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寄り道ありマス  作者: 九木十郎
その2
8/15

2-3 素直に今来た道を戻ることにした

 昨今、世間一般の企業様は完全週休二日制が至極当然という様相だ。

 けれども残念ながら、大花田木工所に至っては月に一度の週休二日体勢となっている。求人の募集要項には「週休二日」と銘打めいうってあり、それは確かに嘘じゃない。

 毎週ではないが取敢とりあえず週に二日休める配慮が成されているからだ。不完全週休二日制とでも言えばいいだろうか。


 だがよく読まずに応募して入社した新人社員が、働き始めてようやく愕然がくぜんとするのは年度初めの風物詩だった。


「先日、また新人が一人辞めていったそうだ。仕事ばかりで休めない上に給料安いとかなんとか」


 人出が足りず、完成品梱包のヘルプに入った蔵本さんが結束作業の合間に愚痴を言ってきた。


「またですか」


「まただな。この時期になるとアチコチの現場で耳にする。離職率の高い会社だよ、まったく」


 ギリギリと、軋む音を立てながら結束ナイロンバンドを締め上げるタイトナーが、まるでこの先輩の歯ぎしりのようだった。


「お陰でこちとら、月に一度の土日休みを返上して休日出勤ときた。光島、どう思うよ」


「いつものコトではないですか」


「そうだ、いつものコトだ。だがソコで諦めてどうする。新人に仕事を教える片端から辞めていくもんだから、コッチも丸きりの教え損だ。入っちゃ辞め入っちゃ辞めの繰り返し。

 うんざりだ。全然まったく進歩がない。仕事がいつまで経っても楽にならない。どうしてくれるんだ」


「僕に文句言われても」


「おまえは大卒だろ?ポンポンポーンと出世して、あの文句しか垂れない課長も追い越してこの状況を何とかしてくれよ。このままじゃ女を作る暇もないっつーの」


「他力本願ですねぇ。それに出世コースに乗っかっているのは村瀬の方なんじゃないですか?僕は追い越された側ですので、ご期待には添えないと思います」


「なんだ、まだあの時のことを根に持ってるのか。ほんのかる~いジョークじゃないか。見込みのある若い衆にハッパかけただけだっつうの。男がそんなみみっちいコト気にすんなよ」


 村瀬の昇進辞令の前で僕にささやいてきたときは、間違いなく満面の笑みだった。


 それに新人が辞めたことを後輩に愚痴ぐちるのはみみっちくはないのかな。

 そう思ったのだがわざわざ言わなくても良いコトを口にして、ヘルプに来てくれた先輩作業者のご機嫌を損ねることもあるまい。なので黙っておくことにした。


 新人はまだ見習いなので、辞めて居なくなっても仕事に直接の支障はない。とはいえ、教育に割く時間や労力は本来の業務の合間に捻出しているものだから、少なからぬ負担とロスがあった。


 そして教育にかけた時間がそのまま、残業務としてのしかかってくることもよくある話で、蔵本さんが愚痴りたくなるのもよく分る。今回はそれが休日出勤として跳ね返ってきているので尚更なおさらだった。


 それに今週は僕の出張で、余計に現場の負担が増えていたであろうし。


 それでも何とか定時までに、懸案の業務を終えることが出来た。久々に日が高い内にタイムカードを押すことが出来る。まぁ本来、今日は休日だったのだけれども。


 何時ものように現場の掃除を終えて職札のある掲示板を見ると、もうあらかたひっくり返っていて数名しか残って居なかった。普段なら事務方の人間や管理職が居るものだが休日なので端から出社して居なかった。


 事務所のヒトたちは、一ヶ月ぶりの二連休を謳歌おうかしているのだろうか。


 今年の年末年始もこんな感じだったような気がする。

 年明け早々の出荷の為に、連休どころか大晦日と元旦を返上してまで工場が稼働したからだ。

 初出荷が終わった後に代休でも取らせもらえるのかなと思ったのだが、甘い考えだったようで、その後は当たり前のように当たり前の日常が始まって現在に至っている。年末年始の連休ガン無視の体だ。


 工場長は「仕事があるのは良いコトだ」とのたまったらしいが、しっかりご当人と事務所の職員全員はお休みあそばされていらっしゃったので、僕ら現場の人間は何だかとっても割り切れない。

 いつものコトとはえ、やれやれという気分だった。


 そりゃあ新人も辞めるよね。


 そしてまた溜息が出た。なんだか最近、溜息をついてばかりのような気がする。

 僕はこれからもずっとこんな感じなんだろうか。延々とこの会社で仕事を続けて、それで悶々としながら時間だけが過ぎていくのだろうか。


 逆に辞める人間の踏ん切りっぷりはスゴイと思うし、その一方、辞めてどうするんだろうといぶかしむ気持ちもあった。

 馴れた仕事や稼ぎ口を捨てたく無い、ただそれダケで僕は此処ここに居る。決して積極的な理由じゃ無かった。


 この職場にずっと居たいだなんてとんでもない。絶対に違う。「下駄さん」が拳握り締めて言うほどの、やり甲斐と魅力溢れるキラキラな職場には到底思えなかった。


 でも、自分が望む展開なんて何処どこに転がって居るのだろう。


 何処に行けば見つかる?


