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鑑定士は触れずにいられない 〜追放された宮廷錬金術師は、触れるだけで大地の異変を暴いてしまう〜  作者: 景都 (けいと)
宮廷の偽りの秩序

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第23話 王都からの使者

双翼獅子の封蝋だった。


 昼過ぎに工房に戻ると、マティアスが渋い顔をしていた。工房の前に王室の紋章入り馬車が停まっている。


「客じゃ」


「客?」


「王都からの使者だと。馬車で来た。偉そうな顔をしておる」


 工房の前に、一台の馬車が停まっていた。王室の紋章入り。上質な四頭立て。御者が脇に控え、馬車の扉の前に宮廷の官服を着た男が立っている。リーゼの胸元の第5等級の徽章を一瞥し、浅く頭を下げた。


「リーゼ・ヴェーバー殿ですか」


「はい」


「宮廷鑑定部門からの緊急召喚状をお届けに参りました」


 男が封蝋付きの書状を差し出した。宰相府の紋章。あの審問の日と同じ双翼獅子。リーゼの手が一瞬止まったが、受け取った。


 封を切り、中を読む。


「鑑定部門において不正の疑いが生じた件につき、第5等級鑑定士リーゼ・ヴェーバーの見解を求む。至急、王都ケーニヒスブルクに出頭されたし」


 不正の疑い。カイの報告書が宮廷を動かした。


「返答は?」


「三日以内に出発していただければ、馬車は待機します」


 使者が退いた後、リーゼはマティアスの工房に戻り、書状を作業台の上に置いた。マティアスが薬草茶を淹れている。いつもの配合。母の味と同じ配合。あの問いはまだ宙に浮いたままだ。


「王都か。面倒な場所じゃな」


「でも、行かなければ分からないことがあります」


「何がじゃ」


「黄金律計画の第二段階。あの暗号文書の答えは、王都にあるはずです」


 リーゼは懐から一枚の紙を取り出した。地下工房から回収した「黄金律計画 第二段階」の暗号文書。院長室専用紙に書かれた、まだ解読できていない記録。


 マティアスの目が、一瞬だけその紙に留まった。何かを堪えるように、すぐに茶を注ぐ作業に戻る。


「行って見てこい。ただし——」


「ただし?」


「触れたものは全て覚えておけ。王都には嘘が多い。だが嘘は物質に残る。お前さんの指が覚えたものは、誰にも消せん」


「はい」


「それと、茶を切らすなよ。戻ってきたら淹れてやる」


「楽しみにしています」


 翌日、ユーリが工房に来た。背中に革袋を背負っている。


「これ、持っていけ」


 革袋の中身は、精密な携帯用鑑定器具一式だった。増幅器の小型版、分析用の触媒セット、耐衝撃の収納箱。全てがリーゼの手のサイズに合わせて鍛造されている。


「前に作った増幅器を小さくした。旅先でも使える。精度は据え置きの7割だが、携帯性を優先した」


「ユーリさん。これ、いつ作ったんですか」


「召喚状が来た日の夜。一晩だ」


「一晩で、これを?」


「鍛冶師を甘く見るな」


 リーゼは器具を手に取った。増幅器の表面は滑らかで、握りの革紐がリーゼの手にぴったり収まる。触れた指先に、金属の温もりが伝わってくる。鍛冶師の手が、一晩かけてこの金属を打った。その温もりが、まだ残っている。


「壊すなよ」


「壊しません」


「前も同じことを言った」


「今度は本当です」


 ユーリが短く笑った。それから、珍しく長い言葉を続けた。


「……気をつけろ。王都は、この街とは違う。面倒な奴が多い。腹の読めない人間が多い。でも——お前の指は嘘をつかない。それだけ信じていれば大丈夫だ」


 リーゼは器具を胸に抱えた。鍛冶師の不器用な激励が、金属の温もりと一緒に胸に染みた。


* * *


 出発の朝。パン屋のおかみが焼きたてのパンを持ってきた。追放されたばかりの頃は「宮廷の犯罪者」として遠巻きにしていた人が、今は毎朝来る。


「食べなさい。王都まで五日だろう。痩せて帰ってくるんじゃないよ」


「ありがとうございます」


 パンをかじった。小麦の甘い香り。こういう朝が、ここにはある。


 馬車に乗り込む。窓の外に、グリュンタールの街並みが広がっている。石畳の通り、広場の井戸、南端のユーリの鍛冶屋の煙突。浄化途中の畑。全てが、半年前に追放されて辿り着いた場所。


 ハンスが畑の縁に立っていた。手を上げた。大きく。農夫の節くれだった手。あの手でリーゼを追い返した男が、今は手を振っている。


「戻ってこいよ、鑑定士! 畑がまだ待ってる!」


「……はい。必ず」


 馬車が動き出した。街並みが遠ざかっていく。


 懐には「黄金律計画 第二段階」の暗号文書。手元にはユーリの鍛造した器具一式。


 五日後、あの大広間がある街に着く。最後に追い出された場所に。


 今度は、自分の足で。

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