは間違いない。
まず第一に、此度の総会にて、国連常任理事国がそれ以外の国へ公式に約束をした『ゼスタール・ナーシャ・エンデ訪問の詳細な報告』が行われたからだ。
常任理事国が、各国の友好国の総意としてナーシャ・エンデに訪問し、知ってしまった事実の報告。
これが米ソ冷戦時代の各陣営における機密の話になったら、いかにして隠して騙すかというフェイク合戦の様相を見せるところなのだが、今回はオブザーバー国として日本とヤルバーン特別州がバックにいるわけなので、そんな事できるわけがないからして、此度の報告は各大国代表も、ある種言葉を選びながらも、その結果の報告を諸国に知らしめていた。
確かにヤルバーンが来て恙無く一〇年も過ぎ、ティ連本国の素性も明確と成った今、少々の事が出てきても、もう驚いてやんないという感じの自信は各国代表それなりにあったワケなのではあるが……
記録映像上映に、会談の内容を長時間報告したりと、今回の国連総会は国連始まって以来の緊張感ある討論の場となってしまっているのであった。
更に現在の国連総会議場では、空中投影映像なんてのはもう当たり前であって、柏木がかつて見たイゼイラ議会ほどではないが、あんな感じのイメージを持つ会議が国連総会で行われていた。
特に空中モニターに映る、かつて柏木達が戦ったヂラール戦の非公開映像に、惑星イルナットの超巨大植物型兵器の姿とその性能。
そして、あのモフモフ種族とドーラ達の、対ヂラール戦で共闘するその映像……
総会に出席した各国代表は、口々に隣や後ろの国の代表や関係者と会話をし、今までの地球世界で論じられる国際問題とは全く異質のその映像に、会議場は異常な熱気を漂わせていた。
特に、所謂『独裁国家』と呼ばれている国の代表は、これらの映像資料を見終わった途端に会議室から退出していく……恐らく本国へ対応を仰ぎにいっているのであろう。
このような国家は国自体が国家元首の私物みたいなものなので、問題の論点は『自国と自分がどうなるか』である。おおよそゼスタール人達が望んだ地球世界における国際協調の話などではない。実際、その後に行われた各国の意見陳述では、やはりその手の国々は『日本やヤルバーン州、そしてアメリカのフェイクニュースだ』と非難する一幕もあったりするわけだが、実際のところは彼らも納得しているわけであるからして、そんな国ゆえの体裁というわけではないが、こんな意見も国連という場における『酒場の突き出し』みたいなものなのであって、要はパフォーマンスなのである。
……ということで、今回の国連総会では、あるテーマについて、今後の国連に於ける大きな改革の祖となり、これを起点にして、恐らく今後の国連は長い期間を見て収束していくだろうという大きな決議が、賛成九七パーセントの多数を以て決議された……それは……
* *
国連総会議長の右手に持つガベルという小槌をカンと鳴らして、決議を採択する。
『今季総会において、米国、中国、ロシア、英国、フランスらゼスタール人拠点ナーシャ・エンデ訪問団による資料の精査及び各国の提案により、地球規模の国際的危機に各国が相互の利益を超えて、極めて国家間相互の拘束力が高い法令により束縛される新たな組織、【国連相互主権連携理事会・UNMSCC】の設立が決議されました』
この議長の言葉に、会場は大きな拍手に包まれる。立ち上がり口笛を鳴らし、大声で賞賛の言葉を叫ぶ者もいた。
だが、『賛成九七パーセント』である。即ち反対や棄権をした国もあったわけだ……具体的な国名をあげると、反対は『北朝鮮』『エリトリア』。棄権は『トルクメニスタン』と、そんな国々。
反対や棄権の理由は、ゼスタール訪問団の報告にあった『連合日本とティ連―ヤルバーン州との技術格差を縮小させるためのゼスタールとの交渉における必須条件』とよばれる項目の中に……まあヒッジョーに遠回しで書かれていた、『ワケのわからん国や組織、団体は場合によってはゲホゲホゲホ』というところにクレームを入れたわけであったりする。なので、賛成に回った国においても、特定宗教の政教分離的な政策が実行されていない国や、特定の耐え難い仮想敵国を持つ国なども実際のところは『条件付き賛成』『非積極的賛成』という感じで賛成したところも多く、まだまだ両手をあげて評価できる状況ではないのが現状であったりする。
さて、このUNMSCCなる組織。勿論国連安保理ゼスタール訪問団が、かのナーシャ・エンデ視察にて、ゼスタール技術取得の条件としして提示された『対ヂラール安全保障体制参加』という条件をクリアするために成立した組織であるのは間違いない。つまるところゼスタールとの積極的交流と、それに伴う技術取得が第一義であって、対ヂラール安全保障というものは、正直まだ考えてもいないのが実際のところなのである。
ゼスタールもアホではないので、そういった国連側の意図もある意味織り込み済みである。そりゃ彼らとて地球社会が今後一年かそこらで『えいえいおー』と一致団結するなんて思ってもいないわけで、ゼスタールもそこは連合加盟国となる立場でもあるので、ゼスタールとしての立場と同時に、ティ連の立場としても今後の推移を見守っていこうという事だ……あまりにひどい方向へ行くのなら、ちょっかいの一つもかけなきゃいかんといったところである。
