【第一章・GUJドクトリン】 第九話 『シビアとの対話』
かつて自称、即ち名刺に『ビジネスネゴシエイター』という肩書を明記していた柏木真人ティエルクマスカ銀河星間連合防衛総省長官。思えば懐かしい話である。今でもその時の名刺は大事に持っていたりする。
フェルもあの柏木がキレた時に、当時彼女が統括して操っていたヴァルメに突っ込まれていた名刺の束を、今でも大切に持っている。
自宅に保管してあった一〇〇枚入りの名刺箱を取り出して、その中から一枚取り眺める柏木。ちなみに名刺箱は高い場所に置いてある。なぜなら以前、リビングのテーブルに置いていると、姫ちゃんが勝手にいじってカルタごっこと称する遊びをやって、ばら撒いてしまってたからである。
父として『めっ』をすると、ビーーと泣かれて、えらい困った事があったり。
そんな姫ちゃんが横でパパの名刺をじーっと見る。要するに一枚欲しいわけである。
柏木は一摘み姫迦に渡すと、嬉しそうに自分の部屋に引っ込んで、他のキャラクターカードといっしょに、また何かカード遊びをやっている。そんな姫ちゃんを微笑んで見る柏木。
晩御飯も済んで、そんな昔のグッズを肴にビールでも飲んでいると、ピンポンとインターフォンの音がなる。
すると姫迦が一直線に玄関へ『まままるま〜』と叫びながらドタドタと駆けていく。柏木も玄関へ。
姫迦がマママルマといっていたのに、一応柏木とフェルの教育方針に従って、玄関で『どちらさまでしゅか?』と問うている。んでもって玄関の向こうから聞こえるは『マルマサンですよ〜』という声。すると姫迦がカチャンと鍵開けて玄関の扉を開けると、そこに立つのはフェルさんであった。
「やあ、フェル。おかえり」
『タダイマです、マサトサン……姫チャンはいい子にしてましたか〜』
と姫迦のほっぺにチューするフェル。嬉しそうな姫。
柏木はフェルが手にもつ買い物やら何やらの荷物を持ってやる。彼女は寝室に入り、しばし着替え。
いつもの部屋着に着替えると、リビングへ。
柏木が作ってくれていた夕食を遅ればせながらいただくフェル。ビールを注いであげたり。今日の晩餐は柏木特製のカレー焼飯。フェルは彼の作るこの料理が大好きだ。
ま、柏木長官とフェル副総理の生活時間はやはり今となってはどうしても一緒に合わせるというわけにはいかないわけで、今日は柏木が一人で姫ちゃんと、シエに頼まれた『暁クン』をヤルバーン州教育施設へ迎えに行った。
『マサトサン、色々ゴメンナサイです……致し方ない事とはいえ、ああいうことを頼んでしまうことになってしまって……』
仕事後のビール一杯飲んで、プハと一息ついた後、頭を垂れるフェル。
「ああ、その件ならもう気にするなよフェル。ま最初言われた時は正直面食らったけど、よくよく考えれば防衛総省長官としても興味は持てる話だしな」
それに何もドーラコアを事務机みたいなところに置いて、白熱電灯もってカツ丼食わしながら問い詰めるというわけでもあるまいし……というか、そんな事ができるなら、むしろソッチのほうが楽なのであるからして。
「でも、尋問って、何を聞きゃいいんだ? というよりもドーラコアに『心』なんてあるんかいな? ってそこんところ考えてる?」
『ウン……マア尋問といいましたけど、それは言葉でそう表現するしかないというわけで、実際にやることは……ドーラコアとマサトサンの意識をリンクさせるですよ』
「え゛!? 何? あのコアの意識に俺の意識を同期させる? できんのそんなコト……」
なんと……かのドーラコアと柏木の意識をリンクさせて尋問、いや尋問というよりはドーラコアの中枢を直接サイバー的に探って、よしんば対話をさせようと、そういう試みなのだという話。
とはいえ、いかんせんティ連でもその本質がよくわからない相手である。そんなことして下手したら柏木の精神がどうなるかわからないではないか? というのは誰しも考えるわけであって、当初それをヴェルデオから聞かされた時、春日やフェルに二藤部達は『いくらなんでも無謀だ』とその計画に待ったをかけていたのだが、このドーラの正体を探る絶好のチャンスということもあっての話。現連合議長のサイヴァルからもたっての要望で、ということと、柏木はナヨのコア。即ちトーラルシステムを介してリンクするので、精神汚染のようなものも絶対に起こらないというニーラ名誉教授のお墨付きもあって……
『……という事なのデス。私も最初はどうかと思って反対していたのですが、ナヨサンやニーラチャンもナヨサンを介してなら問題ないとおっしゃってくれてますし……私も一緒にリンクするでスから、大丈夫かなって』
「な……え? ……フェルも一緒に?」
『ソレはそうデスよ。ダンナサマだけにさせるわけにはいかないでしょ?』
口尖らせて話すフェル。要は旦那だけではやはり心配だという建前の、フェルの愛情。
それに自分は外務大臣でもあるしと。政府閣僚として、もし話ができるものであれば、色々聞いてみたいという科学者でもあり、政治家としての義務感もある。
だが柏木は、もし万が一自分たちに何かあったら残された姫迦はどうするんだとフェルに問うが、さすがにそれは心配いらないとフェルは言う。
『さっきも言いましたけど、私達は直接ドーラコアとリンクするわけではありませんでス。ナヨさんのコアを介してリンクするですから……まあ言ってみれば、脳リンク型仮想娯楽機をプレイしているぐらいの感覚でいれば良いのですヨ』
これに関しては後でナヨにも聞くと、その通りだという話。
色々此度の試みの技術的な話をフェルから聞く柏木。
「……なるほど……ではそのコアの内部。つまりコア中枢部分にナヨさんの直接意識から繋げて何か探ろうという感じか。そこへ俺達も入っていって話ができないか探ってみようと」
『デスね。コレは精死病から帰還した私達にしかできないオ仕事でもあるですヨ』
そこは柏木も納得だ。精死病は、人の『意識』が量子レベルで並行世界にある別の『自分』という人格へ飛んでしまう恐るべき『事故の後遺症』ということは、この時代もう良く知られている事実だが、そんな脳内意識体験をした柏木とフェルは、確かに此度の作戦には最適の人材といえるのは間違いない。
