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2 あなたに贈る恋レシピ①


 五年前、大きな戦争があった。リーンハルトは戦勝国となり、莫大な富を得た。街は諸国から移り住んだ人々で賑わい、様々な文化が混ざり合って、大いに栄えていた。

 そんなリーンハルトの街角に、一軒の菓子屋がある。

 ”南風菓子アプフェルシュトゥルーデル”

 その名のとおり、シュトゥルーデルというパイに似た菓子を看板商品とする店で、リーンハルトの城下町では老舗と言っていい菓子店だった。




「いらっしゃいませ!」


 チリンチリン、と鳴ったドアベルの音に、商品を整理していたフィーネはぱっと顔を上げて元気に挨拶をした。

 が、ドアの前に客はいない。

 いたずらだったのかとカウンターから出て外を確認しようとしたら、ショーケースの下から小さな手がひょこっと伸びた。


「ここじゃ、ここ」


「まぁ、姫さま」


 フィーネがショーケース越しに下を覗き込むと、そこにはフェリクス王の養い子・マリエッタ王女がいた。

 今年六歳になったマリエッタ王女は、腰まで届くつややかな髪を揺らして、ぴょんぴょんと飛び跳ねていた。


「お一人ですか?」


「いや、供がおる」


 すみれ色の瞳がくるりとドアの方を見る。フィーネもつられてマリエッタの視線を追うと、閉まりかけていたドアが外側に開き、眉間にしわを寄せた一人の騎士が入ってきた。


「ハインツという。わらわの専属騎士じゃ」


「ハインツさん、初めまして、フィーネ・シュトゥルーデルと申します。どうぞよろしくお願いします。

姫さまも、本日はお越しくださいましてありがとうございます」


 フィーネは、マリエッタとハインツにていねいに頭を下げる。

 好奇心旺盛なマリエッタが城下町を出歩くのはよくあることで、彼女の来訪はこの街に住む者なら誰でも慣れたものだった。しかし、大抵は複数の近衛騎士を供に連れており、このようにたった一人を供としてやってくるのは珍しかった。


「あやつらを連れて歩くと街の女どもがうるさくてかなわんのじゃ。だからフェリクスに頼んでお散歩専用の騎士をつけてもらったのじゃ」


「あら、まぁ」


 フィーネは頬に手を当ててくすくすと笑う。

 王や王女を警護する近衛騎士といえば、騎士の中でも花形だ。選び抜かれた精鋭であることはもちろん、見た目の美醜も選考の基準となる。街の娘の中には近衛騎士を一目見たくて、マリエッタの気まぐれな散歩を歓迎している者もあった。

 フィーネはどちらかというとそういった派手な雰囲気の男性は苦手だったので、今日のお供がハインツ一人でよかった。


「ハインツはいいぞ。見てのとおり、大きくて怖そうじゃろう。もう何回か一緒に街を歩いておるが、若い娘は寄ってこん。まともに話しかけたのはおぬしが初めてじゃ」


「姫さま、そのおっしゃりようは、少しハインツさんがおかわいそうかと……」


「おお、そうかの?」


 そうですよねぇ、と相槌を求めるように、フィーネがハインツを見る。ハインツは気分を害しているのか、店のドアを少し開けたままにして、入口に佇んでいた。

 騎士団の一兵卒が着る最も一般的な長衣に革の靴。組まれた腕は周囲を拒絶し、眉間のしわは生まれたときからそこにあるのではと思われるほど深い。髪は短く刈り上げられ、するどい目つきで店内を睨みつけている。

