『さしすせそ』叔母が地雷貴公子との見合いをセッティングしてきます
「そうですね。結婚するなら、考え方の合う…… 話していて楽しい人のほうが、いいと思います、叔母様」
大量の釣り書きを持ってやってきた叔母との、気詰まりなお茶会。
ソニアは目の前の叔母に遠慮しつつも 『いま婚約する気など、まったくない』 と匂わせていた。
サンフィールド侯爵家の次女であるソニアは現在、魔法学者になるため高等学院に通っている。
これまでに縁談はないでもなかったが、すべて学院をやめて家庭に入ることが条件であったため、即お断りしたのだ。
幸いサンフィールド侯爵家を継ぐのはソニアの兄である。また現在この国では他家との事業契約は婚姻ではなく契約書と契約魔法を通して行うのが普通であるため、政略結婚というものもほぼ存在しない。
婚姻によって家の命運を左右される心配のないソニアには、比較的、自由が約束されていたのだ。
だが、ソニアの叔母のように未だに一昔、二昔前の価値観で生きている人間は存在する。
「まあ、婚約とか結婚とかは、自然に任せておけばいいかと……」
「何を甘いことを言っているの! いいこと、ソニア。結婚で、女の幸せは決まるのよ!」
叔母は美しい仕草で静かにティーカップを置くと、ソニアのほうに身を乗り出した。
「爵位も財産もきちんとしている家の、なるべくなら優秀な人でなければ! 結婚により身分を下げるのは有り得ませんから、最低でも侯爵家よ、あなたの場合。王族なら言うことなしね」
「いえ叔母様。優秀さはともかく、いまどき身分なんて…… それより誠実さですとか、優しさには優しさで返せるとか、困っている人には自然に親切にしてあげられるといった、基本的な人間力のほうが、重要なのでは? それにもちろん、私の希望も尊重してくださるかたでなければ」
「甘い! 甘いわよ!」
ぱぁん、と扇を広げ口元を隠しながら、叔母は上から目線を決める。
「身分を軽視していると、後悔しますわよ? それに、誠実さや優しさなんて殿方に求めても、しかたなくってよ? 殿方なんて、外で遊ぶものなんだから」
「だから、そんなかたと結婚するメリットがそもそもないではありませんか、叔母様」
「いいえ! 夫など適当に手のひらの上で転がしつつ、立派な家の女主人として優雅な暮らしを送り尊敬される。それが女の幸せというものでしてよ!」
「自分の希望が叶えられないのであれば、優雅な暮らしを送ろうが尊敬されようが、牢獄暮らしと変わらなくないですか?」
「んまぁぁぁぁっ!」
ソニアはあくまで魔法の研究を続けたいだけだし、どうせ尊敬されるならその分野で尊敬されるようになりたい。
それさえできればドレスや食事は質素でも構わないし、お茶会や夜会で着飾りオホホホと笑いつつお世辞と見栄で貴婦人がたと渡り合うよりは、研究会で志を同じくする魔法オタクたちと熱く刺激的な知のバトルを繰り広げたい。
――叔母の話を聞く限りでは、結婚とはそうしたソニアの夢を尽く遠ざけ、望まない人生に心身を捧げることを強要する地獄でしかないのだが……
そう説明するソニアに、叔母は絶句し、信じがたいモノを見るような目を向けてくる。
「とにかく! いつまでも若いと思っていたら、大間違いですからね! 良いお見合いを取り付けてあげるから、必ず行くこと!」
「ええと、叔母様の手を無駄に煩わせるのも心苦しいので……」
「いい? とにかく会うのよ! わたくしの顔を潰すようなマネはしないでね? それから、高望みはダメよ、高望みは!」
「だから高望みも何も……」
「最低限、夫の爵位と財産さえあれば、幸せにやっていけるから! あなたがそんなに魔法の研究も続けたいのなら、それは条件に入れましょ。それでいいでしょ」
「ええと…… でも、結婚するとどうしても、雑事に時間がとられてしまいそうで……」
「何を言ってるの! 夫と子どもに恵まれてこそ、女の幸せというものよ! あとね、優しさとか誠実さなんて期待しないほうがよくってよ。そういった意味で信頼できる男なんて、この世に存在しないんだから!」
ソニアは口を閉じた。
叔母の言うこともまあ、ある意味ではその世代の実感がこもった処世術であろうとは感じる。
だが、なんというか。
(大事な部分を譲歩してまで結婚するメリットが、どこにも見当たらないんですけど――!?)