……とそんな思惑もある組織がこの『国連相互主権連携理事会UNMSCC』という組織だが、そんな感じの思惑はともかく、本組織の設立意図は、国連加盟国でもある日本が、ティ連という主権の一員になり、またティ連の自治国であるヤルバーン州が、この地球の一員となり、そこから始まった地球社会の星間国家交流時代と、ゼスタールに提示されたヂラールから派生する宇宙規模の安全保障。これらに対応するために設立された組織である。
なんと、地位としては安全保障理事会と同等の組織という扱いになり、また安保理とは独立した権限を持つ組織となる。
今後、安保理は地球社会における国家間の安全保障事由。つまり、地球内の安全保障問題に関してのみ対応する組織となり、今後予想される地球圏外の、国連加盟国の行動に関する法的拘束力のある決定を下す組織が、この『UNMSCC』という組織になる。
これはある意味、逆にいえば今まで国連内の法的拘束力なんてあってないような『ただの掟』であったものだが、今回の安保理と、UNMSCCの住み分けによって、安保理が国連内の法の執行を司る組織として稼働し、UNMSCCが国家に対する命令権を持つ強力な組織として稼働することになる。これは、これまでの国連を考えた場合、画期的な決定であった。
これも言うなれば『地球国家の権限より、上位の何か』が存在したことで可能となった事ということができる。
それはヤルバーン州という絶対的な客観者と、ティ連という超巨大な星間国家という存在。そしてその両者と地球上で唯一対等以上に付き合いができる日本国。更に決定的になったのが、ゼスタール人という、かつてのティ連の敵で、今は盟邦となった主権体の存在。
そんなそれまで以上に各地球国家間より上位として地球社会に対し、その気になれば甚大な影響を与える事ができる存在の登場が、UNMSCCを作ったといっても良いわけである。
ティ連へ外交的に対応、対抗するためにまとまったといえば面白くもない言葉になるが、やはり彼らより上位の某が存在すれば、地球側も団結せずにはいかんとなるのは、やっぱり必然といえば良いのだろう……
さて、そんな背景もあってお話。
このUNMSCCという組織。この組織にも、常任理事国と、非常任理事国が存在する。
UNMSCCにおける常任理事国は、米国・ロシア・中国・EU・カナダ・インドいう具合になっている。この常任理事国の基準は、『ゼスタールやティ連となんらかの形で交流をもっているか』という点で決められている。
○米国は、サマルカと友好国であり、ティ連日本国ともっとも強力な同盟関係になる国である。ゼスタールとはブンデス社事件で一部企業が交流をもっていた事が判明している。
○ロシアは、かつてのオペレーションWTFCの主導的立場にある国家で、機動戦車発祥の国である。即ち、ティ連の兵器技術……といっても本来はヤル研の技術だが、そういったものの一部を保有し、かのティ連で問題となっている『転送阻害装置』を発明した国という理由である。
○中国は、水面下でゼスタールとパイプがあった。なので香港のような事件も起きたという次第。意外とゼスタールといろいろ物的交流をもっていたようである。
○EUは、勿論ドイツ・ブンデス社と、ゼスタールの関係であり。アイスナーがスールになっているところもあっての話。こうみると案外異星人との付き合いがあったEU諸国である。
○カナダは、ブライアン・ウィブリーが外交官としてヤルバーン州と積極的に交渉をしてきている経緯があり、彼らもゼスタールと水面下で交流が積極的にあったという理由から。
○インドは、フェルさんとヤルバーン州推薦。
と、そんな背景があっての事。これは今後ティ連やヤル州―イゼイラとの外交関係度合いで、常任理事国が増えるか、廃止されるかは随時検討される見通し。
非常任理事国は一〇カ国の枠でこれは持ち回り制となっている。
この中で、日本と、それに連なるヤルバーン州はというと、オブザーバー国家として別枠扱いとなっている。この二カ国は、UNMSCCとしては参画することはできないが、UNMSCCに対し、必ずUNMSCCが討議する義務を持つ意見書を提示する権限を持っている。
つまりこの権限が、UNMSCCにかなりの強制権を持つ法的拘束力を与えたのである。
また日本がこういう取り扱いになっているその理由は勿論、日本が現在ティ連に属する星間連合国家の一員となってしまったからであるのは言うまでもない。つまり、現在の日本は事実上国連に『席を置いているだけ』の状態であり、バチカンやパレスチナ解放戦線戦のようなオブザーバー国もしくは組織とまではいかないまでも、かなりそれに近い位置づけになっているのである。
現在の日本は、ティ連と連合国家の一員となり、またその連合国家における地域国家惑星である地球の代表窓口国でもある。おまけに宇宙に領有権のある場所を合法的に数か所領有する、なんともまぁ超大国になってしまっているワケなので、現行の国連でこんな扱いになるのは、ある意味仕方ないところではある。逆にいえば、そうであるからこそ、地球世界の各国家が、UNMSCCを容認し、成立させることができたというところもあるわけで、このUNMSCCが成立するということは、裏返してみれば、世界は日本とヤルバーン州をやはり『脅威』とみなしているところもあるのである。更にそこへ、数年前にサルカス事件で初めて公表されたヂラールなる正体不明のホラ話のような脅威がこの宇宙での危機として存在することがわかったとなれば、いよいよ地球社会も今までのような安全保障体制ではいられなくなってきたという危機感も、UNMSCCという形で成らしめているところもあるという次第でもあった。