ま、ここまでお膳立ててくれているというなら、柏木長官も納得する。いや、むしろティ連の防衛総省長官として受けなきゃいかん話だろうと。
地球人で日本人の柏木ではあるが、シレイラ号事件にセルゼント州事件、太陽系外縁部の戦い、ドーラヴァズラー事件と、彼もなんだかんだでガーグデーラとの付き合いはかなり深い。そういうところもある。
と……かなり夫婦で話し込んでしまった柏木とフェル。時計を見ると、今日はもうそろそろという時間である。先程まで機嫌よく遊んでいた姫迦であったが、気がつけばカードのオモチャを握りしめ、カードや柏木の名刺を敷布団にしてクーカーと眠ってしまっていた。
風邪を引いたら大変だと、フェルママが抱きかかえてベッドに寝かせる。
柏木は姫迦のオモチャを片付けて、今日一日はこれにて終了。
それではまた明日ということで、オヤスミナサイ……
* *
次の日……ヤルバーン州軍、技術研究棟。
この場所の、爆発物や高エネルギーを扱う研究部署に、ナヨが捕獲したヒトガタドーラのコアが置かれていた。
コアは事象可変シールドに囲まれ、それが置かれる台座には重力子爆弾が備え付けられている。
実のところティ連でも対人ドーラや、対艦ドーラのコアは、ガーグデーラとの闘争の歴史上、鹵獲されてはきたのである。その調査も一般的な外部アクセス解析が主で、コアとは所謂自律制御装置ぐらいにしか思われていなかったわけであるが、ニセポル事件や、ブンデス事件でのそれらヒトガタドーラの発した、
【……意思と現実を提供せよ。さすれば、永遠の存在を供与する。拒否は抹消】
この言葉が、ガーグデーラに対する認識をすべて変えた。
ティ連の長い長いガーグデーラ闘争の歴史、そして記録において、ドーラが人型に化けて浸透作戦を行っていたという事実がわかった事、さらに『言葉』で相手に何らかの行動を求めてきたという事はなかったからである。
人類は、ガーグデーラとの付き合いはほとんど無いわけであって、この事実を聞かされてもティ連人ほどの感慨は正直なかったのであるが、人類として最初にこの連中と遭遇した柏木真人に、今現在のこの状況、特に先の国連本部で暴れ倒した事件は当然看過できないものにはなるわけで、ティ連人とはまた違った感覚で、人類自体もこのガーグデーラに対しての大いなる脅威を認識するに至っているわけである……
* *
「おはようございます」『オハヨウございます』
そう挨拶して研究棟に来るは、柏木真人防衛総省長官にフェルフェリア外務大臣兼副総理。万が一なんてことはまずないのではあるが、護衛要員としてとしてシャルリ・サンドゥーラ大佐が付き添っている。やはり今でも600万ドルのフリュといったところは相変わらず。だが彼女も相応に偉い人になっているわけで、服装もパリっとした将校用制服を着込んでいたり。なので非常にカッコヨロシイ。
……ちなみに彼氏もできたシャルリも、容姿年齢三十路ではあるが、ティ連人はみな本当に外見年齢が若くみえるわけで、ティ連のアンチエイジング技術はすごいものである。このあたりはまた別のお話という次第……
『アタシも初めて見るけド……この小さいのがシエ達を翻弄したなんてねぇ……信じられないよ』
腕組んだ義手の方の手のひらを顎に当て、捕獲したドーラコアを眺め見る獣人フリュ。彼女もシエやリアッサの実力は百以上も承知しているので、そんな彼女達が翻弄されたというそのヒトガタという存在に、興味津津であった。
その今のドーラコアは、ナヨによって所謂『生け捕り』にされた状態である。
此度鹵獲したコアは、普通のドーラコアではない。なので未知の機能を有しているという可能性も捨てきれないので、相当な監視体制の元、このコアは扱われている。
ナヨが自らのゼル端子を使って、コアの仮想造成機能を麻痺させているので、とりあえずは何もできない状態ではあるが、球体部の中心。まるで目玉に見えるようなセンサー部がキュイキュイと動き、周囲を観察しているようにも見える。
『デ、このコアの中枢に脳リンクさせて対話してみようってかい……物好きだねぇ本部の連中も。で、それを受けるダンナもダンナだよぉ、フェルとくっついたことといい、何考えてんだい』
その言葉にフェルは「ア~~~」という顔をして、
「モーー、シャルリは一〇ネンも経つのにまだ言うでスかっ!? よりにもよって、ドーラコアと一緒にするなんて、それはちょっといけませんヨっ!」
ま、シャルリも場の緊張を解くつもりで言ったわけであるからして、まあそんな話のネタである。
案の定、タハハ顔の柏木長官。
と、そんな話をしていると、此度の計画における重要人物である、ナヨがニーラと共に入室してきた。
『待たせましたね、カシワギ、フェルフェリア』
『こんにちはですね、ファーダ』
ナヨはいつもどおりのナヨ。相変わらずの落ち着いたセレブイゼイラ人である。
でニーラはもう『ニーラチャン』ではなく、容姿年齢『ニーラサン』といったところ。見た目は二十歳前後といった感じ。でもネコサングッズ趣味は相変わらず。ツインテールの羽髪ヘアースタイルも相変わらずだが、お姉さんイメージが入った賢人ニーラも案外別嬪さんであったり。
……さて、そういったところで今回の計画。柏木の意識をこのドーラコアとリンクさせて、対話させようというワケだが、今回の作戦にはナヨがどうしても不可欠な存在となるのである。
このコア中枢と柏木、つまり人類の脳とリンクさせるというのは、正直可能かどうかわからない。
ただ、それはあくまで人類の脳と、このコアの中枢システムを直結させればという話である。根本的にそんなことができるかどうかすら不明なところなのだが……ナヨを仲介すればそれも可能となる。
というのも、厳密に言えば今回の計画は、所謂ティ連各国で一般的に使用されている『脳再生体感システム』の延長線上にある技術を使用するのだ。
