続々々々く
山火事は迅速な消火活動によってすぐ消し止められ、延焼は無かった。
ただ、和倉葉旅館は全焼してしまった、と消防団の男は呟いた。山火事を見たらしい一部の山狩り組も山を下りて来たが、未だ成果は無いとの事だった。
「やっぱり『病葉の呪い』だ、違いない」
ぶつぶつ言っている青年を田上が必死でなだめているが、村人達の動揺は広がるばかりだ。
そして、何故かこの村長宅へ集まってきた。全員合わせても二十人にも満たないが、山狩りに行っているからだろう。それでも村長宅の庭は、不安気な顔の村人でいっぱいになった。田上は彼らをひたすらに鎮め、ひっきりなしに僕の助けを求めた。正確には教授の助けを求めたかったに違いないが、教授は火事を確認しただけでまた母屋に戻り、座ったまま寝てしまっていた。
「教授が「謎を解いた」って言ってましたから、きっと」
「だが、山井葉様んとこは燃えちまったし」
「山狩りの連中は戻ってこないのか」
「風葉様がやったんだろか」
動揺し切っている村人を抑えるために必死な田上の援護は諦め、駐在さんが戻って来るまで待つ様に説得するよう伝えて、僕は教授の側に戻った。
彼女は、まだ眠っている。
結局、山狩りに行っていた一団が戻ってきたのは夕方で、しかも、収穫は皆無だった。それが余計に村人を刺激し、疲れ果てた青年団の人達は庭に座り込み、駐在さんは歯噛みして悔しがっていた。
「くそっ! 応援が来たら、増員してもう一度」
「不正解です」
駐在さんはびくん、と飛び上がった。村人達が、一斉に声の方を向く。
和倉葉朽葉は、当然の如く煙草をくわえ、そこに立っていた。
「山狩りは不要です。大叔母は見つかりません」
「……なんだと?」
疲れからか、駐在さんは苦手な教授が相手である事を忘れたかのように、彼女を睨みつける。
「何か知っているのか」
「正解、です」
教授はその言葉に呆然とする駐在さん、村人達、そして僕を静かに見渡して、微笑んだ。
教授は、母屋の居間にあがると静かに正座した。僕はその後ろに立ち、駐在さんと田上が叩きに座って、他の村人達は土間に押し掛けている。
駐在さんは手帳を取り出し、彼女をじろりとねめつけた。ただ、威厳は皆無だ。
「それで?」
「私は、この村に存在する『病葉の呪い』に関しての調査を依頼され、この地に赴きました」
教授は静かに語り出したが、すぐに駐在さんの苛々した声が飛んで来る。
「違う、私は今回の事件について」
「不正解です」
今にも食って掛かりそうな駐在さんを田上が何とかなだめ、それを見ていた教授は静かに微笑む。
「私は大叔母である山井葉風葉に、呪いについて質問をする予定でした。しかし、それは為し得ませんでした。しかし」
彼女は吹かしていた煙草を携帯灰皿に押し付けて、ぱちん、と蓋を閉じた。
「結論から申し上げると、「呪い」の正体自体は山に入ったあたりで見当はついていました。そして、和倉葉山に伝わる『病葉の呪い』は、存在しない物だと結論づけるに至りました」
え。
流石に早過ぎやしないだろうか。
「気づきませんでしたか。この山は、静かすぎるのです」
教授は小さく言って、耳に手を当てる。
「車に乗っている間はエンジン音で分かりませんでしたが、今なら分かるでしょう」
その言葉で、僕も耳をそばだてる。無言の村人達は、おろおろと周囲を見回しているが黙ったままだ。
色々な音が聞こえる。葉ずれの音、枝の音、風の音。
「……普通だと思いますけど」
「不正解です。今が夏である、という事を考慮して下さい」
夏。
それでピンと来た。
「足りないですね、蝉」
「正解です」
教授は優しく微笑んだ。
「これだけの規模の山で、開発の手も殆ど入っていないにも関わらず、蝉の鳴き声がありません。全く聞こえないわけではありませんが、それでも相当少ないと思われます。不自然です。つまり、蝉の生育条件に何らかの問題があると判断出来ます」
「それで、土ですか」
「正解です。蝉は一生の殆どを、幼虫として土中で過ごす事はよく知られています。その点から考察すると、原因は土中にあると考えられます」
「じゃあ、土が何かに汚染されてるんですか」
「可能性は高いと思われます」
「でも、畑の生育は問題無さそうですよ?」
「これを見て下さい」
教授は懐から折り畳んだ書類を引っ張り出し、広げた。昨日旅館で見た地図だ。
「畑類は、ある一定の標高以上にはありません。現在の情報で推定するに、土中にある問題の根本は、山の比較的高い部分に求められるのではないでしょうか。具体的には」