* *
ブァァアアアアア……というターボプロップ機特有のエンジン音に満たされる機内。
日本国情報省三等諜報正……軍隊階級でいうところの少佐に相当する階級を持つ諜報員、『月丘和輝』は、かの米国戦略軍宇宙戦術コマンド所属の輸送機C-130に搭乗していた。
もう見るからに屈強な米軍兵と同じ場所に同乗する月丘。隣りに座るは今やもうベテランの下士官である、かの、サルカス攻防戦にも参加した黒人兵士、モーガン・スミス最先任上級曹長であった……彼も下士官としてはナンバー2の階級である最先任上級曹長ににまで今やなっていた。
……米軍の階級というのは、日本の階級のように一つの階級がせいぜい三段階に別れている程度といった、単純なものではない。
例えば、この曹長という階級にしても、『曹長』『先任曹長』『上級曹長』『最先任上級曹長』『コマンド最先任上級曹長(陸軍の場合は、陸軍最先任上級曹長)』という、これだけの曹長階級がある。で、スミスは『最先任上級曹長』という階級で、英語で言うところの『マスター・チーフ』という呼称で呼ばれる軍人である。つまり、かの有名な『後光なチーフ』さんと同じ階級のオッサンという次第。
この最先任上級曹長以上の曹長階級は、所謂軍隊版の『ご意見番』的な階級で、現場指揮官として認められた超ベテラン軍人の階級とも言える。従ってこの階級は、旅団クラスの幕僚に意見する権限を持つという、実はスンゴイ階級だったりするのである。
こんなところを知っておくと、あの『後光なチーフ』さんの活躍も色々と楽しめたり……
それはさておき、今やUSSTCでも標準装備となったロボットスーツ型アーマ兵装に身を固めた目つきのするどいUSSTC連中が連なって座る座席に、一人軍人……というよりは、お役人の月丘三等諜報正がピコンとただの迷彩服三型姿で座ってたり。
「ツキオカ少佐殿。如何ですかな!? こC-130の乗り心地は! 流石にユナイテッドエアーのファーストクラスというわけには参りませんが!」
やかましいC-130の機内。大声で話さないと聞こえないわけであるからして……だが、このC-130という機体も、採用されてもう大分経つ機体であるが、その扱い易さとタフさで、未だに現役である。しかもサマルカ技術の恩恵もあって、更に機体性能がバージョンアップして優秀な機体になってたり。
「いやいやスミス曹長! そんな『少佐』なんてやめてくださいよ! 私ゃしがないお役人でありますんで、はは!」
「何を言ってるんですか! オーミ大佐からお話は伺っていますよ! ニホンの情報省は軍隊と公安警察の中間みたいな組織だって! それに貴方自身も、あの悪名……じゃなかった。有名なハンティングドッグ出身ってのも聞いております!」
月丘がハンティングドック出身という言葉を聞いたスミスの部下は、目つきが変わって一斉に月丘の方を凝視する。
ま、やはりあの、かつての中国での欺瞞作戦とかで、色々良い意味悪い意味含めて名を馳せたPMCではあったわけであるからして……
「ありゃ~……それもですか! まいりましたね! むはは!」
「それに、お宅も軍事組織持ってるでしょ? CIAやDIAみたいな!」
「まあ、確かにそうですがね! そんなのもありますけど!」
SIFの事である。特機の八千矛隊ほどではないが、特殊部隊並の兵装を持っている組織なのは事実だ。
「んじゃま!、今回は我々軍人と同じ扱いをさせていただきますよ、サー!?」
「はい了解です曹長! でも今回私は例の作戦での仲介人ってことですからね! あんまり変なこと押し付けないでくださいよ!」
「はは! まあ今回は命令が面白い所から出ていますからな! こちらもやりがいがありますよっ!」
そう、その面白いところからの命令とは、勿論UNMSCCからという次第……ということで此度の月丘。なんとも香港で一悶着あったり、米国でロボット戦車と戦ってみたり、国連でシビアとドンパチやってみたり、北の工作員とやりあってみたりと毎度ティ連と地球の動きがあるときは、必ずこのお兄さんがどこかで何かをやらかしているわけであるが……
此度の任務は、中央アジア。タジキスタン共和国である。
この国は立憲国家ではあったのだが、二〇一〇年台にイママリ・サラマン大統領が就任すると、急進的なイスラム主義的政治に走り始め、外国語の使用を制限したり、親ロシア派、ロシア風氏名を持つ人々を弾圧し始めるなど、独裁色を強めていった。
当然当時の国連はこの事態を危惧。特にロシアは親ロシア派の粛清状況に危機感を感じ、独自の制裁を行っていたが、ヤルバーン事件以降、かのティ連人を神の使徒と仰ぐ『使徒派』と、民主化勢力が共同戦線を張り、内戦に発展。だが残念なことにこれら反政府勢力は、イスラム原理派の強力な支援もあって、押されている状況で推移している……というのが現在の状況であった。
そこで今回、『国連相互主権連携理事会UNMSCC』は、今後のUNMSCCによる国際秩序の確立、そして然る後の『国際連邦化』への第一次問題処理として、これらUNMSCCの体制に反対姿勢を取る組織の『安定化措置』という名目の、排除処理を行う事になった。