これはティ連で娯楽や、脳神経治療などに利用されている一種のVRシステムといってもいいものである。従って柏木やフェルがその意識をヴァーチャル化させる舞台はあくまで『ナヨ専用トーラル中枢システム』であって、ナヨ自身がドーラコアのシステムにアクセスし、ナヨのシステム内でドーラコア中枢のイメージを再生させる形になっているという次第なのである。従って柏木やフェルのVRで活躍する場所は、あくまでナヨの中枢システム内であって、ドーラコアの中枢に送り込まれるというわけではない。
ま、言ってみればこの手法がヤルバーン州から提示されたからこその、柏木やフェルを送り込む作戦になっているというわけでもある……
『デハ、フェルお姉サマにファーダ。この服を着てください』
ニーラに促され、渡された服飾データに着替える柏木にフェル。それを再生すると、なんとも病院で着る院内服のような格好になった。さしずめ『CTスキャンをこれから受ける人のイゼイラ版』といった感じだ。勿論靴も脱がされている状態。
そのまま研究棟スタッフに医療用カプセルへ入るように促される。ナヨは二人とは別に少々特別な仕様のカプセルに入ったようだ。
『ではフェルお姉さまにファーダ。いまから睡眠導入いたしますけド、特にファーダは初めてなので、少し注意点をお話しますね』
ニーラがいうには、これから人工的に睡眠状態に入り、所謂夢を見せるような形で、ナヨの意識とリンクするのだと話す。
『……ただ、普通に眠るのと違って、フェルお姉サマや、ナヨサマの意識とリンクしますので、現実世界の自我意識は持っている状態の睡眠になりますス。あと、制御している私からも皆様の意識へアクセス、即ち通信できますので、夢見るっていってもそんな感じの仮想体験ですから、肩肘張らずに気楽にやってくださいね』
と言われても、柏木も何分初めての体験なので、どうなるのかと。
イゼイラでバーチャル空間の娯楽を楽しんだ事はあるが、今回は完全な脳内世界でのバーチャル体験だ。少々ドキドキの柏木長官。フェルは当たり前の話だが、もう慣れたものである。柏木の方見てニコニコ笑っている。
さて、そんなこんなで二人に睡眠導入波動が送られ、すぐに眠った状態になる。それを見計らってナヨも自らの自我意識のあるトーラルシステム処理に集中し、その意識をバーチャルシステムに同調させる……
* *
「んぉっと……」
一瞬意識が飛び、気がつけば、心地よい春の日差しが優しく降り注ぐ平原に柏木はいた。服装はいつものスーツ姿だ。
「これが……夢の中か……って、夢の中だって意識できている状態がすごいな」
夢の中で『これは夢なんだ』と思える人はいるが、今の柏木は、『夢の中である』という意識が普通の睡眠状態で考えるのとは違い、はっきりとそう思える意識の状態なのである。この脳内バーチャルの世界で再現できるデータさえあれば、この世のありとあらゆる環境を究極の仮想現実状態で体感できるということだ。確かにこれはすごい技術だ。
……辺りを見回す。イゼイラで見た小鳥に類する可愛らしい生物が綺麗な声で囀り、草花の良い匂いまで嗅ぐことができる。
「マサトサン!」
「ん?」と声のする方を見ると、少々離れた場所にフェルが立っていた。つま先立ちで柏木の方へ手を振っている。彼もフェルに手を上げて、小走りで駆け寄っていく。
「いや、すごいなフェル。これがティ連の、脳エミュレーションバーチャルシステムか」
「はいですね。普段私たちはこのシステムを、娯楽や医療なんかに使っているですよ。すごいでしょ〜」
「まったくね……って、フェルのイゼイラ語も普通に理解できてるな、俺」
「ウフフ、基本は『意識』の世界ですから、そんなものですよ」
二人は傍にあったベンチとテーブルに腰をかける。すると目の前に転送光のような光が立ち上り、顕現してきたのは、ナヨであった。
彼女が顕現すると同時に、周囲に桜吹雪が舞う。ナヨの意識が影響しているのか、その平原風景に桜の木々も同時に顕現し、イゼイラ的な小鳥とともに、ウグイスの囀りも聞こえてきた。
その様相を目にして思わず笑みが出て、何となく良い気分になる柏木。やはりナヨの意識には日本があるのだと感じ入る。
「どうですか? カシワギ。初めてのブレインバーチャルの世界は」
「はは、すごいものですね。現実世界の意識がある夢の中なんて、これ確かに娯楽で利用したら売れるでしょうなぁ」
でも使いすぎると依存症なども引き起こすのではないかと思ったり。それこそ文字通りこの世界に『引きこもる』輩も現れるのではないかと。特にエッチ関係ゲホゲホゲホ。
そんな話をししていると、最後にこれまた光をまとってポンピロリンと顕現するは……なんとニーラの大好きなネコサンキャラだった。大きさはぬいぐるみ程。
「おりょっ!? ……っと、これはニーラ教授のアバターか何かかな?」
『うふふ、大当たりですぅ。 このネコサンを介して、皆さんの脳内状況をモニターしていますよ』
「なるほど。いやはや、意識できる夢世界だけでもすごいのに、意識外の現実世界とも連絡が取れるなんて、たいしたもんだ」
確かに、この機能がないと、引きこもってしまった奴を連れ戻すことはできんわなと思う。
「……さてナヨ閣下。これからどうするのですか?」
「そうですね。とりあえずカシワギには現在の状況を説明しておきましょうか」
「まあ大体状況は想像つきますけど、お願いできますか?」
「はい、では……」
ナヨの話では、今フェルと柏木の意識、そしてニーラのアバターは、ナヨの自我意識を司るトーラルシステムとリンクしているのだそうである。従って、フェルやネコサンと意識を共有できているのも、ナヨのシステムを介してという状況だそうだ。
「……そこで、同じ方法で鹵獲したドーラコアとのシステムリンクを試みてみます……こればかりはどんな形でこの仮想世界が構築されるのか、全く未知数ですのでなんともいえませんが、とりあえず最初に妾がドーラコアの中枢と妾の意識とをつなげて相手がどんな存在なのか、先に体験してみますゆえ、もしドーラコアが対話できるような存在であれば、フェルフェリアやカシワギとも意識をリンクさせますが、もし単なる制御システム……ハルマ人にわかりやすく言えば、単なるコンピュータのような存在であれば、対話などしても意味がないだろうと思いますので、此度の計画は中止ということになります。それでよいですね? ニーラや」