これに尽きる。
たかだか爵位と財産のために夫の人柄に目をつぶって傅き、趣味でもなんでもない育児に悩まされながら愛着のない家門の継続に尽力し、自分の人生を浪費する…… 有り得ない。
そんなのだったら平民に降っても、自分の好きなことで稼いだ金で好きなように暮らすほうがよっぽど幸せである。
――だがまあ、いつまで経っても婚約しない姪を心配してくれる叔母の気持ちを蔑ろにもできない。
ソニアは仕方なく、見合いの席に座ることになったのだった。
姪のあまりのやる気のなさが心配だったのだろう。
見合いの前、叔母はソニアにこう忠告した。
「襤褸が出ないように、余計なことは喋らず、『さしすせそ』 だけ言っておくのよ!」
「さしすせそ?」
ソニアは首をかしげる。
叔母いわく 『さしすせそ』 とは 『さすが』 『しらなかった』 『すごい』 『センスがいい』 『そうなんですね』 の5つの頭文字をとったもの、であるそうだ。
なんでも男性との会話でウケやすい鉄板のキーワードなのだとか。
「男なんて気持ちよく喋らせて上げれば、だいたいは落とせるんだから!」 ということであるらしい。
(そんな空虚な会話してまで気に入られたいとか思うかな?)
という点がものすごく疑問なソニア。
見合い相手を落としたいだなんて欠片も考えてはいないが、たしかに面倒なので余分なことは喋らないでおこう、と決め、見合いの日を迎えたのだった ――
1人目は、侯爵家次男だった。
ソニアと結婚するなら、実家から余っている伯爵位を譲られ独立する予定であるらしい。身分が下がるといえば下がるが、実家が同じ侯爵家どうしゆえ順当、という叔母の判断である。
だが――
「幼馴染のメイドの娘が病弱で、よく倒れるんだよ。幼馴染としては、駆けつけるのが当然だろう!? なのに、怒って婚約解消だなんて、心が狭すぎると思わないかい?」
「はあ…… そうなんですね」
「理解のない婚約者なんて、こっちから願い下げだったよ、まったく…… きみは、わかってくれるよね?」
「まあ、研究に忙しいのでその辺に興味はわかないでしょうね」
「……っ! きみは、ボクの理想の人だ……!」
ソニアは膝に置いた手の中でそっと印を結び、魔法をかけた。
2人目は、公爵家の長男だった。次期公爵である。
彼は一度、結婚をしているもののすぐに婚姻無効で白紙になってしまった。無効なのでバツはつかず、もしソニアと結婚すれば初婚扱いである。
公爵夫人になれるのならその程度、目をつぶるべきよ、と叔母は主張している。
だが――
「あれは、両親が勝手に決めた結婚だったんだ。結婚しない限り、公爵位は譲れない、と…… 俺には異義の唱えようもなかった……!」
「はあ。それはしらなかったです。大変、お気の毒ですね」 主に、そんな打算の犠牲になってしまったお嬢さんが。
「だから当然、お互いに心が通いあい、その…… そういうことをしたいと思えるようになるまでは『白い結婚』を貫くのがお互いのためだろう!?」
「そうなんですね」 相談もなく勝手に決めつける人だとよくわかる。
「なのに彼女は、たった1年で、みっともなく俺に迫ってきたんだ! まさかあんな、肉慾に堕ちたアバズレ女とは思わなかった……!」
「うわあ…… すごいですね」 プライドを捨てて擦り寄ってくれた妻に対する評価がこれとか、あなた人間ですか?
「それで、拒絶したら逆ギレしてさ。泣きながら実家に帰って、そのまま婚姻無効だよ。こっちは徐々に気持を通わせられれば、それで良かったのに……!」
「さすが、お気が長くていらっしゃいますね」 1年妻やってて、そこまで気持が通わなければそりゃ見切りをつけるわ、としか言えない件。
「貴女なら真面目そうだし、そんなことも起こらないと…… 期待していいかな?」
「まあ、研究さえ続けられれば他はどうでもいいんで……」
「……っ! 貴女こそ、俺の理想の妻になってくれるかもしれない……!」
ソニアは膝に置いた手の中でそっと印を結び、魔法をかけた。
3人目は、この国の第一王子だった。公爵令嬢と婚約していたのに、真実の愛を優先して周囲にも諮ることなく公衆の面前で婚約破棄を断行し、王位継承権を外されてしまった人だ。
叔母いわく『腐っても王族だからなにかと便利だし、万一、革命が起こったとしても旗印に担がれて生き残れる立場』である。それ、もし革命が失敗したら処刑まっしぐらではないだろうか。
ともかく――
「王位なんて不自由なだけで、そこまでいいものじゃないんだよ。だから、僕としては、どこかの離宮で慎ましく暮らしていければ、それでいいと思っていたんだ…… ゴテゴテしたものなんか一切取り払って、真に愛する人と、シンプルで居心地良い生活を送りたかっただけなんだよ……」