まあ言ってみれば、こういう言葉は流石に使えないが、所謂『粛清』である。
これが柏木らが思った、『人類が意思統一へ向かう為に伴う痛み』というものである……今回はこのタジキスタン共和国がやり玉に上がったが、基本こういう『安定化措置』を行うにもルールは設定している。
その『第一必須状況』という規定では、『当該国家が民主的勢力と内戦状態にある』という状況がなければ『安定化措置』は発動できない。そこでこのタジキスタンの反政府勢力は、ティ連人を神の使徒と崇める『使徒派』と呼ばれる勢力と手を組んだのである。
使徒派勢力は、基本ティ連関連の政治体制を肯定しているので、宗教的原理組織の一派ではあるが、基本そういうこともあって民主的な勢力である。ま、そりゃそうだろう、ティ連世界が神の世界ならそうならざるを得まい。なので世界的には武装勢力という認識を受けてはいるが、テロ組織という認識をうけていないのが、この使徒派と言われる組織だ。
……ということでC-130は米国独自開発の、サマルカ技術流用の『ステルスシールド』を展開し、アフガニスタン北部から、タジキスタンへ侵入する。
「ああ曹長! 紹介しておきます! 彼女が今回の、私の相棒その一になる! ……」
月丘の隣で先程からスミスとの会話を視線も合わせず、だが完璧に聞いていた褐色肌の『少女』といったほうが正しいが、明らかに地球人ではない人物、それは勿論、
『我々が! ゼスタール調査合議体の代表スール!、シビア・ルーラである! 認識せよ!』
なんとシビアもこのターボプロップ機の騒音に負けまいと、そんなデカイ声張り上げて自己紹介。その様に思わす噴き出しそうになる月丘。
でもいつもの調子のシビアさん。ゼスタール特有の白いピッタリスーツではなく、彼女も今日は迷彩服3型。だが、VMC服。
ボディアーマーや武装などは一切なし。単に迷彩服着て、ヘルメット被ってるだけだったり。その異様な軽装に首を傾げるUSSTC隊員……日本の情報省諜報員で元HDと、今話題沸騰の旧ガーグデーラが一緒とはと、何とも奇妙な気分になる米兵達であった。
で、更にいつもの調子の物言いで、頭かいて少々困惑するスミス曹長。話には聞いていたがと苦笑い。
「ま! そういうわけなのでよろしくお願いします曹長! ははは!」
「了解ですサー! はは、私もサルカスでの出来事を思えば、こんな状況も今更ですな! 少佐!」
「まあ、そうですね、はは! で、あと私の相棒その二が、我々の行動に呼応して合流する予定になっていますので!」
「了解ですサー! では……そろそろ時間ですな! おしお前ら降下準備だ! 立て!」
USSTCの強者どもが、ロボットスーツのパワーを入れて立ち上がる。
「では私も準備をっと……」
月丘はそういうと、PVMCGに手を触れて……今回は銀ピカ姿の宇宙諜報員ではなく、迷彩柄の宇宙諜報員コマンドローダー姿に変身した。すっかりこの装備が定着してしまった月丘さん。
彼がその姿に返信すると、「ヒュ~」と兵士達から冷やかし口笛の応酬を浴びる。ま、彼らからすると、一昔前の映画で流行った、兵器メーカーの道楽社長が作ったパワードスーツを喩えたいところだろうか?
「!? ミス・シビアは準備なさらないので!?」
『我々はコレで良い! 心配には及ばない!』
「はあ!?」
疑義を呈するスミス曹長だが、月丘が横から、大丈夫だからとフォローする。まあ異星人お得意の一発技でも見せてくれるのだろうと、とりあえず納得するスミス。
で、C-130の後部搬入部が大きく開く。間をおかずビーと降下開始を示すブザーと青ランプが点滅する。
「よし! 降下降下! GOGOGOGO!」
掛け声とともに、ロボットスーツを装着したUSSTC隊員が次々と輸送機から降下していく。
「では少佐、どうぞ!」
「はい! お先に!」
月丘も、コマンドローダー姿で飛び降りると、即座に背部バックパックの斥力モジュールが作動し、体を安定させ、VMCでパラシュートではない、何か大きな空力制動板のようなものを背面に造成し、パラシュートで降下するUSSTCの後を追う。
次に続けてシビアも降下するが、何もつけずに迷彩服とヘルメットだけでピョンと飛び降りる少女に、スミスも「大丈夫かよ」という顔をするが、刹那にその表情は驚きに変わる。
シビアは一瞬にしてその体をモーフィングさせ、地球では見たこともない、何か小型の翼竜のような動物に姿を変える。
「オーマイ!」
スミスは思わず叫ぶ。成程そりゃこんな能力持っていれば、降下装備などいらんわなと。ゼスタール人恐るべしである。月丘は以前の作戦でお魚になったシビアを見ているので、その能力にすごいものだと感心する。
「こちらシャドウアルファ。降下開始した。スペクター・ワン、そちらはどうだ?」
『はいはいシャドウアルファ。こちらも対探知遮蔽状態で追跡中ですっ! あ、シビアチャンが今横とんでいきましたよっ!』
「お、結構接近してるな。接触しないようにな。プリちゃんのは大きいんだから」
『わかっていますよっ! おまかせですっ!』
なんとプリ子も何かに乗って、C-130に随伴していたようである。対探知偽装をかけて追跡中という事。
