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鑑定士は触れずにいられない 〜追放された宮廷錬金術師は、触れるだけで大地の異変を暴いてしまう〜  作者: 景都 (けいと)
枯れた大地の声

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第09話 廃坑への道

 自治会の会合は、翌日の昼に開かれた。


 街の中央広場に面した集会所。石造りの平屋で、中には長机が口の字に並べられている。十人ほどの自治委員が席についていた。顔ぶれは商人、農夫、鍛冶屋の組合長、教会の神父。グリュンタールの実力者たちだ。


 農夫のハンスもいた。リーゼと目が合ったが、すぐに視線を逸らされた。


 カイが報告書を読み上げた。淡々とした声で、事実だけを並べる。


「北側の畑を中心に、半径一キロの範囲で土壌汚染が確認されています。汚染物質は変性硫酸銅および精髄灰。いずれも自然には生成されない人工物質であり、街の井戸水にも微量の混入が検出されました」


 委員たちがざわめいた。


「井戸水にも、だと?」


「現時点では人体に影響の出る濃度ではありません。しかし汚染源が稼働し続ければ、数ヶ月以内に閾値を超える可能性があります」


「汚染源というのは」


「街の北東、旧廃坑の方角です。地下三十メートルの深さに大規模な錬金術の術式が確認されました。廃坑の入口にも人の出入りの形跡があります。廃坑の内部調査を許可していただきたい」


 長い沈黙があった。委員たちが互いの顔を窺い合っている。


「カイ調査官。その鑑定をしたのは、あの追放された女か」


 ハンスだった。腕を組み、苦い顔をしている。


「リーゼ・ヴェーバーの鑑定によるものです」


「宮廷で鑑定を捏造して追い出された人間の言うことを、どこまで信用できるのか」


「鑑定結果の信頼性については、私が調査官として担保します」


「あんたも王都から飛ばされてきた身だろう。左遷された調査官と追放された鑑定士が組んで、騒ぎを起こしているだけじゃないのか」


 カイの目が一瞬鋭くなったが、声は落ち着いていた。


「ヴェーバー氏の分析は、独自に確認した状況証拠とも一致しています。半年前から触媒素材を大量に購入している人物の存在。その人物が毎回シュヴァルツ山脈方面から来ていること。廃坑入口に複数人の出入りの痕跡があること。これらは鑑定とは無関係の事実です」


 議場がざわめいた。信じる者と信じない者が半々という空気。


 そのとき、リーゼの目が、商人の委員の手元に留まった。委員が無意識に弄んでいる銀貨。


「失礼ですが」


 リーゼが立ち上がった。カイが眉をひそめた。何をする気だ、という顔。


「その銀貨を拝見してもよろしいですか」


「銀貨? これがどうした」


 商人の委員が怪訝な顔で銀貨を差し出した。リーゼは手袋を外し、銀貨に指先を当てた。


 一秒。


「この銀貨、偽造品です」


 集会所が静まり返った。


「銀の純度が王国基準の九割二分を下回っています。八割七分。表面に薄い銀のめっきを施して見た目を合わせていますが、芯は銅と錫の合金です。鋳型の痕跡から、南部のラーケン工房で作られた模造品だと思われます」


「馬鹿な。これは先週、交易で受け取った——」


「お疑いでしたら、銀貨の縁を削ってみてください。表面の銀の下から、赤銅色の地金が出てきます」


 商人の委員がナイフの先で銀貨の縁を削った。


 銀色の表面の下から、赤みを帯びた金属が顔を覗かせた。


 集会所がどよめいた。


「……本当だ。偽物だ」


 委員たちがリーゼを見る目が変わった。疑いから、驚きへ。ハンスですら、組んでいた腕をほどいていた。


「触れただけで、そこまで分かるのか」


 ハンスの声から、棘が消えていた。


 委員たちが顔を見合わせた。教会の神父が口を開いた。白髪の穏やかな老人だ。


「カイ調査官が担保するなら、調査の価値はあるだろう。北の畑の不作は事実だし、家畜の病気も増えている。井戸水の話が本当なら、放置するわけにはいかない。原因を突き止めることに反対する理由はないと思うが、どうか」


