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寄り道ありマス  作者: 九木十郎
エピローグ
35/35

「お勘定」と屋台の親父に声を掛けた

 あおぐ遠くの空は、夜だというのにどんよりと濃い鉛色の風情で曇っていた。


 低くて厚い雲量が遠くの街、地上の明かりを受けて見えているのだ。


「雨になりそうだな」


 見上げていた屋台の親父さんが心配そうに呟き、「天気予報が必ずしも当たるとは限りませんから」とどんぶりを抱えてスープを飲んでいた女性がお椀を置きながらそう応えた。


「見送ったダケで良かったの?」


 彼女の隣に座って居るのはキツネの面を着けていた女性で、お面を外すこともなく器用にネギラーメンをすすりながら問いかけていた。


「わたしが決める事ではありません。あなたは未練タラタラのようですけれど」


「自分の事を棚に上げてよく言うわ」


「ニケがまた彼から煮干しをもらっていました。自慢げに咥えてやって来てましたよ。相変わらず律儀です。道案内のお礼なんでしょう」


「彼は憶えてなんかないわよ。ただ何となく、それだけじゃない」


「お裾分けが欲しいのですか」


「要らない!わたしを何だと思って居るの」


「親父さん、彼はどんな様子でしたか」


「元気だったよ。何か前よりも生き生きしてたな。気になるならあなたも会ってくるといい」


「元気なら良いのです。それにルールですから」


「カタッ苦しい、今どき遠くから見守るなんて流行らないわよ」


「古い女ですので」


「規範なんて世相を映したものでしょう。時代と共に変わるわ」


「そうですね。でも自分の願望で反故にするのは違うでしょう。その一方で自分をがんじがらめにするのも違うと思って居ます。必要ですけど絶対という訳ではありません」


「だったら目をつぶる選択肢もアリでしょうに。ストイックに過ぎてもつまらないわよ」


「急いても良い結果が待っているとは限りませんよ」


「善は急げとも言うわ」


「ではわたしは悪い子かも知れません」


「呑気なのはわたしが保証するけどね」


 しばらくラーメンをすする音だけが続き、どんぶりが空になった方の彼女は、屋台の親父におかかの入ったおにぎりを頼んだ。


「彼と一緒に食べ歩きたかったのでしょう?今からでも遅くないと思うけど」


「選ぶのは彼なのです。そしてもう自分の道を見つけたのです。まどう必要が無くなったのです。わたしが無理強いすることは出来ません」


「無理しちゃって」


「分かれ道や迷い道、そして様々なしがらみの前で悩んで出した答えなら、どのような結果であろうと糧になります」


 おにぎりを受け取ると一口頬張り、むぐむぐと静かに咀嚼そしゃくした。


「行き先が思って居た通りじゃなかったりする事も在るでしょう。ですが目的地はあくまで目的地。道すがら路地に入り込む気まぐれも悪く在りません。折れそうになったとき、あるいはまた迷うことになったとき。

 行き先は逃げないのです。のんびり歩けば良いのです」


「それは彼の事かしら」


「さあ」


「それとも、あなたの寄り道なの?」


「どう感じてどう受け止めるのかはお任せします。大事なのは、いまこの瞬間を無為にしないことだと思って居ますので」


 そう言うと彼女はおにぎりの最後の一口を呑み込み、にっと笑うと「お勘定」と屋台の親父に声を掛けた。

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