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銀河連合日本 The Next Era  作者: 柗本保羽
本編
11/89

【第一章・GUJドクトリン】 第一〇話 『一〇〇年の邂逅』


 ティエルクマスカ連合において、『ガーグデーラ』と呼ばれる存在と初めて会敵したのは、今から地球時間で約百数十年ほど昔の話に遡る。

 百数十年というと、日本で言えば幕末から明治の頃といったところか。

 イゼイラを例にみても、この国の文化歴史は数十万年にも及ぶので、百数十年などという時間は『現代史』のレベルに属する時間だ。更に言えば、イゼイラ人の平均寿命が二〇〇年前後であることを考えても、世代的には二世代いかない話である。

 彼らガーグデーラと初めて遭遇したのは、そのぐらい前の話だという。そんなに昔の話ではないというのがティ連人の感覚だ。

 この『ガーグデーラ』という言葉も、イゼイラの『神話』的なおとぎ話『ノクタル創世記』に登場する魔物から取られたコードネームだそうだ。『ドーラ』というのは、混沌の使徒『ガーグ』の生み出した怪物『ガーグデーラ』が吐き出す使い魔のようなものから、これまたとられている。


 ティ連防衛総省のガーグデーラに関する記録によると、当初ガーグデーラは神出鬼没で、艦隊規模で突如出現しては、ティ連艦隊や船団の存在を確認すると、じっとそれらの何かを観察するような行動をとった後、宇宙の闇の中に消えていくという、そういった行動をとっていたそうである。

 その消える先である今で言うところの『次元溝』なる言葉ができたのも丁度その頃で、ティ連科学者の間では次元空間の何処かの階層からやってくる未知の存在なのではないかと言われていた頃もあったのではある。 

 実際ある時まで連中の、その出現方法すら謎だったわけで、『次元溝』という名称も体裁上そう呼称しているだけの話で、本当のところは一体何なのか、それまで良くわかっていなかったのだ。

 そしてしばらくしたある時を境に、突如連中はティ連の船舶を民間軍用問わず見境なく襲ってくるようになった。

 当初は船舶を襲撃する理由がティ連側にも理解できず、敵対する意思のないメッセージを頻繁に送ったそうなのだが連中は意に介さず、情け容赦無く襲ってきたという事なのだが、幾度となく連中と小競り合いをしている内に、どうも彼らが『ハイクァーン機器』が目的でティ連船舶を襲撃しているのではないかという事がわかってきて、ティ連はガーグデーラの存在を、未知の主権組織からやってくる『海賊・テロリスト』と仮定して対応することになり、現在へ至っている。

 とにもかくにもこの連中への対応でティ連が苦慮してきたのが、『次元溝潜伏技術』というやつである。

 

 だが、その次元溝とは何なのかがわかるきっかけとなった事件が、柏木達が『カグヤの帰還』作戦で、ガーグデーラと戦う羽目になった『セルゼント州の戦い』であった。

 ヘストル将軍が、地球の第二次世界大戦物映画作品を見て思いついたという対ガーグデーラ戦法『高次元ソナー』『ディルフィルド魚雷トーピドー』という技術を活用した作戦での大勝利によって、ガーグデーラの行動範囲が予測できるようになった。更にそれまで彼らの絶対的領域であった『次元溝』への攻撃も可能になり、その空間の研究も進むようになった。


 百数十年間、かのティ連ですら謎であったガーグデーラと呼んでいた存在、『ゼスタール』。

 普通ティ連ほどの科学力があれば、いくらゼスタールが相手といえど、これぐらいまでの期間、謎の敵として存在するはずがないと思うのが地球人の感覚だが、それは彼らイゼイラ人に代表されるティ連人の歪な科学発達史が物語るように、地球人が持っていて彼らが持っていないものが多々あるために、またそんなティ連の歴史であったために、日本人と接触するまでゼスタールの某がまったくといって理解できなかったのが彼らの歴史である……これは言い換えれば全て『トーラル』と接触したためと言ってもいいものでなのあろう。


 例えば、イゼイラには地球世界では至って普通でアタリマエの、弾丸を使用した武器である『銃火器』の歴史がない。これは他のティ連各国でも似たようなものだ。せいぜい単発先込め型の最原始的構造銃止まりだ。そこからいきなりエネルギー照射・発射型兵器を彼らは持つに至る。従って、完璧なティ連型エネルギー兵器への対抗策を施していたドーラ型自律仮想生命兵器への効果的な対策が遅れていた……

 彼らには内燃機関で移動する海上船舶の歴史がない。いきなり空間振動波エンジンを使用した宇宙船舶航空機だ。従って当然潜水艦の歴史もない。オマケにその中でも特にイゼイラ人は、彼ら固有の生物学的特性から海洋開発技術が少々遅れている。なので当然『対潜戦術』の歴史もない……だから地球から仕入れた『かの』映画を鑑賞しなければ、『ソナー』や『魚雷』の概念も思いつかなかった。


 そんな歴史的時間を百数十年ずっと続けてきたティ連とゼスタール。互いが何者かもわからぬまま、戦闘に戦闘を繰り返すことを今までやってきた。

 だが日本という発達過程文明との接触後、ティ連視点で常識を覆す発達過程文明の発見に発明。その結果の日本連合加盟に始まり、ナヨの再誕……

 ヤルバーンが地球にやってきてからいつ頃くらいからだろうか……ティ連で問題となっていた事柄が次々と解決していくその様子。それをリアルタイムで見てきた関係者達。

 それまで全くの無機質的存在と思われていたゼスタールにおいても、コミュニケーションが取り敢えず成立する存在、『ヒトガタ』との接触により、長い年月を経て邂逅できたシビアとフェルやナヨらティ連人に柏木達。ガーグデーラと彼らが呼んでいた存在が何者なのか、ここにきて見えてきた。