 年の頃は、もうすぐ十八の誕生日を迎えるフィーネよりも一回りくらい上だろうか。確かに怖かった。


「(あの、姫さま。ハインツさんは何か怒ってらっしゃるのですか)」


「(わからぬ。朝会ったときはあそこまで酷い顔ではなかったのじゃがのう。店を回るうちにあぁなっていったのじゃ)」


 こそこそこそ。ささやきあうフィーネとマリエッタの横で、ハインツは外の様子を伺うかのようにドアの隙間から顔を出している。


「これ、ハインツ。いつまでそんなところにおる。こっちに来い」


「私はここにおります」


「いいから来い。おぬしがそこにおったら、他の客が入って来れぬのじゃ。エイギョウボウガイというやつじゃな」


「……」


 マリエッタに言われて、ハインツは渋々と店内に歩を進める。彼としては、たった一人でマリエッタを警護しているのだから相当緊張しているのだろうと、フィーネは思った。


「いいんです、姫さま。どうせ他のお客さんなんて来ません」


「そうなのか?」


「はい。昨年父からこの店を継いだのはいいのですが、私の代になってからめっきりお客が減ってしまって……。

 今日も姫さまがお客様第一号です」


「そうか……」


 すでに昼時は過ぎ、午後のお茶の時間を迎えようとしている。この時間で客が来ないとなると、あとは夕方に数人来るかどうかだった。


「ここのアプフェルシュトゥルーデルは美味いと、フェリクスが言っておったぞ。昔からの味なんじゃと。どれ、一つうて行こうかの」


「ありがとうございます。今お包みしますね。

 お待ちいただく間、よろしければご試食をどうぞ」


 そう言ってフィーネは、マリエッタとハインツに椅子を勧める。そしてお茶を淹れ、色とりどりのロクムを添えた。


「なんじゃ、これは。きれいじゃの」


「はい。飴よりやわらかくて、ゼリーよりは固い、ちょっとおもしろい食感のお菓子なんですよ。

 父の代では煮詰めた砂糖にじゃがいもの粉とナッツを混ぜるだけでしたが、私は野菜の汁を混ぜて色付けをしてみました。甘さが足りないようでしたら、周りに粉砂糖をお付けします」


「そうじゃな。甘いほうが妾は好きじゃ。ハインツは……おい、ハインツ。おぬし、食べておらぬではないか」


「私は結構です」


「そう言うな、せっかく出してくれたのじゃぞ。そういえば、これまでの店でもおぬしは菓子に手をつけておらなんだな」


「……勤務中ですので」


「カーッ 硬い! 硬いのう! なんてつまらぬ男じゃ!

 フィーネ、こやつの分の菓子は妾が食べるからの。砂糖をたっぷり持ってきてくれ」


「くすくす……わかりました」


 フィーネは粉砂糖の入った小瓶をマリエッタに渡し、注文のアプフェルシュトゥルーデルを袋に包む。アプフェルシュトゥルーデルは薄い生地を何層にも重ね、煮詰めたりんごを包んで焼いた菓子だ。これまではこの商品一つでも十分やっていけるくらいの売り上げがあったが、国が大きくなり移民が増えていく中でさまざまな菓子店ができ、昔ながらのフィーネの店からは客足が遠のくようになってしまった。


「よろしければ、こちらもどうぞ。ハインツさんもお土産にお持ちください」


 フィーネは、アプフェルシュトゥルーデルの他に、ショーケースに並んでいた品物をいくつか袋に入れた。


「お、すまんのう」


「私はいりません」


 にこにこと受け取ったマリエッタとは逆に、ハインツは渋い顔をくずさない。


「そうおっしゃらずに。ご同僚の方に分けてくださってもかまいませんから。一生懸命作ったお菓子も、売れ残ってしまえば処分するしかないのです。誰かに食べていただけたら、うれしいです」


「そんなに、売れぬのか?」


「……はい」


 マリエッタに聞かれ、フィーネはしゅん、とうなだれる。


「新しいお菓子などを考えてがんばってはいるのですが……。父の代からの常連さんもだんだんご高齢になって、いらっしゃらなくなるでしょうし……どうしたらいいのでしょうって、あぁ、すみません、姫さまにこんな話をっ」


「よい、よい。

 民の悩みを聞くのも王族の勤めじゃ。それにな、もしかしたら助けになれるかもしれん。おい、ハインツ」


「は」


 マリエッタに声をかけられて、ハインツは胸元から一枚の紙を取り出した。


「お読みいたします。

 “来たれ、リーンハルトの菓子職人たちよ。妾に美味しいお菓子を食べさせるのじゃ”

