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華と狼  作者: 立花
2/6

弐(修正後)

山奥に忽然と現れた隠者の里は、そうと知っていなければわからない程整然とした造りになっていた。

規律正しく家々が立ち並び、人々は寡黙に働いている。

これが本当に重罪人によって作られた村なのかと、甚は驚いた。


「オウ烈! よく帰ったな」

「烈坊じゃねえか! ウチの駿しゅんが寂しがってたぜ。また相手してやってくれ」


村に入った途端、烈が住人から妙に声をかけられている。

見るからに異様であるはずの男たちには目もくれず、ただ烈に声を掛ける様は少し不思議だ。

この少年は余程村人に愛されているらしい、とは思ったものの些か過剰な気もする。

不思議に思っているのが顔に表れている甚に、烈が苦笑する。

「実は村に帰るのは五年ぶりなんだよ。剣術の修行をしに山を降りてたからな。師匠が死んで、山に戻る途中にそいつ等に絡まれたって訳」

 男たちに囲まれ、小突かれながら無理やり歩かされてきた山賊達を顎でしゃくる。山賊の顔色が悪いのは、これからどんな目に遭うか想像しているからだろう。

「うむ。確かに素晴らしい手並みだったが……見たことの無い流派だったな? 何という道場だったのだ?」

「道場には通ってねえよ。この村に流れてきた、やけに剣の強い爺がいてな。そいつに付いてったんだよ。鬼ノ目山嶺の一番南の小山に小屋建ててな、その山で」

「成る程。ではその御仁独特の手なのだろうな」

「だと思うぜ」

そんな話をしている間に、烈は村で一番立派な屋敷に男達を案内した。

ここが、罪人たちを纏め上げたという村長むらおさの住まいなのだろう。

「親父殿ー! 帰ったぜぇ」

烈が玄関の戸を無造作に開けて、声を張り上げる。

すると、見るからに一癖も二癖もあるだろう厳つい容貌の老人が姿を現した。 顔に皺があり、皮膚が垂れているから年齢を重ねていることが分かるが、鍛えられた体は老いを寄せ付けない。

 ギロリと甚達をねめつけたあと、烈を見据える。

「お前の客か」

「ああ。一晩屋根を貸してくれってさ。で、土産」

 縛られた山賊を付きだしてみせる。

「隠者の里って知ってるか? 俺らはそこの者だが……無事に山を降りたければ通行料をおいていきな、だったか? そんな事を言うからよ。こりゃあ親父殿の管轄かと思って連れてきた」

 周りで見ていた村の男たちの目の色が変わる。

「ああ、やっぱり村の奴じゃねえんだ?」

 烈が安心したように笑う。

「違う。が……例えそうだとしても結果は変わらん。連れていけ」

 長の一声で、村の男が山賊を連行していく。

 それを見ることもせずに、長が烈を労う。

「近頃村の名をかたったけちな山賊が出るとは聞いていてな。近々人を遣る予定だったんだが、手間が省けたな。それは認めるが勝手に客を連れてきたのは話が別だな烈。後で、身元を確かめさせて貰うぜ、客人」

