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銀河連合日本 The Next Era  作者: 柗本保羽
本編
12/89

【第一章・GUJドクトリン ―終―】 第一一話 『異界へ』

 ~ 柏木真人 ティエルクマスカ連合防衛総省長官の記録 ~

 地球時間・西暦二〇二x年・○月○日○曜日 天候:快晴。

 ヤルバーン特別自治州ヤルバーン州軍内連合防衛総省事務局執務室内にて記述。


 (前文略・抜粋)

 ……基本的に、シビア・ルーラという少女の姿をした合議体なる存在。いうなれば、本来地球人が想像する真っ当な「ファーストコンタクト」というもののありようが、彼女との対話だったのであろう。

 一〇年前にリビリィ氏やポルタラ氏、そして我が妻フェルフェリアと初めて対峙した時、そのメンタリティというものが、実のところ我々地球人、特に日本人とそうたいして変わらなかった。まず最初に驚いたのはそこであったが、本来なら映画のような創作作品で見た、「地球の自然を救うために人類を抹殺する」といったような出会いが普通なのだろうと思っていた(無論私も含めた)彼らとのコンタクトにおいて、どこかの外国からやってきた親善団体のような彼らティ連人という存在の方が、我々人類の思い描く「異星人」の認識を変えてしまったといってよい存在であった。

 実際、私自身がイゼイラ人のフェルフェリアを妻にして、愛する娘が一人いるわけである。現在の日本国と、ティ連―イゼイラ共和国や、その他の異星国家と現在のような素晴らしい共生関係は、結局この互いのメンタリティに基づくところが一番大きいのだろうと、そう思わざるをえないのである。

 専門家に言わせれば、更に色々と文化習慣風俗に民族性、そして種族の生体的某など色々と学術的な薀蓄もあって然るべきなのだろうが、今の私には専門外の話だ。そういう分野に明るい方々にそこは任せたいと思う。

 そしてあれから一〇年後の今、ティ連で『ガーグデーラ』と呼称されていた存在。

 『ティ連人が地球世界へ来訪した理由』を求めて私がイゼイラに行ったが為に、恐らく我々地球人も、この存在と関係を持ってしまったのであろう。当時は色々とやらなければならないことが多すぎ、実のところそこまでの関連性を考えた事はなかった。だが、私を取り巻く状況が落ち着き、また私自身も環境に同化されて『慣れてきた』頃に今後の社会をふと思った時、私自身があの存在をこの地球社会に招き入れてしまったのではないかと不安にかられ、身震いする……とまではいかないが、それを恐れたことが正直あったのは事実だ……とはいえ、それを言ってしまえば今のティ連絡みになる地球世界の状況は、いうなればみんな私が原因と言われても仕方のない事も多い。

 「そこまで自惚れるな」と言う人もいるだろうが、いやこればかりは自覚するところ多々ありだ。

 今でもふと思うのは、私が寝床に入り、愛する妻、フェルフェリアの寝顔を見て、愛する我が娘、姫迦の寝相を眺め、今のこの時が平穏ではあれど、この夫婦関係自体に自分が原因となる今の状況が少なからずあるのだと思う時、やはりこの現状が原因で、人から恨みを買うことになってもいるのだろうと思うと、妄想が膨らんで寝付きが悪くなる時もある。実際、今私の仲間となっているある友人が、私の諸々に巻き込まれたような人生を送ってきている人物だ。


 話が少々脱線したが、それまでガーグデーラと呼称していたゼスタール人との接触についてであるが、『捕虜』として扱っていたシビア・ルーラというゼスタール人との対話を通し、彼女から得た数々の情報は、この一〇年間、何処かの外国人と友好関係を持ってしまったかのごとく付き合ってきたティ連人との接触の方がまるで異常事態のように思えるほど、地球人がステレオタイプ的に思い描く本来の異星人像を地で行くようなコンタクトであった。

 こういう言い方をすると妻にまた説教されそうだが、ゼスタール人との接触のほうが、地球人の感覚からすれば「標準」なのである。

 実際シビア・ルーラの口から語られた事実は、ティ連人でさえ驚くほどのものであった。当然尋問に当たった私も彼女の語る話は、一〇年前に体験したティ連世界を垣間見た時に匹敵する驚きであった。更に言えば、そこには理解の及ばない未知への物に対する畏怖という感情が付け加えられるだろう。

 以下に項目を分けて、シビアの言葉、つまりガーグデーラという『ゼスタール』とは如何なる存在なのかを記しておきたい。


 1:ゼスタール人の倫理観について

 ティ連に加盟した新参者の日本人が語るのもおかしな話だが、地球人のおおよそ全てが持っている倫理観と比較したゼスタール人のそれを記す。

 まず一〇年前の所謂『シレイラ号事件』で知られるハムール公民国船籍の長距離旅客宇宙船が、ゼスタール兵器に襲撃された事件。この時に彼等が使役する、我々が『対人ドーラ』と呼称していた自動仮想生命兵器が行ったゼル端子戦術。これは生命体や機械を問わず、彼等自動仮想生命兵器の端末として意のままに操ってしまう非人道的な攻撃の事であるが、その通り今記したように我々は『非人道的』と考えているこの攻撃……病人負傷者もろとも生きてさえいれば自らの傀儡と化し強制的に使役する恐ろしい戦術だ。そう思って当たり前である。だが、どうもゼスタール人は、そうは思っていないらしい。

 そもそも彼等にとって、かのシレイラ号事件での我々から見た『襲撃』という行為は、どうにも彼等の感覚では『探査・探索・調査』であるということがわかった。即ち、あの『対人ドーラ』にしても、その後の事件で知る『対艦ドーラ』にしても、彼等からすれば探査機を打ち込んでいる感覚にすぎないという話なのだそうである。つまり戦術的意図を持った『攻撃』ではなかったという話なのだそうだ。


 後の話になるが、彼等にとっては有機生命体における『肉体』というものは、単なるドローンのような感覚でしかない。『命』の尊厳に対する概念。その原点の考え方がそもそもあまりにも違うので、彼等がゼル端子を放ち、生命体を傀儡にしていた行為も、彼からかすれば『そのあたりにあったロボットを借りた』ぐらいの感覚でしかなかったのである。