しばしの時間、空中遊泳を満喫すると、月丘は地上に着地する。コマンドローダーの性能のお陰で、通常のパラシュートのように、足をすぼめてゴロリンと一回転というような事もない。
翼のような空力制動板も霧散させて、スタっと小高い場所から降りるかのごとくの着地である。
他のUSSTC兵士も、パラシュートのワイヤーに備え付けられた小型の制動ロケットを噴射させながらの着地である。流石にロボットスーツは装甲兵器の一種でもあるので相応に重量があるわけでなので、そんなところだ。
そして最後に、華麗に地上へ降り立つはシビア・ルーラ。その翼竜姿から再度モーフィングして、ボーイッシュ。ダークエルフ的な姿に変身する。何事もなかったように。スタスタと月丘のもとへ。おすまし顔で待機。
全員が着地したと月丘とスミスが確認した後、少し離れたところで、ズン……というような振動が地上を走る。
(お、プリちゃんも着地しましたか)
プリ子はどうも機動兵器に乗っていたようである。未だ探知偽装を解除しないので、その姿は見えない。
スミスも月丘と同じく、その兵器の概要を知っているようだ。月丘と視線で確認し合う。で、彼は兵士全員を集合させ、再度作戦の確認を行う。
「よし、もう一度作戦の確認を行うぞ。ブラッドレーとジャックは……」
テキパキと役割と行動の確認を行うスミス曹長。
さて、此度の作戦内容は、先の通り。このタジキスタン共和国の反政府民主勢力と、応援している使徒派勢力と共闘することにあるのだが、それでもこの内乱を早く終わらせるに越したことはないわけで、あまり時間をかけて、タジキスタン正規軍とネチネチでドンパチやるわけにもいかないのも事実。
そこでUSSTCと月丘達に下った任務は、このタジキスタンの国家元首、イママリ・サマラン大統領をUNMSCC決議の名における逮捕拘束、ないしは抵抗する場合、正当防衛で殺害することで、タジキスタン共和国の政局を早期に民主化、安定化させて、UNMSCC影響下に組み入れることを最優先任務としていた。
そう、これがUNMSCCのこれまでにない国際法執行権であり、それまでの国連安全保障理事会では絶対にできなかった行動であった。
此度の作戦には、中国とロシアが参加していない。なぜならこのUNMSCCの作戦行動に反対票を入れたからである。だが、UNMSCCには『拒否権』という特例事項がないので、タジキスタンの『安定化措置』は可決された。だが、反対した中国とロシアは積極参加していないという、そういう状況であった。
だが、これでも今までの国連を考えれば、画期的な事なのである。
「よし、あとは時間通りに連中が現れるかだが……」
「それは大丈夫ですよ、曹長。私が連絡入れていますから。全く心配はいりません」
「えらい自信ですな。わかりました。少佐がそういうのなら大丈夫なのでしょう、はは」
とそんな事言ってると、散開して周囲を警戒しているUSSTC兵士から連絡が入る。どうやら待ち人は時間通りの到着だ。
月丘は首都ドゥシャンベ近郊の砂漠地帯で砂煙をあげてやってくる車列を待つ。
典型的な武装勢力仕様のトヨハラ・ランクルや、ロシア製4WDに正規軍の横流しや、戦場で廃棄され、修理して使用しているBMP型装甲車両の比較的大規模な車列が近づいてきた。典型的なイスラム兵士の格好をした集団に、流石のUSSTCも警戒する。
だが、月丘はその車列に知った顔を見つけ、明るい顔で大きく手を降った。
「ムスタファ!」
「カズキ! カズキか!!」
そう、その相手は、かの数年前にオペレーションWTFCにおけるテロリスト殲滅作戦で義勇軍として加わっていた使徒派武装勢力のリーダーであり、更には一〇年前にイラクでシエ達がドーラヴァズラーと戦った時、その場に居合わせ、瀕死も瀕死の重症を負った月丘と共に戦った彼の懐かしい戦友、『ムスタファ・モルセン』であった。
月丘はにこやかな顔でムスタファに駆け寄り、ムスタファは信じられないという表情で互いに包容し、月丘と両の頬を合わせ、彼の顔や腕に体を触りまくる。
「カズキ、なんなんだこの姿は! 普通のお前じゃないか! あの時は五体ズタボロで死にかけて……俺はてっきりお前はもう天に逝ったと思っていたぞ! 日本の医学はあのお前をここまで回復させるほどスゴイのか!?」
もう身振り手振りで再会を喜ぶムスタファ。あの時の悲惨な姿の彼を知っているだけに、信じられないという表情だ。
「はは、いやぁなんといいますか。貴方があの時呼んでくれた日本人の女性いたでしょう?」
「ああ、確か……イトツジか、イチツジか、そんな名前の」
「ええ、実はあの方がヤルバーン州と縁のある方でね。まあ……何といいますか、そこからご縁ができて、彼らの医学でここまで治療してもらいました」
するとムスタファは両手を広げて天を仰ぎ、
「なんとも……使徒の御力で治ったのか! なんと素晴らしい事だ。あの状態をな……やはり彼らは……」
「いやいや、ですからそんなのじゃありませんって……はは」
彼ら使徒派は、ティ連人を神の御使いとして崇めるという新興宗派である。なので、月丘の話は彼らにしてみれば『神の奇跡』以外の何物でもない。でも確かにあの時の月丘の重症具合をここまで回復させるティ連の医療は、彼らにそう思われても仕方ないものではあるが……
で、そこにチョット説明入りそうなのが側にやってくる……チョンチョンと月丘の背中を突くのは……
『ツキオカ生体。この知的生体は何者か、説明せよ』