「ああ。構わない」

 鋭い目で見据えられた甚が顔色も変えずに頷くと、村長は家の中へと戻っていった。

「こっちだ」

烈が先導し、少し離れた家に連れて行く。同じ敷地内に建っており、あちらは母屋、こちらは離れになるのだろう。

 中に入ると、十五畳程の広さを蝋燭の暖かな灯りが照らしていた。

 甚が中心を中心に円座に座り、烈はその正面に座る。このとき初めて烈は他の男達を正面から見た。

出会ってからずっと烈との会話はずっと甚だけが行い、後の男達は無駄な話をするでもなく静かに控えていた。

今も、やはり口を開くのは甚だ。

「父親が村長なのか? ……あの山賊はどうなるのだ」

 最初の問いには頷きで返した烈は、何でもないことのように言葉を返した。

「あいつらは、親父殿が尋問したら、後は用がねえからなあ。始末するんだろうぜ。……私刑はいけねえというクチか?」

烈が首を傾げて薄く笑う。

「いや。どうせ今は国もあまり機能していない。勿論然るべき場所に引き渡すべきだとは思うが、この村でさばいた方が裁きは厳重だろうな」

「まず死刑以外はねえだろうからな」

「うむ。ならばいいのではないか? 以前の法律でも盗賊行為は死刑だったしな。今の監理は杜撰でな。賄賂で幾らでも刑期を短くするのだ」

「国から定められたお役所がか?」

 驚きに目を見張る烈に、甚は呆れたように笑いながら頷く。

「今は監理だけではない。どこもかしこもそんなところだな。今この国の中枢は機能していないのだ」

「機能してないって、王は何してんだよ?」

「何もなさっておいでではないな」

「何も?」

「うむ。代替わりなされた昨年から、全く政務に手を着けられてはいないようだな」

 烈は驚愕に目を見開いた。

「代替わりしてたのか!?」

「ご病気で崩御されてな。今の君は統華様だ。御年十八になられるな」

「そうか……。で、その今の君が何もしねえと」

「ああ」

「それは……」

 烈が話しかけた所で、扉ががらりと開いた。

振り向くと、後ろに数名の男を従えた村長が立っていた。

 この後ろの男達が、烈の言っていたお偉方だろう。

 村長は烈と甚を一瞥すると、烈の横、甚の正面にどかりと座った。

やはりその後ろに控えるようにして、三人の男が続いて座る。


「で。山の客人。あんたらは何者だ」

 開口一番、村長が甚を見据えて尋ねた。別に誰でも構わない、というような気負ったところのない声音である。それが、逆に甚に威圧感を与えた。自分たちが何者であっても、この村とその住人には大した意味を持たぬし、どうとでもすることができる、と言うことがありありと分かった。

「俺達は王都警備隊だ。牙狼組という」

 内心の圧迫感を綺麗に隠して、笑ってさえ見せた。 にこやかに見えようがふてぶてしく見えようがどちらでも構わない。

「牙狼っつーと、未だ王公認になりきれない、戦に餓えた狼か」

口を開いたのは、村長の右脇に座っていた五十がらみの男だ。

右の頬に深い傷跡が走っている。

「で?その餓狼・・がなにしにこんな山奥にいるんだ」

明らかに揶揄する口調の男に、甚の後ろに控えた男達がぴくりと動いた。

それを制するように、甚は笑顔をたたえたまま言葉を紡ぐ。

「所用で出かけていた上松あげまつから、王都に帰る途中だったのだ。鬼ノ目山嶺を迂回して行くと、二十日程かかるだろう? 山越をすれば八日で抜けれると聞いてな」

上松と王都は、山を挟んで南北に位置する。確かに、東西に長い鬼ノ目山嶺を迂回するよりは早い。しかし、そんなことを思いついても実行する人間は少ないのだ。よく知りもしない深山に入り込むのは愚かだからだ。

「誰から聞いた?」

「上松の団子屋だ。よし助って店だったかな」

「……あいつか。ただの山ならそれでいいかもしれんが、この山は俺達の縄張りだ。余所者にうろつかれたり、近道をしようと抜けられるのは困るんだ。今回は見逃すが、今度同じ事をやって山から降りれると思わねえ方がいいな」