 ではその自動兵器によって失われる命はどうするのだという事だが、彼等独自の倫理観に基づいた、『スール』と呼ばれる何らかの生命形態に変換され、彼等に転送保護されるという我々の理解の及ばない行為を、一つの正義として確固たるものを持ち合わせている。

 こういった感覚を理解するには、恐らくは我々日本人、いや地球人全般でいえば、ある種のカルト的な精神論を当てはめなければ理解は難しいのかもしれないが、その根源的かつ本質的な実態をまだ目にすることの出来ない今は、シビアの話を記録に留め、今はただ想像するしか方法がないのであろう。コレに関してはフェルフェリア達もある程度理解できではいるようだが、やはり倫理的には理解が及ばないところもあると、そう語っていた。

 唯一例外なのはセルカッツ氏らサマルカ人だが、彼等はシビアの語るこの倫理感を理解できなくはないと語る。なるほどそこは種の先祖が人工生命故かとも失礼ながら思うが、それでもその倫理観を賛同できるかと言えばそれはまた別の話だと語ってくれていたのが救いであった。

 この話は、これからも彼等を知るための重要な研究項目になるであろう。


 2:ゼスタール人の行っていた地球での、一連の行動について。

 この地球において、彼らの起こしたゼスタール絡みの事件で現在有名なところでは、ヤルバーン州調査局局長、ポルタラ・ヂィラ・ミァーカ局長を拉致して、ゼスタール人のカウサ(コア)が彼女に成りすましていた『ニセポル事件』に、米軍横田基地施設内で発生した『M4ドーラ暴走事件』。その後間もなく発生した米国デトロイトでの『ブンデス社機動戦車暴走事件』に、シビア・ルーラを捕縛するきっかけともなった『ヒトガタドーラ国連事務総長なりすまし事件』が最近では国際的な事件として有名になったが、この事件に関わることも、シビア・ルーラは明確に語ってくれた。

 勿論その行為の原点としては彼らなりの『探索、調査』であるのは言うまでもないが、やはり知的生命体の住む惑星内で行動するわけであるから、此度は彼女達も事を円滑に運び、行動するため、隠密性も含んでの行動であったということだ。

 まず、ニセポル事件で相当な戦闘行為の結果破壊処理を行った第一のヒトガタについて。

 これは結果からみても明確だが、その通り『潜入して、ヒトガタの活動拠点を確保し、他の仲間であるヒトガタコアを製造するのが目的だったという話だ。

 結果、スールと呼ばれる『人格存在』とでも言えばよいか、それらを収納、仮想生命体として稼働させることが出来るカウサ、即ちコアを大量に生産し、同化して、更に地球社会の色々なインフラを利用して、ヤルバーン州にある、ある物を奪取し、彼らの本国『ゼスタール合議体』へと持ち帰る事が目的だったのだという。

 そのある物とは、もうティ連でのガーグデーラ専門家ならだれでも予想を付けていた物。そう、ハイクァーン機器を持ち帰る事。ティ連の視点で見れば『奪取』することにあったのだという。


 そもそも、彼らゼスタールにはティ連各国で使用されている『高度』な『ハイクァーン造成機』のようなものがないのだという話。

 だがここで疑問に思うのは『高度』なハイクァーンがないというのであれば、機能の低いハイクァーンのようなものがあるのかと聞くと、『そうだ』という話だった。

 ただ、聞くところでは彼らのハイクァーン機器に相当する機材の性能はティ連のものと比べると極めて低いものだ。

 基本的に元素をマテリアルとしてのみ造成可能といったもので、具体的で複雑な『品物』レベルの造成は不可能なのだという話。

 だが日本人、いや、地球人の視点で見れば、だからといってゼスタール人がティ連各国の科学技術と比較して遅れているのかといえばそういうわけではなく、彼らには高度に発達した、機械的な『製造プラント』があり、その工場内でゼスタール人のマインドが宿るカウサ。即ちコアが製造されていた。これはシビアに映像資料を見せてもらう事で確認とをることが出来た。

 更に、以前ニーラ教授が指摘していたように、ティ連の『ゼル仮想造成システム』の、機能限定版のようなものも製造されていたそうだ。

 これらからもわかるように、ゼスタール人は、彼らの命のアバターとなるカウサ(コア)と、自在にその性能を操れる仮想造成システムを使用した『仮想生命』の肉体をまとって普段は生活している。

 だが、彼らの技術レベルで、『仮想生命システム』を維持し、安定させるためにはまだまだ研究が必要な段階であった。

 このあたりが、彼らゼスタール人の有機生命体に対する関心が極めて特殊なのだという現実なのであった。従って彼らにとっては、ティ連の優秀にすぎるハイクァーン機器を入手することは極めて希求な事態なのだともいえた。

 彼女等がなぜにハイクァーン機器の入手に執着しているのか? これもシビアらが語ったあの言葉に関係していた。


【 意思と現実を提供せよ。さすれば、永遠の存在を供与する】


 私は更に深くこの言葉の真意をシビアに問うてみた。すると彼女から出た言葉は、どういうわけかゼスタール人の近代史であった。

 彼女らが望むハイクァーン機器と、謎の言葉。それがどう彼女達の近代史と結びつくのか疑問に思う私だったが、彼女が積極的に語っている状況に水をさすのも如何なものかと思ったので、特に何か口を挟む事もなく彼女の話を聞いていると……何とその内容は、正に驚きと脅威に満ち満ちた、ゼスタール人の恐るべき物語であり、また、ゼスタール人の運命というか、『因果』をシビア・ルーラは語ってくれたのであった…………


    *    *


 ヤルバーン州の日本人ティ連防衛総省長官に与えられた執務室。ヴェルデオ知事の執務室に負けじ劣らずの立派な部屋である。

 柏木が日本人で地球人ということもあって、部屋の雰囲気は和洋折衷でイゼイラ風味。今の彼ならではの部屋であったが、彼自身は「ここまで立派にせんでも」とも思う。

 各国異星人のスタッフはいるにせよ、ほとほと『過ぎた部屋に過ぎた待遇。過ぎた部下と、こんなことに慣れていない方は、逆にこっちが恐縮してしまいますよと苦笑いな毎日。

 そこでタッピングの音をさせて、何か記録を書いている男は、その部屋の主、柏木真人連合防衛総省長官閣下であった。

 時たま顎をさすったり、机の横に置いてあるガムを口へ放り込んで噛みながら、何やら色々考えたり悩んだり、難しい顔してみたりしながら記録を書くその男性。

 この記録行為は、ティ連の特定役職についた人物の義務であるからして、彼は所謂防衛総省長官としてのお仕事をやっている真っ最中という話。


 ……すると、彼の執務室の扉をノックする音。キーボードをタッピングする手を止める。


「はい、どうぞ」


 入室してくるは、柏木の秘書の一人であるサムゼイラ人スタッフ。サムゼイラ人は、遠い昔、イゼイラ人の他惑星移民団が、別の星に定住し、別民族の名乗りを上げて独立した、『元イゼイラ人』の種族……というよりは、『民族』だ。

