オワル
「……今のは、答えじゃないですよね」
言ってみると、教授は無言でこちらを向いた。
僕はそちらを向けない。運転しているのだから。
「一般にはそれで通じるでしょう。実際ガスは発生しているんでしょうし、気象と地形の関係上ありえない「風」があったのも事実でしょう。ですが、それじゃ説明のつかない事もありますよね」
土埃や草で汚れた帽子の下から、教授の妙に青い目が僕を凝視しているのが感じられる。
「風葉さんです。彼女についての説明が無いんですが」
教授は答えない。
「風葉さんが、僕たちが来る前に亡くなっていたというのなら、僕達が会ったのは一体誰なんですか」
教授は、答えない。
僕は、まるで独り言の様に言葉を繋げる。
「教授にそっくりでしたよね。びっくりしました。大叔母って言うくらいですし、教授よりずっと年上だと思うんです。でも、彼女はあまりにも」
「若かった、ですか」
か細い教授の声は、やたらとうるさいエンジン音の中でも何故かはっきり聞こえた。
「見た目が変わらないのはどうでもいいんです。若作りの人っていますしね。……ここからは、僕の妄想です」
ヘッドライトは調子が悪いようで、照らされる地面は薄暗い。自然と、僕の声も小さくなる。
「風葉さんは居たんです。でも、教授は彼女に会った事が無かったから、誰が風葉さんか分からなかったはずなんです。教授は「風葉さんが殺されていた」事を暴きました。僕達の目の前に現れた「風葉さん」は、本当は誰だったのか考えたんですが、どう考えても答えは一つでした」
少し大きめのソフト帽がずれて、教授の目元は隠れている。口元はいつもの如く微笑んでいて、やっぱり何も答えない。
「彼女は風葉さんだったんです。そうとしか考えられません。村人が風葉さんの代理を立てるはずが無いし、もしそうしたならもっと年配の人を使ったはずです。つまり、彼女は風葉さんで間違いない。では殺されたのは誰だったんでしょう。やっぱり風葉さんだったはずです。代わりの誰かを殺す意味は無いですから。そして、根本なんですが」
「根本、ですか」
教授が小さく呟く。いつもの僕と立場が逆転しているようで、複雑な気分になった。
「根本です。だから、もう一度聞くんです」
僕は口だけで軽い呼吸をして、告げる。
どうしても、低い声になった。
「教授。何故今回の話を引き受けたんですか?」
彼女は解答しないが、ちょっとだけ微笑みが大きくなった気がした。
「旅館でははぐらかされました。あの時は「興味関心ではない」と言ってましたが、僕はてっきり風葉さんに会う事を楽しみにしていたんだと思ってました。でも、すぐに事情が変わりました」
「何故でしょう」
「教授は風葉さんにそっくりでした。もしあれが本物の風葉さんなら、流石の村人達もひどく驚くのではないでしょうか? そっくり過ぎますし。でもそんな素振りはありませんでした。……「不思議」だと、思うんです」
彼女はまた黙ってしまった。
「当然僕達の前に現れた「風葉さん」が本物でなかったと考える事も出来ます。でも、やっぱりおかしい。最初に戻りました。じゃあ、彼女は誰だったんです?」
また車内に沈黙が流れる。
仕方ないので、僕が口を開く。
「それで、教授が山に来た理由が分かりました。教授は、和倉葉旅館にあの「風葉さん」がいる事を知っていて、それを目的にきたんじゃないかな、と。理由は、これも僕の想像なんですが」
車は緩やかなカーブにさしかかり、僕はゆっくりハンドルを右に切った。何だか癖のあるハンドルで、ちょっと重い。
「彼女を殺す為」
思いのほか低い声になって、ちょっとだけ怖くなった。
「言ってましたよね。山井葉家は病葉の力を継いで神になったって。風葉さんは神の力でもって、それにより和倉葉山の力を逆に抑えていた。ならば、風葉さんが死んだら「蓋」は無くなる。それを阻止するのが目的だったんじゃないかなって、思うんです」
カーブは続く。今度はハンドルを左に切る。
「でも、もう「蓋」は無かった。彼女は殺されていて、残っていたのは「病葉」だけ。ならば、教授がしなくてはいけない事は只一つ。「病葉」を殺して、被害を最小限、具体的には和倉葉山一つに収める事。
彼女はもう、風葉さんじゃなくて、病葉そのものだったんじゃないですか。
だから、教授は招聘を受けた」
僕の推論は、はっきり言って荒唐無稽だ。田上の論理と何ら変わりはない。
だが、教授は反論しない。
「そう思った一番の理由は青年団長の件です。教授は説明を不要、と切って捨てましたが、あれが一番『病葉の呪い』に近かったはずです。田上も、村人達も、僕も『呪い』について考える内に、細部がおろそかになっていった。でも、あれこそが『呪い』だったんじゃないかなと思うんです」
そうだ。
歳を倍も取ったような死に様。僕は見ていないが、それでもそれが「枯れた」という意味に取れる事は分かる。
「そして、「老い」という名の枯渇を他人に押し付けた病葉は力を取り戻した。山井葉風葉は、若返った。村人達がどんな殺し方をしたのかは知りませんが」
神を殺せるような、そんな殺し方ではなかっただろう。僕達に見せつける必要があったのだから、少なくとも形は残っていたはずだ。
だから、失敗したのだ。
「僕は教授が「神」を殺せたのだと信じています。だから、聞きます」
僕はしっかりと前を向きながら、尋ねた。
「貴方は、和倉葉朽葉ですか。それとも」
言葉を切り、横目で彼女を見やる。
彼女は、いつも通り微笑んでいる。
そして、ゆっくりと顔を上げ、帽子の下から青い瞳を覗かせた。
静かに、笑んだままの口が開く。
フェンダーに引っかかっていたらしい落ち葉が、狭いフロントガラスを微かに叩いてどこかへ飛んでいった。
かさり。
枯竹四手です。宜しくお願いします。
本作は「夏のホラー2013」企画参加作品です。
書き上げ、推敲し、再確認し、投稿ボタンを押して、まず最初の一声は「怖くないよな」でした。
ホラー作品は初挑戦で、かつ読み手としてもあまり読まない、鬼門のような場所でした。今回は正しく「挑戦」として取り組んだつもりです。
でも、怖くない。
じゃあ「怖い」って何だっけ、と考えましたが、分からない。視覚作品ではない小説で「怖い」を作るにはどうしたらいいか。
結論が今回の作品で多用した「擬音」と「行間」でした。視覚効果を取り入れる、という小説にあるまじき暴挙だったかも知れません。
そういう意味では「怖い」作品になりましたかね(笑
何はともあれ、初めて真剣に取り組んだ「ホラー」でした。
感想等ありましたら、宜しくお願いします。
願わくば、ちょっとだけ「怖かった」事を祈りつつ。




