参(修正後)
「ウチに入れったって……俺よく知らねえし。なんだっけ? ガロウだっけ?」
呆れたように呟く烈に、甚が力強く頷く。
「ああ。牙狼組だ。王都警備隊なのだが……分かるか?」
「王都を守ってんだろ?」 名前の通りなら。
そう続けた烈に、甚が苦笑する。
「烈はあんまり山から出ないんだったか?」
「降りねえ事もなかったが、降りたとしても所詮ド田舎だからな」
「そうか。なら知らなくても仕方ないが……。今、この国はとてもきな臭い。前王統葉様もあまり評判のいい王ではなかったが……今の統華様もあまりよくなくてな」
「そりゃあ、やっぱり何もしてねえからか?」
「うむ。一切何もなさらないからだな。官吏が腐り、目の前で明らかな汚職が行われてもだ。それで、今の君には任せておけぬと国のあちこちから火の手が上がっていてな。もう既に北の方では比槇氏という士族に牛耳られている。南では今、中瀬氏と志摩氏が争っているな」
「……なんだそれ。殺人を禁止するとかっていう教えはどうなったんだよ?」
「それなら、王が代替わりしてすぐに貴族が変えさせたな」
「貴族が?」
そもそも貴族が中心になってもてはやしたはずだ。 どういうことかと目を見張る烈に、甚が疲れたように笑う。
「他者の命を奪うことを禁じただろ? 聖職者どもが肉や魚の命を奪うことも制限しだしてな。おおっぴらには野菜しか食えなくなったのだが、それが贅沢に慣れていた貴族には耐えられなかったようだな」
なんだそりゃ、と烈が呆れたように呟く。
「所詮貴族なんて奴はそんなものだろう」
そう皮肉に笑う甚に、頭を振って切り替えた烈は話を戻す。
「それで? あっちこっちで覇権争いして? 勝った最後の一人が王を弑して成り代わろうって腹か?」
「いや。流石に真帝の血を引くという王族を弑し奉るような事は誰にもできぬよ。精々が喉元に刃物を突きつけて士族による政を認めさせる位だろう」
「……士族が政をして、王はどうなる」
「この世で最も高貴な飾りになるだろうな……今も変わらぬではないか、というのが比槇氏の弁だそうだが」
肩をすくめてみせる甚だが、その目は雄弁に怒りを物語る。それに対し、烈は切り込むように言葉を紡いだ。
「それで? 王都警備隊というのは? 火の手が王都で上がるのを防ぐのが仕事か?」
「そうだ。誰が攻めてこようと、王都と王を守るのが俺たちの役目だ」
「でも、それなら禁軍がいるんじゃねえの?」
「勿論、王の近衛や直轄部隊の禁軍は別にいる。が、ちまちま王都で工作をする輩も多くてな。そういう奴等を掃除するのも俺たちの仕事だ」
力強く言い切った甚に、烈が微笑む。
「何もしない王でも、守るのか」
「当たり前だ。王族が納めてこその秋津島だ。勿論、統華様には政をきちんとしていただけたら言うことはないが……今政をなさらないのは、何かお考えがあってのことかも知れんしな」
むしろ、そうであったらいいのに、という願いを込めながら断じた甚である。
「そういえばさっき、権の親父が王公認に成りきれぬって言ってたけど……」
「む……。そうだ。王都警備隊というのは、ウチの他にあと二隊あってな。翔鳳組と踊虎組という。この二隊は王公認で、国から俸禄が出ている。ウチは違ってな。牙狼組は前王統葉様の姉君、桜葉様の嫁した日置氏の預かりになっているんだ。手柄を立てて認められれば、勿論王公認になるのだが……」
「ああそれで。戦に餓えた、なんて言ってたのか」
「うむ。餓狼、というのは俺たちの蔑称だな。戦で手柄を立てれば王公認になれる、と虎視眈々と狙っている、故に戦に飢えているのだろうとな。正直王都にいけばそういう目で見られやすい。もしくは政をしない王を守って、国を救おうとしている士族の邪魔をしている、とかな。王公認であれば表立って言うものはいないが……俺たちは後ろ盾が弱い分、三隊分の悪口を引き受けている気がするな」
一向に気にしていなさそうに、薄く笑んで言う甚に烈が苦笑した。
「正直に言いすぎじゃねえ? それを聞いてなお入る、って奴は少ねえと思うぜ」
「ああ。だからウチは人手不足なんだ。烈が入ってくれると助かる」
そう言って頭を下げた甚に、烈は声をあげて笑った。
「あんた面白えな。正直、王都にゃああんまり行きたくはねえが……親父殿がいいっていったら、ついて行ってもいい」
「本当か?!」
「あくまで、親父殿が許可したら、だけどな。俺は親父殿の一人息子なんだ。親父殿が許すかは分かんねえぜ」
「そのときは潔くあきらめよう。だが、期待している」
甚が喜色に顔を煌めかせ、烈の肩に手をおこうとした。
「烈!」
離れの扉が勢いよく開け放たれて、一人の男が中に入ってきた。
「水くせえな! 帰ったんなら顔出せよ。何年ぶりだと思ってんだよ」
「継! 久しぶりだな。元気そうじゃねえか」