『そうですね。それでいいのではないかと思います』
柏木とフェルもコクと頷く。
「では早速、鹵獲したドーラコアのシステムに妾の意識をリンクさせてみます。しばらくここで待っていて下さい」
「わかりました、お気をつけてナヨさん」
コクと頷いて、転送光につつまれて消えるナヨ。二人と一匹。というか三人はしばしこの場で待機だ。
仮想的な意識世界ではあるが、体感できる感覚は信号的には本物に限りなく近い訳なので、フェルはPVMCGでテーブルにイゼイラ茶を出現させる。
「マサトサン。実際に飲むワケじゃないですけど、ま、とりあえずお茶でもしながらナヨさんが帰ってくるのを待ちましょう」
「うん、そうだな……綺麗な桜の木もあることだし、花見もできる」
「ウフフ、確かにそうですね」
と皆は暫し待つ。そんな所謂『脳内仮想世界』での花見も悪くないと思ったりする柏木であった……
* *
「待たせましたねカシワギ、フェルフェリア、ニーラや」
数十分ほどでナヨが戻ってきた。
その表情は一件変わりなさそうだったが、どことなく不思議顔だ……そもそもナヨ自身が不思議な人物なのに、その不思議人物がそんな顔をするということは、やはりドーラコアというものに、何か感じるところがあったという事なのだろうか?
「ナヨさん、どうしましたか?」とニーラが問う。
「ウム……フゥ……」
「やはり……何もありませんでしたか? ただの自律制御システムだったとか」
柏木の問に、ナヨは自らが創り出した桜の木を見つめる。
その姿に三人は顔を見合わせる。
「ナヨサン?」
「…………」
「ナーヨーサーン?」
「ん?! あ、ええ、何ですかフェルフェリア?」
「ウーム、どうしましたですか? 何か心ここにあらずみたいな感じですが……」
「いえ……何と申しましょうか……そうですね、かのドーラという存在。妾もちょっとよくわからなくなってきました」
そうナヨが言うと、柏木が、
「どういうことですか? ナヨ閣下、あ、いやナヨさんほどの方が、そんな事を仰るなんて」
するとナヨも少し目を瞑り、暫し瞑目して顔をあげると、
「まあ、ここでじっとしてても始まりませぬ。三人共、彼の者の中へ入ってみましょうか」
「え、ええ……もとよりそのつもりでしたので、それは異存ありませんが。まさか我々の自我に害を与える仕掛けかトラップなんかが……」
「いえいえ、そんなものはありませぬよ。とりあえず行ってみればわかります」
と、そういうことならと、ドーラコアシステムへのリンクに挑む柏木達。先程のナヨ同様転送光に包まれてその場から消える……
* *
ヴァシュっという転送独特の音が鳴った刹那。柏木が『その場所』に顕現した……
「!! こ、これは……!」と瞬間驚く柏木。
「エっ!? こ、これがドーラコアの中……まさか……」とフェルも驚く。
『ほえ? これは……あちゃ~、私もそちらに行けば良かったかなぁ……』とネコサンが困ったさんポーズして共に行けば良かったと後悔するニーラ教授。
そう、柏木達が、刹那の意識接合で見たその世界とは……
……砂漠である。
だが、その砂漠の情景は、少なくとも我々地球人が知るそんなモノではなく、大地を覆う砂の色は真っ白。そう、絵に描いたような白い砂の砂漠。だが、所謂シルクロードのテーマでも流れてきそうな所謂あんな辛気臭い風景ではない……どちらかというと、南国の浜辺の砂浜がそのまま砂漠になったような、そんな風景。
正直言って幻想的な風景だ……空は蒼く、適度な雲が浮かぶ様相は、地球のソレと変わらない。
天に輝く恒星の数、即ち太陽にあたる星の数は一つ。
「ですが、それ以外はナニもない風景ですね」
とフェルが漏らす。
「これがドーラコアの中枢を具現化した風景ですか……なんとも不思議な景色ですね。確かにナヨさんが困惑する気持ちもわかりますよ」
柏木は細い目をして遠くを眺める。ニーラはネコサンキャラの向こうで、色々とデータを収集しているようだ。
「私はてっきり物体が記号や数字で出来ているような、葬式のスーツ着たようなオッサンがたくさん出てくるそんな映像を思ったのですが、これってマシンのシステムにある情景ではないですよね、ナヨさん」
「ええ……その通りですねカシワギ。妾もこの画を目にした時、妾が予想した状況とは全く違ったこの風景に正直狼狽しました」
ナヨはヒトガタの中央処理システムとおぼしき場所へ、ナヨの意識を接続した。
その時のナヨのシステムが解析した風景が、今見ているものなのである。
つまり、ヒトガタコアのシステム記憶領域には、こういったナヨ自身が理解できるこのような情景のデータが存在していたということになる。
もしナヨの理解できないものであれば、こういった具体的な情景の描写にはならないのだ。
即ちこの真っ白な砂に、砂漠、そして抜けるような青い空に日が輝くこの景色は、到底機械的なシステムが創り出す風景ではない。
ナヨから言わせれば、明らかにこれは何らかの知性ある存在でなければ表現しえない風景だと……
だが、今この場にその主観となる存在が見当たらない。
柏木達は、その主観。即ちヒトガタドーラのコアへ尋問、というか対話するためにこうまでしてやってきたのであって、その存在がいてくれないことには話が進まない。
『どこにいるんでしょうかね~、ヒトガタコアサンの本体は~』
ネコサンニーラがぬいぐるみのような腕を額に当てて宙に浮かび、周囲を見回す……と……
「マサトサン……あれ……」
フェルが指差す方向、かなりの距離に、小さな人物の立っているのが見える。
いきなりの話だ。それまで気配すらなかったのに……ナヨも自分のセンサーには反応がなかったという。
「……」
柏木はその方向を見て少し考えるが、この状況でそんなものが現れるとなると、恐らく……
「あれが、でしょうかね、ナヨさん?」
「うむ、おそらくそうでしょうね」
二人は納得すると、フェルとネコサンの方にも視線を向けて頷きあう。そして三者納得して、その人物の方へ歩みをすすめる。
白く細かい砂を踏みしめながら近づいていくと……それはヒューマノイド型の知的生命体のようであった。だが、比較的背が低い。
(女の子?)