 そのイゼイラ語も相当本家に比較して訛っており、もう別の言語『サムゼイラ語』といってもいいほど変容している。


『ファーダ・カシワギ。ニホン国情報省の御方をお連れいたしました』

「ああ、ありがとう、すまないね。通してくれるかな」

『畏まりました』


 サムゼイラ人秘書に案内されて入室してくるは……


「お久しぶりです柏木長官」

『お久しぶりですっ!』


 月丘和輝三等諜報正と、プリル・リズ・シャー二等諜報士であった。

 月丘はペコリとお辞儀して、プリ子さんは、シュタっとディスカール式敬礼なんぞ。


「やあやあ、お疲れさん。まま、座って座って」


 応接室のソファーに二人を誘う柏木。ハイクァーンでイゼイラ茶を三人分用意する。


「あ、君、あのー、ほら、このあいだ畠中社長が陣中見舞いで持ってきてくれたお菓子、あれまだあったっけ?」

『ア、ハイ。もう一箱ありましたけド』

「あ、んじゃあれ出してくれる?」

『畏まりましタ』


 なんとも庶民感丸出し柏木長官閣下の対応にクスと笑ってしまうプリルと月丘。


「柏木長官、お忙しそうですね」

「うん、ここにきて急にね。白木から聞いてるだろ? 今日のこと」

「はい、一応全ての内容は把握しています。長官と、ナヨ閣下の記録も拝読させていただきました。プリちゃんも読んだだろ?」

『ア、はいモチロンですっ。私も技術士官ですからね、もう熟読ですよ、熟読。興味深いやら面白いやらで……まさかあのガーグデーラが、といったところですね』

「だよねぇ。でも俺のあの報告書はまだ第一部だからね。今第二部を執筆中だよ、いやもう大変です。これなら口頭でプレゼンやって関係者に説明させてもらったほうがよっぽど楽だ」

「はは、それは長官の元本職ですものね」


 とそんな話をしながら、お茶を口に含みつつ柏木が……


「っとまだ時間があるな……あ、そうだ。でさ、月丘君とプリ子ちゃん、今一緒に住んでるんだって?」


 時間つぶしにそんな話題をぶち込む柏木大臣。


「あ、はは、ええ、まあ……」

『エヘヘへ……』


 頭かく月丘に、テレテレのプリル。


「ははは、なんか巷では、ようやくですかとか言ってるみたいだけど?」

「いや、長官とフェルフェリア大臣のお話も知っていますけど、長官の方が早すぎるんですよ。私達なんて普通でしょう。多川将補だってシエ将補との馴れ初め聞いたら。私達と時間的にはたいして変わらないじゃないですか」

「いやでもさ、君がディスカールで入院してた頃からの経緯聞くとさぁ……ねぇ……あ、俺とフェルの経緯は参考にならないからな。アレに関してはフェルが突撃してきたんだぞ」

『エ~、でもファーダ・フェルフェリアは長官に押し倒されたとかって言ってましたよ~』

「え? 何! あ、またフェルは俺のいないところで事実を歪曲するような……」


 と、そんなバカ話で時間を潰していると、


『ファーダ・カシワギ。ファーダ・ナヨが、例の方をお連れしていらっしゃいました』

「お、ん。そうだね。流石ナヨ閣下だ、時間ぴったりだな」

「では長官。白木班長が仰っていた、あのお話の……」

「うん、ま、そういうことだから、宜しくお願いできるかな」


 そう柏木が言うと、月丘とプリルは互いに顔見合わせ、頷いて、


「畏まりました。ま、とりあえず会ってみてからですね……いや緊張します」

『私もですっ。あの時銃撃戦までやった相手ですし……』


 ま、そのあたりは向こうも特に気にしていないと二人に話す柏木。心配しなくていいと。

 で、二人に対面させる人物はもちろんこの人物……シビア・ルーラ代表対話ドローン。即ち『大使』であった。


「えっ!? この方が……」

『ほえ? まさかこんなオンナノコだったなんて……』


 二人が驚くのも無理はない。実際柏木達も驚いた。こんなカワイイ系の褐色白髪少女だなどとは誰も思うまい。特にプリルの関心はその耳だ。ディスカール人のような笹穂耳ではないが、尖っている。

 思わずプリルは頭部をシビアの高さに合わせて子供に接するような物腰になるが、柏木が首を横にプルと降る。

 そのジェスチャーで、プリルは彼女の代表人格であるシビアが柏木の記録で読んだ八〇〇歳であることを思い出した。

 ここで普通なら「どもども」と名刺の交換でもして握手といきたいところであるが、シビアは至って機械的。月丘とプリルの表情を瞳孔で追って、ジっと待機している。


「あ、とにかく自己紹介ですね……はじめまして、ではないですが。国連本部では色々ありましたけど、私は日本国情報省の月丘和輝と申します」

 

 と普通に接する月丘。プリルも月丘のように、


『ワタクシは、ディスカール星間共和国出身のプリル・リズ・シャーですっ! よろしくですっ!』


 ちょっとやっぱり緊張気味のプリ子。

 シビアは二人と握手なんぞ。だがやはりその不自然な握手に、もともとシェイクハンドの文化がない種族なのだろうと感じ取る二人。で、プリルの手を握りながら、


『我々はシビア・ルーラ・カルバレータである。認識せよ』


 こんな物言いなのは白木から聞いていたので、気分を害するどころか二人とも興味津々である。特にプリルが。


「(う~む、シエさんたちダストール人もあんな物言いですが、シビアさん達はそれ以上ですね)」


 小声で柏木にヒソヒソ話をすると、


「ははは、月丘君。そんな小声で話しても意味ないよ。彼女は同時にいろんな種類の会話を聴き分けられるんだ。声の音量関係なしにね」

「え……??」


 もちろん今の会話もシビアには丸聞こえである。ナヨもそうだが、この仮想生命体の地獄耳を舐めてはいけない。


    *    *


 と、そういうわけでとりあえず互いの自己紹介も終わったところで、柏木は本題に入る。連れてきたナヨも当面はシビアの身元保証人として付き添うことになっているので、同席して話を聞いてもらう。