「和倉葉旅館の周辺、ですか」
「正解です。つまり、これは呪いではなく土中成分の影響である、と判断しました」
教授はぐるりと周囲を見渡した。彼女の言い知れない気配に気圧された村人達は、怯んで引き下がる。
「解答は以上です。ご質問は」
「の、呪いは?」
田上が手を上げるが、声は震えていた。
教授は、小さく微笑んだ。
「不正解です。これらの原因を呪いに求める事は出来ません」
「じゃあ、村長は、なんで」
「不正解です」
彼女の言っている意味が分からずに目を白黒させている田上や村人に、教授は微笑みかける。
「私は、この村に伝わっているという「呪い」の調査に来ただけです。呪いと関係の無い村長の死に関してではありません」
「でで、でも、呪いじゃないって証拠は?」
「私の調査の範囲では、貴方の仰った『病葉の呪い』と村長に因果関係を認められませんでした。端的に申し上げれば、村長は呪われるような人物ではなかったという事です」
金魚の様に口をぱくぱくさせる田上に微笑みかけ、教授はゆっくりと立ち上がった。
「報告も以上です。それでは、失礼します」
ソフト帽を頭に乗せ、本当に帰ろうとする教授を、駐在さんが引き止める。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「不正解です」
ちょっといらついているような声の原因は、多分コーヒーが無いからだろう。ボストンバッグの中にあるが、僕の横にあるそれを取り出せる雰囲気ではない。
「だってあんた、あんたは「不思議」を調べるのが仕事なんだろう?」
完全に話を勘違いしているらしい駐在さんの一言で、教授はぴたりと動きを止めた。僕は止めようとしたが、駐在さんはふんぞり返った。
「村長の死は「不思議」じゃないとでも言うのかね。それとも、あんたには難しい「不思議」だったかね?」
多分挑発のつもりだったのだろう。ずいぶんと安いが。
教授はゆっくりと顔を上げ、駐在さんを見た。いつも通り微笑んでいたが、謎の威圧感が醸し出されているのを鈍そうな駐在さんも感じ取ったらしく、不自然に首を巡らせ視線を逸らした。
彼女は、懐に手を入れた。殆ど無意識だったろう。
静かな動作で煙草を一本抜き出し、くわえる。
しかし、火を点けようとはしなかった。
「不正解です」
彼女が厳かに告げると、駐在さんは片眉を吊り上げた。
「何がかね」
「村長の死が、そして「呪い」が「不思議」であるという事がです。説明の展開が可能であり、解答を導き出すのは容易です。これら一連の出来事は、まったく「不思議」ではありません」
多少馬鹿にされているのを感じ取ったらしく、駐在さんの頬に少し赤みが差した。
「どこが容易なのかね!」
「申し上げた通り、解答を導き出す事が、です」
「じゃあ解答は!」
「ま、まあまあ」
田上が割って入り、駐在さんは鼻を鳴らして、ネクタイを緩めた。
「ふん、先生だか教授だか知らんが、無責任な事を言ってもらっては困るね」
「では」
教授は立ったまま、後ろ手に腕を組んだ。
「解答の提示を、行いましょう」
まず村長の死です、と教授は始めた。
「彼の死は「呪い」によるものである、とされましたが、その根拠は何でしょう」
「現場が落ち葉だらけだったからじゃないですか」
面倒な言い回しをされる前に、僕が答えた。駐在さんは半開きにしていた口を閉じ、気まずそうに腕を組む。
「正解です。伝わる呪いの名が『病葉』であるからこそ、そう考えられました。また、季節柄大量の落ち葉を用意する事は困難であり、和倉葉旅館の周囲以外に条件を満たせる土地はないものと思われました。そして」
彼女は僕に向かって、軽く微笑む。
「それらは全て事実です」
「じゃ、じゃあやっぱり、呪い」
田上が慌てた様な声を上げるが、教授は頭を振った。
「不正解です。何故なら、これらは人為的な設置が可能だからです。これを『病葉の呪い』とするのは短絡的です」
村人達の中から、なんと表現していいか分からないうめき声が上がる。非難の声だったかもしれないし、安堵の声だったかもしれない。
「そもそも、首を吊るのに必要な踏み台が認められない時点で、第三者の介入があった事は明白です。つまり、誰かが村長を鴨居に吊り上げた、と考えるのが妥当です。それを呪いの仕業、と言う事も出来るでしょうが、この呪いに「枯れさせる」以上の物理的能力は認められません。故に、不可能です」
「じゃあ、青年団長は?」
僕が尋ねるが、教授は首を横に振った。
「それは本件に何ら関わりが無い、と判断しました」
