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鑑定士は触れずにいられない 〜追放された宮廷錬金術師は、触れるだけで大地の異変を暴いてしまう〜  作者: 景都 (けいと)
枯れた大地の声

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第13話 追う者と追われる者

市場から戻ったリーゼは、すぐにカイに伝えた。


「ディーターという商人。あの人の衣服から精髄灰の残留物を感知しました。触れてもいないのに、3メートル離れた距離から」


「受動感知か。それが発動するほどの濃度ということは、日常的に精髄灰に接触しているということだな」


「はい。地下工房の作業者か、少なくとも頻繁に出入りしている人物です」


「確かか?」


「私の鑑定を疑うなら、直接触れて確認する方法もありますが」


「……信じる。だが証拠として弱い。『匂いがした』では、裁判にかけられない」


「分かっています。だからもっと物的な証拠が要る。ディーターの行動を追いたい」


 カイは公式には動けない。だが非公式に、ディーターの滞在情報を流してくれた。宿の宿泊台帳、領主館への面会申請書の写し。調査官の権限で手に入る情報を、「たまたま机の上に置き忘れた」体で。


 ディーターは街に二日間滞在する予定。宿は「金のリンデン」亭。領主館での商談と、交易広場での買い付けが表向きの用件。


 リーゼとユーリで、ディーターの行動を記録することにした。


 初日。ディーターは朝から領主館に出向き、深緑の森の薬草取引について商談を行った。リーゼは広場の果物売りの露店に紛れて、領主館の出入りを観察した。手袋をしたまま、果物を品定めするふりをして。


 昼過ぎ、ディーターが交易広場に現れた。大量の触媒素材を買い付けている。精製用の鉱石粉、高純度の硝石、耐酸性の薬瓶。注文はためらいなく、品物の品質を確認する目は専門家のものだった。全て、地下工房で使われていたものと同系統の素材。


 ユーリが広場の隅から様子を見ていた。鍛冶師として素材を見る目がある。


「あの量は半端じゃない。前に俺のところに来たときと同じ規模だ。一人や二人で使う量じゃない」


「堂々と買い付けていますね。自治会が調査中止命令を受けたことを知っているのかもしれません。もう隠す必要がないと」


「嫌な奴だな」


「ええ」


 夜。カイが独自の判断でディーターの夜間の外出を尾行した。公式には動けないが、「夜の散歩中に偶然見かけた」体で。


 翌朝、カイの顔が険しかった。


「巻かれた。街の北の路地に入った途端、気配が消えた。土属性の隠蔽術を使った可能性がある。尾行に気づいていたか、最初から想定していたかだ」


「やはり素人ではない」


「ああ。ただの旅商人じゃない。訓練を受けた人間の動きだ。しかも錬金術を実用的に使いこなしている。第4等級以上は確実だろう」


 その日の午後。


 マティアスの工房で回収した実験記録の解読を続けていたリーゼのもとに、予期しない来客があった。


「こんにちは。錬金術師の方がいると聞いて」


 穏やかな声だった。扉口に立っているのは、ディーターだった。


 穏やかな笑顔。上質な外套。そして、革の手袋。薄い茶色の革に、わずかに光沢がある。鑑定眼が無意識に反応する。あの革の鞣し方——市場で見かけるものとは違う。


「旅商人のディーターと申します。お力になれることがあれば、お申し付けください」


 リーゼの心臓が跳ねた。だが表情には出さなかった。鑑定士としての訓練が、ここで役に立った。宮廷では権力者の前で動揺を見せないことを学んだ。


「リーゼ・ヴェーバーです。……何か、ご用でしょうか」


「いえ、ご挨拶だけです。この街に錬金術師がいらっしゃると聞いて、同業の方にはお会いしておきたいと思いまして」


「私は鑑定士です。錬金術は専門外です」


「鑑定士。それは珍しい。物に触れるだけで、いろいろと分かるそうですね」


 その言葉に、微かな棘があった。「分かる」ことを知っている。リーゼの能力を把握した上で、わざわざ訪ねてきた。偵察だ。


「ええ。触れれば、だいたいのことは」


「便利な能力だ。世の中には触れられたくないものもありますが」


 ディーターが右手を差し出した。握手を求めている。手袋をしたまま。


 リーゼはその手を見た。革の手袋。鑑定を警戒している。直接肌に触れさせないために。だがその手袋自体が、一つの情報だ。


「……どうも」


 リーゼは自分も手袋をしたまま、ディーターの手を軽く握った。それだけ。


「では、お邪魔しました。良い一日を、ヴェーバーさん」


 ディーターが踵を返し、工房を出た。足音が石畳に響く。自信に満ちた足取り。


 足音が完全に遠ざかるのを待ってから、リーゼは工房の扉に駆け寄った。


 ドアノブ。ディーターが触れた金属の取っ手。手袋越しでも、何かが残っているかもしれない。


 手袋を外し、ドアノブに指先を当てた。


 微かな痕跡。手袋の革を通して滲み出た、ごく微量の物質情報。革の鞣し剤の組成。染料の種類。そして手袋の素材自体の情報。


 リーゼの目が見開かれた。


 この手袋の革。鞣し方と染料の組成が、地下工房の触媒容器に使われていた耐酸革と同じ材質だった。精髄属性の副産物に耐えるために特殊加工された革。市場には流通していない。地下工房専用に作られた素材。


 偶然ではありえない。


 ディーターは地下工房の関係者だ。出入りするだけではない。工房の素材で作られた手袋を日常的に使っている。運営側の人間だ。


 証拠が、一つずつ積み上がっていく。

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