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華と狼  作者: 立花
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伍(修正後)

 それからの道行きに問題はなかった。

 山育ちの烈は隊の足を引っ張るどころか、食べられる野草や野ウサギなどを簡単に仕留め、隊の食事を豊かにした。

 口は悪いもののよく笑い、素直で真っ直ぐな気性の烈はあっという間に隊に馴染み、中でも麟と狛の二人からはよく可愛がられているようだ。

 笙は笙で、弟のようだ、とそれとなく目をかけている。

 さほど心配することはなかったか、と甚はそっと肩の力を抜いた。


 実際烈は、そうと知っていなければ分からないほど、女を匂わせる要素はどこにもなかった。

 今も、狛達と下世話な話で盛り上がっている。

 年頃の女であれば、顔を真っ赤にして逃げ出すような卑猥な言葉を狛や麟が口にしても、笑って相手をしている。

 流石、隠者の里育ち。


 甚は隠れて嘆息した。


 隠者の里を出て二日目の昼、王都へ繋がる街道に出た。 ここからは野宿をしなくても、宿場がある。  久しぶりの風呂と布団だと、隊の面々は歓声を上げた。

 一緒になって喜んでいる烈に、甚は一人汗をかいた。

 山育ちの烈は知らないのかも知れないが、こういった宿場は大浴場になっており、何人かで風呂に入るのだ。いかに烈が女に見えなくとも、服を脱げば別だろう。

 いったいどうするつもりかと、一人焦る甚を後目に、隊士たちはさっさと今日の宿を決めてしまっていた。

 宿場では二部屋借りて、五人ずつ雑魚寝をすることになった。

 皆で早めの夕食をとり、湯殿へ向かう。

 当然の如く狛や蝉に湯に誘われる烈が、首を横に振った。

「悪い。俺は後で入るよ。皆は先入っててくれ」

「何でだよ。裸のつきあいしようぜ」

 狛が冗談めかして烈を誘うが、烈が頷くはずもない。

 集団の先頭を歩きながら、どうするつもりかと甚は烈を伺っていた。

「実はな、俺男と風呂入るの駄目なんだよ」

「はあ?」

 蝉が大きな声をあげる。

 それに苦笑しながら烈は自分の体を見下ろす。

「お前等が襲うとは思わねえけどな、風呂場で三回襲われかけてんだよ。俺。

しかも三回とも仲良くしていた相手にな。そっから、どうも風呂場に人が居ると金玉が竦み上がっちまって。疲れをとるどころじゃねえから、風呂は独りで入ることにしてんだ」

 如何にも、恥を忍んで、と言うように告白をした烈に、周りの男達は黙ってしまった。

「襲われたって……男にだよな」

「女と風呂入るような幸運はまだねえな」

 狛が聞くのに、烈が答える。それを聞いていた麟が、頭をがしがしと掻きながら口を開く。

「情けねえなあ。お前の言いたいことは分かったけどよ、いつまでもそんなこと言ってるとこれから苦労するだろうが。男に襲われた位で…」

「襲われかけた、な。やられちまってはねえから。

なら、お前等は同じことがあっても同じように言えるのかよ。友達だと思っていた奴が、一緒に風呂に入った途端おっ起てながら飛びついてくるんだぞ。それが三回だ」

 全部相手は違うがな、と続ける烈に、周りは黙った。

 自分に置き換えて想像したらしい狛が、烈に同情の目を向ける。

「……なんて言うか、災難だったな」

「おうよ。もう二度と体験したくはねえな」

 憤然と答える烈に、麟がうなずく。

「まあ、お前体小せえし、山育ちで色白いしな」

「顔も、整っていますしねえ……女日照りの時に、コレが確かに一緒に風呂場にいたら」

 笙の呟きに、烈は剣呑な微笑みを浮かべる。

 他の隊士は烈に誤魔化すように笑いかけて、湯殿へと向かっていった。


 

 なんとか誤魔化せたかな。

 烈は湯殿に消えた隊士を見送って、宿の女将に頼んで手ぬぐいと手桶を用意してもらった。

 我ながら無理のある誤魔化し方だったと思う。

 甚も呆れたように見ていたが、結果よければ全て良しだ。

 用意してもらった手桶に水を汲み入れて、誰もいない部屋へと戻った。

 上半身の着物をはだけさせて、サラシを解く。

 幸い、烈の胸はそんなに大きくはない。サラシで巻けばほとんど目立たない。

 水に浸した手ぬぐいを絞って、体を拭う。

 もし誰かが来たときに備えて、着物を全部脱ぐことはしない。

 サラシにつぶされていた胸を拭いながら、昔継は妙に烈がサラシを巻く事を嫌がっていたな、と思い出した。

 あまりにサラシを気にする継に、一度理由を聞いたことがある。

 すると、言いにくそうに継は、サラシを巻くと胸の形が悪くなる、と言った。

 呆れかえった自分に、慌てたように継は、いつかお前が女に返りたくなった時、嫁のもらい手に困ると言った。

 なんだそれは、と益々呆れたものだったが、思えばあの時からきっと、継は自分を娶る気で居たのかも知れない。



 村を出る前の日。

 甚と話し終わった後で、待っていた継ともう一度話をした。


「俺が村長の補佐をしていたのは、村を継ぐためだ。俺の名の継は、村を継がせる為に長がつけたんだ。

村を継いで、お前を守る力をつけて、お前を女に戻すために。お前だって、剣術を学んだのは自衛の為だろう? 女に戻ったお前を結の様にしようとする奴から、自分自身を守るために」

