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鑑定士は触れずにいられない 〜追放された宮廷錬金術師は、触れるだけで大地の異変を暴いてしまう〜  作者: 景都 (けいと)
枯れた大地の声

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第06話 鍛冶師の証言

翌朝、カイに連れられて街の南端にある鍛冶屋を訪ねた。


 炉の熱気が路地にまで漏れている。工房の入口は広く開け放たれ、中から金属を打つ規則正しい音が響いていた。炉に赤々と火が入り、工房全体が朝日とは別の光で照らされている。


「ユーリ。客だ」


 カイが声をかけると、打音が止まった。


 炉の前から立ち上がったのは、若い男だった。革のエプロンに煤だらけの腕。短く刈り込んだ栗色の髪と、日焼けした顔。歳はリーゼと同じか、少し下だろう。額に汗の筋が幾本も走っていて、仕事の途中であることが分かった。


「……客?」


 ユーリ・ブレンナー。グリュンタールの鍛冶師。寡黙そうな男だ。カイを見て、それからリーゼを見た。品定めではなく、単純に見慣れない顔を確認する目だった。


「納品記録について訊きたいことがある。半年前から触媒素材を大量に買い付けている商人がいるだろう」


「ああ。ディーターさんのことか」


「詳しく聞かせてくれ」


 ユーリは汗を革のエプロンで拭きながら、工房の奥に二人を招いた。壁際に木の長椅子がある。来客用というより、鍛冶仕事の合間に座って休む場所だろう。ユーリが水差しから三つの杯に水を注いで渡した。冷たい井戸水だった。リーゼは受け取りながら、指先が水の組成を読もうとするのを意識して止めた。


「半年前くらいから、月に一度来る。旅商人で、名前はディーター。穏やかな男で、金払いがいい。特殊な器具の修理や製造を依頼してくる」


「特殊な器具とは」


「高圧蒸留器。精髄属性に耐える耐熱るつぼ。精製用の磁器管。普通の商人が必要とするものじゃない」


「それは第4等級以上の術に使う代物だな」


 カイがリーゼに目配せした。第4等級以上。禁忌に近い領域の術で使う器具を、この辺境で調達している。


「変だとは思ったんだ」


 ユーリが腕を組んだ。太い腕に、鍛冶の火傷跡が幾つもある。


「こんな辺境で、そんな器具を誰が使うのかと。だが金払いが良かったから断らなかった。仕事は仕事だからな。悪いことに使われていたのか?」


「まだ確定ではない。だが可能性はある」


 カイの返答は慎重だった。


 リーゼは工房の中を見回していた。壁に掛けられた工具は種類が多く、配置が整っている。棚に並ぶ金属素材は材質ごとに分類され、炉の横に積まれた半完成品も形ごとにまとめられていた。整理整頓の行き届いた工房だ。職人気質の人間だと分かる。


 そして、隅に置かれた修理済みの器具がいくつか。


 その手前に、ユーリが作業途中の金属片が置いてあった。リーゼの指が、無意識にそれに触れた。


「この合金……」


 リーゼの目が見開かれた。


「教科書に載っていない配合ですね。鉄と銅の比率が7対3。通常、この比率では脆くなって実用に耐えません。でもあなたは鍛造の温度と冷却のタイミングを調整して、結晶構造を安定させている。理論上は不可能とされていた組み合わせです」


 ユーリの表情が変わった。初めて、驚きの色が浮かんだ。


「……なぜ分かる。その配合は、俺が三年かけて試行錯誤した独自のものだ。誰にも教えていない」


「触れれば分かります。金属の結晶が教えてくれました」


「結晶が教えてくれた、か」


 ユーリがリーゼの指先を見た。薬品焼けの痕のある、細い指。その指が、三年分の試行錯誤を一瞬で読み取った。


「大した指だ」


 短い言葉だった。だがそこには、職人が別の職人の技を認めたときの、嘘のない敬意があった。


 手袋を外した。


「触らせてもらっていいですか」


「は?」


「その器具。修理済みのもの」


 ユーリが怪訝な顔をした。カイが面倒そうに言った。


「この人はそういう人間だ。見ていれば分かる」


 ユーリは黙って頷いた。


 リーゼは修理済みの耐熱るつぼに指を当てた。


 情報が流れ込む。素材の組成。鍛造の温度。使用された触媒の痕跡。るつぼの内壁に焼き付いた残留物質の層が何重にも重なっている。その最上層に、見覚えのある信号があった。