 ティ連人や地球人と比較して、そのあまりにも違いすぎるイデオロギー概念と、文化習慣概念。

 今はまだ、彼らを完全に理解するには程遠い状況ではあれど、収穫もこれまた多し。


 シビアと名乗るゼスタール人との対話はまだ続く……


    *    *    


 真っ白な砂漠。ある意味とても美しい情景の砂漠地帯が地平まで続く、シビア・ルーラを名乗るゼスタール人の意識世界。

 デジタル的ではあれど、有機的生物の思考のパターンが恐らくあるがゆえにこのような情景となって、ナヨのシステムに構築されている。

 そんな沙漠の中にナヨが作り出した洒落たテーブルに椅子。そこに座って対話する四人と一匹のネコサン。

 柏木は腕組んで指をトントンとさせている。そう、正直どうにもやりにくい相手であるからだ。

 柏木は当初、「どうせ超高度な人工知能の類なのだろう、コイツは」ぐらいに思っていたのは事実だ。従ってこのシビアのメモリーか何かから得られる映像的情報を取得できれば、それで御の字ぐらいに思っていた。これはフェルもナヨもニーラも同じだった。そもそも交渉なんかできるのかと。

 だが、こんな妙な沙漠の情景に現れた一人の少女が、柏木達の予定していた今日のスケジュールにリセットを掛けてしまった……まさか……


「ナヨさんと同じような存在の知性体だったなんて……まいったな……」


 柏木が「まいる」のは、シビアがそんな知性体であるからという、そんな単純な話ではない。あ、いや、

確かにそれも大いにあるのはあるのだが、それに加えて彼は現在、連合防衛総省長官である。だがその前に連合日本国民であり、その国の政権与党の党員でもあり、日本国が重きを置く組織『安保調査委員会』のメンバーでもある。そういった関係で思うところも多々あるという事なのである。

 つまりガーグデーラ『ゼスタール人』が、主権を持った存在であろうという点。これは今後の日本国の政策を考える上でも、重要な事とならざるをえない。そうなれば、彼女らから得なければならない情報は格段にその種を増やすことになるわけであり、これは『ティエルクマスカ連合』としても同様であった。


「ふぅむ……妾は仮想生命体であるこのコアを以前見つけた時、今の妾の状態からみて最高に適した素体デバイスを見つけたと思うての今の妾がありますが……奇しくも妾はこのシビアなる者らと同種の知性体として、その有り様を模倣しておったという訳ですか……」


 その話を聞いていたシビアが、二人の会話に割り込んでくる。


『その論理には一部否定する箇所がある』

「え? 否定……ですか?」

『我々のカルバレータは、このナヨ・カルバレータほど精巧に仮想生体を構成していない。ナヨ・カルバレータの仮想生体は、異常かつ無意味なほどに精巧である。我々はそこまでのカルバレータを必要とはしていない』

「??」


 柏木達はその『カルバレータ』という言葉に疑問を持つ。で、その言葉は一体何なのだと問うと、


『知的生命体0303の言語データベースにおける脳神経構成情報を要求する』

「あ、えっと……では、ワタクシのニューロン言語データベースを使ってくださいです」


 フェルはピっとPVMCGを操ると、自分のニューロンデータの言語野情報をシビアに与えた。


『フェルフェリア生体の判断を評価する……脳神経構造データ同化完了……カルバレータの意味は、お前達の言う「仮想生命体」における、その「構成素体」そのものの事と認識せよ』


 なるほどと。要するに、彼らの仮想生命体として、この世に仮想実体化している状態は、はっきりいえば対人ドーラや対艦ドーラなどと同様必要最低限の生命体機構しか構成していないという話なのであろう。つまりナヨが現在仮想生命として存在している体の構造が、緻密すぎるとシビアは言いたいようだ。

 確かにナヨの仮想生命素体はイゼイラ人の生体機能を一〇〇パーセントエミュレートしている。

 キグルミシステムを使用する場合は、地球人の生体まるごと仮想造成してしまう。

 撃たれたり、刺されたりすれば血しぶきが飛び、骨格に内蔵機能、新陳代謝までエミュレートしている状態だ。シビアさんは、自分たちの仮想生体はそこまでではないと言いたいようだ。

 だが、この期に及んでそれがどうしたというわけであって、彼らの知性体としてのありようがそのようなものであれば、ナヨ的な形態を取る知性体が一国の国民規模でいるという話になるわけで、流石のティ連でも、ここまでの、こんな知性体は見たこと無いという話。

 だが、シビアは柏木達の質問に対し、更に彼らが困惑せざるをえない情報をもたらしてくる…… 


「あ~……ちょっと待って……では話を少し整理すると、シビアさん? あなた方は私達の言う『人工知能』や、ティ連人さんの言う『ニューロンデータエミュレーション』を単純に再生したような存在では『ない』という理解でよろしいのですね?」

『肯定』

「では、知的『生命体』なんですね? そのような……まあ言ってみればヒューマノイドタイプのお姿をしていらっしゃるという事ですし」

『……生命の定義が、有機物質で構成される生体物質であるという意味であれば否定』

「え……?」


 すると、ナヨが話に割って入り、


「では、主らは妾のような自律した自我を持ったニューロンデータのような存在なのですか? いや、妾と同じような存在だというのであれば、そうなのですね?」

『肯定』

「そ、そんな……」


 柏木は驚愕した。ナヨやフェルにネコサンも横で真剣な眼差しになっている。あ、ネコサンが真剣な眼差しかどうかは見た目にはわからないが。

 

「ナヨさんのような自我を持った人々のニューロンデータが国民規模でいるなんて……」


 フェルも驚いて当然である。実際ナヨがトーラルシステム一基分のパワーで、ここまでの人格自我を得て存在しているわけであるからして、そんなのが国民規模で存在するという状況は、どんなものかと普通思う。

 ナヨのような人物が一人や二人なら、今のように自然にお互いの存在を認識も出来るが、そんなのが恐らく億単位でひしめき合う彼らの『主権』、いってみれば『国家』とはどんな場所なのかと……