近づくと、その人物の容姿がはっきりしてきた。
ショートカットの白い髪。褐色系の肌の色。だが、眉毛も白く、まつ毛も白い。
目の色はエメラルドグリーンで唇は人類のような紅色。面立ちは端正な方であろう。
顔に日焼けシールを貼ったような、白い色の、ある種のパターンを持った模様が、入れ墨のように入っている。
首筋あたりを見ると、恐らくその模様のようなものは全身に入っているようだ。恐らくそれは入れ墨のようなものではなく、生まれつきの先天性のものであろう。
体格は地球人に似ているが、耳の形状が少し違う。少々尖っているような感じ。だがディスカール人の笹穂耳ほどではない。
額中心から後頭部にかけて頭蓋骨が突起しているのだろうか、その部分に添って髪が盛り上がるように生えているようで、鶏冠のような髪型になっている。
胸部には少し膨らみがあり、白いウェットスーツのようなものを着て、突っ立っていた……
ズンズンとその人物に向かって歩みをすすめる柏木。
だが、その少女の不気味さに警戒したのか、無意識にフェルが柏木の腕を取って、歩みを止めようとするが、柏木は止めたフェルの手に自分の手を添えて、「大丈夫だ」というジェスチャーをすると、更に歩みを進めて、その少女と面党向かって対峙することになる……
……正体不明の少女……彼女は柏木らと視線を合わせることなく、虚ろな瞳を遠くに視線を合わせ、突っ立っていた。
しばし少女を観察する柏木……少女はこの四人に何ら反応を示さない。だがよく見ると、小さくその視線を動かして、視点を小刻みに変えているようである。
(う~ん……)
頭をかきながら一歩下がってフェル達に近づく柏木。
「(みなさん、一つお聞きしますが、この容姿の種族に心当たりは?)」
そう柏木が問うと、皆して首を横にふる。似たようなのもいないという事だ。
この人物の容姿が、ヒトガタドーラと関係するなら一体この人物は何を意味するのだろう。
再び柏木はこの人物に近づく。一つ小さく息を吸って……
「あの……もしもし?」
少し大きめの声で柏木が尋ねると、その少女はキョロキョロさせていた瞳の動きを止め、ピっと柏木に視線を合わせ、彼を凝視する。だが、顔の向く方向は体に沿って正面で、眼球のみ柏木に向けるので、ちょっと不気味だ。
しばし柏木を凝視すると、その瞳は、ネコサンにフェル、そしてナヨと視線を移し、また柏木に瞳を合わせると、瞳の位置は固定したままで、首を彼の方へ向け、次に体を向けた……その動きまるでロボットの如し。
フェルにナヨ、そしてネコサンニーラは、ここは柏木に任せようと一歩引いて彼を見守る。
柏木は、少女の視線が自分に合ったと思うと、笑顔を作り、膝を少し曲げて少女の視線へと頭の高さを合わせる。
「初めまして、私の名前は柏木真人と申します」
そういうと、手を差し出し、握手のポーズをとる。勿論柏木は、彼らにそんな習慣があるかどうかなんてわからないのを前提にやっている。ヴェルデオは初めて地球人と接触した時、時の総理大臣である二藤部から握手のポーズを教えられると、難なく自然に理解して、そのポーズを真似ていた。で、いつの間にかティ連全域でも地球式の握手は、友好を表すポーズとして自然に浸透していき、ティ連の平手を合わせるポーズは、逆に日本―世界で浸透していった。
そういう自然の反応を見てみたいと思ったので、握手を求めてみた……すると……
「!?」
なんと、この少女は、スっと柏木の手を握り返してきたのだ。その様子を観察する柏木。
だが、フェルは柏木に何かされるのではと思わず一歩前に踏み出ようとするが、ナヨがそれを抑えた。
ネコサンニーラがフェルに、
「ここはナヨサマのシステムの中ですよ、フェルお姉サマ。万が一のことはないですから、心配いりませんよ」
「あ、そうか、そうでしたね」
ウンウン頷いてまた一歩下がるフェル。
さて、意外な反応に驚く柏木だが、しばし手をずっと互いに握っているわけであって、少女が腕を上下に振るわけでもなく、ニコニコするわけでもない。で、「そろそろ手を」という感じで柏木は少女から掌を引こうとすると……これまた今度は少女が手を離さない。
意外に力強い握り返しなので、振りほどくのも失礼。どうしようかと考えて、一言お断りを入れようと、「あ、」と口を開けたその時……
『……質問。この挙動を行う場合、この惑星の知的生体は、個体同士の連帯を確認するのではないのか?』
なんと! ドーラコアの主観が柏木に口を開いたではないか!
