報告、それから
あと五件残っているんだ。きっと一人くらい、噂だけでも知っている者がいるだろうと思っていたが、外れてしまった。誰も知らないらしかった。いっそう重くなった手を優しく握って、小屋へ帰った。それ以外に出来ることも、かける言葉も、僕には無かったから。
「お、おっさんも帰ってきたのか。こっちはさっぱりだったぜ。そっちは……おいおい、まだ始まったばっかじゃねえか」
同じ頃に帰ってきたサカキは、僕らの顔を見て悟ったらしい。そして、この瞬間に、今日の成果がゼロであることが分かった。ラッドは僕の手から離れて、自分の部屋に消えた。
「あ、おいラッド……」
「仕方がないよ。しばらくそっとしてあげよう」
「ああ。じゃ、その間に俺たちは猫又のヤツに聞きに行こうぜ」
「そうだね」
管理人室に、軽くノックして入る。猫又さんは朝と同じように足を組んで座っていた。大きな丸い目が、僕らを見た。
「来たかい。獣人の坊やは連れてないんだね。ちょうどいいよ」
猫又さんは自嘲気味に笑って、
「成果はナシさ。すまないね、誰も知らないんだ。獣人の群れ同士の争いは知っててもね、どこに行ったかまでは……」
「俺たちも聞いて回ったが、知ってるヤツはいなかったからお互い様だな。もう、こうなりゃ森に入るしかなさそうだぜ」
森には獣人だけでなく、他にも大なり小なり危険がある。幼いラッドや、足手まといの僕を含めて分け入るには、無傷ではすまないだろう。静まり返った空間は、時間の流れを分からなくさせる。いつまでそうしていたのか、サカキが唐突に、飯の時間だと言って解散になった。
聞こえるはずのないラッドのすすり泣く声が、眠りにつくその時まで耳から離れなかった。
獣の目が、僕をとらえている。喉元に鋭い牙を突き立てんと、ぎらぎらと光っている。夢か? しかし腹の上の重さは、いったいなんだ? 獣が噛み付く。肉が裂ける。気は進まなかったが、薄く目を開けた。柔らかそうな毛が、目の前にある。見覚えのある……イヌ科の耳……?
「ラッド?」
つぶやくと同時、影が僕の上から飛び降りて、ベッドの横に降り立った。雑に着地したのか、かなり大きな音がした。うずくまって、立ち上がる様子がない。僕は、この時になって初めて、自分の喉が、何かで濡れていることに気がついた。物音で起きた誰かが部屋へ入る気配がする。
「おっさん、何事だ……!?」
サカキか? 近くでラッドのうめく声がする。いいや、泣いているのか。とにかく熱い喉に手をやって、身体中がどくどく脈打って、意識が、ぷつりと……最後に見たのは、手についた、紅。
僕は、死ぬのだろうか。