 だが、ここで柏木はふとした疑問をポンと思いつく……


「いや、フェル……でも少しおかしいな」

「え? 何がですか?」

「いやだってさ……もし彼女がナヨさんのような存在なら……言いたいことわかるだろ?」


 するとフェルが柏木の意識へ語りかけてくる。


「(情緒がなさすぎる……ということですか?)」

「(ああそうだ。まるで高度な人工知能がしゃべっているみたいだけど……かといって人格がないわけではなさそうだし……)」


 するとネコサンニーラも


『(私も同じ疑問をもっていましたよ。やはりファーダもそう思っていましたか~)』

「(ええ、何なんだろうなこの違和感は……)」


 その違和感の根本的原因は、シビアの今目の前にいるその姿だ……少女の姿。つまりこの姿は何なのだと……

 ということで、その違和感の元凶について訪ねてみる柏木。


「シビアさん、大変失礼ですが、貴方の年齢はおいくつになりますか?」

『回答、我々の年齢は、この惑星の周期で換算した場合、八〇〇周期になる』

「!!……なっ……八〇〇年!? あ、あなたは八〇〇歳ということですか?」

『肯定』

「いや、ではその御姿は……その、えっと? ちょっと引いて七百数十周期前のお姿ということで?」

『肯定。我々がカウサとなった時の容姿がこの姿だ』

「なるほど……って、ん? ちょっと待てよ? ……貴方、先程から自らのことを『我々』と呼称していますが、貴方は『私』ではないのですか?」

『ワタシ……一人称の呼称は、我々には該当しない。今カシワギ生体が会話しているシビアは、我々「カウサ合議思考体」の代表であり、シビア個人独断の意思ではない。従って一人称での呼称は不適当である』

「は……はぁあ? ご、合議思考体?? なな、なんですかソレは……」


 カウサ合議思考体。そう、この概念が、彼らゼスタールの根源的にある種族の原点なのである……

 シビアは丁寧にコレについても解説してくれた……いや、というかこのゼスタール人。何も秘密にすることなどないのだろうか、柏木達の疑問に対し、的確に回答してくれる。なんだがお互いこうやって対話していると、「実はこいつら……悪の存在ってわけでもなさそうな……」という感慨が出てきたりする。


 さて、カウサ合議体とは何か? シビアの説明によると、彼らが「カウサ」と呼ぶ人格を持ったドーラコアの事であるが、これが彼らの存在を司る基本というのは今更説明の必要もなかろう。

 ただ、このコアを通して量子的につながるコアの主人は……なんと! シビアという人格一人ではないという話なのである。

 つまり、シビアとシビアの行動に賛同する三人以上の意思のようなものの集合体が、『カウサ合議思考体』という存在なのだそうな。で、現在その中でこのカウサ(ドーラコア)を代表しているのがシビアという意思なのだそうである。

 で、彼らは常にこのシビアという個体の行動を、物凄い思考スピードというか、処理スピードというかで、『多数決』をとりながら行動判断をしているという話である。そんな中で、人格を司る個体がシビアという話。

 つまりこの『カウサ合議思考』という多数決意思が、彼女達の原理なのである。

 しかも興味深いのは、この思考体の量子的意思は、常にシビアとともにいるわけではなく、条件次第では別の合議思考体へくっついてしまったり、また別の量子的意思がくっついて、別の人格が形成され、見た目人格同じ人物でも、言動や性格がえらく変わったりする事もあるという話。

 この行動原理が、先の柏木が話していた違和感と直結するのである。

 つまり……


「ああ! それでか! みんな、さっきの違和感が何かこれでわかった……」

 

 柏木が理解したのは、彼女達の情緒的なものがなぜにこんなに変なのかという話である。

 彼が理解したのは、このリアルタイムで常に合議多数決とっているような行動原理が彼ら『ゼスタール人』なわけでなので、常に入れ替わる量子的意思の多数決結果が彼女達の情緒のようなものを司っているという感じなのだろう。ただそれが情緒と言えるほどのものなのかは別にして、量子的意思の入れ替わりで多数決の結果が変わるというのであれば、それは極めてファジーであり、それが彼らの根源的な行動原理となっているのであろう。

 柏木は直感的にそういう感じで理解できた……だが、そこで柏木の予想を聞いて驚くのはフェル。


「マサトサン……それって、一〇年前にマサトサンが私に『地球のガーグ』を説明してくれた時の、ガーグに対する考え方とよく似てるではないですか」


 そう、ある意思が、思惑でくっつき、離れ。別の思惑とくっついて活動する……というアレである。


「あ、そうか! そんな話もしたことあったな……なるほど……確かに。あの話がそのまま人の形して、更に種族として目の前にいるわけか……」


 もう相当変な存在だということが理解きてきた柏木。こりゃメチャクチャ大変だと。

 そして柏木が更に考えることは、


「シビアさん、では……あなたの所属する組織。国家といいますかね、それは一体どのようなものなのか、教えてもらえますか?」


 柏木は、シビアの今の姿……ヒューマノイド型の形態を取る存在であり、衣服を着用するといった文化を持つ存在が、どのような組織形態を取るのかが聞きたかった。

 彼の今想像している予測と同じかどうか……


『我々は合議思考体である。従ってそれ以上のものでもなければそれ以下のものでもない』

「あ……う~ん、そう答えますか……あ、では質問を少し変えましょう。今私達が目にしているその姿は、シビアさんという合議思考体と仰る代表的な人格の、過去のお姿という理解でよろしいのですね?」

『肯定』

「なるほど。では、今はどのような形態で、あなた方は存在していらっしゃるのですか?」

『回答。カウサである』

「あ、そうではなくて……そのカウサ、コアですね。そこに同期しているって言ったらいいのかな? その大元のいらっしゃる場所での、あなた方の姿は……」

『回答。スールである』

「スール? ああ、さっきも出てきましたねその言葉。で、何ですか? そのスールというものは……」


 すると、シビアはしばらく黙してしまう。瞳孔を左に右に動かして……何か検索でもしているのだろうか?

