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鑑定士は触れずにいられない 〜追放された宮廷錬金術師は、触れるだけで大地の異変を暴いてしまう〜  作者: 景都 (けいと)
枯れた大地の声

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第14話 工房の夜

ディーターとの接触で得た情報を、カイに報告した。


「ドアノブの手袋の痕跡。手袋の素材が、地下工房の触媒容器と同じ耐酸革だった」


「耐酸革。市場に流通していない特殊素材か」


「はい。地下工房専用に加工されたものです。精髄灰への耐性を持たせるために、通常の鞣し工程に加えて錬金術的な処理が施されている。この手袋を作れるのは、地下工房の設備を持つ人間だけです」


「裁判では証拠にならないかもしれないが、調査の方向としては十分だ。あの男は黒だ」


 カイが椅子の背にもたれ、天井を見上げた。


「ディーターが工房を訪ねてきた意味を考えろ。わざわざ自分から姿を見せに来た」


「威嚇と偵察でしょう」


「そうだ。あんたの能力がどの程度なのか、直接確かめに来たんだ。手袋をしたまま握手を求めたのは、あんたが素手で触れたがることを知っていたから」


「私の鑑定眼の情報が、ディーターに渡っている」


「宮廷の人事記録に載っているなら、調べるのは難しくない。追放理由、鑑定能力の詳細、全てが記録に残っているはずだ」


 リーゼは唇を噛んだ。自分の能力が、敵に筒抜けになっている。武器でもあり、同時に弱点でもある。


* * *


 夜。マティアスの工房で、リーゼとカイが向かい合っていた。


 マティアスは奥の部屋に引っ込んでいる。「若い者の話は若い者だけでやれ」と言い残して。薬草茶だけが作業台の上に二杯、湯気を立てていた。


 ランタンの灯りが二人の顔を照らしている。カイが珍しく、自分から口を開いた。


「王都にいた頃の話をする。前に少し話したが、あのときは概要だけだった」


「……はい」


「俺は内務省の不正調査機関にいた。表向きは文書管理の部署だが、実態は貴族の汚職を調べる機関だ。表の看板と裏の仕事が違う——宮廷にはよくある話だ」


「それは知っています。前に聞きました」


「あのときは言わなかったことがある」


 カイがランタンの灯りに目を落とした。灰色の瞳に炎の橙色が映っている。


「俺が追っていたのは、ある高位貴族の横領事件だった。国庫から不正に引き出された資金が、帳簿上は消えていた。だが金は消えない。どこかに流れている」


「追跡したのですか」


「帳簿の裏帳簿を辿った。資金は複数の架空商会を経由して、最終的に『辺境の特殊な事業』に流れていた。名目は農業振興計画。だが金額が農業振興には多すぎる。桁が二つ違う」


「桁が二つ」


「年間の投入額で見ると、辺境の小さな街の税収の十年分に相当する。しかも毎年同額が流れ続けている。農業振興でそんな金が必要になるはずがない」


「黄金律計画の資金」


「当時はその名前を知らなかった。だが今なら分かる。金額の規模と、資金が流れ始めた時期。地下工房が稼働し始めた時期と一致している」


 リーゼの背筋に冷たいものが走った。


「カイさんが追っていた不正資金が、この街の地下工房に繋がっている」


「確証はない。だが状況は整合する。そして——」


 カイが視線をリーゼに戻した。


「俺がこの辺境に左遷されたのも、偶然じゃなかったかもしれない。資金の行き先に近い場所に飛ばされた。監視のためか、あるいは何かあったとき処理しやすいように」


「処理……」


「口封じの一形態だ。殺すよりも、辺境に閉じ込めておく方が静かに始末できる。必要になれば、いつでも消せる距離に置いておく」


 沈黙が落ちた。ランタンの芯が燃える小さな音だけが聞こえていた。窓の外で虫が鳴いている。


「私たちは、同じものに辿り着こうとしている。別の道から」


 リーゼが言った。


「物質を読む鑑定士が汚染から辿り着き、人間を読む調査官が資金の流れから辿り着いた。どちらも行き先は同じ。黄金律計画」


「……ああ。物質を読む鑑定士と、人間を読む調査官。悪くない組み合わせだ」


 カイが初めて、はっきりと笑った。皮肉ではなく、対等な信頼の笑みだった。二人の追放者が、それぞれの専門で同じ真実に辿り着いた。その事実が、小さな希望のように感じられた。


「報告書は出す。調査中止命令が来ていても、提出自体は止められない。黄金律計画の証拠、資金の流れ、汚染の分析結果を全て添えて。握りつぶされるかもしれないが——」


「提出しなければ、握りつぶすこともできない」


「そうだ。事実は事実だからな」


 リーゼは少しだけ微笑んだ。自分の口癖を返された。


* * *


 翌朝。


 街に急報が入った。


 深緑の森の外縁部で、薬草を採取していた聖ウルスラ教会の修道女が倒れた。原因不明の痙攣。意識はあるが、体が言うことを聞かない。朝の薬草摘みに出かけ、昼前に仲間が倒れているのを発見した。


 リーゼが駆けつけたとき、修道女は教会の礼拝堂に運び込まれていた。小さな礼拝堂に薬草の匂いが充満している。神父が祈りを捧げ、他の修道女たちが濡れた布で額を冷やしていた。


「触らせてください」


 リーゼは修道女の手を取った。痙攣は収まりつつあるが、指先が微かに震え続けている。四十代半ばの、穏やかな顔の女性だ。薬草摘みの途中だったのだろう、手に土がついていた。


 リーゼはその土に触れた。


 指先が凍りついた。


 変性硫酸銅。精髄灰。地下工房で検出されたのと同じ物質が、森の土壌にまで浸透している。しかも濃度が高い。畑の土壌よりも高い。


 汚染が、街の北側の畑を超え、深緑の森にまで広がり始めていた。


 地下水脈を通じて。止まることなく。

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