はいめつ
「ですから嫌ですと、何度も言っているではありませんか」
お嬢様と(不本意ながら)お客様にお飲物を運びながら部屋に入った時だった。
相変わらずお嬢様は不機嫌な声だ。
無理もない。使者を送ったのはロクでもないバカ共だからだ。
「そうは言わないで下さい。エミリー様」
「他人から私の愛称を簡単に言わないで頂きたいですわ」
「……これは貴女の伯母である女王陛下のお願いです」
「お願い? 命令の間違いでしょ? それにしても良くぬけぬけとそんな話をしてきましたわね。その伯母によって私と伯母の妹である母は国外追放されたのに?」
お嬢様は冷ややかな声で絶対零度な視線を隣国からの使者に向かって放った。
無理もない。無実の罪を着せ、奥様とまだ五歳だったお嬢様を王宮追放だけでなく、身一つで国を追い出されたのだ。
しかも隣国とは言え、一番近い国までは山を三回登らなきゃいけないし、その道中は危険な魔物がウロウロとお腹を空かしている。そのど真ん中によりによって二人を置き去りにしたのだ。言わば『さっさと死ね』と遠回しに言ってる様なもんだ。
「……陛下にもそうせねばならない理由が」
「理由? 祖父母が暗殺された時、誰が最初に母が首謀者と言いましたか? 誰が母の言葉に耳を傾けず国外追放を命じたのです? 碌な調査もしないままに良く母を犯人に仕立て上げたわね」
ここまで言われて思わず使者も口を噤んだ。ここまでくると使者に同情心が湧いてくる。この使者だってそんな事分かっているはずだ。何せこの部屋に案内する間、諦めの表情をしてたのだから。
「……それでも来てください」
「い・や・よ。戻ったって、そのうちまた要らぬ罪を着せられるわ。今度は二人そろって死刑かしらね。前はアレの身内だから温情で追放だけで許されたけど。ああ、そうかそうか。アレの狙いはこの国ね。そうね適当に私達に罪を被らせてそれを理由に攻めるつもりね。あの屑がやりそうね、いや、やった事あったわ。確か屑の従兄弟の嫁の国にそう言って攻めたわね」
プルプルと使者が身体を震えてる。顔も青を通り越して白になっている。可哀想になってきたからここまでだ。
「お嬢様。それ以上虐めては可哀想ですよ。彼だって好きで来たのではないのだから」
「ヒルダ」
「エドマンド様」
使者は驚いたように顔を上げた。ただの使用人が己の名前を知っているから無理もないだろう。
「貴公の奥方やお子様、使用人が先程到着したそうです」
「えっ?!」
「今、外にいるはずです」
言った途端、風の様にエドマンド様は窓の傍に向かった。
外には美しい奥方とまだ乳飲み子の子供とまだ二桁もいかない子供、幾人かの使用人達がいた。
「あ……あ」
エドマンド様はぽろぽろと眼から涙を溢し、膝をついた。
「貴方が元いた家より小さいですが、家も用意しています。いろいろ手続きはありますが、担当者がいるので大丈夫でしょう」
エドマンド様は立ち上がり涙を拭いて頭をお嬢様に向けて下げた。
「ありがとうございます! ありがとうございます!!」
「御礼はいいから。その代わり質問に答えて頂戴」
お嬢様は五月蠅そうに手を振った。
「何でしょう?」
「私のフルネームとその名前を誰に教えて貰ったのか。それだけよ」
お嬢様の突飛な質問にエドマンド様は首を傾げた。
「? 女王陛下が教えてくれました。エミリーロット・エレンディアだと」
「……そう。なら帰っていいわ」
エドマンド様は足早に部屋から出て行った。
「……疲れましたわ」
「悪いね。無茶な事を頼んで」
「いえいえ。これもヒルダ様の為ですから」
ヒルダ様は優雅にソファに座り、私はヒルダ様の淹れた紅茶をカップに注いだ。
皆様初めまして。
私、エミリーロット・イレーゼラです。
えっ? 苗字が先程と違うって? それはそうでしょう。
何せ私は影武者ですから。
この屋敷の本当の主は、先程紅茶を運び、使者の家族の無事を報告したヒルダ、本名ヒルデリカ・エレンディア様です。
正直何故私がヒルダ様の影武者に選ばれたのか理由が分かりません。髪や眼の色は私は金髪碧眼に対して、ヒルダ様は綺麗な烏の濡れ羽色の髪に黒真珠と見間違う位の綺麗な瞳。
