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華と狼  作者: 立花
4/6

肆(修正後)

「何?」

「烈の何が気に入ったか知らねえが、烈はお前なんかが連れていっていい人間じゃねえ。お前に烈は支えきれねえ。連れて行こうだなんて、考えるな」


 内心の激しい感情を薄皮一枚で御しているような、表面張力のような危うさを継は持っていた。

 訝しげな目を向ける甚を無視して、継は畳みかける。

「お前は烈の事を何も知らないだろう? 腕の立つ剣の使い手……口は悪いが素直な気性の男……そんな位だろう。烈はそんなもんなんかじゃない。烈は……」 

「お前が言いたいことはだいたいわかった」

 甚が静かに、継に返した。

「だが、俺たちについてくる、というのは烈自身が決めたことだ」

「だからそれが間違ってるんだ! 烈がお前等について行くなんて! だって烈は」

「お前が」

 とうとう感情を押さえきれなくなった継が言葉を荒げるのを、甚が押しとどめる。

「何を言うつもりかは知らんが……それは、俺が知らない烈についてだろう。お前の口振りでは、烈には何か秘密があるのだろうが……それを、お前が勝手に話していいのか?」

 その言葉で、詰まったように継は口をつぐんだ。

 ただ目だけが、それでも雄弁に悔しさと敵意を語っている。

 その姿を、甚は訝しく思った。

 ただの親友を見ず知らずの集団にとられたくない、というような顔ではない。むしろこれは――

「継」

 涼やかな、よく通る男にしては高い声が響いた。

 弾かれたようにそちらを向く継に、烈が苦笑を浮かべて立っていた。

「深夜にでかい声で人の名前を連呼してんじゃねえよ。何かと思って飛び起きちまったじゃねえか」

 揶揄するような言葉だが、口調は柔らかだ。

 そしてもう一度、継、と名を呼んだ。

「ありがとな……でも悪い。決めたんだ」

 烈が甚に向き直ると、話がある、と山の奥に誘う。 ついて行こうとする継を目で止めて、甚を見る。肩をすくめた甚は、大人しく烈の後に続いた。


 時間にしてもほんの僅か。

 少しだけ山を登ると、開けた場所に出た。

 空を見上げれば、王都で見るよりも近くに星が瞬いている。

 灯りはないが、煌々と照る満月で、暗さに慣れた目には十分にお互いの顔が判別できる。

「継が悪かったな」

「いや、お前の謝る事じゃない」

 首を振って笑う甚に、烈が苦笑する。

「いや、あいつは俺が言うべきことをかわりに言おうとしてくれたんだ。……俺は言わなくてもいいかと思ってたけど、やっぱそういうわけにもいかねえし……」

「何の話だ?」

 眉を寄せて首を傾げる陣に、烈が思い切ったように胸を張る。

「俺、女なんだよ」


「…………な、に?」


 たっぷり沈黙してから、甚がやっと、と言うように言葉を絞り出した。

 その様子に、烈がからりと笑う。

「見えねえだろ? 実際女として暮らしたのは四歳までだ。……俺は双子で生まれたからな」

「……良家の出だったのだな」

 秋津島では、基本的に双子は畜生腹と嫌われる。

 それだけでなく、一つの命を分け合って生まれてくる双子は、陰と陽であり、成長しても半人前にしかならないといわれている。

 だから古くは片方の子を真帝にお返しして、分け合った魂を一つに戻し、陰陽を和合する、ということもしていたらしい。

 また、男女の双子は前世に心中をした仲である、と信じられており、特に嫌われた。


 殺人が禁じられていた昨今は、片割れを人知れず捨てることによって、そのかわりとした。

 捨てられる子は名を奪われることにより、死んだものと見なされる。

 実際、年端も行かないうちに捨てられれば余程運が良くない限り野垂れ死ぬのが関の山だ。

 秋津島は豊かな国ではない。可哀想に思っても、誰もが自分のことで手一杯で捨て子を拾って育てる余裕など無いし、国も捨て子を見て見ぬ振りをする。


 何よりこういったことは、一般家庭より良家で多く行われてきた。

 名と家を守る必要のある名家であればあるほど、汚点になりうる双子を嫌ったのだ。


「俺の乳母が、たまたまこの村のことを知っていてな。いかな罪人でも、幼子を殺すことはしないだろうとここにつれてきたんだ」

 俺は運が良かった、と笑う烈に甚が痛ましい目を向ける。

「それで、長殿が引き取ってくれたのか」

「押し付けられた、といった方が正しかっただろうけどな。当時この村はまだ荒れてたんだ。親父殿が仕切りだしたばかりで、まだ反発する奴等が多くいた。……そいつ等は、直接親父殿に楯突く気概も力もなかったから、鬱憤をためてたらしい。そこに、いい服を着た女と、無力な幼子が現れた」

「……おい、まさか」

「誰にでも分かるだろう。あっという間に俺の乳母は何人もの男に襲われて、抵抗したせいで瀕死の重傷を負った。俺は俺で止めようとしたから殺されかけていた。あと僅かでも遅れていたら俺は死んでいた。そんな場面で親父殿があらわれて男どもを蹴散らしてくれた。英雄に見えたぜ。乳母は、死にかけながら親父殿に俺を託して、親父殿が頷くのを見届けてから死んだ」