 

『……回答。生命体0303が理解できる完全に一致した単語が見当たらない。生命体0303が認識できる最も近い意味を有する言葉で回答するがよいか?』

「ええ、お願いします」

『……「タマシイ」だ』

「えっ!!??」


    *    *


 柏木とフェルが、シビアと対話するために睡眠導入してから四時間ほどが過ぎた……

 ピーと音を鳴らす睡眠カプセル。プシュとカプセルケースのカバーが跳ね上がってゆっくり開く。

 目を覚まし、起き上がるは柏木であった。

 首をコキコキさせ、眉間をつまみ目をしばたかせる。一つのびをしてみたり。

 遅れてフェルも目を覚ます。「フゥ」と吐息を一つ付き、彼女も両の掌で目元を抑えていた。


「やあフェル、ご苦労さん」

『ハイです。ハァ……私も幾度となくこの睡眠型仮想空間を体験していまスが、今回のは特別でしたネ』

「はは、んじゃ俺なんかどうするんだよ。初めてだぜ……でも、確かにあんな場所であのような存在とネゴするなんて思わなかったな……」


 すると別室で、あの仮想空間を制御していたナヨとニーラが柏木達のいる実験室に入室してきた。


『二人共、大義でしたね』とナヨ。

『お疲れさまですぅ』とニーラ教授。何か飲み物を持ってきてくれた……何故かコーヒー牛乳だったりする。


「どうも、お二人とも……ナヨさん、本当にお疲れ様でした。制御、大変だったでしょ」

『いえ、このぐらいは大丈夫ですよ。ですが、良いのですか? あのような事をして』

「ええ、大丈夫でしょう。彼女『達』も納得してくれましたし、協力を約束してくれました。それに、どうも……なというか、ウソをつけるような、そういう人『達』ではなさそうですし……直接委員会メンバーに話をしてもらえるなら、私が又聞きで報告するよりはよほどいいでしょう」

『マア……確かにそうではあるが……』

「一応ナヨさんのゼル端子を受け入れてくれているんですから大丈夫ですって」


 するとニーラも


『私も問題ないと思いますヨ、ナヨさま。それに……ああいった人格である存在とわかってしまった以上、やはりその取扱も隷属的なものにはできませんし、とりあえず『捕虜』にはなるんでしょうが……』


 すると、ニーラに実験室スタッフから連絡が入る。耳元のインカムのような機材を抑えて、ウンウンと何やら話している様子。


『……わっかりました。では、こちらに連れてきてください』

 

 すると……銃を構えた警備兵に何者かが連れてこられた……それはなんと!


「お疲れ様でした、シビアさん。改めて、私が現実世界の柏木真人です。こちらが日本国外務大臣の……」


 柏木は、かのドーラコア。正式名称『カウサ』を条件付きで解放したのだった。

 改めて皆を紹介する柏木。リアル世界でみんなと握手するシビア。ちょっとぎこちない。

 柏木曰く、結局案外直に話して見れば、物分りの良い人物だということがなんとなくわかったと。

 そして彼女達が行ってきた、所謂『犯罪行為』となっている行動についても、彼女らなりの道理で動いていたというところもあり、一通り事情聴取のようなものもできたということで、このあとの安保調査委員会への報告は彼女も交えてやってみようと、そういう話に落ち着いたということだ。

 シビアも納得し、危害を加えるようなことはしないという約束で、コアの拘束を解放した。

 すると、当初の予定通り、彼女はこのシビアの姿へと体を仮想造成させたのであった。

 なるほどこれができるから『ヒトガタ』なのかと納得の行為だ……まあそれでも彼女に対して不安がる者も当然いるだろうという話もあるので、シビアのコアには、ナヨがいつでも彼女の自由を拘束できるよう、ナヨのゼル端子を一つ植え付けている。それが安全担保であるが、ナヨもこの端子は別にいらないだろうという話。


『カシワギ生体、フェフェリア生体、ナヨ・カルバレータ、ニーラ生体。我々の話を数々聞いてくれたことを合議思考体は評価している』


 要するに、「色々話せて良かった。ありがとう」ということなのだろう。

 やはり、こうやって対話ができるものなら対話した方がいいという典型的な例である。

 当初、フェル達ティ連人に柏木のような日本人関係者は、このガーグデーラと言われたゼスタール人を、どんな鬼か悪魔か口から口の出るエイリアンかと、そんな具合に思っていたのだが、いざこうやって会話をしてみると……確かに互いの倫理観や価値観に存在意義、哲学が根本的に違っても、なんとか話し合いはできるものだということを実感した。

 確かに考えても見ればそれもそうだろう。彼女らとて『合議思考体』なんていうワケのわからん存在であるにしろ、所属組織の明確な目的ある命で動いているわけであるからして、かのヂラールのような暴走した兵器というわけではないのだ。

 実際、彼女の口から出た『タマシイ』発言がかなりショックで、柏木達はそこからエンジンがさらかかり、シビアからいろんなことを聞き出すことに成功した……というか、シビアの方もえらく積極的に話してくれたので、『聞き出せた』と表現するほど大層な作業でもなかったのではあるが。


 そこで聞き出せた事は、これまたトンデモレベルの話が盛り沢山で、柏木達四人はココまでの話であれば、もう直に安保委員会メンバーに聞いてもらったほうが良いのではないかと、そういう結論に達したようである。シビアも合議思考体的に多数決でOKが出たようで、ここはシビアレベルではあるが一旦休戦ということで互いに確認をすることが出来た。

 で、『合議思考体』という事なので、実はこのブレインバーチャルの対話は、全て彼らゼスタール組織の本拠に知られてしまっている訳である。これは柏木達もナヨの存在を考えれば、充分予想出来たことで、むしろこの対話をゼスタール本拠に知られたほうが、互いにとっても都合がいいと、柏木もその点はあえて容認した。で結局実際その通りの状況であったわけで、シビアはどうもその合議思考体から、地球とヤルバーン州、そしてイゼイラ他ティ連向けの、ま所謂柏木達にわかり易い表現でいえば『大使』に任命されたという形式になったそうである……ということで、そういうわけなので……


「あ、君、銃は下げていいですよ。今彼女は我々の理解で言う大使閣下だ」


 そう柏木は言うと、手を上下にヒラヒラと降って、警備兵に合図をする。警備兵は敬礼して銃を下げ、部屋の外で待機した。


「ということで、シビア『大使』。今から我々は貴方を、我々の概念で言う『大使』として扱います。『捕虜』としての扱いは、ここまでです。理解できますか?」

『回答。「大使」の意味は理解している。シビアが合議体より、生命体0303・4201への代表対話ドローンとして選択された。そういう理解をしている。従って、お前たちの行動プロトコルに従う』