 日時 卯花月四の日 正午より

 場所 リーンハルト城中庭

 参加資格 リーンハルト国内で菓子店を開いていること

 賞金 砂糖一年分

 なお、優勝した菓子は城での茶会に供され、王にも召し上がっていただく名誉を与える」


「砂糖一年分!」


「うむ。ハインツよ。もう少し感情を込めて読んでくれぬかの。

 “来たれ、リーンハルトの菓子職人たちよ”ではのうて、“来たれ! リーンハルトの菓子職人たちよ! 妾に美味しいお菓子を食べさせるのじゃ!”じゃ。

 ほれ、文字と文字の間に、びっくりまぁくがついておるじゃろう」


「情報は正しく伝わることが第一です。読み方までは私の職務には入っておりません」


「ぬおぉぉぉ、まったくおぬしというやつはっ」


 要項を折りたたんで胸元にしまうハインツの足元で、マリエッタが地団駄を踏む。フリルがたくさんついたドレスが揺れ、銀のスプーンに蜂蜜を溶かしたような色の髪が乱れた。


「その硬さがっ。フェリクスがおぬしを選んだ理由なのかもしれぬが、妾はおおいに不満じゃぞっ

 もっと面白みのある男はおらんのかっ」


「ま、まぁまぁ、姫さま。来月、姫さま主催のお菓子の大会を開かれるということですね?

 すてきですね。どのお店が優勝するのか、楽しみです」


「ん? おお、そうなんじゃ。だからフィーネ。おぬしもこれに出てみぃ」


「えっ」


「妾はの。これの宣伝のために、朝からいろいろな菓子店を回っておったのじゃ。十数軒は回ったかのぅ。城下町の店はここで最後じゃ。あとはフェリクスに言って、国内に通達ふれを出してもらう予定じゃ。

 どんな菓子が集まるかのう。楽しみじゃ。くふふ」


 マリエッタはついさっきまで怒っていたかと思いきや、両手を口元に当てて楽しそうに笑う。フィーネは、今の店の状態で菓子の大会に出るなど恐れ多いと、首を横に振った。


「私は、いいです。やめておきます」


「そうか? 優勝すれば店のいい宣伝になるぞ」


「優勝なんてとてもとても……」


「出るだけでもよいではないか。参加することに意義があるのじゃ。何事もやってみなければわからん。

 ちゃれんじ精神というのが大切だとフェリクスも言っておった」


「それはそうなのですが……」


 たぶん、恥をかいて帰ってくるだけだ。でも、王女たるマリエッタが直接誘ってくれたのに断るのは申し訳ない。フィーネは悩み、困り果てた。


「何、今すぐ参加を決めろとは言っておらん。

 申し込みは前日まで受け付けておるからの。窓口はハインツじゃ。城に来て門番にでも言ってくれ」


「あ、それでいいんですね。わかりました」


 フィーネはほっと息をつく。それならばじっくり考える時間がある。

 申し込みも、城などほとんど行ったことがなかったが、顔のわかっている相手が窓口なら少しは気が楽だ。


「一人で店を切り盛りするのは大変じゃろう。菓子大会のことでのうても、何か困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ」


「ありがとうございます。姫さまも、ぜひまたお越しください」


 フィーネは先に立ってドアを開け、マリエッタたちを見送る。通りに出てみればすでに陽は落ちかけ、そろそろ閉店の時間となっていた。


「結局、今日のお客様は姫さまだけか……。あーぁ……。ほんと、どうしよう……」


 売れ残った菓子はフィーネの夕食だ。マリエッタとハインツに少し持って行ってもらっただけよかったが、全てを自分で食べようとしたら絶対に太る。かといって、ショーケースをすかすかにしておくわけにはいかないので、フィーネは毎日それなりの量の菓子を作って並べていた。