「さて、月丘君、プリ子ちゃん。彼女は報告書にも書いてあったとおり、ゼスタールの代表ドローン、まあ所謂『大使』に認定されてるわけなんだけど、いかんせんゼスタールとは国交がない。従って地球やティ連的な感覚で言えば、彼女を正式な大使として認定もできないというわけなので……まあなんというかですな、機密を守れて、中立的な場所で、彼女の能力に十分対応できるような場所で、とりあえず『協力者』として、お互いの利益があるような形で、共にいてもらうにはどこが良いかと検討した結果だな……」


 と、その続きを言おうとした柏木の話を遮って月丘が、


「総諜対で預ってくれと?」

「そういうことだ月丘君。白木に話はもう通している。彼も乗り気だったがな」

「なるほどそういうことですか。確かに総諜対は安保調査委員会の直轄だし、各省庁に顔が利く。おまけに機密事案を扱うにはここ以上のところはないのは確かですが……で、地球の諸外国勢にはこの話を?」


 そりゃこんな情報、地球世界各国に話せるわけもないわけで、


「シビアさんのドーラコアの存在はもう既に公開しているから問題ないが、このシビア・ルーラさん自身の存在はまだだよ。米国でもドノバン議員関係だけだな。ゼスタールの存在自体もね。ま、おいおいは世界に公開せにゃならん事なんだろうけど……」


 ということだ。まだ日本とヤルバーン―ティ連以外は彼らのことは『ガーグデーラ』として扱われている。


「となれば……これからはアッチの方面でも大騒動になるだろうなぁ……」


 柏木は腕を組んで「どうしたものか」と考え込む。するとそれまで黙って聞いていたシビアの傍らにいるナヨが口を開く。


「カシワギ。シビアの事をまだこの世界の地域国家各国に説明せぬのであれば、シビアが呼び寄せたアレの説明もどう誤魔化すか、そこも考えたほうがよいのではないかえ?」

「ですねぇ、ナヨさん……」


 その口ぶりを聞いて「?」と思う月丘にプリル。一体何の話だと尋ねるのは自然な流れだが、その内容を聞いてぶったまげる二人。


「え゛!! あ、いや、本気で言ってるんですか? 柏木長官!」

『そそそそ、そーーです! それはいくらなんでも』

「白木にも話通してるしさ~、頼むよ~……」

「いやでも……」

「情報省で諜報員ってのがね、もういい感じなんだよ。ね。ってか命令」

「はあ~……命令っていうなら従うしかないじゃないですかぁ……あまりこういうこと言いたくないんですけど、私ゼスタ……あ、いや、ドーラにえらい目に会わされてるんですよぉ、一度死にかけてますし。それに命令はいいですけど、いくら防衛総省でも、ちゃんと日本通してます?」


そこのところは白木に通しているぐらいなので問題ないのではあろう。


「でさ、だからこそだよ月丘君。実際のとこ、まんざらでもないんじゃないのかい?」

「いやまあ、確かに全く興味が無いのかといえば……でもプリちゃんが一緒というのは……」

『ダメですよっ! カズキサンが行くなら私も行きますからねっ! 誰が技術サポートするんですかっ!?』


 すると黙して聞いていたシビアが、シビアなりにこの会話を聞いていてシビレを切らしたか、それとも合議体の諸氏が多数決で『ちょっと一言いってやれ』と決議したか、


『ツキオカ生体、プリ子生体』

『プリ子じゃなくてプリルですっ!』


 訂正するプリルだが、プリルの訂正は『認可:2・却下5』の多数決で却下されたようである。


「あ、え? あ、はい。何でしょうシビア大使」

『我々はスール以外の原種生体を、我々の支配圏に招き入れるのは初めてである。故にこれはお前たちのプロトコルを信用しているということである。従って我々が予想するツキオカ生体、プリ子生体の情緒的不安定要因は、我々ゼスタールがその懸念を払拭することを保証するので、お前たちの不安要因はあたらないということを認識せよ』


 つまり、どういうことか?

 『スール以外の原種生体を、支配圏に招き入れる』という事。そう、つまり……


    *    *


 米国のとある場所。

 現在の米国が誇るサマルカ技術を主に研究、実践する精鋭組織。アメリカ戦略軍下にある最先端部隊。アメリカ戦略軍宇宙戦術コマンド。略してUSSTCの本部基地。

 この本部基地がある場所は、現在最高機密であるので、そこがどこかはわからない。

 さて、この組織も、かのフェルパパさんが生きていて、有名な事件となった『ヂラール攻防戦事件』以降、あの事件が実績となってその後組織を大きくし、今や米軍海兵隊と肩を並べる組織となっていた。

 まあ言ってみれば米国版の特危自衛隊なのがUSSTCなわけであるが、そこは現行日本とヤルバーン州を除いた、地球で最も進んだ宇宙関連技術を持つ国家である。組織自体は特危よりもUSSTCの方が実際大きかったりする。ちなみに特危の場合は、ヤルバーン州軍との合同でその組織規模を維持しているわけである。

で、そのUSSTCは今、宇宙空間からもたらされた驚異的なデータの解析に大わらわで、それは同時に情報を入手していたUSSTC協力組織のご存知『NASA』も今、同じ情報を入手して大騒ぎとなっていた。


「おい! なんなんだこのデータは! ティ連の観光船が束になってやってきたのか!」

「ヤルバーン州に問い合わせたが、そんな予定はないって言っているぞ! あいつらこれが何なのか知ってるのか!?」

「ロシア宇宙軍も探知したらしい。問い合わせが来ているぞ!」

「NATOからもだ!」

「人民解放軍からも問い合わせだ! クソっ、どうなってるんだ!? もう一度ヤルバーン州に問い合わせてみろ!」


 この時代、地球各国のレーダー警戒網も、衛星軌道から地球地上のみというわけにもいかなくなっているのは当然至極なわけで、現在各国は、自国や同盟関係国同士協力して、その持てる科学力をつぎ込み、宇宙空間にも相当な監視警戒網を張り巡らせていた。当然これらは、イコールでティ連を基調とした宇宙技術の監視に取得も含んでの話で、各国宇宙機関とも連携での話である。