「この器具、最後に使われたとき精髄灰を扱っています。土壌から検出されたものと同じ組成です」


「精髄灰って、あんたが畑から見つけたやつか」


「はい。間違いありません」


 カイの目が鋭くなった。ユーリは黙ってリーゼの手元を見ていた。


「……触っただけで、そんなことが分かるのか」


「ええ」


「すごいな」


 純粋な感想だった。驚きはあるが、疑いの色はない。リーゼの指先の動き、触れるときの集中の仕方、離すときの目の動きを見て、本物だと判断したのだろう。職人は職人を見抜く。


「ユーリ。そのディーターという男が次に来るのはいつだ」


「三日後のはずだ。月に一度、だいたい同じ頃に来る。次は月末の前後だ」


「張り込む。今度は足取りを掴みたい」


 ユーリが頷いた。それから、少し迷ってから口を開いた。


「過去の納品記録が全部ある。ディーターに作った器具のリストも。日付と数量と、仕様を全部控えてある。必要なら出す」


「助かる。全て出してくれ」


「それと、一つ気になってたんだが」


「何だ」


「ディーターさん、毎回シュヴァルツ山脈の方から来るんだ。街道じゃなくて、北東の山道を通って。出ていくときも同じ方向だ。商人なら街道を使うのが普通だろう。なんで山道を?」


 北東。リーゼの汚染分布マップで、変性硫酸銅の濃度が最も高い方角だ。


 リーゼとカイが同時に顔を見合わせた。


 帰り支度をしていると、ユーリがリーゼに声をかけた。


「あんたの指、職人の手だな」


「え?」


「薬品焼けの跡がある。それに、器具に触れるときの手つきが丁寧だ。ものを壊さないように触る感覚が分かっている。俺は金属を打つとき、温度を手の感覚で読むが、似たようなものか?」


「……似ているかもしれません。あなたも、金属の声を聞いている?」


「声、か。大袈裟だが、まあそんな感じだ。打つときの手応えで、金属の状態が分かる。温度が高すぎれば柔らかすぎるし、低すぎれば脆くなる。指に伝わってくるんだ」


「それです。私も同じです。触れると物質の状態が指に伝わってくる」


 ユーリが初めて笑った。口角がわずかに上がるだけの、地味な笑顔だった。


「面白い客だな。また来い」


 リーゼは少しだけ表情を緩めた。この街に来て、マティアス以外で初めて自分の能力を自然に受け入れてくれた人間だった。


 鍛冶屋を出た後、カイが言った。


「あの男は信用できる。口が固いし、嘘をつく顔じゃない。それに、あんたの鑑定を見ても驚いただけで怖がらなかった。普通は少し引くもんだが」


「同感です。職人気質の人間は、技術を素直に認めてくれます」


「で、器具の分析結果だが。精髄灰以外に何か読めたか」


「はい。術式の痕跡が残っていました。第4等級相当の術ですが、どこか歪んでいます」


「歪んでいる?」


「うまく言えませんが、術式の構造に無理がある。本来の用途から逸脱した使い方をしている痕跡です。術式が悲鳴を上げている、とでも言えばいいでしょうか」


 カイは黙って歩いた。しばらくして、低い声で言った。


「禁忌を無理に行使している。しかも繰り返し。相当な目的がなければ、そんなリスクは冒さない」


「ええ。これは趣味や学術研究の範囲ではありません」


「ディーターを追う。あの男が何者で、誰のために器具を調達しているのか。三日後が勝負だ」


 リーゼは頷いた。だが頭の中では、器具に残った術式の歪みがずっと引っかかっていた。


 あの歪みは、術者の技量不足ではない。術式そのものが、本来の用途から逸脱している。何かを変換しようとしている。何かを、無理やりに。


 それが何なのかは、まだ分からない。

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