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鑑定士は触れずにいられない 〜追放された宮廷錬金術師は、触れるだけで大地の異変を暴いてしまう〜  作者: 景都 (けいと)
枯れた大地の声

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第15話 広がる汚染

修道女は一命を取り留めた。


 聖ウルスラ教会の礼拝堂で、修道女たちの看護を受けて容態は安定した。痙攣は収まり、意識も戻っている。だが手足の震えが完全には止まらない。精髄灰を含む土壌に長時間素手で触れたことによる中毒症状だと、リーゼは判断した。


 リーゼはその足で、森の外縁部の調査に向かった。


 深緑の森の南端。街から北東に歩いて三十分ほどの場所。修道女たちが薬草を採取していた一帯。地面に膝をつき、手袋を外して土壌に触れた。指先に流れ込む情報が、リーゼの顔色を変えた。


 変性硫酸銅と精髄灰。地下水脈を通じて、汚染が森の土壌にまで浸透していた。しかも濃度が上がっている。北側の畑で最初に検出したときよりも、精髄灰の含有率が二倍近い。地下工房の実験が加速しているのだ。


「地下工房は停止していません」


 自治会の緊急会合で、リーゼは報告した。集会所に十人ほどの自治委員が集まっている。表情は一様に暗い。


「私たちが調査した後も、実験は続いています。むしろ汚染物質の排出量が増加しています。進行速度が上がっている」


「増加だと?」


「このまま放置すれば、半年以内に街の水源が全て使えなくなります。深緑の森の薬草も汚染される。森の薬草取引はこの街の主要な収入源のはずです」


 商人の委員が顔を歪めた。薬草取引の利益が消えることを計算しているのだろう。ハンスが腕を組んでいる。最初にリーゼの警告を拒んだ農夫。今は黙って聞いている。神父が静かにリーゼの言葉に耳を傾けている。


「薬草が駄目になったら、この街の商売は終わりだぞ」


「畑だけじゃなく森もか。子供たちは森で遊んでいるんだ」


「それは分かった。だがどうすればいい。王都から調査中止命令が出ているんだ」


「汚染源を止めなければなりません。地下の錬金工房を停止させる必要があります」


「だが王都が——」


「命令は『調査の中止』であって、『住民の安全確保の中止』ではありません」


 カイの声だった。会合の隅に立っていたカイが、一歩前に出た。公式には動けないはずだが、自治会の会合に出席すること自体は禁じられていない。


「解釈の余地はある。住民の飲料水と生活基盤が脅かされている以上、自治会が独自の判断で安全確保のための行動を取ることは、王都の命令に直接反しない」


「法律論は分からんが、実際にどうやって止めるんだ。廃坑の地下にある工房だろう。入れるのか」


「入れます。以前と同じ方法で」


 リーゼが言い切った。


 委員たちが顔を見合わせた。ハンスが口を開きかけ、閉じた。何か言いたそうだったが、言葉にならなかった。


「まず被害の現状を確認しよう」


 神父が提案した。


「修道女の回復を待って、森の汚染状況を改めて調査する。その結果を踏まえて、行動を決める」


 採決の結果、追加調査は全員一致で承認された。


 だが会合が終わった後、リーゼが集会所を出たところで、ディーターが待っていた。


 壁に背を預けて立っていた。腕を組み、穏やかな笑顔を浮かべている。だが目は笑っていない。


「お忙しそうですね、ヴェーバーさん」


「……ディーターさん」


「自治会で随分と大きなことを仰ったそうですね。汚染を止める。工房を停止させる。勇ましいことだ」


「聞いていたのですか」


「集会所の壁は薄い。外からでも聞こえますよ」


 ディーターが壁から離れ、リーゼの正面に立った。二人の間に一メートルほどの距離。受動感知が精髄灰の残留を拾っている。この近さでは、粒子の一つ一つまで読めそうだった。


「忠告です」


 ディーターの声が低くなった。穏やかさは残しているが、その下に鋼のような硬さがあった。


「追放された身で、また『不都合な真実』を暴こうとしている。前回と同じ結末を望みますか?」


 リーゼの手が震えた。怒りで。


「前回は、嘘で追放されました。今回は違います」


「違いますか? 結果は同じですよ。権力に逆らった人間が、どうなるか。あなたは身をもって知っているはずだ」


 ディーターの目がリーゼを見据えている。穏やかで、冷たい目。この男はリーゼの追放が仕組まれたものだと知っている。黄金律計画の一部だと知っている。全てを知った上で、脅している。


「……あなたは、私の追放の経緯を知っているのですね」


「もちろん。私の仕事ですから」


「あなたの仕事は旅商人ではない」


「さて。良い午後を、ヴェーバーさん」


 ディーターが踵を返した。穏やかな足取りで広場を横切っていく。


 リーゼはしばらく動けなかった。手が震えている。怒り。恐怖ではない。怒りだ。


 あの男は全てを知っている。そして「前回と同じ結末」と言った。追放か、それ以上のことが起きると。


 だが前回は一人だった。一人で正しいことを言って、一人で潰された。


 今回は違う。

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