「そうですか。そう理解していただけるなら幸いです、シビア『大使』……で、一つお願いがあるのですが」

『発言せよ』

「はい……今現在でも、あなた方ゼスタールの……我々が『対艦ドーラ』『対人ドーラ』『ガーグデーラ母艦』と呼んでいた部隊は、どこかの宇宙で稼働しているのでしょうか?」


 そう柏木が尋ねると、


『肯定。現在五六の宙域で稼働活動中である』

「あっ!……じゃあ、これからシビアさんと対話するのにドンパチしながらってのも、お互い気持ちのいいものではないですよね……合議体のみなさんとご相談して、宇宙で活動しているゼスタール兵器群の活動を中止できませんか? それをやってくれるとくれないとでは、交渉の成果も随分ちがってくると思いますよ」


 そう柏木から請われると、シビアはまた瞳孔を上下左右にしばし動かして……


『カシワギ生体の要求を承諾する。カシワギ生体の論理が合理的であると判断し、ゼスタールの自動カルバレータ兵器群全てに只今撤退のコマンドを送った。但し条件がある』

「条件? はいどうぞ」

『我々の行動中止と同時に、星団主権体999001構成軍の軍事活動も停止せよ』


 その話を聞いて、柏木も頷き、


「わかりました。確かにそうですね。追撃等の行為がないようにもさせましょう」

『評価する』


 柏木は部下に『連合防衛総省長官』の命で、ゼスタールが戦闘行為を中断し、撤退を開始した場合、ティ連軍も即座に活動を中止し、可能な限り現作戦域から離脱して。各々の基地へ戻るよう指示した。

 ……すると、しばし後、防衛総省本部には、ゼスタール仮想生命兵器と戦闘を行っていた数カ所の部隊から、『ドーラが戦闘真っ最中で、急に活動を停止し、何か思い出したように全機前線から撤退していったという報告があったという。更にはその直後に防衛総省からも『追撃行為などは絶対行わないように』と戦闘停止の指示が来たので、その妙な命令の対応に大わらわだったという話であった。

 

    *    *


 さて、日本人、いや、地球人にイゼイラ人、ダストール人他、所謂地球人と同じようなメンタリティを持つティ連人勢にとって、この『カウサ合議思考体』という組織体制を持つ組織名称……有り体に言えば国家の呼称、『ゼスタール合議思考体』所謂『ゼスタール人』という存在は、なんとも色々と対応を考えさせられる存在であった。

 まず、現在のシビアの立場である。

 言ってみれば、つい先日まで『ヒトガタ・ドーラ』なんて呼称で呼ばれていた戦闘兵器か戦闘員か、そんな存在が、ナヨ姉さんにとっつかまって隔離され、彼女となんとか対話ができたと思えば、急に今度は大使クラスの格をゼスタールの同胞から授けられる……一〇年前まで自営業のオッサンだった柏木が、今や連合防衛総省長官だという出世以上のインパクトだ。しかも彼女らのその行動が、一種の『思念体』とも『思考体』とも言える存在同士で、思考スピードのごとき速さで多数決を取りながら行動を決定しているというのであるから、その結論を出す速さも頷ける。

 そして、対応の柔軟性も、ある意味とてつもなく高度でもある。このあたりはサマルカ人以上かもしれない。

 もうどうにもこうにもなにもかもが違うので、柏木達は、彼女の行動に合わせるのも一苦労である。

 だが、幸いなことに彼女の方も柏木達のメンタリティに可能な限り行動を合わそうと心がけてくれているようではある。これは親切心からというよりは、単純に『作業効率』からだそうだが、彼女もこれまでに数々地球人になりすまして、地球人の脳思考構造も取り込んでという行為をくりかえしやってきているので、少なくとも現在の地球人の行動規範はエミュレートできるという次第らしい……確かにそこらあたりは、シエが見たスペイン人国連事務総長の人としての真似事の出来をみれば納得もできる。

 

 ということで暫しの時間、シビアは東京都ヤルバーン区、日本国情報省応接室の一つで、軟禁まではいかないが、まあ見張りを付けて待機してもらう。

 その待機の様子を見ても、ホント文字通り『待機』であり、じーーっと座った状態で、瞳孔だけキョロキョロとさせて、やっぱなんとなく不気味なところもあったりなかったり。


「シビアさん、ではそろそろ私達の仲間にご紹介致しますので、ご同行お願い致します」

『了解した』


 これから柏木が急遽招集をかけた『情報省安全保障調査委員会通常会合』が始まる。

 この『安全保障調査委員会』は、日本国にティ連各国関係者。一部地球の外国人関係者などからなる、主に

日本国とヤルバーン州の関係に限定した、各種共同政策や、安全保障方針を決定する公式の組織である。

 かつては『日・ヤ安全保障委員会』という秘密結社のような組織であったが、現在は情報省という形で公式に確立された、当時の二藤部内閣総理大臣が設立した強力な意思決定機関である。

 ということで、現在この会議場に集まったティ連人諸氏方々は、相当な緊張感をもって、今日の会議に臨んでいた……まあ日本人や、外国人関係者……といっても同盟の関係上、早い話が米国関係者ということなのだが、そんな方々はティ連人ほど緊張感はない。なぜならゼスタール人に対するそこまでの因縁が、地球人にはないからである。

 それでも米国は横田基地事件にブンデス社事件、それと此度の国連事件の件もある。

 日本は日本で、ニセポル事件に一〇年前の、今は無かった事になっている『ドーラ・ヴァズラー事件』さらには『太陽系外縁部での戦い』ナドナド。やはり浅からぬ因縁はあるのだが、そ・れ・で・もティ連の一〇〇年単位の因縁に比べれば、全然浅い話ではある。

