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寄り道ありマス  作者: 九木十郎
その2
9/14

2-4 にっと笑って見せた

 失敗から学ぶ者は、同じ過ちを繰り返さないという。


 確か少し前にも、白髪の御仁から似たような言葉を聞いたような気もする。

 でもそれは必ずしも全てのケースには当てはまらないのではないか。一見似ているようでその実、全く違う性質の失敗をしでかした時などは、以前の経験は役に立たないのではないか。


 失敗から学ぶというのは、しくじったときと同じ条件や状況の中でこそ初めて役に立つ種類のもので、少しでも前提条件がくつがれば、意味を為さない机上の空論なんじゃなかろうか。


「そう。だからこの今の状況は、予測できない特別な原因から発生した不都合なんだよ。正に不測の事態、仕方のないコトなんだ」


 自分にそう言い聞かせてみたのだが、何だか凄くむなしかった。何をどう言いつくろおうと目の前の現実は何も変わらないからだ。口先だけの慰めでは何も解決出来なかったからだ。


 そもそも人類が帰巣本能を喪失してから久しいというのに、それを補助する為の器機がスマホのマップアプリだけというのは杜撰ずさんに過ぎるのではないのか。


 人が集まる都心部や主要都市は熱心にアップデートされるくせに、地方をほったらかしにするというのは、都市部にしか興味を持たない者たちの傲慢ごうまんではないのか。

 地方の隅々にまで平等に気を配ってリサーチをほどこすのが真のサービス。そういうものではないのか。


「町の名前と主要道路だけ分っても性が無いんだよ」


 僕は路地でひとりうなだれて両肩を落とした。周囲には通行人すら見当たらない。居れば呼び止めて道を尋ねるくらいは出来るというのに。


 スマホの画面中央には、自分の原位置が空しくポイントされている。だがその周囲には何も記されていない。いま一番欲しいのは、自分の居る道路と目印となる建物や住所だ。

 しかしそんな表示は一欠片もなく、灰色でのっぺりとした無地の画面が拡がっているだけなのである。


 辛うじて分るのは東西南北くらいのもので、コレでは方位磁針と変わらない。肝心の時には役に立たない文明の利器だと思った。


 うん、素直に認めよう。僕はまたしても自分の住む町で道に迷ってしまった。


 この前に引き続き二度目の迷子。情けなくって溜息も出て来なかった。


 陽はいよいよ深く傾いていて、遠くに見える山間の陰に隠れようとしていた。町は一足早く夕闇に沈み、電柱にはぽつりぽつりと街灯が灯り始めていた。

 長く伸びた自分の影も路地の陰に混じり合い、だんだんと区別が付かなくなり始めている。


 夜がすぐソコに来ていた。


「僕はいったい何をやっているんだろうな」


 そもそも陽がある内に食事をしようと思って、その手の店を探していたのではなかったか。何故こんな小さな路地で道に迷い空きっ腹を抱え、夕闇迫る路地をひとりウロウロと彷徨さまよう羽目になっているんだろう。


 ここは自分の部屋から歩いて一〇分そこそこの、ほんのご近所だというのに。


 ぐう、と不平を漏らす腹の虫が腹立たしかった。もう何処どこでも良いから食事の出来る店を探し当て、そこでついでに帰り道を聞いて部屋に戻りたかった。


 いやこの際贅沢(ぜいたく)は言わない。ただこの迷子状態から脱出出来るだけで良い。見知った道に出れば後は部屋に帰るなり、手頃な店に入るなり、何とでもやりようはあるのだし。


 何処かに見知った風景はないものかと辺りを見回した。電柱に町名でも貼り付けてあればそれを手がかりに検索できるのに、何故かこういう時に限って見つけることが出来なかった。

 コレも「迷子あるある」なんだろうか?


 そしてウロウロすること半時間ほど。僕は小さな食堂を見つけた。近寄ってみれば「営業中」の札が掛かっている。


 何だかこの前の迷子の時と似たようなシチュエーション。あの時は雑貨屋だったので何も買うつもりはなかったけれど、今回は普通に客として入るのも悪くはない。

 というか、もう此処ここでいいやという気分だ。


 木造平屋の建屋だったが、玄関周りもキチンと掃除が行き届いていて、ゴミひとつ落ちてなかった。ホウキの掃き跡すらない。跡が残るほどの土埃すら無いからだ。

 丹念に拭かれた曇りガラスをはめ込んだ引き戸の取っ手は、人の手に磨かれて深い艶を帯びていた。随分と年期の入ったたたずまいだった。


 この前の雑貨屋といい、この辺りじゃこの手の店がポピュラーなんだろうか。周囲の風景に溶け込んでいて、何というか何処どこかで出会ったような既視感があった。

 僕はこんな古い大衆食堂なんて入ったことなど先ずないというのに。


 がらりと引き戸を開くと、「いらしゃいマセ」と妙なイントネーションの声が聞えた。




 店の中は普通の食堂だった。


 外見どおりに古びていて年季の入った店内だったが、店の入り口と同じく隅々まで掃除が行き届いていて清潔感があった。

 壁にはお品書きが貼り付けられてカウンター席といくつかのテーブル席とがあり、幾人いくにんかの客が食事の最中だった。テーブル席で注文を待っていた客の一人が、お冷やを飲みながら入り口に立つ僕へチラリと視線を投げて、そしてすぐに目をらした。