それに顔立ちだって私は童顔なのにヒルダ様は中性的な綺麗な顔立ち。今、ヒルダ様は冒険者の様な格好をしていますが、まるでお伽噺のヒーローの様で思わず胸がキュンとします。
話は逸れましたが、この通り共通点らしい所はなく、お嬢様と同い年で背丈が同じぐらいですか。
いいえ、別に文句はありません。それどころか光栄過ぎて死にそうなぐらいです。
「しかし、あの屑、お嬢様の名前すら忘れているとは……ブチ殺したくなりましたわ」
「落ち着きなよ。エミリー。私としては好都合だよ。アレに名前を覚えているだけども、嫌だからね」
「ですけど……それよりヒルダ様。どうして使者の逃亡を手助けするのですか。だって全員あの屑が統治する国民ですよ?」
「確かにね。でもね、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いて訳にはいかないわ。アレはアレ、コレはコレよ。それに彼らだって何の成果もなく帰ったら一族諸共即刻死刑。こんなの聞かされて何もしなかったら夢みが悪くなるよ」
ヒルダ様の言う通りだ。屑の国は一度のミスで測死刑が当たり前の国だ。ヒルダ様達の事は国中知ってる。(無論二人が無実な事も)誰だって出来そうもない仕事を誰がやる?
まあ、あの屑は家族と使用人を人質に取って無理矢理行かしてるけど。あの屑女とっとと地獄に落ちてくれないかしら?
「……本当にヒルデリカ様はお優しい……」
「優しくないよ。ただ、偽善者なだけ」
「そんな事ありません!」
偽善者ならわざわざ自分で家族や使用人を助けません。住む家も働く場所も提供しません。この方いつもそう。自己評価がいつも低い。本当に性格はヒロインの若い頃にそっくりだわ。
話は変わりますが私は転生者です。勿論乙女ゲーに転生です。
このゲームは『ハイレスカ王国恋物語』、略して『はいこい』と呼ばれています。
このゲームはある無名の同人者達が作ったゲームです。
ヒロインはとある小国のお姫様。ヒロインが通う学園を舞台に三年後の王位継承を目指して恋をしたり、女王を目指して自分を磨いたりと定番通りと言えば定番通り。
しかし他の乙女ゲーと違うのは登場人物の多さだ。
攻略キャラの他にサポートキャラや友人キャラは勿論、教師は先輩後輩、侍女や庭師どころかモブ役な国民、はてに父親の側室などなど、把握しているだけで千人。しかもそれぞれにスチルがあります。スチルも単体から複数など下手すれば万は超える。その凄まじい量に一時期『商業化は絶対に無理』とネットで話題になった程。しかも王道中の王道な展開で胸キュンな場面が攻略キャラの他にも沢山めり込んでいて、製作者の好きな様に作られたゲームは瞬く間に大人気となりました。
膨大なスチルをコンプリート出来た猛者は全国で四人。(何せランダムで出るキャラも十人いる)その中に不詳この私の名も入っています。いや~あの時はきつかった。前世で生きていた中で一番の苦行だった。そしてコンプリートした時のあの感動は今も忘れられません。
何となく予想出来る方はいますが、ヒルデリカ様は『はいこい』のヒロインの娘です。
ヒロイン、マリアテル様はまるで聖女の様な方だ。
ゲームの設定では『優しく、心が強いヤマトナデシコの典型的な例』だったが、ここのマリアテル様は設定以上のハイスペック過ぎるだろ……
料理は和食洋食中華などありとあらゆる料理は作れるし、家事だって今時の専業主婦でもそこまで気を付かない所までやるし、私が男だったら結婚を申し込むレベル。性格も人間人外老若男女関係なしに平等に愛し、手を差し伸べるお方。しかし甘やかすだけではなく時に厳しくするその聖母の如く美しいお姿にマリアテル様のファンは増える一方。
………恥ずかしながら、私の父親達も奥様のファンでファンクラブの会長と副会長をなさってます。家の一部の部屋はマリアテル様のグッズに埋もれていて私の悩みの種です……
「エミリー」
「はいっ?」
いけないいけない。また話が逸れてきましたわ。
「そろそろだと思うの」
「そろそろ? ……て事は?」
「うん。父さん達も相談しあったけど、使者が来る回数が最近多くなったし、アレの国の動きも怪しくなってきたからね……火の粉は振り払ないと」
「では?」
「うん。ハイレスカ王国と戦う事が決定した」
つ、ついにキタ―――――――!!!!!!