「えっ!?」
急な問いかけに思わず、そして流石に狼狽した柏木長官。
勿論、フェルにナヨ、そしてネコサンもびっくりだ……つまり、今までガーグデーラとは殴り合いばかりやってきたティ連において、初めて会話が成り立った瞬間が、いまこの時であった。
『この惑星知的生体から収集した中枢情報に記録されている情報からはそのように判断できる。回答せよ』
「えええ……え? か、回答せよって……はあ、まあそうですが……」
『連帯状態を解除する事由がない。むしろ連帯状態である場合が双方の現状を良好に保つのであれば、カシワギ生体の連携を解除する挙動は不合理である。従ってこの状態を維持せよ』
「は、はあ?」
要するに、この状態がこの方にとっては良好であるそうなので、ずっと維持していなさいと。
首を横にかしげて、フェル達を見る柏木長官。掌を外そうとすれば、ぎゅうと握り返してくる。
まあバーチャル世界の事なので、実際に握り返されているわけではなく、痛くもないのではあるが、この状態を続けるのはいささか具合が悪い。
「あの……貴方のおっしゃりたいことは理解できますが、あー、なんといいますか、私としてもこの状態を維持するのはやぶさか……っていってもわかんないよな……あー、異議があるわけではないのですけど、この手を使えないというのは少々私としましても挙動上不都合が多いわけでございまして……申し訳ないですが、一旦お手をお離しいただけませんでしょうか? はい」
何かこの少女、いや、ドーラコアの物言いにつられてしまう柏木。だが、話したかいはあったみたいで、
『……理解した』
と一言いうと、パっとその手を離した。と同時に柏木を凝視し、視線をずっと彼に合わせ、追い続ける少女。
なんとなくコミカルなその容姿に少し吹いているフェルにネコサン、ナヨさん達。
普通なら、あの国連本部で大暴れした個体であるわけで、十分警戒しなければならない相手であるが、このバーチャル空間ではさしものヒトガタコアも為す術がない。基本はナヨの管理下にある。
「ナヨさん、ここに椅子とテーブルを出せますか?」
「フム、相わかりました」
ナヨは目を瞑ると、事務机に白熱電灯がついた机と、典型的な事務椅子を、この白い砂漠に出現させる。
「あ、あ〜……いや、ナヨさん。そうじゃなくってですね、もちょっと小洒落たのを……」
「ん? 尋問、つまり取り調べをするのであろ? テレビでみたのはそのようなものだったですよ」
「いやまあそうですけど……」
ナヨもちょーっとまだズレてるところがあるが、そこがまた魅力。で、少々説明の後、ナヨが日本のインテリア雑誌でみたテラス机を出現させて、皆してそこに座ろうと柏木は誘う。
だが、その少女は突っ立ったまま、柏木にずっと視線を合わせている。
「さあ、貴方も。そんなところで突っ立ってるのも話がしにくい。かけて下さい」
『この状態は、何らかの情報処理装置が構成した状況下である。そのような状況においてカシワギ生体の指示は無意味。従って現状を維持』
「あ、まあそうでしょうけど、こちらにはこちらの都合がありましてね。その……わかるかな? 落ち着かないので、お座りいただけませんか?」
『…………受け入れる』
そういうと少女はポソっと柏木の対面に着席する。
柏木は皆の表情を一瞥して確認する。ナヨだけが少し訝しがるような表情で少女を見つめていた。
柏木はパンと掌を合わせると、早速という感じで、少女に尋ねる。
「では……さて……我々は貴方のことを現在『ガーグデーラ』と呼称しています。特にその個体はドーラという名称で呼んでいます。貴方の場合は『ヒトガタ・ドーラ』という具合に……あなた方の情報では、こういう事実をご存知ですか?」
すると、その少女は考え込むこともなく、まるでコンピュータに入力した結果が即座に出力されるように、
『回答。肯定。我々は知的生体4201とその他天体999001を構成する星団主権体がゼスタールをそのように呼称することは認識している』
早速この回答で柏木達は『!!!』となった。
「ゼスタール? え? もしかしてそれが貴方がたの正式な名称ですか?」
『肯定』
小さく「おお……」と唸る柏木。皆も同じ感じだ。早速の収穫である。今までティ連がガーグデーラと接触し、何一つわからなかった敵の某、それをティ連がガーグデーラと接触した歴史数百年で、初めて捉えることが出来た。
これもやはりナヨがいたことが大きいのだろう。つまりナヨがドーラコアのシステムを利用した仮想生命体であるから、同じ土俵で、この『ゼスタール』なる存在に対抗できる状況を作り出せたわけで、それができるのは今現在この地球では彼女しかいないからだ。
「ゼスタール……それは、あなた方の種族というか、民族というか、国家というか……その名称といっても良いのですか?」
『肯定』
「うーん、ですが……少々疑問なのは、貴方のような潜入工作を主任務とする存在なら、そんな簡単に自らの正体を喋るものですかね? 普通なら秘密にされるものだと思うのですが……」
『回答。一点前提条件に相違。我々は潜入工作などしていない。効果的な手段ををもって、探索活動を行っただけである。また、我々の固有呼称は、特に秘匿物ではない』
「あ、あ……そ、そうですか……」
柏木が首をひねる。まず連合側との認識にズレがありまくりという点。
この話を聞く限り、彼らはその『探査活動』を円滑に……言い換えれば機械的に行うために、すり替わり入れ替わり行為を行ってききただけであるからして、別にコソコソ隠れて何かしているつもりはないという、そういう認識でやっていると理解できる言葉がまず出てきた。なので、自分達の名称も別に隠す必要のないものだと。
言われてみれば確かに、ポルに化けたヒトガタといい、ブンデス社副社長に化けたヒトガタといい、自分の正体を見破られた瞬間、逃げようとするわけでもなく、正体を隠そうとしたわけでもない。
例外を言えば今尋問しているコイツぐらいなものだ。確かにコイツはシエに国連総会議場で対峙した際、その身を偽ろうとした。だが、それでもシエがダストール人であることをバラした途端、態度を即座に豹変させたわけで、その点も注意が必要だ。
(つまり……この連中は他の生命体を石ころかそこらへんの動物ぐらい……ってそこまでではないにしろ、その程度でしか見ていないって事なのか?)
