母親探し-4
「なんだい、アンタたち。レディの部屋にノックと同時に入るなんて失礼じゃないか」
「よお。そんなことはどうでも良いからよ、猫又。近頃、東の森でイヌの群れ同士の争いがあったのは知ってるか?」
「サカキ、アンタって子は……。まあ、いいさ。困っているようだ。アタシで良けりゃ力になるよ。そうだね……確かそんな話を聞いたかね……」
猫又さんはしなやかな動きで足を時々くみかえながら、話してくれた。
いわく、先日の争いはただの縄張り争いでは無かったそうで、そこにはある獣人の存在が絡んでいた。
獣人の中には、ごく稀に人間の体を持って生まれる者がいるらしく、そいつは災いをもたらすとして大きくなる前に殺してしまう掟であった。しかし母親はそれに従わず、群れのリーダーの慈悲で生きることを許されたのだが、それを良しとしない他の群れに襲われたのが真相だそうだ。
僕はラッドをちらりと見て、イヌのような耳を確認した。どうやらラッドは巻き込まれただけのようだ。
会ったこともない人の姿をした獣人を不憫に思う一方で、僕は安堵した。ラッドに危険が及ぶことはあるまい、と。
「ただね、アタシが知ってるのは襲撃事件のことだけさ。その後、襲われた群れがどこへ逃げたかまでは分からない」
猫又さんは、悪いね、とラッドに謝った。力なく首を振るラッドに、はやく安心させてやりたいという思いがいっそう強まった。
「僕から提案なんだが、小屋の者にも聞いてみないかい? 群れで逃げる獣人を見た者があるだろうから」
「まあ、当てもなく森をさまようよりはいいだろうね。アタシからも聞いてみよう。アンタらは今、出かけてる連中に聞き込みな。名前と出かけ先は外出記録見りゃ分かるだろう」
「おっさんにしてはマトモな提案だな。おっし、行くか!」
サカキは僕たちを鼓舞するように声を張り上げると、一番に管理人室を出て行った。猫又さんにお礼を言って、外出記録のある玄関ホールへ急いだ。
外出記録を見ると、出かけている者は案外少なく、たったの十五であった。小屋で生活している者は、およそ三十であるから約半数だ。とはいえ、それぞれの出かけ先はバラバラで、これは結構時間がかかりそうだ。サカキが顔を上げる気配がした。
「手分けしようぜ。おっさんとラッドは新しい記録から当たっていってくれ。俺は古いのから行くから。んで、合流な!」
入れ違いになると困るから、結局僕とラッドは街の東側に出ている六件を担当することに決まった。聞き込みが終わり次第、小屋に帰宅。報告し合って、翌日に出立する予定だ。もし目撃情報が無ければ……その時はまた考えよう。
「おいちゃん、どこから行くの?」
「そうだね……ここから一番近いのは、東の門だ」
この街の中心に位置する「白の広場」、そこにそびえ立つ大きな白い塔……これを目印にぐるりと街の東側を一周する。そうすればいくら方向音痴の僕でも大丈夫だろう。
「おいちゃん、大きな門がみえてきたよ!」
「あれが東の門だ。ここの門番として雇われているのが二人いるはずだよ」
今この街は、他勢力との争いが無い。とはいえ、傭兵を門番にするのは問題ないのだろうか? それとも小屋の者はそれほど信用されているのか……?
今まで小屋の者の勤め先にはあまり興味が無かったため何も思わなかったが……帰ったらサカキにでも聞いてみよう。