僕が理由を聞く前に、教授が話し出す。
「話を一旦戻します。そもそも「呪い」は人為的である、という観点から論理を展開をする事も可能ですが」
「もう呪いはいいんだがね」
駐在さんはぶつくさ言っているが、教授は意に介さなかった。
「根本的に『病葉の呪い』との因果関係が認められないのです。山を枯れさせるという、かの「呪い」と首吊り、落ち葉の共通点は全くありません。村長が和倉葉旅館の敷地で首を吊っていたのなら多少検討の余地がありましたが、何の関係もないここで首を吊っていても、それは『病葉の呪い』と関係があるものだとは思えません」
「でも、すると誰が村長を殺したんですか?」
田上が尋ねると、駐在さんも俄然色めき立った。
「そうだそうだ、それが知りたいんだ」
「……何度も申し上げましたが、私は村長の死について調査したわけではありません。ただ、村長はある種の生け贄であっただろう、と申し上げます」
駐在さんは瞬きも忘れ、呆けた顔で彼女を見ている。
「村長の死と和倉葉旅館の火災、これらの一件は、全て『病葉の呪い』のために引き起こされた事案である、ということです。そして、それらが否定されるのは、前提条件でした」
「……僕にも分かるような説明でお願い出来ますか」
僕が言うと、教授はこちらに振り向き、小さく微笑んだ。
「山井葉は神にかかった呪いを引き受けた、という事になっていました、しかし、それがそもそもおかしいのです」
「おかしい?」
「正解です」
教授は、人差し指を立てる。
「貴方はこの話を聞いた時、そのものずばり「ずいぶんな取引」と表現しました。完全な正答です。あの話は、あまりにも取引の概念である「相互間の等価交換」から逸脱した、有り体に申し上げるなら「不思議」な取引です」
彼女は静かに微笑んで、僕を見据える。
「誰しもがこう考えるはずです。あれは」
「イケニエである、ですか」
「正解です」
村人たちは、黙って僕達の話を聞いている。先頭の田上は、口を半開きにして固まっている。
「結論を申し上げましょう。今回発端となった『病葉の呪い』なるモノは存在しません。あるとするなら、それは神の力の簒奪に他なりません」
固まっていた村人たちに、かすかな情動が見られた。
目の色が、変わったのだ。
教授は全く意に介さず、話を続ける。
「実際は、恐らくこうです。山井葉、当時の和倉葉分家は、神に無力な「和倉葉」の名を与え、浮いた「病葉」の力を奪いました。しかし神性というものは、人間のキャパシティを大きく超えるものです。故に「山井葉」と名を変えて、能力の抑制と制御を図ったのでしょう。そして」
教授はちらりと遠くを見るような目つきを見せた。きっと、和倉葉旅館の方だ。
「失敗しました」
え。
「失敗ですか? だって、山はあんなに」
「正解です。山は豊かになりました。それが失敗だったのです」
……混乱する。
しかし、教授は涼しい表情を崩さない。
「制御が可能になっていたら、山井葉の家の周辺も豊かになっていたでしょう。それが出来ていない、という事は、正しく失敗だったのです」
そして、と教授は呟き、また村人の方を見る。先頭の田上は彼女の視線をまともに受け、息を飲んだ。
「村人は、それを是としました。当然です。自分達には影響が出ないわけですから。ですが、それでは困る。いつ山井葉が「病葉」を放棄しないとも限らない。故に小作関係を継続し、山井葉の離脱を防いでいたものと考えられます」
「……それって、やっぱり」
「正解です。最早「生け贄」以外の何者でもありません」
彼女はそう言い、駐在さんに向き直った。
「そして、私たちも「生け贄」の一部なのです」
「な」
駐在さんは一音以上言葉を発する事が出来ず、唇をわなわなと震わせ始める。
教授は、また僕の方を向いた。
「私たちがここに呼ばれた理由は何だったでしょうか」
「ええと、風葉さんの説得?」
「正解です」
彼女は微笑む。風葉さんの様に。
「私がここに呼ばれたのは、山井葉の関係者だったからだけではなく、副目標として「呪いの否定」によって逆に呪いの存在を浮き立たせる効果があったからでしょう。一定距離の部外者であり学者でもある私は最適だったと考えられます」
ところが、と教授は言葉を繋いだ。
「私たちに対して用意された『呪い』は、形を変えざるをえない様になり、そして、この通り露見しました」
「何故ですか」
「私たちの行動が、想定から大きく逸脱していたからです」
「逸脱、ですか」
何かしただろうか。いや、何かしなかっただろうか?