「ナヨさん……」と彼女に話しかけようとすると、ナヨが膝下に手をおいて軽くつねる。
「ん?」と思う柏木……すると……
「(カシワギ。聞こえますか)」
なんと、ナヨが頭の中へ話しかけてきた……ネコサンニーラやフェルもピクっとしてナヨに視線を合わせる。
「(カシワギ、今、妾は主の頭の中へ直接語りかけています。こういう事もできますから、覚えておきなさい。返答は口に出さず、思うだけでよい)」
「(……えっと、あ、はい)」
ここはナヨ制御の空間であるからこういうこともできる。所謂『効率』である。
「(で、ナヨさん。この連中の行動原理って……)」
「(はい。機械的に見えますが、かといって完全にそうかといえばそうでもなさそうにも見えます)」
するとフェルも会話に入ってくる。
「(マサトサン。ガーグデーラとここまで会話が成立している事自体スゴイ事ですよ。もっとお話してみましょうよ)」
「(そうですファーダ)」とネコサンも頷く。
ウンと頷く柏木。彼は少女の方へ向き直る。
「なるほど、貴方の行動原理は正直イマイチ理解できないところはありますが、まあそれは後の事でもいいでしょう……で、そのお姿がその『ゼスタール人』といって良いのかわかりませんが、その種族の容姿と考えてよろしいのですね?」
『肯定』
「ふむ。ですが……我々はあなたの事を、我々が『ヒトガタ』と呼称している機動兵器の中核部分と認識していますが、まあ当たり前といえば当たり前の話ですけど、貴方自身がその兵器を直接操縦しているわけでもない。なのに、なぜその姿が……この空間で顕現するのですか?」
すると、このヒトガタはガーグデーラという存在の、ある種根幹にでもなるような重要な回答を返してきた。
『回答。その質問の意味が不明。なぜなら、そこに我々と同様の原理で稼働するカルバレータが存在している。カシワギ生体は我々の個体の存在原理を理解しているのではないのか?』
その少女はナヨの方を指差してそう回答した!
「えっ!?」となる四人。そして柏木、フェル、ネコサンはナヨの方を見る。
「まさか! ドーラがナヨさんと同じ???」とフェル。
ニーラはネコサンの向こうで既に何か別の作業を始めていた。
「ち、ちょ……ちょっとまってください」と柏木が手を正面でヒラヒラ振り、「ナヨさん、あ、いや、この方とあなた方が同じということは……もしかして貴方には固有のお名前というものがある存在なのですか?」
『肯定。このゼスタール個体の固有名称は、シビア・ルーラと呼称されている』
「では、貴方の事は『シビアさん』ということで宜しいので?」
『肯定』
柏木はそのヒトガタに脅威を覚えつつあった。
なぜなら、今の話を聞けば、ガーグデーラと呼ばれていた『ゼスタール人』とでも言えば良い存在。この存在が、どうにもナヨのような存在として『国民規模』でいるような連中なのか? と……
そう考えると、それはとんでもなく恐ろしいことである。つまり、今対峙しているこのコアという存在も、シビアという名称の少女が依代としているだけの存在であり、単なる遠隔操縦兵器という可能性がある。
ということは、一〇年前のドーラ・ヴァズラー事件の時、既にもう地球という存在は、このゼスタールに知られていたのだろうか? もしナヨのような存在がこの種族だというのなら、当然そう考えて然るべきではあるが……
複雑な状況がポっと考えただけでも色々と噴出してくる。
まずは、今回の事実で一番最初に問題となる事が、今までどいういう連中かわからなかったガーグデーラと呼ばれていた存在が、『主権』をもった存在であるということである。即ち、テロリストや海賊のような連中ではないということだ。
ゼスタールという呼称を持つ種族が組織的軍事力を持つということは、常識的に考えて「主権体」であろう。となると……
(特危自衛隊の行動をどうするか……考えなきゃならんかもな……)
そう、今後もし特危がゼスタールと交戦すれば、それは『紛争』になってしまう可能性がある。
これは、この一〇年経った日本でも重要な問題なのである。
「あの〜……」
口を開いたのはフェルだ。
「ケラー・シビア? 一つお聞きしたいのですが、貴方はこの惑星の経過時間で、約一〇周期前にこの惑星近郊で起こった、あなた方と我々との戦闘事件をしっていますか?」
フェルも柏木と同じことを考えていたようだ。ドーラヴァズラー事件の事を訪ねている。だがその返答は……
『否定。情報を提供せよ』
なるほどと柏木は思う。フェルも良いタイミングでその質問をしてくれた。これで柏木の疑問が一つ解決した。
それは、ゼスタールのヒトガタ三体が共謀してこの地球のネットワークに放った、所謂ドーラコアシステムの設計データである。
つまり、彼らの兵器システムにはナヨのような遠隔操縦兵器と、単純な人工知能に制御された自動兵器が存在するのだろう。
もし、一〇年前のドーラヴァズラー事件でのコアが、このシビアに見られれるような存在であれば、地球の存在は一〇年前、とうにゼスタールへ知られてしまっているという事になる。
(という事は……)
そこから導き出される答えは……
柏木は、防衛総省長官になった際、いろんな連合防衛機密に属するデータを色々閲覧することができた。
その時の知識として、彼らの機動部隊を構成する兵器は、母艦を含め全て『無人』であったという事である。となると、かの『シレイラ号事件』での正体不明の行方不明者が、この『ヒトガタ』という事であるならば、その使役者として指揮していたのがその『行方不明者』であったのだろうと推察できた……
柏木も、今になって一〇年前の記憶と疑念が色々と噴出してくるこの状況に、だんだんとのめり込んでいく自分がいることを自覚していた。
それはフェルやネコサンニーラも同じくである……ナヨは実のところさほどではないが、このガーグデーラという再誕した後に知ったその存在が、今の自分と同様の者という事実には、非常に興味を持っていた。
徐々に彼らの存在が、まだ漠然とではあるが形になって見えてきた。
だが、それでもまだまだ色々と疑問はある、というか、こういった状況では当たり前のパターンとでもいおうか、『事実を知れば知るほど、別の疑問が湧いてくる』というループに嵌りそうな、そんな状況であった。
「ああそうだ、シビアさん。一つ確認したいことがあるのですが……今、貴方のコア。即ち依代になっているこの機械部品は、我々に鹵獲されている状況です。それは理解できていますか?」
『回答。肯定』
「あ、あ、そうですか……では、貴方がこのナヨさんと同じような存在であるとするならば、このコアとの接続を切ってしまえば、所謂『逃亡』するという状況もできると思うのですが……なぜそうしないのです?」
当然の疑問である。このシビアがナヨと同じような存在であれば、このコアを放棄すればこの状況を脱する事ができるわけで、簡単に、所謂『逃げる』こともできるわけだ、が……
『回答。そのような事は不可能。我々はカウサと関連付けられた時点で、カウサとシビアは一体である。従ってシビアがスールに回帰するためには、シビアのカウサが抹消されなければならない。それは所謂お前たちの言う「死」であるが、同時にスールへの回帰でもある』
「は? な、なんだって!?」
よくわからん物言いである。が……
(“カウサ”という言葉が、ドーラコアを意味するのなら、ナヨさんのように、単純にシビアの存在する『場』と、このコアは切り離せないという事なのか? で、切り離した状態が「死」と表現できるのであれば……『スールへの回帰』とは何なんだ?)