 どうすれば手に入るのか。


 当てなんて何処にも無いし、自慢できるようなスキルを持ち合わせて居る訳でもない。だから来週もまた出社して、此処ここのタイムレコーダーを押すことに為るのだ。


 それは堅実と言えば良いのか、それとも臆病と言えば良いのか。


「おつかれ」


 ボンヤリと掲示板を見上げている僕の脇を、着替え終わった蔵本さんが擦り抜け、「溜息ばかりついているとシアワセが逃げるぞ」そう言い残して去って行った。


 ホント、あの人はいつも一言多い。


 もう一度やれやれと独り語ちて、僕は更衣室に入って行った。




 コンビニ弁当もいい加減飽きていたので、久方ぶりに食べに出かけた。


 歩いて行ける場所限定だけれども。


 陽が高い内ならば開いている店も多いし、休日出勤の夜くらいはいつもと違う夕食にしてみたかった。

 自分の部屋とコンビニ、そして会社の往復だけで月日が流れていくなんて空しすぎる。大して稼げている訳でもないけれど、それ以上にお金を使う暇と場所が無いので貯金は思いの外に貯まっていた。


 確かにネットでの宅配サービスなら部屋に居ながらにして食事や買い物が出来るけれど、自分の部屋で完結してしまうのも何だかなぁ。

 それに毎日が仕事や性も無いコトばかりで埋め尽くされるのも面白く無い。だからたまには外で贅沢をしてみたいと思ったのだ。


 でも、贅沢な食事って何だろう。


 お高い店でコース料理でも頼めば確かにそれは贅沢に違いないが、この界隈にそんな高級料理店なんて見た事もなければ聞いた事もなかった。

 何より新興の工業団地界隈に、そんな小洒落た店があるとも思えない。この町は僕が生まれた位の頃に、雨後の竹の子のごとく降って湧いたのだと聞かされていた。


 当時は田んぼと山しかなかったらしい。なので古くからの住民の数もたかが知れている。

 学生の頃はたまに大学の近くにあった回転寿司を利用したものだが、この辺りには牛丼屋どころかその程度の店すら見当たらなかった。

 この一帯はチェーン店すら寄り付かないへんぴな土地柄。現代日本から忘れ去られた辺境の異世界であるらしい。


 そしてやはりこういう時に自転車というのは限界があるなと思った。クルマの免許でも取ろうかという思惑も脳裏を掠めた。でもお金がかかるからやっぱり止めようとも思った。


 在れば便利だろうけれど、大枚叩いた出費に見合うだけの便利さが有るのかどうか。基本インドア派の自分にとって、遠くまでアチコチに出かける日常というものを思い描けないでいた。


 上手く使えなければ、持っていても無駄になってしまうし。


 学生の頃には周囲から覇気がないだの欲望が感じられないだのと云われたが、果たしてソレは人生において必須事項なのだろうか。


「若人は飢えてナンボだ。もっとガツガツしていた方が得るもの多いぞ」


 そう言ってガハハと笑い、力任せに背中を叩いてきた脳筋講師が居た。やたらガタイが良くて何処からどうみても体育会系の人物なのだが、どういう訳だか哲学を専門としていた。


 哲学なんてものは独り思惑にふけり、自問自答の中で答えを見つける類いの学問だと思って居たけれど、僕がただ知らなかっただけで筋肉で考える類いの教科だったのかも知れない。


 飢えねぇ。確かに今はお腹が空いているけれど。


 ソコで初めて僕は我に返った。


「・・・・あれ、此処ここ何処どこだ?」


 考え事をしながら歩いて居たのは失敗だったかも知れない。

 色々と迷い迷って悩んだ挙げ句、行きつけの食堂で唐揚げ南蛮定食を食べようと決心した刹那せつなのことであった。はっと気付いて辺りを見回してみれば、見知らぬ路地に入り込んでいたのである。


「・・・・」


 なんか、ちょっと前にも似たようなコトをやらかしたよなぁ。


 ゴクリと固唾を飲む。背筋にちょっと冷や汗に似たものを感じた。


 いやいやそんなコトは無いぞ。あの時は街灯すらない、真に真っ暗な田んぼの真ん中だった。だが今回は違うぞ、陽が高いとはいえないものの、まだまだ辺りはちゃんと見えるし足元だってはっきりしている。

 大丈夫、大丈夫。今日は大丈夫。


 自分にそう言い聞かせながら、取敢とりあえず今回は素直に今来た道を戻ることにした。

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