「センスがいいんですね」 けどそれなら最初からそう意思表示しておけば、周囲も迷惑しなかったんじゃ。
「なのに 『王妃になれないんなら、興味ないですぅ』 って。なんなんだ、あの女は! 僕は心が傷ついたよ!」
「そうなんですね」 いや、愛人さんが賢明だっただけなのでは。公爵家が娘の心を傷つけ恥をかかせた男とその愛人を 『慎ましく暮らす』 程度で許すはずはないので。
「そもそも、僕がああいった形で婚約破棄せざるを得なかったのも、何度、婚約解消の打診をしても握り潰されてしまったからだよ!」
「しらなかったです」 国家の一大プロジェクトである王太子(当時)の結婚を、そんな簡単に解消できると思ってたなんて。
「けれど、だ! 結婚くらいは、真に愛する人としたいと思って何が悪い!? 下々の間ではとっくに、政略結婚など廃れているではないか!」
「さすが、よくご存じですね」 でも残念ながら王太子(当時)は下々でないからね。
「同意してくれるか! なら、お前との婚約も吝かではないな! もし婚約期間中に真に愛する人が現れても、お前なら婚約解消の申し出を握り潰したりすることなく、大人しく譲ってくれそうだ」
「まあ…… 慰謝料に最新の実験設備くらいもらえれば、言うことないですけどねえ……」
「……っ! お前こそ、僕の理想の婚約者だ!」
ソニアは膝に置いた手の中でそっと印を結び、魔法をかけた。
後日――
「ちょっと、ソニア! どういうこと? お見合い相手が全員、断ってくるなんて。あなたいったい、何したの!?」
意識干渉の魔法を、ほんの少々――
とは明かさず、ソニアは小さく肩をすくめて首をかしげてみせる。
「叔母様。断られた理由を、よくご覧になってください」
「なに…… 『ぼんやり相槌を打つばかりで、意思が感じられず、話していてもつまらない』 え、ええ……? うそ……!」
「叔母様。時代は変わったのですよ」
嘘だけど。本当は、魔法による一時的な意識干渉の結果に過ぎず、時間が経てば元に戻るけど。
ソニアと見合いした地雷男たちはみんな、気持ちよく勝手に喋っておいて、ソニアを理想の人扱いしてくれたけれど。
「私もやっぱり、自分を抑えてヨイショしてくれる女にしか好意を持たないお相手など、到底、無理だと思いますから…… お互い様じゃ、ないですかねえ?」
ソニアはにっこりして、釣り書きの束を暖炉に放り込んだ。
炎がぱっと明るく勢いを増す。
姪のために厳選した爵位と財産持ちの (性格などそもそも期待していない) 男たちが灰になるのを、叔母は呆然と眺めていた――
「叔母様こそ、次の春をお探しになっては? もう未亡人を5年も、やってらっしゃるんですから……」
嫌味と本音を半ばずつ込めて勧めたソニアだったが、その後、叔母が本当に再婚するとは思っていなかった。
相手は、ソニアと見合いしたあの 『白い結婚』 の公爵令息である。
叔母いわく 「わたくしが 『さしすせそ』 を駆使したら、ワケなかったわよ!」 ―― すなわち 『さすが』 『しらなかった』 『すごい』 『センスがいい』 『そうなんですね』 を使い回して、公爵令息を夢中にさせたようである。
昨今は 『男にすがる女』 などとバカにされがちな叔母世代だが…… 相手がたとえ地雷であっても、己を抑えて相手を立てまくるその姿勢とスキルは尊敬に値する ―― とソニアは心の底から思う。
だってソニアは 『さしすせそ』 の使用なんて、見合いだけでも退屈すぎて反吐が出そうだったから。
あの見合いの経験だけで、『ただただ相手を気持ちよくするだけがメインの奴隷のような結婚生活など、わずか半日ですら保たない』 とソニアは確信できてしまった。
相手が爵位と金しかない地雷男なら、なおさらだ―― そう。
相手によらず 『さしすせそ』 できる叔母のような人たちは、まさに慈愛の天使と呼んでも過言ではない存在。
彼女らのおかげで地雷男たちにも、なんとかぎりぎり、この世に居場所が残されているのだ。
それから、数年が経った――
地雷令息の救済という立派な慈善事業をなした叔母は、夫を完全に尻に敷いて幸せそうに公爵夫人の座を楽しみつつ、無事に学者になったソニアの結婚を今でもまだ、心配してくれている。
そんな叔母に 「すごく話が合う同僚からデートに誘われたんだけど」 と知らせようか黙っておこうか、最近のソニアはちょっと頭を悩ませているのであった。
※侯爵家次男はその後、爵位を与えられることなく病弱な(?)メイドの娘と一緒に家を追い出されました。第一王子は誰とも結婚せず離宮に引きこもっていましたが、やがて人々から忘れ去られ、予算も削られて雨漏りする部屋で寒さに震えクシャミ連発する生活となったそうです。
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