 淡々と語る烈に、甚は圧倒されたように聞き入る。

「幸い、俺は女の格好をしていなかったから、周りは俺を男だと思っていた。実際、親父殿も俺を風呂に入れようとするまで俺が女だとは気づかなかったからな。この村には女が一人いるが、男の相手をさせられすぎて狂ってな。俺が女として成長すれば同じようになると思ったらしい。親父殿はそのまま俺を息子として育てた」

「それは……仕方ないとはいえ、お前はそれでいいのか。この先も、男のままの暮らしで?」

 甚は、酷く腹立たしい思いを味わっていた。

 烈への怒りではない。

 烈は、ただ必死に生き残ろうとした結果、男になることを選んだにすぎない。

 甚の怒りは、烈をそうさせた状況へ向いていた。

本来ならば、美しく着飾った姫になっていたのだろう。

 成る程、女と思ってみればしっくりくるような柔らかな美貌だ。

 それだけに、今の男姿が痛ましい。村を出て、女として暮らせ、といいかけて、身よりのない身ではそれも難しいと思い直す。

 そんな思いを知ってか知らずか、烈はにやりと笑う。

「今更だな。俺はこの姿の方が長いし、この俺が、だ。今更他の何かになろうとは思わねえよ。でだ、甚。俺の話を聞いてもらったところで改めて頼みたい。俺を牙狼に入れてくれ」

「だが、お前は……」

「女の体だろうが、剣で遅れはとらねえし、バレるようなへまもしねえ。頼むよ……。王都に、弟がいるんだ。他の肉親はどうでも、あいつは俺の半身だからな。会えなくても、そばで守ってやりたい」

「しかし……」

 甚は困り果てていた。

 この願いを退けるのは簡単だし、そうすべきだとも思う。

 何故といって、烈は女だからだ。言われてみれば、色気こそない物の、線の細い華奢な体つきも、繊細な顔立ちも女のそれだ。

 柄の悪い隊士の中に、こんなものを入れるのは狼の群のなかに子ウサギを放り込むようなものだろう。

 そんな甚の顔をよんだか、烈が言葉を続ける。

「この村で過ごして十五年。俺が女と知っているのは親父殿と継、結……その女の三人だけだ。一度もバレたことはねえし、自分の身を守る術もある。迷惑はかけねえと約束できる」

 必死の烈の嘆願に、甚は重いため息をついた。

 烈に同情する気持ちが、いかんともしがたく甚の首を縦にも横にも振らせない。

 この村で育った烈にとっては、牙狼の面々など可愛いものだろう。

 男として十五年、一度も露見することなく生活できたなら、問題がない気もしてくる。

 そう思う側から、でも自分は女だと知っている、ともう一人の自分が声をあげる。

 敵の多い警備隊にとって、隊士仲間は大事な家族だ。その中に、可憐な花が一輪混ざっていれば、手折りたくなる自分を否定できない。

 何のことはない、自分が一番、女の烈を脅かしそうで、それが許せないから首を縦に振らせないのだ。


 だが、それを理由に首を横に振ることもできない。

 周りの男達から身を守るために女でありながら男として暮らす烈。その場所が変わっただけで状況はさして変わらない。それでいいのか、という想いが沸き上がる。だが、一度王都に出て広い世界を見れば、また烈の意識も変わるかもしれない。閉じた山村だけでなく、烈の世界を広げるべきだ。 

 それに、弟にも一目会わせてやりたい。


 甚は深くため息をついて、空を仰いだ。




 次の日。簡単な朝餉を振る舞われた牙狼の面々は隠者の里を出立した。

 見送りにくる村人に手を振るのは先頭をいく烈だ。 村人は口々に、烈に声をかけて肩や腕をたたいていく。それに笑顔で答えるが、そこに継の姿はない。

  昨日、あの後烈は遅くまで継と話をしていたようだった。

 今朝顔を見せた烈は、あまり眠れなかったのだろう疲れた顔をしていた。

 

 見送りに笑顔で答えながら、烈の目線はあちこちに走る。

 継を探しているのだろう、と気づいて甚は嘆息した。

 昨日の二人の会話を聞いたわけではない。

 聞いたわけではないが、想像はつく。

 継の自分を見るあの目。あれは、恋しい相手を奪っていく物を見る目だったのだろう。

 幼なじみだといっていた。自分一人が、女だと知る幼なじみだ。

 自分が守ってきて、これからも守るつもりでいたとしてもおかしなことはない。

 継は烈を引き留めるために自分の気持ちをさらけ出し、それが烈に受け入れられなかった……そんなところだろう。

 幼なじみを傷つけた罪悪感か、烈の視線は山をさまよい継を探す。

 それが面白くなくて、甚は小さくため息をついた。

 ついたため息で、自分の感情の不思議さに気づいた。烈が何を思おうと、誰を想おうと、自分には関係ない筈だ。

 これでは丸で……


 そう思った所で思考に蓋をする。

 烈を隊に受け入れた時点で、自分は烈を男としてみなければならない。

 厄介な感情を持ち込むわけにはいかぬし、一人の隊士を特別に扱うわけにもいかぬ。

 意図的に、いらぬことには気づかぬように、気持ちと思考を切り替えた。


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