 ちなみに本日この会合に出席している米国人は、お馴染みのジェニファー・ドノバン上院議員。かの、おばちゃん大使はあれから上院議員に立候補し、余裕で当選。所属政党は民主党、共和党どちらでも良かったそうなのだが、前政権マッカラム政権でも民主党時代の在日本米国大使であるにも関わらず、その働きを評価してそのまま大使職を続けさせてくれたという縁や、何かと現在の政権与党のほうが彼女は動きやすいだろうという周囲の勧めもあって、何と共和党から立候補し、当選したという強者だったりする。御年……女性にお歳は聞かないほうが良い。まあそういう年齢である。


 そんな思惑の諸氏が顔を揃えて会議場で待つ。

 日本・地球側の出席者は……春日、二藤部、鈴木、フェル、シエ、白木、山本、大見、麗子、田中、多川、久留米、藤堂、香坂、他各省官僚に学者、君島重工関係者他、各企業関係者。そして、ドノバン上院議員に彼女を補佐する在日米軍制服組数人。

 ティ連・ヤルバーン州関係者は……ヴェルデオ、ジェグリ、ナヨ、ニーラ、シャルリ、ジェルデア、ゼルエ、リビリィ、ポル、ヘルゼン。そしてなんと『サイヴァル連合議長』と、かのおせっかいオバ……の『マリヘイル・ティエルクマスカ連合議員・連合危機管理対策委員会委員長』が通信参加してくれることになっていた。


 このような見事なメンツが立派な円卓会議テーブルに座って柏木が登場するのを待つ……もちろん柏木は此度、連合防衛総省長官サマという立場なので、ティ連側での参加である。


 そんなこんなで諸氏集まる会議室にまず入室してくるは柏木真人。一礼してにこやかに皆へ挨拶である。


「お疲れ様です皆さん、この度はお忙しいところ、お集まりいただきまして申し訳ございません。ま、あまり前置きをグダグダ話しても仕方ありませんし、時間も惜しいですので、今回はもう単刀直入にいきます」


 柏木がそういうと、


「何言ってんだ柏木、お前の単刀直入なんざ毎度の事だろ」


 とツッコミを入れるは白木。


「はは、そこは一〇年前なら三島先生の役どころだったな」


 そんな前フリで少々笑いは乾くが、緊張をとってみる。


「……ま、皆さん。今回の会合ですが、事前にご通告しているとおりの内容でして、まあ何と言いましょうか、私のような日本人や、此度の事件で一番とばっちりを被っている米国のドノバン上院議員などの皆さんは、単純に『新たな未知の存在との接触』という話がまず大前提であるのですが……ティ連各国の皆さんに関して言えば、一〇〇年単位の歴史であり、戦いであり、連合規模の問題に、案件であったわけです。かくいう私も一〇年前にイゼイラへ地球人として初めて赴いた時、この、当時『ガーグデーラ』と呼ばれた存在と対峙した訳ですが、まあそりゃもう本当に、あの頃のスペースパニック映画そのものみたいな阿鼻叫喚な状況だった事を今でも鮮烈に記憶しています……」


 そう、この二〇二云年でこそ、ニセポル事件に横田基地事件や、ブンデス社事件がきっかけで、地球社会にも知らされたこれら事件であるが、かの一〇年前は柏木や、『太陽系外縁部の戦い』『ドーラ・ヴァズラー事件』でガーグデーラと実戦を経験した多川と一部特危隊員ぐらいしかこのガーグデーラの脅威を肌で感じた人類はいなかったわけである。そもそもそこからして人類とティ連人にはガーグデーラに対する感覚に感情が違うわけであって、人類はまださほどではないが、ティ連人の場合は、彼らとはその名の通り『戦争』『紛争』をやってきているわけであり、あの『シレイラ号事件』での惨状で、誰しも湧き上がる感情があるのも事実。此度の会合では、この感情の差分というものも当然配慮しなければならないわけでもある。

 ……と、そんなところを柏木は話した


「はは……単刀直入なんて言いましたが、やはり前フリ長くなりましたかね? まあいいや……では皆さん。特にサイヴァル議長、マリヘイル委員長。お二人は恐らくティ連として初の、ガーグデーラと呼ばれた『ゼスタール人』との邂逅になります。その点宜しくお願いいたします」


 柏木がそう言うと、大きく空中に浮かぶ二つのVMCモニターの向こうにいるサイヴァルとマリヘイルが大きく頷いていた。

 その様子を見てコクコク頷く柏木。ある意味彼が連合防衛総省長官として、最もふさわしい仕事内容となる状況下でもある。それだけに柏木も表情は努めて冷静を装うが、内心はかなり慎重ではあった。特にチラとシエの方を見る……シエさん眉間に少しシワ寄せて、警戒モードに入っているご様子。時たま横に座る多川に声かけられて小声で話してたり。これはシエだけに限らず、ティ連人であれば、多かれ少なかれそんな感じではある。

 そんな様子を一通り見回して確認すると、柏木はドアの前に立っている警備兵へ手で軽くジェスチャーして指示をすると……外で待機していた別の警備兵が件の彼女を連れて入室してきた……


 会議出席の諸氏はまだシビア・ルーラの容姿を知らない。彼女の容姿を知っているのは、フェル、ナヨ、ニーラのみだ。

 扉を開き入室してきたその褐色肌で尖った耳。少々変わった頭蓋の形状からなる髪型の人物に諸氏小さく、「おお……」と驚きの声を上げる。

 だが、それ以上に会議出席者を驚嘆させたのは彼女の見た目の年齢だ。どう見ても地球人基準で、一六歳前後のその姿である。

 会場の全員は、シビアが着席するまで、その姿を何かの動物の習性の如くみな揃って視線で追う。

 チョコンと彼女が椅子に座ると、また皆がざわつき始める。


「え~、あの、皆さんお静かに……」


 まあ大体ざわつく諸氏の感情は察することが出来る。ティ連人はさることながら、日本政府関係者も柏木がもたらしたかつての記録映像を見たことのある人もいるし、今はもう連合加盟国の日本である。関係者であれば連合防衛総省のガーグデーラ関連の資料を閲覧することもできる。

 なので、当然彼等の第一印象は、ヒトデが直立歩行しているようなあんなイメージであるし、対艦ドーラのイメージでもある。こんな……容姿だけで言えば可愛らしい女の子のイメージではない。