「どわっ! シビアさん!」
「!?」と、なんでこんなところに、褐色肌で白い髪の、しかも少女がいるんだと訝しがるムスタファ……だが、彼はシビアを眺めるうちに、ある点に気づく。それは顔に描かれる白い刺青上状の模様に、その尖った耳。そして聞いたこともない言語の上から被る英語。
「シビアさん、彼は私の古い戦友で、この間事前説明した、あの宗教の中の、使徒派っていう宗派の……」
『記憶している。我々の制御外にあったカルバレータ兵器と、シエ生体やタガワ生体と戦闘を行ったという、あの事件の関係者だな?』
「はいそうです」
『了解した……ムスタファ生体。我々はゼスタールのシビア・ルーラ代表兼調査合議体である。これから共に行動する事になる。認識せよ』
「ゼ、ゼスタール?」
「ええ。まあティ連に最近加盟した種族さんですよ」
「では使徒猊下だと?」
「あー……まぁ貴方がたの認識ではそうなりますか」
その言葉を聞いた瞬間、ムスタファ達は膝を地につけ傅く。
『? 疑問。ツキオカ生体。彼は何をしているのだ? 説明せよ』
「え? あ~……何といいますか……」
こればっかりは信仰だ。仕方がない。説明するのにも一苦労である。それと流石にあの時、月丘が自爆してしまった時の、使徒さんと敵対する元勢力の方だとはいえない。まあ今はティ連だしいいじゃんとする月丘。
「あ、それと使徒ついでにもう一人紹介したい人がいまして」
「あ、ああ。誰だ?」
「ちょっと待って下さい……あー、プリちゃん! ちょっとこっち来れます!?」
『はいはーい。ちょっと待って下さいね! って、偽装解いていい? カズキサン』
「はい、もういいでしょ。全部隊揃いましたし。装備の確認もしませんとね」
『了解です~』
と。対探知偽装を解くその謎の機動兵器……その姿は……
「おお、これは、あの時の!」
懐かしそうに驚くムスタファ。ギラギラと万華鏡のような光を纏って顕現した機動兵器は……なんと、かのヤル研製試作機動兵器、柏木曰く、『ありえへん兵器デザインナンバーワン』をインスパイアした、『蒼星』であった! ……“グポン”とは鳴らない。
この蒼星、現在はこれの改良量産型が『ソウセイ』という名称でティ連でも採用され、惑星サルカスを始め、ティ連各国でも一部配備されているが、この『蒼星』はその試作機になる訳で、以前、北の工作員と戦った時に使った『海襲』同様、もうかなりのロートル機であった。
まあそれを海襲同様に、二機製造された内の一機をありがたく総諜対が引き取って、プリル達機動支援班が使っているという次第。
と、そんな感じで月丘はスミス達USSTC部隊も紹介。今回は米軍主導の作戦というわけではないため、ムスタファもそんなに違和感なく握手する事ができた。
月丘達のユニットはムスタファらと共闘する事になっているが、かつてのWTFC作戦同様に、此度はタジキスタン全土で、主にLNIF諸国を中心とした部隊が大きく展開している。ロシアや中国といった、此度の反対国家も、賛成国の行為が行き過ぎないよう、監視部隊を組織する権限を有しており、その部隊は積極的な戦闘に参加しないが、監視随伴するような形で展開している。UNMSCCの規定では、決議反対国はこれら国家の利害が著しく阻害されるよな行動をUNMSCC議決賛成部隊が行った場合、国連UNMSCC仲介裁判所に提訴する事ができる……と、色々国際関係に配慮したシステムも構築されているわけである。
今回月丘達日本国情報省総諜対が参加しているのも、オブザーバー国としてこの作戦を監視する意味もある。
監視して、違反行為……例えば、虐殺、略奪行為、捕虜虐待。決議内容逸脱行為などがないよう、共同作戦に参加しつつも味方を監視するといった任務も含まれているのである。
実際、米国もスミス達USSTC部隊を展開させたのも、この部隊であればティ連との連携を意識させるイメージを世界に発信することができるという、そういったイメージ戦略の意味合いもあるのであった。
『よいしょ、よいしょ』
蒼星のコクピットから出て来るプリ子。ミーと昇降ロープ伝って降りて、トトトっと月丘の下へ。
ムスタファは、またそのプリルの姿に驚き、皆して傅く。
『ほえ? なにやってるんですか?』
そりゃそうだろう。シビアよりも笹穂耳のドエルフ種族であるからして。
「はは、ムスタファ。そんな格好やめてください。彼女は将来の私の……まあ、何ていうんですか? 嫁さんですから」
「なんだと! 本当か!」
もうムスタファは驚き桃の木である。確かに彼らからすれば、使徒様と婚姻というのも、正直あり得ないところであるからして。
と、そんな懐かしい自己紹介の時間も、シビアの厳しいツッコミで仕事モードへと切り替えられる。
『ツキオカ生体。お前達二人の血圧係数の上昇を伴う情緒的会話はまだ継続するのか?』
「は? あ、い、いえ……って、なんですかその表現は、むはは」
『継続するのであれば、今後二人の間で製造される幼生体の話に、共同生活を行う生活拠点の構造等の話題。他、あと約二七項目の予想される解説内容が……』
「ああもう、すみませんシビアさん。参りました」
『シビアチャン、ものすごいツッコミ……』
最近、月丘達と付き合うようなって、妙に独特の感性が芽生えてきたシビア『達』
これらイヤミも合議で決定しているのであろうか?
