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鑑定士は触れずにいられない 〜追放された宮廷錬金術師は、触れるだけで大地の異変を暴いてしまう〜  作者: 景都 (けいと)
枯れた大地の声

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第08話 大地の証人

翌朝一番に、カイに工房荒らしを報告した。 


 駐在所の執務室。カイは書類から顔を上げ、リーゼの話を聞いた。


「サンプルを全て壊された?」


「ええ。触媒の瓶も、器具の破片も。窓から侵入しています。手袋を着用していて、痕跡はほとんど残っていませんでした」


「手早い仕事。迷いがない。素人じゃないな」


 カイが椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げた。


「つまり、あんたの調査は正しい方向に向かっているということだ」


「どういう意味ですか」


「犯人が焦っている。追放された鑑定士が辺境で土を掘り返しているだけなら、誰も気にしない。だが精髄灰まで辿り着き、反復実験のパターンまで解析し始めた。それを知っている人間が、証拠を消しに来た」


「誰かが私の調査を監視している?」


「少なくとも、工房の中身を把握している人間がいる。ディーターが来る前に動いたのも意味がある。明後日の張り込みを恐れたか、あるいは——」


「あるいは?」


「ディーター自身が、予定より早く街に入っているか。どちらにせよ、張り込みは中止だ。向こうがこちらの動きを知っている以上、待ち伏せても意味がない。こっちから仕掛ける」


「仕掛ける?」


「汚染源を直接叩く。証拠を先に押さえる。ディーターの足取りを追うより確実だ」


 リーゼの背筋が冷えた。穏やかな笑顔の旅商人。手袋越しでも精髄灰の残留を纏っていた男。


「サンプルは壊されましたが、分析結果は全て覚えています。もう一度採取すればいい」


「よし。だが今度は一人で動くな。俺かユーリが一緒にいる時にやれ」


「分かりました」


* * *


 その日から三人の協力体制が本格的に動き出した。


 リーゼは新たなサンプルを採取した。今度は街の外、汚染が最も濃い北東の地点を重点的に調べる。カイが護衛として同行し、周囲を警戒した。


 ユーリは過去にディーターに納品した器具のリストを全て整理し、紙束にまとめて提供した。


「これが全部だ。半年分」


 カイが紙束を受け取り、一枚ずつ確認する。


「高圧蒸留器が3台、耐熱るつぼが7個、精製用の磁器管が12本。それと、特注の排出管が一本」


「排出管?」


「液体を流すための管だ。内径が広くて、耐酸性の合金で作ってくれと言われた。長さは10メートル。何に使うのかは聞いていない」


 リーゼとカイが目を合わせた。排出管。耐酸性。十メートル。地下の実験施設から廃液を排出するための管。地下水脈に汚染物質が流入している経路は、この管かもしれない。


「ユーリ。ディーターは毎回どの方角から来る?」


「北東だ。シュヴァルツ山脈の旧廃坑がある方向。間違いない。俺の工房から北を見ると、街道と山道の分岐がある。ディーターさんはいつも山道の方から来る。一度だけ、出て行く後ろ姿を見たが、やっぱり山道だった」


 リーゼは工房に戻り、新たなサンプルの分析結果と、これまでの調査データを一枚の地図にまとめた。


 グリュンタールの略図。北側の畑、東の牧草地、南の鍛冶屋、西の街道。そして中央の井戸と、東の小川。それぞれの地点に汚染濃度を数値で書き込み、地下水脈の推定ルートを線で結ぶ。


 全ての線が、一つの方向を指していた。


「北東。シュヴァルツ山脈の旧廃坑の方向」


 カイが地図を覗き込んだ。


「汚染分布と、ディーターの来訪方角と、ユーリの排出管。全部が同じ方向を向いている」


「状況証拠としては十分だ」


「行ってみなければ分かりません。地下に何があるのか、この目で確かめたい」


「行く気か」


「行く気です。止めますか?」


「止めない。俺も見たいからな」


 翌日。リーゼ、カイ、ユーリの三人で、北東の山道を辿った。


 グリュンタールから山裾に沿って一時間ほど歩くと、雑木林の奥に崩れかけた坑道の入口が見えた。旧廃坑。十年以上前に鉱脈が枯れて放棄されたと、ユーリが言った。入口は木材で簡易的に塞がれていたが、板の一部が外されていた。


「人が出入りしている」


 ユーリが入口の地面を調べた。


「草が踏まれている。それも何度も。一人じゃない、複数だ。最近のものだ」


 リーゼは坑道の入口の岩壁に手を当てた。


 手袋を外し、額が触れるほど近づいて、地面に両手をついた。


 長い沈黙。


 カイもユーリも、黙って待った。風が山裾の草を揺らす音だけが聞こえている。


 指先に流れ込んでくる情報が、凄まじかった。表土の下、十メートル、二十メートル、三十メートル。地層を一枚一枚透かすように読んでいく。汚染物質の濃度が、深度とともに跳ね上がっていく。そして三十メートルほどの深さに、巨大な構造物がある。岩盤に人工的な空洞が穿たれ、その中に大量の錬金術の術式が組み上げられている。


 顔を上げた。額に土がついていた。


「分かりました」


 声が掠れていた。鑑定に集中しすぎて、呼吸を忘れていた。


「地下三十メートルほどの深さに、大規模な錬金術の術式が組まれています。ここが汚染源です。誰かが、この廃坑の奥で精髄属性の実験を続けている」


 カイが息を呑んだ。ユーリは黙って廃坑の闇を見つめていた。


「街の自治会に報告する」


 カイが言った。声に、初めて力がこもっていた。


「俺の名前で報告書を出す。辺境駐在所の調査官として、廃坑の調査許可を申請する」


「通りますか」


「通さなければならない。住民の飲料水が汚染されているんだ。自治会も無視できない」


 帰り道、三人は無言で歩いた。夕暮れの山道を下りながら、リーゼの頭の中で一つの疑問がぐるぐると回っていた。


 精髄属性の実験を、こんな辺境で、秘密裏に行う理由は何だ。


 そしてなぜ、私はよりによって、この街に追放されたのか。


 偶然にしては、出来すぎている。


* * *


 王都。宮廷の執務室。


 宰相の机の上に、一通の報告書が置かれていた。外交使節団から持ち込まれた宝石類の鑑定結果。今月二度目の修正依頼だった。


「また誤鑑定か」


 宰相が眉間を揉んだ。傍らに控える官吏が小さく頭を下げる。


「申し訳ございません。主席鑑定士のエルヴィラが再鑑定を行いましたが、産地の特定に確信が持てないと」


「使節団は明後日には発つ。間に合うのか」


「エルヴィラは最善を尽くしておりますが……以前のような精度は」


 官吏が言葉を濁した。以前のような精度。つまり、あの女がいた頃のような精度。


 宰相は窓の外に目を向けた。ヴェーバーを追い出したのは必要な判断だった。黄金律計画のために。だが、その副作用がこうも早く出るとは。


「……急がせろ。間に合わなければ、外交問題になる」


 廊下を歩きながら、宰相は思った。辺境の鑑定士。あの女は今頃、何をしている。

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