 とそんな感じでテンヤワンヤになっている地球諸国なわけであるが、勿論ヤルバーン州軍は、この『束になった宇宙船』反応の正体は知っている。勿論近々には、この反応が何かを公表しなければならないのはそうなのだが、今はまだ黙っている方がいい。

 ということでこの世界中が大騒ぎしている今の状況。彼らも、その監視警戒網で捉える事に成功するのは……

地球世界各国がヤルバーン―日本を通じてティ連本部から供与されているティ連所属の宇宙船が送信する認識コードを発することなく地球へ接近してくる、おおよそ一〇〇隻前後で、全長二キロメートルクラスの航宙機動母艦クラス艦艇が群れなした宇宙艦隊であった!


 この艦隊、なぜにこのタイミングで地球圏に姿を現したか。

 シビアやその仲間達二人が、この地球へ、彼らの言い分である『潜入調査』してきたということは、当然通信にて地球の座標も彼らの本部本国へ知れ渡るということでもあるし、シビア達の回収や、地球に存在するヤルバーンへの『調査』という目的でのハイクァーンモジュール回収の援軍部隊もやってくるわけであって。早い話、シビアが近隣で待機していたゼスタールの艦隊を、地球に呼び寄せたという次第なのであったりする。

 その理由はもちろん先の会談を経て、とりあえずは互いを認識でき、戦闘状態を停止できたということも含めて、ゼスタールはゼスタールなりの意思表示も含めて、『使節団』という形で姿を見せ、地球圏まで艦隊を持ってきたという事であった。

 だが、その中には少なからずシビアの言う『三割』のティ連との関係修復否定派。即ち交戦派も含まれているわけで、この一〇〇隻近い艦隊も実は一枚岩でないところがつらいところ。そこは柏木長官以下ティ連に日本政府関係者もまだ警戒を怠っておらず、そのあたりの事情もあるために、シビアやゼスタールの本当の姿を世間に公開公表できないでいたわけである。


 さて、地球圏に接近してきたゼスタール機動母艦艦隊。

 今でこそ『ゼスタール』という正式名称で呼称できるから良いようなものも、これもかつての『ガーグデーラ母艦』であるわけで、それを知る者達にとっては、やはりまだまだ警戒し、畏怖する対象ではあった。特に特危にいるシエやリアッサ、州軍のシャルリなどはシビアという合議体との対話が持てたとはいっても、そこは軍人である。警戒もするわけである。

 そのゼスタール艦隊は、地球の衛星『月』近海宙域に到達すると、一斉に機動兵器を繰り出してきた。

 それはかつて『対艦ドーラ』と呼ばれたものである。今は『大型自動カルバレータ』とシビアは言っているが、それでも『対艦ドーラ』の名はまだまだ現役であり、現在も使用されている。

 その様子は、月軌道上に展開させているヤルバーン州軍偵察早期警戒ヴァズラー、所謂アウルドタイプが監視していた。

 その機体は対探知偽装かけてゼスタールの一〇〇隻近い機動母艦の艦隊を追う。すると……

 ガーグデーラ母艦は、対艦ドーラ以外にも一際目立つ新型機動兵器を射出してきた。

 それは、柏木が当時のマリヘイル連合議長から防衛総省長官就任を打診された時に本部の研究施設で見た、鹵獲された巨大人形タイプのドーラ型機動兵器であった。

 頭部と動体が一体化したようなフェイスで後頭部が長く、どことなく有機的でもあるロボットデザイン。所謂巨大な異形型のエイリアンにも見えるその新型機動兵器が母艦より飛び立ち、対艦ドーラを伴って小隊を組むように月へと向かって降下していく。


 月に到着したソレらは、適当な大きさの小さなクレーターを選定し、そこへ一隻の母艦を呼び寄せる……すると着陸した母艦は、艦内から『小型自動カルバレータ』即ち『対人ドーラ』を大量に吐き出し、クレーターを基地化していく。

 その様相を観察する、月に偵察衛星を飛ばしている地球世界各国も、先のガーグデーラとかいうティ連敵性体の侵略かとヤルバーンに問い合わせ殺到という次第になるが、流石にここまでくるとヤルバーンも情報公開しないわけにはいかず、ヴェルデオ知事は、


『ガーグデーラと対話が可能になり、その交渉団が地球にやってきた』


 と説明する他なかったわけで、ではなぜにそやつらはティエルクマスカ連合領域に行かず、こんな銀河の果てくれで辺境の太陽系第三惑星地球なんぞにやってきたのかという話になるが、その答えは単純明快。『シビア』がいるからである。彼女が呼び寄せたわけであるからして、そんな感じ。

 地球各国は、その『シビアがいるから』という点が一番知りたいのであるが、非公開なので『なんであの連中が地球に来るの?』という当然至極な理由を徹底的に日本政府やヤルバーンに問いただしてくるわけで、そこがわからないと地球各国からみれば、ゼスタールは映画のネタみたいな侵略異星人でしかないわけである。なので、シビアの情報も近々に公開せざるをえないだろうとは思ってはいる。


 しかし何とも……このゼスタールのやることなすこと地球人やティ連人の常識範疇外のことをやるのであるからして、そこにツッコミいれても仕方ないというのが実際の所。

 普通なら、何か外交事があれば、本国と相談して、外交団組んで、相応の経験者を役職につけて、スケジュール組んで、歓迎セレモニーなんぞやってとなるのだが、ゼスタールの連中は、超絶効率最優先。決めたら即実行。相手の都合などお構いなし、あるものは使う。ダメじゃなければすべてヨシと、こういう感覚でやってくるものだから、喩えば月のクレーターを勝手に基地化するにしても、そこに何もないからやってるのであって、地球の事情などお構いなしなのである。

 