村長が甚を見据える。 それに、甚が少し間をおいて答えた。

「それは、この村が隠者の里だからか?」

後ろに控えている男達が、殺気を込めた目を甚に向ける。

「あんまり詳しく知らねえ方がいいんじゃねえか?お互いの安全のためにな」

「……そのようだ」

迫力を増した村長に、笑顔を消した甚が答える。

「こんな険しい山を越えようとするほど急ぎの度なら、明日はさっさと山を下りるんだな」

それだけ言うと、村長は男を引き連れて離れから出ていく。途中、烈を振り返りくぎを刺した。

「烈。ここで遊ぶのは構わねえが、後で母屋に来いよ」

「分かってるよ、親父殿」

村長を見送った烈は、甚に向き直って笑顔になった。

「親父殿に気に入られたな」

「……そうなのか?」

首を傾げる甚に、烈が頷く。

「さっさと山を下りろって言ってたろ? 村長があんたらを山から下ろすって言ったんだ。少なくとも今晩襲われて殺されることはねえよ」

「……やはりその可能性があったのか?」

「当たり前だろ。この村がどういう村か知っててきたんだろ?」

今更何を言っているのか、と不思議な物を見る目を 向けられたら甚は、顔をひきつらせた。

「参考までに聞くが。どうしていたら殺されていたのだ?」

「そりゃ、あのまま後ろの奴らを押さえずにいたらだろうな。あのまま一人でも何か言ったりやったりしてたら、そっから斬り合いだろうな。血の気多いからよ、山の連中は」

思わず、というように首を竦める後ろの男達を見て笑っていると、嘆息したような声が耳を打った。

「やれやれ。随分危ないところだったようですね」

 そう会話に入ってきたのは、いつも甚のすぐ後ろに控えていた男だった。

 誰よりも長い髪を高い位置でまとめた優男風の容貌で、袖口には一本の白い線が入っている。

「俺はしょうです。よろしくね」

 そう微笑んだ顔はいかにも優しげで、それが逆に烈を警戒させた。

「観察の結果、しゃべってやってもいいって思ったのか?」

 胡散臭そうに笙を見る烈に、甚が笑う。

「お前の笑顔が烈には通じないようだ」

 それを無視した甚が、烈に答える。

「そういう決まりなんですよ。出先での行動、対応は一番上が行って配下は黙って控えるっていうのがね」

「一番上は普通でんと構えて、配下に任せるんじゃねえの?」

「勿論些末事は配下がやりますよ。でも、いつもそうしていると、何かあったときいちいちお伺いをたてるのが手間でしょう?ですから、何かあったとき、上が口を開けば任せ、上が黙っていたら下が裁く……と、まあ簡単に言うとそうなっているんです。で、黙っている方は控えて、その分観察するのが仕事になる、と」

「で、とりあえず結論が出ればあとは自由に口を開くのさ。俺はりんだ」

 笙の右隣にいた男が後を続ける。短い髪を僅かに束ねた、背の低い男だ。

 この場の中では、恐らく烈に次いで二番目に背が低いだろう。

 けれど、服の上からでも体がよく鍛えられているのがわかる。袖口には笙と同じように白い線が一本。

ぜんだ」

はくだ」

 麟に続いて、男たちが皆口々に名乗っていく。

 袖口に線があるのは三本の甚と、一本の笙、麟だけのようだ。

「なあ、それなに?」

 甚の袖の線を指して、烈が首を傾げる。

「ああ、これは身分を示している。三本は隊長、一本は組頭だな。無地は一般隊士だ」

「甚は隊長なのか?」

「一応な」

目を丸くする烈に苦笑して頷く。驚きを素直に表す様子は見た目の幼さもあって子供のようだ。

この村育ちとあって、口は悪いが気性は悪くない。むしろ、素直でまっすぐだ。

出会ってまだ一刻半(三時間)程しか経っていないが、甚はこの少年を非常に好ましく思っていた。

「俺たちに興味があるか?」

「そりゃあな。俺は山からあんまり出たこともねえし……」

素直に頷く烈に、甚は微笑む。

「なら、ウチに入らねえか?」

「はぁ?」

 いきなりの発言に驚いたのは烈だけで、他の面々は予想がついていたらしく呆れたように笑っているだけだった。

「ほらな。小銀二枚。忘れんなよ」

 麟が、狛から金を巻き上げている。

 甚が烈を勧誘するかで賭をしていたらしい。

山中会話していなかったと思うのだが。いつのまに。

驚いてそちらを見ている烈の注意を、咳払いで自分に戻した甚は笑顔で烈に迫った。

「さあ。どうだ?ウチに来ないか?」


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