少年との出会い
「ネオンの光を見たことはあるかい? ……そうか……あれはね、下品で、けれどきらびやかな光さ。夜を盛り上げてくれたもんだ。でも、ここには無いんだね」
隣にいる少年は、ふわふわの栗毛を揺らしながら興味深そうにこちらを見ている。彼の頭の上には、おそらくイヌ科であろう、動物の耳が生えていた。
見上げた空は、紅い。ここは何もかもが違っている。僕の知っている世界、地球の、日本の、東京の……ああ、もうやめよう。
とにかく、ここにあるのは、植物の根付かない枯れた大地と、かつては栄えていたという街がいくつか……あとは、真っ赤な海がこの世界の全てだった。
僕がこの妙な世界に来たのは、今からおよそ二ヶ月ほど前のことだ。
……この世界に来た?
この事実は、言うまでもなく僕の頭を悩ませた。だってそうだろう。馬鹿なことを言うな、これは夢か幻……あるいは、そう! 誰かのイタズラに違いない!
でも、どうして? 一体誰が、なんのために……そもそも、逃げ道をいくら探したところで、空の紅さは生々しいぐらいに鮮明で、何より現実味があった。
風が、僕のボロなコートを吹き飛ばす勢いで吹き付ける。
初めこそ、このような葛藤があったにせよ、人というものは慣れる生き物である。今では僕も、この世界にすっかり馴染んでしまった。
「おっさん、飯だ。……おい、なんだその獣人は? どっから拾ってきやがった、居候の身で!」
荒々しく扉が開く音がしたと思うと、飯時を知らせに来たサカキであった。
「獣人っていうと、この子のことか?」
栗毛の頭を垂れた耳ごとかき混ぜてやると、少年はくすぐったそうに笑った。
「そうだよ、そのガキだ」
いらついたように耳の裏をかいている。それはサカキの癖で、彼の耳は僕のと違い、先がやけにとんがっている。エルフというこの世界で最も穏健な種族……のはずなのだが、個体差があるらしい。僕はいつもサカキにどつかれる。
「僕がここに座っていたら、寄ってきたんだ。大方、迷子にでもなったんだろうな」
「だろうな、じゃねえよ! どうすんだよ、そいつ。獣人とは関わんなって俺、言ったよな?」
少年はサカキの剣幕に怯えているのだろう、僕のコートの裾にすがりついている。
「そうは言っても、放っておくわけにもいかないだろう。この子を元いた場所に戻してやりたいんだ」
元いた場所に戻る……僕にはきっと、もう叶わないことだ。だからなおさら、放っておけなかった。
サカキは僕の顔を見て、やがて諦めたように首を振った。
「ああ、ああ、もう分かったよ。おっさんの好きにしろ、このお人好しが!」
そう吐き捨てて、背を向けたサカキだったが、何を思ったかもう一度こちらを振り返って
「俺の作った世界一うまい飯だ、坊主。残さず食えよ。ほら、お前も来るんだよ」
母親探しはそれからだ、と言い残して、今度は振り返らずに小屋へ戻っていった。
取り残された僕たちは、顔を見合わせて、少し笑った。少年は笑うと目がきゅうっと細くなって、ああ今ごろ母親はひどく心配しているだろうなと、僕は気の毒になった。