    *    *


『なるほどです……ケラー・シビアという方の「存在」の考え方って、「個」が希薄なんですね』


 プリルが腕組んでそう話す……


 今、シビアは、情報省総諜対本部に招待されていた。ま、シビアは今後総諜対預かりなのでそういうところ。月丘とプリ子がシビアを囲んで談義中。

 で、プリ子の悩むは、現在ゼスタールの艦隊が無許可……って別に誰のものでもないから許可なんていらないのだろうが、一言断りもなく、月に居座ってしまったということ。

 で、その交渉の元締めが総諜対にいるとう話。これが困ったことにそうならざるをえないのが、プリルの言うとおり、シビア……つまりゼスタールが『個であって全体。全体であって個』という存在なので、彼女に話を通せば、ゼスタール全てに話が通り、他のゼスタールが決めたことは、即座に合議処理されて結果が出てくるので、この状況の重要な局面が、シビアという存在が中心であるお陰で、結果、全てこの総諜対に集結してしまっているという点が難儀なのである。いかんせん機密事項なので、まだ公に出すことは出来ないからこうなってしまう。


「もうちょっと、なんつーか……シビア閣下のような方が、もう二~三人でもいれば、やりやすいのですがねぇ」


 総諜対班長の白木がそう漏らす。


『回答。それは効果的ではない。現行のゼスタール認識において、シラキ生体以下、端末生体ともどもお前たちが最も我々を認識・理解できる立場にある。従って我々はこのソウチョウタイという組織を中心に行動することを要求する』

「はい、わかっていますよそこは……お宅らのカウサですか? それ二つも葬ったのは私達ですからね。でもあの状況では貴方方の方が私達の倫理規範に……」


 白木が話している途中で言葉を遮り、


『我々はその過程を現状容認する方向で認識している。その件は我々の現状関係において障害にはならないと認識せよ』


 すると、横で聞くメイラ・バウルーサ・ヴェマは、


「でも、シビア大使。あなた方も我々の同胞を殺害し……」

『我々は生命体4201のスールを抹消してはいない。我々は……』

『あー、そうでした。申し訳ありません! スミマセン!』


 その『殺害』という言葉に過敏に反応するシビア。ああそうだったと認識の違いを思い出すメイラ。

 やはり彼女もこうまで認識の違う種が相手だとやりにくい。

 白木もメイラの肩叩いて、まぁまぁと落ち着かせると、今後の事へ話を移す。


「でな、まあこういう感じで、ガーグデーラって言われていたゼスタール人さんと、何の因果か、本来なら蚊帳の外であるはずの地球で話し合いがもてたわけで、おいおい米国やヨーロッパ。まぁ……ロシアもだな。中国はどうなるかわからんが、他、国連のような場所で、ガーグデーラとの現在の状況を協議せにゃならんのも遠からず来るワケだが……」


 白木が話すには、そのあたりの政治的な諸々は、日本側では春日に二藤部、鈴木、フェル等々の関係政治家が一手に引き受けてくれるという事だが、いかんせんそれでもゼスタールに関連する資料があまりにも少ない……てか、「ない」ので、ゼスタールの環境が体験できる場所へ連れて行けと、『突撃バカ柏木長官』がシビアにのたもうたわけで、そこで派遣するスタッフとして白羽の矢が立ったのが、情報省総諜対のエース、月丘和輝であったという次第。

 だが、若干その決定に異議があった月丘はその決定を食らった時……


「いや、そこは突撃某の字をもつ長官の出番でしょー」

「勘弁してくれよ月丘君。俺も見た目まだ四二だけど、本当ならもう五〇近いんだぞ。歳だよ歳。それに防衛総省長官が初っ端からそんなところいくのも問題アリアリだろうさぁ」


 となんともティ連防衛のトップと、一介の三等諜報正との会話とも思えない会話をしたとかしないとか。

 で、結局月丘がゼスタールの艦隊へ赴いて、彼らの諸々を調査してくるという作戦で決定したわけで、次の月丘の任務がそれということであったりする。無論白木との話はついている。


「……で、そのゼスタール艦隊へ赴くのは、私とプリちゃんだけって訳ではないですよね?」

「おう、勿論だ。此度は行きたそうな顔をジト目目線で毎日浴びせ、俺を夢で唸らせたメイラ少佐に、外交専門家として、瀬戸のトモちゃんを総諜対から派遣する」

「そうですか」


 仲間は一人でも多い方がいい。納得の月丘にプリ子。


「で、ヤルバーン州から、シビア大使の身元保証人みたいになってるナヨ閣下が直々に出張ってくれる」


 フムフムと聞く二人。


「で……此度は外務省からの要望でな……ドイツ人を数人連れて行ってもらう」

「え? なんですって?」


 どういうことだと訝しがる月丘。よりによってドイツ人とはと。何者なのだろう。


「あれだ、ブンデス社の副社長さんのご遺……いや、ご家族だといえばわかるだろ」

「えっ!!」


 そう、白木の古巣、外務省国際情報統括官組織からのアイディアで、白木の元部下になる役人が、『ブンデス社の遺族を連れて行って、その「スール」なる存在がどういうものか確認してほしい』と要望してきたというわけであるらしい。場合によっては、現状の報告をせっついてきている国連への対応材料にしたいという話だ。


「なるほど……」

「ああ、だが確かにいいアイディアだと思ってな。柏木にも話してティ連にもOK出してもらったよ」


 すると月丘はしばし考えたあと、柏木レポートの内容を思い出してシビアへ、


「え!? シビア大使。では、今の話、その貴方が殺害、じゃなかった、保護したというブンデス副社長のスールというものは、月にいるお宅の艦隊へいけば、ご家族と再会させられるというわけですか!?」

『肯定。問題はない。但し、専用のカウサを製造する必要があるため、多少時間を擁する』


 なんとまぁと、そんな風に思う月丘。そういう事なのでこの件、そのドイツ人一家には完全な秘守義務を課しているという話。日本政府とヤル州が近々に公表するまで口外は絶対しないようにと。


「でだ、俺のヨメの推薦で、クロードもその家族の付き添いってことで、同行してもらうことになってる。麗子も行くそうだ」

「はあ!? クロードと麗子専務が来るんですか! なんだかなぁ……」

「いや、でも実際情報省としてもIHDガードがあって助かってるんだよ。なので俺もヨメに頭上がんなくてさぁ……」


 公私混同だろと白木に言う月丘。だが、護衛依頼という正式な要請である。勿論、恐らく麗子はクロードにゼスタールの諸々調査を命じているのは間違いない。それで今後のお仕事ゴニョゴニョ。