 シエに至っては、彼女が対峙したヒトガタが白人のオヤジであっただけに、余計に訝しがる表情だ。しかも見たことのない容姿の種族ときているから尚更である。


「はあ、はは、ま、みなさんも驚かれますよね。では紹介します。彼女が、かつて我々がガーグデー……」


 と柏木がシビアを紹介しようとしたところを割り込むように、


『我々はゼスタール合議思考体。知的生体4201と3303その他天体999001に所属する生体組織が「ガーグデーラ」と呼称している存在と同義である。この個体は、シビア・ルーラ・カルバレータである……我々は先程、ここにいるカシワギ生体、フェルフェリア生体、ナヨ・カルバレータ、そしてニーラ・ネコサンと呼ばれる者達と合議することができた。我々合議体はこれを高く評価している。我々は此度の合議を契機に、このシビア・カルバレータをゼスタール合議体最大多数の意志により、お前達に対する代表交渉カルバレータとすることにした。我々はお前達に要求を行う。お前達も我々に要求せよ。相互の要求を最大多数で判断し、今後の対応、及び行動を我々は決定する』


 と、一方的に喋り倒すシビア。出席者一同、その容姿に似合う声色の音声にそぐわない内容の言葉にポカンとなる。

 それを横で見る柏木は苦笑い。手を横に上げて首をかしげたり。

 しばしポカンのあと、当然皆がまたざわつき始め、「まあまあ」と場を制する柏木。

 シビアの事を説明するのに、これまたえらく労力がいるわけである。


「……では、柏木先生。そのシビアさんという方は、ナヨ閣下と同じような存在であると?」

 

 と尋ねるは二藤部情報相。お久しぶりの登場である。御年七〇台

 次に尋ねるは総理大臣の春日。


「ですが、『合議思考体』ですか……ということは、このシビアさんという方が発する言葉は、この方個人の意思ではないと?」

「ん~……何といいますか、そういうわけでもないのですが……」


 柏木は、あえて喩えるなら、シビアという個人の意思が、会議の議長になってその他シビアの意思性格に賛同する多数の意思が合議してシビアが代表となっているような存在だと説明する。


「なるほど、ではシビアさんは常にその……何といいますか、小規模委員会のようなものを頭のなかに引き連れているというイメージでいいのでしょうか?」


 するとシビアが割って入り、


『その理解でよい』


 だから、彼女の一人称呼称が常に『我々』なのだと柏木が補足説明する……と、そんな感じで先の対話で行った一連のゼスタール人とはなんぞやとを説明するわけであるが、案の定、この解説に結構時間を食ってしまうわけであったりするのである。

 だが、これも仕方ないことだ。これをきちんと説明しておかないと、そもそもの話で言葉通り『お話にならない』わけであるからして。


「ま、というわけでして……当初ドーラ・コアから情報を引き出そうと試みたみなさんの作戦がですね、はは、こんな結果になりましたという感じです。まさかガーグデーラ、あ、いや、ゼスタール人さん全体の意思と話ができることになるとは……」


 すると、VMCモニターの向こうにいるサイヴァルが、


『ふむ……我々であレば、いろんな段取りを踏まねばならない国家間交渉ガ、このような形で、末端の存在と、彼らの全体意思そのものが同格になルとは……まあ、ある意味やりやすいといえばやりやすいが……』

「とりあえず今すぐ全てを互いに理解しようとしても無理ですから、まあ相応の時間をかけてという話にはなりますが……」


 と柏木は言うが、


『ダガ、“シビア”トイウコノドーラガ、ドウ思ッテイルカダ……ソコハドウナノダ? カシワギ』


 シエが訝しがる視線で、柏木に問う。彼女はヒトガタとやりあっただけに、そうそう楽観的な考えで話すことはできないといったところか。


「あ……」


 と柏木が説明しようとするより先に、


『生命体5001の発言に回答。現在、このシビア・カルバレータを合議体交渉ドローンとする事に、ゼスタールは七五パーセント合意している。シビア・カルバレータの合議体も最大多数の意見に同意している』


 と発言すると、横で見ていた柏木は、両の手を平手でシエに差し出し「そういうことです」というジェスチャーをする。『今でしょ』みたいな感じで。


『ゼスタールノ、75ぱーせんとカ……』とシエが腕組んで考え込むと、その横で旦那の多川がシエの次の言葉を代わりに話すように、


「今この時点で、そのゼスタールさん全員に、この会議も知れ渡っているということか……でも三割は反対なんだろ?」


 と多川が発言すると、柏木は「そのとおりだ」という意味の頷きを彼に返す。


「で、今後のことですがどうでしょう、サイヴァル議長、ヴェルデオ知事、それに、春日総理、ドノバン上院議員……まあこの件に関しては、その本質的な問題は日本以下地球世界とティ連とではかなり相違があります。具体的に言えば……そうですね、現在の防衛総省長官の『私』という立場では、事実上の紛争状態であった彼らとの戦時処理……そうですね、可能であればとりあえずは停戦処理をしなければなりませんし、日本や米国で言えば、テロ事件を起こした『犯罪』としての後始末ですか……そんな諸々の事案も抱えていますからね……」


 そう、此度のゼスタールとの話し合い。

 無茶な作戦が功を奏した形にはなった感じではあるが、いかんせんこのような問題も多々あるのだ。

 ティ連との紛争に関する事も色々ある。

 ティ連側のまず最初、問いたださなければならないのは、当然の話として、『なぜにティ連関係の諸々を攻撃対象にするのか?』という点。これを互いの言い分を聞いて、スッタモンダとやるわけである。日本もティ連加盟国で少なからずゼスタールと戦闘をやっているだけにまだティ連側の立場に立って理解は出来るのだが、問題は米国だ。

 米国の立場で言えば、その当のテロリスト犯人が目の真ん前にいるわけであるからして、犯罪者、特に殺人事件も含む容疑者としての引き渡しを要求しなければならないだろうし相応のオトシマエをつけてもらわなければドノバンとしても立場がない。だが、彼女も一〇年前からティ連の某を日本人以外では最もよく知る人物である。それ故に上院議員にも当選できたし、米国でティ連関係の役職につく重鎮ともなったのだ。一概に米国のみの利益を中心に動くことなど出来ないのは、彼女とて理解はしている。そこが難しい。