いやはや、交渉官として名を馳せた柏木ですら、これは相当な強敵交渉相手だと思うわけである。
そもそも、ナヨの存在をベースとして考えると、色々無理が出てくる。
ナヨは、本来トーラルシステムに記録されていたナヨクァラグヤ帝の遺志であり、それがトーラルシステムの性能のおかげで自我をもった存在となったのが彼女だ。つまり今のナヨさんの仮想生命体としての存在は、言ってみれば後付けなのである。もし、ナヨが生誕する際、かの時ドーラコアをナヨが『めっけ』しなければ、ここにはいなかったかもしれないわけであるからして。
だが、このゼスタール人なる存在は、先天的に『ナヨ』と同じ状態の知性体である……ここで『知的生命体』と言えないのは、『生命』であるかどうか、その状態がまだわからないからであるが、色々推理するに、やはりナヨとは似て非なる存在なのはわかってきた……
『ということは、このシビアさんは、今の状況「鹵獲」というよりも、「捕虜」という感じかもしれませんね』
とネコサンニーラがポヨンと語る……残念ながらその容姿のせいで極めて緊張感がない。
「シビアさん……どうも我々とあなた方は、その文化哲学の感覚がかなり違うように見受けられますが、貴方は我々を見てどう思いますか?」
『回答不能』
「え?」
『その質問に対する回答に、意味を見いだせない。だからそれがどうしたのだ?』
「あ……いや……」
「はぁ〜」となる柏木。こりゃ相当に難敵だわいなと。
以前、柏木がヂラールと対峙した時、結果彼らは人工的に作られた生体兵器であるということがわかったが、その時ニーラに教えられた『半知性体』という存在。
そんなのであれば、意思疎通が出来ない理由も納得できるが、どうにもこの『ゼスタール』なる存在は、そんなのとも違うようだ。
で、一番根本的な質問を彼女へ投げかけてみる……というか、その質問ができるまでにここまでの前置きを考えなけりゃならないわけだから、これは大変だと言う話。
「わかりました。質問を変えましょう……では……これはティ連として聞きたいのですが……あなた方がこうまでして、ティ連を襲撃するのは何故ですか?」
そう、結局はこれである。正直ティ連としてもここははっきりさせたいのであった。
実のところ、ティ連にとってガーグデーラの存在自体は、ティ連の国体を揺るがすほどの大きな脅威……というわけではない。これは地球社会に対してのSISのようなものだ。
SISは確かに世界が警戒する脅威ではあるが、先進国家の国体を揺るがすほどの存在というわけではない。数百年単位でそんな感じで、その間彼らに何か大きな作戦食らってどこかの文明が一つ滅んだとか、そんな話もない……ただあくまでそれは『ティ連』での話であって、他の文化文明圏であれば、そこはティ連の与り知らないところではあるが、現在の地球がそんな感じなのだろう。
まだ地球の科学レベルでは、ティ連の存在がバックになければ、ガーグデーラ。即ち『ゼスタール』に対抗することはままならないというわけである。
『……意思と現実を取得する事。我々はそれを「999001星団主権体」に要請してきたが、受け入れられなかった。我々はその見返りとして永遠の存在を供与する事を提案したが、拒否された。拒否は抹消されなければならない。なぜスールに回帰することを拒否するのか、我々は理解できない』
「!!」
柏木達四人。この言葉で一気に状況が本題に入るのを感じる。
【意思と現実を提供せよ。さすれば、永遠の存在を供与する。拒否は抹消】
この言葉の意味が具体性を増してきたわけである……
……ヒトガタドーラとの接触と対話。これを脳仮想空間で行おうという前代未聞のアイデイア。
柏木は最初『なにをさすんじゃい』と思いもしたが……なんのなんの。これはやってみて正解だったのではと思う次第である。
ここに来て、今まで全く謎の存在であった彼らの一端が見えてくるか?
ティ連と彼らの因縁が、この発達過程文明国家である日本で見えてくるというのも、これなんとも不思議な因縁を感じる柏木であった。
さて、柏木連合防衛総省長官……元日本国政府特務交渉官の履歴を持つ男。
どこまで彼らに迫ることができるのか……
シビア・ルーラとの対話は、まだ続く……