伸ばした手を宙に浮かせたまま固まる甚を後目に、二人の青年は小突き合い、軽くじゃれあっている。
静かに腕を下ろした甚に気づいたのか、烈が甚に向き直り互いを紹介する。
「継、山の客だ。王都警備隊の牙狼組。で、隊長の甚。甚、こいつは俺の幼なじみの継だ」
「継だ。烈とは物心つく前からずっと一緒にいる」
甚を見据えてそれだけ言うと、すぐに烈に向き直る。
「長がそろそろ戻って来いってさ」
「ああ、分かった。じゃあ甚、あとで何か食いもん持ってくるよ」
「気を使うな。俺たちは屋内で寝られるだけで十分だ。村に帰るのは久しぶりなのだろう? ゆっくりしていろ」
「気にすんな。どうせ大したものもって来ねえから」
そう悪戯っぽく笑って、烈は継を伴って離れから母屋に向かった。
母屋には、村長であり、父親である壮年の男が囲炉裏の脇でくつろいでいた。 烈は、土間からそんな父親を見、深々と頭を下げる。
「ただいま帰りました」
「よく帰ったな。……ちったあ強くなれたのか?」
父親の言葉に、頭を上げた烈がにやりと笑う。
「源爺からは三本に二本はとれてたぜ」
「そうか……。源は?」
「小屋の側に見晴らしのいい丘があって。其処に」
「ああ、あそこか。源はあそこが好きだったからな……いいんじゃねえか」
烈の剣術の師匠であった源は、父の最もよき友であった。
盗賊を率いていたこの父と、禁軍の出であったという源だが不思議と馬があっていたようで、烈にとっては身内のような人だった。
その源が亡くなって、烈は山に帰ってきたのだ。
遠くを見るような目をしていた父が烈を見つめたときには、既に感傷を残していなかった。
「で? 何か言いてえんじゃねえのか」
「王が変わったらしいんだ。でも、今の王が何もしないから国が荒れてるって……」
「らしいな」
「俺、牙狼組に誘われたんだ」
「……行きてえのか?」
迷うように眉根を寄せて、それでもしっかりと頷いた。
「そうか。……元々村は継に継がせるつもりだ。お前は王都に戻れ」
「親父殿、俺……」
「お前が強さを求めたのは何の為だ?お前が好きなように生きる為だろう。お前としての人生を歩める、そのための力だろうが。だったら、お前の好きなようにしろ。……何となく、お前は村には残らねえ気がしていた。お前は結に怯えていたからな」
「親父殿」
「いつかは村を出て行くだろう。そう思っていたから、跡を継に継がせることにしたんだ」
「……今まで縁もゆかりもない俺を、ここまで育ててくださってありがとうございました」
膝を突いて、深々と頭を下げた烈に、父が苦笑する。
「しかし牙狼組なあ……。集団生活だろうが、大丈夫か?」
「……なんとかなるだろ……」
「何も考えてなかったな。お前」
呆れたように笑う父に、また軽く頭を下げて立ち上がる。
大股で距離を一瞬で詰めて、父を包容した。
「ありがとう、父上。私の父はあなただけです」
それだけ言うと、足早に部屋を出る。
入り口で一瞬振り返ると、目を見開いて固まっている父がいた。
芋茎にムカゴ。それに干した川魚を炙ったもの。
こんな山奥で急に用意できる物といったらそれくらいだ。
味噌で味を付けた鍋にして、後は漬け物と豆煮。
それを隊士にも手伝わせて離れに運びこむ。
隊士達はそれぞれ礼を言いながら手早く盛り付けて配り、甚の号令でかき込むように食べ始めた。
黙って見ている烈に、甚が箸を止める。
「烈は食べないのか?」
「俺はあとで親父殿と食うよ。また暫く会えなくなるからな」
「何? じゃあ」
「ああ。これから世話になる」
「そうか! いやよかった!」
甚が満面の笑みを浮かべて、子供のように喜ぶ。
「じゃ、そういうことで。明日一緒に出るから。食い終わったら、鍋とか外に出しといて」
組の男たちに笑いかけて、烈は離れから出る。
目の前に、表情を堅くした継が立っていた。
「何だよ今の話。どういうことだ」
「そのままだよ。あいつらについて……王都警備隊に入ると」
「何いってんだよ!」
継が烈の肩をつかみかかる。
「お前がそんなもんに入ってどうすんだよ! お前が剣の修行してたのは、そんなもんの為じゃねえだろ!? 俺が長について補佐してたのだって……!」
「ごめんな」
「ごめんて何だよ。俺は認めねえぞ。俺はお前が……」
「ごめん」
ただ、静かに繰り返す烈に、継は諦めたように手の力を抜いた。
その手を取って、掴んでいた肩から外しながら烈は継に心からの言葉を告げる。
「お前は、俺の一番の親友で、兄弟みたいなもんだと思ってる。……親父殿を頼むな」
ただ立ち尽くす継の脇を抜けて、烈は家に入っていった。
厠から出た甚は、離れの前に立っていた継に気づいた。
今が何刻かは分からないが、深夜には違いがない。 離れからは隊士のいびきや歯軋りが聞こえてくる。
「何か用か」
「烈を連れて行くな」