* *
ということでその後、押され気味の反政府勢力とも合流し、タジキスタンでの作戦が全土で開始展開される。
プリルは劣勢の反政府民兵部隊を援護するために蒼星で指定された場所へ向かう……て、こんなんが展開すれば、そりゃ現場は大騒動だろう。ビビって投降者が出てくればそれで良し。
月丘達ロボットスーツ機動歩兵主体の部隊は、そのまま北上して首都ドゥシャンベへ。当初の目的通り、大統領拘束の任へと向かう。
『ツキオカ生体。我々は先行して対象を補足するための偵察を行う』
「お願いします。正直あまりこの国の兵士達ど、ドンパチはやりたくありませんから」
コクと頷くとシビアはそのまま地球には生息しない形態の鳥類のような生物へモーフィングして擬態。
そのまま空へと飛び立って行った……ヒュ~と口笛吹く米兵。
さて、ここ中央アジアで世界の意思決定を一つにするための、最初の一手が打たれる作戦が開始される……
* *
地球世界において、かの星の歴史に大きな進歩を刻む小さくも、歴史的な動きが始まろうとしていたその時……
同じ時間軸にある、とある宇宙空間。そこはまだ人類が知らない宇宙である。
とはいえ、地球人は今、その母星から五〇〇〇万光年離れた宇宙空間に、三〇〇万光年離れた宇宙空間、そして二三〇〇万光年はなれた宇宙に、宇宙と宇宙の間にある時空間接続帯。はては二つの別宇宙なんていうトンデモで遥か久遠もいいところの宇宙をブッチギリで知識として持ってしまっている割には、近場の宇宙空間は、一光年先の人工亜惑星、レグノスぐらいまでしか行ったことがない。
なんともバランスの悪い宇宙観だが、それでも地球人基準で『遠い宇宙』というのは、本来何十に何百、せいぜい何千光年レベルが真っ当な距離感であり、恐らくここは、そんな宇宙空間。
地球基準で見れば、多分『何座の何星雲』とか、そんな基準で語れる宇宙なのだろう。
そんな空間に、高速で突き進む宇宙船団……いや、宇宙船を伴う艦隊か? そんな集団が姿を現す。
何処かの恒星系を突っ切って進む宇宙艦隊。
だが、何か容姿がおかしい……そう、その宇宙艦隊、かなり満身創痍である。そのほとんどが艦に損傷を受け、まともに稼働している船は極めて少ない。
そして艦の大きさも、ティ連艦に見られるような、かの化け物じみたデカさの宇宙艦艇というわけでもなさそうで、大きくてもせいぜい五〇〇メートル前後、そんな感じの大きさの船である。デザインも相応にSF的。
三〇〇メートル前後の船数隻は、船体から煙を発しながら、なんとかついてきているような感じである……さて、その艦隊を操る種族とは……
「駆逐艦56号、75号、83号、巡洋艦14号、22号、エルド機関損傷、復旧にかなり時間を擁すので、超光速航行は当面できません!」
「クッ! 現在の残存艦隊数はっ!」
「はつ、戦艦三、機動母艦四、駆逐艦七、巡洋艦二。輸送船はかろうじて全隻無事です、ですが、我が艦と、機動母艦一隻以外は全艦小破以上の損害を受けています。どこかで一旦艦隊を停船させて修理しないと……」
とある艦のトップと部下の会話。その種族を形容すれば、恐らく地球人にかなり近い意匠ではあるが、眉がこめかみあたりの頭髪と一体化し、額と頬に独特の痣のような模様を持っている。その模様はどうも体全体に及ぶようで、素肌からは、何やら幾何学的な痣のような模様が見え隠れする。肌の色は地球人的。
瞳の色は各々色々あるようだが、どうも藍色系が多いようである。服装はダストール系の軍服系意匠に近いが、地球人から見れば、ちょっと時代かがっているような感じ。
今話していたリーダーは、形容すると女性型のようである。年齢基準は不明だが、若いようだ。地球人やダストール人型の『頭髪』を持ち、短髪で、その髪の色は茶髪系である。
「いや、艦隊を停止させることはまかりならん。我々は大公殿下の勅命を受けて、あの目的地へ辿り着かねばならないのだ。たとえ一隻でも辿り着かねば……」
その『司令』と目される人物は、全艦内をモニターできる空中投影映像を眺めて、艦隊の状況を確認する……何か大きな戦闘をやったのだろうか、艦隊の人員もコレみんな満身創痍だ……しかも、『輸送船』と呼ばれる船には、民間人も多数乗っている。人形を抱えたような子供のような姿も見えた。みんな怯えているようだ。
「艦長、食料はあとどのぐらいもちそうだ?」
「は、人員輸送船ではなく、輸送『艦』も奴らに食われました故、もってあと一五〇テールぐらいかと」
その数字を聞いて、暗い表情になる司令。
「……で、目標の『重力震反応』を捉えた座標までは……」
「はい、相応にこの銀河系では、辺境に位置する座標ですので、まだ四〇〇テールは確実にかかります」
「ふむ……その間に食料にできる有機生命体のいる惑星があれば助かるのだが……」
彼らとしては現在憂鬱な状況にあるようなのだが、そんな状況に水を差す、嫌な状況がこれ追随してくるわけで……
艦内に大きく警報を鳴らす音。不快な不協和音が艦内に響く。
「どうした!」
「くそっ! バルターの連中が追ってきました! 次空間転移現象多数確認! 生体兵器レベル5! 母艦型一〇〇! 機動兵器型その数三〇〇〇!」