「だが廃坑は危険だ。十年以上放置されていたんだぞ。崩落の恐れもある」


「少人数で、慎重に。入口付近だけの調査を許可する形ではどうか」


 採決の結果、廃坑の調査は賛成多数で許可された。ハンスは最後まで渋い顔だったが、反対票は投じなかった。


 集会所を出たとき、ハンスがリーゼの前を通り過ぎた。足を止めかけたが、何も言わずに行ってしまった。


「気にするな」


 カイが言った。


「あの農夫は、自分の畑に問題があると認めたくないだけだ。認めたら、対処しなければならなくなる。その金も方法もないから」


「分かっています」


「本当に分かっているなら、あんな顔をするな。追放された鑑定士が同情を買おうとしているように見えるぞ」


「……同情は求めていません」


「知っている。だからさっさと準備しろ。明日の朝、出発する」


* * *


 翌朝。晴天。


 カイが駐在兵を二人連れ、リーゼとユーリが同行した。ユーリは坑道内で必要になるかもしれない工具を革袋に詰めて背負っている。ハンマー、鑿、楔、予備のランタン。


 廃坑の入口は前回と変わらず、雑木林の中に口を開けていた。板が外された跡はそのままだ。


「ランタンをつけろ」


 カイの指示で、全員がランタンに火を灯した。坑道に入ると、外の光がすぐに届かなくなる。ランタンの橙色の光が、岩壁に揺れる影を作った。


 坑道は思った以上に広かった。大人が二人並んで歩ける幅がある。壁面は岩盤を削り出したもので、所々に鉱脈の痕跡が銀色に光っていた。天井からは水滴が落ち、足元の石に小さな水溜まりを作っている。


 リーゼは壁に手を当てながら歩いた。


「この先、最近人が通った痕跡があります。壁に付着した油脂はランタンの煤です。三日以内のものです」


「三日以内? 工房を荒らした時期と重なるな」


「ええ。同一人物かもしれません」


 坑道は地下に向かって緩やかに傾斜していた。分岐が何度かあったが、リーゼが壁面に触れるたびに「こちらです」と方向を示した。人の痕跡と、精髄灰の濃度が増す方角は一致していた。


 深い階層に下りるにつれ、空気が変わり始めた。湿度が上がり、妙な臭いが微かに漂っている。鉱物の臭いではない。錬金術の術式が残留する空間特有の、鉄と灰を混ぜたような臭い。


「リーゼ」


 ユーリが声をかけた。


「この松明の火、色が変わってないか」


 見ると、ランタンの炎がわずかに青みを帯びている。通常の炎の色ではない。


「精髄灰の微粒子が空気中に漂っています。濃度が上がっている証拠です」


「体に害はあるか」


「この程度なら問題ありません。ただ、これ以上濃くなるようなら引き返すべきです」


 駐在兵の一人が不安そうな顔をした。カイが「続行する」と短く言った。もう一人の駐在兵がランタンを高く掲げ、前方を照らした。


 さらに下る。五十メートル、百メートル。坑道は次第に様子が変わっていった。古い坑道の壁面に、新しい補強材が打ち込まれている。木材は最近のもので、まだ樹脂の匂いがする。誰かが最近になって、この坑道を整備し直していた。


「止まれ」


 カイが片手を上げた。


 前方に、壁があった。


 坑道を完全に塞ぐ壁。だが自然の崩落ではない。表面が滑らかすぎる。岩盤の色とも質感とも異なる、人工的な壁。


 リーゼが壁に触れた。


「土属性の錬金術で岩盤を変質させた封鎖壁です。結晶構造を均一化して、弱点を消しています」


「壊せるか?」


「この壁は最近補強されています。つい数日前です。誰かがここを封じた。私たちが来ることを予測して」


「工房荒らしの後に封鎖した、か。サンプルを壊し、坑道を封じた。二重の証拠隠滅だな」


 カイが壁を睨んだ。


 リーゼは壁に両手を当て、内部の構造を読み取ろうとした。土属性の変質術。結晶構造が人工的に均一化されている。通常の鑑定で探すべき「不均一点」が、意図的に潰されていた。


「今の私の力では、この壁の弱点を見つけられません」


「つまり、手詰まりか」


「今は。ですが方法はあるはずです。時間をください」


 ユーリが壁を拳で叩いた。重い、鈍い音が坑道に響いた。


「分厚いな。力任せじゃ無理だ。だが壁は壁だ。作ったものなら、壊せる。方法さえあれば」


「力で壊すのではなく、構造を理解して弱点を作ります。鑑定士のやり方で」


 カイが腕を組んだ。


「自治会には報告する。封鎖壁が見つかったということは、隠す側にとって見られたくないものがこの奥にあるということだ。調査の正当性は、これで証明された」


 帰り道、リーゼは壁の感触を指先で反芻し続けていた。


 均一化された結晶構造。弱点のない壁。だがマティアスの書物に、水属性の浸透術で内部に微細な変化を起こす手法が記されていた。あれを応用すれば。


 あの壁の向こうに、全ての答えがある。


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