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鑑定士は触れずにいられない 〜追放された宮廷錬金術師は、触れるだけで大地の異変を暴いてしまう〜  作者: 景都 (けいと)
枯れた大地の声

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第21話 大地に触れて

ディーターを拘束し、地下工房の術式を停止した。排出管は切断され、汚染物質の流出は止まった。


 だが問題は残っている。すでに汚染された土地だ。


 地下工房を停止してから三日後。リーゼの体力がようやく回復した頃、自治会の広間で事件の全容を説明する場が設けられた。


 集会所に、街の人々が集まっていた。自治委員だけではない。農夫、商人、鍛冶屋の職人、教会の修道女たち。噂を聞きつけた住民が、広間に入りきらないほど詰めかけている。


「地下で行われていた実験の概要を説明します」


 リーゼは立ったまま、正面の人々に向かって話し始めた。声が震えないように、ゆっくりと。


「シュヴァルツ山脈の旧廃坑の地下に、大規模な錬金工房がありました。そこで行われていたのは、精髄属性を用いた物質変換の実験です。名称は『黄金律計画』。宮廷の後ろ盾がある国家事業でした」


 ざわめき。「宮廷」という言葉が、空気を変えた。


「実験の副産物である変性硫酸銅と精髄灰が、地下水脈を通じてこの街に流れ込んでいました。北側の畑の不作、家畜の体調不良、井戸水の汚染、深緑の森の土壌汚染。全て、この実験が原因です」


「宮廷がこの街で実験をしていた、ということか」


「はい。この街の人々の同意も、説明もなく」


 広間が静まった。怒りとも困惑ともつかない沈黙。


「宮廷が本当に関わっているなら、俺たちにどうしろと言うんだ」


 商人の委員が言った。無力感のにじむ声だった。


「汚染源は止めました。ですが、すでに汚染された土地をこのままにはできません」


「浄化できるのか?」


「方法があります。水属性の浄化術で、汚染物質だけを選択的に分離・無害化する。鑑定眼で汚染の位置を精密に読み取り、それだけを取り除きます」


「ただし——」


 カイがリーゼの横に立った。


「大規模な浄化術は術者の体に大きな負荷がかかる。リスクがある」


「リスクとは」


「リーゼの限界を超える可能性がある」


 広間に視線が集まった。リーゼを見つめる目。その中に、あの農夫ハンスの顔があった。


「無理ではありません」


 リーゼは言った。


「読んで、分離する。やることは今まで何度もやってきたことと同じです。規模が違うだけ」


「規模が違うから危ないんだろう」


 カイが低い声で言った。


「廃坑の封鎖を浄化したとき、二日かかって倒れかけた。畑の汚染はあれ以上の規模だ」


「やります」


「リーゼ——」


「この街の人々の畑を、元に戻します。それが、できることです」


 ユーリが口を開いた。


「リーゼの水属性の術を増幅する器具を作れる。前に使った触媒増幅器を、もっと大型にした設計だ。出力の負荷を器具に分散させれば、体への負担は減る」


「作れるのか」


「一晩くれ」


 マティアスが集会所の隅から、静かに言った。


「浄化する範囲を限定しろ。全てを一度にやろうとするな。お前さんの体が保たん。北側の畑から始めて、一区画ずつ。それなら数日に分けてやれる」


「はい。そうします」


* * *


 翌日。


 ユーリが一晩で仕上げた大型の触媒増幅器を受け取った。前回のものより二回り大きく、持ち手に革が巻かれている。


「重いが、精度は上がっている。出力範囲も広い。畑一区画なら、これで足りるはずだ」


「ありがとう、ユーリさん」


「壊すなよ」


「壊しません。今度は」


 北側の畑。ハンスの畑だ。最初にリーゼの警告を拒んだ場所。最も汚染がひどい区画。


 ハンスが畑の縁に立っていた。リーゼと目が合った。何も言わなかった。だが、そこにいた。見守るために。


 リーゼは手袋を外し、畑の中央に膝をついた。両手を大地に当てる。冷たい土の感触。爪の間に土が入り込む。


 鑑定眼を開いた。


 汚染物質の分布が、指先を通して流れ込んでくる。変性硫酸銅の粒子が、土壌の粒子一つ一つに付着している。精髄灰が地中に層を成している。大地が、静かに蝕まれている。


 左手の増幅器を通じて、水属性の浄化術を展開した。


 汚染物質だけを標的にする。自然の土壌鉱物には触れず、変性硫酸銅と精髄灰だけを選択的に分離していく。マティアスの書物の第十二章に記された理論。廃坑の封鎖壁で実践した手法。それを、畑の土壌に応用する。


 壊すのではなく、取り除く。理解して、浄化する。


 時間が経った。一時間。二時間。額に汗が流れ、腕が震える。だが指先の感覚は明瞭だ。汚染物質が一粒ずつ、浄化術に溶けて無害化されていく。


 三時間目。リーゼの周囲に、淡い青白い光が広がった。水属性の浄化術が目に見える形で発現している。光が土壌に染み込み、大地の色がゆっくりと変わっていく。


 灰色がかっていた土が、黒みを取り戻していく。健康な土壌の色。生きている大地の色。


 四時間。限界だった。


 リーゼが膝をついたまま、前のめりに崩れかけた。カイが駆け寄って支える。


「終わったか」


「この区画は……終わりました」


 顔を上げた。


 ハンスが自分の畑の土を手に取り、目を見開いていた。土を指で揉み、匂いを嗅ぎ、もう一度見つめた。


「……土が、戻っている」


 声が震えていた。


 畑の土は、確かに変わっていた。灰色が消え、本来の黒褐色を取り戻している。農夫の手でなければ分からない変化かもしれない。だがハンスには分かった。自分が何十年も触れてきた土の感触が、戻っていることが。


 ハンスがリーゼの方を見た。


「……すまなかった」


 最初に畑で追い返したとき以来、初めてリーゼに向けられた言葉だった。


「追放された犯罪者だと言った。鑑定を捏造した女だと。すまなかった」


「いいえ。あの時は仕方がありませんでした」


「仕方がない、で済まさんでくれ。俺は間違っていた」


 周囲に集まっていた街の人々が、リーゼを見ていた。その目に、もう「追放された犯罪者」を見る色はなかった。

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