「なんだと! チッ、しつこい連中だ!」
「しかし司令、迎撃は流石に今のこの戦力では無理です!」
「わかっている! ……全艦エルドジャンプ用意! この場を脱出! 可能な限り振り切る!」
「ですが! そうなれば、あの駆逐艦三隻と巡洋艦二隻は!」
そう、見捨てていくしかない。どうも彼らはなんとしても生き残り、とある場所へ辿り着かなくてはならない定めにあるようだ。
すると……
「駆逐艦、巡洋艦、バルター出現地点へ向けて回頭開始! え? 我々を逃がす囮になるようです!」
「クッ! ……あいつら………すまん! ……よし、残った艦船は直ちにエルドドライブへ……」
すると、再度通信士の叫ぶ声。
「司令! エルドドライブ進行方向に新たな空間転移反応!」
「なんだと!」
「こ、これでは囲まれます! 脱出は不可の……え? なんだこれは……」
「どうした!? ココまで来て何か驚くことがまだあるのか!」
「え、いや、この転移反応、バルターの次元放射反応とは違います! 見たことないパターンです!」
「なに?」
「この反応は……し、司令! 次元放射反応の中に、あ、あの重力震パターンと一致する反応が多数出現!」
「!!! ……」
* *
「艦長! 提督! 不審なディルフィルド反応のあった地域へ到着しました。現在の空間座標はミズガメザ方面約25セターク……」
「わかった。各員監視続行。こんな場所でディルフィルド反応というのは……まさか早速我々の目標とする知的生命体と接触なんて話になるのか? どうおもう艦長」
「はは、さてそこはどうなのでしょうな。我々もタイヨウケイを出て、かれこれもうチキュウ時間で一〇カゲツになりますが……」
この艦隊、今から約一〇ヶ月程前に、ティ連太陽系軍管区司令部所属の、天の川銀河探索艦隊として派遣された、一艦隊である。
その目的は、この天の川銀河系内の星間地図作成と、生命体の存在する惑星の調査。更には以前、ティ連本部で捉えた、この銀河系にある、人工的な信号の発信をする恒星の存在。つまりダイソン・スフィア的反応を見せる恒星系の調査であった。
そんな折、この艦隊は、以前地球でも観測された地球型惑星が多数存在するとされている水瓶座四〇光年方向のTRAPPIST-1という恒星域を調査しようと進んでいた最中、正体不明のディルフィルド反応を捉え、急遽その空間に転移してきたのであった。
本艦隊の所属はイゼイラ星間共和国。艦長、艦隊司令の提督共にイゼイラ人で、艦隊クルーの構成も。ほぼイゼイラ人で占めている。
ただ唯一趣が異なるのは、艦隊旗艦が君島重工と、イゼイラ国防軍宇宙艦艇工廠が共同で開発した、地球意匠型初の二〇〇〇メートル級大型航宙機動護衛母艦『ジュンヨウ』級を擁していることであった。この船の製造は、君島が関わったとは言え、ほとんどがイゼイラ宇宙艦艇工廠が作ったので、まあ八割イゼイラ製である。つまり君島は勉強させていただいたという感じ。イゼイラも、宇宙空母カグヤ型意匠の真髄を、君島と超高度な熱意を持ったヤル研のバ……発達過程文明の誇りをもった技術者連中から教えてもらったというところもあったので、まあそこはお互い様というところ。
まあつまるところ、この艦隊の旗艦は、クソバカデカイ、カグヤデザインの船だと思えばいい。そういう経緯もあって、現在はイゼイラ人で運用されている次第。
「艦長! 艦前方に未確認艦艇を捉えました!」
「やはりな……映像は出るか?」
「は、只今!」
ビコンと最大望遠で捉えるは、見たこともないデザインの宇宙艦艇。クラスはティ連で言う中型艦艇クラスだが……
「なんだ? これは……満身創痍じゃないかこの連中……」
「艦長、戦闘でもやらかしたみたいだが……」
すると、センサー要員が、やらかしたどころか、その真っ最中だと艦長に伝えた。
「なんだと!」
「はい、どうも陣形を見ると、この二つの艦……かなり小型ですね、これがこの方向へ突っ込んで、あとの艦船を逃がそうとしているような……どうもそんな感じで……って、艦長、新たな反応でました! その小型艦進行方向前方距離400!数は……大小合わせて四〇〇〇はあります! ってこれは!!」
声を強張らせる通信担当。
「どうした! はっきり言え!」
「はい、艦長! この反応、ゼスタールから提供を受けたアレです! ヂラールの反応です!」
「な……に? ……提督!」
「わかった。となれば、その正体不明の艦船は明らかにヂラールから逃げてると見て間違いないな。よし、援護してやれ!」
「いや、ですが……どんな連中かも……」
「その時はその時だ。どっちにしても調査はせねばならん。それにあの規模の艦船相手に遅れは取らんだろう?」
「は、確かに……よし! 直ちにヴァズラー、及びマージェン・ツァーレ隊は発進、あの艦隊を援護しろ。ヴァルメは戦術ネットワーク網を形成。敵の把握を怠るなよ! 気合い入れていけ!」
……地球社会の大きな軌道修正に呼応して、何やら異常な状況をみせ始めた銀河系。
さて、この状況、どういう推移で進行するか……そして新たな種族。その正体の把握と成るか?
天の川銀河は大きな動きを見せようとしていた……