 洗いざらしの前掛けをした給仕係がやって来て「お一人様ですか」と聞き、反射的にうなずくとカウンター席を案内された。


 じわりと血の気がひく。


「あ、いや、スイマセン。その、僕は客ではなくて、道を聞きたいだけでして・・・・」


 尻込みする僕の顔はたぶん引きつっていたんだろう。

 自分でも分るくらいに頬が強ばってぎこちなかったからだ。


「そでしたか。ですがお腹も空いてるでショウ、此処ここで食べて行けば手間かかりませんヨ」


 そんなコトをいう。「お腹は一杯なので」と断った口の下、腹の虫がまたぐうと鳴った。

 余計な場面で余計な自己主張を。

 だがしかし何とか言いつくろってこの場から逃げるしかないと焦った。


 何故か。


 僕を除いた此処ここに居る全員が、人間ではなかったからである。


 人間の衣服は着ているけれど、みんな猫だった。

 毛むくじゃらでヒゲがあって目は金色で尖った耳が頭の上に突き立っていた。

 カウンターでどんぶりものをかっ込んでいる客は、むくむくの猫の手で器用に箸を使って食事を続けている。

 四人掛けのテーブルに座っている客は爪楊枝で歯の手入れをしていた。

 いーっ、と拡げた口の中に細く伸びた牙がハッキリと見えた。


 ひょっとして何かのイベントで猫に扮した集団が、ふと帰りがけに食事を摂っている所へついうっかり踏み込んでしまったのだろうか。

 あるいは、給仕係を含めてこの店に踏み込んだ者は猫の扮装をしなければならない、などという妙なルールのあるコスプレ食堂なのだろうか。


「・・・・」


 まぁ、もし本当にそうだったらそれはそれでビックリだけど。


 そして着ぐるみにしてはみんな随分とリアルだ。食事中の口元に時折見える舌は随分と長かった。頬張って咀嚼そしゃくする度に頬の辺りの筋肉がモコモコと動いている。


 物音がする度に小刻みに反応する耳といい、チラリと目配せをする瞳の生々しさといい、微かな身じろぎする都度にうごめく顔や首筋の毛並みといい、何処をどう見ても本物といって遜色がない。


 否、どう見てもホンモノにしか見えなかった。


 それに、仮にコレが超絶スゴイ技術で造られた被り物だったとしてもだ。そんなモノを着込んで平然と食事をする集団の中で、ぽつんと一人寂しく座る勇気はちょっとなかった。

 どう控えめに見ても場違いだ。


 かなり横幅のある女性と思しき給仕係は、横幅に負けず劣らずの大きな胸をふるって「どうぞ」とにこやかにカウンター席を指し示している。

 物腰や声の調子から年上の女性といった雰囲気があった。猫の歳や性別なんてまったくちっとも見当がつかないけれど。


「あ、いや、その、僕はそんなつもりは全く以てぜんぜん無くて・・・・」


「遠慮は無用デスよ。だいじょぶ、だいじょぶ。顔を洗えだの手にクリームを塗れだの服を脱いで全身塩まみれになれだの、そんな無体な注文着けたりしません。至って健全な安心と信頼のお店デス」


 どこぞの信販会社のセールストークじゃあるまいし。満面の笑みでそんな太鼓判押されても逆に怪しさが増すだけだ。


 それにそんな話何処かで読んだな。子供の頃に読んだ童話だったろうか。アレは確か山で道に迷った男二人の話だった。出てきたのは山猫だったっけ?

 それによくよく見返してみれば給仕係の顔も、普通の猫というより緊張感と野性味(あふ)れる正に肉食系の捕食者といった面立ちだ。


 思わずゴクリと固唾を飲んだ。


 ここで道をくのはあきらめよう。

 そう決心して後ずさり、入った入り口から出ていこうとした時である。背中に二つ、何か丸くて柔らかいものに当たって立ち止まるはめになった。


「あら、またお会いしましたね」


 真後ろで聞き覚えのある声があって思わず振り返った。開け放たれたままの戸口には、短いボブカットの背の高い女性が立って居た。

 そして目鼻の無い顔で、にっと笑って見せたのである。

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