「だけど……こんな感じになって、あの頃を思い出すぜ」


 と語る白木、それは一〇年前のヤルバーン飛来事件である。だが今回は日本だけ……というわけではなく、世界に地球を巻き込む騒動に発展しているわけなので、あの時とはワケが違う。おまけになにもかもが違うゼスタールだ……シビアの存在と、ナヨの存在が辛うじて現在の落ち着いた状況を作っているのであって、もしナヨがいなかたらと思うと……ゾっとするところもある。


 ……さて、そんな感じで月丘達は此度、諜報員ではあるが、調査団の一員として月に来訪した……というか居座ったゼスタールの艦隊へ訪問することになったわけであるが、それでも月丘達は情報省の諜報員としての仕事で行くわけなので、此度の調査団団長は、ティ連外務部長である瀬戸智子が務める事となっている。

 かつてヤルバーンがやってきた頃は、ティ連の一極集中外交方針の関係で、日本のみの対応であったが、此度は地球規模の安全保障問題である。流石に連合日本一国の問題ということで片付けられない。

 ということで、国連からの要請もあって、さらにその調査団には、現状最もゼスタールの影響を受けている当事国として、米国からドノバン上院議員の推薦で、『ダリル・コナー 米国・サマルカ交流委員会委員長』がやってくるという話。そう、かの時のISSキャプテンである。彼も因果の流れで、なんだかんだとお偉いさんになっているという次第。事が事である状況だが、楽しみにしているという事。


 柏木の報告書には、シビアと対話した際の、彼女が語った全てが記されているわけで、当然調査団の関係者は内々にその情報を全て知っている。だがその内容がティ連人もビックリな驚くべき内容も含んでいた。

 いわずもがな、その最たるものが、『スール』というゼスタールの生命概念。これである。

 今の日本人は、ナヨといった、言ってみれば『システム知的生命体』とでもいうべき存在が、なーんとなくもう『いる』という状況でそれを容認してしまっている形になっている。

 その存在が、なんだかんだで『異星人』という枠で片付いているからあまり違和感もなく状況を受け入れているわけだが、ゼスタールの語った『スール』というものの存在と、現状そのスールというモノになって地球人が幾人かでも存在している状況。これは地球の『宗教観』にも直結してしまう問題だという認識を持たねばならないのだが、これまた幸か不幸かその問題を処理する中心の機関が『日本』であるからして……


「いや、なんせ世界一宗教観のない国民だからな、日本人は。だから今回の問題処理に対する結果の大きさをもっと認識してほしいんだけど、はぁ、イマイチそこがな……」


 と白木は皆に語る。

 今回麗子の発案でクロード・イザリというフランス人を調査団に加えようというのも、そういったキリスト教文化圏国民の反応も観察したいからというのもあるらしい。

 とうことで、規模は小さいが、シビアのコア鹵獲をきっかけにした未知の作戦が始まろうとしていたのであった……


    *   *


 ということで、ゼスタール艦隊訪問の日まで数日準備期間があるのでそれまでの話。

 その暫しの準備期間の間、シビア・ルーラ大使は、ナヨ閣下のヤルバーン内にある公邸で過ごしていたという話……

 何をしていたかというと、特に何もしていなかったらしい。

 何もしていない時は、本当に何もしていないそうで、用意された椅子に座って、ただジっとしていただけという事。瞳孔をキョロキョロ動かしながら、なんにもしないという話。

 一度、旦那様の『新見貴一次官』が様子を見にナヨ邸へ来たそうなのだが、まあ所謂仕事上の会話をした程度で、プライベートの話をしようとしても、そういう概念がないのか、反応は薄かったという話。

 ただ興味深かったのは、なんと彼女は『食事』ができるのである。

 シビアがいうには『食事』は仮想生命としてもした方がいいという事なのだそうな。

 とはいえ、栄養を取るとかそういう話ではなく、基本口に入れば何でもいいわけで、その物質を原子分解してコアの活動維持。つまり燃料にしているという話。なので量もいらないのだそう。

 従ってナヨ邸で過ごしていた間は、簡単な食事はしていたという話。


 ということで、そこでこれまたフェルが姫ちゃん連れてナヨ邸に遊びに来たそうで、そこでも興味深かったのは、フェルがその話を聞いて、考えなしに『フェルサン・ハイパーデリシャスカレー』という新型を作って事もあろうにシビアに食べさせたという……

 シビアの反応は……『うまい』とも『まずい』とも言わず、黙々と食べていたそうだが、なんと! おかわりを要求したらしい。これはどう理解すれば良いのか、今度フェルはティ連のカレー学会に論文を提出すると張り切っているそうである……


 で、なぜかシビアはその時、姫ちゃんに異常に興味を示したらしく、姫迦を執拗に観察していたそうである。

 しかもヤルバーン内で勝手に遊びに出て、ほっつきあるいて迷子になる姫を見つけ出しては、襟元を猫の親のように摘んで、姫迦をフェルの元へ連れ帰ってくれたそうで、なんとなく姫迦とシビアは仲が良かったそうな……


 と、そんなこんなで、月に居座ったゼスタール艦隊へ訪問する当日。

 諸氏ヤルバーン州タワーの最先端部である、ヤルバーン州星間国際宇宙港に集まる。

 今この施設も、一〇年前とは違って、相当な規模に拡張され、現在日本とヤル州以外で唯一短距離ではあるが恒星間航行に耐える航宙船舶を持つ米国の、主に火星施政権行き宇宙船も停泊する港になっており、外国人観光客の出入りも案外多い施設となっていた。

 というのも、当の米国が、自国の火星施政権である一部を観光地化しており、実のところ案外宇宙へ行く日本人以外の外国人も少なくないわけで、太陽系内という点でいえば、今や地球社会も大宇宙時代に入ってはいるのであった。ただ、日本が特段飛び抜けすぎているだけという話である。


 と、そんな話はともかく、基本ゼスタール艦隊への訪問は極秘情報であるため、まだマスコミにも流れていない。なので世はとりあえず一様に平穏ではある。なので、この港でも月丘達ゼスタール調査団も、さりげなく一般観光客やビジネスマンに混ざるような、そんな感じで何か大きなセレモニーあっての出立ではない。誰か有名な政治家が見送りに来ているという事もない。

