第一話
開け放った窓から、蝉時雨がしきりに聞こえる。
暦の上では、八月に入ったばかり。鬱陶しい梅雨こそ明けたが、まだまだ夏の暑さは、これからが本番という感じだ。
「……もう朝か」
まだ眠い目をこすりながら、あくびを噛み殺す。
縁側に吊るされた風鈴が、心地よい音を鳴らし、涼しさを醸し出している。俺こと矩継悠は、しばらくその音に耳を傾けていた。
しっかりと覚醒したころ、俺はのそのそと布団から這い出た。身支度を整え、台所へ向かうと、すでに誰か起きているようで、いい匂いが漂ってきた。
暖簾をくぐると、そこに居たのは腰まで伸ばした黒髪の一部を、頭の後ろで結んだ少女だった。
「おはよう、柚姫」
「あら? おはようございます、悠くん」
その少女の正体は、幼馴染の一人である宗宮柚姫だった。柚姫とは、生まれた時からの幼馴染という極めて稀な関係だ。
さて、そんな柚姫は先ほどから料理をしているわけなのだが、彼女はこのほかにも掃除や洗濯といった家事全般を難なくこなしてしまう。もちろん、料理についても「美味い」の一言に尽きるのだが、ふと思い当ることがあり、俺はそれを聞いてみた。
「なあ、柚姫。今日って綾音が食事当番じゃなかったか?」
「えぇ、そうですよ。でも綾音さん、ぐっすり眠っていましたから、私が代わりに食事の用意をしようかなって思って」
「あー、なるほど」
納得した俺は「綾音は後でお仕置きだな」と心に決めつつ、柚姫の手伝いをすることにした。
「手伝うよ、何すればいい?」
「ありがとう、じゃあ悠くんはご飯とお味噌汁をよそってください」
全員分の食器を用意した直後、暖簾の奥から幼さの残る少女の声が聞こえた。
「ユウ、ボクお腹すいた……」
「おはよう、湊。早く食べたかったら、手伝うことだ」
「ん、おはよう。わたしも手伝う……」
俺の腰より少し高い位置にある頭を縦にブンブン振りながら、秋月湊は箸や湯飲みをちゃぶ台に運んだ。彼女もまた俺の幼馴染であり、その外見とは裏腹に、俺たちと同い年というから驚きだ。
今では完全に溶け込んでしまった『幼馴染たちとの同居生活』。その原因となったのは、今から一週間前。学校も夏休みに入り、俺は数ヶ月ぶりに実家に帰った。謀られた、玄関に上がった瞬間、俺は唐突に理解した。いや、理解せざるを得なかった。俺の目の前には、三つ指をついて座っている幼馴染の姿があった。これが全てのはじまり、波乱万丈な生活のスタートだった。
「私が壊す、貴方の世界」と並行してこちらのほうも投稿していこうと思います(というより、こっちのほうが先に完成していたのですが……)。
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