ここに来てからの事を思い出す。
山を登り、旅館に行って、風葉さんに会い、そして。
……………。
「思いつきません。何かしましたっけ」
「不正解です。私たちは、何かをしなかったのです。さらに正確な言い方をするのなら、何かを見つけなかったのです」
その一言で、場の空気が変わった気がした。
首を傾げる振りをして、ちらりと周りを見る。
何となくだが、村人の視線が変わっているようだ。
「それを発見すれば、我々が取った行動があったはずです。そして、全てが終了していたはずです。このような事態にはなっていなかったでしょう。何故なら」
教授の視線が駐在さんに移る。彼はびくりと肩を震わせた。
「公権力の介入があったはずだからです。そのために、貴方は何も知らされていなかった」
「な、何を」
「我々が発見するはずだったものの存在を、です」
「教授」
僕が口を挟むと、彼女は小首を傾げ、微笑みと共に僕に向き直った。
「それって、もしかして」
まさかとは思ったが、僕が見た中で一番「不思議」だったもの。
冷静に考えれば(冷静でなくとも)明らかにおかしかったもの。
一般常識の観点から言って、どう考えても説明がつかないもの。
「風葉さん?」
周囲の視線全てが、僕に集中したのを肌で感じた。僕の目は、教授に釘付けだ。
彼女は、やはり微笑んだままだった。まるで風葉さんの様に。
「正解です」
村人がざわつき始めたのを少し大きめの解答で制し、教授はぐるりと周囲を見渡す。
「私たちは大叔母を「発見」し、それによって事態は簡単に収束するはずだったのです。極力村人が関わらない形が、ベストだったでしょう」
……ん?
何か違和感を感じて、僕は口を開きかけた。しかし、教授は僕の訝しげな顔を無視するかの様に、言葉を続ける。
「貴方達は、私に見つけさせるはずだったのです。大叔母の、死体を」
ぷつり、と部屋の空気が途切れた気がした。
僕は完全に混乱し、目を見開いて教授を見る事しか出来なかった。
教授は、特に何も思っていないような微笑みを浮かべている。
「しかし、私達は一向に死体を発見する気配も無く、夜は更けていきます。私たちが思惑通りに動かないので、計画は多少変更されました。つまり「呪い」の顕現による介入です。そのために、この計画に最初から反対していたであろう村長を殺したのです。それが」
と彼女は言葉を切って、傍らにあったノートを取り上げた。書斎で読んでいた、村長のノートだ。
「全てここに記してありました。村長は私の招聘から反対していたようですね」
彼女は微笑みながらそう言い、ノートを静かに置いた。
「しかし、それもまた失敗しました。私がすでに「呪い」について確信を持ち、村長の死を知っても、関連性の調査の為に和倉葉旅館に戻る素振りが無かったからです。また、駐在である彼は何も知らなかったため、大叔母が逃走したものと判断して旅館を調べようとはしませんでした。その結果、とにかく和倉葉旅館に、つまり『病葉の呪い』に関係を持たせようとする策が為されました」
「……じゃあ」
駐在さんは、無意識のうちに少しだけ居間の方に身体を伸ばしていた。
逃げようとするかの様に。
「正解です。和倉葉旅館の火災は、全く人為的なものです。そして、犯人は」
教授は言葉を切って、ゆっくり視線を巡らせた。
土間の、村人達に。
「村のどなたか、具体的には山狩りに赴き、旅館方面を捜索していた誰かです」
一気に村人がざわつき、田上も困惑気味な顔を彼女に向ける。駐在さんは村人と教授を交互に見て、最終的に教授の方に落ち着いた。
「……確かに、私は旅館近辺を青年団に任せた」
「消防団の行動が迅速だったのも、計画だったからです。延焼は意地でも食い止めなければなりませんでした」
その通りだろう。彼らの家まで燃えてしまっては、元も子もなかったはずだ。
「そして、それらを『呪い』と煽り、今回の件が呪いである事を強調し、誇張した人物であり、この村に多大な影響を及ぼした人物、そして、呪いを否定し、神を否定する為に私を招聘した人物。それが本件の主導者であり、犯人です」
彼女は、静かに土間を見やる。
田上は、無表情でこちらを見ていた。