 そして、ゼスタールが初めて見せたティ連と日本―地球側への意思……


【 意思と現実を提供せよ。さすれば、永遠の存在を供与する】


 この真意である……これは一体何を意味するものなのか。


 ……とそんな事を各々色々と話をする。柏木も一応この会合での『議長』的な役割だが、シビアの様子を見て、場を制そうとはしない。シビアがこの場で何かを学び吸収する。それはイコールで、ゼスタール合議体全体へと知れ渡るということであるからして、意味のあることだと感じたからだ。

 黙して聞くシビア。発言者に合わせて視線を動かし、何か処理するような、そんな様子。

 ただ、その色々飛び交う言葉の中に、彼女の琴線に触れる言葉があったのか……


『質問がある』


 「およ?」と皆熱中して議論していたところで自主的にシビアが話に割って入ったので、一斉に沈黙し、シビアの方へ視線を向ける。

 すかさず柏木がフォロー。


「なんですか? シビアさん」

『先程、あの白色の生命体0303が、我々に対し、「殺人を犯した」という旨の会話を行っていた。間違いないか?』


 え!? と思うドノバン上院議員。勿論ドノバンと話をしていた制服組や、白木らも驚く。

 あの雑踏な会話から個別の内容を聞き分ける能力があるのかと。しかもドノバンはかなり小声で話をしていた。

 指摘されたドノバンも、そういうことならばと


「ええ、そういう事ですシビア大使閣下。貴方が捕まった国際連合本部で貴方が姿を模した女性は、我が地球世界における最大の公的機関である国際連合のトップでした。そして、聞くとこころでは、あなた方は、正体を模した相手を拉致監禁し、死に追いやるという残忍な事をしている。それはやはり私達の道徳意識からすれば認められない行為であります。この点を貴方……いや、あなた『方』はどうお考えなのかお聞かせいただきたいですわ」


 ドノバンは感情的にならずに、極めて冷静にその話を振った。そう、確かにティ連の事情や日本の事情はあるにせよ、米国の事情から言えば、自分ところの管轄領域や国土で訳のわからんロボットが大暴れし、なおかつ殺人事件まで犯されているわけであるからして、そうも言いたくはなる。だが、それ以上の国益や、相手の正体を考えると、米国が北の半島のデブを糾弾して脅すような対応も出来ないのは事実だ。そういう点は考慮の上である。もう彼女もこの件に関わって長い。今やライフワークと化してしまいそうな仕事なので、状況の理解はしている。


 だが、そんな感情も、これまたふっ飛ばしそうな回答を返してくるのがシビア・ルーラという存在。


『疑問。生命体0303・ドノバン生体は、我々を殺人者。即ち、スールへの回帰を阻害する行為を行ったと言った。間違いないか?』

「え……え? なんですって? スール?」


 柏木は疑義を呈するドノバンを平手でとりあえず制し、まあ話を聞こうとジェスチャーする。ドノバンは乗り出した身を引く。


『我々は確かに生命体0303に対し、幾体かの生体を我々の探索活動のために捕縛し、生体機能停止処理を行った。だが、我々はそれらに対し、スールの保護を行うため、スール隔離処理を施し、合議体へシビア・カルバレータを通じて転送した。我々が生体処理停止措置を行ったスールは、回帰処理を適切に行い保護をしている。従って、ドノバン生体の発言する『殺人者』に我々はあたらない。認識の修正を要請する』


 ドノバンが問うた思わぬ一言に、議場の皆は『えええええええ!?』となる。なんなんだそれはという感じだ。

 だが柏木とフェル、ナヨにニーラは驚いていなかった……もちろんそれは、ドノバンと同じことをブレインバーチャルのあの世界で、シビアへすでに問うていたからだ。当然シビアがドノバンの問いにこう返すのはわかっていた。

 4人は目線を合わせ頷き合う……奇しくもドノバンの質問のおかげで、柏木から話を振らずに済んだと。

 

 そう……


【 意思と現実を提供せよ。さすれば、永遠の存在を供与する】


 この意味の核心が、実は、ドノバンの問いに対する回答なのであった……


    *    *


 さて、日本では所謂『何の因果か』という話で、ドーラコアの調査が一転、ガーグデーラ@ゼスタールとの交渉となりかけているところであるが、これもまだ緊急性の強い話で初めの一歩にもならない今始まったばかりに近い状況。

 日本人はもちろんのこと、ティ連人達からすれば、本気でもうこれは『一〇〇年の邂逅』という言葉がふさわしいといった……彼らと出会い、戦い、そして話ができるようになるまでの、その通り一〇〇年の邂逅であった。


 さて、そんなところでまた新たなティ連と地球社会の関係において、日本人がヤルバーンと接触して以降、いつか来た道……これはティ連人もその通りであり、今回ばかりは日本以外の世界をも巻き込みそうな、そんな時……


 地球より離れた、所謂太陽系外縁天体と呼ばれる宙域が、にわかに騒がしくなろうとしていた……


 ある名もない準惑星の宙域、その空間が歪み、まるでその場所が、水を吸い込む穴のごとく空間を歪め、周囲のアステロイドを飲み込むような情景に変化する……

 すると、その場所から潜水物体が浮かびあがるような空間情景をもって、何かがせり出てきた……


 そう、なんとそれは……所謂かつて『ガーグデーラ母艦』とよばれた艦艇であった! 


 その一隻が顕現すると同時に、二つ三つと液状化したような空間から浮かび上がる物体群はその数を増していき、一〇〇隻近い『艦隊』をもって、顕現したのだ!


 かつて一〇年前に柏木が体験した太陽系外縁部の戦いにおいて見たその巨大な艦艇。

 その姿は、海洋動物『エイ』を二つ上下に足したような、そんな姿に、不気味に光る船体のエネルギー光。


 さて、顕現したその艦隊は、一通り態勢を整えると、全艦精密なマシンの如く、規則正しく機関を唸らせて、前進を開始する……



 勿論、その艦隊が進む目標は……太陽系第三惑星。地球……






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