 フェルと柏木は見送りに来たかったそうなのだが、いかんせんあの二人は超有名人なので、下手に顔出したりしたらマスコミのいい餌食になるということで、控えたそうな。

 で、諸氏集まるは星間国際宇宙港のプライベートルーム。


「みなさん、お疲れ様です。私が今回の調査団で、リーダーを勤めさせていただきます『瀬戸智子』と申します。宜しくお願い致します」


 ペコリと一礼するトモちゃんこと瀬戸智子。かのフェルさん超絶推薦のとんかつ屋『瀬戸かつ』大将の一人娘であり、ティ連外務部長様でもある偉いさんなのである。彼女もご存知のとおり、総諜対の出向登録メンバーだ。

 で、副団長を務めるは、


『みなさん、宜しくお願イします。ムフフフフ』


 と頭を垂れ、初の現場仕事で張り切りまくりのメイラ・バウルーサ・ヴェマ少佐。ティ連防衛総省情報部からの出向登録メンバーである……昨日は参考までに『007は二度死ぬ』と『ムーンレイカー』を鑑賞して脳内訓練をしてきたらしい。


『メイラも張り切りすぎてズッコケぬようにな』


 と優しい顔でほどほどにとメイラに話すは、我らがナヨさんこと、ナヨ・ヘイル・カセリア議会進行長。所謂ナヨクァラグヤ・ヘイル・サーミッサ閣下。


『メイラ生体は何か誤解をしている。我々合議体は、各生命体組織とこれまでの活動状況の状況整理と相互の安定的な生産的活動を確保するために……』


 と小難しい話をするシビア・ルーラ代表ドローン。

 

「おいカズキ、俺もSISやら、聖戦同盟やら、中国軍やらとまあ色々常識はずれな連中とやりあってきたけどよ……ま、護衛任務とは言えこんなSF映画のロケに出演するなんてよ……どうなってんだよ」

「はは、それを言うなら私だってそうですよ、クロード。でも、面白いだろ?」

「まーな、嫁も土産買ってこいとかいってたけど、なんかあんのか? あのガルグディーラのとこに……って。あ、マドモアゼル・プリルともいい感じって話じゃないかカズキ」

「まあやっとってところですけどね」


 とダベってるのは月丘和輝と、クロード・イザリ。


『ケラー・クロードも今回はケラー・レイコのオススメで来られてるんですから、きちょーな体験なんですよっ! 本当は』

「ウィウィ、わかってるよマドモアゼル……っと、そういや、ウチの親分は?」

『エ? ケラー・レイコは……あ、あそこですね』


 と、クロードとも最近はすっかり仲良くなったプリル・リズ・シャー。


「奥様、そして皆さん。これから行く所、起こる事、まだ国連加盟各国にも詳細は報告されていないような事象ですので、地球にお帰りになられた際にも、暫くの間、監視など窮屈な思いをさせてしまうことになるかもしれませんが、何分よろしくお願い申し上げます」


 とドイツ人ブンデス副社長家族に状況を説明してくれているのは、情報省安全保障調査委員会・企業連合理事の白木麗子専務。もうご存知IHDガードの親会社、イツツジ・ハスマイヤー保険株式会社社長でもある。

 彼女は、ブンデス社副社長一家という、麗子の会社とも取引のある関係者も同行させると聞いたので、いかんせん月面くんだりの知らない場所に連れて行かれるというその一家の安心担保として、副社長一家の顔見知りもいたほうがいいだろうという関係もあっての話で、白木の依頼という形で、麗子にはドイツ人一家に同行してもらっている……という名目の、単なる興味本位だったりなかったり。麗子はなんと五ヶ国語を操るので、ドイツ語もペラペラである。英語・ドイツ語・フランス語・ロシア語・日本語だそうである。


 で、最後は……


「ミスター・ツキオカ。初めまして。ミスター・カシワギからお話は伺っております。私がダリル・コナーです」

「あ、これはどうも! 初めまして、月丘と申します。此度は米国政府からの派遣という事で?」

「ええ、ドノバン議員から頼まれましてね。なんでもそのガルグディーラ……ゼスタールという正式呼称と聞いていますが、その存在の情報を国連常任理事国へ報告しなければなりませんのでね。ま、米国というよりは国連常任理事国といったほうがいいですか……」

「なるほど、そこはある意味メンドクサイ所ではありますね」

「イエス。正直言うと色々我が国で揉め事もあったみたいですがね、私はあの時の興奮をもう一度、というのが正直なところです。はは」


 とダリル。彼もやはりあの一〇年前の興奮が未だ冷めやらずといったところもあったそうで、彼なら冷静な視点でこの状況を報告できる調査をしてくれるだろうと、ドノバンもそう踏んだようだ。

 で、ドノバンの依頼を受けてダリルに同行してきているのは、此度実のところ、ティ連で最もゼスタールに近い種族性をもつ方、サマルカ人のセルカッツ・1070であった。


「セルカッツさんも、先日はどうもお世話になりました」

『イエイエ、お久しぶりです。ケラー・ツキオカ』


 ペコリと可愛く礼するかっちー。最近はすっかりニューヨーカーと化しているという話で、まだキグルミシステムの世話にはなっているものの、タイムズスクェアにもしょっちゅう行っているという話。

 此度セルカッツは重要な役どころで、ゼスタールの調査結果を、サマルカ人の視点で分析して、ヤル州で控えるニーラ教授に随時伝えるという任務を負っている。元々が人工生命だったと思われる彼女視点での分析が、重要なデータになるかもしれないわけだ。



 ……ということで、メンツも揃って準備もでき、連合日本国。及びヤルバーン州主導の『ゼスタール調査団』と銘打たれた彼らは、謎多き組織『ゼスタール合議体』の真相を探るために、彼らの懐へ飛び込むのであった。

 彼らの語る不可解な言葉の数々は一体何を意味するのか?

 月丘達は柏木の記した驚愕の報告書の内容は既に知ってはいる。だがそれも今はシビアの口が語ったものであって、事実証拠は未だ無い状況である。

 従って、ナヨがシビアを拘束したこの状況を最大限有効に利用し、彼らの本質を探ることは、今後のティ連や地球社会にとっても、安全保障の面で非常に意義のあることでもあるのだ。


 だが……彼らゼスタール人も、日本人やティ連人と共通する、あの何年か前の、因果との繋がりを持つことを、まだ知らないのであった……







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