「継、確かに俺が剣を学んだのは、自衛の為だ。でも、女に戻る為じゃない。

好きなように生きていくためだ。俺は、周りの都合でここに捨てられて、身を守るために性別を偽って生きてきた。今更、女らしい生活なんてしたいと思わねえし、できるとも思わねえ。でも、俺は俺の人生を生きたい。周りに押しつけられて生きていくんじゃなくてな。俺は、王都で生まれて、ここに捨てられた。捨てられた俺がこのままここで暮らしていくのは、捨てた奴らの思い通りになる気がして嫌なんだよ」


「俺がお前を娶りたいと言うのは、押しつけなのか」

 傷ついたような目をした継が、怒りに顔を染めて烈に詰め寄る。

「この村は、好きだ。俺の故郷だと思っている。でも、この村だけしか知らずに生きていくのは嫌だ。自分の足で歩いて、色々な物を見ていきたい。結の前でお前に守られて、村長の妻としてこの村で一生を過ごすことは、俺には考えられないよ。それに、王都にいる弟も守ってやりてえしな」

「何でだ、烈。俺はずっとお前を見てきた。お前だけを。小さな頃からずっと、お前の側にいてお前を守るのは俺の役目だっただろう? 今、男の恰好でもお前に懸想する糞野郎共を何度俺が潰してきた? 今のお前は、確かに強くなった。そこらの男には引けをとらないだろう。でも、だからって俺がお前を守らない理由にはならない。好きだ、烈。お前を結のようにはさせないし、結には可哀想だがきっと分かってくれる。あんなに烈を可愛がっていたじゃないか」


 こんな必死な顔をする継を、初めて見た。

 離れて暮らした五年は、継を大人の男にした。

 初めて会う男のような継に、烈が感じたのは寂しさだった。

 親友が自分に女を求める。それはもう友ではないのだという喪失感が胸を突き立てる。

 泥だらけになってこの山を駆けめぐった、二匹の小猿のような子供時代だった。今、その小猿の相方は、どこにもいない。

 居るのは、この自分を妻に求める男だった。

 烈は首を横に振る。

「お前は俺にとっては、兄弟であり親友なんだ。お前の気持ちにはこたえられない」

「あの男にはついて行くのか。あの男を選ぶのか」

 血走ったような目を向ける継に、烈はきっぱりと告げる。

「甚を選ぶ訳じゃねえ。山を捨てる訳でもねえ。ただ、俺は俺の人生を生きていきたいだけだ」

「だから! 女に戻って俺の元にいればいいだろう!」

 叩きつけるように叫ぶ継に、烈は黙って首を振る。

 話は何時までも平行線で、終わりが見えない。

「親父殿には許可を貰っている。明日朝一番に村のみんなに話して、出る」

 強引に話を終わらせようとした烈を、継が掻き抱いた。

「駄目だ。絶対に行かせない」

「継!」

「お前は女だ。俺だけが知ってる、俺だけの女だ。烈。好きだ。愛してる」

 体を弄る継の手に、烈は本当に親友を失ってしまったことを思い知らされた。

 何故自分は女として生まれたんだろう。

 思っても詮無いことだと分かってはいたが、どうしても女のこの身を恨んでしまう。

 自分がそう口にする度に、男に負けないように強くなればいいと、性別など関係ない、強い烈になればいいと慰めてくれた親友は、もういない。

 何とか自由になる右手で腰の脇差しを抜き、その柄を思い切り継の首筋に打ち下ろした。


 こちらを見た継の顔をあえて見ずに、倒れる体をそのまま藪に横たえさせて、烈は家へと帰った。



 継はいつから自分を想っていたのだろう。

 全く気づかなかった自分を嗤いながらサラシをまたきつく巻いた。


 男のなりをして、男として育ってきても、肉体までは変えられない。

 

 昔そう嘆いた自分に、村長である父はまだガキだなと言った。

 大人になって恋の一つでもすりゃあ、女の体でよかったと思うだろうと。

 結という、可愛そうな女を見ているお前は女であるという事に恐怖し嫌悪しているかもしれない。それでも、本来女という者は愛する男に愛されて、守られるべき存在だ。

 この村では叶わないことだったがな。

 お前も誰かを愛し、愛される様になったら自分が女であることを受け入れ感謝する事ができるだろうと。


 継の想いを受け入れられず、女のこの身を億劫に思う自分はまだ子供なのだろう。


 気の置けない親友であった継を、知らない男に変えるのが恋ならば、自分はまだ知らなくていい。この自分を、無理やり女に戻そうとするのが恋のなせることなら、自分には必要ない。


 烈は独り部屋で呟いた。


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