あのごみ溜めの分際で私らの女神達を苦しめやがってて言うかゲームじゃヒロインの姉いなかったよね?確かヒロイン一人っ子の筈なのに何で姉がいんの?あれか?あたしと同じ転生者か?今流行の逆ハー狙いか?ブスの分際で何て事してくれたなあれなの?馬鹿なの?死ぬの?まあ肥溜めの話を信じたボケ共なんてどうでもいいわああもう早よ死
「エミリー、エミリーロット」
「……はっ! まさか、出てました?」
「それはもう。これでもかって位に恨みつらみを吐いていたよ」
「ああああっ!! も、申し訳ありません!!! ヒルダ様の影武者の癖に汚らしい言葉を吐くなんて!!!!」
何たる失態。心の中で吐いていたつもりがまさか口に出していたなんて。土下座しても許されない行為。ああ、誰が私を殺して!
「大丈夫、気にしてないよ。それどころか私達の為にそこまで怒ってくれてありがとう」「当たり前です! お二人は我等の光ですから!!」
「言い過ぎだよ……さあ、早く母様の所に行こう」
「はいっ!」
さあ、これから始まるのは恋愛劇でなく、復讐劇。題名はそうね。元々の題名は『ハイレスカ王国恋物語』だから『ハイレスカ王国滅亡物語』かしね。略して「はいめつ」ね。ああ、待ち遠しいわ。
~登場人物~
エミリーロット・イレーゼラ(15)
愛称はエミリー。転生者。本作の主人公。
生前はそこそこ有名な女優でもあり、重度のゲーマーだった。生前の女優業のお蔭で影武者に選ばれた事を彼女は知らない。
公式の場所以外は殆ど彼女が出ているのとその振る舞い(演技)のお蔭で彼女が本物だと思っている人が多いのを彼女は知らない。
興奮状態になると一人称が「私」から前世の「あたし」になる。
ヒルデリカ・エレンディア(15)
愛称はヒルダ。「はいこい」のヒロインの娘。
中性的な顔立ちの上、時に紳士に時に淑女な立ち振る舞いのせいで性別不詳と言われるがれっきとした女性。
趣味で冒険者をしていて、冒険者からはかなり有名な人。(ファンクラブあり)ハイレスカ王国についてはエミリーの手前平然としていたが、内心かなりブチギレてる。実はクールに見えてかなり熱いハートを持つ。
エドマンド(30)
王国の使者。位は子爵。多分今後出ないと思う。
ヒルダ達の事情を理解しているのだが、家族と使用人を人質に取られていたため泣く泣くエミリー達の元に向かった。
再開後、王国に帰らず家族と使用人と一緒にエミリー達の国に移住する。地位を捨てた後は色々苦労が多かったが幸せに暮らしている。
続くかも?