「おまえたち、ごめんね。もっとお客さんに来てもらえるようにがんばるからね」


 フィーネは、食べきれない菓子に話しかけながら処分する。

どうすれば客足が伸びるのか。答えはすぐにはでなかった。







 一日の苦行を終えたハインツは、マリエッタに無理矢理持たされた菓子の袋を持って、自室に入ろうとした。


「おや、これはこれは先日着任なさった新しい近衛騎士様ではありませんか。今日も姫のお供ですか。ご苦労様です。貴方がいらしてから私どもには一向にお声がかからなくなりましてねぇ。お忙しそうで、うらやましい限りですよ」


 ドアノブに手をかけて今まさに部屋に入るところだったハインツは、内心舌打ちをする。

 嫌みったらしく話しかけてきたのは、近衛騎士のマンフレート・グラッツェルだ。ごてごてと飾りのついた真紅の近衛服にベレー帽。長い前髪は金色で、垂れ気味の碧眼が魅惑的だと女どもに人気がある。

 

「何か御用ですか」


「いえいえ、新しい近衛騎士様のご帰還と聞いて、ご挨拶しようと思ったまでです。ついでにどうやって王や姫に取り入ったのか、教えていただければうれしいんですがねぇ」


「取り入ってなどいません」


「そうですかぁ? ではなぜ貴方だけ個室が与えられているのですか? なぜ貴方だけ、登用期間外に召されたのですか? おかしいですよねぇ」


 にやにやにや。

 マンフレートは、ハインツが開けようとしていた扉に手をついて、ハインツが部屋に入れないようにする。この男は、ハインツがマリエッタ王女付きの騎士になったのが気に入らないようで、着任初日から何かと絡んできていた。


「その袋はなんですか? 姫にいただいたのでしょう。どうやっておねだりしたのやら。美しさのかけらもない貴方のようなものがマリエッタさまのおそばにいるなど、許されることではありません。悪いことはいいませんから、早めにこの職を辞したらよろしい」


「ハッ、それが本音か」


 辞められるものならとっくに辞めている。

 マリエッタ王女付きの騎士になって数日。気心の知れた騎士仲間に会うこともできず、街歩きばかりで訓練をすることもできない。帰ればちくちくと嫌みを言われ、肩身の狭い思いをする。


「俺だって好きでこんな仕事してるわけじゃない。こんなもん、欲しけりゃくれてやる」


 ハインツは、フィーネの店の袋をマンフレートに投げつける。マンフレートは反射的に袋を受け取り、手入れの行き届いた細い眉をしかめた。


「なっ……。その口の聞き方はなんですか。僕の方が先輩なんですよ」


「あぁ、近衛としてはな。だが、騎士としての経歴は俺の方が長い。若造に毎日毎日ちくちくやられて、いい加減頭にきた。猫も三日かぶれば十分だ。これからはやられた分はやりかえす。そのつもりでいろ」


「……っ」


 これまで、ハインツは急に城勤めになったことでかなりの遠慮をしていた。王女など式典のときに遠くからお守りしたことしかなかったし、すました近衛騎士の連中とは話したこともなかった。だからできるかぎり丁寧に接し、なにか理不尽に思うことがあっても表面には出さなかった。あくまで仕事と割り切って勤め、いずれは元の隊に戻るつもりだった。けれどここにきてとうとう堪忍袋の緒が切れた。もうどうにでもなれ。


「挨拶はすんだよな。そこをどけ。俺は疲れた。休みたいんだ」


「くそっ」


 ぎりっと袋を握り締めたマンフレートが、ハインツの胸に押し付けるようにして袋を返す。ハインツはマンフレートを押しのけて力づくで扉を開けると、わざと乱暴に締めて鍵をかけた。


「新入りがっ 調子に乗るなよっ」


 ガツッと扉が蹴られる音がする。今まで大人しく嬲られていたハインツが急に言い返してきたので、マンフレートは面食らったのであろう。いつもの慇懃無礼な態度はどこへやら、悪態をついて立ち去っていった。


「ふん。何が近衛騎士だ。見た目と同じで中身も女々しい。あんな輩は他の隊じゃ通用しないぞ」


 ハインツは、足を投げ出すようにして部屋に備え付けられた寝台に横になる。元は近衛の宿直室だった部屋を、今はハインツ一人で使っている。近衛騎士の宿直はフェリクス王の代に廃止されたので空き部屋だったのだが、それでも新入りが城内に一部屋与えられるというのはマンフレートにとっては我慢ならないことだったらしい。他の近衛騎士も、マンフレートほどではないがハインツを快く思っていない雰囲気が伝わってきており、ハインツは居心地の悪い思いをしていた。


「今夜は食堂に行くのはやめておくか……しかし腹は減った」


 どうするか、と部屋を見回して目に入ったのは、”南風菓子アプフェルシュトゥルーデル”と書かれた紙袋。

 ハインツは、昼間マリエッタのお供で立ち寄った菓子店の少女を思い出す。

 フィーネ・シュトゥルーデルと名乗った少女は、幸の薄そうな顔をしていた。小柄で線が細く、栗毛を頭の後ろで結わえていた。衣服は清潔感はあったがあまりいいものではなく、顔色も悪かった。売り上げが悪いことをかなり気にしており、若いのに相当な苦労をしているようだった。

そんなフィーネだったが、彼女は終始無愛想だった自分に非常に丁寧に接してくれた。数日の城生活ですさんでいたハインツの心に、彼女の対応は心地よいものだった。が、いかんせん、店内に満ちていた甘い匂いが嫌だった。

 そう、ハインツは甘いものが苦手だった。

 菓子類はもちろん、お茶に砂糖を入れられるのも嫌だ。果物もあまり好きではない。かろうじて、蜂蜜の甘さはなんとか耐えられる。しかしそれも風味付けにごく少量だけだ。

 だから、菓子店回りに付き合わされた今日は、地獄のような一日だった。せめて周囲を警戒するふりをして、新鮮な外の空気が吸えるドア付近に立つようにしていたのだが、それもマリエッタの行動次第では店の奥まで行くしかなかった。

 ハインツは、フィーネの店に並んでいた品物を思い浮かべながら、菓子の袋をとる。何か、自分に食べられそうなものは入っているだろうか。

フィーネは『いらない』と言ったハインツに、淡く微笑んで言っていた。


『ご同僚の方に分けてくださってもかまいませんから。一生懸命作ったお菓子も、売れ残ってしまえば処分するしかないのです。誰かに食べていただけたら、うれしいです』


 菓子を分け合える“ご同僚”なんていない。空腹には代えられぬと我慢して食べるか、彼女には悪いがこのまま捨てるか。ハインツは半ばあきらめて、潰れかけた袋を開けた。


「……ん?」


 覚悟していた甘い匂いはしない。

 代わりに、焼きチーズの香ばしい匂いがする。ハインツは起き上がると、ベッド脇のテーブルの上で袋の端を破いて中身を広げた。


「お」


 出てきたのは、スライスされたいくつかの四角いケーキだった。マンフレートに握りつぶされて形はいびつになっていたが、色とりどりの具が入っているのがわかる。ドライトマトの赤、豆の緑、卵の黄色が鮮やかで、しっかり焼かれた生地は塩味だった。


「うまい」


 思わず、ハインツは唸る。上部の焦げ目のついたチーズといい、トマトの酸味といい、ケーキというよりキッシュのようだ。なぜこんなものが菓子店に並んでいたのか疑問だが、ハインツにとってはありがたかった。

 フィーネの菓子をたいらげ満腹になったハインツは、先ほどはマンフレートに大人気ない態度をとってしまったと反省する。男の嫉妬などくだらない。同じ土俵には立つまいと思っていたのに、つい相手をしてしまった。

 次に会ったときには、こちらから声をかけてやろうじゃないか。

 ハインツはふくれた腹を撫で、そう悪くない気分で眠りについた。





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